和6年度(2024)「たつご教室の一覧表」 tatugokyousitu2024.html

回数 開催月日   「たつご教室」での開催内容 語り部 原稿〆切日
 1  2024年
 4月27日
第1回 加藤武雄が編集した「日本総合文化財図鑑」とその背景について
 江戸時代から明治時代、そして、太平洋戦争の終結から民主主義の時代へと、大きな変革の時代がありました。微細な日本人の心の変化を過去の事象から考えて見ることも決して無駄ではないような気がいたします。大衆作家として一世を風靡した地元の加藤武雄は「日本文化財図鑑」を編集しこの世を去りました。でも、この図鑑が実際に世に出たのは亡くなられた一ケ月後のことでした。生前、加藤武雄がどのようなことを考えながら推敲していたか。当時、多くの人々に受け入れられていた坂口安吾著

  日本総合文化財圖鑑(表紙)
「堕落論」等も参考にしながら考証を深めて行きたいと思います
 保坂健次  3月15日
 2  5月25日 第2回 久保沢観音堂内の百体観音について
久保沢観音堂の堂内には、相模原市登録有形民俗文化財に指定されている百体観音が祀られています。
また、観音堂は津久井観音霊場第五番の札所にもなっています。
 その観音像の作者は北原七兵衛と云い、他にも大正寺の百体地蔵を始め川尻八幡宮や大島諏訪明神の石灯籠、向原山王社の石鳥居等、多くの作品を残しています。
 今回は長年に亘り、石仏研究も進めておられる村田公男さんに語り部になって頂き貴重なお話を伺います。どうぞお楽しみに。





イトヒバが聳える久保沢観音堂
 村田公男  4月12日
 3  6月22日 第3回 川尻八幡宮の境内で発見された錫杖頭について
 昨年の11月2日、広田小学校6年生による地域学習の中で大発見がありました。
 その錫杖頭は高さが10pほどの小さなものですが、そこには、2匹の龍やその下方に、蓮の花弁の彫金が施されていました。 これは神仏習合時代の名残か、はてまた・・・

 錫杖頭の発見から常設展示に至るまでの経緯、鶴岡八幡宮を例に神仏習合や神仏分離についても考えます。



 発見された錫杖頭
 保坂健次  5月10日
 4  7月27日
  (土)
第4回 加藤武雄と歴史小説について
 ベストセラー作家、加藤武雄は大衆小説とは別に歴史小説も書いていました。そう多くはりませんが、「二宮尊徳」については戦後の一時期、国語の教科書にも採用されました。他に、豊臣秀吉や明智光秀、それに田中正造等も主題とした歴史小説を執筆していました。
 今回は、「豊臣秀吉」に注目し、大衆作家としてどんなふうに取り組んだか、また、書生として働いた、李無影のことなども折りまぜながら加藤武雄の歴史感に迫ります。
 どうぞお楽しみに。


加藤武雄著「豊臣秀吉(下巻)」を読む前に
 〜弔うと怨親平等(おんしんーびょうどう)の精神史〜
 
 刊行 昭和19年5月
   尚、この日の10時より、津久井水道トンネル工事に従事された人々の足跡を
  「中沢飯場跡や城山ウラジロガシ周辺」に訪ねます。

  集合場所:久保沢観音堂前(車で移動しトイレ・昼食は観音堂を予定しています。)
 保坂健次  6月18日
 5   8月15日
 (木)
第5回 樋口少年が見た8月15日
 終戦の日の、樋口少年は川尻国民学校の5年生でした。その日まで、どのような少年時代を過ごされたか語って戴きます。
 また、自著「久保沢のむかし昔」から
 昭和27年8月、相模丘中学校の卒業生による第2回目の映画会が企画された。若い青年男女がスポーツや文化活動を展開していた、映画会の開催は演劇や会報発行の資金を捻出するためであった。当時橋本に移動映画の上映する業者があり、そこに依頼した。題名は、山田五十鈴主演「母なれば女なれば」である。
 と、そんな時、その時近くの村の青年だちから「責任者、出てこい」と呼び出しがあった。出てみると、すごんだ青年数人がいて、何かイチャモンをつけてきた。とっさに「久保沢の樋口をしらねえか」と思わず啖呵を切った。相手は知るはずも無い、しかし一瞬怯んでしまった・・・。
 当日は「千本針」等も展示しながら、少年時代を過ごされた川尻地区を中心に、平和の尊さを学びます。
 
 久保沢のむかし昔
 刊行平成30年7月

樋口孝治  7月12日
 6  9月28日
 (土)
第6回 身近な防災対策、主にAEDの取り扱い法
 原宿自治会館裏の石塔群の中に、「宿内安全 火難消除」と刻まれた石碑があります。そこからは防災に対するに願いや考え方を読み取ることができます。
 今回は特に城山消防署の御協力を得て、AEDの取り扱い法や「あっぱ君」などを含めた心肺蘇生法など、そして身近な防災学も学びます。
 みんなでAEDの取り扱いをマスターしましょう。

