1 |
貞享本系
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新訂金槐和歌集 増補新版 齋藤茂吉校訂 岩波文庫
b/Y01/03178432 増補 新訂の表示なし
b/Y01/03178441 増補 新訂の表示なし
b/Y01/03178450 特製総革装 新訂の表示なし
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→金槐集の諸本については、本誌所載の座談會の記事に簡単ながら出てゐるので再び繰返さぬことにするが、そこにいふ貞享本、類従本、定家所傳本の三つの系統の本の内容を知るには、それぞれの原本は別として、いったいどんな刊本によるのがいちばん手っとり早いであらうか。先ず貞享本として第一にあげたいのは、「新訂 増補新版 齋藤茂吉校訂 岩波文庫」である。この本は、貞享本を底本とし、類従本を以て出入異同を交合し、加茂真淵が貞享本を校訂した際に書入れした評言をも合せて成ってゐる。はじめ昭和四年に發行され、昭和七年に誤植を正し、定家所傳本に據る校訂増補の項が加はって「増補新版」となった。それゆゑこの本は、本文は貞享本であるが、それを子細にみれば、類従本、定家所傳本の用までも兼ねた極めて便利なものといへる。われわれは鎌倉短歌會の會員が先年金槐集の全歌を輪講した時にもこれをテキストに使った。なほ、附録としては、いまいふ定家所傳本による増補の外に真淵の鎌倉右大臣家集中抜粋、鎌倉右大臣家集の始に記るせる詞があり、索引、解説もある。 注 アンダーラインは鎌倉短歌會の当時の活動状況を知る貴重な記述 保坂 |
2 |
定本金槐和歌集 半田良平訂 紅玉堂 |
これは貞享本を底本とし、類従本との異同を記し、真淵の評言を附してゐる。外に、索引、解説がある。
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3 |
金槐和歌集 半田良平訂 改造文庫 |
この本は所蔵せぬが、多分前著の外に、定家所傳本が顧慮されてゐることであらう。
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4 |
金槐和歌集 新譯日本文学叢書第二輯第四巻 新古今集山家集新葉集と合輯 小山龍之助擔當解説及び頭註 内外書籍株式會社内日本文學叢書刊行會 |
これも貞享本を底本としてゐる。その他 |
5 |
金槐和歌集 山家集拾遺愚草新葉集と合輯 國民文庫 |
等はいづれも貞享本を底本とし、そして或ひは類従本を参考としてゐるやうである。 |
6 |
金槐和歌集 塚本哲三校訂 山家集拾遺愚草と合輯 有明堂文庫 |
7 |
金槐和歌集 森敬三校註 慶文堂 |
8 |
類従本系
(群書類従)
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鎌倉右大臣家集 佐々木信綱新訂 覆刻堂
b/Y01/03178521 再版 覆刻叢書 第1巻 佐佐木
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類従本は、群書類従二三種の普及をみてゐる今日では、原本そのものが既に珍しいものではなくなったが、単行の本として自分の目にふれたのは大體次の通りである。
この本は群書類従本の假名遺等の誤を正して本文とし、巻末に真淵の鎌倉右大臣家集のはじめにしるせる詞を添へたもの。袖珍本で、明治三十七年二月十一日再版、定價弐拾五銭といふ次第、自分の最も古く讀んだ本なので特殊な愛著を覚える。 |
9 |
金槐和歌集 續國歌大観歌集部所収 松下大三郎編 紀元社
b/Y01/03174783 |
これは類從本によってゐる。 |
10 |
金槐和歌集 国家大系第十四巻所収 小林好日校訂頭註 國民圖書株式會社 |
これは類從本を用ゐ、貞享本を參考としてゐる。 |
11 |
金槐和歌集 鎌倉源實朝公七百年祭協賛會 |
この本、数日前ある人携へ來って偶然見る事ができた。「金槐和歌集のあとに」といふ一文(項目)が添へてある。 |
12 |
金槐和歌集 日本歌學全書第八編 佐々木宏綱編 博文館 |
