「赤い鳥」と川尻小の子供たち
                 「赤い鳥」に投稿した川尻小学校の子供たちの全詩

大正14年9月号
大正14年9月号 (15巻第3号)

もろこし(佳作)   川尻小学校尋六  山下久男

もろこしに、
ほほじろが、
しょんぼりとまってる。
日はうすぐもり。


はや    川尻小学校尋六       高城守蔵

川のふちのしばと
すわってゐたら、
はやがつうとはやく
岩かげへとほった。


木の実      川尻小学校尋六   山下あさ

木の実がなってゐる。
たべられるかとおもって、
とってみた。
目白もたべた。


風        川尻小学校尋六   平井梅代

風が吹いたよ、
まどからくびを出したら、
かぜの行く音が
かすかにきこえたよ。



大正14年10月号

大正14年10月号 (15巻第4号)

櫻ん坊 (佳作)  川尻小学校尋六  山崎勤

櫻ん坊もぎに
櫻の木にのぼった。
見ると新道を
自動車が通ってる
下では、
早くもいでくんろよう
といってゐる。


松林 (佳作)  

松林だ、
畠の中の松林だ。
草がぼうぼうはえる、
時々風がふいてくる。


夜の光り (佳作)  川尻小学校尋六  斎藤邦

夜そとへ出たら、
光りがこぼれたよ、
とけいの音が
かすかにきこえたよ。


つゆ       川尻小学校尋六     八木やす

柿の木の上のつゆが、
ピカリピカリ光っている。
野道のみどり草の上でも、
ピカリピカリ光っている。
つばめはつゆの上を
すれすれに通った。


お葉うで   川尻小学校尋六       小磯寿枝

にかいで、
まゆをはなしてゐたら、
お葉をうでる
にほひがしたよ。


てふてふ     川尻小学校尋六    小池慶俊

便所へ行こうとして
ふと庭を見たら、
つつじの花の上を、
かまくらてふてふ
とびまはってゐた。



大正14年11月号

大正14年11月号 (15巻第5号)

おしろい     川尻小学校尋六    田中光

すずしい風といっしょに
おしろいのにほいがした。
たれかくると思ったら
私のねえさんだった。


みじかい日    川尻小学校尋六    八木やす

おもしろく遊んだ日は
みじかいな。
遊び始めるが早いか
夕日がしづむ。







大正14年12月号

大正14年12月号 (15巻第6号)

すずしい風 (推奨) 川尻小学校尋六  山下あさ

おしろいの花がさいたよ。
しまがやをとって帯をむすぶまねをした。
風がそーツとふいた。

   選評 北原白秋  
「すずしい風」は何の邪気もなく、すずしい風に吹かれています。しまがやをもって帯をむすぶ、これだけでも涼しい。





もろこし畠 (佳作) 川尻小学校尋六 八木やす

うらのもろこし畠で
かくれんぼした。
上を見ると、
もろこしの花が、
風にゆれてゐた。


ひぐらし  (佳作) 川尻小学校尋六 渋谷しげ

かすかに遠い 
ひぐらしの聲
えんがはで
目をこするひるね。


つゆ (佳作)   川尻小学校尋六  蒔田きみ

稲の葉につゆがたまった。
風がふいてかさかさとおちた。
すうと紙がとんだ。
青空めがけて。


ゆづの実 (佳作) 川尻小学校尋六 高城守蔵

ひどくいきれる
ゆづの実がにほふ。
葉の間から。


叱られて    川尻小学校尋六    斎藤邦

叱られてごみをひろった。
一つ一つひろふたびに
涙がポタポタ
タタミにおちる。


おひる頃    川尻小学校尋六   小磯寿枝

おひる頃、
ちゃわんの音がしたよ。
弟がききやうのつぼみの
ふくらんだところを
ぽかんとならす
音もしたよ。


麦こき     川尻小学校尋六    八木こう

お父さんが朝ずくり
麦をこいでゐたら、
こきのこりの穂を
ひよこが食べてゐる。
そばに、柿の花もちってゐる。


自動車の中    川尻小学校尋六 落合芳子

きぬ子さんだと思って、
よぼうとしたが、
あまりだまってゐるのでよした。
あれはだれだったらう。



大正15年1月号

大正15年1月号 (16巻第1号)

朝  (推奨)    川尻小学校尋六  井上春雄
すずめのゆすぶった木が
光った。
小さい葉が
二つ三つおちた。
それも光りながら。

  選評 北原白秋  
「朝」自然のすがた、光りとうふものをよく見ている。それにそのあらはしかたがすぐれてゐる。「が」と「た」でかはるがはるに行をとめておしまひの行に、「ながら」ととめてある。それで、余韻がこもって来る。







せきれい     川尻小学校尋六   落合芳子

ほうせんくわの花が
まっかに咲いてゐる。
そのそばを、
せきれいが歩いてる。


てふてふ    川尻小学校尋六    山崎勤

てふてふが花の蜜をすってた。
わき花にうつるのに、
羽をねかしてうつった。


つゆ      川尻小学校尋六     山下久男

露の上を
すいちょがとんだ。
僕もとんだ。
うめもどきの赤い
秋の朝。


井戸ばた   川尻小学校尋六     小林清子

井戸ばたで
水を
のんでゐたら、
築山で
くつわがないた。
飲みかけた
水を持ったまま、
きいてゐた。


夕方      川尻小学校尋六     泰楽清

たんぼ道を通ったら、
誰かが暗い中に
すすりなき
私は急にさみしくなった。


馬      川尻小学校尋六       山下あさ

馬がいせいよく通る。
あつい光線が
毛にあたってる。
影もあつさうだ。



大正15年2月号
大正15年2月号 (16巻第2号)