 
 AED設置表示のステッカー
 原宿・勝軍地蔵馬上の御姿
 
 原宿自治会館裏石塔
 宿内安全(左側)
 火難消除(右側
北消防署
城山分署
 8月16日
 7 10月12日
 (土)
140時〜15時
第7回 「市政施行70周年 飛躍する相模原市展への特別参加
 昭和29年11月20日、相模原市が誕生し今年で70年を迎えます。
 展示会場には、市政発足時の「祝賀資料」やその後の発展の礎となった「工場誘致に関することや横浜線複線化資料」等、また「「戦車闘争さなかの西門前」(昭和47年9月)の写真パネル」等々、数多くの歴史的資料が展示されています。
 今回は、こうした相模原市立公文書館で行われている「市制施行70年 飛躍する相模原市」展の公文書館トーク・トーク(展示解説)」展と合流し、相模原市誕生から現代までの歴史を学びます。 
   講師:井上泰さん
 
 市役所玄関前で市政を祝う児童たち
 (昭和29年11月)

    第7回の開催日時:10月12日(土) 14時〜15時迄
    場所:相模原市立公文書館(城山総合事務所別館3階)
     尚、今回は開催の日時と場所が変更になっていますので予めご注意願います。 
井上 泰  9月13日
 8 11月23日
(土)
第8回 土平治騒動と久保沢町
 天明3年7月、浅間山の大噴火があり、死者2000名、降灰は関東一帯に降り積もりました。
そのため、東日本を中心に冷害や凶作が続き、人々の生活は困窮を極め農民たちによる「打ちこわし」が各地で起こりました。
 天明8年には久保沢町でも「打ちこわし」が起こりました。所謂、「土平治騒動」です。 
 右証文は、今まで架空の人物とされてきた「土平治」と云う存在が確認できる、大変重要な資料です。しかも「天明三癸卯 十月」と記載のあることから、後に起こる「土平治騒動」との要因文書としても貴重です。
 今回は、この騒動に対し新たな論考を加えた村田さんからお話です。どうぞ、ご期待下さい。  
 
 旧藤野町佐藤家文書
村田公男 10月11日
 9 12月28日 第9回 お休み 11月15日
 10  1月25日
(土)
第10回 川尻八幡宮に隠された太陽と星
 川尻八幡宮の1,200メートルにおよぶ直線参道は、誰が何の目的で作ったのでしょうか。また、川尻八幡宮やその周辺に刻まれた太陽と星の痕跡を探ると、先人たちが残した壮大なプランが見えてきます。
 今回はプラネタリウム解説員であり、全国の寺社や史跡を巡って、日本の歴史や伝統文化の中に隠された天体との関係を調査している伊藤雄一さんが、各地で取材した映像を交えてのご紹介です。



雨水の日に参道の先から昇る太陽
伊藤雄一 12月13日
 11  2月22日
(土)
第11回 津久井城内藤氏の文書資料
「筑井古城記」碑から始まる
 津久井城の歴史は、山頂に立つ「筑井古城記」碑文の内容により語られて来た。
 文化13年(1816)の年紀を持つ碑文により歴史が語られ、その内容は、『新編相模国風土記稿』に掲載されたことにより、さらに流布する。三浦一族による築城伝説とともに、津久井城主内藤景定・景豊という名前が、昭和54年(1979)まで当然のように語られていました。
 今回は長年「津久井町史」の編纂に携わって来られた相模原市立公文書館の井上泰さんから内藤氏に関する貴重な文書資料を中心に当時を語っていただきます。

 どうぞ、お楽しみに
 
 新編相模国風土記稿に
   描かれた津久井城址 
(部分)
井上 泰  1月17日
 12  3月22日
(土)
 第12回 「座間の大凧」を追って & おさらい会
 東日本大震災が起こった年、座間の人々は復興を願い、大凧に「復興」と書いて天高く掲げました。昨年の正月には不幸にも能登地方で大災害が発生してしまいました。能登には、昔から祭日の日には必ず東北の風が吹き寄せると云う伝承があります。特に、この風を「アイの風」と呼び、福を呼ぶ「寄り神」として崇められています。
 相模川でも春の南風は特別であり、座間や新戸地域を中心に「祝い凧」として崇められてきました。今回は上溝在住の田口さんから「大凧」の魅力について解説して戴きます。
 尚、会の終了後は年度末でもあり、ささやかな「おさらい会」を企画しております。 
      撮影 2023・4・22

子どもたちによる絵付作業の完成記念
 尚、当日は今迄に反響の大きかったエジプトピラミッドの参道について、エジプト暦と比較しながらご案内します。(保坂)
田口孝平  2月14日

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