それから古いものでは、有名な「金槐和歌集 日本歌學全書第八編 佐々木宏綱編 博文館」が類従本を底本とし、貞享本を参考としてゐるといふが、私はこれを有ってゐない。 |
13 |
定家所傳本
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金槐和歌集 附藤原定家所傳本金槐和歌集解説 附藤原定家所傳本金槐和歌集解説追記 岩波書店
b/Y01/03208255 限定 |
定家所傳本は昭和四年佐々木信綱氏によって發見されたもので、翌昭和五年に、「金槐和歌集 附藤原定家所傳本金槐和歌集解説 附藤原定家所傳本金槐和歌集解説追記 岩波書店」となって、原形のまま美事に再現された。私などこの本の出た時には全く狂喜して繙(ひもと)いた一人である。三百部の限定出版なので、今ははや珍本の部類に入ったかもしれぬが、入手絶対困難といふわけではなく、先頃も定價十五圓の二倍半ならないこともないと聞いた。 |
14 |
校註金槐和歌集 佐々木信綱校訂 明治書院
b/Y01/03178595 5版 改訂 校註表示なし |
この本は、昭和二年に發行された時は、貞享本を底本として類從本を参考としたものであったが、定家所傳本發見以後の昭和六年に改訂が施され、本文は定家所傳本に則って假名を漢字に直して讀み易くし、同本の若干の※缺陷は他本によって補ふといふ校訂形式に變った。定家所傳本の内容を窺ふにはこれに如くものはない。なほ、補遺として、貞享本から五十六首(中に別人の歌が二首あるので、實數五十四首)、夫木和歌抄から十五首(これは十六首あるべきなのが一首脱落し、しかもそれが佳作であることは惜しい。)新和歌集、法燈縁起、雜歌集からそれぞれ一首づつ計三首等を擧げ、定家所傳本六百六十三首、補遺七十二首、總計七百三十五首となり、實朝の詠作として今日に傳はる七百五十一首にほぼ近い數を示してゐる。
※缺陷/欠陥(けっ かん):必要なものが欠けていること。不備・不足のあるもの。欠点。
この本には序言として解説があり、本文には真淵評その他の頭註が加へられ、附録として、真淵の鎌倉右大臣家集の始にしるせる詞、校訂者の編纂にかかる源實朝年譜(これは専ら吾妻鏡により、公卿補任、金槐集等によって補った頗る有益なもの、本誌別稿に、これを※龍肅の譯にかかる岩波文庫本吾妻鏡により書下しの形式にしたものを収めることになってゐる)、類句索引等が添へてある。本文が四號活字大で讀みいい點も特色の一つであらう。(本誌掲載の金槐和歌集鈔はこの本によったものである)
※龍肅(りょう すすむ):人名/大正・昭和期の歴史学者。元東京大学史料編纂所長。 |
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・ |
全註金槐和歌集 川田順校註 富山房百科文庫
b/Y01/03178423 1938・5・25 全註 表示なし
b/Y01/03173599 1938・5・28 全註 表示あり |
(右本)は、金槐集の各首について先行歌、本歌、類歌、参考歌等の一切の關係歌を註したもので、金槐集研究には必讀の好著であり、鎌倉短歌會輪講の折にもこれによって稗uされること多大であった。それから、この本には解説、序言の外に、全註の結論ともいふべき後記があり、また貞享本と類従本の異同の項があり、索引の作られてゐることも云ふまでもない。
注 アンダーラインは鎌倉短歌會の当時の活動状況を知る貴重な記述 保坂
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16 |
・ |
源實朝 岩波講座日本文學所収 齋藤茂吉 岩波書店
b/Y01/03155106
注 所蔵本 1943・11・10(昭18)
出版年 再調査要 2018・4・19 保坂 |
