加藤武雄著「豊臣秀吉(下巻)」を読む前に
   〜弔うと怨親平等
(おんしんーびょうどう)の精神史〜  onsinbyoudou.html
   
発行 昭和19年5月 
 私が未だ20代の頃、関ケ原を歩いたことがある。その最初は、関ケ原の駅を降りることから始まった。戦いは東軍と西軍が力の限りに戦ったと思う。駅を降りて直ぐに首塚を見た。塚の周りには鬱蒼と木々が生い茂り霊気を感じた。
 圧倒させられたと云う気持は今になっても忘れてはいない。私は手を合わせた。私はこれまで、満洲で亡くなった人々のことだとか、上杉禅秀のことだとか、旅の途中で不運にも亡くなってしまった行き倒れの人々のことなど、ただただ手を合わせている。
 ウクライナのことイスラエルのガサ地区、あの惨状は何なのだ。時間を追うごとに、建物は破壊され、尊い命が失われて行く。
 加藤武雄は戦時中、「豊臣秀吉」を書いた。彼がどんなふうに書き上げたか。当時、国策となっていた皇国史観的な考え方も入るが、また、人によっては言い訳のように思えるかも知れないが、私は思い切って加藤武雄の精一杯を語ろうと思っています。
第四回 加藤武雄の歴史小説 〜主に「豊臣秀吉」〜 語る日:2024年7月27日(土)13時30分〜 場所;久保沢観音堂   
西暦 和年号 事柄
1857 4
1858 5
1859 6
1860 万延元年
1861 文久元年
1862 2
1863 3
1864 元治元年
1865 慶応元年
1866 2
1867 3
1868 明治元年
9・8改元
1869 2
1870 3
1871 4
1872 5
1873 6
1874 7
1875 8
1876 9
1877 10
1878 11
1879 12
1880 13
1881 14
1882 15
1883 16
1884 17
1885 18
1886 19
1887 20
1888 21
1889 22
1890 23
1891 24
1892 25 9月、能仁達朗, 梅岡達洞述「道理之鏡 : 改過遷善」が「能仁達朗」から刊行される。 pid/757926   閲覧可能
第一章 梅岡達洞編纂 道理之鑑
一 道理のかがみ/1p
二 公明正大/2p
三 太陽と蝙蝠/3p
四 
怨親平等/4p
五 宗教の性質/6p
六 仏教の特質/7p
七 仏の解義/9p
八 仏のあり家/12p
九 仏と亡者/13p
十 仏教と天地/15p
第二章 梅岡達洞編◇
一 四恩と十善/19p
二 父母之恩/20p
三 衆生之恩/31p
四 国王之恩/38p
五 三宝之恩/47p
六 不殺生戒/54P
七 不偸盗戒/57p
八 不邪淫戒/58p
九 不妄語戒/59p
十 不綺語戒/61p
十一 不悪口戒/62p
十二 不両舌戒/64p
十三 不貪欲戒/66p
十四 不瞋恚戒/67p
十五 不邪見戒/69p
第三章 能仁達朗編纂
一 千里は一歩の違ひ/73p
二 結果より原因を重んせよ/76p
三 酒は衆悪の本/79p
四 犯罪の原罪/83p
五 鳥獣社会の禁酒/85p
六 善悪の岐路/87p

七 こしろは身の楫/90p
八 恥を知れ/92p
九 虚飾を為す勿れ/95p

十 无形の鬼を退治せよ/97p
第四章 能仁達朗編纂
一 恐るへきは道理なり/101p
二 三時業/104p
三 自業自得/107p
四 何◇其道によらざる/112p
五 忍の徳/113p
六 眼前の活仏/118p
七 恩を知らざる者
  →◇木石にも劣るなり/121p
八 苦楽の来由/123p
九 宝の宝/128p
十 かねのなる木/132p


1893 26 12月、吉田東伍が「日韓古史断」を「富山房書店」から刊行する。 pid/993752 p586 閲覧可能 重要 1575円
  太古紀  第一章 年表  第二章 筑紫及ひ韓郷之島   第三章 半島諸国
1894 27
1895 28
1896 29 7月、福島正治が「薩摩陶器之濫觴稿 : 薩摩陶器の濫觴稿」を著す。
   所蔵;西尾市岩瀬文庫  奥書「明治二十九年七月 (1896)
 薩摩に於ける陶器製造の濫觴と沿革について記した書。漢字カナ交じり。文禄元年、島津義弘公が朝鮮より帰陣の際に連れ帰った朝鮮の降人が日本に帰化、そのうちの金海(号芳仲)・朴平意等が創始したもの。金海は公に請い栗野に窯を開き、製する陶器が公の意に適い、星山仲次の名と刀・時服を賜り士班に列せられる。その後、帖佐の屋敷内に窯を移転、その頃の製を古薩摩・古帖佐・御判手(義弘が御判手(コハンス)を捺したことによる)と称す。金海は公に請い唐土より黄河の産土と顔料を輸入、茶器を製す。これを帖佐の「火バカリ」と呼ぶ(土、薬、工人が全て他邦の産であるから)。朴平意は串木野に窯を開き、のち苗代川村に移転。義弘の命で領内に白土を探索して良土を発見する。以下、江戸期の沿革について略述する。本文の所々に訂正ある草稿本。自序によれば、著者は嘗て鹿児島県庁農商務課御用掛に勤務、薩摩陶器の起源を知るため種々の書類を調べ、諸方に問い合わせたが、詳細はわからなかった。ある日鹿児島城市街下町呉服町通の諸留熊吉という乾物商店の前を通行中、古帳簿を引き割き、売品を包んでいるのを見、陶器沿革のことが書いてあったため、帳簿と数の子袋20袋を買い入れる。それは伊集院苗代川壺屋陶器所の日記で、土採場所等のことも書いてあった。そのようにして各種の材料を蒐集中に、旧藩主島津忠義の命により、病中にまとめたもの。
1897 30
1898 31
1899 32
1900 33
1901 34
1902 35 4月、日比野健一 編「不破の古蹟」が「伊藤宇三郎」から刊行される。   pid/765301  閲覧可能
一 関ケ原
二 関ケ原の戦
三 
首塚    重要 
四 茨原陣趾
五 陣場野
六 笹尾山陣趾
七 玉倉部清水
八 奥平貞治墓
九 玉の城山
一〇 伊吹山
一一 薩摩井戸
一二 天満山陣趾
一三 不破関
一四 関の明神
一五 天武天皇腰掛石
一六 天武天皇兜石
一七 関の藤川
一八 月見の宮
一九 藤川の台
二〇 大谷吉隆墓
二一 平野陣趾
二二 
自害峰
二三 矢先池及矢尻池
二四 松尾山陣趾
二五 黒血川
二六 鶯滝
二七 常盤御前墓
二八 関原与一墓
二九 青坂山妙応寺
三〇 車返しの坂

三一 和〔ザ〕野
三二 寐物語
三三 胴塚
三四 宗徳寺及八幡宮
附関ケ原役の遺物
三五 十九女池
三六 烏頭坂
三七 野上行宮趾及徳川家康陣趾
三八 野上
三九 野上長者宅趾及班女事跡
四〇 垂井の泉
四一 長屋氏屋敷趾
四二 不破頓宮趾
四三 春王安王墓
四四 金蓮寺
四五 垂井頓宮趾
四六 国府趾

四七 業平川
四八 南宮神社
四九 美濃中山
五〇 朝倉
五一 国分寺
五二 青野ケ原戦
五三 熊坂物見松
五四 源朝長墓
五五 青墓長者宅趾
五六 照手姫の井戸
五七 源義朝父子の墓
五八 古墳
五九 金生山
六〇 勝山
六一 杭瀬川
六二 御首神社

1903 36
1904 37 10月、若生国栄が「禅学正門単刀直入 (禅学叢書 ; 5編)」を「光融館」から刊行する。 pid/823361  閲覧可能
(一) 自序
(二) 禅宗の要領/1
(三) 附法相承の系統略/3
(四) 支那相承/5
(五) 日本相伝(北宗禅と南宗禅との区別)/7
(六) 南北二宗の由来/9
(七) 如来禅と祖師禅の名称/10
(八) すとろんぐ/17
(九) 
怨親平等/31
(十) 諸の施為する所。仏事にあらざる無し/40
(十一) 参禅以後に於ける韓退之/48
(十二) 禅と阿弥陀仏/61
(十三) 紙鳶主義を要す/90
(十四) 真心護国堂清談会/113
(十五) 春宵一刻値千金(同第弐回)/134
(十六) 安心立命。宗教心(同第参回)/152
(十七) 大象王の気性を養ふべし
  →(同第四回)/175
(十八) 精神的衛生(同第五回)/196
(十九) 稲村ゲ崎/202
(二十) 阿〔ウン〕鉢羅婆/203
(廿一) 星亨の幼時/205
(廿二) 三千年以来の蓄音器/208
(廿三) 邪業を誡む/213
(廿四) 根心を誡む/218
(廿五) 多求を誡む/220
(廿六) 睡眠を誡む/221
(廿七) 瞋恚を誡む/221
(廿八) 〔キョウ〕慢(オゴリ)を誡む/225
(廿九) 諂曲を誡む/226
(三十) 少慾の功徳/227
(卅一) 知足の功徳/228
(卅二) 遠離の功徳/229
(卅三) 精進の功徳/230
(卅四) 不忘念の功徳/231
(卅五) 禅定の功徳/232
(卅六) 智慧の功徳/233
(卅七) 究竟功徳/235
(卅八) 顕示畢竟甚深功徳分/236
(卅九) 顕示入証決定分/237
(四十) 分別未入上上証為断疑分/238
(四十一) 離種々自性清浄無我分/242
(四十二) 虚空有声録/244
(四十三) 吾れに正法眼蔵と云ふ蔵あり/244
(四十四) 因果応報の例/258
(四十五) とらの歳/272
(四十六) 静坐の功徳/283
(四十七) 人間第一の至宝/290
1905 38 12月、伊藤博文が韓国統監府が設置され、初代統監に就任する。
○、この年、「弘安文禄征戦偉績 」が「史学会」から刊行される。 pid/993470   閲覧可能
上編
鎌倉時代の外征計画 文科大学講師 三浦周行
北条時宗祈願文 文科大学助教授文学士 黒板勝美
宏覚禅師蒙古降伏祈願文 文科大学教授文学博士 三上参次
中編
豊太閤画像に就て 文科大学教授文学博士 星野恒
豊太閤が外征の大目的を示したる文書 
  →文科大学教授文学博士 田中義成
文禄役に於ける我が戦闘力 文科大学講師 岡田正之
豊太閤の軍律 文科大学講師 三浦周行
安国寺恵瓊の書簡の一節 文学士 辻善之助
蔚山籠城情況 鈴木円二
豊太閤所持と伝へらるる扇面及び文禄役に用◇られたる地図 文学士 藤田明
豊臣秀吉フィリッピン諸島並に台湾の入貢を促す 
  →文科大学講師文学士 村上直次郎
下編
文禄役に於ける講和条件 文科大学教授文学博士 三上参次
文禄役に於ける俘虜の待遇 八代国治
文禄役に於ける占領地収税の一斑 文学士 芝葛盛
文禄役の虎狩 山県昌臧
文禄役の我が工芸に及ぼせる影響 文部編修 平出鏗二郎
高野山朝鮮陣の供養碑 文科大学助教授文学士 黒板勝美
異国牒状事 学習院教授 和田英松

1906 39
1907 40 8月1日、京城で韓国軍隊解散式が行われる。一部の軍隊は反抗して日本軍と交戦、以後翌年にかけて反日反乱は全土に拡大する。
1908 41 ○、この年の交戦により津久井郡川尻村から参加した5名が亡くなる。 
歩兵伍長
同上等兵
同一等卒勲八等

カトウ シズカ 
ヤマシタ セイイチ
シブヤ ケンジロウ
カンドウ ショウジロウ
シマダ サキチ
   ※参加と云う表記は川尻八幡宮脇に建立されている「表忠碑」に従い御名前についてはカタカナとしました。 2024・7・16 保坂 
1909 42 6月、伊藤博文が韓国統監を辞任する。
10月26日、伊藤博文がハルビン駅において韓国の独立運動家安重根
(アンジュングン)に狙撃され死亡する。 (享年:68歳)
1910 43 5月、日本赤十字社京都支部編「忠愛」が「日本赤十字社京都支部」から刊行される。 pid/757733 閲覧可能 
神功皇后征韓勅/1
元明天皇用兵詔/1
光明皇后の慈善事業/3
檀林皇后の慈善事業/3
王代盛時の救恤に係る詔勅/4
和銅五年正月詔/4
神亀三年六月詔/4
大同三年二月勅/4
天長十年五月詔/5
承和八年七月勅/5
仁和四年五月詔/5
延長九年九月詔/6
王代盛時の俘囚に係る詔勅/7
延暦十七年六月勅/7
大同二年三月詔/7
弘仁二年十月詔/7
弘仁三年二月制/8
弘仁四年十一月勅/8
武徳殿/9
施薬院/9
穀倉院/12
常平倉/13
悲田院/14
崇親院/16
和気法均尼の慈善事業/17
源頼義義家父子の耳納堂/19
源頼朝平重衡を待遇す/20
源頼朝佐竹氏の残党を赦す/22
楠公の身方塚寄手塚/23
小楠公の生捕の待遇/24
足利尊氏の北条高時等の供養文書並発願文/25
遊行寺応永鎌倉戦乱死亡者の碑/28
上杉謙信塩を敵地に輸す/29
豊太閤の耳塚大供養/29
島津氏の高野山征韓陣亡敵味方供養碑/31
徳川家康将軍の博愛/32
加藤清正朝鮮二王子を捕へし時の待遇/33
引接寺普賢象桜の故事/35
江戸回向院の創立/36
江戸小石川養生所/37
徳川幕府江戸市中窮民救済法/38
前田綱紀卿の救恤事業/40
上杉鷹山侯の荒政並祈祷/42
細川重賢侯の飢民救恤/44
津軽信明侯の凶荒救恤/45
松平定信侯の救恤事業/48
水戸烈公の天保飢饉救済/51
忍性上人の慈善事業/55
鉄眼禅師飢饉救恤/56
竹垣直温の慈善事業/57
熊谷直恭天保飢饉の救助並種痘の伝播/57
箱館五稜廓降者の助命及敵軍傷病者の救護/59
露国俘虜京都に於ける待遇/60
旅順要塞敵軍死亡者の表忠碑/68
日本赤十字社京都支部記事/73
本社出品目録/106
展覧品目録/106
1911 44
1912 45 4月、荒井涙光編「因縁大鑑 : 明治説教」が「森江書店」から刊行される。 pid/818360  閲覧可能
千代の白菊/1
四年前の犯罪/4
亡夫の一念/6
小学生の恩人/10
三代の借金/11
弁護士と女髪結/13
精勤な教師/14
泥中の蓮/16
感心な孝子/18
花子の不運/19
夢の御告/24
貧乏に安住/25
師資の情/28
没可把/29
不浄財と大道/32
真の慈善/33
老女学生/35
模範村の模範人/38
剛胆と友情/39
嗚呼橘の香/41
二人画伯の帰仏/45
忠魂堂/48
火の玉屋/51
健気な心掛/54
終生の困苦/56
少女の孝貞/61
救ひの少女/63
殉職の勇士/66
酒倉と人命/70
霊夢の生血/74
仏像の奇縁/76
囚人の献金(一)/79
囚人の献金(二)/81

盗賊と布施/82
妙齢の天使/84
亡霊から自白/86
地震の説明/87
報恩の勤勉/90
菩薩の妙行/92
真の功勲/96
藪入に粗食/98
一片の念仏/101
浮世の嵐/103
博士夫人/107
記念の御袈姿/110
牧師の改宗/112
世界史の著者/114
二人熱心家/116
勤続三十年/118
二世の契/119
死の危険/122
放蕩から慈善/124
稀世の忠勤/126
蛇切りの鉈/127
晩学の精力家/129
慈と厳/131

介錯を頼む/133
少女の感化/137
長命法/140
寄附金募集/141
法義問答/142
主家の為/145
少女の熱誠/148
孝行夫婦/150
孝婦肝を割く/153
親しき兄弟/155
義侠の船夫/156
世人と反対/160
妻かがみ/162
孤児の美談/164
自業自得/165
貞女の鑑/168
将校の団子売/169
米屋町の慈善家/171
囚人の母/173
愛馬の殉死/176
慈善翁/178
悪報の実例/181
此人此友/182
少壮工業家/184
尊きみ教/186
仏祖の冥助/188
二昔前の切手/190
女故の惨劇/192
誰が罪/195
正直少年/199
悔悟の辞世/201
正直の徳/203
廻りあひ/206
奮闘の二女/208
無事又無事/219
伊香保温泉/223
白い犬/225
孝行の徳/229
生蕃の愛郷心/233

女故の罪障/235
兇賊の懴悔/239
車夫の義侠/248
下婢の忠誠/250
水兵の母/253
点字の歎異鈔/257
小夜あらし/259
納豆豆豆/273
貧翁の赤誠/277
本有の霊光/281
美くしき心掛/283
頼母しき少女/285
手代の発心/288

工女の勤倹/291
妹姉の苦学/293
教員の赤誠/297
ゆかしき心/299
霊夢の感応/301
健気な少年/305
無筆の恨/308
信心の徳/310
敷島の道/311
無門関/312
破邪の秘訣/313
飲酒の罪/314
憐なる最後/318
沼川義塾/321
かしく金/326
良人との確約/330
因果覿面/334
外国婦人の帰仏/336
臨終の念仏/338
亡妻のお迎ひ/341
貧者の一灯/346
幼き尼僧/348
賢夫人/350
二円の為替/352
羽田の美談/353
学生の炭屋/355
悔悟の職工/356
孝子菊太郎/358
読売娘/360
悲惨なる家庭/364
厄除豆/366
独立独行/368
小プース大将/370
救けたお蔭/371
秩父より東京へ/373
親こころ/374
貞婦千代子/378
夜半の孝行車/379
稀代の精力家/381
孝行豆腐屋/383
真の勇者/384
感心な内儀/385

師婦の感化/387
地獄の苦患/398
愛情と熱誠/404
勇士の餓死/406
不滅の教訓/408
慈徳と勇敢/409
篤信の孝女/412
少女の真心/414
孝貞両全/415
婦人の薫化/417
仏教信者の模範/418
今弁円/420

世外の憂世家/421
勇者の今道心/423
仏檀の鳴動/425
狼の道徳/426
真の妙好人/428
惜まるる人/430
如来様の御慈悲/435
お六字の独働き/437
仏間の風入れ/438
閻魔のお迎ひ/439
雇人の亀鑑/440
盲人の勤学/442
店婢の廉潔/453
最愛の銀釵/446

因果歴然/447
唱歌売り/449
少女の死諫/450
死霊物語/451
活如来様/455
百円の束修/456
感心な兵士/457
神与の唖子/458
小町鳥/459
老婦の義挙/461
読めば結構/462
命の恩人/463
百里の墓参/465
健気な老婆/467
不妄語の力/470
犬の報恩/471
奇特な老婦/473
鬼の懴悔/474
怨親平等/475
死出の初旅/477
暮の餅物語/478
無我無欲/481
孝子弥吉/482
六十歳の孝子/485
抜書のお蔭/486
南無阿弥陀仏/487
盗離に罹らず/488
三国一の名僧/489
奇しき乞食/491

斯んな者/492
日本一の色男/493
求道の精神/494
桃太郎の話/495
直ちに斬れ/497
志士の報恩/498
随処に安住/501
慈善老婆/506
亡父の便り/509
継母根性/511
正直と不正直/518
刻苦の賜物/520
女夕刊売/523
一厘より千円/525
家兄の墳墓/527
薄命の老夫婦/529
少年の献金/533
武士気質/534
寒梅一枝/536
凄い眼の娘/538
悔悟の決心/541
仏様の御利益/542
亡霊に逢ふ/544
覚めたる尼/546
泰然自若/549
主義の為め/551
孝行の終/552
日本国の為め/553
仏の導き/554
梅干和尚/556

亡弟の遺志/559
観世音の銅像/560
不孝の天罰/562
三度の祈願/565
処女の模範/566
豆屋の発心/567
強固なる意志/569
学問に多情/571
一篇の意見書/572
明治の中将姫/575
村民の父/576
瞬間の霊光/578
集配人の孝行/581
篤心の盲女/583
誠実と礼儀/585
維新の節婦/587
義心の孝子/589
深夜の唸き声/591
武士の温情/594
従卒の忠誠/596
人に将たる志/599
慈愛の一刀/601
優しき心掛/602
穢土厭離/604
念仏車/605
お市の生涯/606
可隣な少女/609
老車夫の信仰/611
四歳の翁/612
丑の刻詣り/614
悪因果物語/615
神罰覿面/617
人か鬼か/619
天晴な女髪結/622
忠魂の引合せ/623
少年の善知識/625
罪深き親/627
亡霊の怨恨/631
最大の忠愛/635
北白川宮殿下/637
天刑なる哉/639
禅僧と芝居/641
口に護身刀/643
潔き家庭/644
詩の感化/646
夜半のお百度/649
怨みの橋/650
車夫から紳士/652
因縁血脈/654
霊夢の奇瑞/656
内助の功/659
捕虜が可愛相/666
真の武士/667
最後の国歌/669

1913 大正2年 ○、この年、朝鮮駐箚軍司令部編朝鮮暴徒討伐誌」が[山本栄一]から刊行される。 大正2年刊の複刻版  pid/3441761
附圖 韓國駐箚軍守備隊及韓國常備團隊配置概見圖
第一編 暴動ノ起因及經過ノ概要/1
第一章 暴動ノ起因/1
其一 舊韓國積年ノ弊政ヨリ來リタル無秩序/1
其二 日本勢力扶植後ニ於ケル動搖/3
第二章 暴徒鎭壓經過ノ概要/10
第二編 明治三十九年ニ於ケル暴徒討伐/17
第一章 忠C南道洪州ニ起リタル暴徒討伐/17
第二章 全羅道ニ起リタル暴徒討伐/23
第三章 慶尚北道ニ起リタル暴徒討伐/25
第三編 明治四十年韓皇ノ讓位及軍隊ノ解散/27
第一章 密使事件暴露シ韓皇ノ讓位ニ伴フ京城市街ノ動搖/27
第二章 韓國軍隊ノ解散及之ニ伴フ軍隊ノ叛亂/33
其一 京城侍衞隊ノ解散及其一部ノ叛亂/33
其二 地方鎭衞隊ノ解散/37
其三 原州鎭衞隊ノ叛亂/37
其四 江華島分遺隊ノ叛亂/39
第四編 明治四十年地方ニ於ケル暴徒討伐/41
第一章 八月江原道、忠C北道及其附近ニ於ケル討伐/41
第二章 九月ニ於ケル暴徒討伐/51
其一 江原道及其附近ニ於ケル討伐/51
其二 慶尚北道及其附近ニ於ケル討伐/57
其三 京畿道及其附近ニ於ケル討伐/61
其四 全羅南北兩道及其附近ニ於ケル討伐/65
第三章 十月ニ於ケル暴徒討伐/69
其一 江原道、忠C北道及其附近ニ於ケル討伐/69
其二 京畿道及其附近ニ於ケル討伐/77
其三 慶尚南道及其附近ニ於ケル討伐/79
其四 全羅北道及其附近ニ於ケル討伐/80
第四章 十一、十二月ニ於ケル暴徒討伐/83
其一 江原道及其附近ニ於ケル討伐/83
其二 慶尚北道及其附近ニ於ケル討伐/85
其三 全羅北道及其附近ニ於ケル討伐/91
其四 咸鏡南道ニ於ケル討伐/93
其五 黄海道及其附近ニ於ケル討伐/95

