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人恋えば筆の穂割れる良夜かな |
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天上大風 |
◎地と胸を※浄化のタンポポ花開け.
旅に出るたんぽぽに触れわが残照 海鳴りの章 No4 p134より
たんぽぽや良寛の書に金縛り 海鳴りの章 No75 p157より
※浄化(じょうか)/よごれや悪を取り除いて、清浄・清潔にすること。
タンポポを「優しさ」に置き換えてみた。この世の大地も、もしかしてたんぽぽのように「優しさ」で包まれていたなら、どんなにか平和であろう。残照と云う言葉には「心残り」と云う意味も含める。「浄化」も同じような意味合いだ。平和が何よりも一番であることをこの地球上の全ての人々が自覚しよう。この三句を特に世の指導者たちに贈る。/私は、何年も前に宝物にしていた「良寛遺墨集」をお世話になったS先生の家族に差し上げたことがあった。今年、S先生の御家族が久しぶりに訪ねてくれた。長男の寛ちゃんは社会科の先生に、優ちゃんは養護の先生となり活躍している。一口に何よりも嬉しい。遺墨集のなかには「天上大風」と記された書も収められている。この書が、(たんぽぽの綿毛にのって)人々の胸に運ばれますように。 |
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冬椿吸ってきたえる尾テイ骨 |
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足羽川千の鶴翔つ夢初め |
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魚焼く匂いの安堵枯木星. |
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父の掌のぬくもり海へ散る枯葉 |
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梅が香や厠に少年本忘れ |
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悔しくてはらわた出せば鳴る※鬼灯
※鬼灯(ホオズキ) |
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窓開けて壺のすすきをよろこばす |
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渋柿も干せば甘柿わが行く方
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◎少年季うっとりと柿甘くなる No35
甲州に小さい豆粒のように小さなアマンドウと云う柿がある。この柿は霜が降るくらいの晩秋の時期にならないと甘くならない。柿の大体は秋の運動会の頃に食べるものだと。人には大人になって行くために反抗期と云う時期を越える。だが、時に思いがけなく、心の傷むことを聞いたり、言ってしまうことがある。後で、こんなことではなかったと何歳(いくつ)になっても反省すること仕切りである。千鶴子さんは、そのかつての少年から、心傷むことを聞いていたかも。そして今、その少年と再びの対面に、「うっとりと」して聞いている自分がいる。まるであの頃の渋柿のようだ。だが、待てよあの少年を怒らせたのは、私にも原因があったかも知れない。あの頃の私、そして今の私、成長としましょう。二人の穏やかな会話が見えてくる。 冬薔薇の章 P115より |
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結界に枯淡の梅が杖ついて
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◎※冬暖か老樹がこぼす小鳥たち NO15
11月に入ると鳥たちも冬支度を始める。サルスベリのちょっとした藪のようなところにも群がる。やがて大寒も過ぎて日も長くなり暖かな光のなかで、鳥たちはサッサと遊び始める、そして、その度に何かが落ちる。生命を繋ぐ老樹にも春を感じさせる。鳥は軽快に遊んでいる。/日本の美術史の中で、老樹と云えば、松、楓、梅の木が挙がるだろう、特に紅梅や白梅は群を抜いていると思うツーンと伸びた梅の枝の部分は中が空洞となっていることから「見通しがたつ」と縁起物の箸としても売られている。/尾形光琳の「紅白梅図屏風」は日本美術の最高傑作だ。真ん中を流れる抽象の川、両岸に紅梅と白梅が描かれている。老木は写実的、花が咲いている。その老木には灰緑色をしたウメノキゴケまでもが描かれている。「老樹がこぼす」とはこのことだと思う。小鳥たちはそれ程に元気に動き回っている。岩井さんの撮影された写真の中にも活発に動き廻るメジロがいた。千鶴子さんは梅の老樹に自生したウメノキゴケやかさぶたのようになった樹皮の剥がれ落ちた瞬間を物珍しそうに見ていたのでは。/そう云えば「楽しい」と云う漢字は太陽が照り木の上に二羽の鳥がいる。メジロは本当に楽しそうだ。
※冬暖(ふゆあたたか・とうだん)」は、冬のさなかに訪れる暖かい日のことや、冬の平均気温が高い「暖冬」を意味する季語です。
冬薔薇の章 P124より |
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少し酔ひ少しかなしきおぼろ月 |
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とぐろ巻く樹の枝に澄めり春※木魂
※木魂[木霊、谺](こだま)= @樹木に宿る精霊。 木の精。 木精 (もくせい)。 A山や谷などで反響した音が少し遅れて聞こえてくる現象。また、その反響音。 山彦 (やまびこ)。 |
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海鳴りや箸の先まで夕焼けて |
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※花野行く炎え足らぬ吾が水音
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◎句は柱遺されし身よ花ざくろ No48
千鶴子さんの句集にこうした句の登場してくることを予め予想はしていたが、あまりにも早く読んでしまったので心の置場にやや困っている。私は都井沢に住む故加藤哲雄の奥様である故加藤梅子さんの「冬至梅」と云う短歌集を読んだことがある。友人のような先輩から借りた短歌集だったので見境もなく印をつけながら、どの短歌が一番良いかなどと13回も読み直してしまった。その歌は「集乳缶 朝あさ池に 浸したる日も夢なるや わが身衰ふ」と云う歌だった。「朝あさ池」と音が重なったが、正真正銘の牛飼いの歌だ。牛乳を絞り終えると毎朝、毎夜、集乳缶を横井戸から伝わる冷水の貯まる浅池まで運ぶ。若かった頃にはそれ程までに感じなかった集乳缶が今は重い、老いを感じる悲しいまでの歌だと感じる。千鶴子さんは、まだ、この歳までの衰えはないと思う。だが私には、俳句を生涯の業としてやり抜くと云う強い決意を感じる。本当のことだが、何年も枯れて葉も花もつかなかった「庭のざくろの木」に白い花がいっぱいに咲いた奇跡を私は懐かしむ。これからを、楽しみにしている。最後まで読む。 冬薔薇の章 P119より |
畑久保の俳人、八木ほう水は文政4年(1821)12月24日、78才の生涯を閉じた。辞世の句
墓石に、「無天命有天命 七十八翁 水山入」、「比ときと ※華野に心 はなちやる」とある。
AI による概要/ ※「花野(はなの)」とは、秋の草花が咲き乱れる野原を意味する言葉であり、俳句では秋の季語として使われる。