以上が貞享本、類従本、定家所傳本三系統の諸本を何によって見たらいいかといふことのあらましであるが、なほ私の話の不備なところは、「源實朝 岩波講座日本文學所収 齋藤茂吉 岩波書店」に、よって埋合せていただきたい。が、要するに、本文としては斎藤茂吉の岩波文庫本、佐々木信綱の明治書院發行本、川田順の富山房百科文庫本の三冊位あれば、それで十分足りるのである。しかしここで一言注意しておきたいのは、私がなに本かに本とやかましくいひ立てたのは、斷じて骨董趣味的なつもりからではないといふことである。金槐集の名さへついてゐれば、どんな本でも構はぬではないかと決していひきれぬのである。三本にはそれぞれ特長があり、同時に缺點もある。その缺點を捨てその特長を採らうとするのは、もちろんわれわれの本質的な態度であらねばならない。そしてさういふよき正しき神經において、われわれが先づ知りたいのは、第一に實朝が詠じたままの歌の姿はどういふものであったかであり、第二に諸本に異同がある場合、どの本の字句が果たして藝術的表現としていちばんすぐれてゐるかである。さういふ點では、定家所傳本は唯一の古寫本であり、最も信憑すべき證本であり、われわれの要求に最もよく應へてくれる善本である。その例の二三を擧げれば、類従本に
塔をくみ堂をつくるも人なげき懺悔にまさる功徳やはある
とある歌の第三句は、定家所傳本には「人のなげき」とあり、たった一音の「の」のありなしに過ぎないが、その効果は雲泥の相違となる。また、貞享本の
玉くしげ箱根の海はけけれあれやふた山にかけて何かたゆたふ
は、定家所傳本には
玉くしげ箱根のみうみけけれあれやふたくにかけてなかにたゆたふ
とあって、この方がずっとはっきりしてゐる。また、貞享本に
ものいはぬよものけだものすらだにもあはれなるかな親の子を思ふ
とある歌の第四句は、定家所傳本には「あはれなるかなや」とあるが、この「や」の存在こそ歌詠みにとっては事重大なのである。また、類従本に
おほきみの勅をかしこみちちははに心はわくとも人にいはめやも
とある歌は、貞享本には第三句「ちちわく」の「わく」に「はは」の傍書があるが、定家所傳本には明らかに「ちちわくに」とあり、これは拾遺集に萬葉集の歌の形を變へて「ちちわくに人はいふともおりて着むわがはたものに白き麻衣」といふ歌のあるのを踏んでできたものゆゑ、「ちちわく」に決定してよいのである。定家所傳本の價値はこんな具合であり、それは類従本の祖本であると共に、貞享本の底本たる柳榮亞槐本の祖本としても考へられ、また類従本の補遺部のいはゆる一本及印本所載歌の一本に相當するものとも見られる貴重な本であるが、しかし一面、金槐集を讀むにこの本だけあればいいかといへば、さうはいかぬのである。定家所傳本は「建歴三年十二月十八日」の奥書をもち、ここに収められた六百六十三首は全部實朝二十二歳までの作であるが、さてこの歌數は類従本の底本よりは多いが(六百六十三首中の十首は類従本の一本及印本所載歌中のもの)、貞享本の歌數七百十六首に較べると、五十三首少く、その少いところが物足りない上に、かの有名な「もののふの矢並つくろふ」の歌が入ってゐない。それに、定家所傳本自體と雖も、完全無缺といふのではなく、書損じや脱字や空白のままの句があるなどの缺陷が恐らく十數箇所あらうかと思ふ。これは他本によって補はれねばならない。貞享本は歌數も最も多く、部類立てもきっぱりしてゐるので、近来殆んどこれを底本に用ゐるならはしになってゐるが、その字句が定家所傳本によって訂正されなければならぬこと前言の通りである。類従本は重出歌などがあったり、一本及印本所載歌が部類立てに加はらなかったりして何となく不完全な感じを免れないが、しかし定家所傳本に酷似してゐる點は大いに見直す必要があらう。こんなありやうであるから、つまりは三本それぞれを比較對照し、われわれ自ら一首一首の歌について妥當最善の判斷を下さねばならない。これ、私が諸本を云々せずにはゐられない唯一の理由である。 |
1 |
金槐集以外
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源實朝 歴代歌人研究第八巻 川田順 厚生閣
b/Y01/03172644
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實朝の歌は、金槐集以外にもあり、座談会の記事に實朝の作の現存歌七百五十一首と數へられてゐる中から、貞享本の數實七百十六首を差引いた三十五首がこれに當り、その内譯は次の如くである。
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夫木和歌抄所載 |