きく   (推奨)   川尻小学校尋六  宮崎よし江

菊を見てたら、
みかんのにほいがした。
ふりかへったら、
弟がたべてた。

選評 北原白秋  
「きく」は感覚が新しいのと、やはり情景がこもってゐるのでいい詩である。何となく微笑される。





くもり日(佳作)   川尻小学校尋六   山下あさ

なしをたべてたら、手の上に、
うすい日がさした。
のこぎりの音がした。


夕ぐれ     川尻小学校尋六      井上春雄

けいとが赤い。
ほうせん花の種がつぶれた。
赤い空は
いつまでも赤い。


馬        川尻小学校尋六     山下あさ

馬がいせいよく通る。
あつい光線が
毛にあたってる。
影もあつさうだ。


夕方     川尻小学校尋六      泰楽清 

たんぼ道を通ったら、
誰かが暗い中に
すすりなき。
私は急にさみしくなった。


米      川尻小学校尋六      山崎勤

新しいわらのにほい、
米のにほひ、
弟が笑ってる。


せんたくの水  川尻小学校尋六   小磯寿枝

お母さん、
せんたくの水をこぼした。
にはとりの足と
空がうつった、うごいて。


秋の朝    川尻小学校尋六     八木こう

かんなくづを持ったら、
杉のにほいがした。
そっとそれをすてる、
秋の朝。


きく      川尻小学校尋六      小林清子

鉢植えのきくが咲いた。
かげがこくて長かった。
霜のある朝だ。


かみゆい   川尻小学校尋六     渋谷しげ

朝早くおきたら、
お母さんのかみの音が
しづかにきこえた。
さむい、しづかな
朝のかみゆひ。


 

大正15年3月号













大正15年3月号 (16巻第3号)

ほし柿  (推奨) 川尻小学校尋六  八木こう

ほしがきが
黒くなりはじめた。
洗ったたびの
こはぜがひかる。

 選評 北原白秋  
「ほし柿」よくもこれまで鋭く見たものである。




光った空 (佳作)  川尻小学校尋六  落合芳子

木の葉の間の空は
白く光ってるよ、
そして動くよ。


みそつちよ (佳作) 川尻小学校尋六 八木こう

みそつちよ
胸を白く見せてとんだ。
サフラン畑の上を。


夕方 (佳作)   川尻小学校尋六  山崎勤

夕焼空のあとが黄色い。
なにもとんでない、
木の枝が黒。


二つぼし (佳作) 川尻小学校尋六  斎藤邦

二つぼしがひどく光ってる。
まはりには何もない、
深い空だ。


野道   (佳作) 川尻小学校尋六  宮崎政雄

野道を通ったら
栗の木に大根がほしてあった。
それを一つ一つ
さはって通った。


さびしい朝 (佳作)  川尻小学校尋六 山下あさ

冷たい水が流れる、
菊の花を、
何の気もなくさはった。
馬のいきが白いよ。


青い月 (佳作)  川尻小学校尋六  金子まさ

月が青い、
そらはまっさお、
山かげくらい。
蜜蜂にさとうをやってる晩。


太陽      川尻小学校尋六      渋谷しげ
  
綴方の時間、
一年の教室を見たら、
太陽がさしこんで
きいろい教室だった。
そこへ小鳥が首をだした。
小鳥までもきいろかった。


停車場     川尻小学校尋六     小磯寿枝

鎌倉の停車場だった。
線路の下がはの家で、
電気のついてるそばで、
女の人が二人、
だまって私を見てた。
私もその方をだまって見かへした。


夕方       川尻小学校尋六    田中光

あたたかい風が
ふいてくると、
籠屋さんがぽんぽんと
きれいに竹をわった。



大正15年4月号






大正15年4月号  (16巻第4号)

冬の月     川尻小学校尋六     神藤孝男



冬の月はきよいよ
きよい月は鳥小屋に
ながれるつやうに入りこんだ
にわとりがわきによけた。

選評 北原白秋  
「冬の月」は清らかな月光を歌って、何か神秘的なものを感ぜしめる。わきによけた鶏を見たのは細かだ。




家の中  (佳作) 川尻小学校尋六  八木こう

実母散(じつぼさん)をせんじる
にほひがする。
鮭の背中が光ってる。


昼湯    (佳作) 川尻小学校尋六  小磯寿枝

昼湯へはいった。
いもうとの背中へ
光りがうつったよ。
穴から光りがまるく
こぼれたよ。


影     (佳作) 川尻小学校尋六  山崎勤

ほのほの影、
煙りの影、
光る中の影、
二つの影、
うすぼんやりの影、
光る影、
二つの影がぼんやりと
日の光りの中に。


さざん花 (佳作) 川尻小学校尋六   田中光

学校からかへる道。
友だちと話しながら、
さざん花のくねを通った。
何も知らぬうち、
さざん花の花を
つまんでゐた。


木のうごく音 (佳作) 川尻小学校尋六 渋谷しげ

むかうの山で
ものすごい程に木の葉が
かすかにうなってゐる。
日はくれさうだ。


花    (佳作)  川尻小学校尋六  樋口喜久江

ちらツと川ぷちの中に、
白いきたない花、
誰か私をよんでゐる。


うれしい日 (佳作)

