青田見る 父の如くに 立ちて見る     aotamiru.html
「青田見る 父の如くに 立ちて見る」この俳句は40年か50年か前にNHK俳句に登場した俳句です。どなたがお作りになられたかも忘れてしまいました。妙に田んぼを見る父の姿が目に浮かび忘れられませんでした。そう云う私も父と同じように歳(とし)を取り、背も丸くなり、腰も曲がりました。私は、最初から「注連縄つくり」に参加していたわけではなく、そのひとつ、ひとつが懐かしく、子供の頃に手伝った思い出が蘇るのです。決してまともではないお手伝いでしたが今でも忘れられません。父や母のあの温かな日々を呼び起こすのです。冬になると咳の止まらない日々があり、その度に父の背中にだっこさせてもらいながら敷島の長田医院まで行きました。私はその途中で体が暖かくなり咳が止むことがありました。その時咳をする真似をしながら親に嘘をつきました。先生から注射してもらい家に帰りました。夜空の星が沢山輝いていました。
 父や母の住まわる故郷を思い浮かべながら、風そよぐ田んぼにいます。
 注連縄作りの伝統を後世に伝えようとか会員を増やそうとか、いろいろやらなければならないことがあるのかも知れませんが、こうした機会を与えて下さいましたみなさま方に只々感謝です。
                                  撮影:2026年08月04日

 城北の下の田を眺める武内さん

       撮影:2026年07月13日       撮影:2026年07月13日 
 
                       コナギ ミズアオイ科ミズアオイ属

                                          撮影2026年07月14日
   
   アメリカセンダングサ         オモダカ 雌花の花が咲いていました。

      撮影:2026年07月16日         撮影:2026年07月17日
 

撮影:2026年07月12日 撮影/神藤昭

盛んにオモダカを食べたり引き抜いたりのカルガモ
合鴨農法
水の中を泳ぎまわったり、雑草や色んな虫を食べてくれる。フンが肥料になる。
害虫を探すときに稲をつついて探すためそのしげきが良かったりもします。
限りない恩恵をもたらしてくれています。
 「広田の米作り」の説明文より




   


     撮影:2026年07月16日    撮影:2026年07月18日
 
アメリカセンダングサ         広田の田んぼから出土した土器片
アメリカセンダングサは非常に繁殖力が強く、刈り取っても根が残っていると茎が数日中に延びてくる。また、茎が地面に接し僅かな水分があると茎から無数の根を出し、そこからまた繁殖を再開した。また、水路の中では2メートル以上に根を伸ばす性質があり、土に接触するとそこから根を伸ばしてゆく。荒廃した田んぼや管理のゆきとどかない場所に繁殖する。そこで、対策として、採取したアメリカセンダングサは根も含めその都度ビニール袋に入れ完全に枯らすことに心がけた。
 水源はヤツボ 

撮影:2026年07月28日      撮影:2026年07月28日
  
用水枡に溜った土砂        おやじの田んぼで 


                  撮影:2026年07月29日

広田の田んぼに1株だけ穂がでました。


イボクサ、、このほかイヌビエ、、、











       撮影:2026年07月29日   撮影:20266年07月29日 撮影:2026年07月29日
  
                                  

                 撮影:2026年07月31日

   城北の田んぼ


              撮影:2026年07月31日

   1株だけヒガンバナの花が咲き始めました。

               撮影:2026年07月31日

水漏れするようになった畔の土寄せ作業中、小石を拾いました。畔に集められた石は、それこそ時間をかけ、耕す度に拾い集めた石だと思いました。

              撮影:2026年07月31日


              撮影:2026年07月31日



               撮影:2026年07月31日




       撮影:2026年07月17日     撮影:2026年07月31日
  
      下馬の梅                    ↑遠方に見える二つの山は八王子城址
  住宅や市営住宅が立ち並んで「下馬の梅」の場所からは見えませんが広田の田んぼの隙間から八王子城址が見えます。
 昔、八王子城が豊臣秀吉の軍勢に攻められ落城した時の話です。どうやってここまで辿り着いたか分かりませんが、伝令の任務を帯びたひとりの騎馬武者がやって来ました。
 騎馬武者は着くなり土地のお百姓さんに筑井城が今どんなふうになっているか訪ねました。お百姓さんは「筑井城は落ちてしまいましたよ」と言いました。騎馬武者はがっくりとして馬から下りました。そしてムチのかわりに持っていた梅の枝を道端に突きさしました。
 やがて、その梅が根付き春ともなると沢山の梅の花が咲くようになりました。いつしか人々は下馬梅と呼ぶようになりました。また、逆さに咲くので逆さ梅とも呼んで大切にしてきましたが、大正の終わり頃、つきてとうとう枯れてしまいました。
    「広田小学校10年の歩み」より