十六首 |
實朝作九十一首中金槐集未収歌 |
新和歌集所載 |
一首 |
武田祐吉が「アララギ」昭和3年12月号で報告 |
法燈縁起所載 |
一首 |
武田祐吉が「アララギ」昭和3年12月号で報告 |
雜歌集所載 |
一首 |
武田祐吉が「アララギ」昭和3年12月号で報告 |
吾妻鑑所載 |
一首 |
(辞世となった歌) |
東撰和歌六帳所載 |
十首 |
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鶴岡八幡宮所蔵傳實朝公詠草一軸 |
三首 |
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六孫王神社所蔵實朝公眞蹟詠草一軸 |
二首 |
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右(上表)の三十五首中のめぼしい作は、座談會の記事に出てゐる。これが全歌(但し最後の一項を却缺く)を知りたい人は、「源實朝 歴代歌人研究第八巻 川田順 厚生閣」を見るがよい。
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2 |
・ |
源實朝 齋藤茂吉 岩波書店
b/Y01/03155106 |
また前にいった「源實朝 齋藤茂吉 岩波書店」「校註金槐和歌集 佐々木信綱校訂 明治書院」等にも半ば以上掲げられてゐる。 |
3 |
・ |
校註金槐和歌集 佐々木信綱校訂 明治書院
b/Y01/03178595 5版 改訂 校註表示なし
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4 |
・ |
新撰金槐集私鈔 齋藤茂吉 春陽堂
b/Y01/03178568 3版 新撰 表示なし |
鶴岡八幡宮所蔵の詠草は、われわれの屡々實物を見てゐるものであるが、一般には「新撰金槐集私鈔 齋藤茂吉 春陽堂」の口繪寫眞として知られてゐる。六孫王神社所蔵詠草の歌は、
冬/水のおものなべてこほれるふゆのいけはかものうきねも※よがれをぞする
戀/たのめてもこぬはうらみの※まくずはらおとこそたてね露はこぼれて
の二首で、前の歌に合點がつけられ、右下に實朝の花押がある。
※よがれ(夜離れ):女のもとに男が通うのがとだえること。
※まくずはら(真葛原):葛の一面に生えている原。
「―なびく秋風吹くごとに阿太(あだ)の大野の萩の花散る」〈万・二〇九六〉 |
5 |
・ |
槐門遺芳 小野寺八千枝 私家本
b/Y01/03196234 |
これは「槐門遺芳 小野寺八千枝 私家本」口繪寫眞によって、實朝全歌の數に私が加へておくものである。(因にこの本は、實朝及び御臺所本覺禪尼の遺跡をめぐった記録で、口繪の豊富なのが好もしい) |
1 |
評釋本
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金槐集評釋 小林好日 厚生閣 |
全歌の評釋本としては、私は「金槐集評釋 小林好日 厚生閣」一冊しか讀んでゐないが、態度が著しく主観的、気分的で感服しがたい。しかし、全釋といふものは、萬葉集でもさうであるやうに、どんな歌についても、必ず何らかの考方が出てゐて、それがたとひくだらぬ説であってもとにかく参考になるといふ點で強味のあるものである。はじめに序説があり、終りに、源實朝年譜と歌句索引が附いてゐる。 |
2 |
金槐和歌集通釋 松野又五郎 文祥堂
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この他に、「金槐和歌集通釋 松野又五郎 文祥堂」が全部を解釋したものらしく、 |
3 |
金槐和歌集評釋 田中常憲 亀井支店書籍部 |
また、「金槐和歌集評釋 田中常憲 亀井支店書籍部」「槐和歌集詳解 二冊 飯塚朝子 六合館」などあるようだが、私はその可否を知らない。あとは、自分の座右にある抄釋本について一通り述べてみる。
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4 |
槐和歌集詳解 二冊 飯塚朝子 六合館 |