麦畑の間を通りながら
電線が二つに見える。
なんだか一人でうれしかった。


晴れた日  (佳作) 川尻小学校尋六  山下あさ

晴れた日、
日向にゐる人の顔へ
あかるい影がうつる。
せきれいが
川で羽ばたきをした。


どて     (佳作) 川尻小学校尋六  八木貞猪

どての上で、
えんぴつをおとした。
とりにいったら、
青い麦の中に
おちてゐた。


朝    (佳作) 川尻小学校尋六   宮崎政雄

鶏のとさかに
朝日がさした。
鶏がひよつと首をかしげたら、
その後ろにゐる鶏のとさかに、
また赤くさした。


風   (佳作) 川尻小学校尋六    八木やす

風がすうーと吹いた。
空は夕日に赤い。
白い紙がころがっていた。
庭のかしの木の葉の
光る時。



大正15年5月号

大正15年5月号 (16巻第5号)

月夜 (佳作)   川尻小学校尋六   斉藤邦

椿の木の葉が白く光る。
とき色の椿のつぼみ
月に青く光る。
するどいほどの光だ。


笹の光  (佳作) 川尻小学校尋六  小林しん

笹がゆれる、
まぎはに光がとんでうつる。
その光が白い。


茶の木  (佳作) 川尻小学校尋六  山下あさ

畠の茶の木、
誰かが通る。
うたをうたひながら通る。
いつも思ひだす
畠の茶の木。


かれたかや (佳作) 川尻小学校尋六  渋谷しげ

さみしい道を一人で
たれたかやをふんでゐたら、
向うからも友だちが
かやをふみながらきた。


池のはた (佳作) 川尻小学校尋六  八木やす

夕方、古い池のはたを通った。
まはりの草が
すんだ池の水に
はっきりうつってる。
水も草もつめたさうだ。


梅       川尻小学校尋六     小林清子
 
梅のつぼみをさわった。
梅のにほいが
うすくした。
あたたかい日が
障子にあたった。


しづかな朝 (佳作) 川尻小学校尋六 田中光

しづかな朝だ。
しづかな朝だ。
せきれいがかしの木を
ゆすぶってた、
白なんてんに
すずめの声。

芝いも     川尻小学校尋六    高城守蔵

風のない日だまり、
小さい芝いも
芽が赤い、芽が赤い。
赤いはっぱに白いけば、
やはらかく伸びた、
赤いはっぱの
白いけば。



大正15年6月号

大正15年6月号  (16巻第6号)

梅の木 (推奨)  川尻小学校尋六  山下あさ

梅の木が青い。
のみかけた
つめたい水を、
梅の木に
しづかにかけた、
月夜梅の木まだ青い。

選評 北原白秋  
山下さんの「梅の木」は青みのあるすがすがしいいい詩だ。梅の木が三ところにも出てゐて、それが邪魔にはなってゐない。かへって落ちつきをつけてゐる。






氷田(こほりだ) (佳作) 川尻小学校尋六 小林清子

寒い朝だ。
田に氷がはったのを見た。
氷の間に、
稲をかったあとの先が
ちょぼちょぼのこって見える。


桑の木   (佳作) 川尻小学校尋六  高城守蔵

畠のすみに
桑ばらの中に、
黒い土濃いい、
ぶよの子がたかった。
光るところにたかった。
桑の木白い。


くつ      川尻小学校尋六      山下あさ

店やのくつが、
雨にぬれてる。
光らぬくつだ。
とっとととほりすぎる、
雨の日。


山道     川尻小学校尋六      八木茂

山道のうねりが長い、
はらのとげが赤い。


古い草    川尻小学校尋六      斉藤邦

雨にくさった草の上をあるいた。
古い草の香(かほり)がした、
寒い夕方。


やなぎ    川尻小学校尋六      田中光

川ふちのやはらかさうなやなぎ
のめっこい毛が光った
子供がもいで
川へうかべてゐた。



大正15年7月号

大正15年7月号   (17巻第1号)

あらったたび (推奨) 川尻小学校尋六 安西みつ

あらったたびが
しぎしぎしてる。
そして光ってる。
かしの葉が
二つ三つおちる。
それもひかりながら。

選評 北原白秋  
安西君の「あらったたび」は静かな光りと動いている光りとをよく目に留めてゐます。ここがおもしろい。





早春の野道 (推奨) 川尻小学校尋六  八木やす

兄さんをほしい、
こんなことを思いながら
早春の野道を通った。
ふと足もとを見ると、
草の芽が
やはらかさうだ。
そっと手をふれて見る。

選評 北原白秋  
八木さんの「早春の野辺」は児童の生活感情を歌ったものとして、かうしたものもいいと思ひます。




雪の中で   (推奨) 川尻小学校尋六 小林しん

くらいばん、
雪をとって
半分たべて、
遠くへほうった。
雪が光る。

選評 北原白秋  
小林さんの「雪の中で」は珍しいほど鋭いものです。




月夜      川尻小学校尋六     宮崎政雄

月夜に外に出たら、
白い雲が
白いねこのやうに見えた。
白い月夜だ。


子牛      川尻小学校尋六     田中光

春の野道を
牡牛がこんもりふくれた小草を
かぎながら通った。
まっ赤な夕日が
小牛の横はらをてりつけた。


雪       川尻小学校尋六     山崎勤

ふんはりした雪、
ふんはりつもってる。
櫻の枝に、
柿の枝に、
ふんはりした雪、
ふんはりつもってる。


夕日     川尻小学校尋六     山下あさ

妹のかたに夕日が光る。
かすかに遠い山の影がうごく。
夕日をあびながら湯入りにいった。


つまらない日   川尻小学校尋六  落合芳子

一人ぼっちの
つまらない日、
おくわしをたべたべ
家の中を歩いて見る。

屋根     川尻小学校尋六     小坂清子

新しくふきかへた屋根、
わらのにほいがする。
雨にぬれた屋根から
あまだれがしきりなく落ちる。



大正15年8月号

大正15年8月号  (17巻第2号)