水は千鶴子さんにとっても八木ほう水にとっても命そのものだ。命は魂の籠る山に帰る。水音は絶えることはない。 俳人・八木ほう水 |
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手の温み別れしあとの稲光 |
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森閑と玄関まで来し毛虫の陣 |
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掌枯れて手すりの丸み温かし |
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韋駄天が秋日逆手に雑巾がけ |
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露しとど泣いてガラスに象を描く |
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親指が痛む不幸よ冬三日月 |
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春の月宴果てたる瘤の木に |
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※風花や眼瞑(つぶ)れば汝は影法師
※風花(かざはな)晴れた空を雪がひとひらずつ舞落ちてくることをいう。雪になるかなと思っているうちに何時の間にかに止んでしまっている。 |
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宮沢賢治菜虫潰した白昼夢 |
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草抜けば空蝉嬰(やや)を堕しける |
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◎馬描いて自画像という麦の秋
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◎山峡の馬のレリーフ冬の虹. No36
◎告白のときめきに似て冬岬 No38
27番に「満願の山路大きなかたつむり」と云う句がある。意味合いは多分同じだと思う。目的のある最中か、突然と虹の立つ風景に出会った。どこの山里か知らないがその途中に馬のレリーフも見た。その冬の空に虹が立ったのだ。もしかして、千鶴子さんの願いが天に届いたか。荒れ狂う空に雷も轟く。冬の嵐が過ぎ去り、荒れ狂った空に今、虹が立っている。その虹の彼方に天馬が駆ける。荒れ狂う空の彼方に向かって天馬が行く。その天馬の手綱を千鶴子さんはしっかりと握っている。それは、立ち向かう人生そのものだ。もう逃げてはいない。私が「しっかりと」と書きとめたのは、「告白のときめきに似て」と、真摯に受け止めようとする確かな気持ちを感じたからである。どんな状況下であっても私はあなたとともに生きて行きます。何か良さそうな穏やかな春の予感を感じる。 冬薔薇の章 P115より |
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足羽河畔尻(あぜじり)に※雀斑の秋なすび
※雀斑(そばかす) |
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寒明けや橋の真中で酔覚ます |
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青嶺かな遥かなる我が額の雛. |
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師は遠く近し海鳴りは雪の精. |
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粉山椒愛ほど振って煮沢庵 |
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ごきぶりも鳴けば可愛いかも知れぬ. |
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旅や山寺沙羅の散華を拾うひと |
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梅雨山寺登り切らんと亡夫と杖 |
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豹紋蝶石エネルギーに体当たり |
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月明の呼吸すたすたと犬数匹. |
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睦言か怒りか流水割れる音 |
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友よ逝くな最上の偈は名残の雪 |
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桜貝一生の痛み洗われて |
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竜宮は我がたなごころ秋深む. |
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「がんばって」言葉のちから呑み込む梅雨. |
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死もかくやおぼろ月夜のこのねむりぎわ |
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親鸞はいう夢中になれと我夢ん中 |
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額当てて師の声を聞く海鳴りの碑 |
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辞世の句
釈迦牟尼の掌の上にいて春の夢 |
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辞世の句
夫います四次元座標月明り
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◎実むらさき男におられ耀(かがや)けり No30
「耀(かがや)け」は、「輝け」と同じ意味のようだが、特にまばゆい光や、力強い輝きを表現する際に用いられるそうだ。/相思相愛の夫婦であっても、思いがけないことがある。それ程に男と女の気持ちは繊細なところがある。そうだけれど、トイレの便座をその都度拭くことはない。まあ、そんな夫婦が、やらかしてしまったのだ。大事に育てていたかも知れないムラサキシキブの実を旦那様が折ってしまったのだ。でも、その実はまばゆい光を発している。もしかして私も、愛おしい旦那さまから『この女め』と、どこかで云われているかも知れない。そして御夫婦はお互いに、そのどこか、かしこで「ウフッ」と笑っているのである。許されることのできる、おおらかな愛の世界を垣間見た思いがする。
◎夏帽子君逝きし夜の橋の反り No65
『私は未だ生きますよ。』そこに(夏帽子を被った)可愛らしい千鶴子さんがいる。橋とはあの世とこの世を結ぶ橋か。
冬薔薇の章 P129・P104より |
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