5 |
短歌私鈔 齋藤茂吉 春陽堂
b/Y01/03154842 1921・2・5 3版 |
著者は大正五年に「短歌私鈔」を出し、大正六年にこれが補遺として「續短歌私鈔」を出し、大正八年に綜合増訂の「短歌私鈔」を出した。その増訂再版のことである。この本には、金槐集私鈔が良寛和歌集私鈔、愚庵和尚の歌と共に入ってゐるが、金槐集私鈔は後に擴大深化され、大正十五年にそれだけ獨立して単行本となった。 |
6 |
新撰金槐集私鈔 齋藤茂吉 春陽堂
b/Y01/03178568 3版 新撰 表示なし |
それが「新撰金槐集私鈔 齋藤茂吉 春陽堂」である。この本は「短歌私鈔」と同様に、日本歌學全書本による金槐集の中からすぐれた歌を抄出して、克明な解釋を下し、本歌と見なすべき古歌を引用し、著者一家の批評を加へたもので、熱情溢るる敬虔な著述であり、金槐集研究史上劃期的な力作であり、爾後何びとが新たに金槐集の註解を作られようとも、これを度外視することのできぬ標準の書であり、既に、一種の古典ですらもある。金槐集私鈔、源實朝雜記、補遺第一、第二、第三、賀茂真淵の言葉、正岡子規の言葉、短歌索引、事項索引等をその内容とし、もちろん私鈔そのものが根幹であるが。なほ文献の列記につては、自然科學界の方法をはじめてここに導入してゐる。(著者のこの態度は、最近の「柿本人麿」に至るまで終始一貫的である) |
7 |
源實朝歌集 新釋和歌叢書第三 尾山篤二郎 紅玉堂
b/Y01/03178601(1924・9)
b/Y01/031148774(1926・2) 8版 |
類従本により、百四十首の歌を抄し、語義、大意、小評を加へたもの、率直大膽で愛僑はあるが、間々途方もない議論も出てくる。源實朝覺書、鎌倉右大臣風流日記を附録としてゐる。 |
8 |
源實朝名歌評釋 和歌評釋選集の中 松村英一 非凡閣
b/Y01/03178610 |
貞享本により、類従本に參酌し、百五十七首の歌に、語譯、歌意、評を加へたもの。常識的ではあるが、それだけに初心者には讀み易いかもしれない。巻頭に、源實朝論があり、末尾に初二句索引が添へてある。
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9 |
實朝一代物語 物語日本文學第二期第六巻 西行一代物語と合輯 武田祐吉 至文堂 |
これは表題によって感じられるやうに、吾妻鏡その他を材料として實朝の傳記を綴ったものだが、そこに鏤(ちりば)めるに實朝の歌の代表作を以てしてゐるので、これを一種の歌解書と見ても一向差支ない。年若な人はかういふものから實朝とその歌に親しんでいくのが却(かえっ)て賢明な索ではないかと私は考へてゐる。
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10 |
實朝讀本 鑑賞短歌大系 第十八巻 良經讀本と合輯 北原白秋折口信夫編 本巻 主任穂積忠 學藝社 |
これは類従本及び岩波文庫本によって約三百首の歌を選び、註解と批評を加へたもので、末尾に、實朝讀本解説がある。鈔歌の多い點で便利である。 |
11 |
金槐和歌集講話 短歌講座第六巻家集講話篇所収 西下經一 改造社 |
實朝の精神に、非我を抱擁屈服して自我を擴大強固にしようとする熱烈なる愛の感激、偉大なるもの絶對なるものに融合し又は抱擁されて自我を尊厳にし價値づけようとする熱烈なる信の感激、幻想神秘夢幻を憧憬し、無邪気で素朴な態度で非我をあるがままの姿で是認し表現しようとする態度の三つの傾向があるとし、それぞれにすべて二十四首の例歌を擧げ、歌意、語釋、批評を施してゐる。 |
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鎌倉室町名歌鑑賞 短歌講座第三巻名家鑑賞篇所収 岡野直七郎 改造社 |
實朝の歌十首について鑑賞の論をなしてゐる。/頭註本といふもの案外親しめるものだが、それには前に掲げた新釋日本文學叢書本、國歌大系本、明治書院校註本などがよからうと思ふ。
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1 |
書誌的解説
