玉崎千鶴子さんの句集より    tizukosan.html


 2026年2月6日の午後、「偶然に」と云った方が良いのかもしれませんが句集を見せて戴きました。
普段からお世話になっている市川さんの主宰する「写仏教室」を訪ねた時に偶然、句集を読ませて戴く幸運に恵まれたのです。廊下伝いの俳句ギャラリーには紀野一義先生の書もあり、若い頃に読んだ「放浪遍歴の世界」から山本周五郎の「虚空遍歴」や木喰上人・円空上人のことなども思い出しました。ギャラリーの片隅には木喰上人の仏像を真似た仏様も置かれてありました。
 私は、懐かしい紀野一義先生の書が、どうしてここにあるのかを尋ねました。千鶴子さんの句集に序文を寄せられていたのでした。
 これから、どんなふうになるか、まだ何も考えていませんが、千鶴子さんの心根をチョット覗いて見ようと思いました。

1 . トマト熟れ支柱に重き雨の粒.
2 . 原爆忌十一人のごろ寝かな
3 . 夏霞富士さんが泣くオフロート
4 . 夜の雷犬鼻鳴らす枕上ミ   まくらがみ
5 . 落鮎の黒曜の瞳を食う女よ
6 . 短夜の川は母なり弦の高鳴り.
7 . 銀やんま捉う大河の濁る朝   捉(かす)う
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昭和15年8月、三鷹の自宅にて


昭和16年、長女園子と
新潮日本文学アルバム
    太宰治より転写


太宰忌の川へナイフを落としけり
 太宰治が玉川上水に愛人と共に身を投げ発見された6月19日の日はを世間では「桜桃忌」と呼んでその死を悼んでいる。千鶴子さんがその悼みの日に参列されたかについては分からないがその情景は多分、心に残ったと思う。川は涅槃図の中の川でもない、また、彼岸と此岸の境を流れる川でもない、そこにつながる橋の畔でもない、この川は玉川上水の川だと思う。その川に千鶴子さんはナイフを落としたのです。「けり」となっているので、うっかり落としてしまったのではなく、意識のある中で、川にナイフを落としたむしろ、感覚としては「落としこんだ」のではないかと。 世の人々は入水自殺と云うあまりにもショッキングなできごとに、驚きまた嘆いたことと思いを寄せている。そうした思いは現在でも続きやがて80年目を迎えようとしている。/千鶴子さんはこうした悼みの日に意識を込めて入水してしまった川にあえてナイフを落とし入れたのです。亡くなった太宰治には石原家から嫁がれた美知子さんがいました。二人の子供もいました。その川に意識の中でナイフを落とされたのです。これは、落とし入れたと云った方が良いのかも知れない。世の中にはあまりにも不条理なことが多過ぎる。千鶴子さんは残されたご遺族様のことを思いながら、やるせない不条理を断ち切るためにナイフを力を込めて落とし入れたのです。この句は残されたご遺族様への哀悼歌なのです。やるせない不条理な気持ちです。/さて、桜桃忌を太宰忌とした理由について、私は今現在「桜桃忌」が行われていないことを八木重吉の「茶の花忌」の日に聞いていました。どこでも、後継者に悩んでいたようだ。その内「桜桃忌」も忘れられてしまうかも知れない、千鶴子さんがこの俳句をいつ頃作られたか知らないが、そのようなことを思うと「太宰忌の」と最初からしといた方が良いのかも知れない、そうして「太宰忌の」を「オウトウキ」と読んでおくことも良いのではと、そうして、このこと自身もやがて忘れられることになるかも知れないと。千鶴子さんは不条理を断ち切る道具としてナイフを選んだのです。ナイフは金属である。そして「真剣」であると、千鶴子さんのこの句には人生の物事に対する気迫とか正義感が感じられました。
太宰(桜桃・おうとう)忌 ナイフを川に落とし入れ
太宰忌 川にナイフを落とし入れ
太宰忌 川へ ナイフを落としけり
太宰忌 ナイフを川へ落としけり
 私はナイフを不動明王が手に持つ宝剣と見立て、起きてしまった不条理を断ち切ってあげたいと、祈るような気持ちでこうした句を読まれたと思いました。そして、太宰の「富嶽百景」や「走れメロス」などの、あの健全で充実した頃の日々を思い出させたのです。
9 . .石抱いて二股大根かなしけれ
10 . 黄落や木の顔をして石の椅子路
11 . 現し身(うつしみ)や蚋(ぶよ)まといつく夜の立木
12 .. 虫の音の聞こゆる限り老詩人.
13 . 羅漢さま落葉の声を聞いている
14 . 大般若もて叩かるる淑気かな女
         淑気(しゅくき):新しい年を迎え、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちていること。
15  原宿にて20251113 
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 サルスベリにスズメ
  







 (仮)花見川の土手で 

      20260205 撮影:岩井淑さん
冬暖か老樹がこぼす小鳥たち
 11月に入ると鳥たちも冬支度を始める。サルスベリのちょっとした藪のようなところに群がる。やがて大寒も過ぎて日も長くなり暖かな光のなかで、鳥たちはサッサと遊び始める、そして、その度に何かが落ちる。生命を繋ぐ老樹にも春を感じさせる。鳥は軽快に遊んでいる。/日本の美術史の中で、老樹と云えば、松、楓、梅の木が挙がるだろう、特に紅梅や白梅は群を抜いていると思うツーンと伸びた梅の枝の部分は中
が空洞となっていることから「見通しがたつ」と縁起物の箸としても売られている。/尾形光琳の「紅白梅図屏風」は日本美術の最高傑作だ。真ん中を流れる抽象の川、両岸に紅梅と白梅が描かれている。老木は写実的、花が咲いている。その老木には灰緑色をしたウメノキゴケまでもが描かれている。「老樹がこぼす」とはこのことだと思う。小鳥たちはそれ程に元気に動き回っている。岩井さんの撮影された写真の中にも活発に動き廻るメジロがいた。千鶴子さんは梅の老樹に自生したウメノキゴケやかさぶたのようになった樹皮の剥がれ落ちた瞬間を物珍しそうに見ていたのでは。/そう云えば「楽しい」と云う漢字は太陽が照り木の上に二羽の鳥がいる。メジロは本当に楽しそうだ。
  ※冬暖(ふゆあたたか・とうだん)」は、冬のさなかに訪れる暖かい日のことや、冬の平均気温が高い「暖冬」を意味する季語です。
16 . ◎水仙に睦言の海旅半ば
◎ぶつかる岩あり冬波は思いのまま
◎ななかまど古墳二つが乳房なり
    ※むつ‐ごと【睦言】 ... @ うちとけた会話。むつまじく語り合う話。むつがたり。 ... A 男女二人だけのかたらい。男女の閨房(けいぼう)でのかたらい。
    飯田龍太の俳句「風ぬくし旅半ばより亡き子見ゆ」など、
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