穀霊から「種おろし」へ    taneorosihtml
         〜神宿る倉の扉を開け籾を水に浸す〜

  種おろしの日:2026年4月19日(日)
 
  富山県産餅米
   喜寿糯
(きじゅもち)
はじめに
 私の生まれ在所は農家ですが、これまで「籾を水に浸す」と云う、最初の工程を見たことも考えたこともありませんでした。麻袋に入った籾をお風呂の中に入れることは知っていましたが、本当の最初がまだあったことをこの歳になって初めて知ったのです。そう思いながら家に帰り酒井卯作先生の著した「稲の祭」と云う本を読み返しました。
 私はこの歳になって、こうした場面に接しられ、うれしくてたまりません。「種おろし」を終えた時、役割を担当されたお二人にVサインをお願いしたところ、笑顔があふれました。
 また、この地方には「最初に籾を水に浸す」ための特別な作業用語がなかったので、酒井先生の著書から「種おろし」と呼ぶことにしました。


「種おろし」に使用した籾の種類
 古代米 注連縄化粧藁奉納用藁材
 餅米〔喜寿糯(きじゅもち) 富山県富山市新保産 品種名:「喜寿糯(きじゅもち)
注連縄芯の部分の奉納用藁材
川尻八幡宮神輿奉納用稲穂(三基)
橋本神明社神輿奉納用稲穂(七基)
川尻八幡宮お供え用奉納米
鶴岡八幡宮と荏柄天神社お供え用奉納米
 うるち米〔はるみ〕 「城山注連縄作り保存会」維持費捻出用米(農業用材の購入や農具の修理費等)
  
 
ネズミからの被害を護るブリキでできた専用の穀櫃(こくびつ) 穀櫃から種籾を取り出し「一升枡」で分量を測定する。

「種おろし」で扱った籾の分量
籾の種類 育苗箱数 テープの印 数量の算出根拠(計算式) 記事
うるち米〔はるみ〕 113枚  無印 113枚×1.5=1斗7升+粃分 昨年より10枚分を追加する
餅米 29枚  赤色 29枚×1.5=4升4合+粃分 浮き上がる粃の数が非常に少なかった。
古代米(化粧藁) 7枚  告F 7枚×1.5=1升1合+粃分
              育苗箱(合計/149枚)/籾の量は1箱、1合5勺として計算しました。
 

 
種籾を容器に入れ、水を貯めながら浮いてくる籾(もみ)を籠(かご)に掬(すく)い出しながら分別しゴミ等も取り除く。
今回は、うるち米の収穫時に雑草が入り込み取り除きに時間がかかった。浮き上がった籾を特に粃
(しいな)と呼んで鳥たちの餌にしているそうだ。
     
  種子消毒剤 ホーマイ(水和剤) 100g 693円
  チウラム・チオファネートメチル水和剤
  
 いもち病対策として100gが入った種子消毒剤を400倍に稀釈するため40リットルの容器に水を満杯に入れる。400倍に稀釈された40リットルの容器から、薬液を汲み洗浄した籾に浸す。消毒の時間は24時から48時間を目安にする。


薬剤を40リットルの容器に入れ手でかき回す

→赤テープ
 (古代米)
→無印
 (うるち米)

→鴻eープ
 (餅米)


→無印
 (うるち米)
      薬剤投入前              薬剤の投入が済んで記念撮影 投入済時間(10時33分)
 種籾の入った容器に波トタンを被せ、この日の全ての工程が終わりました。
 作業時間としては9時から開始して終わりは後片付けも含め10時40分に終了することができました。(感謝)
          波トタン→寒冷紗 4月21日朝、消毒用薬剤は流され真水になっていました。ありがとうございました。(保坂) 
参考資料 「苗代と種まき」 武田久吉著「農村の年中行事」より p318〜p320
(略)種子を下す前に、先ず「種浸け」をやらなければならない。これもその地方の気候に応じて遅速のあるのは当然であるが、信州の諏訪郡では諏訪上社の酉の祭即ち元は旧三月の酉の日の大立座(おおたてまし)の神事、今では新暦の四月十五日に規定されたその頃を以て「種浸(たなふて)」を行うという(『民研』五ノ三、八〇頁)。同国南安曇郡では諏訪明神は田の神様だからとて、その社の祭日の四月十五日に行る。そしてその日には「たなふたげえ」といって、お粥を炊いて神様に上げたり、家内中で食べたりする。その時のお菜は何か青いものの浸し物を添えるという(『郷土』一ノ三、九〇頁)。越後中魚沼郡中深見村では、種籾をおろすのは四月二十七八日頃で、その日には「すぢ洗いの粥」といって、白粥を煮て祝う。去冬以来放置されていた水田などに、十字花科の小草種漬花(タネツケバナ)が咲き始めるのもこの頃である。種漬の期間は、池なら一周間、流れ川なら十日もかかるし、土地によっては二週間から三週間近くに亙り、叺(かます)や小俵に入れて池に浸す所もあれば、桶に籾をいれてそれに水を張る地方もある。籾が水を吸って十分潤ける間に、吉日を選んで苗代占めを行わなければならない。苗代に選んだ田に施肥して之を整頓する。施肥は概ね人糞を用いるが、「苗代草」として緑肥を鋤き込むことは古来の習慣であり、又相模の一部では、「苗代大根」という特殊な大根をしき込む(第百五十五図)。