青い空  (推奨) 川尻小学校高一   落合芳子

花びんを日向に出したら、
夕日がびんを
つきぬいてさした。
びんの光と夕日の光。
青い光。

選評 北原白秋  
落合さんの「青い空」は未来派のやうな絵の行き方をしてゐます。色彩が強く光っていていい。





月  (推奨)    川尻小学校高一  大用ゆき

月が
やはらかさうな
れんげさうを
てらした。
れんげさうの
つゆが光る。


選評 北原白秋  
大用さんの「月」は、またなんとなく柔かです。香つて霞んで、しめって、ふんわりして、さうして月の光に照られて。この柔かさを見てゐる心もちの柔かさも思はれます。






青空  (佳作)  川尻小学校高一   山下あさ

青空の下通る。
しめった土が白く光る。
櫻の葉が音もなくおちた。
青空へとどいておちた。
静かな昼。


ひるごろ (佳作) 川尻小学校高一  小林しん

れんげのつゆが
かわいた。
馬のくらが光る。


あつい日      川尻小学校高一  渋谷さと

日光が強いよ。
道がきいろく光るよ。
私の影が黒いよ。
影まであつさうだ。


金魚草      川尻小学校高一   八木やす

曇りの日のうすい日に、
金魚草の芽が
すくすく伸びる。
この間より伸びた。
昨日より伸びた。


寒い朝      川尻小学校高一    田中光

風の冷たい寒い朝、
日向にゐるあばあさんの顔に、
つばめのかげが
すーうとうつった。
小鳥が小枝で羽ばたきをした。



大正15年9月号

大正15年9月号  (17巻第3号)

ぼんやりした空 (推奨) 川尻小学校高一 高城守蔵

ぼんやりした空、
ほらぬくい。
桃の花散った日、
ほらぬくい。
ぼんやりした空、
木の葉のかげに
こまかくうつった。
黒い土ほらぬくい。

選評 北原白秋  
高城君の「ぼんやりした空」はぼんやりした空のほろぬくさを感じたのが特殊である。かうした感じをとらへたのはめづらしい詩の律の上でもそれをよく出している。






しひの木  (推奨) 川尻小学校高一   竹内はな

しひの木が白く光る日、
風がさわぐ日、
梅の熟する時。

選評 北原白秋  
竹内さんの「しひの木」もよく写生してゐる。梅を添へたのでなほ季節の光がはっきりする。





小雀(こすずめ)   (佳作) 川尻小学校高一 宮崎政雄

きりの花がむらさき色に咲いた。
すずめがとまって、
きりの花と一しょに
落ちかかった。
可愛い小雀。


いきれる日   (佳作) 川尻小学校高一   田中光

いきれる日だ。
ぬくっぽい風と一しょに、
いやなどぶのにほいがした。
てふてふが一(ひと)まはりまって、
青空へとび上がった。


月   (佳作)    川尻小学校高一  小林しん

月夜だった。
外へ出たら月が雨戸を
半分てらしてる。
家がばかにきれいだ。


風   (佳作)   川尻小学校高一   小林清子

すずめが梅の木に、
こぼれるほどとまってゐる。
風がふくと、
わたのやうにやわらかく動く。
夕やけ雲
まっ赤くのこってる。


農業の時間    川尻小学校高一  八木やす

農場の実習の時間、
きり雨の降る中で、
前かけをかむって
草花の種をまいた。
これがいつになったら
出るだらうと思ふと、
なほうれしくなって
きり雨の中をとんで通った。



大正15年10月号

大正15年10月号  (17巻第4号)

馬   (推奨)  川尻小学校高一    田中光



ひでりの道を
通る馬。
のめっこい光る毛
あつさうだ。
馬のくらがかすかに光る。
えん天のあつさ、
勢ひのよいかげが、
まっくろで
光るやうだ。

選評 北原白秋  
田中君の「馬」は、勢があり、のめっこい黒い光があり、動きがある。力がこもってゐる。





月夜   (推奨) 川尻小学校高一  小林清子

風に吹かれたかしの葉
波になってちってゆく。
月夜、
空の深さ。

選評 北原白秋  
小林さんの「月」は深い。風に吹かれたかしの葉が波になってちってゆくといふのが細かで、さうして光ってゐる。





つばめの影  (佳作) 川尻小学校高一  山下あさ

青桐の葉に、
つばめの影が
ななめにうつるよ。
つばめの影、
日の光りをあびている。
ふんはりした羽、
影まで
やはらかさうだ。


風のうなり (佳作) 川尻小学校高一  小林清子

くぬぎの葉、
うらがへって光る。
松にあたった風、
ものすごいほどうなる。
遠山も鳴ってる。
風の強さ。


柿   (佳作)  川尻小学校高一   金子森作

柿のわか芽が黄色い、
つゆが光ってる。
きりのふかい
春の朝。


麦畑  (佳作) 川尻小学校高一    八木やす

夕日の沈むとき、
桑をもって、
畑道をとおった。
畑の中の麦の穂の間に、
桑をもった
私の影が
麦のうね間に、
順々にうつった。


青葉の下   川尻小学校高一     小林しん

青葉の下を通ったら、
光りがときどきこぼれてくる。
友のおくれげ、やんはりうごく。


新しい土手     川尻小学校高一   渋谷さと

新しくできたばかりの
土手。
新しい土にで出た
草。
ふみながら通った。



大正15年11月号

大正15年11月号  (17巻第5号)