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源實朝 岩波講座日本文學 齋藤茂吉 岩波書店
b/Y01/03155106 |
金槐集全般の書誌的解説としては、既に前にも二度いった「源實朝 岩波講座日本文學 齋藤茂吉 岩波書店」を最上のものと信ずる。學術的であると共に情操おのづからゆたかに流露し、讀み讀みて讀み飽かぬふしがある。歌の解釋以外は大抵の問題にふれ、視野廣濶見識高邁である。 |
2 |
金槐集研究 日本文學講座第十九巻所収 齋藤茂吉 新潮社 |
これは、書誌もあり、傳記もあり、萬葉調の歌十三首の解釋もあり、挿繪などもいくつもあるといふ風で、心親しき論文である。定家所傳本發見以前のものゆゑ、現在の議論とは異なるところもあるが、それは止むことを得ない。後に新潮文庫の一冊として単行された。
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3 |
藤原定家所傳本金槐和歌集解説 同追記 佐々木信綱 岩波書店 |
定家所傳本の書誌的解説としては、前に述べた「藤原定家所傳本金槐和歌集解説 同追記 佐々木信綱 岩波書店」があって學界百年を益し、 |
4 |
日本文學辞典 巻一 新潮社
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ー事典類としては「日本文學辞典 巻一 新潮社・國史辞典 巻三 富山房」が参考になる。前者は西下經一、後者は斉藤茂吉の執筆にかはる。 |
5 |
國史辞典 巻三 富山房 |
1 |
その他
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源實朝 歴代歌人研究第八巻 川田順 厚生閣
b/Y01/03172644 |
この本は、源實朝全傳、歌人源實朝、源實朝歌鈔の三篇に分たれ、傳記、金槐集書誌、歌解に亘り、殆どあらゆる問題を取扱ひ、諸説を総括し、しかも手際なく纏められてゐる。實朝座談會等の折にも、問者がこの本の細目によって發した質問が多く、従って返答も自然これに負ふところが多かった。その位便利なものである。 |
2 |
将軍實朝 大塚久 高陽書院
b/Y01/03178639 |
史書のことは、この稿には一切いはぬ筈であるが、この本最近の著作なので一言すれば、第九章に、實朝と和歌の條があり、その他にも實朝の歌を鑑賞する上に有益な示唆に富んだところが見える。 |
3 |
奥義抄其他と金槐集 齋藤茂吉 |
川田順の「源實朝」によると、前者は「アララギ」第二十五巻第四號乃至第八號に連載、後者は「國語と國文學」昭和四年十二月號登載の由、いづれも自分の蔵書にあるのだが、何分それが物置の中の蔵書なので、探し出すのに半日はかかる感じがあり、ここに再讀のいとまがない。金槐集と三代集就中拾遺集中の萬葉調歌との関係は、既に斎藤氏が「源實朝」の中に詳論してゐるところであるが、更にこれを清輔の奥儀抄、顯昭の袖中抄に及ぼしたのが、「奥義抄其他と金槐集」であったかと記憶する。これは實朝が萬葉集二十巻を手にしたのは、建保元年(建暦三年)、二十二歳の十一月二十三日が初めてであって、それ以前には、萬葉集の歌を載せた諸書から間接に萬葉調を學んだのだといふ見地に立脚してゐる。かういふ論文がある以上、うかとした空想説はできぬといふことをちょっと注意しておく。服部氏の論文は實朝の「大日の種子よりいでてさまやぎやうさまやぎやうまた尊形となる」の歌を佛教哲學専門家の立場から綿密に註解したものであった。その要點は川田氏の「源實朝」のも出てゐる。なほ、中島悦次が「かみつけのせたの赤城のからやしろやまとにいかで跡をたむけむ」の歌について一説を成したものもあったが、今雑誌の名さへ分明でない。 |
4 |
得功徳歌の解釋(假題) 服部如實 |
5 |
實朝と萬葉論 彌富破摩雄 歴史と國文學第四号第五號・第六號 |
ーそれから「實朝と萬葉論 彌富破摩雄 歴史と國文學第四号第五號・第六號」は、實朝の歌はいかなる歌も萬葉調ではないといふ議論で、通説反対の風變りないき方をしてゐる。たまにはかういふのがあっても邪魔にはならぬ程、金槐集研究、萬葉集研究はどしどし進歩してゆく。 |