今は昔 こんなこともあった、あんなこともあった。 生きている民俗学
2018・10・19  作成

 通信の発達は目覚ましく、烽火台のことを考えるとまるでである。アナログ系自動交換機では、A型交換機があり、機械が動くたびに騒音となり機械室は物凄いものであった。其れから、電話番号を蓄積できる、クロスバー交換機が生まれ、C45型交換機、C400型の全盛時代が訪れた。また市外番号を制御できる、C63型、 C82型と呼ばれる市外交換機も生まれた。
 それから、あっと云うまに電子交換機が誕生し、通信事業の多様化に先手を打った。それから、また、あっと云ういうまに、デジタル型交換機が誕生、D10型交換機が生まれた。それから、それからと新時代の要望に応え新しい交換機が誕生している。
 家庭でも、企業でも、PCなくては、何もできないと云うような社会になり、その社会的な要望に応えるために、ADSLとかBフレッツなどのサービスも始まって、現在も更に、更に、技術革新は続いている。
 下絵は順序不同だが、こうした世の中であっても、どこか、ほんのり、ほんわかできるようにと、ポスターを描いた時代がありました。ポスターは朝の3時に描きはじめ、出勤の時間までには仕上げるようにしていました。
 現在は、販売活動もなくなりましたが、当時の、通信技術、サービスの進展の推移などが分かれば、生きている通信史としても無駄ではなかったかと考えています。 







  




  
















新潟県中越地震(にいがたけんちゅうえつじしん)は、2004年(平成16年)10月23日17時56分に、新潟県中越地方を震源として発生したM6.8、震源の深さ13kmの直下型の地震である。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)以来、観測史上2回目の最大震度7を記録した。
 古里のその昔、牛の品評会がありました。牛に化粧まわしのようなものをつけてそこに牛名「マセーズ・プリリー・ドンポシェロ」と書いて、父は出発前の景気づけにと牛に酒をかけてあげました。名前は良かったのですが成績はあまりよくなかったことを思い出しました。
 新潟県山古志村には「牛の角突き」と云う伝統行事が今に伝わっています。私は平成17年春から始まるフェアに「がんばろう牛たち、がんばろう山古志村、
雪深き里にも春」と書いて未来に夢を託しました。そして、新しいサービス「FLET・S ひかり電話」がスタートしたことをポスターにしました。
 日本海側では、過去に秋田沖の地震もあり、子供たちの尊い命の奪われたことがありました。
 牛の目は大きめに描いて前を見据えるように、お尻は少し小さめにしてご主人様に「ありがとう」と云っているような感じで描きました。
















「荒川 静香(あらかわ しずか) 1981年12月29日生まれ 2006年トリノオリンピック女子シングル金メダル、2004年世界選手権優勝」
 「ツーランドット、イナバウアー」TVの前で釘づけになって声援したことを昨日のことのように覚えています。イナバウアーで出たときは、嬉しくて嬉しくて涙が止まりませんでした。
 それで、次のポスターはイナバウアーを描くことにしました。お父さんは会社で頑張っている、お腹も出て、あんまり反ったんで思わず「ウー」と、その方向がBフレッツの商品のところです。
 「頑張る」と云うことは大変なことだと、私は『軽く軽く、無理しないでね』と思う一方、心のどこかで「でも、ガンバッテね」と声援をおくりました。









古里の春

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