撮影:2026年07月31日
  
新たに購入した中古の田植機 


                             撮影:2026年8月4日







御殿峠礫岩の採取

参考資料 多摩市史通史編1 自然環境 植物・動物 原始および古代 中世・近世
第四章 多摩市の水文
第一節 多摩市域の河川と水質
乞田川と大栗川の河況
乞田川測水地点の水量と水質概況
大栗川測水地点の水量と水質概況
多摩川測水地点の水質概況
第二節 多摩市域の地下水
地下水の概要
地形・地質と地下水
市域の不圧地下水
市域の被圧地下水
市域の浅井戸分布と地下水利用
第三節 都市化による
  →水文環境の変化
地形改変と水循環
第二編 植物
第一章 植生
第一節 多摩市の植生概要
景観の変化と植生
群落の形成
第二節 多摩市の植物群落
1 常緑広葉樹林
屋敷林などに利用
2 落葉広葉樹林
雑木林
3 マント群落
陽光を好む植物群落
4 植栽樹群
人の手によるもの
5 草本群落
空き地の雑草
6 踏跡植物群落
道路、グラウンドの雑草
7 河辺草本群落
河原の草
8 畑雑草群落
畑に生える雑草
9 水田雑草群落
水田に生える雑草 重要
10 つる性一年生草本群落
アレチウリ
11 人工草地
ゴルフ場、法面などの草
第二章 植物相
第一節 植物相の概要
多様な植物相
移動の手段
第二節 植物相
多摩市の植物分類
1 消滅した植物について
岩ノ入の池
2 分布上興味ある植物について
タマノカンアオイ(ウマノスズクサ科)
カワラノギク(キク科)
カワラハハコ(キク科)
カワラサイコ(バラ科)
イヌドクサ谷治(別名の
  →カワラドクサ)(トクサ科)
シロバナショウジョウバカマ(ユリ科)
カタクリ(ユリ科)
クロヤツシロラン(ラン科)
マヤラン(ラン科)
オニノヤガラ(ラン科)
ハマカキラン(ラン科)
エビネ(ラン科)
サイハイラン(ラン科)
キンラン(ラン科)
タコノアシ(ユキノシタ科)
ミゾコウジュ
  →(別名ユキミソウ シソ科)
ワダソウ(ナデシコ科)
イカリソウ(メギ科)
イチリンソウ(キンポウゲ科)
オキナグサ(キンポウゲ科)
ヒトリシズカ(センリョウ科)
タヌキマメ(マメ科)
マキエハギ(マメ科)
コガンピ(別名イヌガンピ 

  →ジンチョウゲ科)
ウメガサソウ(イチヤクソウ科)
ゴキヅル(ウリ科)
クサレダマ(サクラソウ科)
コケリンドウ(リンドウ科)
ヤマルリソウ(ムラサキ科)
レンプクソウ(レンプクソウ科)
バアソブ(キキョウ科)
ゴマギ(スイカズラ科)
コバギボウシ(ユリ科)
ワニグチソウ(ユリ科)
ノハナショウブ(アヤメ科)
オタルスゲ(カヤツリグサ科)
ヤマアゼスゲ(カヤツリグサ科)
コタニワタリ(チャセンシダ科)
3 帰化植物について
開発により侵入した植物
4 多摩市とその周辺の植物方言
地元の呼び名
5 天然記念物

東京都指定天然記念物
多摩市指定天然記念物
水田に生える雑草P147 〜P148
水田は稲作文化が日本に伝播して以来、技術的変化はあったものの、長い年月にわたって恒常的に栽培管理が施されてきたため、水田の管理に適応した雑草群落が成立して今日に至っている。多摩市における夏季水田雑草群落はウリカワ・コナギ群集に含まれる。群集の標徴種、識別種はウリカワ、イボクサ、コナギで、このほかイヌビエ、キカシグサ、オモダカ、チョウジタデ、アゼナなどが主な構成種である。水を落とした収穫期から翌年の春にかけては、秋に発芽して初夏までに結実をする越年生草本群落のノミノフスマ・ケキツネノボタン群集が成立する。この群集には標徴種であるノミノフスマ、ケキツネノボタン、タビラコなどのほか、カズノコグサ、スズメノテッポウ、タネツケバナ、ゲンゲ、コオニタビラコ、キツネアザミなどが高い常在度で出現する。
 しかし、現在ではこのような水田耕作地はほとんど姿を消し、ごくわずか住宅地に囲まれた中に存在するのみとなっている。したがって出現種も不揃いのことが多い。
 夏季の水田の水面上にはウキクサ・アオウキクサ群落が成立する。この群落は窒素分を多く含む水面に成立する群落で、水田と連結する用水路や、ときに多摩川本流のよどみなどにも繁茂している。かつて谷戸の水田にはサンショウモの浮遊する姿が見られたが、現在ではまったく姿を消し、ウキクサとアオウキクサのみの群落となっている。
 当ホームページでは、雑草オモダカの生活史編の中で、雑草についての研究史、主にオモダカについての研究史をご紹介してきました。その中に各市町村が刊行した「市史」や「村史」に、「水田雑草群落」について特集したところがあるかないかを調べて見ましたが全くとと云って良い程にありませんでした。そうした中、「多摩市史」の中に雑草についての記述があるのを見つけました。多摩地域は急速な都市化によって、これまで当たり前のように見なれてきた風景が次々と消滅して行きました。移動する石仏の所在を記録したり、田んぼの植物調査をしたり、調査に携わる学芸員たちの姿が思い浮かびます。この項では、こうした追われるような労苦を知って戴きたく、「多摩市史 通史1」を摩市デジタルアーカイブ(多摩市立図書館)をそのまま転写表示いたしました。  参考:田んぼの植物学イトトリゲモの行方

参考資料
多摩市史編集委員会編「多摩市史 通史編1」 多摩市 刊行年 平成9年3月
田んぼの植物学イトトリゲモの行方

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