| 今風の早乙女たち saotome html 〜温室に入った籾が苗となり早乙女による田植えまで〜
2026年4月29日、均等に育苗箱に蒔かれた籾を、温室内に運びました。籾は35度以上にならないと発芽しないため、育苗鳩を丁寧に重ね、その上に電気毛布を被せました。更に熱が逃げないようビニールシートを重ねて発芽の日を祈るような気持ちで待ちました。しかし、同夜から小雨が降り初め、翌日も曇りの日が続き一向に気温が上がりませんでした。そのため、発芽にバラツキが生じてしまい全体の発芽迄には時間を要しました。 当初の予定では、5月2日を想定し育苗箱を苗代田に運び出す人数を確保しておりましたが発育が悪く、その翌日の3日から少しずつ運び出すことにしました。 ハラハラとした気持ちと発芽してくれた喜びの気持ちが交差する複雑な一日となりました。 撮影:2026年05月01日 撮影:2026年05月01日 ![]() 発芽した籾です。どうぞ御覧下さい。 撮影:2026年05月02日 ![]() 最初に取り出した育苗箱は美味しい神奈川を代表する銘柄米の「ハルミ」です。 撮影:2026年05月03日 撮影:2026年05月03日 ↓ 撮影:2026年05月03日 ![]() 苗の色にバラツキが見られます。 奥の赤色のテープは餅米の育苗箱であることを色別します。 撮影:2026年05月04日 撮影:2026年05月04日 ![]() アリが隣の育苗箱から籾を運んでいました。卵と勘違いしたのでしょうか?
5月8日(金)/11時から 昨夜、ハクビシンか、東側から入り込み、育苗箱2箱を荒らしたため、稲を鳥獣の被害から守る網をハウス内の下側に張りめぐらせました。(網の中心部を切断し温室内を均等に巻きつけ入らないようにしました) その夜、捕獲用鉄製罠箱内にバナナを入れて捕獲を試みましたが失敗しました。 撮影:2026年05月09日 撮影:2026年05月12日 ![]() 段々と苗が青々してまいりました。 ヤマボウシ 久保沢から若葉台に抜ける斜面で 撮影:2026年05月14日 撮影:2026年05月14日 ![]() 5月14日、温室内の温度が39・5度となり苗の頂部に水滴が溢れるようになりました。苗にバラツキは、ありましたが15cmまでに成長しました。見た目では、一位餅米、二位古代米、三位はるみの順で育っています。 撮影:2026年05月14日 ![]() ハウス内の苗の成育中 撮影:202605月18日 撮影:2026年05月19日 ![]() 広田の田んぼの耕作と田植機による植付作業 運転者は武内さん 撮影:202605月24日 撮影:202605月24日 手前が、お田植えの日を待つ餅米と古代米の入る育苗箱です。 ↑古代米 ↑餅米苗代田に苗を移した当時は低温が続き、成長にバラツキが出ています。 撮影:202605月24日 撮影:202605月25日 ![]() ↑古代米の苗(青色テープ) ↑餅米(赤色テープ)
撮影:202605月24日 撮影:2026年06月09日 ![]() シュレーゲルアオガエルの卵塊 撮影:2026年05月26日 撮影:2026年05月26日 ![]() 広田の田んぼの補植作業 撮影:2026年05月26日 撮影:2026年05月26日 手塚さんによる丸太引き作業 5月26日(火)/城北地区の田のトラクターによる耕作と丸太引き、化学肥料の散布と草刈り作業、 広田の田んぼに除草剤の散布と補植作業を行う。この日、武内さん運転によるトラクターでの作業を南側の田んぼから始まったため、急遽上の田んぼに入る堰き止め用の石の位置をずらし、水の流れが南側の田んぼから入るよう切り替えました。トラクターの耕作終了後、丸太引きの作業を続けて南側の田んぼから始めました。田に入る水の量が少なかったため、田の水を南側に集中させてから「丸太引き」が可能となるよう切り替えて行きました。 この日、同時に行われた広田の田んぼでの補植作業が12時近くに迄になってしまい途中でしたがこの日の作業を一旦終了して後日行うことにしました。広田の田んぼから帰って来た二人と合流、食パン6個とペットボトル3本の水を「えのもと」から購入、佐々木、手塚、保坂の3人で残っていた南側の田んぼの丸太引きを行いました。そして、全ての作業の終了後、上流で堰き止めていた石の位置を元の状態に戻しました。賑やかな田んぼが静かになりました。私は斎藤R(長男)さんと杢代Hさんに「丸太引き」が終ったこと、田植えの準備が出来たことをお伝えしました。 