当麻の天満宮と能の世界

                              撮影 2007・5・17
                              作成 2007・10・7
                              更新 2008・5・31
 当麻の天満宮の境内には、珍しいカゴの木が3本あります。最大は樹周が257cmもある巨木です。また境内の左右には相模原台地から湧き出す清水が流れ込み夏にはホタルが飛び交います。そして、この神社を継なぐような形で道は南北に、また西方向に延び北は奥州古道、西は甲斐、南は相模川を隔て京の都へと続いています。創建時の伝承には二説ありますが、当麻の天満宮は交通の要所として栄えてきました。
 「麻山集」の編者、是名上人は元禄4年(1691)精密な調査の結果、「尊生法師が「木げん樹(もくげんじゅ・もくげんじ)の実」を植えて当麻天神を祀った。」と伝えています。もしこの事が事実としたら「能の世界」にも通じることになります。
 現在、「木げん樹」の木は長い年月のためか朽ちて見つかりませが、能の世界では「道明寺」と呼ばれ演じられてきました。「道明寺」の舞台となったモクゲンジュの木は今でも大阪市大阪府藤井寺市道明寺天満宮の境内にあります。
 往時を偲び、木げん樹の木が再び当麻の天満宮に育ち、そして何時の日か舞殿の扉が開き、幽玄な「道明寺」が上演されるよう願っています。

  
   当麻天満宮              舞殿

                             撮影2007・8・15
   
  カゴノキ  樹周206cm                花ヶ谷戸から流れる湧水

                              撮影 2007・9・2
   
 カゴノキ 樹周166cm   ケヤキ 樹周390cm   五輪塔と杉とケヤキ

                               撮影2007・10・15
   
  カゴノキ 樹周257cm
天満宮
村の鎮守とす。神躰木座像、本地十一面観音立像湛慶作古は字大日堂と云地にあり、例祭二月二十五日相殿に牛頭天王を祀る六月七日、下宿に神輿を移し、十四日に帰座す。 
 △末社  稲荷  △松樹神木なり、圍一丈あまり餘 △別当二院 一は天満山明達院梅松寺と號す二院共本山修験小田原玉瀧坊配下、開山妙音応徳元年四月廿七日卒、伝云妙音は近江国三井寺の座主なりし が世を遁、当所に来り、天満宮を勧進せしとなり、一は明王院明行寺山號は梅松寺に同 開祖玄春寛文四年三月廿五日卒、三世の時、分かれて両院となれり 共に本尊不動
        「新編相模国風土記稿巻之六十八 村里部 高座郡巻之十」より

能 「道明寺」の概要
 相模の国鎌倉田代寺の僧、尊性は善光寺の阿弥陀さまにおすがりして極楽往生したいと、七日間のお籠もりをしていますと、或夜夢のお告げで「河内国の土師(はじ)の里道明寺に、天満天神が供養のために埋めたお経の巻軸から生えた木げん樹(もくげんじゅ・もくげんじ)がある。その木の実で念珠を作り念仏百万遍をすれば必ず極楽往生する」と教えられます。さっそく道明寺に参り、おりから来合せた老人に、この不思議な話をしました。老人はその木げん樹の場所に案内し、神仏は一体であることや、むかし菅原道真が筑紫の国に配流される途中、ここに立ち寄ってさまざまな神秘を残したことなどを語り自分はその天神さまのお使いの白太夫の神であると名のって消え失せます。やがてその夜、 尊性の夢に天女が現れ、そのむかし天照大神が岩戸隠れの際の神々の舞いあそんださまを思い出し、琵琶、琴、和琴(わごん)笛などを奏して神楽をまいます。
 白太夫は命に応じて舞衣の袖をとって笏拍子(笏を二つに割って二枚を相打ち拍子をとること)を打ちおもしろく「楽」をまいながら「木げん樹の梢にかけって降るや、一味の風雨をそそぎ」枝々より木の実をふるい落として、「これこそ念(おも)いの珠をつらぬく。数は百八煩悩をかたどる念珠の道明寺の鐘」と尊性に与えます。やがて神楽の夢は覚め、恐懽した尊性はりっぱに余生を生きて、予言どおり極楽往生したと伝えています。
  
            ↑後シテ 白太夫神         ↑木げん樹 ↑後ツレ 天女 ↑旅僧尊性と従僧
麻山集に見られる当麻天満宮創建時の伝承
 天満宮の創建は延久五年(1073)もと三井寺座主妙音の勧請と云われていますが、「麻山集」では「木げん樹之事當山鎮守神縁」として、延慶元年(1308)に当麻天神が建立されたと伝えています。