第五編 明治四十一年ニ於ケル暴徒討伐/97
第一章 暴動概況/97
第二章 一月ヨリ三月ニ至ル討伐/100
其一 京畿道ニ於ケル討伐/100
其二 黄海道ニ於ケル討伐/103
其三 江原道ニ於ケル討伐/105
其四 忠C南北道ニ於ケル討伐/109
其五 慶尚北道ニ於ケル討伐/111
其六 慶尚南道及全羅南道ニ於ケル討伐/113
其七 咸鏡南道及其附近ニ於ケル討伐/115
第三章 四月ヨリ十二月ニ至ル討伐/119
其一 京畿道ニ於ケル討伐/119
其二 黄海道ニ於ケル討伐/123
其三 江原道ニ於ケル討伐/125
其四 忠C南北兩道ニ於ケル討伐/127
其五 慶尚北道ニ於ケル討伐/129
其六 慶尚南道ニ於ケル討伐/133
其七 全羅南北兩道ニ於ケル討伐/135
其八 平安南北兩道ニ於ケル討伐/139
其九 咸鏡南道ニ於ケル討伐/141
其十 咸鏡北道ニ於ケル討伐/145
第六編 明治四十二、三、四年ニ於ケル暴徒討伐/149
第一章 明治四十二年ニ於ケル討伐/249
其一 暴動外況/149
其二 京畿道及黄海道ニ於ケル討伐/151
其三 江原道ニ於ケル討伐/155
其四 忠C南北道ニ於ケル討伐/157
其五 慶尚南北道ニ於ケル討伐/159
其六 全羅南北道ニ於ケル討伐/161
其七 北部地方ニ於ケル討伐/169
第二章 明治四十三年ニ於ケル討伐/171
其一 暴動外況/171
其二 慶尚北道ニ於ケル討伐/173
其三 黄海道ニ於ケル討伐/173
第三章 明治四十四年ニ於ケル討伐/175
第四章 朝鮮國境外排日鮮人一般ノ動靜/179
附表
第一 明治四十年八月軍隊解散後存置セル陸軍編成表
第二 暴徒討伐彼我損傷類別表
第三 暴徒衝突囘數及衝突暴徒數區分表

1914 3
1915 4
1916 5 ○、この年、明治聖徳記念学会編「明治聖徳記念学会紀要 第4巻」が「明治聖徳記念学会」から刊行される。  大正3-5  pid/976266
口繪
鎌倉極樂寺境内慈善病院並に馬病屋古圖(國寶)。
  →高野山上及遊行寺内怨親平等碑

研究
倭論語の本文批評的研究・東京文科大學講師 文學博士 加藤玄智/1
講演
熊澤蕃山の朝廷に對する考・東京文科大學ヘ授 文學博士 三上參次/31
和歌と戰爭・東京文科大學講師 文學博士 佐佐木信綱/43
道ヘの特質及び其影響・東京文科大學ヘ授 文學博士 井上哲次郎/67
日本佛ヘの二大發達・東京帝國大學 史料編纂官補 鷲尾順敬/73
我日本音樂の將來・東京音樂學校ヘ授 文學士 富尾木知佳/93
余の觀たる孔孟のヘ・男爵 澁澤榮一/121
吾等民族の覺悟・海軍少將 佐藤鐵太郎/129
山東の天地・島攻圍軍參加 陸軍砲兵少佐 宮川仁藏/139
歐米漫遊所感・東京文科大學長 文學博士 上田萬年/155
佛ヘの威儀に就きて・文學士長井眞琴/177
雜録
大禮の要旨/183
彙報
本會研究會記事―本會公開講演會―
  →〔アネ〕崎博士の歸朝と服部博士の渡米―
  →兩部曼荼羅講傳會―新刊紹介/190
...
1917 6
1918 7 10月、有川天涙が「軍神島津義弘公」を「義弘公三百年祭典事務所」から刊行する。  pid/957916   閲覧可能
前編
一 公の出生と其家系/1
二 公と帖佐征伐/6
三 公と蒲生征伐/9
四 公と豊州家/12
五 公と横川征伐/16
六 公と菱刈征伐/19
七 公と伊東氏/25
八 公と高城合戦/30
九 公の北九州経略/33
一〇 
公と朝鮮征伐/39
一一 公と関ケ原合戦/53
後篇
一 公の人物/67
二 公の武徳/69
三 公の戦術/70
四 公の雄略/72
五 公の武運/74
六 公の政道/75
七 公の清節/85
八 公の仁愛/87
九 公の殖民/89
一〇 公の馬術/90

一一 公の風韻/92
一二 公の勧業/95
一三 公の薨去/97
一四 公の逸話/102
一五 公と伊集院/108
義弘公年譜/113
附録
義弘公三百年祭/125

11月、義弘公三百年記念会編「義弘公記」が「義弘公三百年記念会」から刊行される。   pid/1906740
第一篇 世系並に生立時代
第二篇甲 三州の征服時代
第二篇乙 三州の征服時代
第三篇甲 六州の經略時代
第三篇乙 六州の經略時代
第三篇丙 六州の經略時代
第四篇甲 朝鮮の初役時代
第四篇乙 朝鮮の初役時代
第五篇甲 朝鮮の再役時代
第五篇乙 朝鮮の再役時代
第六篇 伏見の凱旋時代
第七篇甲 關ヶ原の合戰時代
第七篇乙 關ヶ原の合戰時代
第七篇丙 關ヶ原の合戰時代
第七篇丁 關ヶ原の合戰時代
第八篇甲 國家の昇平時代
第八篇乙 國家の昇平時代
第九篇 逸話並に雜
1919 8 ○、この年、帝国聯隊史刊行会編「歩兵第四十九聯隊史」が「帝国聯隊史刊行会」から刊行される。 pid/941912
第一章 帝國陸軍發逹の大要
一、 明治初年の草創時代/1
二、 西南の役/4
三、 整備時代/9
四、 日C戰役/13
五、 日C戰後の發逹/19
六、 北C事變/20
第二章 吾聯隊の創設編制
一、 創設及編成/22
二、 軍旗授與/23
三、 軍旗再授與/25
四、 所屬變更並轉營/27
第三章 明治三十七八年戰役
一、 開戰の事情/29
二、 動員及宣戰/31
三、 開戰より奉天戰まで/34
四、 樺太占領軍の編成/39
五、 樺太島と日露關係/43
六、 敵前上陸/46
七、 大泊の占領/49
八、 豐原の戰鬪/51
九、 軍川の密林戰/55
十、 南部樺太軍の降伏/60
十一、 落合附近の掃蕩/62

十二、 池邊潜・富内湖畔の戰鬪/65
十三、 C川及小里附近の戰鬪/72
十四、 眞岡地方の掃蕩/73
十五、 全島占領並平和克復/77
第五章 北韓守備
一、 樺太より北韓/84
二、 守備並暴徒討伐/86
三、 内地歸還/89
第六章 日露戰後に於ける我陸軍の發逹
一、 更に大擴張の决行/91

二、 日獨戰役/93
第七章 皇室と吾聯隊
一、 五條の勅諭/98
二、 皇太子殿下行啓/98
三、 明治天皇御大喪/100

四、 今上陛下御踐祚と勅諭/100
五、 昭憲皇太后御大喪/102
六、 御即位大禮並觀兵式/102
七、 獎學金並御眞影下賜/103
八、 淳宮殿下御成/104
第六章 平時雜俎
一、 特別大演習參加/105
二、 大禮觀兵式參列/106
三、 朝鮮守備派遣/107
四、 島守備派遣/108
五、 師團名譽射撃優勝/109
六、 聯隊名譽射撃/110
七、 特命檢閲/112
第七章 吾聯隊の環境
一、 躑躅ケ崎古城及要害山/113
二、 偉人信玄公/115
三、 酒折宮/118
四、 武士道の發源地/121
年表


1920 9 ○、この年、小泉了諦が「現生活と死生問題」を「顕道書院」から刊行する。 pid/963212  閲覧可能
求道貴婦人初対面/1
一 求道の動機は病死/1
二 自惚〔キョウ〕慢である/5
三 箒木の宗教に非ず/11
唯物論者之亜流乎/13
一 印度断常二見の事/13
二 竜樹二見摧破の事/15
物質不滅勢力恒存/18
一 天水桶の水の変化/18
二 物質勢力夫婦関係/20
三 商船工造問答の愚/22
三世因果之大道理/24
一 時計長針前後譬喩/24
二 明日有耶無の問答/26
三 因縁で見方と取方/29
四 真理は白紙の如し/30
五 生活問題労働問題/30
六 悪因縁を善因縁に/31
七 和魂欧米才を貴ぶ/34
八 造化因縁両教優劣/36
九 順現順次順後三業/41
十 因縁因果穿き違ひ/44
十一 小因大果の理あり/47
十二 一粒の米と森村氏/50
転住場所者何処乎/53

一 旅行案内記の諳誦/53
二 後生を大事に思へ/58
三 雑煮餅を断る子供/59
小三災実現之世界/63
一 常住と無常は水波/63
二 葢口に代用の熨斗/66
家鶏家鴨亦是教師/68
一 自由遊泳水掻の徳/68
二 無常にも種種あり/70
三 金剛堅固の信心城/71
宿善開発光明催促/74
一 陽気の花陰気の花/74
二 有寺無法悪魔巣窟/77
三 野に置けよ蓮華草/79
親鸞聖人之御教訓/80
一 歎異鈔中の第一節/81
二 鬼子母神も改心す/82
三 親の慈悲は底なし/84
金剛真心現生十益/87
一 罪の沙汰無益なり/87
二 現生十種利益弁解/89
男子尊耶女子尊耶/101
一 五障と三従の略解/101
二 男子の及ばぬ女徳/104
宜哉無常観之実感/108
一 青年輩も列席せよ/108
二 蓮如上人白骨御文/110
三 観経無常偈以呂波/111
四 西洋哲学者無常観/114
五 耳を蔽て鈴を盗む/116
終局之帰著在他力/118
一 軍人信仰者の告白/118
二 種種探求した結果/122
三 個人主義発展主義/124
四 聖道教では駄目だ/126
謹而仰他力之救済/128
一 蓮如上人教訓二節/128
二 
怨親平等之大慈悲/133
三 罪悪懺悔者の告白/135
四 他土得証此土入聖/140
人間者必可有同情/141
一 平家物語に感泣す/142
二 明治天皇を追懐す/147
資本家労働者色別/152
一 資本労働とは何耶/152
二 真の資本真の労働/156
三 資本原料労働作品/159
四 時計長針短針和合/161
可追正行可勤実行/163
一 大慈救世聖徳太子/163
二 万代柱礎十七憲法/164
三 太子在自信教人信/172
四 旃檀は二乗に薫る/175
五 親鸞聖の聖徳奉讃/178
六 将に将たるの太子/180
七 太子性行仁慈恭謙/184
八 平民的仏教の始祖/187
九 怨を恩とする大量/191
十 口や筆の人に非ず/193
1921 10
1922 11 ○、この年、木崎愛吉(好尚)が「大日本金石史〈附図〉 : 大日本金石史附図」を著す。 所蔵:西尾市岩瀬文庫
『大日本金石史』全3巻の附図。日本の古金石文の拓本の写真図版集。一部は仏像や器物等の写真をも収める。「小引」末条に「これを「摂河泉金石文」の附図拓影と参照すれば、我邦金石文字の大観は、先づ庶幾すべきであらう。それに漏らしたものは、本附図に「追補」として加へて置いた」。全103点。所収品の一部、法隆寺金堂薬師像光背、宇治橋断碑、山城崇道神社小野毛人墓版、長谷寺法華説相版、妙心寺鐘、山城大雲寺鐘、大和文祢麻呂墓版、備中国勝寺吉備真備祖母夫人蔵骨器蓋、大和粟原寺塔伏鉢、大和小治田安万侶墓版、大和蓮華寺吉備真備公母夫人墓〔セン〕、聖武天皇造国分寺勅書銅版、薬師寺仏足歌碑、那覇波上神社朝鮮鐘、筑前宗像神社阿弥陀経碑、美濃大垣八幡宮(青柳徳勝寺)鐘、妙心寺春光院葡萄牙鐘、高野山嶋津家朝鮮陣敵味方供養費、京都延命寺基督教徒碑、神戸徳照寺鐘、河内狭山池樋門。巻末に「選者打搨行」(拓本採集に赴く選者の後ろ姿の写真)及び三浦闌坂・西田直養の短冊写真あり。
1923 12 ○、この年、碧瑠璃園が「大楠公夫人」を「大鐙閣」から刊行する。  pid/977946  閲覧可能
如月の夜/1
正忠の物語/27
二つの幻影/58

青葉山の月/83
春又秋/105
創造と破壞/135

不動明王/160
敵味方の供養/174
正成の再擧/189
建武中興/204
生か死か/221
菊作の銘刀/238
首送り/254
教訓と終焉/269


1924 13
1925 14 3月、和歌山県 編「和歌山県史蹟名勝天然記念物調査会報告 第4輯」が「和歌山県」から刊行される。
 pid/984042  閲覧可能  重要
史蹟
一 熊野九十九王子社趾/1
二 武内宿禰誕生井/24
三 小倉村古墳/27
四 森田節齋翁墓/28
五 祗王舞田/29
六 虎御前墓/33
七 
高麗陣敵味方戰死者供養碑/35
八 大津籠城戰死者追弔碑/38
九 淺野長矩供養碑/42
一〇 箕島町古墳/45
一一 芳養王子社趾/47
一二 出立王子社趾/49
一三 八上王子社趾/50
一四 稻葉根王子社趾/51

一五 神倉山/53
一六 中世熊野三山行幸啓御泊所趾/55
名勝
一 國主淵/57
二 白良濱/59
三 扇ケ濱ノ松林/62
四 與根河ノ池/63
天然記念物
一 三寶蜜柑ノ原木/66
二 椿ノ巨樹/69
三 かぎかづらノ北限及ビ群落/70
四 しらかしノ巨樹/73
五 くろがねもちノ巨樹/75
六 桂樹/77
七 龍門山ノ磁石巖/81
八 とがさはら/82
九 高野くみ/84
一〇 高野山植物目録/86
一一 膽八樹ノ老木/124
一二 やつしろらん/126
一三 辨慶松/127
一四 幽靈松/128
一五 ほんぐうしだ/129
一六 をがたまのき/130
一七 竹柏ノ老樹/131
一八 浮島/132
一九 ゆのみねしだ/134
二〇 那智山並ニ附近ノ植物目録/136
二一 根上松ノ成長ト氣候的變化/183
付録 本縣史蹟名勝天然記念物調査會
    
大正十三年度通常會  

1926 15 5月、碧瑠璃園が「碧瑠璃園傑作叢書 第8編 (大楠公と其夫人)」を「大鐙閣」から刊行する。 pid/933194  閲覧可能
信貴詣/1
學問修行/13
乳母子/29
ヘ訓/53
百日紅/85
最中の月/101
初陣/124
涙の雨/134
如月の夜/146虔
正忠の物語/165
二つの幻影/189
雄蝶雌蝶/208
春又秋/234
北條征伐/259
赤坂の秋/285
笠置山/304
赤坂城/324
創造と破壊/349
不動明王/379

敵味方の供養
/391
正成の再舉/401
菊水の旗/411
建武の中興/425
千早の合戰/444
論功行賞/472
尊氏謀叛/485
櫻井の訣別/512
湊川の夕波/550
首送り/582
ヘ訓と終焉/594


9月、「日本医事新報 (217) 」が「日本医事新報社」から刊行される。 pid/3450857
卷頭 廣告に惱まさるゝ開業醫家 //p1〜1
學説 狂犬病病原體の研究 / 助川喜四カ/p2〜3
學説 十二指腸蟲と蛔蟲の驅除に就て (三)(了) / 赤木勝雄/p3〜4
學説 ロベリンの藥理學的研究 (十)(了) / 原三カ/p4〜5

學説 本邦に於ける「チフス」(附「パラチフス」)研究の經緯並に→
  →帝都「チフス」問題の將來に就て(二十) / 下條久馬一/p5〜6
説苑 醫業の新領域を拓け(上) / 宮島幹之助/p6〜7
説苑 衞生史蹟(九)―觀臟記念碑―敵味方怨平等供養塔 / 關以雄/p8〜8

1927 昭和2年
1928 3
1929 4 12月、「朝鮮満洲支那方面視察報告書」が「横浜市役所」から刊行される。 96p 所蔵:都市横浜の記憶(横浜市中央図書館)
第1 日程及視察地略図 1
第2 視察事項 7
甲 朝鮮地方 7
1 関釜連絡船 7
2 釜山 7
3 慶州 8
1慶州概況 8
2 古墳群 9
3 慶州博物館 9
4 鮑石亭址 9
5 南山城址 9
6 胆星台 10
7 □林 10
8 月城址 10
9 石氷庫 10
10 皇竜寺址 10
11 仏国寺 11
12 吐含山石窟庵 11
4 京城 11
1 京城概況 11
2 南大門 12
3 朝鮮神宮 12
4 恩賜記念科学館 12
5 朝鮮総督府 13
6 朝鮮の教育 13
7 昌慶苑 15
8 景福宮と京城博物館 16
9 朝鮮人の家庭 16
10 バゴダ公園 17
5 仁川 17
6 平壌 18

1 平壌概況 18
2 楽浪時代の古跡 18
3 牡丹台 乙密台 箕子陵 19
4 平壌博物館 20
7 朝鮮視察雑感 20

1 朝鮮に対する正当な理解 20
2 朝鮮と内地との史的交渉 20
3 朝鮮の産業開発と
  →内地人の活動 21
4 朝鮮人の服装 22
5 国境 22
乙 満州 23
1 安東線 23
2 本渓湖  24
3 撫順炭坑24
1 発電工業 25
2 硫酸工業25
3 油母頁岩工業 26
4 奉天 27
1 奉天概況  27
2 忠霊塔 28
3 北陵 28
4 同善堂 29
5 奉天の教育状況 31
5 長春 東支鉄道  32
6 哈爾賓  32
1 哈爾賓概況 32
2 松花江岸  34
3 志士の碑 34
4 満蒙博物館 34
5 露支関係の概観 34
7 南満州鉄道  35
8 大連市 36
1 大連概況 36
2 大連港 37
3 碧山荘華工収容所 38
4 油房  39
5 油脂工業 39
6 満蒙資源館  39
7 星が浦及老虎灘遊勝地 39
9 旅順市  40
1 旅順概況    40
2 戦跡視察    40
表忠塔  40
水師営  40
東□冠山砲塁  41

203高地  41
3 旅順博物館 41

10 満州の視察雑感 42
1満州展望と我国の使命 42
2 満蒙産業について 42
3 南満州鉄道株式会社の事業 44
4 在満邦人の状況  45
本邦農民の移住
在留邦人の商工業者
在留邦人の一般的態度
5 山東移民    47
6 内地青年学生団体の
  →鮮満地方視察につきて 48
丙 支那本部        49
1 太沽砲台と長蘆塩場  49
2 天津      50
1 天津概況    50
2 天津に於ける我貿易 51
3 北支那日本人小学校長会議 52
3 北京      53
1 北京概況 53
2 北京内城 53
旧皇城
紫禁殿
中央公園
北海公園
喇嘛廟
孔子廟
景山
国士監
3 北京外城 56
天壇
4 北京城外 56
万寿山
万里長城
4 済南 58
5 青島 59
1 青島概況 59
2 戦跡    60

3 青島神社 忠魂碑 60
4 青島中学校
  →青島第2日本小学校 60
5 青島宰蓄股□有限公司 61
6 青島と内地食糧問題 61
6 曲阜 津浦線 62
孔子の墓
7 南京 64
1 南京概況  64
2 城内 65
3 城外  66
孝陵
中山陵
国民政府官庁
8 蘇州 67
1 蘇州概況 67
2 蘇州城 68
3 寒山寺 68
4 留園  68
5 虎邱 68
9 上海 69
1上海概況 69
2東亜同文書院 70
3上海日本高等女学校70
10 杭州 71
1 杭州概況 71
2 西湖 72
11 支那本部視察雑感 72
1 支那人の排外運動 72
2 日支の共存共栄と
  →邦人に必要な態度 74
3 支那の教育 75
4 中華民国々歌 85
5 支那の貨幣    86
6 北支那と南支那 87
7 支那の城 88
8 歴代帝王の遺業 88
9 支那の兵士    89
10 支那の冶者と国民 89
11 支那在留邦人子弟の
  →祖国愛 90
12 結言 91


1930 5 7月、東洋美術研究會 編「東洋美術 (6)」が「飛鳥園」から刊行される。  pid/1516304
三井寺の研究―寺門派台密に於ける黄不動像の
  →意義を中心として/土田杏村/p1〜14
興福寺の華原磐について / 會津八一/p15〜34
永コのプロフィル / 春山武松/p35〜53
蠻絵通考 / 明石染人/P54~66
夢殿祕佛と中宮寺本尊 / 内藤藤一カ/p67〜80
朝鮮紀行下伽〔ヤ〕山海印寺 / 天沼俊一/p81〜114
上代色紙の研究蘚芳紙及蘇芳染の研究/上村六カ/p115〜123
狛犬像の一傑作 / 濱田陵/p124〜128
喜春庵の觀音像と其化佛の頭髮に就て/井川定慶/p129〜132
通信欄/p133~140
編輯後記/p141~141
燒付寫眞
朝鮮總督府京城博物館藏 彌勒菩薩半跏思惟像/小川晴暘
京都帝國大學文學部藏 狛犬像雄/羽舘易
戸田子爵家舊藏 源氏物語圖屏風細部/遠藤陽之介
朝鮮伽?山海印寺 大寂光殿/小川晴暘
玻璃版
戸田子爵家舊藏 源氏物語圖屏風―細部其一/飛鳥園コロタイプ部印刷
戸田子爵家舊藏 源氏物語圖屏風―細部其二 / 飛鳥園コロタイプ部印刷
圖版/
p29~33,45~52,65~66,75~82,84,86,91~92,94~114,125~126,131~132,135~136
○、この年、「満野長者 寺岡平吉 編 津田宗保 昭和5pid/1192592
滿野長者由來の事/1
玉津姫豐後下向/1
三淵由來并長者富榮の事/6
長者屋造并玉津姫懷姙の事/8
長者湖水を理む并二蛇の事/10
半如姫誕生并黄金觀音佛の事/14
唐勅使來朝并玉繪箱の事(付勅使豐後下向の事)/16
三度難題の事/21
滿野長者號を賜はる事/25
豐日皇子豐後下向(付三神皇子に値ふ并笛來由)/26
若宮牛飼と成り給ふ事(付笠掛之的の事)/29
山路般若姫と婚姻の事/34
帝都御騷の事并兩使豐後下向/35
若宮歸洛并玉繪姫誕生の事/36
般若姫上洛難風に逢ひ給ふ事/38
般若姫薨去(付贈官之事)/45
金政君豐後下向并姓氏を賜はる事/48
滿月寺由來の事/51
丙毛槐林劔竝兩頭蛇の事/54
般若皇后忌日供養管弦之事/57
祗園精舍物語の事/61
石佛造像(付怪異の事、
  →付五ヶ院造立并生玉の來由)/67
五ヶ院の事并十六天神由來/73
守屋大臣長者攻め評議の事/75
長者父子防戰用意の事/77
三江の宅にて忍び者を生捕る事/84
藥種治由來/86
軍議計策の事/87
守屋軍兵攻寄合戰の事/91
寄手乞和睦事/95
寄手重ねて攻來る事/100
寄手大敗北の事/106
敵味方死生の沙汰/110
寄手の殘兵歸洛并に妖怪に逢ふ事/113
守屋大臣宅怪異の事/115
守屋大臣長者と和睦の事/119
豫州高濱の記/121
周防國魚の照由來/128
防州魚の照般若寺の記/131
附録
太山寺開基眞野長者和讃/137
小五カ口説/142