撮影:2026年05月26日 撮影:2026年05月26日 ![]() 鏡のよに静かな田んぼ 撮影:2026年05月26日 撮影:2026年05月26日 ![]() 静かな田んぼと水道水でトラクターの泥を落とす武内さん、両脇に梅も実っていました。 当初は5月27日を予定していたが18日(月)に変更、トラックターで耕作後、マルタ引き作業を行う。19日(日)、広田の田んぼに化学肥料の散布を行う。また、西側の田んぼの西端中央部で丸太引きの最中、チクリと固く感じた硬砂岩を踏む。20日(水)田植え機が故障する。同夜武内さんから、町屋の杢代Hさんに、田植え機の故障したことをお伝えし、田植機による田植えの救援作業をご依頼しました。 翌日(21日)、この日は、一日中雨が降り続いていた。私は、緊張しながら杢代さんの家に朝と昼にお伺いしましたが、2回ともご不在のご様子で、あらためて夜にお伺いすることにしました。広田の田んぼの「田植えは終わった」と云うことでした。私は、まさかあの雨の中を田植えはしないと思っていましたので、そのお話を伺い言葉が詰まってしまい只々感謝しかありませんでした。助けて戴いて本当にありがとうございました。 撮影:2026年05月26日 ![]() 田植えの救援を即座に引き受けて下さった杢代さん。 撮影:2026年05月29日 撮影:2026年05月29日 ![]() 5月28日(木)/城北地区上の田んぼ、セリやイヌタデが水面に浮いてきたので熊手を使いながら除去する。 昨年は特にセリが田んぼに生い茂っていたので不思議に思っていたが、原因として「丸太引き」直後に浮いたセリなどを熊手を使いながら除去してこなかったのではないかと想定しました。来年からは事前に周知しておかなければと思う。また、セリなどの雑草を除去中、上の田んぼの西側中央部から緑色凝灰岩を拾いました。石にはトラクターで破損したか欠けた跡が残っていました。 5月29日(金)/城北の下の田んぼで、セリやイヌタデを熊手を使いながら大雑把に除去し、足跡を消すような感じで2回目の丸太引きを軽く行いました。 (城北地区) 5月31日(日)/城北の田んぼて手植えによるお田植え作業。 古代米の田んぼは手植え、他の4枚の田は機械植えと四隅の補植作業。24名が参加しました。 この日の早朝、私は八幡宮に「御酒」を持参して、田植えの無事とこれからを祈願しました。そして、そのお酒を、少しづづコップに注ぎ皆で乾杯、神々しい雰囲気の中でお田植え作業が始まりました。滝尻の八木さんも縄を張って下さり、船頭役を手塚さんにお願いしました。 この田植えの儀式に、後日(8月3日(月)午後)、樋口Kさんから田んぼの四隅に縄を張って「新嘗祭」をやったらと進められました。注連縄は神様と人々の境に捧げるものであり、樋口さんから有り難いお話が出たことを心からお喜びしたいと思います。 撮影:2026年05月31日 撮影:2026年05月31日 ![]() 撮影:2026年05月31日 撮影:2026年05月31日 ![]() 撮影:2026年05月31日 撮影:2026年05月31日 ![]() お田植えが終わりました。 ![]() 撮影:2026年05月31日 撮影:2026年05月31日 ![]() 田植えの終わった夕方、安堵と一抹の淋しさの中を感謝を込めて。外には役目を終えたパッカーが落ちていました。 6月4日(木)/城北地区5枚田に除草剤の散布を行う。 6月4日午後から、下の田んぼの取り切れなかった草取りを80%ほど行ってから、除草剤の散布を始めると散布機が途中で故障してしまい素手で散布を行う。家に返って外で洗濯を始めると白色の除草剤が付着していたので手で揉んでも落ちなかった。水に溶けないで残留することを確認する。恐ろしくなり小林Nさんに電話して今まで誰が散布していたか確認したところ「八木Tちゃん」と、答えられた。個人j的な考えだが次年度からは農薬の散布は止めて、「丸太引き」後に浮いた草取りを熊手を使いながら全員で徹底的に行う事を決断、その後にも成長してしまう、はびこる雑草、特に稗類は手で抜き取り、お互いの健康を考える方法に切り替えたらどうか。〔検討要〕
手動形粒剤散布機 ハチ印 SKH−7 ※1キロを行う場合は予め試し散布を行い 吐出量の確認を行ってください。(拡大図 )
◎水田多年生雑草オモダカ塊茎の萌芽生態と動態に関する研究 博士論文 伊藤一幸 [著] 1995 pid/3102676
1997 pid/3125887
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