(第百五十五図)  ※「苗代大根」の敷き込み(相模愛甲郡荻野村)
播種の行える許りに苗代こしらえが済めば、大抵は祝する。餅を搗いて田の神に供え、又苗間を青くすると謂って、それにヨモギ等の草を入れる。松本平などでは、之を「しめ餅」と称する。越後中深見村では、長さ二尺程の茅四本を採り、先をこがして、完成した苗間の四隅に立てる。之を「茅つぶき」というのは例の少ないことかと思われる。「苗間」とは苗代の事で、越後や信州や上州・相州等で広く用いられ詞である。又所によっては之を「苗間田」、或は略して「間」とも称する。/扨(さて)苗代拵(こしらえる)が済めば、次はかねて水に(うる)かして置いた籾をそれに播くのであるが、大抵は八十八夜の頃を好として之を行う。又信州の松本平では、爺ケ嶽の種蒔爺の出現をその時節と認めて行る。種蒔きは早朝に行うから、済めばその日は終日業を休み、又祝するのが古い習慣であった。(略。)

(うる)かして:主に北海道や東北地方で使われる方言で、「水に浸して柔らかくする」「ふやかす」という意味。
ナワシロシメ(苗代〆):苗代をつくり種籾を蒔く作業
                   ※敷き込み用「苗代大根」は、乾燥したものか否か確認が必要  2026・4・25 保坂
終わりに
 古来より伝わる、重要の祭祀は祈年祭、6月と12月の月次祭と神嘗祭で、年間を通じ規則性の中にあります。太陽暦による最も規則正しい日です。月次祭りは太陽の活動の最も盛んな時と弱い時だ。そして最も弱い冬至は神嘗祭と祈年祭の行われる中心日でもあります。/現在の暦は太陽太陰暦を採用しているため各17日を当てていますが、太陽暦(24節気)に換算すると雨水、夏至、霜降の日となり、年間を通じた均等に三分割された規則性の中にあります。/この三点の規則性の中で暦が生まれ農事を始めとする全てのことの運行が連動されています。/そうした、基準となる、または規則性の中で、米倉(こめぐら)の扉が開けられ最初の「種おろし」と云われる工程が行われます。/この地方では特に「種おろし」と云われる呼名は確認できませんでしたが、米倉から籾が出される最初の日でもあり最も神聖な日であることに間違いはないと思っています。
 上記は大胆な仮説と思われるかも知れませんが、それほどに神聖な時として再考されても良いのではと考えました。米倉は、伊勢神宮の正殿の建築方法からも窺えます。かつては神聖な米倉であったことを今回の作業を通じ実感することができました。こうして昔から続く伝統の最初の場面に立ち会え考えてみたことを、今後に向け生かして行きたいと思いました。私はこの日、作業場となっているTさんの家に行く途中、大きな蛇と作業中に鼠が横ぎったのを見ました。
 4月21日、TさんとSさんは早朝、軽トラックに乗って平塚まで、修理を終えた田植機を受け取りに出かけました。
  
参考資料
酒井卯作著「米の祭」 岩崎書店 発行 1958年7月
酒井卯作著「米の祭と田の神さま」 戎光祥出版 発行 2004年2月
武田久吉著「農村の年中行事」  龍星閣 発行 昭和18年12月
穀倉の知恵
明治天皇大嘗祭悠紀齋田蹟建碑の事 
城山注連縄作り保存会


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