1931 6
1932 7 ○、この年、「日本人の博愛 辻善之助 編 金港堂書籍   pid/1176627
序説/1
一 朱雀上皇、官軍賊軍戰亡者の冥福を祈り給ふ/2
二 源ョ義の耳納堂建立/4
三 後白河上皇、平家の冥福を祈り給ふ/6
四 源ョ朝、捕虜平重衡を厚遇す/7
五 源ョ朝、平氏の冥福を祈る/8
六 源ョ朝、義經泰衡の冥福の爲めに永福寺を建つ/9
七 鎌倉幕府、謀叛人たる梶原景時の冥福を祈る/10
八 弘安の役後、元軍戰死者の弔慰/11
九 弘安の役に於ける捕虜の待遇/13
一〇 北條時宗、圓覺寺に千體地藏尊を安置して、敵味方の幽魂を弔ふ/14
一一 後醍醐天皇、足利尊氏に勅して、北條高時の冥福を祈らしめ給ふ/15
一二 楠木正成の寄手塚味方塚/17
一三 安國寺/18
一四 天龍寺/21
一五 楠木正行、溺るゝ敵兵を救ふ/23
一六 佐々木道譽、敵味方の冥福を祈る/24
一七 大原戰後、敵味方協同して戰死者の菩提を弔ふ/25
一八 楠木正儀、敵兵をいたはる/26
一九 明コの亂後、足利義滿、敵味方の冥福を祈る/26
二〇 上杉禪秀の亂後、上杉憲基、敵味方の冥福を祈る/28
二一 松平親忠、敵味方の菩提の爲め大樹寺を建つ/30
二二 相馬顯胤、敵味方戰亡者の爲めに首塚を築く/31
二三 島津忠良の博愛/32
二四 島津貴久のェ仁/35
二五 日向木崎原の六地藏/36
二六 耳川の戰後、島津氏、敵味方戰亡者を弔ふ/37
二七 島津義久、島原合戰後、敵味方の戰亡者を弔ふ/38
二八 岩屋城陷落の後、島津氏、敵味方の冥福を祈る/38
二九 織田信長、今川軍戰亡者の爲めに塚を築いて之を弔ふ/40
三〇 上杉謙信、敵國に鹽を送る/41
三一 信玄塚/42
三二 豐臣秀吉、捕虜佐久間玄蕃を優遇す/44
三三 朝鮮陣に於ける捕虜の待遇/47
三四 耳塚/50
三五 高野山朝鮮陣戰歿者供養碑/52
三六 藤堂高虎、大谷吉繼の爲めに墓を建つ/56
三七 コ川家康并にその部將等の、捕虜石田三成に對する待遇/59
三八 井伊直孝、捕虜長曾我部盛親を禮遇す/60
三九 細川忠興の家臣澤村吉重、碑を建てゝ敵の菩提を弔ふ/61
四〇 島原陣歿耶蘇ヘ徒首塚の碑/62
結語/64
1933 8
1934 9 ○、この年、辻善之助が「日本皇室の社会事業・日本人の博愛」を「金港堂書籍」から刊行する。  pid/1912345
一 和文篇/(1)
二 史料篇/(1)
三 英文篇/(1)
目次
序説/1
一、朱雀上皇、官軍賊軍戰亡者の冥福を祈り給ふ/2
二、源ョ義の耳納堂建立/4
三、後白河上皇、平家の冥福を祈り給ふ/6
四、源ョ朝、捕虜平重衡を厚遇す/7
五、源ョ朝、平氏の冥福を祈る/8
六、源ョ朝、義經泰衡の冥福の爲めに永福寺を建つ/9
七、鎌倉幕府、謀叛人たる梶原景時の冥福を祈る/10
八、弘安の役後、元軍戰死者の弔慰/11
九、弘安の役に於ける捕虜の待遇/13
一〇、北條時宗、圓覺寺に千體地藏尊を安置して、敵味方の幽魂を弔ふ/14
一一、後醍醐天皇、足利尊氏に勅して、北條高時の冥福を祈らしめ給ふ/15
一二、楠木正成の寄手塚味方塚/17
一三、安國寺/18
一四、天龍寺/21
一五、楠木正行、溺るゝ敵兵を救ふ/23
一六、佐々木道譽、敵味方の冥福を祈る/24
一七、大原戰後、敵味方協同して戰死者の菩提を弔ふ/25
一八、楠木正儀、敵兵をいたはる/26
一九、明コの亂後、足利義滿、敵味方の冥福を祈る/26
二〇、上杉禪秀の亂後、上杉憲基、敵味方の冥福を祈る/28
二一、松平親忠、敵味方の菩提の爲め大樹寺を建つ/30
二二、相馬顯胤、敵味方戰亡者の爲めに首塚を築く/31
二三、島津忠良の博愛/32
二四、島津貴久のェ仁/35

二五、日向木崎原の六地藏/36
二六、耳川の戰後、島津氏、敵味方戰亡者を弔ふ/37
二七、島津義久、島原合戰後、敵味方の戰亡者を弔ふ/38
二八、岩屋城陷落の後、島津氏、敵味方の冥福を祈る/38
二九、織田信長、今川軍戰亡者の爲めに塚を築いて之を弔ふ/40
三〇、上杉謙信、敵國に鹽を送る/41
三一、信玄塚/42
三二、豐臣秀吉、捕虜佐久間玄蕃を優遇す/44
三三、朝鮮陣に於ける捕虜の待遇/47
三四、耳塚/50
三五、高野山朝鮮陣戰歿者供養碑/52
三六、藤堂高虎、大谷吉繼の爲めに墓を建つ/56
三七、コ川家康并にその部將等の、捕虜石田三成に對する待遇/59
三八、井伊直孝、捕虜長曾我部盛親を禮遇す/60
三九、細川忠興の家臣澤村吉重、碑を建てゝ敵の菩提を弔ふ/61
四〇、島原陣歿耶蘇ヘ徒首塚の碑/62
結語/64
日本人の博愛 史料篇
一、朱雀上皇、官軍賊軍戰亡者の冥福を祈り給ふ/1
二、源ョ義の耳納堂建立/2
三、後白河上皇、平家の冥福を祈り給ふ/5
四、源ョ朝、捕虜平重衡を厚遇す/6
五、源ョ朝、平氏の冥福を祈る/7
六、源ョ朝、義經泰衡の冥福の爲めに永福寺を建つ/8
七、鎌倉幕府、謀叛人たる梶原景時の冥福を祈る/14
八、弘安の役後、元軍戰死者の弔慰/14
九、弘安役に於ける捕虜の待遇/15
一〇、北條時宗、圓覺寺に千體地藏尊を安置して、敵味方の幽魂を弔ふ/17
一一、後醍醐天皇、足利尊氏に勅して、北條高時の冥福を祈らしめ給ふ/18
一二、楠木正成の寄手塚味方塚/20
一三、安國寺/21
一四、天龍寺/23
一五、楠木正行、溺るゝ敵兵を救ふ/24
一六、佐々木道譽、敵味方の冥福を祈る/25
一七、大原戰後、敵味方協同して戰死者の菩提を弔ふ/25
一八、楠木正儀、敵兵をいたはる/26
一九、明コの亂後、足利義滿、敵味方の冥福を祈る/28
二〇、
上杉禪秀の亂後、上杉憲基、敵味方の冥福を祈る/30
二一、松平親忠、敵味方の菩提の爲め大樹寺を建つ/40
二二、相馬顯胤、敵味方戰亡者の爲めに首塚を築く/47
二三、島津忠良の博愛/50
二四、島津貴久のェ仁/62
二五、日向木崎原の六地藏/63
二六、耳川の戰後、島津氏敵味方戰亡者を弔ふ/66
二七、島津義久、島原合戰後、敵味方の戰亡者を弔ふ/75
二八、岩屋城陷落の後、島津氏敵味方の冥福を祈る/80
二九、織田信長、今川軍戰亡者の爲めに塚を築いて之を弔ふ/84
三〇、上杉謙信、敵國に鹽を送る/85
三一、信玄塚/85
三二、豐臣秀吉、捕虜佐久間玄蕃を優遇す/88
三三、朝鮮陣に於ける捕虜の待遇/92
三四、耳塚/116
三五、
高野山朝鮮陣戰歿者供養碑/123
三六、藤堂高虎、大谷吉繼の爲めに墓を建つ/126
三七、コ川家康并にその部將等の捕虜石田三成に對する待遇/128
三八、井伊直孝、捕虜長曾我部盛親を禮遇す/131
三九、細川忠興の家臣澤村吉重、碑を建てゝ敵の菩提を弔ふ/132
四〇、島原陣歿耶蘇ヘ徒首塚の碑/135
補遺
一、島津貴久の兵、敵軍戰亡者の冥福を祈る/139
二、豐臣秀吉、賤嶽合戰に敵味方の負傷者を撫恤す/141

     
   高野山敵味方の碑              高野山敵味方碑前の供養(阪内青嵐筆)
   
   敵味方の碑拓本
     
  上杉乃憲基の敵味方供養の碑全景         碑の拓本

12月、日本赤十字社編「 日本赤十字社赤十字博物館報 第13号」が「日本赤十字社」から刊行される。 
 pid/1213145 閲覧可能
本邦古來の平時救療/1
本邦社會事業の始祖聖コ太子
聖コ太子繪傳
光明皇后の御仁コ
行基菩薩の社會救濟
法均尼の慈善
淳和皇后の御仁慈
重源上人の賑恤
興正菩薩の慈悲
忍性菩薩の救療事業
奈良の北山十八間戸
一遍上人の供養
鎌倉時代の施浴
既婚婦人の避難所、縁切寺
施藥院の高札
細川忠利の救恤
施粥の大釜
明暦江戸大火の救濟
前田綱紀の仁慈
鐵眼禪師の仁慈

了翁禪師の博愛
盲人の保護
江戸幕府設立の施療所
伊藤玄澤の施療
鍋島吉茂の慈愛
福山義倉
二宮尊コの偉コ
感恩講
石田梅巖門人の慈善
飢饉時の救小屋
安政の大震災
明治維新後に於ける平時の救療
濱市十全醫院
東京慈惠會
京都府立盲?院
東京市養育院
獨逸船遭難の救助
錦華學院
成田山感化院
岡山孤兒院
日本赤十字社最初の變災救護
額田慈無量講
私立幼稚兒保護會
高松市尚武義會
本邦古來の戰時救療/51
博愛主義最古の軍令
敵味方戰歿者に對する憐愍の聖旨
平安朝時代戰傷者の手當
元軍の供養塚

北條時宗の慰靈
楠木正成建立の寄手墳及び身方墳
足利尊氏の安國寺建立
楠木正行溺るる敵兵を救ふ
鎌倉武將の博愛
松平親忠の博愛
島津忠良の敵味方の塔
西陲諸將の慈悲心
織田信長の敵將厚遇
上杉謙信敵國へ鹽を送る
豐臣秀吉の純眞愛
島津義弘の博愛
朝鮮陣に於ける捕虜の厚遇
コ川家康の博愛
戰國時代の戰陣救護
幕府官憲の戰歿耶蘇ヘ徒供養
醫藥の容器
昔時の軍用飮食器具
赤十字思想輸入後に於ける戰時の救療/78
凾館戰爭に於ける赤十字主義
本邦最初の野戰病院旗
征臺役に於ける赤十字主義
日本赤十字社最初の戰時救護
日本赤十字社篤志看護婦人會
帝國軍人後援會
愛國婦人會
敵水兵の救助
東ク提督の敵將慰問
俘虜慰籍の觀劇
旅順陣歿露軍將卒の碑
日本醫事の變遷/88
第一期 神祗時代/88
第二期 飛鳥時代/90
第三期 奈良朝時代/91
第四期 平安朝時代/92
第五期 鎌倉時代/94
第六期 足利時代/97
第七期 安土桃山時代/99
第八期 コ川時代/101
齒科/118
藥物科其他/121
1935 10 ○、この年、井上博が「現代人生講話 : あさきゆめみし」を「日本公論社」から刊行する。  pid/1232947
諸行無常/1-83
い 行雲流水/3
ろ 落花有情/11
は 待てど歸らぬ人/19
に 死/26
ほ 恐ろしき永劫/35
へ 深夜に思ふ/42
と 病床にて/51
ち 老いゆく人々/57
り 生れざりせば/63
ぬ 愛/69
る 暗に生きる/75
を 諸行無常/80
是生滅法/85-266
わ 絶對無例外/87
か 無名老女のこと/93
よ 李朝華かなりし頃/102

た 神の抹殺まで/109
れ 峠の茶屋/115
そ 參覲交代史話/121
つ 阿ョ耶縁起論/129
ね 恩師を憶ふ/137
な 凶作と飢饉/145
ら 二〇三高地を訪ふ/152
む 是生滅法/160
生滅々己/167-253
う 生きるは寂し/169
ゐ もののあはれ/176
の 本來空なり/183
お 無善無惡/190
く 社會情勢と道コ標準/197
や 現實暴露/204
ま 逃避と僞瞞/211
け 印度思想史素描/218
ふ 一燈園のこと/225
こ 有田憂田論/232
え 持てども持たず/240
て 生滅々己/247
寂滅爲樂/255-345
あ 一切が幸福であつた話/257
さ 
怨親平等論/264
き 四次元の世界/271
ゆ 考へ方の大改革/279
め いろは歌物語/286
み 現實に生きる/294
し 美しく正しく強く/301
ゑ 思考は人生のためなり/308
ひ 社會に於て自己を見る/315
も 靜かなる猛火/322
せ 弘法大師奉讃/329
す 寂滅爲樂/337

1936 11 3月、「佐賀県史蹟名勝天然紀念物調査報告 第5輯」が「佐賀県」から刊行される。  pid/1125875  閲覧可能
史蹟名勝
名勝鏡山と其附近古墳の調査・吉村茂三郎/1
鏡神社境内發見の經塚・同/12
唐津地方に出土する青瓷に就て・同/15
各地に於ける鳥獸類蟲類供養の遺蹟・久保源六/19
不動山に於ける切支丹遺蹟調査・同/31
埴輪圓筒を繞らせる西原古墳・松尾禎作/51
高木瀬村上高木銅鉾出土地に就て・同/65
東脊振村辛上廢寺阯の調査・同/71
中原村原古賀彌生式甕棺遺蹟調査・同/87
春日村尼寺のクリス型銅劍出土地に就て・同/95
麓、田代兩村に於ける島津軍敵味方供養傳説地の調査・同/101
天然紀念物
基山村北陣屋の石〔カシ〕紫藤及榊・關谷國英/107
武雄神社境内の樟・同/109

○、この年、浅野研真が「青年の仏教読本」を「大東出版社」から刊行する。  pid/1230533
第一課 陽春四月/1
第二課 花まつり/4
第三課 科學の彼方に宗ヘ/8
第四課 若草山/12
第五課 佛ヘの時代性と地域性/14
第六課 ヘ團の問題/20
第七課 農村寺院/29
第八課 佛ヘの更生/35
第九課 日柄の問題/39
第十課 眞の佛ヘ復興/45
第十一課 佛ヘと女性/49
第十二課 新戒律運動/55
第十三課 印度の顏/66
第十四課 アルピニズムと佛ヘ/78
第十五課 盂蘭盆/86
第十六課 遊行僧一遍/91
第十七課 國學に寄與した佛僧/99
第十八課 死の問題/107
第十九課 現代支那佛ヘの點描/110
第二十課 求道夜話/123
第二十一課 ヴェルダンの戰跡を訪ふ/129
第二十二課 病床斷片/137
第二十三課 怨親平等供養碑/142
第二十四課 日本の佛ヘ/147
第二十五課 佛ヘの療病觀/156
第二十六課 念佛と現世利益/165
第二十七課 滿洲國の佛ヘ/171
第二十八課 療病と求道/177
第二十九課 「愛國僧」佐田介石/181
第三十課 逝く者の心理/190
第三十一課 祖師方の遺文と現代/199
第十二課 邪ヘと正ヘ/202
第三十三課 祖師鑽仰/208
附録 聖コ太子十七條憲法/215
要文その他
三歸依(巴利語) 卷頭
三歸依文 卷頭
四弘誓願文 卷頭
生活抄/3
佛生會(俳句)/7
食事誓願の偈/11
一枚起請文(法然上人)/19
國豐かに民安し/34
諸佛のヘ/38
因果の法則/65
盂蘭盆會(俳句)/90
慧心僧都に與へられたる母親の消息/98
佛説四十二章經より/109
不〔コ〕酒戒/122
不飮酒戒/122
いろは歌/128
旅順に遊ぶ(俳句)/136
白骨の御文(蓮如上人)/146
三界は安きことなし/155
五觀の偈(食事訓)/176
川法語(源信僧都)/198
國の柱/201
1937 12
1938 13
1939 14
1940 15 3月、黒板勝美が「虚心文集 第4」を「吉川弘文館」から刊行する。 pid/1266398  閲覧可能   1600円
上代史概説――特に奈良朝時代に就いて/1
中世武家時代の概觀/23
室町時代の文化的概觀/37
江戸時代概觀/47
我が國海軍の發達/77
日宋の交通/115
小田原北條氏/135
秀吉と醍醐三寳院/149
近世に於ける大阪の地位/169
はしがき/169
近世の意義と大阪の地位/170
經濟的都市としての使命/172
信長の理想―近世的都市の出發點/174
秀吉の世界政策―新大阪出現の所以/176
新大阪の基礎と其の實力/181
封建制度打破の原動力/185
文化的方面に於ける地位/187
結語/189
二百年前の元祿義擧/191
一 國民に對する同樣の刺戟/191
二 室鳩巣の「義人録」/192
三 義擧に對する諸儒の批判/194
四 義士と其の血族關係/195
五 民族中心の基礎/196
六 義士と其の年齡/198

七 年齡配合の要訣/199
八 事業の遂行と年齡の關係/200
九 所謂元祿義擧のヘ訓/202
十 風ヘの頽廢と晴天の霹靂/203
荻生徂徠の史觀/205
八代將軍吉宗公に就いて/217
伊豫道後温湯碑文について/261
上野三碑/269
第一章 序説/269
第二章 多胡碑/272
第三章 山ノ上碑/286
第四章 金井澤碑/291
第五章 結語/295
奈良の一里塚と高野の町石/297
郡山城/303

高野山朝鮮陣の供養碑/309  
 →(明治三十八年四月征戦偉績所載)
福岡縣下史蹟調査/313
肥前國K崎村の吉利支丹/321
宮崎縣古墳發掘の經過/325
三國時代朝鮮に於ける唯一の金銅佛/333
大同江附近の史蹟/343
史蹟遺物保存に關する意見書/357
まへ書/357
第一章 叙言/358
第二章 史蹟とは何ぞや/359

第三章 史蹟の分類/364
第四章 史蹟と遺物/372
第五章 史蹟遺物保存の過去及び現在/375
第六章 史蹟遺物保存の根本義/380
第七章 史蹟遺物の保存方法/389
第八章 史蹟遺物保存思想の養成/394
第九章 保存法と監督局及び博物館/397
史蹟遺物保存に關する研究の概説/401
第一 前置き/401
第二 史蹟と遺物/403
第三 史蹟遺物保存の過去現在/414
第四 史蹟遺物保存の根本義/421
第五 史蹟遺物の保存方法/430
第六 史蹟遺物保存思想の養成/436
第七 餘説/439
史蹟遺物保存の實行機關と保存思想の養成/443
史蹟保存と考古學/459
ク土保存について/467
博物館に就て/477
國立博物館について/501
はしがき/501
一 博物館とは何ぞや/502
二 理想的保存陳列場/506
三 古社寺保存會と寳物館/510
四 國立博物館の必要/513
五 民間の古美術蒐集と博物館/516
六 國立博物館と史蹟保存/518
古文書館設立の必要/521

○、この年、沢木興道が「証道歌を語る」を「大法輪閣」から刊行する。   pid/1025471
著者の言葉/1
證道歌原文/9
證道歌の成立/41
永嘉大師略傳/53
講話/61
宇宙一杯の仕事/63
いつも命がけ/67
佛魔同面/73
獨行道/75
明るい世界/79
佛道修行の秘傳/85
生命力を掴む/90
黄金は毒蛇/94
一夜作りの菌/100
色眼鏡で見る世界/104
行詰りはない/111
僞せもの禪/116
生活即宗教/123
口傳の妙味/127
行を迷の中に立てる/133
カビ的存在/139
眞實の落著き/142
透明な分別/146
眼と眉と相識らず/149
鞘を嵌めて見る/154
有爲轉變/160
心一つに住みかへて/165
覿面の問題/170
腰かけ生活/179
煩惱の容れ物/183
不思議な交錯/185
煙幕を拂ふ/187
涅槃の道/189
弊衣破椀また閑々/192
大根を漬ける/195
手さぐりの人生/201
身構へ一つ/207
徹底せる生活/211
懷中の珠/216
惡言は甘露の味/218
怨親平等/221
無言の言/225
コレは什麼/229
本來無一物/235
閻魔に賄賂/241
命がけの奧/244
無我相の體驗/247
業力と願力/252
不幸即幸福/257
誰も見て居らぬ世界/262
只一つの使命/265
悉く第一線/269
ひたすらの求道/270
六道のグルグル舞/276
布施の功徳/280
同一人の距離/285
道心の有無/291
眞實に徹する/293
矛盾の包容/297
逆襲する自利/300
利他は自利/306
戒定慧の三學/311
因縁生のもの/318
達磨の一心戒/322
天地一杯の戒/325
福田衣下の身/328
佛の跡方/331
寳所は近し/332
石火光中の身/336
凡夫の見本/339
鏡に映る姿/343
水を避けて火に入る/348
坐禪に宿る力/351
大丈夫の氣魄/355
座敷一杯の坐禪/360
能力の善用/363
人格の説法/368
一事が萬事/371
人生の打方止め!/376
佛との繼目/380
ネヂ加減/385
地獄極樂は名の違ひ/388
天地充滿/391
摩訶般若の力/394
死んで生きる/398
眉毛を結ぶ/400
眞と妄と/407
人間の規定/411
刹那は永遠/415
末法の世/420
手綱の取り方/424
正法輪を謗す/432
なりきつた人/437
獨り自ら遊ぶ/439
見直した人生/441
先へ行くだけ/445
佛を探す/449
全體主義/452
一分八間/456
無駄骨折り/458
風塵の客/461
素性の違ひ/462
無限の因果/470
創造の生活/475
繼目を無くす/478
現在の超越/481
阿闍世太子/486
塊を追ふ犬/490
三界廿五有/494
禪界に欲なし/498
一言十方を盡す/502
零か滿點か/505
破戒の義なし/510
罪何處にありや/514
零度以下/519
生命ある一日/525
洋々たる雅量/531
一眞實を掴む/534