夕日 (推奨)   川尻小学校高一   竹内はな

とり小屋の中に
夕日が
さしこんだ。
卵の中まで
赤くさした。
夕日のしずむまで
赤い卵。

選評 北原白秋  
竹内さんの「夕日」は夕日のさした卵の生命力までが赤く感じられる。





ぼうち  (推奨)  川尻小学校高一  田中光

炎天のぼうち
くるい棒の先が
するどく光るよ。
空は遠いが
光線は強いよ。

選評 北原白秋  
田中君の「ぼうち」は極めて印象的で光りと影とがはっきりしてゐる。





眞ひる   (佳作) 川尻小学校高一  小林清子

きゃらの木の下、
にはとりがすくんでゐるよ。
さんさんさん、
ぼうちの音が
きこえるよ。
その音までが
だるさうだよ。


ももの実    川尻小学校高一     山下あさ

畠の中のももの実
緑の葉がゆれる。
ざるをもった人、
畠の中をしづかに歩いてる。
ももの木で見えなくなった。
ももの実が赤く光る。


くもり日    川尻小学校高一     小林しん

くりの花に、
てふがとまってる。
光りのうすい日、
ゆれた
あとのさみしみ。


実習     川尻小学校高一      渋谷さと

きり雨の日、
先生と花まきした。
先生の麦わらぼうしに
雨が光る、
豆の花が白く光る。



大正15年12月号

大正15年12月号  (17巻第6号)

兵隊   (佳作)  川尻小学校高一   山下あさ

兵隊のとまった晩よ、
電気がつかないで
まっくらだった。
兵隊のぬれた外套(がいとう)が、
くぎにかかってる。
兵隊はうれしそうな顔をして、
何か食べてる。
次の朝、靴の音を高くして、
自動車にのっていった。


夕日    (佳作) 川尻小学校高一  八木やす

たきぎ小屋のそばに
おちてある藁ぼつち
夕日がこぼれるやうにさしこんでる。
風がふいてもまだ赤い。


ごまの花   川尻小学校高一     田中光

ごまの花の散った上を、
せきれいが、
ちょぼちょぼ歩いてゐる。
ぬくんぽい風が、
ごまの花をなぜた。
ごまの花がせきれいの背中にちった。


雨あがり   川尻小学校高一    小林清子

とんぼとぶ空、
ほうッとした雨あがり、
かしの落葉のつゆが光る。



大正16年1月号

年号について
大正12年12月25日に大正天皇が崩御され昭和と改元
されました。「大正16年1月号」、実際は「昭和2年1月号」
となります。当時の混乱ぶりを、こんなところからも垣間見
ることができます。

大正16年1月号  (18巻第1号)

夜  (佳作) 川尻小学校高一     山下あさ

空気のかるさうな夜、
藤の木にかけた、
くつわ虫が月の光りで白く見える。
妹の名を呼んだ時、
空の星がしづかにとんだ。
かるさうな空気が
私の顔へつめたくあたる。


嵐     川尻小学校高一      田中光

嵐の中、
ひよこが庭さきまでよろけてゐる。
とうもろこしの種子(たね)
拾へそうで拾へない
雨がななめに強い。


きんぎょ    川尻小学校高一    神藤孝男

きんぎょを見てた。
日の光りが水の面(おもて)をてらした。
きんぎょの尾がやはらかく光った。
黒い猫の影がすうッと通った。


山       川尻小学校高一    山下久男

山の近所に、
くりの実が落ちてた。
ひろうとしたら、
ばらの実が赤い。
つゆがふくらんでた。


柿       川尻小学校高一    八木やす

からすが柿の木にとまった。
眞赤に熟した柿の実が、
からすのとまるのと同時に、
ぽたり落ちた。
その後、柿の葉が二三葉、
はらはらちった。
夕日の赤いとき。


  

昭和2年2月号
昭和2年2月号 (18巻第2号)

秋   (佳作) 川尻小学校高一    小林清子

風が鶏の胸毛を
そっと吹いて通った。
大きな青葉
もう枯れかかったよ。
小さな落ち葉
しづかにまったよ。
そよそよ風よ。
またまた通る。


鳥小屋  (佳作) 川尻小学校高一   田中光

せきれいが鳥小屋をのぞきこんで
餌をひろってゐる。
二三本立ってる。
こぼれ麦の中に、
ふせた鳥の卵が赤い。


ゆずの実  (佳作) 川尻小学校高一 八木やす

夕日が強いよ。
柿の落ち葉をはいてる。
父の顔、夕日に赤いよ。
今年初めてなった
ゆずの実が
黄色になりはじめたよ。
強い夕日。



昭和2年3月号

昭和2年3月号 (18巻第3号)

らふそく (推奨) 川尻小学校高一  山下あさ

らふそくの火が
ななめにうごく。
おもちゃの飛行機の影が
障子に大きくうつる。
らふそくの火が消えさうになった時、
雨のふる音がした。

選評 北原白秋  
山下さんの「らふそく」はおもちゃの飛行機の大きな影が、蝋燭の揺れるため障子にうつるので、夜雨がまた寂しく感じられる。雨の音までがきこえてゐる。






