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雨水・霜降の日の出観賞会]
900メートルも続く長い参道の延長上から、曙色をした太陽が昇ります。なでこの位置だろう?なで参道がこんなに長いのか?こうした率直な疑問や不思議さを求め人々が集います。
観賞後は神社で毎年ご用意して下さる暖かな甘酒を頂きながら古代のロマンを語り合います。
厚い土手雲にさいなまれ、なかなか太陽を観賞することがきません。それでも雲の合間からこぼれ出る太陽の光に、たまらなく感動するのは一体何だろうか。どうぞ皆様お来し下さい。

貞享元年(1684)4月 川尻村絵図 (部分) 「城山町史2 資料編 近世 グラビア」より引用

川尻八幡宮の参道 昭和30年頃

参考地 長崎対馬市厳原町周辺 竜良山〜宮ノ岳山〜竜ノ崎ライン
撮影2012・2.19 6時24分頃から


撮影 平成19年2月19日(月)曇

撮影 平成17年10月23日(日)


雨水の日の出観賞会 平成16年2月19日(木)
平成16年2月19日(木)6時26分 川尻八幡宮から900メートルも続く参道の延長上から昇る太陽を観賞しました。(主催 雨水の日に日の出を観賞する会)
今年は天候に恵まれ薄くのびた土手雲の間から曙色の太陽が昇りました。太陽の光はやわらかく徐々に徐々に光を放ちてきました。それと同時に太陽はだんだんと大きくなり、やがて丸い形になった瞬間どこともなく拍手がわき起こりました。
この頃、伊勢神宮を始めとする各地の神社では大祭、祈年祭が行われます。豊作を予祝する行事でこの日から山の雪が解け始め雨に変わるといわれています。自然界では樹木が一斉に水を上げ始め聴診器等を木に当てるとザーザーと音が聞こえます。鳥居のすぐ隣にあるウラジロガシは洞のある老木なのに甘酸っぱい樹液を出していました。越冬していた昆虫たちにとって樹液は最良の餌場となります。自然界は太陽の恵みを受けて一斉に活動を始めています。われわれも頑張りましょう。

日の出 6時28分、雲の切れ間から2分遅れで太陽が昇りました。

写真撮影 松岡さん
神社には50人近い皆さんが集いました。観賞後、社務所に集まり、神社でご用意して下さったあたたかい甘酒をご馳走になりました。
霜降の日の日の出観賞会
2004.10.23(土)

今年の日の出観賞会は通称土手雲がたち込めていたため地上からの「日の出」を直接観賞することはできませんでしたが、じっいっと待っているとうっすらと曙色をした太陽が見えてきました。感動の一瞬です。
この頃、伊勢神宮では今年収穫した新穀を、神殿に奉納する神嘗祭が行なわれます。そうして1ヶ月後の新嘗祭へと続きます。

撮影平成22年10月23日(土)

前方にビルが立ち並び、また当日はあいにくの曇り空でしたが、
一瞬薄っすらとした太陽の光で明るくなりました。
撮影2026・2・19

撮影2026・2・19

三ノ鳥居からの夜明け 「色曙春林」
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2026年の雨水の日の日の出観賞会は、参道の正面にビルが立ち並んだために、いつもより空が明るくなっての日の出だった。また、夜明け前と云うのでしょうか、参拝を終え三ノ鳥居をわたると木々の間の遠くの空が曙色に染まっていた。今迄に見たことのないような薄っすらとした明るさの中に真っ黒い木々が塞いでいる。ありがたく引き締まる思いが込み上げた。二ノ鳥居の前にはいつものように人が集まっていた。まわりの空は明るくなっていたが、太陽は着実に昇った。これも雨水の日の新たな日の出観賞会か。今年は太陽に向かって手を合わせる人が普段の年より多く感じた。
昨年の暮れ、中央公園と云う名称が「春林公園」と名称が変わった。地元出身の加藤武雄は早朝にこの地を訪れ用意された扁額に「色曙春林」と記した。その日は、地元相模が丘中学校の校歌もお披露目された日でもあった。
伊勢神宮のような大きな神社では祈年祭の行われている最中だ。太陽を祀るのに17日に拘ることはない、月の満ち欠けに拘ることはない、正々堂々と物事を太陽暦で考え太陽を祀ればよい。太古、川尻八幡宮参道の設計者たちは絶対の日の雨水、夏至、霜降の三点を祝った。 |
松岡さんの日の出写真
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