1941 16 3月、「実業の日本 44(5)(1038)」が「実業之日本社」から刊行される。  pid/3552508
グラビヤ 光は東方より――外務大臣 松岡洋右氏/p5〜5
グラビヤ 經濟・時の人――日本發送電總裁 池尾芳藏氏 
 →理化學興業會長 大河内正敏氏/p6〜7
グラビヤ 防空壕/p8~9
グラビヤ 戰慄の英國/p10~11
グラビヤ 大陸産業譜――北支の交通網 / 島一カ/p12〜12
扉・北支從軍二題(〔ロ〕安所見) / 吉村忠夫
日本戰時經濟の特質 / 目崎憲司/p22〜25,26〜27
米國の戰爭經濟の弱點 / 高木友三カ/p44〜47
太平洋經濟戰論 / 加田哲二/p28〜31
大試練に遭遇したる日本 / 搏c義一/p48〜50
新世界觀と勤勞 / 阪本勝/p36~38
米國の東洋作戰基地 / 石丸藤太/p32〜35
問題の英本土上陸作戰 / 匝瑳胤次/p40〜43
財人隨想 職域奉公 / 朝倉毎人/p25〜25
財人隨想 霜日和 / 大塚小一カ/p26〜27
財人隨想 佛印所感 / 山田忍三/p109〜109
蘭印植民史物語 / 川又昇/p82~87
泰・佛印國境紛爭史 / 景山哲夫/p68〜71
名士逸話 茶前茶後 / 奎城生/p30〜31
滿洲重工業副總裁高碕達之助氏 / 小關己太カ/p52〜53
ハガキ回答
わが家の代用食 / 高木友三カ ;鈴木東民 ;櫻井忠温 ;
 →下村宏 ;小汀利得 ;小野賢一カ ;内ケ崎作三カ ;金子鷹之助 ;
 →新居格 ;川原久仁於 ;住田正一 ;井口靜波 ;上司小劍 ;阿部賢一 ;
 →尾佐竹猛 ;岸田軒造 ;菅井準一 ;小池四カ ;金原賢之助 ;高田保 ;
 →高田義一カ ;大迫元繁 ;市川房枝 ;C澤洌 ;樫田十次カ ;宮尾しげを ;
 →荻原井泉水 ;竹内茂代 ;西勝造 ;成P關次 ;大辻司カ ;安部磯雄 ;
 →小室誠 ;嘉治隆一 ;コ川夢聲 ;石K敬七/p58~63
代理部案内/p110~111
編輯餘録 / T/p112~112
實日回覽板 第七十六議會 大臣答辯集/p13〜13
實日回覽板 春の漫畫集 / 石川義夫 ;井福次郎 ;中村篤九/P14~15
實日回覽板 時局川柳/p14~15
實日回覽板 太平洋を圍む國々/p16〜17
實日回覽板 空爆の科学/p16~17
實日回覽板 世相漫感 口の問題 / 中村篤九/p18〜19
實日回覽板 實日回覧板/p20~20
實日回覽板 懸賞募集/p20~20
これからの中小商業者問題 / 松崎半三カ/p76〜81
これからの商人道 / 相馬愛藏/p78〜79
サラリーマン訓 / 住田正一/p72〜74
經濟行政の革新 / 玉木懿夫/p96〜97
座談會 都市生活と防空/星野昌一;神笠武登;鈴木嘉一;安田三次/P54~67
醫學隨想 太い神經・細い神經 / 林髞/p84〜85
財界夜話 理研コンツェルンの再編成 / 小宿端/p100〜103
修養小話 忙中の靜觀 / 加藤咄堂/p73〜73
修養小話 
怨親平等と事變解決 / C水谷恭順/p83〜83
修養小話 土心居隨想 / 伊福部隆彦/p105〜105
健康・貯金節米の三得 朝食廢止論 / 西勝造/p94〜98
百卅二億豫算と證券市場 / 奧村綱雄/p88〜
勸業債券當籖番號(二月分)/p89〜
玄人の見たこれからの株式 / 泉山庄一カ ;松井常彌 ;卷島信之助 ;
 →杉山義夫 ;北脇鴻造 ;西村正已 ;一柳政夫 ;藤井政一 ;染谷コ重 ;
 →泉義國 ;平野鑑 ;福田正治/P104~109
5月、「大日 (246)」が「大日社」から刊行される。  pid/1595945
谷文晁筆四福圖 / 口繪
卷頭言 / 杉浦重剛/p1~1
頭山滿翁の言葉/p2~3
中外時事――伏見宮殿下御離任=近衞首相の談話=
  →日蘇中立條約成立=松岡外相を迎ふ=總人口一億突破=
  →獨逸のバルカン制覇――主張/p4〜6
日支事變の概念――社説/p7~8
躍進外交と日ソ國交の新展開 / 日笠芳太カ/p9〜15
和蘭人と其の植民地 / ヴアン・レーヴエン/p16〜21
撃鼓吹貝/P22~22
永野提督の顏 / 秋澤次カ/p23〜25
國民學校に就いて / 藤島鶴三カ/p26〜28
漢詩の翻案に就いて / 下村關路/p29〜31
天孫國統説 / 鳶魚/p32~36
街路樹 / 芳洲生/p37~37
大日詩壇 / 今關天彭/p38~39
大日歌壇 / 下村關路/p40~41
大日俳壇 / 伊藤葦天/p42~43
紅拷・の句碑建立 / 岩本生/p44〜45
杉浦重剛先生書簡(其四十九)/p46〜47
無曠齋筆記(二) / 高謙堂/p48~51
神國日本神字論 / 宅野田夫/p52〜56
怨親平等の思想と其の事蹟 / すみ岡生/p56〜57
梅窓/p58~58
禪話百則(其六十五) / 村上素道/p59〜60
新刊紹介寄贈雜誌/p61~61
巣鴨より / 水島爾保布/p62~64
戲曲深海魚 / 西村貞雄 ;前田喜朗/p65~75
時事漫畫 / 水島爾保布/p76~79
時事日誌/p80~80
大絃小絃/p81~81
裏繪 / 宅野田夫/裏表紙
6月、永井哲二が「転換期の仏教」を「畝傍書房」から刊行する。  pid/1907120
序/1
はしがき/3
一、近代における佛ヘの地位
時代の宗ヘ的動向/1
知識階級の宗ヘ觀/9
佛ヘ的經濟觀/13
人間・社會・佛/23
宗ヘ批判の問題/28
知的評論と宗ヘ的評論/36
大乘佛ヘと文化/49
佛ヘ近代化の苦悶/59
二、思想問題に對する佛ヘの態度
反宗ヘ理論の批判/66
宗ヘ的轉向/71
思想轉向と宗ヘ的慧智/79
三、佛ヘの邪ヘ批判
既成宗ヘの類似宗ヘ批判/89
邪ヘの批判者/97
四、國家と佛ヘ
國家と佛ヘとの關係/104
宗ヘ統制下の佛ヘ々團/117
ヘ團・社會・國家/124
梵鐘護國/131
啓蒙家の信ヘ自由論/150
佛ヘの日本的展開に關する諸説/170
五、佛ヘの將來
佛ヘ々團の囘顧と展望/191
佛ヘの將來/212
轉換期の宗ヘ性/231
短評集/261
生死の巖頭/263
國民的情熱と宗ヘ/264
佛ヘ徒の珍辯/266
敵兵の墓に詣づ/268
年佛ヘ徒の無氣力/270
法城の秋/272
佛ヘ文化工作のイロハ/274
佛ヘの現實/276
慣習か生命か/278
支那に持出す佛ヘありや/280
ヘ團と經濟/282
新解決を迫る國家とヘ團との關係/284
佛ヘ々學界/286
宗門學生の一斷面/288
戰鬪機「新勝號」/289
革新宗政の待望/291
貯金報國/293
ヘ團内の近代主義批判/295
佛ヘ思想家出でよ/296
梵鐘鑄潰しか、金屬献納か/298
宗門學生の神社C掃/300
古錢と佛ヘ/302
破佛と護ヘ/304
佛ヘ學者への待望/305
宗ヘの效用/307
大文字山の火/309
この態度は如何/311
報國托鉢/312
經濟國策と佛ヘ/314
筆と口と肚/316
末端を尊べ/318
躍進日本を背負ふもの/320
成佛道/321
宗ヘ的生活/323
怨親平等の埋葬/325
宗ヘにおける日本化問題/327
宗ヘと其の外圍/329
ヘ團活動の原理/330
東亞共榮圈と宗ヘ/332
宗ヘ日本の權威のために/334
新文化と宗ヘ/336
同文同種の再檢討/338
宗門革新の前段的準備/340
軍馬の慰靈/341
眞宗ヘ團は如何に生くべきか/343
○、この年、雑賀貞浄が「石山法難の前後」を「興教書院」から刊行する。   pid/1682681
第一 殉ヘの歴史と感謝の力/1
第二 蓮如上人の事蹟と殉ヘ者物語/17
第三 實如、證如、顯如三上人の事蹟と信長の要求/36
第四 
澤上江堤の戰と怨親平等/54
第五 長島の戰と信力の活現/71
第六 長期包圍と雜賀征伐/87
第七 和議の成立と承詔必謹/106
第八 鷺森攻略と信長の事蹟/123
第九 其後の顯如上人と東西本願寺/139

第十 廢佛毀釋と眞宗/155
第十一 新體制と眞宗のヘ義/172
附録 記事參照年表/193



○、この年、深浦正文が「仏教文化物語」を「興教書院」から刊行する。  pid/1683777
第一章 序説/3
第一節 日本國家と佛ヘ/4
第二節 果して外來思想か?/12
第三節 大乘精神の樹立/21
第四節 轉向者小話/32
第二章 佛ヘの渡來と當時の社會/43
第一節 渡來の模樣/44
第二節 經典の構成要素/58
第三節 拔苦與樂の實際/74
第三章 聖コ太子の文化建設(一)/79
第一節 和國のヘ主/80
第二節 四天王寺の建立と金光明經/86
第三節 布施思想/99
第四節 三經の講讃/105
第四章 聖コ太子の文化建設(二)/133
第一節 法隆寺の建立と藥師經/134
第二節 文運の興隆/140
第三節 十七憲法の精神/147
第四節 自主的外交の面目/179
第五節 聖コ無窮/186
第六節 世間虚假、唯佛是眞/189
第五章 濟生願求の實現/201
第一節 太子と行路病者/202
第二節 戒律における看病思想/206
第三節 光明皇后の御仁コ/224
第四節 入浴の習慣/247
第五節 僧侶と醫事/251
第六節 古代印度文明とその影響/256
第六章 天平文化の源流/267
第一節 華嚴經の規模/268
第二節 咲く花の匂ふ榮え/282
第三節 大佛の鑄造と國土莊嚴/288
第四節 四聖建立/301
第七章 護國の正法/315
第一節 國分寺の設置/316
第二節 行基と玄ム/332
第三節 外來僧侶の事蹟/341
第四節 仁王經の護國思想/354
第五節 法華經の尊高/362
第六節 觀音信仰/374
第七節 寫經の趣味/381
第八節 涅槃經の價値/385
第八章 平安佛ヘの面目/399
第一節 最澄と大日本國の開顯/400
第二節 空海と社會ヘ化の實際/421
第三節 應和の宗論/431
第四節 囚人救護の濫觴/455
第五節 佛ヘの日常生活化/460
第九章 佛ヘと文學との交渉/467
第一節 假名文字と五十音圖・いろは歌/468
第二節 女流文學者と宗ヘ情操/480
第三節 竹取物語の構想/490
第十章 鎌倉時代と淨土ヘの興起/505
第一節 人生無常の時代相/506
第二節 救濟經典における如來意志/515
第三節 他力本願/527
第四節 寓宗念佛より獨立念佛へ/532
第五節 親鸞ヘ義の特徴/540
第十一章 高僧と國家意識/553
第一節 高辨の識見/554
第二節 道元と榮西/567
第三節 法華經の行者/573
第四節 師練の國體觀念/577
第十二章 信は力なり/585
第一節 般若の本旨/586
第二節 元寇の國難と時宗の參禪工夫/600
第三節 慧安の念力/617
第十三章 正成・親房の誠忠/623
第一節 菊水の聖旒/624
第二節 七生報國の信念とその由來/632
第三節 不滅楠公精神/650
第四節 
怨親平等の仁情/664
第五節 聖史神皇正統記/679
第十四章 佛心顯現の諸相/689
第一節 近世世相の概觀/690
第二節 活ける藏經、死せる藏經/692
第三節 井伊直弼の信仰/703
第四節 幕末の勤王僧/708
第五節 心地觀經と報恩思想/714
第六節 佛日撈/719
第十五章 結論/723
第一節 國史の正當理解/724
第二節 佛ヘ文化の意義/728
第三節 皇國佛徒の覺悟/731
註解 / 卷尾


・.
○、この年、辻善之助編.「日本人の博愛」が「大東出版社」から刊行される。 (大東名著選 ; 13) pid/1176650 2200円
序説/1
一 朱雀上皇、官軍賊軍戰亡者の冥福を祈り給ふ/3
二 平維茂、敵の婦女を勞はる/4
三 源ョ義の耳納堂建立/5
四 熊谷直實、敵平敦盛の菩提を弔ふ/8
五 源ョ朝、捕虜平重衡を厚遇す/9
六 後白河上皇、平家の冥福を祈り給ふ/10
七 源ョ朝、捕虜由利八カを禮遇す/12
八 源ョ朝、平氏の冥福を祈る/15
九 源ョ朝、義經泰衡の冥福の爲めに永福寺を建つ/16
一〇 鎌倉幕府、謀叛人たる梶原景時の冥福を祈る/18
一一 弘安の役後、元軍戰死者の弔慰/19
一二 弘安の役に於ける捕虜の待遇/21
一三 北條時宗、圓覺寺に千體地藏尊を安置して、敵味方の幽魂を弔ふ/22
一四 後醍醐天皇、足利尊氏に勅して北條高時の冥福を祈らしめ給ふ/25
一五 楠木正成の寄手塚・味方塚/26
一六 安國寺/28
一七 天龍寺/32
一八 楠木正行、溺るる敵兵を救ふ/34
一九 佐々木道譽、敵味方の冥福を祈る/36
二〇 大原戰後、敵味方協同して戰死者の菩提を弔ふ/37
二一 楠木正儀、敵兵をいたはる/38
二二 明コの亂後、足利義滿敵味方の冥福を祈る/39
二三 上杉禪秀の亂後、上杉憲基、敵味方の冥福を祈る/41
二四 松平親忠、敵味方の菩提の爲め大樹寺を建つ/43
二五 相馬顯胤、敵味方戰亡者の爲めに首塚を築く/45
二六 島津忠良の博愛/46
二七 島津貴久、敵軍戰亡者の冥福を祈る/50
二八 島津貴久のェ仁/51
二九 日向木崎原の六地藏/52
三〇 耳川の戰後、島津氏、敵味方戰亡者を弔ふ/52
三一 島津義久、島原合戰後、敵味方の戰亡者を弔ふ/54
三二 岩屋城陷落の後、島津氏、敵味方の冥福を祈る/55
三三 織田信長、今川軍戰亡者の爲めに塚を築いて之を弔ふ/56
三四 上杉謙信、敵國に鹽を送る/59
三五 信玄塚/60
三六 豐臣秀吉、捕虜佐久間玄蕃を優遇す/62
三七 豐臣秀吉、賤嶽合戰に敵味方の負傷者を撫恤す/66
三八 朝鮮陣に於ける捕虜の待遇/66
三九 耳塚/70
四〇 高野山朝鮮陣歿者供養碑/74
四一 藤堂高虎、大谷吉繼の爲めに墓を建つ/79
四二 コ川家康、并にその部將等の、捕虜石田三成に對する待遇/82
四三 井伊直孝、捕虜長宗我部盛親を禮遇す/84
四四 本多忠政、捕虜大野道犬を禮遇す/85
四五 細川忠興の家臣澤村吉重、碑を建てゝ敵の菩提を弔ふ/86
四六 島原陣歿耶蘇ヘ徒首塚の碑/87
結語/89
○、この年、雄山閣編「美談日本史 第12卷 」が「雄山閣」から刊行される。   pid/1918590
前篇 博愛美談
第一章 敵を愛す/1
三浦大介接戰中敵の勇士を賞讃す/1
源ョ朝、捕虜平重衡を厚遇す/4
弘安の役と捕虜の待遇/7
小楠公溺るゝ敵兵を救ふ/8
上杉謙信敵國に鹽を送る/9
秀吉敵將に酒肴を贈る/11
豐臣秀吉賤嶽合戰に敵味方の負傷者を勞る/14
豐臣秀吉捕虜佐久間玄蕃を優遇す/16
朝鮮役と赤十字思想/19
朝鮮役に於ける捕虜の待遇/21
木村重成敵將を助く/27
コ川家康並にその部將捕虜石田三成を好遇す/27
井伊直孝捕虜長曾我部盛親を禮遇す/30
敵の名譽勳章/31
敵のクリスマスに贈物をなす/32
わが陸軍敵の美談をも載?す/33
第二章 敵を弔ふ/36

源ョ朝の耳納堂/36
源ョ朝平氏の冥福を祈る/37
源ョ朝と永福寺建立/38
鎌倉幕府謀反人たる梶原景時の冥福を祈る/39
弘安の役後元軍戰死者の弔慰/40
北條時宗と圓覺寺の千體地藏尊/41
大楠公の寄手塚味方塚/43
織田信長今川軍戰死者のため塚を築く/44
信玄塚/45
耳塚/47

高野山敵味方供養碑/50
藤堂高虎大谷吉繼のために墓を建つ/54
澤村吉重碑を建てゝ敵の菩提を弔ふ/57
天草の首塚/58
露軍の忠魂碑/59
後篇 金言ヘ訓集
卷之上
世阿彌/63
中江藤樹/67
熊澤蕃山/69
宮本武藏/70
伊藤東涯/71
石川丈山/73

山鹿素行/74
大道寺友山/76
三輪希賢/79
河村瑞軒/80
新井白石/80
太宰春臺/81
雨森芳洲/82
賀茂眞淵/85
本居宣長/85
松平定信/88
竹内式部/101
上杉鷹山/103
中村昌忠/106
瀧澤馬琴/106
ョ山陽/107
大鹽中齋/109
二宮尊コ/111
島津齊彬/115
藤田東湖/116
吉田松陰/118
橋本左内/127
山岡鐵舟/133
福澤諭吉/134
新島襄/142
中村敬宇/143
中村茂樹/144
卷之中/145
コ川家康/145
池田光政/148
細川重賢/151
二宮尊コ/152
西ク南洲/158
勝海舟/167
杉浦重剛/172
卷之下/176
澤庵/176
貝原益軒/188
白隱/202
葉隱抄/206
室鳩?/213
石田梅巖/227
儉約序/231
鎌田?白齋/235
恩田木工/247
柴田鳩翁/259
平田篤胤/267


1942 17 6月、加藤武雄が「豊臣秀吉 上巻 (土村正寿絵)」を「大日本雄弁会講談社」から刊行する。
 pid/1719778  閲覧可能 重要
初日の出/2
空の下/10
橋の上/21
母/26
大望/33
松下加兵衞/43
松平竹千代/50
天子樣の家來/54
母の家/61
K馬/68
厩番/84
臺所奉行/86
城普請/92
槍/99
信長出陣/102
桶狹間/112
勤皇の家/123
墨俣築城/130
千生瓢箪/136
皇居修築/144
羽柴筑前守/148
孝子/153
安土城/161
中國征伐/168
馬ぞろへ/172
海の外へ/173
キリシタン/183
高松城水攻め/186
清水宗治/195
明智光秀/202
本能寺の變/207
不義の軍、正義の軍/213

とむらひ合戰/219
疾風のやうに/223
決戰/232
光秀の最期/236
C洲會議/242
柴田勝家/249
總見院/254
鬼玄蕃/259
賤嶽/262
七本槍/275
毛受勝介/279
利家の立場/285
北庄落城/292
大阪城/297
秀吉と家康/301
長久手の戰/304
番大膳の話/310
三河武士/314
いたちごつこ/318
兩雄和睦/321
關白豐臣秀吉/326


○、この年、岡邦俊が「青年の宗教」が「同文館」から刊行される。   pid/1039870
一章 人生は戰なり/1
戰に始まり戰に終る/1
美しい夢想家/6
青年時宗の情熱/11
二章 青年の地位/15
國家の推進力/15
人生の根本問題/18
青年親鸞の苦悶/21
世界史を動かす力/25
三章 青年と生死/29
生死を超える/29

人生の實相/32
楠正成と楚俊禪師/34
白隱の死生觀/36
吉田松陰の「留魂録」/38
物と心/39
宗教への思慕/41
誤れる平等觀/42
四章 「信」體制の確立/45
純粹愛の行/45
國家と宗教/49
合掌する心/54
五章 科學する心と宗教する心/58

科學の領域/58
東洋人の自然觀/60
宗教する心/62
日々是好日/66
倫理を超へた世界/67
善惡不二/69
宗教と科學/73
六章 戰爭と宗教/75
戰爭の理念/75
武人の宗教信仰/79
破邪顯正/81

聖戰の意義/84
七章 宗教への思慕/88
理性と感情/88
人情の世界/91
青年と三S/94
眞實に生きる/96
絶對の價値/97
捨てる哲學/99
順逆不二/100
怨親平等/102
生死一如/104



1943 18
1944 19 5月、加藤武雄が「豊臣秀吉 下巻 (土村正寿 絵)」を「大日本雄弁会講談社」から刊行する。  
pid/1719787  閲覧可能  重要
九州平定/2
義久降る/7
大指武藏/13
龜井台州守/19
秀吉とキリシタン/21
大茶の湯/27
共に樂しむ/29
聚樂行幸/34
ありがたい御製/39
小田原攻め/42
氏康と氏政/44
無邪氣な一面/47
鬼作左/48
包圍の陣/54
伊達政宗/58
竹の杖/62
人の見分け/67
北條氏滅亡/70
秀吉とョ朝/74
東京のはじまり/77
蒲生氏ク/80
母への手紙/82
形見の髮/87
ふるさと/88
土地しらべ/96
大東亞建設/99
フィリピンと秀吉/101
原田孫七カ/104
高山國と太泥國/108
四人の少年使節/108
インドと秀吉/119
八幡船/121
和寇とは/126
朝鮮と秀吉/127
海外出兵/130
C正と行長/136
秀吉出陣/141
一つの困難/146
鬼上官/150
ドン・オオギュスタン/156
碧蹄館の血戰/158
隆景と宗茂/164
晋州城の攻略/168
虎狩り/170
秀吉怒る/172
C正呼びかへされる/176
地震加藤/179
慶長の役/186
蔚山城/189
決死の籠城/194

不心得者/200
泗川城/202
悲報/204
美しい日本精神/205
秀吉の精神/207
父として/210
秀吉といふ人/214
豐國大明神/222


○、この年、荻須純道が「夢窓・大灯 (禅叢書 ; 第7)」を「弘文堂」から刊行する。  pid/1683874 重要 1000円
序説
一 時代の體驗と禪の傳來/3
二 五家七宗と二十四流/5
三 國民性と禪/8
四 臨濟禪の主流とその性格/9
本論
前篇 夢窓國師疎石
一 夢窓國師とその時代/14
(一) 國難に直面せる鎌倉武士と禪僧/14
(二) 禪宗の發展/22
二 夢窓國師の生涯/27
(一) 生立ちとその性行/27
(二) 修業時代の夢窓國師/30
(1) 知的絶望と更衣歸禪/30
(2) 行雲流水/32
(3) 佛國國師の提撕と大悟/38
(三) 活動時代のコ風/42
(1) 韜光晦跡/42
(2) 北條高時の母覺海夫人の歸依/44
(3) 後醍醐天皇と夢窓國師/46
(4) 足利尊氏、直義等の歸依/53
(四) 天龍資聖禪寺と安國寺・利生塔/59
(1) 天龍資聖禪寺開創の意義/59
(2) 天龍寺の造營/61

(3) 安國寺・利生塔建立の趣旨/65
(五) 晩年の道風とその遷化/68
三 思想と遺芳/74
(一) 宗要/74
(1) はじめの詞/74
(2) 理致と機關/75
(3) 小玉を呼ぶの手段/76
(4) 學解と行道/80
(5) ヘ外別傳・不立文字/84
(6) 心と性・見性/87
(二) 祖訓/90
(1) 名利を捨つ/90
(2) 道/92
(3) 
怨親平等の思想/96
(4) 禪と念佛/98
(三) 遺芳/102
(1) 西芳寺の庭園/102
(2) 天龍寺十境/105
四 夢窓門下と五山文化/112
(一) 夢窓門下の龍象/112
(二) 宋元文化の移植/117
後篇 大燈國師宗峰妙超
一 大燈國師の承けた法流/135
(一) 松源一流の禪法と應燈關の一流/135
(二) 大燈の師大應國師南浦紹明/140
二 大燈國師の生涯/143
(一) 生立ちと佛道入門/143
(二) 大悟と大應國師の記〔ベツ〕/148
(三) 聖胎長養/153
(四) 正中の宗論/158
(五) 皇室の御歸依と大コ寺の創建/163
(六) 花園・後醍醐兩天皇と大燈國師/167
(七) 遺訓と遷化/178
三 思想(家風)/188
(一) 禪宗思想史上の大燈國師/188
(二) 大燈國師の思想的性格/195
(三) 扶桑第一の毒華/199
四 關山慧玄/208
(一) 大燈國師門下と關山慧玄/208
(二) 關山の行履/210


1945 20
1946 21
1947 22
1948 23 ○、この年、堀田真快が「高野山霊宝大観」を「金剛峯寺」から刊行する。  pid/2476178
一 總本山金剛峯寺
二 不動堂 金剛峯寺藏
三 多寶塔 金剛三昧院藏
島津氏征韓陣敵味方供養碑 奧院島津家墓地
五 町石卒都婆 金剛峯寺藏
六 弘法大師御影 親王院藏
七 不動明王像 明王院藏
八 阿彌陀如來聖衆來迎圖 有志八幡講藏
九 阿彌陀如來聖衆來迎圖部分 有志八幡講藏
一〇 善女龍王像 金剛峯寺藏
一一 船中涌現觀音像 龍光院藏
一二 十力吼菩薩像 有志八幡講藏
一三 金剛吼菩薩像 有志八幡講藏
一四 無量力吼菩薩像 有志八幡講藏
一五 太元明王像 西南院藏
一六 佛涅槃圖 金剛峯寺藏
一七 勤操大コ像 普門院藏

一八 阿彌陀如來三尊像 蓮華三昧院藏
一九 狩場明神像 金剛峯寺藏
丹生明神像 金剛峯寺藏
二〇 大日如來像 金剛峯寺藏
二一 藥師如來十二神將像 櫻池院藏
二二 七髻文珠像 寳壽院藏
二三 地藏菩薩像 寳壽院藏
二四 不動明王立像 南院藏
二五 不動明王坐像 親王院藏
二六 龍猛菩薩立像 泰雲院藏
二七 大日如來坐像 金剛峯寺藏
二八 孔雀明王像 金剛峯寺藏
二九 八大童子像の内 金剛峯寺藏
三〇 八大童子像の内 金剛峯寺藏
三一 五智如來坐像 金剛三昧院藏
三二 阿〔シュク〕如來立像 親王院藏
三三 釋迦如來及諸尊像 金剛峯寺藏
磬 蓮花院藏
三四 寳篋印塔 金剛峯寺藏
三尊佛 金剛峯寺藏
倶利迦羅龍御劔 龍光院藏
三五 成身會八葉厨子 金剛峯寺藏
螺鈿蒔繪小唐櫃 金剛峯寺藏
三六 五鈷 金剛峯寺藏
五鈷鈴 金剛峯寺藏
三七 聾瞽指歸 金剛峯寺藏
三八 即身成佛品 金剛峯寺藏
三九 金光明最勝王經 龍光院藏
四〇 後醍醐天皇宸筆御立願文 金剛峯寺藏
四一 長慶天皇宸筆御立願文 金剛峯寺藏
四二 源ョ朝自筆書状 金剛峯寺藏
源義經自筆書状 金剛峯寺藏
四三 北畠親房蓮花乘院勸學料寄進状 金剛峯寺藏
僧圓位(西行法師)自筆書状 金剛峯寺藏
四四 文館詞林 正智院藏
四五 弘法大師行状繪卷 地藏院藏
四六 山水人物圖 遍照光院藏
四七 鷄圖 寳龜院藏