菊   (推奨) 川尻小学校高一    小林しん

菊が枯れはじめた、
夜明けの月が照ってる。
菊の影がこはそうだ。

選評 北原白秋  
小林さんの「菊」は、菊の影がこはそうだと見た感覚で、すっかり霜枯れ頃の夜明けの気持ちが出てゐる。





朝日 (佳作) 川尻小学校高一    瀬戸鶴吉

とほ山がうすいよ。
近くの山が赤いよ。
蝶が光りながらまふよ。
前のどてもひかるよ。


朝   (佳作) 川尻小学校高一    田中光

うすい初霜、
ぬり立てのペンキ、
とけさうな光り、
日の出がおそいよ。


静かな昼 (佳作) 川尻小学校高一  泰楽清

牛小屋の牛が眠ってる。
木が屋根にかぶさってる。
どての草のやはらかさ。


優勝旗      川尻小学校高一   小林清子

強い日光、
優勝旗のけんの光が
するどく光る。
高い秋の空、
かざった優勝旗、
風に吹かれてる。



昭和2年4月号

昭和2年4月号 (18巻第4号)

おたんじやう日 (推奨)川尻小学校高一 田中光

馬車の笛、
空にたまる。
日の出の港
長くひけた。
ああ今日は
てるの宮さまの
おたんじやう日だよ。

選評 北原白秋  
田中君の「おたんじやう日」は音調の上にまろみがあって温かい。いかにも照の宮さまのおたんじやう日の気分が出てゐる。






霜ばしら (佳作) 川尻小学校高一   山下あさ

白い霜ばしら
日かげの道にのこってる。
そっとげたでふんだ。
ふんだら、うれしいやうな
音がした。
遠くの道が霜どけで光ってる。
空の遠さ。


洗った足袋  (佳作) 川尻小学校高一  武田はな

洗った足袋がしぎしぎしてる、
寒い夕方、枯葉が飛ぶ。


落葉  (佳作)  川尻小学校高一  大用ゆき

何の気なしに
さくらの落葉を
くつ先でけって見た、
ひるごろ。



昭和2年5月号

昭和2年5月号 (18巻第5号)

ばらの影 (推奨) 川尻小学校高一  田中光

冬、するどい月の光、
庭先のばらに
つきあたった。
ばらの影、すごく黒い。
月の光が
ばらの間を、
ばらの影の間に
きれ通した。

選評 北原白秋  
推奨の田中君の「ばらの影」は凄いくらゐの鋭い見方をしてゐる。光が生きてゐる。そして細かで確実だ。光がつきあたったと見、きれ通したと言ったのは卒直でいい。 






雪の月夜 (推奨) 川尻小学校高一  八木やす

雪上がりの月夜
鋭い、白い、
雪の中に、
藁ぼっちの影が、
こくはっきり
鋭く見えるよ。
空の星が
風もないのに、
ときどきさえるよ。

選評 北原白秋  
八木さんの「雪の月夜」では空の星が風もないのに時々冴えると見たのがよい。





冬の深さ   (佳作) 川尻小学校高一 八木やす

帰りのおそくなった夕方、
山鳩の羽音が高い。
なんとなく


みそつちよ  (佳作) 川尻小学校高一 宮崎政雄

友だちと橋の上で
川の中に石を、
なげっこしてゐた、
笹の間を
みそつちよ
つうツと通った。



昭和2年7月号

昭和2年7月号 (19巻第1号)


枯枝  (推奨)

川尻小学校高一    佐藤喜一

枯枝に雀がとまって、
面白さうだ。
枯枝がゆれたり、
雀がゆれたり、
面白そうだ。
枯枝がおちれば
雀もおちさうだ。
面白さうだ、
面白さうだな。



選評 北原白秋  
佐藤君の「枯枝」はリズムがそのまま出てゐる。素朴でよい。




夕方   (佳作) 川尻小学校高一  宮崎よし江

畑道とほった。
夕方、
鍬をかついだ
をぢさんの顔、
はんぺた光る。
かついだ鍬もさきが光る。
落葉二つ三つ舞ふよ。


葉のうら   (佳作) 川尻小学校高一   山下あさ

しづかに裏がえった、
知らない葉のうら、
冬の弱い日に、しづかに光る。
木の枝をするやうに、
雀がひくく飛んだ。


雀      (佳作) 川尻小学校高一   田中光

すずめのゆすぶった南天が、
こまかく光った。
すぐわきのばらの葉、
すずめのゆすぶったひびきで落ちた。
静かに散ったよ。


雪の中  (佳作) 川尻小学校高一    八木やす

倉庫の向こうの雪の中を、
名の知らない小鳥の、
とんで行くのが、
雪にまじって、
かすかに見えた。
この大雪に。



昭和2年8月号



下野谷小学校あり
昭和2年8月号 (19巻第2号)

水っぽい雪 (推奨) 川尻小学校高一  八木やす

水っぽい雪、
そっと手にとって、空になげた。
日にきらッと光ったよ。
アンテナの先を、
名のしらない小鳥
ツーウーと通った。

選評 北原白秋  
八木さんの「水っぽい雪」は新しい。鮮やかでもある。感覚的である。 





卵  (推奨)  川尻小学校高一   山下あさ

うみたての卵、
あたたかさうだ。
光るわらの中に
卵も光ってる。
卵がしづかにころがったら、
黄色いわらが
しづかに風でとんだ。
鶏が卵のそばへよった。

選評 北原白秋  
山下さんの「卵」は柔らかい手あたりをもったいい詩である。しづかでかろく、それに温かみがある。 





寝顔  (佳作)  川尻小学校高一  山下あさ

弟の寝顔、
どことなくわらってる。
病気でねてゐる顔、
私はきふにさわりたくなった。
氷まくらの水が、ゆれてるよ。
弟の息、つらさうだ。
裏の雨だれの音がする。


川やなぎ  (佳作) 川尻小学校高一  小林清子

北風の通るあぜ道、
小さいほりに、
小ぜりがゆれてるよ。
のめっこさうな川やなぎ、
のめっこさうに光る。
よわい冬の日ざし、
影になっても光ってるよ。


夕方    川尻小学校高一      田中光

夕日が沈んだ時、
朝鮮の傘うりが
二人並んで行くよ。
誰か高笑ひをしたら、
気にかかったらしく
後ろを向いた。
傘うりの持ってる
二三本の傘、
夕日にそまってるよ。