木げん樹之事當山鎮守神縁に見る建立までの経緯。
 愛甲郡田代に尊生法師という僧がいた。同人はもと三井寺の学徒であったが、のち発心して念仏行者となった。ある時、信州の善光寺へ参詣して祈願をこめていると、如来が夢にあらわれて「河内国の土師(はじ)寺は菅原道真公の氏寺である。そこに一株のもくげんじゅの木がある。その実を採って来て数珠を作り、念仏を百万遍称えれば必ず往生できるといわれた。そこで土師寺へ行ってもくげんじゅの実を拾った。その時天神さまのお告げがあって「このもくげんじゅの木は私がむかし五部の大乗経を写して地中に埋めて置いた。その巻物の軸から生じたものだ。お前の住む付近に念仏道場があるが、そこへこの種子を蒔け、そうすれば私と縁をむすぶことができる」といわれた。」帰国後、尊生法師はこの付近といえば当麻山よりほかにないから、真教にこの種子を献上した。真教は境内の西北隅にこの種子を蒔き、一社を建立した。それが市場の天神様であるという。
 
                            「麻山集 上」向得寺本の写本より
                                    協力 相模原市立博物館


主なもくげんじゅの木のあるところ
 1 道明寺のもくげんじ 大阪市藤井寺市道明寺天満宮 大阪府指定天然記念物
 2 むかいとのせのもくげんじ  弘前市向外瀬  県指定天然記念物 
    向外瀬のもくげんじ
(せんだんばのぼだいじゅ)
 3 牛島のモクゲンジ群生地  山口県光市牛島 県指定天然記念物 全島で約3500本程度の大群落。
 4 もくげんじゅ
(せんだんばのぼだいじゅ) 福岡県太宰府市観世音寺境内 
    「本樹は謡曲「道明寺」に詳しい因縁が説かれている。この樹は元慶八年、菅公書
    大乗経を埋めた経塚から生じた樹の実を河内国道明寺から持ち来って此所に播種
    した実生の成長である種子は古くから珠数の玉に用いられ念仏百万遍を唱うれば
    往生の本願疑いなしと言われている。」   もくげんじゅの看板より
 5 香住の欒樹の自生地 兵庫縣城崎郡香住町字一日市天王山麓 県指定天然記念物 約300本

 柳田国男は名著「日本の伝説」のなかで「御箸成長」の話を書きました。内容は各地に伝わる伝説を収録、おりまぜながら書き綴ったもので、むかし偉い坊様が箸を地中に刺しておいたら何時の日か芽が出て大木になった、杖が成長した。というような話をまとめています。こう云った話は本当によくあるもので、城山町の穴川地区にも、「落ち武者が鞭(むち)に使っていた梅の木を逆さに刺したら根付いた」とか山梨県の勝沼の万福寺にある杉は「親鸞聖人が出立ちの膳の箸を庭にさしたもの」と伝えています。当麻のモクゲンジュの話も「五部の大乗経を写して地中に埋めて置いた巻物の軸から生じたもの」とあるように「御箸成長」の逸話と、とてもよく似ています。
 人々はそうした不可思議さに新たな霊験を感じ信仰として各地に広まって行ったのだと思います。そうして観世音寺の木のように、いつしか河内の道明寺まで赴く人々が現れ霊験あらたかな種子を持ち帰り、寺の境内に植えて行ったのではないかと。
 そして今、各地の寺社の境内に植えられている椿や銀杏の由来にもどこか似ています。
平成の尊生法師たち

上段 もくげんじゅ  下段 おおもくげんじゅ


発芽したもくげんじゅ   撮影2008・5・14
上記の話を、友人のTさんに話したところ昨秋、大阪市藤井寺にある道明寺天満宮に行って来てくれました。Tさんは宮司さんとご一緒に境内にあるもくげんじを実を落として頂いてまいりました。実は黒く光沢をおび丸く4・5ミリの大きさをしていました。霊験あらたかな「御数珠」はこの実を繋ぎ作るのだと云います。この大切の実は2月19日、川尻八幡宮で行われている「雨水の日に日の出を観賞する会」の当日ご配布をし、お守りや庭に育てて頂くことにしました。
 もくげんじゅの実の部分には大きな翼果がついていて水や風に乗って拡散できるようになっています。これと同じように翼果がある仲間にはハルニレやイロハカエデのプロペラに見ることができます。もくげんじゅと似ている樹木に「おおもくげんじゅ」があります。木は伐採されてしまいましたが津久井城址北側の県道脇にありました。現存している所では大島坂の南、相模川の展望台の駐車場に1本あります。「おおもくげんじゅ」と名がついているように実は7・8ミリもあり大きくこげ茶色をしています。もくげんじゅの木はまだ相模原地域て見つかっていません。
 再生する2本のもくげんじゅ(右)は発芽時に
子葉が片方取れたため生育が遅れ、もうひとつのもくげんじゅ(左)は途中で葉が萎れたためハサミで切断して命を繋いでいます。遠く大阪を離れた種がやがて相模の大地に花開き根付こうとしています。

   参考資料 
   当麻山の歴史   座間美都治  発行所 当麻山無量光寺 昭和49年9月発行
   道明寺天満宮の公式サイト http://www.domyojitenmangu.com/index.shtml
   続・能と能面の世界 田中保雄  発行所 淡交社 昭和46年1月 3版 発行
   「麻山集 上」向得寺本の写本 所蔵 相模原市立博物館
   道明寺 発行所 観世流改訂本刊行会 昭和10年10月 発行


          相模原市・当麻の風土
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