1949 24 3月、「仏教文化 5(3)」が「国立国会図書館」から刊行される。
「寒山詩」を読んで/ 1〜5 鈴木 大拙
如何なる宗教を信ずべきか/ 6〜8 梅原 真隆
怨親平等の思想/ 9〜11 橋川 正
人生と宗教/ 12〜19 花山 信勝
日本の現実と宗教心--平和への志行と国民感情/ 20〜26 福田 正治

1950 25 5月、「仏教文化 6(5) 」が「国立国会図書館」から刊行される。
宗教と迷信/ 巻頭1p
「おかげさま」「勿体ない」/ 1〜3 鈴木 大拙
文化の根底と宗教理想の発揚/ 4〜8 姉崎 正治
霊仙岳と磨針峠/ 12〜18 福田 正治
1951 26
1952 27 9月、「六大新報 (2358) 」が「六大新報社」から刊行される。  pid/7942757
社説 新興宗ヘと我が宗 //p1~1
認證を待つ間 //p1~1
寸言 //p1~1
怨親平等 / 不可得道人/p2~2
螢光 斷末魔の蜘蛛 / 歸庵/p2~2
早秋 / 室谷祐善/p2~2
亞米利加風土記 スタソフオード大學参觀/中川善ヘ/p3〜3
オレゴンの大法要 / 木村智玄/p3〜3
比島戰犯ヘ誨日記(一) / 加賀尾秀忍/p4〜4
三密運動特別親ヘ 高野宗、要項を発表
  → 明後年まて三年計晝 //p5〜5
高松宮生駒參拜 //p5~5
眞言律宗新機構 九月宗議總選擧 //p5〜5
眞言律宗各社會事業 //p5~5
和田大僧正加州へ //p5~5
高野宗舞の方途諮問 //p5~5
宗務廳の門標新しく //p6~6
布哇別院の盂蘭盆供 //p6~6
成田高校野球部奮戰 //p6~6
御室派コ島支所安居 //p6~6
中讚夏期講習會 //p6~6
泉山悲田院林間學校 //p6~6
大阪築港高野山復興 //p6~6
大覺寺の加行灌頂 //p7~7
御室派規則認證 //p7~7
山階派規則認證 //p7~7
新義眞言宗認證 //p7~7
仁和寺境内正式譲輿 //p7~7
岡本門跡北陸親ヘ //p7~7
高野山時報記念式 //p7~7
大覺寺派福岡ヘ區結成 //p7~7
種智大夏期傳道 //p7~7
岡山福田海の福田行 //p7~7
高知の夏期講習會 //p7~7
讃岐海岸寺の學童施設 //p7~7
高知高野寺夏祭り //p7~7
阿波井戸寺の昇格と梵鐘供 //p7〜7
編集餘滴 //p7~7
公人私人 //p7~7
1953 28 ○、この年、和田性海が「米布を巡りて」を「高野山出版社」から刊行する。  pid/2976515
前篇 不可得道人
目次
自序
遺光遍照
大師信者の生活指針
曠世の御誓願/p1
御入定の御影/p15
大師信者の道徳/p20
追善廻向の功徳/p35
世界平和のために/p47
母の日に逢うて/p51
世界平和と佛ヘ徒/p56
祖先の霊位を祭れ/p61
不動明王の話/p66
怨親平等/p71
人生を解脱すべし/p75
隨緑隨語/p84
七十題
山高水長/p194
マウントフードを一周す/p194
マウントレニヤに登る/p201
ヨセミテ大公園を観る/p209
ロッキー山の山男/p217
デンバー邦人の墓參/p222
ワシントンの墓/p225
放吟低唱/p228
ハワイ雑詠/p228
布哇を去る歌/p246
北米雑詠/p252
白雲万里/p262
檣外牛角/p270
はしがき/p270
和田老師の渡米を送る 岡田貞一/p271
不可得道人の渡米を送る 中野三允/p272
歓迎の辞 鳥取密明/p276
和田管長と中川特使を迎へて 鳥取密明/p278
和田大僧正のことゞも 笹井明秀/p286
御随行中川僧正 同人/p287
歓迎の辞 秋山政弌/p288
津島大使の挨拶/p290
矢田挿雲氏の端書/p292
和田前管長の米布巡ヘに檄す 所祥賢/p293
巡教日程/p296


1954 29
1955 30
1956 31
1957 32
1958 33
1959 34 11月、「高野山時報 (1555)」が「高野山出版社」から刊行される。  pid/7894072
随時聞考 / 呑劒薩〔ッタ〕/p2~3
六種供養の意味 / 大山仁快/p4〜4
落穂記 / 寺田彌吉/p5~5
嵐の中の法筵 / 今井幹夫/p6~7
人種の平等 / 日野西真定/p8~8
敵味方の供養碑 / 井村義丸/p9〜9
1960 35 9月、「六大新報 (2633)」が「六大新報社」から刊行される。   pid/7943029
開眼作法手控 / 高見ェ恭/p2~2
怨親平等の大慈悲 / 井村義丸/p3〜3
北海道親ヘ記 / 井快光/p5~5
團參記 / 搏c玄法/p6~7
檀信徒に語る/p8~8
各山會で御修法懇談授賞式は來月廿六日/p9〜9
智豐合同講習會盛會遍照講卅年記念大会/p10〜10
仁和寺傳法灌頂/P11~11
高野宗十五年記念表賞 靈場巡拜の講習會/p12〜12
高野山授戒灌頂 高野山防災計畫/p13〜13
豐山布ヘ師大會高野山の諸法要/p14〜14
編集餘録/p15~15
1961 36
1962 37
1963 38
1964 39 2月、「人物往来歴史読本 9(2)」が「人物往来社」から刊行される。 pid/2366650
〈歴史のふるさと〉(2)謎の土豪楠木一族 渡会恵介/〜91
〈史蹟を訪ねて〉(78)「忠臣蔵」タブーの国・吉良 本誌特派員/129
〈生きている歴史〉(38)下町に流すあめ売りの唄 本誌取材班/184
歴史ニュース //222
海外史蹟散歩-メキシコ 密林の貴公子ラカンドン族 利根山光人/161〜
秘境のレポート 世界ミイラ製造誌(一) 篠田八郎/169
時代劇映画にモノ申す「十三人の刺客」〈東映〉 武蔵野次郎/116
宿場と街道-昆陽から芥川の宿場まで 早駕篭・早馬・早飛脚 杜山悠/154
史実と虚構の間 赤城のからす国定忠治 尾崎秀樹/146
歴読ゼミナール 江戸時代の筆禍 浜田義一郎/140
新/歴史人物風土記(4)熊本県(2)開拓者加藤清正の気骨 小山勝清/110
特別読物 朝鮮役の日本人降伏部隊 野口赫宙/176
旗と武将 高橋賢一/138
読者の頁 犬に惚れ込んだ西郷どん 隈元常矩/194
古書への手引き「頃日全書」 //174
老舗めぐり(8)百貨店の歴史 //192
人物クローズ・アップ 30年の旗研究家 //152
歴史ダイジェスト「道路・橋梁考」(台東叢書) //220
歴史図書館 //204
出版案内 //80,120,203
お知らせ //230
史蹟を訪ねて 吉良ノ庄 /
生きている歴史 細工あめ師 /
誌上美術館 日本の古遊戯 /
日本美の配役 転害門の花肘木〈東大寺〉 //81
徳川家康覚え書 //77
家康の素描 白井喬二/17
家康漫談 吉田精一/19
狸親爺というが 尾上松緑/20
家康と事業経営 市村C/21
家康の愛刀 佐藤寒山/22
俘囚の衣を脱いで――人生観 大森光章/24
巨大なる銅の柱――政治力 榛葉英治/54
新らしき大地に立つ――江戸開府 加賀淳子/34
戦いのとき――処世観 柳田知怒夫/44
宿敵勝頼の霊を弔う――性格 中村孝也/98
忍者飼育の名手――隠密政策 北島正元/70 
若い妾は長寿の秘法――女性関係 桑田忠親/104
三河武士の土性骨――家臣団 奥野高広/63
神速の機動作戦――戦法 久住忠男/92
大名廃絶録(第二回)駿河大納言忠長 南条範夫/206
○、この年、神川彦松監修中金正明編日韓外交資料集成 第6巻 日韓併合編」が「巌南堂書店」から刊行される。 pid/3030973
韓國施政改善ニ關スル協議會第十七囘 p501
伊藤統監謁見始末 p522
韓國施政改善ニ關スル協議會第十八囘 p524
伊藤統監謁見始末 p543
韓國施政改善ニ關スル協議會第十九囘 p547
伊藤統監謁見始末 p562
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十囘 p565
密使海牙派遣ニ關シ韓國皇帝ヘ嚴重警告并ビ
  →對韓政策ニ關スル廟議決定方禀請ノ件 p581
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十一囘 p582
韓國皇帝ニ密使派遣ニ關聯シ廟議決定ノ對韓處理方針通報ノ件 p598
韓國皇帝ノ背信行爲ニ對スル措置ニ關スル件 p601
韓國皇帝ノ背信行爲ニ對スル措置ニ付キ意見上申ノ件 p602
伊藤統監内謁見始末 p603
韓國皇帝讓位詔勅譯文ノ件 p607
韓國皇帝讓位ノ經緯及ビ右詔勅發布ニ關スル件 p608
韓國皇帝讓位ノ詔勅ニ關シ通報ノ件 p609
韓國皇帝ヨリ伊藤統監へ讓位?ビ地安維持ニ關シ勅旨傳達ノ件 p610
韓國皇帝讓位式擧行并ビ新皇帝謁見ノ件 p611
韓國新皇帝即位ニ付キ聖上ノ御親電奏請方禀請ノ件 p611
韓國皇帝讓位式擧行ノ件 p612
統監及ビ各國總領事韓國新舊兩皇帝ニ拜謁ノ件 p613
韓國皇帝讓位顛末通報ノ件 p613
伊藤統監正式謁見始末 p615
韓國秩序維持ノ爲メ混成一旅團派遣方禀請ノ件 p617
韓國先帝ノ陰謀拝除ノ爲メ韓國閣臣ノ執リタル措置ニ關スル件 p618
韓國先皇帝ニ太皇帝ノ稱號ヲ上ル詔書譯文ノ件 p619
新韓國皇帝人心鎭撫ノ詔勅發布ノ件 p620
韓國新皇帝ヨリ御答電ノ趣通報ノ件 p621
韓國皇帝讓位ニ關スル李完用上奏譯文及ビ
  →之ニ對スル勅旨譯文ノ件 p621

京城ヘ我ガ軍隊派遣方ニ關スル件 p622
日韓協約ニ關スル文書送付ノ件 p623
韓國先現兩皇帝隔離ノ件 p623
日本ノ對韓要求ニ關シ統監ノ意見報?ノ件 p624
日本ノ對韓要求條件韓國總理大臣ニ提出ノ件 p625
日本ノ對韓新要求ノ件 p626
日韓協約規定實行ニ關スル覺書案ノ件 p627
日韓協約規定實行ニ關スル覺書附屬理由書案ノ件 p630
韓國秩序維持ノ爲メ軍隊派遣方禀申ノ件 p632
軍隊派遣早急實行方禀請ノ件 p633
京城ヘ我ガ軍隊派遣決定ノ件 p633
日韓協約 p634
韓國政府ノ日韓協約公布ノ件 p638
韓國皇帝讓位後ノ紛紜締略落著及ビ日韓協約調印ノ件 p638

日韓協約成立ニ付キ伊藤統監ニ謝意表明ノ件 p640
韓國軍隊解散ニ關シ總理大臣ヘ報告ノ件 p641
韓國軍隊解散ニ關スル韓國皇帝詔勅并ビ
  →暴動ノ際鎭壓方依ョアリタル旨總理大臣ヘ報告ノ件 p642
韓國皇帝詔勅ノ件 p643
韓國軍隊解散實行并ビ一部軍隊ノ騒擾ニ關シ報告ノ件 p643
伊藤統監謁見始末 p644
韓國年號隆煕ト改元ノ件 p646
伊藤統監御暇乞謁見概要 p646
日韓協約ヲ列國ニ通関ニ關シ意見具申ノ件 p647
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十二囘 p648
警察事務執行ニ關スル取極書 p662
在韓國日本臣民ニ對スル警察事務取扱イニ關スル取極ノ件 p663
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十三囘 p664
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十四囘 p681
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十五囘 p687
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十六囘 p697
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十七囘 p709
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十八囘 p718
韓國施政改善ニ關スル協議會第二十九囘 p729
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十囘 p732
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十一囘 p740
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十二囘 p755
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十三囘 p765
一時貸付金ニ關スル契約 p775
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十四囘 p778
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十五囘 p788
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十六囘 p796
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十七囘 p802
伊藤統監謁見始末書 p810
伊藤統監太皇帝陛下ニ謁見始末 p811
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十八囘 p814
韓國施政改善ニ關スル協議會第三十九囘 p830
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十囘 p841
各道觀察使會議要領筆記 p857
既設ノ徴税機關ヲ地方行政廳ニ合併ノ建議 p881
伊藤統監演説要領筆記 p883
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十一囘 p887
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十二囘 p910
各道觀察使ニ對スル伊藤統監訓示演説要領筆記 p920
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十三囘 p931
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十四囘 p948
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十五囘 p969
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十六囘 p979
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十七囘 p987
韓國施政改善ニ關スル協議會第四十八囘 p994
1965 40 ○、この年、神子侃, 吉田豊編「武田流軍学 : 甲陽軍鑑抄」が「徳間書店」から刊行される。 pid/9581238
口絵写真/巻頭
はしがき/1
解題/7
信玄の用兵法
軍法とは何か/30
大将の功名とは/32
合戦の心がけ/33
氏康、謙信、信長、信玄の戦術比較/34
敵に五種類あり、よく見分けて戦え/37
敵に応じた作戦のたて方/40
大軍をもって小軍に敗れる場合/44
功績評価は先入観念にとらわれるな/47
部下を組織する五つの原則/48
人を使うな、能力を使え/52
人の使い方、功績評価の基準/55
人を見そこないがちな場合/58
あるときは寛容に、あるときは峻烈に/59
反抗するものの処置/61
信玄の部下観察法/62
「深浅表裏十ヵ条」/64
石水寺物語/67
信玄さばき/74
武田家興亡史<戦国の軍略>
信玄、父信虎を追放/88
青年信玄の乱行/95
信州連合軍を国境に撃破/99
勝ってかぶとの……(平沢合戦)/104
信州への侵攻作戦に成功/109
山本勘介の登場/111
諏訪氏を滅ぼし、息女を側室に/113
危機を救った勘介の武略、戸石崩れ/116
人材の目きき/120
上信国境に上杉憲政勢と戦う/122
偽って村上勢五百人をみな殺し/125
上田原の決戦、宿敵義清を破る/127
村上義清、越後の謙信をたよる/131
上杉憲政、越後に逃れ管領職を失う/133
信玄の出家/135
寝返りの武将を処刑/139
謙信との和議決裂/141
上杉謙信、小田原の北条氏康を攻略/143
信玄の予言的中し、謙信、関東平定に失敗/145
川中島の対決、信繁、勘介の戦死/148
氏康・信玄連合軍の松山城攻め/154
嫡子義信を自殺に追込む/158
織田信長、武田家との縁組みをねがう/164
甲相連合軍の前橋攻め―謙信のためらい/166
信玄を信用させた信長の贈物/167
今川氏真に三河割譲を要求/171
今川氏真、駿府を捨てる/173
信玄、家康、大井川を境に勢力囲を定める/175
武田、北条決裂、薩?山の合戦/178
信玄、小田原を攻撃/180
信玄、家康の対決せまる/185
氏康の病死、信玄と氏政の和睦成る/187
将軍義昭、信玄に信長追討を要請/193
信玄、国内に非常事態訴える/196
信玄西へ向かい、家康・信長連合軍に痛撃/197
信玄、病気のため一旦帰国/204
信玄、最後の出陣/205
英雄、中道にたおれる/208
勝頼、家康および信長と交戦、緒戦の勝利/216
勝頼と祖父信虎の対面/222
長篠の大敗/224
信長、勝頼に和睦の申入れ/233
謙信の死と相続争い、勝頼の介入/234
横行する讒言と賄賂/239
氏政と家康、沼津に勝頼のはさみ討を企てる/241
勝頼、韮崎に築城(武田家滅亡の一因)/245
木曾義昌の反逆、壊滅への道/246
従う者四十四人、武田家の最期/252
信長の甲州入り、武田旧臣をみな殺し/257
家康、甲州に入り、武田滅亡の跡を弔う/259
参考地図/261
1966 41 ○、この年、深浦正文が「新稿仏教文化物語 下巻」を「永田文昌堂」から刊行する。 pid/2988462
口絵写真四葉
第十一章 平安仏教の面目/p17
第一節 新京奠都/p18
第二節 寂澄と大日本国の開顕/p24
第三節 空海と社会教化の実際/p45
第四節 応和の宗論/p60
第五節 源信と仏教文化/p81
第六節 囚人救護の濫觴/p108
第七節 写経の趣味/p112
第八節 仏教の日常生活化(一)/p118
第十二章 仏教と文学との交渉(其一)/p125
第一節 万葉集に見る仏教思想/p126
第二節 仮名文字と五十音図・いろは歌/p138
第三節 女流文学者と宗教情操/p148
第四節 竹取物語の構想/p170
第十三章 鎌倉時代と浄土教の興起/p183
第一節 人生無常の時代相/p184
第二節 救済経典における如来意志/p193
第三節 他力本願/p202
第四節 寓宗念仏より独立念仏へ/p207
第五節 親鸞教義の特徴/p213
第十四章 仏教と文学との交渉(其二)/p225
第一節 鎌倉時代以後の概観/p226
第二節 平家物語に見る仏教思想/p227
第三節 方丈記に見る仏教思想/p238

第十五章 高僧と国家意識/p247
第一節 高弁の識見/p248
第二節 弾旨の興起/p259
第三節 栄西と道元/p263
第四節 法華経の行者/p270
第五節 師錬の国体観念/p273
第十六章 信は力なり/p281
第一節 般若の本旨/p282
第二節 行脚に輝く仁情/p294
第三節 元寇の国難と時宗の参弾工夫/p310
第四節 慧安の念力/p323
第五節 仏教の日常生活化(二)/p327
第十七章 正成・親房の誠忠/p339
第一節 菊水の聖旒/p340
第二節 七生報国の信念とその由来/p346
第三節 不滅楠公精神/p361
第四節 輝く信仰の光/p372
第五節 
怨親平等の仁情/p380
第六節 聖史神皇正統記/p384
第十八章 仏教と文学との交渉(其三)/p393

第一節 わが国独自の芸能/p394
第二節 能楽の完成/p396
第三節 謡曲に見る仏教思想/p403
第四節 浄瑠璃の発生/p413
第五節 劇としての歌舞伎(一)
  →―その成立/p420
第六節 劇としての歌舞伎(二)
  →―女形の出現/p431
第七節 劇としての歌舞伎(三)
  →―宗教心に基づく芸道精神/p445
第八節 扮装と祈願/p453
第九節 草木成仏の作品/p478
第十九章 仏心顕現の諸相/p505
第一節 近世世相の概観/p506
第二節 活ける蔵経、死せる蔵経/p508
第三節 井伊直弼の信仰/p516
第四節 幕末の勤王僧/p520
第五節 心地観経と報恩思想/p525
第六節 仏日増暉/p529
第二十章 結論/p533
第一節 国史の正当理解/p534
第二節 再び仏教文化について/p537
第三節 日本仏教徒の覚悟/p540
註解 / 巻末
○、この年、竹内大真が「無我の尊厳」を「和光文庫」から刊行する。  pid/2940421
戦争なき平和世界/p1
持ちつ持たれつ/p1
生命体機能の本態/p4
否定と肯定/p10
世界一体化の現成/p14
和合本能/p21
和光主義宣言/p30
聖徳太子の理想/p37
民族の英雄/p37
偉大なるデモクラット/p40
万善同帰/p44
和の能動性/p47
シールズの教訓/p52
日本人たる反省/p55
未曽有の重大任務/p61
季節の感覚/p66

怨親平等の系譜
/p75
もののあわれ/p75
捕虜から貰った感謝状/p79
寄手塚・味方塚/p82
怨みなき心/p85
日本人の性格/p91
啓蒙主義の余弊/p95
祈念世界和合塔/p102
自ら悔る者/p112
現代知識人/p112
斬り棄て御免時代/p116
明治革命の主謀者/p124
西郷の居睡り/p128
歴史の喚び醒す情熱/p133
ニュートンの神話/p135
三種の神器/p143
素焼の土甌/p148
歴史は繰り返す/p152
帝王の慟哭/p157
薮我の尊厳/p167
心の故郷/p167
建国初代の天皇/p172
黎元愛育/p176
天皇に自由ありや/p182
ミュージカル&カラフル/p190
住於無所得/p194
不敬罪と天皇/p200
頼もしき出家侍/p213
旅路の果/p241
老いるてうこと/p241
敬老主義の性格/p246
最高至上の道徳/p251
新憲法と敬老主義/p253
無産勤労大衆のゆくえ/p259


○、この年、山辺健太郎が日本の韓国併合 (太平選書)」を「太平出版社」から刊行する。  pid/2990741  500円
山辺健太郎日本の韓国併合≠読んで 羽仁五郎/p2
I 征韓論と日本のナショナリズム 序論にかえて/p7
II 江華島事件と朝鮮の開国/p19
1 明治初年の日朝外交/p21
2 一八七五(明治八)年の日朝外交交渉/p25
III 壬午軍乱について/p41
1 事件の概略/p43
2 開国とその反対運動/p44
3 金宏集らの使命/p48
4 軍乱とその発展/p66
5 軍乱と日本公使館/p72
6 軍乱と日本政府/p76
7 清国の武力干渉/p85
9 軍乱とアメリカ 付ロシア/p92
IV 甲申事変について(一) とくに『自由党史』のあやまりに関連して/p97
はじめに/p99
1 甲申事変の経過/p100
2 甲申事変の原因と動機―その1『自由党史』の説とその批判/p109
V 甲申事変について(二) 朝鮮改革運動と金玉均/p127
3 甲申事変の原因と動機―その2 私の意見/p129
4 甲申事変と竹添公使/p143
5 甲申事変と金玉均/p149
6 甲申事変の意義/p164
7 甲申事変にかんする諸文書の内容について/p175
8 彭沢周氏の批判/p181
VI 東学乱と日本人/p187
VII 閔妃事件について/p205
1 閔妃事件とはなにか/p207
2 事件の真相/p213
3 事件と日本軍隊/p221
4 事件と外交問題/p226
VIII 朝鮮問題と日露関係/p237
IX 日本の韓国併合と一進会/p249
X 日本帝国主義の朝鮮侵略と朝鮮人民の反抗闘争/p271
1 侵略の第一歩としての日韓議定書/p273
2 日韓協約(乙巳保護条約)の予備会商と林権助公使の陰謀/p290
3 日韓協約(乙巳保護条約)おしつけの京城宮内における本会議/p293
4 日韓協約(乙巳保護条約)にたいする各種の反抗運動/p298