昭和2年9月号

昭和2年9月号 (19巻第3号)

深いきり (推奨) 川尻小学校高二  金子まさ

ひばの木の上、
きりがうすくとぶ、
しひの木のきり、
まだこい。
しとっぽいかしの葉。

選評 北原白秋  
金子さんの「深いきり」はよく写生してゐる。ひばや椎や樫の木の霧を一々に見わけてゐるのがよい。 





ポプラ   (推奨) 川尻小学校高二  山下あさ

青空の高い朝、
ポプラの葉が
青空へうつるやうだ。
ポプラの葉が
うらがへって光る。
ポプラの木の影が、
こくはっきりうつるよ。

選評 北原白秋  
山下さんの「ポプラ」はポプラの光と風とをよく見てゐる。 




藤の花 (佳作) 川尻小学校高二   山下あさ

春の日だまり
藤の花がやはらかさうに、
のびている。
藤の花をそっとゆすぶった後(あと)
太陽の光が、
私の手の上に、
やはらかにてった。



昭和2年10月号

昭和2年10月号 (19巻第4号)

夕焼空  (推奨) 川尻小学校高二  八木やす

やっと一題出来たとて
軽い気持ちで外に出りゃ、
空は夕焼、波の雲
牡丹の花もゆれてゐる。

選評 北原白秋  
八木さんの「夕焼空」は、調子が流れ出るやうに自然に出てゐる。感情と、表現とがぴったりしている。 





あまがへる (推奨)川尻小学校高二  金子まさ



雨上がりのあとで、
ぐみをもいでた。
しづくが手にながれる。
ぐみの木の枝の間(あいだ)
小さなあまがへる。
はらがうごく。

選評 北原白秋  
金子さんの「あまがへる」は、見方が細かである。ぐみをもいでたらしづくが手にながれる、と、いふやうな写生はいい。確かなものだと思ふ。 






晴れた朝  (推奨) 川尻小学校高二  山下あさ

馬にのって通る人
うれしさうだ。
そよ風でゆれる毛、
朝日に光ってる。
桐の木をはふ蟻、
朝日が
まぶしさうたよ。

選評 北原白秋  
山下さんの「晴れた朝」では、馬に乗って通る人といふ、颯爽とした姿を見せてから、桐の木をはふ、かすかな蟻にまで目をとめたのが着実でいい。 






夕方 (佳作) 川尻小学校高二     八木やす

(ゆうべ)の道を一人で通る。
日光見物思ひながら通る。
麦の影、
知らぬ間にふみふみ通る。
知らない家のアンテナが、
風もないのにゆれてるよ。


ほたる   (佳作) 川尻村(十三歳)  八木よし

夕方、井戸ばたへ、
げた取りに行った。
松の木にほたるが一匹
光ってた。


かはず    川尻小学校高二     金子まさ

うらの田でなくかはず、
水がひかる。
かはずのこゑ、にぎやかだ。
遠くから来て遠くへ行くやうだ。
うすぼんやりの夜。
だれも通らない。


月夜    川尻小学校高二      山下あさ

おぼろ月夜だ、かしの葉が、
月の光で白いよ。
電信柱の影が、
うすくろく地にういてる。
川のびんのかけら
こまかく光ってる。

 

昭和2年11月号

昭和2年11月号 (19巻第5号)

かげ   (推奨) 川尻村(十五歳)  八木よし

桐のかげ、黒いかげ、
まなつの日だまりに
花がさいてた。
小さな紫の色。

選評 北原白秋  
八木さんの「かげ」には一つの花を小さい紫の花と観たところに幼さと鋭さがある。 





ゆりの花  (佳作) 川尻村(十五歳)  八木よし

白く見えるゆりの花、
風が吹いたら
よく見えた。
土手ぎしにさいてゐる
ゆりの花。


 

昭和2年12月号

昭和2年12月号 (19巻第6号)

昼   (推奨) 川尻小学校高二    山下あさ



青桐の花が、
水たまりの
上にちった、
何の音もしないで。
昼の日の
てりつけるつよさよ、
弟の寝息がする。

選評 北原白秋  
 山下さんの「昼」は静かな穏やかなものである。弟の寝息がするので昼の日の強さも生きる。





夕立  (佳作) 川尻小学校高二   八木やす

夕立降りに、
かさをかむった女の人、
風と雨の中を、
ころがるやうに飛んでゆく。
その後を、
風に吹きとばされた雨が
おっかけていく。


夜  (佳作) 川尻小学校高二    田中光

ふくろうの聲が
波になって聞こえるよ。
露もはづんだり、
月夜の静かさ。



昭和3年月1号

昭和3年1月号 (20巻第1号)

秋の朝  (推奨) 川尻小学校高二  山下あさ

馬の息が白いよ。
馬の目に、
秋の景色が
うかんで動かない。
栗の実がはじけさうだ。
しづかな朝だ。

選評 北原白秋  
山下さんの「秋の朝」は馬の目に映って動かない秋の朝の風景画が、ことに新しく光ってゐる。それにこれから何か動かうとする息のつまるやうなものがある。栗の実がはじけさうだといふのがそれである。鋭い。 