5 韓国宮廷の陰謀的反日運動とこれにたいする日本帝国主義の対策/p312
6 朝鮮民衆の反抗と売国奴内閣の辞職/p313
7 ハーグ密使事件と李太王の退位/p317
8 日本帝国主義と米英帝国主義/p319
9 日本の朝鮮侵略にたいする社会主義者の態度/p322
10 伊藤の韓国併合陰謀と朝鮮人民の反抗運動/p323
11 新協約の締結/p325
12 韓国軍隊の解散/p330
13 軍隊の解散式/p335
14 武装抗日戦のはじまり/p338
15 地方における武装叛乱/p343
16 地方における旧韓国軍隊の叛乱/p345
17 李完用内閣の対立・伊藤博文の統監辞任/p348
18 憲兵制度/p349
19 警察制度/p351
20 日本の韓国併合/p353
21 併合以後の朝鮮人民の武装叛乱/p356
あとがき/p361
1967 42
1968 43
1969 44
1970 45
1971 46
1972 47
1973 48 ○、この年、芦田確次等「丹波戦国史 : 黒井城を中心として」が「歴史図書社」から刊行される。  pid/9573008
巻頭写真
南方より望む黒井城址
黒井城主の居館址
赤井氏の墓
荻野悪右衛門直正の書状
黒井城址の全景
野村城址
黒井城下の古絵図
赤井越前守時家の書状
丹波路(序にかえて)/1
第一章 南北朝以降の丹波/3
一、足利幕府/3
二、南北朝/16
三、尊氏と直義/27
四、京都争奪戦/34
五、大内氏と山名氏の帰服/48
六、管領・細川頼之/52
七、明徳の二つの乱/55
八、南北朝の合体と応永の乱/60
九、丹波の国人/64
十、嘉吉の乱/67
十一、応仁・文明の大乱/72
十二、十六年間の流浪/93
第二章 葦田・赤井・荻野氏の系譜/111
葦田・赤井・荻野氏系図/112
蘆田氏、丹波へ移る/114
東芦田城と栗住野城/116
為家、赤井家を興す/119
黒井城を手中に入れる/122
荻野氏、天田郡へ勢力伸ばす/125
荻野氏と朝日城/130
黒井落城後の赤井氏/132
第三章 戦国動乱期の丹波/135
一、乱世の序曲/135

二、激動する丹波/181
三、丹波の覇者/229
四、乾坤一擲の勝負/259
五、明暗/284
六、丹波戦国期の終焉/309
第四章 黒井城の沿革/343
赤松貞範、黒井城を築く/343
赤松家のことども/346
赤井氏、黒井城に拠る/350
落城後の黒井/353
第五章 黒井城とその遺構/357
一、戦国の城/358
二、黒井城の特色/364
三、黒井城の全景/378
四、黒井城の防禦線と規模/383
五、黒井城の遺構/410
六、黒井城の用水ほか/449
七、黒井城拾遺/466
第六章 氷上郡の古城址/485
山垣城/485
遠阪城/488
東芦田城/489
栗住野城/491
沼城/493
霧山城/493
高山寺城/497
後野城/500
高見城/502
穂壺城/505
岩尾城/506
石龕寺城/509
玉巻城/511
鍋倉城/514
金山城/514

三尾城/517
大路城/520
鹿集城/522
余田城/526
岩倉城/528
友政城/530
第七章 由緒と伝承を訪ねて/531
怪夢に悩んだ光秀/531
本郷川原を流れる笛の音/533
その名床しさとしの山/534
明智方を悩ます土屋の矢/536
勝ち戦さ祈って爪跡/538
落人にかける村人の情/539
縁起祝い名刀の引出物/541
豪肚よく名刹を守る/542
戦国の世の哀しい犠牲者/543
本丸に懸る不吉な雲影/544
奇蹟!白蛇、敵を追う/546
落ち行く法衣の愛妾/548
供養に聖千人の宿/550
無残に散った姫二人/552
潔よい五人の霊弔う/553
隠棲の家老を訪う城主/554
白蛇が示す永住の地/556
小城で立向う丹波武士/558
霊顕あり乳授けの樹/559
第八章 丹波の民衆と戦国/563
一、鎌倉時代の農村/564
二、室町時代の農村/571
三、経済の発達/585
四、戦国の村と町/606
参考文献/662
丹波戦国史略年表/663
あとがき/680
執筆者紹介/683


1974 49 3月、「歴史読本 19(3)[(220)]」が「Kadokawa 」から刊行される。   pid/7975190
特集--首取り戦国史 有明海の首舟 / 劉寒吉 ;田村元/P60~71
特集--首取り戦国史 賤ヶ嶽首級目録 / 井口朝生 ;野口ミ明/p80~92
特集--首取り戦国史 関ヶ原の無足人/徳永真一郎;東啓三郎/p114~123
特集--首取り戦国史 首とり考証記 / 八切止夫 ;中州ざざ/p144~157
特集--首取り戦国史 首取りの思想と日本人 / 山田宗睦/p40〜49
特集--首取り戦国史 戦国七人の首取り武将 / 桑田忠親/p50〜59
特集--首取り戦国史 戦国武将の辞世十首 / 米原正義/p72〜79
特集--首取り戦国史 合戦と農民たち / 小和田哲男/p124〜131
特集--首取り戦国史 首実検中首取らる / 土橋治重/p134〜141
特集--首取り戦国史 首塚を発掘する / 遠藤秀男/p208〜217
特集--首取り戦国史 美濃山中に眠る光秀の首/山口良一郎/p98〜103
特集--首取り戦国史 特別企画--首取り総辞典/稲垣史生/p104〜112
ずいひつ 味方は本能寺にあり / 半村良/p31〜32
ずいひつ ホモ・ロクエンスの歴史 / 丸山圭三郎/p32〜34
ずいひつ 祖父・王仁三郎の光秀観 / 出口京太郎/p34〜36
ずいひつ シラミの年代 / 国分一太郎/p36〜38
ずいひつ 社伝と風土記 / 曾根研三/p38〜39
グラビア カラー日本の名城(49)臼杵城 / 斎藤政秋/p13〜13
グラビア 特集グラビア--美濃山中の光秀の墓/p15〜21
グラビア 歴史博物館めぐり--上杉神社稽照殿/p22〜24
グラビア カメラ・トピック--山鹿灯籠/p25〜28
グラビア 兜名作選--鬼瓦頭立兜 / 芳賀実成/p30〜30
グラビア 鑑賞・鐔いろいろ--銘明珍紀宗利/柴田光男/p159〜159

グラビア 絵はがき近代史--今上天皇と皇族/喜多川周之/p160〜163
グラビア 史蹟を訪ねて--淡路 洲本/p164〜174
紀州田辺の鶏合 / 太田有俊/p202〜205
首塚怪奇物語 / 野村純一/p224~233
勇気ある人高山右近 / 籔景三/p236〜247
姓氏百話--〈細川幽斎父子〉 / 渡辺三男/p132〜133
時代考証辞典--〈厚化粧から薄化粧へ〉 / 稲垣史生/p198〜201
カラー古地図解説/p94~94
ジュニア・コーナー / 円谷真護/p96〜97
古書への手引き/p142~143
まんが・かわら版/永美ハルオ/p93〜93,113〜113,235〜235,287〜287
日露戦争秘話--ゲリラ満州義軍 / 横倉辰次/p248〜255
歴読ジャーナル--〔遺跡・学界・時代劇・小説・同人誌〕/p188〜197
歴史ニュース --桂川もくっきり!太閤検地図見つかる--
  →親子二代で綴った幕末の新史料を確認--山梨にまで徹底、
  →生類憐みの令に資料--北限の城と判明!石崎遺跡の調査結果--
  →銀山史に貴重な資料、海女の助次郎の碑--
  →氏が野蛇溝町に雑付張など多数出る!/p288〜296
貴人配流の島隠岐 / 渡辺渡/p218〜223
淡路島ゆるがす洲本稲田騒動 / 加藤/p175〜187
れきどく図書室/P256~257
出版だより / 槍/p270~270
歴史研究だより/p271~271
次号予告/P272~273
読者のページ/p297~301

編集デスク / 高橋千劔破/p302~302
連載歴史小説 会津士魂 / 早乙女貢/p258〜268
連載歴史小説 続武田信玄 武田勝頼 / 新田次郎/p274〜286

1975 50
1976 51
1977 52 ○、この年、足立一厳が「 怨親平等」を「足立浄厳」から刊行する。 155p
   神奈川県立図書館 請求記号:K26.62-2-a  図書登録番号:50659903
    横浜市立図書館  請求記号:210.62  図書登録番号:0002758725
1978 53
1979 54 8月、渡辺盛衛 [ほか]が「島津中興記」を「青潮社」から刊行する。  pid/9773058
第一編 島津日新公小傅
第二編 日新公伊呂波歌衍義
島津日新公年譜/215
島津貴久公
目次
島津氏略系圖/249
貴久公年譜/375
詞セ/251
前編
後編
挿繪
島津義弘公記
目次
第一篇 世系並に生立時代
第二篇甲 三州の征服時代
第二篇乙 三州の征服時代
第三篇甲 六州の經略時代
第三篇乙 六州の經略時代
第三篇丙 六州の經略時代
第四篇甲 朝鮮の初役時代
第四篇乙 朝鮮の初役時代
第五篇甲 朝鮮の再役時代
第五篇乙 朝鮮の再役時代

第六篇 伏見の凱旋時代
第七篇甲 關ヶ原の合戰時代
第七篇乙 關ヶ原の合戰時代
第七篇丙 關ヶ原の合戰時代
第七篇丁 關ヶ原の合戰時代
第八篇甲 國家の昇平時代
第八篇乙 國家の昇平時代
第九篇 逸話並に雜事

1980 55
1981 56
1982 57 4月、航空碑奉賛会編「陸軍航空の鎮魂 続」が「航空碑奉賛会」から刊行される。 pid/12398649
口絵 靖国社頭の桜
撮影 中村久
御挨拶
航空碑奉賛会会長 村田謹吾
続陸軍航空の鎮魂の刊行を祝う
航空同人会会長 高橋正次
まえがき
第一部 われらの舞台
生田惇
第一章 航空部隊機関等のはじまり/ 23
一 陸軍航空誕生のころ 航空部隊のルーツ/ 23
二 航空兵科と飛行聯隊の誕生/ 25
三 事変によって目覚めた航空の躍進/ 28
四 対ソ航空戦備への始動/ 30
第二章 戦時下の陸軍航空/ 31
一 航空充備計画の推移と出現した航空部隊等/31
二 航空統轄機関/ 34
三 航空諸学校/ 35
四 航空教育部隊/ 38
五 航空部隊司令部/ 39
六 消えた飛行戦隊/ 40
七 航空地区部隊/ 41
八 整備・修理・補給部隊/ 42
九 航空通信関係部隊/ 42
十 飛行場設定隊等/ 44
第三章 陸軍航空を構成した人達/ 45
一 徴兵と兵役/ 45
二 現役将校/ 46
三 予備役将校/ 47
四 航空関係各部将校/ 49
五 現役下士官/ 50
六 予備役下士官/ 52
七 同期の桜で終ることなく/ 52
第二部 われらの足跡
第一章 決戦教育の時代/ 57
手遅れの急速大量養成/ 57 丸田文雄
決戦下航空士官学校の教育/ 60 真室光春
航空に転科して/ 62 中田英實
軍官学校出身者の戦歴/ 64松井務

操縦候補生と特別操縦見習士官制度/69 苗村七郎
大日本学生航空隊の操縦訓練回顧/73 大久保章
特操区隊長として/ 75 赤堀春一
仙台陸軍飛行学校あらかると/ 76 山本(森)譲
白城子の特操/ 78 神保泰志
グライダーに一度も乗らなかった男/ 79 小室治郎
壬生の空(宇都宮陸軍飛行学校の思い出)/81 長塚隆二
仙飛会始末記/ 84 横山隆一
特操四期生のあゆみ/ 87 特操四期生会 
少年飛行兵教育の一端/ 89 加藤照重
国の宝少飛と特幹の教育に就て/ 91 保坂貞寿
生徒の泣く時/ 93 佐藤彰平
航空機乗員養成所/ 96 長嶋幸治
特幹教育の実情/ 97 宇田川健二郎
操縦特幹の系譜/ 99 宇田川健二郎

ある空の特幹一期生の記録/ 101 都築清
私の初年兵時代/ 105 後藤豊
「空の神兵」の名のもとに/ 107 挺進戦友会
みずほ学園の記/ 108 佐 利之
タイ空軍の一式戦/ 111 山本斉
第二章 飛行部隊の奮戦/ 113 一 戦闘隊/ 113
陸軍戦闘隊の回顧/ 113 檮原秀見
飛行第一戦隊の略歴と行動概要/ 116 飛一会事務局

軍神加藤少将の最後/ 118 安田義人
加藤隼戦闘隊の同期生達/ 121 檜与平
イラワジ河上空の弔合戦/ 124 穴吹智
ラバウルでの戦績をふり返えって/ 127 百冨貢
複戦の死闘-飛行第五戦隊戦記-/ 128 伊藤藤太郎
跳飛攻撃隊初出陣/ 132 山本斉
飛行第二十六戦隊の思い出/ 134 佐藤(進藤)練三
独立飛行第七十[中隊の奮戦/ 136 加野空性
飛燕戦闘隊始末記/ 137 近藤明邦
進藤飛行団長を思う/ 139 小林顕光
わが不時着記/ 140 長谷川正博
比島の激戦を偲んで/ 143 西進
第四航空軍操縦者の転進と苦渋/ 145 宇野禄
恩讐をこえて/ 147 福田瑞則
屠竜の夜戦記/ 148 佐々利夫
航空部隊と高射砲兵部隊との協同戦闘/ 151 松元泰清
飛行第二四四戦隊の一員として帝都防衛と沖縄特攻支援を偲う/153 古波津里英
二 爆・雷・襲撃隊/ 156
艦船攻撃について/ 156 田中倭文
支那大陸航空撃滅戦/ 159 藤原建樹
飛行第九〇戦隊の戦友達/ 161 塚越吉衛門
大陸航空決戦における双軽部隊の敢闘/ 164 村井信方
思いつくまま/ 167 勝又直治
愛機に抱かれてパレンバンに散る/ 169 山下季五郎
愛機南へ飛ぶ/ 172 菱沼俊雄
ミドナボール奇襲/ 176 河野憲二
飛行第三十四戦隊斯く戦えりI/ 180 渡康雄
飛行第三十四戦隊斯く戦えりII/ 184 寺村美都旗
飛行第六十一戦隊のボートダーウイン攻撃/ 187 宮沢敏男
飛行第六十戦隊と跳飛弾攻撃/ 190 小山一義
沖縄戦における飛行第六〇戦隊/ 193 角田功
陸軍荒鷲部隊の魚雷攻撃/ 195 宇木素道
詠陸軍飛行第九八戦隊雷撃隊小史/ 197 土井砦水
雷撃戦闘/ 197 蟹ス一
65F(一式戦)の沖縄航空戦/ 199 吉田穆 三 偵察隊/ 203
ビルマ戦線異状あり/ 203 鈴木正雄
南十字星の下に/ 206 赤坂進
軍偵中隊長の苦心談のあれこれ/ 209 大塚正七郎
飛44軍偵中隊活躍の一端/ 212 大堀護
1983 58
1984 59 7月、長久保片雲が「西丸帯刀と幕末水戸藩の伏流」を「新人物往来社」から刊行する。  pid/9643173
序文 茨城大学名誉教授
  →茨城キリスト教短大教授 瀬谷義彦
まえがき
佐竹氏徳川に追われる/17
源氏の旗揚げ/17
金砂城の負け戦/22
佐竹秀義の落胤/28
ロシア極東を窺う/41
ロシアの南下政策/41
長久保赤水「蝦夷の図」を描く/44
西丸帯刀の生い立ち/49
楠正成の血を引く西丸家/49
高島秋帆に砲術を学ぶ/57
苦悶する幕府体制/63
イギリス人大津浜に上陸/63
鎖国か開国か/76
尊王攘夷の旗の下に/81
斉昭公檜舞台に/81
斉昭公、再び斥けられる/84
烈公斉昭の対外政策/88
憂国の志士長久保赤水/97
不満農民の代表赤水/97
鈴木玄淳も佐竹家臣の流れ/106
赤水と藤田幽谷/109
高山彦九郎の死を悼む/124
幽谷の『正名論』/128
赤水から幽谷へ忠告の書翰/136
水戸の碩学会沢正志斎/157
会沢正志斎と『新論』/157
西郷隆盛も激賞/162
草莽の臣西丸帯刀東奔西走/167

帯刀暴徒を追い払う/167
帯刀博労を斬る/170
安政の大獄と桜田門外の変/177
安政の大獄/177
金子、高橋の大老暗殺密計/181
桜田門外の変/196
野口雨情、水戸浪士を讃える/204
斎昭攘夷を誓う/209
水戸家に密勅賜る/209
野口正安、勅諚返納に反対/214

東禅寺へ夜襲/221
稀代の煽動者大橋訥庵/227
訥庵の生い立ちと人となり/227

堀織部正の自殺と偽造遺書/236
成破の盟/241
帯刀から桂小五郎への書翰/241
桂小五郎筆 丙辰丸盟約血判状/249
西丸帯刀の仕組んだ坂下門の変/264
訥庵逮捕される/271
斬奸趣意書(『水戸藩史料』)/278
天狗党と田中愿蔵/283
天狗、諸生の乱の原流/283
田中愿蔵と天狗党/287
田中愿蔵の素顔/292
天狗党参加者の年齢とその階層/303
水戸藩の抱えた各氏族/308
天狗党蜂起、諸生の乱/311
天狗党筑波山に挙兵/311
天狗党説得を峻拒/321
奇襲に成功、幕軍潰走/329
打ちつづく内乱/337
元治元年のこと/337
月居城余話/347
仇討ちの話と無名諸生派の末路/349
西丸帯刀潜伏三年有余/353
危うく虎口を脱す/353
大津にて攻められる/355
屋根裏に潜む三年有余/364
田中愿蔵その光と影/369
田中愿蔵と栃木火事/369
助川城とその落城/377
愿蔵の最期/387
奥羽諸藩抗戦/395
官軍平潟港から上陸/395
奥羽諸藩同盟各地で戦闘/403
奥羽軍総崩れ平城攻撃される/412
平城落城す/422
安藤信正をめぐる評価/429
帯刀海を渡る/437
仇敵を求めて/437
北海道各地を転戦/445
暗香亭に隠棲/451
人生大夢の如し/459
帯刀と詩人雨情の交流/459
帯刀米寿を迎える/465
四先生を弔う黒沢五郎への手紙/469
「人生大夢の如し」/474
あとがき/481
西丸氏・野口氏系図/486
西丸帯刀の年譜と関連略年表/493
参考文献/501
協力者芳名/503
著者略歴/504
西丸帯刀関連地図/8

1985 60 7月、「動向 (7)(1451)」が「動向社」から刊行される。  pid/2781152
〈巻頭言〉――武士道と怨親平等 //p5〜5
新たなテロ集団の出現―イスラム・シーヤー派の行動/渥美堅持/p6〜11
地図を通じて北方領土問題を見直そう / 水津満/p46〜54
耿耿の言―たままつり / 森田康之助/p36〜44
《連載》―キリスト教惨害史(45)
  →日本の心のふるさとを守る為に/佐々木奎文/p55〜60
論断 //p12~35
憲法改正の必要性 / 梶山茂/p12〜15
二人の提督 / 久原一利/p15~17
ああスパイ天国"日本"!/ 木屋隆安/P18~21
臨教審第一次答申より / 鎌田純一/p21〜23
政治ボタンのかけ違い / 今井久夫/p24〜26
谷口雅春尊師を偲ぶ / 鹿沼景揚/p27〜29
国際政治の宿題・ヤルタ体制の克服 / 佐藤和男/p30〜35
《読者の声》―皇居勤労奉仕を通じて天皇信仰への道/二川守/p45〜45

1986 61 2月、経済往来社編「経済往来 38(2)」が「経済往来社」から刊行される。 pid/1411726
歳月片々 怨親平等 / 浅野晃/p16〜17
役者人生 / 阿木翁助/p18~20
錦通り / 飯島衛/P20~22
手応え / 嶋岡晨/p22~24
日本の商法 / 鈴木忠志/p24~25
決断不足の時代 / 童門冬二/p26〜28
異国の木々 / 太田愛人/p28~29
中曽根政権の残された道 / 森田実/p30〜37
フィリピン危機の空隙 / 殿岡昭郎/p58〜66
新しい文明社会の「労働」 / 鍋倉健悦/p38〜48
求められる新聞経営姿勢の革新 / 反田良雄/p116〜121
日共の歴史的「到達点」 / 中村勝範/p142〜152
需要・供給の不思議 / 大門一樹/p138〜139
自民党怨念政治≠フ行方 / 永田有造/p74〜77
新聞と情報戦略(6) / 保坂政和/p134〜137
重厚長大の闘将どっこい、鉄の前途は輝いている(6)
  →この人に聞く / 武田豊 ;下村亮一/p80~101
100兆円郵貯の起爆剤 / 森村亘/p50〜57
崩壊する日本の労働運動PartII. / 岩田明/p162~172
日本型労使関係の軌跡(2)逆説・日本の研究 / 吉田忠雄/p102〜113
高度情報化への対応 / 小野征爾/p68〜73
「事実」とは何か / 竹本徹/p122~133
ワインの唄 / 「阿呆船」主人/p204~204
べらんめぇ社怪学/P173~173
K太郎の眼 伸びるアメリカの消費/p78~79
声なき声 脳死元年 / 名倉和彦/p67〜67
窓外点描 ソ連の空母名 / 梅原一雄/p49〜49
来る日去る日 親切、サービス、利上げの勝負 / 下村亮一/p114〜115
書評/p140~141
グラビア/p11~
往来試写室/P161~161
通信衛星/p203~203
読者の四季/p205~206
歪んだ構図 波乱 / 碇稔/p174~185
新春 爐辺の冗語(6)老記者の置土産 / 大草実 ;萱原宏一/p186~202

1987 62
1988 63
1989 64 8月、「歴史読本 34(16)(507)」が「Kadokawa」から刊行される。  pid/7975460
生きていた英雄たち 衣川から蝦夷へ渡った悲劇の武将源義経の足跡 / 久米晶文/p18〜23
生きていた英雄たち 公暁の生存説を裏づける源実朝の首塚 / 今野信雄/p24〜29
生きていた英雄たち 薩摩に落ちのび非業の死を遂げた豊臣秀頼の墓 / 籔景三/p30〜35
生きていた英雄たち 多くの潜行史跡を遺す上総王朝の主大友皇子の行跡 / 今野信雄/p36〜39
生きていた英雄たち 平等院の戦場跡から常陸へ運ばれた源頼政の首 / 清水昇/p40〜43
生きていた英雄たち 修禅寺から逃走し、洞窟に潜んだ源範頼の墓 / 今野信雄/p44〜47
生きていた英雄たち 生存説を実証する美濃山中に眠る明智光秀の墓 / 加藤/p48〜51
生きていた英雄たち 細川ガラシャ身代わり説を語る謎の灯籠 / 若城希伊子/p52〜55
生きていた英雄たち 晩年を九州で過ごした豪傑後藤又兵衛の遺跡 / 久米晶文/p56〜59
生きていた英雄たち 上州潜行伝説を伝える淀君使用の駕籠の引き戸 / 清水昇/p60〜63
生きていた英雄たち 関ヶ原敗戦後、陸奥に隠れ住んだ島左近の過去帳 / 七宮A三/p64〜67
生きていた英雄たち 薩摩から秋田に潜行した勇将真田幸村の遺品 / 今野信雄/p68〜71
生きていた英雄たち 伊賀の里に伝えられるお市の方の”のど仏” / 小石房子/p72〜73
生きていた英雄たち 小田原城内に匿われていた家康の長男松平信康 / 早川純夫/p74〜75
生きていた英雄たち 秋田に落ちのび僧となった西軍の将石田三成の墓 / 今野信雄/p76〜78
はりめぐらされた伝説 全国をさまよう神に仕える無名の小野小町たち / 野村典彦/p80〜85
はりめぐらされた伝説 安徳天皇伝説を奉じて山野を漂白する木地師 / 常光徹/p86〜91
はりめぐらされた伝説 各地をめぐる一代の英傑源為朝の伝説装置 / 野村純一/p92〜95
はりめぐらされた伝説 高野・熊野の信仰と結びつく平維盛の生存伝説 / 花部英雄/p96〜99
はりめぐらされた伝説 物語のゆらぎの中を華麗に舞う静御前の舞衣 / 高木史人/p100〜103
はりめぐらされた伝説 俊寛の骨を持って諸国をめぐる複数の有王たち / 野村純一/p104〜107
はりめぐらされた伝説 産湯から死に水まで、和泉式部の”水”への執着 / 高木史人/p108〜111
はりめぐらされた伝説 菅原道真がしゃぶって育ったという「坂口の飴」 / 野村純一/p112〜114
消息不明の人びとの行き先 吉良の首を狙っていた逐電家老大野九郎兵衛の墓 / 清水昇/p116〜121
消息不明の人びとの行き先 落魄した平安の女流文学者清少納言の終焉地 / 久米晶文/p122〜127
消息不明の人びとの行き先 雲水となった後醍醐の側近藤原藤房の終焉地 / 早川純夫/p128〜131
消息不明の人びとの行き先 我が子を追う道中で土賊に殺された常盤御前の墓 / 加藤/p132〜135
消息不明の人びとの行き先 観音様に魅せられ遠国薩摩で没した運慶の五輪塔 / 加藤/p136〜139
消息不明の人びとの行き先 三河・信州を結ぶ三州街道に並ぶ信玄終焉の石塔 / 室井馬琴/p140〜141
消息不明の人びとの行き先 遍歴のすえ、明に渡ろうとした松平長七郎の墓 / 加藤/p142〜144
不思議な遺跡 佐渡を脱出、出羽に隠棲した順徳天皇の遺跡 / 今野信雄/p162〜167
不思議な遺跡 本能寺から駿河の地へ運ばれた織田信長の首 / 小和田哲男/p168〜171
不思議な遺跡 徳川家康のご神体を祀る栃木の不思議な社 / 加藤/p172〜175
不思議な遺跡 射落とした平将門の首級を祀る美濃御首神社 / 加藤/p176〜179
不思議な遺跡 越前山中に建つ南朝の忠臣楠木正成の五輪塔 / 早川純夫/p180〜183
不思議な遺跡 常陸水戸藩重臣として生きた雑賀孫一の足跡 / 淡野史良/p184〜187
不思議な遺跡 五島に渡った四十七番目の赤穂義士寺坂吉右衛門の墓 / 三宅孝太郎/p188〜191
不思議な遺跡 各地に建つ新選組局長近藤勇七つの石碑 / 釣洋一/p192〜195
不思議な遺跡 敗将小西行長の隠れ家密告で祟られた美濃の山里 / 川目竜央/p196〜199
不思議な遺跡 西国周防の古文書が記す源頼朝の不思議な墓 / 奥富敬之/p200〜201
不思議な遺跡 甑島に落ちのびて一家を構えた梶原景季の墓 / 山本鉱太郎/p202〜203
不思議な遺跡 「弓の名人」那須与一の謎を解く大田原の遺跡 / 清水昇/p204〜206
英雄たちの黄金伝説 「多田銀山埋蔵金秘文書」が伝える秀吉の黄金 / 黒澤昭二/p208〜211
英雄たちの黄金伝説 小栗上野介の埋蔵金が埋められている赤城山麓 / 黒澤昭二/p212〜215
英雄たちの黄金伝説 騎馬軍団を支えた黒川金山に眠る武田信玄の埋蔵金 / 黒澤昭二/p216〜217
英雄たちの黄金伝説 天下を取れず琵琶湖に沈められた明智光秀の黄金 / 黒澤昭二/p218〜219
英雄たちの黄金伝説 佐々成政百万両の黄金が埋まる越中鍬崎山 / 黒澤昭二/p220〜221
英雄たちの黄金伝説 帰雲城とともに埋没した内ヶ島氏の黄金郷 / 黒澤昭二/p222〜224
彷徨える南朝伝説 宇佐八幡に宗良親王を祀った伊那谷の山の民 / 生形貴重 ;宇野陽美/p226~229
彷徨える南朝伝説 村の守り神になった荒ぶる御霊尹良親王の幻影 / 生形貴重 ;宇野陽美/p230~233
彷徨える南朝伝説 牛に乗った流され王長慶天皇の終わらぬ旅 / 生形貴重 ;宇野陽美/p234~237
彷徨える南朝伝説 奥州下向説を生み出した護良親王の不可解な死 / 稲田秀雄/p238〜241
彷徨える南朝伝説 南朝伝説を演出した後醍醐天皇の史実と伝説のあわい / 稲田秀雄/p242〜245
■不思議人物ミステリー紳士録 ◇放浪・飛翔・異人伝説--酒呑童子/役小角/久米仙人/八百比丘尼/かぐや姫/安部清明 / 浜垣容二/p246〜257
■不思議人物ミステリー紳士録 ◇渡来人ミラクル奇譚--徐福/楊貴妃/万箇将軍/何雲/キリスト/モーゼ / 佐治芳彦 ;野添憲治 ;濱名志松/p258~271
■不思議人物ミステリー紳士録 ◇ヒーローたちの一族紀行--継体天皇の妃/天智天皇の妃/藤原不比等の娘/
  →小野篁の妻/平将門の娘/源為朝の子 / 小石房子/p272〜287
○特集宇カラー(1) 全国不思議マップ--日本史の有名人
○特集宇カラー(2) 不思議伝説博覧会--”物的証拠”のモノ語り
もう一つの家康物語--〔異説ミステリー〕徳川家康大阪夏の陣戦死伝説の謎
●市町村別人物関連遺跡遺物索引/p306〜307
○マンガ 志力士鬼面山--《幕末力士異聞~志士になった関取》 / 村祭まこと/p309〜332<Z8-442>
1990 平成2年
1991 3
1992 4
1993 5
1994 6
1995 7
1996 8 3月、名古屋教区教化センター「平和問題研究」編「 100年 : ねじまげられた怨親平等 : 第7回「平和展」が「真宗大谷派名古屋教区教化センター」から刊行される。
   会期・会場: 1996年3月17日-23日 教務所1階議事堂
1997 9
1998 10
1999 11
2000 12
2001 13
2002 14 10月、「IISR国際宗教研究所ニュースレター (36)」が「国際宗教研究所」から刊行される。 
最近の宗教動向 国内の動向 「新たな国立墓苑」構想 : 「無名戦士の墓」 と「怨親平等」をめぐって 広池 真一 p.3-8
最近の宗教動向 海外の動向 ハワイにおける病院チャプレンの活動について 古澤 有峰 p.8-13
宗教者に聞く 力久道臣氏(新宗連青年会委員長 善隣教継主) 力久 道臣, 島薗 進 p.14-17
本の紹介 特集 多様性と統合、そして排斥 : 「アメリカ」の理念とその〈神〉 星野 靖二 p.17-20
テレビと宗教 石井 研士 p.27-30
2003 15
2004 16 12月、嶋村初吉が「対馬新考 : 日韓交流「宝の島」を開く」を「梓書院」から刊行する。  ・
2005 17
2006 18 10月、北影雄幸が「日本人の勇気」を「光人社」から刊行する。
プロローグ 日本人と勇気/ 13
第一部  外国人が描いた玉砕戦記を読む
◆『第二次世界大戦』/ 26
ジェイムズ・F・ダニガン著||アルバー卜・A・ノーフィ著
武士道精神が生んだ凄絶な戦闘法
(1) 「玉砕」という表現を持つのは日本人だけである/ 26
(2) 「己れを捨てて戦う」という神話/ 28
(3) 日本軍は最後の一兵まで戦った/ 32
◆『第二次世界大戦』/ 36
マーティン・ギルバト著
戦争に巻きこまれた無名の人々の運命
(1) 無名の人々の勇気ある戦い/ 36
(2) 日本の完全打倒がいかに高くつくか/ 38
(3) 日本兵は死ぬまで戦う道を選んだ/ 40
(4) 残存兵は手瑠弾で自決を遂げた/ 43
(5) 一日一三〇〇人の日本兵が戦死した沖縄戦/ 46
◆『日本人と戦争』/ 52
ロベール・ギラン著
誇りある死を選んだ兵士たち

(1) 憎むべきは日本ではなく戦争だった/ 52
(2) 玉砕兵の人間としての見事さ/ 54
(3) 民間人一万人が自決したサイパンの悲劇/ 57
(4) 特攻は一種の自決であり、玉砕である/ 59
(5) ひとり当たり二トンの銃砲弾を浴びた硫黄島/ 62
(6) 武士道と大和魂/ 65
◆『神風』/ 69
ベルナール・ミロ著
日本兵の自己犠牲の精神の発露
(1) 日本兵は高潔な軍人精神の持ち主であった/ 69
(2) 生きて虜囚の辱めを受けず/ 73
(3) 日本兵はわが身を喜んで犠牲に供する/ 75
(4) 日本兵は死をものともせずに突撃した/ 78
(5) 日本兵はサムライの末裔である誇りをもって戦った/ 80
(6) 米兵はこの世ながらの地獄を見せつけられた/ 83
(7) 硫黄島の日本兵は「地上の神風」であった/ 86
(8) 沖縄は全島が神風の場と化した/ 88
(9) 肉弾攻撃は偉大な純粋性の発露である/ 92
◆『大日本帝国の興亡』/ 95
ジョン・トーランド著
血で染めあげた太平洋の防波堤
(1) 日本人の勇武の伝統/ 95
(2) クェゼリンでも最後の一兵まで戦った/ 97
(3) 太平洋の防波堤として骨を埋めん/ 100
(4) 民間人も降伏より死を選んだ/ 105
(5) 日本兵の戦術は尊敬されるに値する/ 108
(6) 沖縄住民皆殺しの責任は米兵にある/ 111
◆『タラワ』/ 114
ヘンリー・ショー著
南海の孤島で戦いぬいた勇気
(1) 百万の軍隊が百年かかってもタラワは陥ちぬ/ 114
(2) 日本兵は最後まで戦うだろう/ 117
(3) Dデイの戦闘はケタはずれに激しかった/ 119
(4) 日本軍拠点はいまだ弱体化されず/ 122
(5) 大多数の日本兵は自決した/ 124
(6) 世界戦史上まれにみる日本兵の勇気/ 128
○、この年、国際宗教研究所編「現代宗教 2006 」が「国際宗教研究所」から刊行される。
対談 死者の声を聴くこと--慰霊と追悼をめぐって
末木 文美士, 池上 良正, 島薗 進 p.7〜30 特集 慰霊と追悼 p.31〜
追慕と慰霊の双曲線--韓国の宗教儀礼と国家儀礼を中心に (特集 慰霊と追悼) 柳 聖旻, 古田 富建 p.34〜49
「戦後」台湾における慰霊と追悼の課題--日本との関連について (特集 慰霊と追悼) 黄 智慧 p.51〜75
ドイツにおける戦没者を巡る追悼空間--「ノイエ・ヴァッヘ」再考 (特集 慰霊と追悼) 久保田 浩 p.76〜98
インタビュー 靖国神社前宮司・湯澤貞氏に聞く--やすくにの静かに仰ぐ櫻かな (特集 慰霊と追悼) 湯澤 貞, 阪本 是丸 p.99〜122
インタビュー 高橋哲哉教授に聞く--犠牲の論理を問う (特集 慰霊と追悼) 高橋 哲哉, 広坂 朋信 p.123〜140
国民道徳論と『先祖の話』 (特集 慰霊と追悼) 林 淳 p.141〜154
古代のカノンと記憶の場--英国エセックス州における戦没者追悼施設を中心に (特集 慰霊と追悼) 粟津 賢太 p.155〜184
一三世紀「蒙古襲来」と「蒙古の碑」--日本の死生観における鎮魂と怨親平等をめぐって (特集 慰霊と追悼) Terenguto Aitoru p.185〜225
韓国の死霊信仰と鎮魂(「恨プリ」)文化--イエスの鎮魂と「死後結婚」 (特集 慰霊と追悼) 古田 富建 p.226〜252
スウェーデンの海難事故における慰霊と追悼 (特集 慰霊と追悼) 大岡 頼光 p.253〜272
分裂する天蓋--阪神淡路大震災をめぐる追悼・慰霊のかたち (特集 慰霊と追悼) 今井 信雄 p.274〜296 
2005年の宗教動向(2004年10月〜2005年9月) p.297〜323
国内 現代日本宗教の課題 (2005年の宗教動向(2004年10月〜2005年9月)) 辻村 志のぶ p.298〜310
海外 新たな宗教間対話の必要性 (2005年の宗教動向(2004年10月〜2005年9月)) 広池 真一 p.311〜323
2007 19 2月、「地域総合研究 34(2)」が「鹿児島国際大学附置地域総合研究所」から刊行される。  
鹿児島特集 p.1〜70
グローバル時代の鹿児島の経済 (鹿児島特集) 皆村 武一 p.1〜13
市場縮小,地域格差拡大に対応のエリアマーケティングの実務 (鹿児島特集) 小林 隆一 p.15〜26
工業統計表による製造業の地域性同定の試み--「東葛・川口地域」を素材として (鹿児島特集) 富澤 拓志 p.27〜52
旧中心市街地におけるエコミュージアムづくりの試み--鹿児島市谷山地区の事例から (鹿児島特集) 深見 聡 p.53〜70
文禄の役における島津義弘の動向と倭城普請 太田 秀春 p.71〜87
日中両国「戦時金融体制」に対する歴史的考察および比較分析 Fang Wei, 崔 蘭英 p.89〜101
地域情報 鹿児島県の高卒就職の現状 吉留 久晴 p.107〜111
研究所通信 鹿児島国際大学附置地域総合研究所における図書・資料の検索 p.113〜121
6月、三谷博が「歴史教科書問題 (リーディングス日本の教育と社会 ; 第6巻)」を「日本図書センター」から刊行する。
問題化の構造
解説 / 三谷博
「左」を忌避するポピュリズム / 小熊英二
「歴史和解」への道標 / 波多野澄雄
今日の〈歴史認識〉論争をめぐる状況と論点 / 高橋哲哉
日本の戦争責任と戦後責任 / 大沼保昭
21世紀初頭の制度と論争構図
解説 / 三谷博
日本の教科書制度の検証 / 浪本勝年
採択協議会は"決定機関"か"諮問機関"か / 藤岡信勝
歴史教育とは何か / 坂本多加雄
他者への想像力と歴史認識 / 佐藤広美
「戦後」の問題構造
解説 / 三谷博
教科書訴訟十年 / 家永三郎
憂うべき教科書検定 / 家永三郎
戦後の歴史教科書はこれでよいか / 村尾次郎
ひとり歩きする「国家の教育統制権能」 / 堀尾輝久
近隣諸国
解説 / 三谷博 著
韓日につきまとう歴史の影とその克服のための試み / 鄭在貞
中国教科書の世界・日本像 / 並木頼寿
歴史認識 / 劉傑
提言
解説 / 三谷博
東アジアの歴史認識共有への第一歩 / 金聖甫著 ; 牧瀬暁子訳
南京大虐殺の課題 / 楊大慶 著 ; 岡田良之助訳
国民国家の内と外 / 林志弦 著 ; 河かおる訳
8月、「歴史読本 (別綴:付録) 52(9) (通号 817) (特集 書き換えられた戦国合戦の謎)」が「Kadokawa」から刊行される。 
〈抜粋〉
戦国三大英雄の合戦 研究最前線 最新検証 文禄・慶長の役--朝鮮義僧将松雲大師の事績と評価  貫井 正之  p.204〜209
新視点 戦国合戦 研究最前線--近年10年の新説と成果 島津義弘の合戦 研究最前線  山口 研一  p.156〜163
11月、明治聖徳記念学会編「明治聖徳記念学会紀要 44号」が「明治聖徳記念学会」から刊行される。
特集 日本人の霊魂観と慰霊 p.1〜3,10〜300
神道の生死観と神道古典 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 安蘇谷 正彦 p.10〜27
鎮魂の伝統と現代--ひとの霊魂を祀る風儀との関連に配慮しつつ (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 高森 明勅 p.28〜41
たまのゆくへ--國學者の考へた死後の世界 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 中澤 伸弘 p.42〜52
江戸時代における天皇の葬法 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 野村 玄 p.53〜64
近世大名家〈祖神〉考--先祖信仰の政治化 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 高野 信治 p.65〜75
靖國信仰に見る日本人の霊魂観 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 小堀 桂一郎 p.78〜92
近代日本と戦死者祭祀 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 今井 昭彦 p.93〜100
近代日本における「怨親平等」観の系譜 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 藤田 大誠 p.101〜117
政党政治家胎中楠右衛門と二つの憲政碑--憲政功労者の慰霊と政党政治の再生への試み (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 高橋 勝浩 p.118〜131
折口信夫の霊魂論覚書 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 小川 直之 p.132〜143
近代日本の仏教における死者論--上原専禄を中心に (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 末木 文美士 p.144〜157
日本人の死のかたち--死者と共にある暮らし (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 波平 恵美子 p.160〜170
民俗学からみる慰霊と追悼 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 新谷 尚紀 p.171〜180
現代日本人の魂のゆくへ (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 石井 研士 p.181〜191
死者の幻影--民俗信仰と心霊研究の間 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 津城 寛文 p.192〜203
靖國神社みたま祭の成立と発展 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 所 功 p.204〜225
日本的霊性とキリスト教 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 芦名 定道 p.228〜239
キリスト教美術に見る霊魂観--古代地中海世界からキリスト教中世へ (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 小池 寿子 p.240〜257
国際法上の最重大個人犯罪と国際刑事裁判所 (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 佐藤 和男 p.258〜272
ポンソンビ博士の神道研究--とくに御神魂の理解について (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 照沼 好文 p.273〜286
西洋人の神道発見--富士山におぼえる畏敬の念について (特集 日本人の霊魂観と慰霊) 平川 祐弘 p.287〜300
公開シンポジウム 日本人の霊魂観と慰霊 p.301〜345
講演 戦歿者の慰霊と公共性 (公開シンポジウム 日本人の霊魂観と慰霊) 新田 均 p.304〜313
講演 神道の歴史と靖國神社 (公開シンポジウム 日本人の霊魂観と慰霊) 武田 秀章 p.314〜326
討論 日本人の霊魂観と慰霊 (公開シンポジウム 日本人の霊魂観と慰霊) 新田 均, 武田 秀章, 中山 郁 p.327〜345
公開シンポジウム 陰陽道と神道--歴史的視点から見た p.347〜395
講演 陰陽道と神道--歴史的視点から見た (公開シンポジウム 陰陽道と神道--歴史的視点から見た) 林 淳 p.350〜371
討論 陰陽道と神道 (公開シンポジウム 陰陽道と神道--歴史的視点から見た) 林 淳, 弓山 達也, 加瀬 直弥 p.372〜395
誌上講演 暦から読み解く日本人の心 岡田 芳朗 p.396〜406
霊-魂と現存在-実存 田邉 建治郎 p.407〜416
神道津和野教学と現代 加藤 隆久 p.417〜421
乃木將軍が經驗した出會ひ 高山 亨 p.422〜424
学徒慰霊碑余話 益井 邦夫 p.425〜430
書評 本康宏史著『軍都の慰霊空間--国民統合と戦死者たち』 菅 浩二 p.431〜436
書評 今井昭彦著『近代日本と戦死者祭祀』 草間 孝廣 p.437〜442
書評 矢野敬一著『慰霊・追悼・顕彰の近代』 高原 光啓 p.442〜446
書評 平泉隆房著『中世伊勢神宮史の研究』 小野 善一郎 p.447〜452
書評 阪本是丸編『国家神道再考--祭政一致国家の形成と展開』 佐藤 一伯 p.453〜458
翻刻 明治孝節録 巻一・巻二(近藤芳樹編) 宮本 誉士 p.469〜502
11月21日、藤田大誠が「國學院大學大学院0502演習室」に於いて「「近代日本の戦歿者慰霊における敵と味方−「英霊」観と「怨親平等」観をめぐつて−」を発表する。   重要
  國學院大學研究開発推進機構 研究開発推進センター - 慰霊と追悼研究会(第11回)
  平成19(2007)年11月21日 18時00分から21時00分 國學院大學大学院0502演習室 参加者:13名
  「近代日本の戦歿者慰霊における敵と味方−「英霊」観と「怨親平等」観をめぐつて−」:藤田大誠(校史・学術資産研究センター助教)
(い)藤田発表要旨(全文)
一 はじめに
 近年、「人の霊を神として祀る」系譜の延長線上に位置付けられる近代以降の招魂社・靖國神社といふ神道的かつ国家的・公共的な慰霊・追悼・顕彰に対して、仏教的な思想に根を持つ「怨親平等」観による敵味方供養を対置し「対抗軸」とすることによつて、いはばもう一つの「日本的慰霊伝統」と看做して「敵を祀らない」靖國神社やその「英霊」観を批判するといふ言説が有力に存在してゐる。だが、肝心の「怨親平等」観そのものについては、実は近代以降の研究史でさへまともに押さへられてゐない。そこで本稿では、近代日本における「怨親平等」観の系譜について、その背景も含めて概観してみたい。
二 現代における「怨親平等」言説とその問題点
 誤解を恐れずに言へば、「日本的伝統」としての「怨親平等」を主張する観点から靖國神社を批判する言説の殆どは、その事例の引用も含め、ほぼ村上重良『慰霊と招魂―靖国の思想―』(岩波新書、昭和49年)の焼き直しに過ぎない。村上は、どの本を参照してこの部分を書いたのかを明らかにはしてゐないが、昭和38年刊行の圭室諦成『葬式仏教』(大法輪閣、昭和38年)の「敵味方供養碑」に依拠してゐることは疑ひない所であらう。ここで注目すべきは、敵味方供養の諸事例に対して、圭室は「怨親平等の精神が絶無とはいわぬ、ただいささか過大に評価されていないかと、いぶかる」と述べ、それは「残忍性をもつ武将たち」の所業だからであり、「一般的には、敵の死霊のたたりを怖れた」ものと評価してゐるのにも拘らず、後年の引用者は皆、あへてこの点を捨象し、この文脈の意図を汲み取つてゐないことである。つまり、圭室が「怨霊」と「怨親平等」観の相違について慎重に検討しようとしてゐる点について、一切考慮されてゐないのである。
三 辻善之助『日本人の博愛』とその先行業績
 現代の「怨親平等」言説においては、圭室諦成『葬式仏教』以外、殆ど「怨親平等」を示す事例に関してその典拠の明示がされてゐない。しかし実は、圭室諦成が巻末の参考文献で掲げてゐる辻善之助の諸業績が前提に無ければ、この点についてのまともな議論は不可能な筈である。特に、辻が東京帝国大学教授兼史料編纂官時代の昭和7年刊行『日本人の博愛』(金港堂書籍、昭和7年)は、逸することは出来ない。『日本人の博愛』は、昭和9年には同じく辻の著作である「日本皇室の社会事業」とともに合本で出版されてゐる(発行は金港堂書籍株式会社)が、その表紙には赤十字社章が施されてゐる。即ち、その序に「博愛の精神が我国固有の皇道の精神であり、且つ其の精神の発露による各種の社会事業が皇室に淵源し、其の発達が一に皇室の厚き保護奨励の賜であることを明にせんと欲し、之を文献に徴して印刷に付し、洽く内外江湖に頒たんことを企図した。」とあるやうに、「草創期から皇室と関係があり、その援助を受けて来た」日本赤十字社における事業の一環だつた。
 また、本書の「緒言」では、先行業績についても触れられてゐるが、その早い時期のものである「明治三十五年十月二十二日大阪朝日新聞論文」の西村天囚「赤十字と武士道」がある。また、明治43年に刊行された日本赤十字社京都支部編輯・発行の『忠愛』は、『日本人の博愛』では採られてゐない救恤や俘囚に関係する詔勅など上代の事例を数多く取り上げ、「怨親平等」とは関連付けられてゐない。注目すべきは、編集代表の湯本文彦は、同じく赤十字に対する先駆性を主張してゐた西村天囚以来の儒仏二教の混合物たる「武士道」を重視するのでは無く、儒仏渡来以前の事例を挙げることで、我が国では、西洋の如く宗教から来てゐるものといふよりも、建国の初めから「吾国民の忠愛慈仁は天性の秉彜倫理の正道より来れる」ことを強調してゐることである。
 日本近代において、国史上の敵味方供養を含む「博愛・慈善事業」の事例は、「世界(列強)標準」である赤十字事業との対応、もしくはその先駆的なものとして語られて来たことが明らかである。その言及が活発となつた時期は、日露戦争前後の明治30年代後半から大正期にかけてであり、辻の『日本人の博愛』は、これらの先行業績を汲んだ集大成的な書物であるといへよう。但し、辻はその原動力的思想としては、湯本文彦流の「建国以来国民の天性の倫理」に強調点を置くのでは無く、西村天囚流の仏教、儒教、武士道の影響を挙げつつ、特にこれまで登場して来なかつた仏教的思想の「怨親平等」を中核に位置付けた。そのため、同書の事例は、『忠愛』とは異なつて奈良時代以前のものは無く、平安時代に朱雀上皇が官軍賊軍戦亡者の冥福を祈り給うた大供養における願文の「怨親平等」思想を最初の事例として掲載してゐる。その意味で、現在にまで至る敵味方供養に関する「怨親平等」言説の元祖は、辻善之助であると言つても過言ではないだらう。
四 近代における「怨親平等」思潮の形成
 ある意味近代以降の「怨親平等」観の源流とも目され、明治期に「怨親平等」と敵味方供養を関連付けた記録として目立つのは、高野山のものである。明治27年11月12日には、真言宗長老大僧正・高志大了名で「捕虜撫恤ニ付御認可願」を陸軍大臣・西郷従道に願ひ出てゐる(防衛省防衛研究所所蔵『陸軍大日記類』日清戦役・明治27年11月「二十七八戦役日記」所収「高志大了より捕虜撫恤に付御認可願の件」)。ここでは、「捕虜撫恤」に関してではあるが、明確にジュネーヴ条約(赤十字条約)と対応させる意図を以て「怨親平等」観が位置付けられてゐる。
 また、明治41年12月11日、高野山常喜院住職・大乗大円は、日露戦争における戦死病歿者を敵味方ともに祀る塔を建立するので「三十七八年戦役ニ於ケル 一我カ陸軍軍人戦死及病歿者ノ数」を指示してほしいと陸軍大臣・寺内正毅に「御伺書」を提出し、24日に「約九一二〇〇人」との回答を得てゐる(防衛省防衛研究所所蔵『陸軍大日記類』壱大日記・明治41年12月「壱大日記」所収「戦役死没者人員の件」)。「御伺書」の文中、「怨親平等仏果ヲ得ンカ為メ」に自国の「英魂」と露国の「戦死病歿者ノ霊」を「合祀」するとはいへ、その建設目的としては「一ハ以テ国威ヲ不朽ニ紀シ一ハ以テ国民ノ士気ヲ鼓舞スル資ニ供シ度」という国威宣揚的、即ち「顕彰」的性格が強いことは注目される。なほ、別紙の如意宝珠塔図面には、塔中央部に「忠魂」と明記されてゐた。
 但し、実際の高野山における慰霊実態は「怨親平等」一色とまではいへない。現在、奥の院には、「空挺落下傘部隊将兵の墓」「昭和殉難者法務死追悼碑」など、自国の戦歿者のみを対象とする慰霊施設が多数存在する。また、奥の院の英霊殿や毎年5月の「英霊追悼法会」は、元来、自国の戦歿者を対象とする「英霊供養」の面がより色濃いものだつた筈であるが、徐々に、自国(地域)の戦歿者を中心に全ての犠牲者を供養する方向にシフトしてゐる模様である。
 さて、近代における敵味方供養に関する大きな出来事と思はれるのは、日露戦争後の明治40年10月に建立された「旅順陣歿者露軍将卒之碑」である。この「旅順陣歿者露軍将卒之碑」に対する諸書の評価は、博愛精神や武士道に基づく中世以来の我が国の敵味方供養の歴史の延長戦上に位置付けてゐるが、その実際の建設主旨や碑文にはそのやうに饒舌な記述は無く、「仁愛」の語はあるものの、要は、戦時中は「仇敵」であつたが戦後は「友邦者」となつたのであり、自国に忠義を尽くし戦歿した「英霊」が存するのであるから勿論敵国にも戦歿した「英霊」がゐるだらう、その遺屍が「無頼土民の徒」に冒?されないやうに改葬して弔ひ、その義烈を千載に伝へようといふもので、「怨親平等」のやうな仏教的説明は無い。あくまで露国における「英霊」に対する弔ひであつたといへるのである。
五 江戸期以降における「怨親平等」観の払拭とその残滓
 『日本人の博愛』の40件の事例はほぼ時系列に並べられてゐるが、その最後は「島原陣歿耶蘇教徒首塚の碑」で、天草代官・鈴木重成が慶安元年までに建てたものである。ここで、同書の「怨親平等」的事例が江戸初期の時点で終はつてをり、以後、近代までの200年以上もの間、江戸中後期の事例が取り上げられてゐないことに改めて気付かせられる。この時期にはすでに、中世的な「怨親平等」観が近世、とりわけ江戸時代には次第に変容し始めてゐたのではないかと推測され得るのである。
 実際、江戸時代初期の徳川家康の豊国社に対する仕打ちは、「怨親平等」もしくは「武士道」に基づく「博愛精神」の欠片も無いものであつた。『豊国神社誌』(青山重鑒、大正14年)に拠れば、「(引用者注・元和5年)九月十八日梵舜、取毀を神璽に告げ、終に神社を妙法院に引き渡す。爾来荒廃して叢となる。」といふ徹底的な迫害を行なつてゐる。
 即ち、この時点の武士の最高権力者には「怨親平等」的観念は無かつたといへる。また、近世には、人を神として祀る伝統も「中世の御霊神的性格の脱却」が行なはれ、「現世で功績を遂げた栄達者・政治権力者を、現世の守護神として、神社の祭神として祀る、という信仰」へと移行するが、その最初の事例が豊臣秀吉を祀る豊国社であり、徳川家康を祀る東照宮へと受け継がれ、全国の大名家の藩祖も祖神として祀られていくことになる。これに対応する形で、近世の地域社会においても、土地の開拓、水利事業、年貢減免闘争(百姓一揆)など、郷土に功績があり土地の人々から敬慕されてきた義人(老中、家老、代官、武士、商人、町人、百姓等)を祀る神社も数多く登場して来るのである。この延長線上に、明治期以降国家に対する功労者を祀るの別格官幣社の数々、即ち楠木正成を祀る湊川神社をはじめ、「英霊」を祀る靖國神社や招魂社・護国神社の創建へと繋がつて行くのである。
 但し、未だ維新前後には、「怨霊」「御霊信仰」的残滓が見られる場合もあつたことも確かである。特に維新期の皇霊奉遷に際して見られ、例へば、慶応4年8月28日の「崇徳天皇京都ニ御還遷奉告宣命」では、「右の宣命に顕はれたる所にては崇徳帝の御積憤を和らげ奉らんために神霊を都に還遷し 皇宮に近き所に新宮を設けて鎮め奉り奥羽の鎮定天下の安穏を祈り奉られたるものなり。」(関目琴季『官幣中社白峰宮史料』官幣中社白峰宮社務所、昭和6年)。とあつて崇徳天皇の「御積憤を和らげ奉らんために」神霊を奉遷することを目的とし、明治2年7月21日の「鎌倉宮御鎮座宣命」には、護良親王の「荒魂」を鎮めることが明記されてゐる(国立公文書館所蔵『明治二己年四月ヨリ 護良親王新造御宮一会 神祇官』)。
 だが、同じく皇霊還遷の場合でも、明治6年12月の後鳥羽天皇神霊遷座の際には、祝詞・祭文にこのやうな文言は見られなくなる(佐野和史「水無瀬神宮三帝神霊還遷の経緯」『神道宗教』100、昭和55年)。
 また、幕末期において、未だ仏教的な「怨親平等」観の発露の事例があつたことも事実である。『孝明天皇紀』には、元治元年10月2日に、「勅して仏事を知恩院に修し彼我戦死者の冥福を薦す」とあり、徳重浅吉『孝明天皇御事績紀』(東光社、昭和11年)には「人心平穏に帰した十月には、知恩院に命じ、官賊両軍の戦歿諸霊に抜苦與楽のために、施餓鬼大会を営ませられました。乃ち僧衆五百十口が、阿弥陀経一千巻、別時念仏の法要を勤修したのであります。まことに万民皆赤子、一視同仁の御広慈と仰ぎ奉るべきではありませんか。此の大御心故に、我国は内乱に陥ることなく、佐幕、討幕共に尊王に一体となつて、外国の辱めを受けず、全体として一統、護国の正道を進むことが出来たのであります。」とある。ここでは、ある意味、「官軍」(佐幕)/「賊軍」(討幕)を超越する立場であつた孝明天皇が知恩院に命じてゐる。確認して置きたいのは、この施餓鬼供養は、あくまで官賊戦歿者の「慰霊」に主眼があり、戦死者の遺志の継承や加護を願ふ側面はほぼ無いことである。
 しかし、明治元年10月25日から27日にかけて、「知恩院学天は、殉難忠士の追福法要を修」した(大橋俊雄『浄土宗近代百年史年表』東洋文化出版、昭和62年)。これは、『知恩院史』(知恩院、昭和12年)に拠れば、鳥羽伏見の戦における朝廷方の「殉難忠士」の追福法要を知恩院大殿で行なつたもので、大鐘の東北隅に「殉難忠士之墓」の碑を建てた。碑の裏面にある撰文は、明確に朝廷側の「忠魂」墓碑の建設を意味してゐる。この時点においては、官賊を超越する天皇による勅命では無いこともあるが、4年前の「怨親平等」観が払拭されてゐる。
 なほ、詳説はしないが、靖國神社祭祀における「慰霊」+αについて言及して置きたい。文久2年12月24日、津和野藩士の福羽美静・大谷秀実、萩藩士の世良利貞、近江藩士の西川吉輔、京都の長尾郁三郎らが中心の66名が執行した京都霊山・霊明舎での霊祭は、招魂社の源流を成すものであるが、ここで祭主を務めた神祇伯白川家関東執役・古川躬行の祝詞には、顕彰並びに哀悼的文言の後、「和魂 朝廷乎守幸閉?諸司百官忠誠爾国郡領主等邪穢心不令在 荒魂 蟹行横浜在留夷賊波更也若軍艦乃寄来牟波 討罰米千里乃波濤爾逐沈米而」(加藤隆久「招魂社の源流」『神道史研究』15-5・6、昭和42年)とあり、「慰霊」とともに「祭神の意志の継承、加護の祈り」が含まれる。これは、以後の「江戸城西丸大広間における祭典の際の祭文」(慶応4年6月2日)にも受け継がれていく重要な点であらう。
六 むすび
 敵味方供養は、列強からの視線を意識した近代日本における博愛慈善事業の勃興とともに「再発見」され、さらに西南戦争、日清戦争、日露戦争等の展開とそれに伴ふ博愛社−日本赤十字社の発展と並行して、我が国における博愛主義の事例の掘り起こし作業とその成果の対外的情報発信が進められたことにより、徐々に「武士道」や仏教的な「怨親平等」の装飾による言及がなされるやうにもなつた。
 日本における敵味方供養の各事例は、辻善之助がいふやうに、果たして仏教的な「怨親平等」観によるものなのか、或いは圭室諦成のいふやうに「怨霊」の「祟り」を怖れたからなのか、または桜井徳太郎『霊魂観の系譜』(講談社学術文庫、平成元年)のいふやうに中世における敵味方供養は「御霊信仰的発想」の一つと看做すべきなのかについての精緻な考察が必要となるであらう。今後は、これまで殆ど言及されてこなかつた「怨親平等」観の近世以降の展開と「怨霊」「御霊」から脱した「(顕彰すべき)人の霊を神として祀る」系譜についての検討が不可欠であらう。
 「怨親平等」観による敵味方供養と招魂社・靖國神社祭祀で最も異なる点は、前者が「慰霊」「追悼」「鎮魂」にほぼ終始するのに対して、後者には、これらに加へて「顕彰」とそこから導き出される「国民による祭神の遺志の継承、「安国」の加護の祈願」が並存してゐることである。即ち、戦歿者の霊を「慰霊」するだけではなく、「国家・国民の守護神」として祀るのであり、祀る側と祀られる側との関係は明確に双方向的なものである。但し、先述した明治41年の高野山の事例では「怨親平等」観と「顕彰」が両立してをり、招魂社系統の「忠魂」(英霊)観の影響も如実に見られるやうに、近代日本における戦死者の各種「慰霊」においては、靖國神社、招魂社の「公共性」の影響を受けた部分が多分にあつた。そのことは、同じく日露戦争後に造営され、元々日露戦争の戦歿者を対象としてゐたものから、明治42年に戊辰の役以来の「忠死者の英霊」をも供養するやうになつた「仏式による忠霊奉祀の霊廟」である長野・善光寺忠霊殿の在り方からも窺へるであらう。
 我々は、近代において、現代以降に問題とされて来た「英霊」観と「怨親平等」観の相克が見られなかつたことに改めて思ひを巡らせるべきであらう。「怨親平等」そのものは、近代日本においては、欧米列強の文明規範である「赤十字精神」を自家薬籠中のものとするための概念として機能して来たが、その赤十字事業自体は、まさに天皇、皇室の社会事業として推進されてきたものである。勿論、それは一方で例大祭・臨時祭に天皇の勅使を迎へる靖國神社とも齟齬を来たすことが無く、靖國神社は、ある意味別次元で捉へられる「共存」可能な性格のものと理解されてゐたため、現在の如く「怨親平等」観と相対化する見方も無かつたのである。近代日本においては、別段「怨親平等」的敵味方供養を排斥してゐなかつたのにも拘らず、実際には、戦場での慰霊は兎も角として、軍や町村など、様々なレベルでの仏式招魂祭、公葬も、各地域や組織の中で完結する構造を持つた祭典として執行され、基本的に敵味方供養では無かつた。つまり、近代には「怨親平等」観は主流には成り得なかつたのである。
 また、公共的影響力はあつたとはいへ、靖國神社を頂点とする「慰霊」の体系的なヒエラルキーの中に各種慰霊行為が位置付けられてゐたのでは無い。近代以降現在に至るまで、靖國神社祭祀のみで戦歿者慰霊の全てを包含して来たのでは無く、その祭祀はあくまで「中核部分」なのであつて、同時に、靖國神社祭神では無い者を祀る神社や慰霊祭、「怨親平等」的なものも含めた仏教的慰霊など、性質の異なる各種各レベルの慰霊・追悼・顕彰が「共存」してゐたのは当然のことであらう。「慰霊」に関はる神仏対立が深刻となるのは、昭和10年代以降の「英霊公葬問題」や「忠霊塔問題」においてであるが、ここでも、問題とされたのは「怨親平等」観では無く、施設構造や祭祀形式、そして宗教/非宗教が争点だつたのである。
(要旨の文責:藤田 大誠) 
(ろ)藤田発表に関する質疑応答の内容
 質疑応答では、藤田発表に対して、次のように、さまざまな意見が出された。まず、「怨親平等」は江戸初期に断絶していると考えていると思うが、「人身祭祀」と「怨親平等」はパラレルに存在していたのではないか、また、幕末に至って「怨親平等」は「復興」したのかという旨の質問が出された。これに対して、そのためには、江戸時代の霊魂観をきちんと考察すべきであり、一種「復興」という側面はあるが、「怨親平等」という言葉は、辻善之助・高野山の事例に見られるのみとの応答があった。
 発表者が「怨親平等」論の系譜をたどるなかで言及した、辻善之助の研究をはじめとする日本赤十字社については、社会事業史の観点から次のような意見が出された。すなわち、「博愛慈善事業」というのは、「慈善救済事業」と言い換えたほうがよい等の言葉の定義・使用法の問題について意見が出され、また、当時の社会事業の観念として、「公の救済」「天皇の下における救済」があり、その裏返しとして、慰霊と追悼の問題がある(遺族の恩給等)こと、社会事業史のなかで皇室の問題は避けて通れないことを考える必要があるとの意見が出された。
 また発表者が報告した高野山奥の院にある「五族之墓」に関連して、高野山には織田信長の墓などが建てられているので、それと「怨親平等」とどのように結びつくのか、その点も含めて考えてみる必要があるとの意見が出された。
 さらに、楠公崇拝に見られるような、意思の継承としての祭式の展開、またそのなかでのネットワークとしての霊明社の存在、そのなかでの祭祀のあり方も含めて考えるべきとの意見や、靖國神社の「英霊」祭祀と仏教の慰霊の問題は、別の問題として考えてみるべきではないか、供養をどのように捉えるか、いろいろな宗教者のレベルと供養してほしいと願うレベルとの乖離。これらをどのレベルで議路していくべきかが、大きな問題になるとの意見も出された。
 最後に、仏教側の「怨親平等」に関連して、明治期から大正期に活躍した真宗増・赤松連城の事例が出された。事例として、赤松の日露戦争時の法話が取り上げられたが、彼は「怨親平等」めいた内容の法話はしているものの、「怨親平等」という言葉を一切使っていないことが挙げられた。このときは、一法話のみであったため、赤松の他の法話を含めての検討が必要との意見も出された。(質疑応答の文責:中山 郁)
2008 20 6月、戦国歴史研究会編「島津義弘 : 慈悲深き鬼 (戦国闘将伝)」が「PHP研究所」から刊行される。 
●序章 薩摩島津氏の誕生 ―九州一の勢力いかにして興ったのか 
●第一章 十大決戦で読む島津義弘 ―生涯をいくさに費やした男の生きざまとは
●第二章 島津義弘の謎 ―戦場から離れた義弘の素顔を探る 
●第三章 常勝島津軍団の構成 ―九州を席巻した島津薩摩藩の内情 
●第四章 島津軍師の特色 ―呪術の専門化がなぜ必要だったのか
●第五章 島津義弘を囲む人々 
●終章 島津義弘紀行