ざくろ  (推奨) 川尻小学校高二   八木やす

知らない家の前だ、
ざくろの実、われかかっている。
赤い実が落ちさうだよ。
夕日のつよさよ。
ざくろ、われさうだよ。

選評 北原白秋  
八木さんの「ざくろ」では、このはじけさうな息づまった気持ちをもっと正面から歌ってゐる。感じも言葉も強い。しかし、前の作者(八木さんのこと)のと、どちらに、ほんとうの弾力がこもってゐるかといふと、やはり前のにあるだろうと思ふ。 







やけ石 (佳作) 川尻小学校高二   山下あさ

じりじりやけた石、
石の上を這(は)ふ蟻の影、
強い光線で、
うすく見えるよ。
水泳に行った人の麦藁帽子。
せみがするどくないた。


いなびかり (佳作) 川尻小学校高二  田中光

雨の降りそうな晩、
いなびかりが風にとばされて、
走るやうだ。
いなづまが白く、庭をてらして、
空のはてまで走った。


かへりみち (佳作) 川尻小学校高二  小林しん

学校のかへりみち、
道ばたの家のきく、
小さい子がさはってる。
私はちらッと見た。
友だちと話いつまでもつきぬ。



昭和3年2月号

昭和3年2月号 (20巻第2号)

もろこし畑 (推奨) 川尻小学校高二  八木やす

もろこし畑の中で
弟をよんだ。
もう夜霧が落ちた。
上を見たら、
もろこしの花に露が光ってた。

選評 北原白秋  
八木さんの「もろこし畑」もしっとりとしてゐる。そのままの自然の情景が出てゐる。見方も細かである。 





草の芽  (推奨)  川尻小学校高二  田中光



名の知らない草の芽が出た。
弟が、そーッとさはってる。
いきれる風に、
草の芽がやはらかく動く。
じゅくしたれいしの実
はじけかけた夕方よ。

選評 北原白秋  
田中君の「草の芽」には自然の萌えあがる物に対する児童の愛と感覚とがいヽれてゐる。はじけかけたれいしの実の點出には絵画風の印象が強い。 






朝  (推奨) 川尻小学校高二    小林しん

知らない家の前をとほってた。
朝もやから、だんだんでてきた。
しづかな朝だ、しづかな朝だ。

選評 北原白秋  
小林さんの「朝」の朝靄からだんだん出て来たのは知らない家ばかりではあるまい。木だの、垣だの、人かげだのいろんなものであらう。ほうっとしたものが一つ一つ形を現はして来る。まことにしづかな朝だ。 







大風   (佳作) 川尻小学校高二   山下あさ

まどガラスが
するどくゆれるよ。
大風が強くふきつける。
兎の毛が
雨にぬれて光ってる。
去年とまった兵隊のことを
思ひながら戸をしめた。


きつねほたる (佳作)川尻小学校高二 田中光

暗いやぶかげの道を通った。
きつねほたるが一匹、
ちゃっかりちゃっかりしてる。
ふと、雨がへるが一匹
ちゃうちんを目がけてとび下りた。
急に、ほたるが高くあがった。
後は、入りかかった三日月が
うすいかげを落としてる。



昭和3年3月号

昭和3年3月号 (20巻第3号)

雀  (推奨)  川尻小学校高二    山下あさ

くもった空の下、
むら雀が波になってとんでゐる。
赤く色づいた櫻の葉、
遠くで光ってるよ。
雀のとんでる影、
秋の道へあかるくうつるよ。


選評 北原白秋  
山下さんの「雀」の写生も明暗をよく見わけてある。さうしておとなしく筆を運んである。 





夕日  (佳作) 川尻小学校高二   山下あさ

つもった枯葉の間、
夕日が赤くさしてる。
馬のくひ残した麦、
一つぶ一つぶ黄色く動いてる。
秋の夕日、
花の向こうに立ってる弟、
半分あかるいよ、
花もあかるいよ。


入日   (佳作) 川尻小学校高二   田中光

入日が、風に吹かれて散る木の葉に
強くあたる。
入日の空は、こけら雲
咲きさうなばらの花、
ふっくりふっくり
重さうに動いた。


くもり日   (佳作) 川尻小学校高二 小林清子

灰色の空がおひかぶさってる。
鶏がとまり木に止まって、
ぢっと何か見つめてゐる。
風もなく、
外はいつのまにか
きり雨の空よ。



昭和3年4月号
昭和3年4月号 (20巻第4号)

朝  (推奨)   川尻小学校高二   田中光



つめたい朝、
雨戸をあけると、
もずの聲がした。
弟が、
日の出に向かって、
綿をとばしてる。
朝焼けの空、
弟がなつかしさうに見てる。

選評 北原白秋  
田中君の「朝」は冷たい中に愛情の温かみが出てゐる。弟が日の出に向かって綿を飛ばしてゐるのがさうだ。朝焼けもいい。 






にほひ  (佳作) 川尻小学校高二   田中光

知らない虫のそばで、
お父さんが、
なわをなってゐる。
あたらしいわらのにほひ、
しばのにほひ、
枯草のにほひよ。


ふくろ花  (佳作) 川尻小学校高二 小林しん

ふくろ花さいた。
からすが一羽こちらへあるく。
そのたびごとに、
ふくろ花がゆれる。


昭和3年5月号  (20巻第5号)

ごむのにほひ   川尻村  (十六歳) 斉藤邦

雨あがりの日に、
ごむのにほいがするよ、
庭先の梅が
赤く光った、
風がさあと吹いたよ。



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