2009 21 6月、「戦争と戦没者をめぐる死生学 : ワークショップ報告論集」が「東京大学大学院人文社会学系研究科グローバルCOE「死生学の展開と組織化」」から刊行される。   ハングル併記
  会期・会場: 2009年6月6日 東京大学本郷キャンパス法文二号館一番大教室
戦没者への眼差し / テレングト・アイトル
朝鮮戦争の記憶と戦死者儀礼 / 池映任
コメント「敵味方供養」をめぐる日韓文化比較の視点から/真鍋祐子

戦争と死の物語り
戦死と遺族 / 加藤陽子
コメント 東京大学・加藤陽子教授のご発表に対する討論の要旨/朴栄濬
戦争をめぐる論争とその超克
正義戦争論の視覚からみた韓国と日本の葛藤克服の方向/朴均烈
コメント 朴均烈報告に対するいくつかの疑問 / 六反田豊
戦争の倫理
マイケル・ウォルツアー(Michael Walzer)の
  →正義戦争論に関する批判的考察 / 朴政淳
コミュニタリアニズムと戦争倫理 / 小林正弥
コメント 戦争をめぐる事実と規範 / 一ノ瀬正樹
8月、佐々木容道が「夢窓国師 : その漢詩と生涯」を「春秋社」から刊行する。    2470円
 鎌倉期から南北朝期に至る激動の時代、仏道を究め、多くの人々を導き、時の権力者たちの帰依にも応えた天龍寺開山・夢窓国師。怨親平等を説き、衆生の内面の救いを通して安国を実現しようとした国師の境涯を、漢詩を読み解きながらたどり、その心情に迫る。
1 修行の日々(鎌倉にて参禅;庵居し忽然と開悟 ほか)
2 
衆生済度のこころ(那智観音を拝す;瑞泉院を開創 ほか)
3 
天龍寺の十境(曹源池ー景趣1;渡月橋ー景趣2 ほか
4 晩年の国師(足利尊氏に道号を与える;足利直義に道号を与える ほか)
○、この年の夏、「 澪標 6(2) (通号 58) 2009.夏」が「日本保守主義研究会」から刊行される。  
巻頭言 保守主義者にとっての世界経済危機 佐伯 啓思 p.4〜9
国家とは何か(第1回)リベラリズムの国家観 岩田 温 p.10〜25
中世日本の怨霊鎮魂・
怨親平等・慰霊顕彰とその系譜 谷口雄太p.26〜40
真宗と靖國--真俗二諦説との関連から 高尾 眞臣 p.42〜61
対外政策としての先制攻撃理論の検討 早瀬 善彦p.62〜91
丸山真男と小林秀雄(5) 山崎 行太郎p.92〜101
コラム 非正規労働者の敵「連合」(下・最終回) 木下淳平p.103〜106
書評 坂本多加雄『象徴天皇制度と日本の来歴』 田城真哉p.107〜113
.
11月、本山幸一 監修「新潟県の合戦 小千谷・十日町・魚沼編」が「いき出版」から刊行される。
口絵/ i
発刊にあたって/ 1
目次/ 2
監修・執筆者一覧/ 6
凡例/ 6
総解説/ 7
鎌倉時代/ 19
解説/ 20
源平の戦いと落人伝説/ 24
コラム 魚沼の義経伝説/ 26
新田一族の妻有郷への入部と在地領主化/ 27
コラム 新田義貞挙兵伝説/ 30
元弘の乱/ 32
コラム 坂上田村麻呂の鬼賊退治/ 34
南北朝時代/ 35
解説/ 36
南北朝の争乱と上田庄/ 38
コラム 「中世出土銭貨」が語る戦乱と鎮魂/ 41
勇名を轟かせた福山城合戦の大井田氏経/ 42
国境での戦い/ 44
沼川の戦いと魚沼武士/ 46
クローズアップ人物 大井田氏経/ 47
観応の擾乱/ 48
「貞治還補」と越後南朝の終焉/ 50
魚沼の中世板碑と戦乱の悲劇/ 52
十三塚が語る中世の悲話/ 55
コラム 南北朝の終焉と尻高氏、長尾氏/ 56
戦国時代/ 57
解説/ 58
各地に分散した大井田氏/ 63
情報文化の先進地・上田庄/ 66

クローズアップ人物 妙雲院妙昭/ 69
越後永正の乱と妻有地方/ 70
関東管領上杉顕定、長森原に死す/ 74
藪神衆の戦国事情/ 76
上田長尾氏と激動の時代/ 80
コラム 春日山と魚沼を結ぶ城と街道/ 82
松之山の管領塚/ 84
平子氏の戦国時代/ 86
天文の乱と妻有地方/ 88
上田長尾氏の抗戦/ 90
上野源六家成と上野城攻防戦/ 92
長尾政景の死/ 94
謙信の越山と塩沢大館/ 96
コラム 日づけと冬路/ 98
下倉山城の首塚/ 99
直江兼続は魚沼っ子/ 100
御館の乱・上田庄の攻防/ 104
コラム 景勝姉の手紙から/ 110
御館の乱と魚沼の争乱/ 111
コラム わらべ歌にみる魚沼の民衆/ 115
奥会津と交流した人びと/ 116
コラム 首実検の作法/ 120
江戸時代/ 121
解説/ 122
関ヶ原合戦と越後一揆/ 128
川の関所と川港の争い/ 132
国境の争い/ 134
コラム 国境山論と目黒彦兵衛/ 139
松之山温泉騒動/ 140
コラム 飢饉と身売り/ 144
魚沼の質地騒動/ 146

魚沼不穏/ 150
十日町の明和騒動/ 156
丹後跳ね越しの石/ 158
義民仁右衛門と寛政の改革/ 160
天保の飢饉と妻有南部の一揆/ 162
三品の品替え反対願い/ 166
小千谷町と長岡商人の争い/ 168
堀之内村の打毀し/ 172
コラム 仲介役の目黒周司/ 176
幕末・明治維新/ 177
解説/ 178

大般若塚の戦いと三国峠/ 182
大雨の中で繰り広げられた雪峠の戦い/ 184
暁の決戦 ー小出島の戊辰戦争/ 186
浦佐普光寺に屯営した新政府軍/ 194
決裂した小千谷談判/ 198
コラム 山内大学と広瀬郷の人びと/ 200
片貝・鴻之巣の戦い/ 201
東軍が守り抜いた朝日山の攻防/ 203
戊辰の村/ 205
クローズアップ人物 
  →会津藩士を弔った大龍和尚/ 209
庄屋たちの戊辰戦争/ 210
「小千谷県」設置騒動/ 212
コラム 町野源之助、その後/ 214
ふるさとの山城/ 215
解説/ 216
□生〔ヒウ〕城・大沢城(小千谷市・魚沼市)/220
内ヶ巻城(小千谷市)/ 222
時水城(小千谷市)/ 224
小平尾城・須川城・天ヶ倉城・七夕城・
  →鷹待城(魚沼市)/ 225
下倉山城・根小屋城(魚沼市)/ 228
大井田城・大井田城砦群(十日町市)/ 230
琵琶懸城(十日町市)/ 232
羽根川城(十日町市)/ 233
犬伏城(十日町市)/ 234
節黒城(十日町市)/ 236
坂戸城(南魚沼市)/ 237
六万騎城・浦佐城・板木城・
  →樺沢城(南魚沼市・魚沼市)/ 240
直路城・荒戸城(南魚沼市・湯沢町)/ 244
赤沢城・今井城(津南町)/ 246
小千谷・十日町・魚沼の合戦年表/ 248
写真・資料提供者および
  →お世話になった方々/ 254
おもな参考文献/ 254
あとがき/ 255

2010 22 3月、國學院大學研究開発推進センター編「霊魂・慰霊・顕彰 : 死者への記憶装置」が「錦正社」から刊行される。  
シンポジウム 日本における霊魂観の変遷 報告 怨霊と怨親平等との間 / 山田雄司
馬関戦争と下関招魂場の形成 / 武田秀章 著
近代における「賊軍」戦死者の祭祀 / 今井昭彦 著
コメント 各報告の意義とその図式化 / 三土修平 述
霊魂観の歴史的連続性と変容の視点 / 中山郁 述
討議 / 山田雄司, 武田秀章, 今井昭彦 報告 ; 三土修平, 中山郁 コメンテーター ;
藤田大誠 司会
シンポジウム 近代日本における慰霊・追悼・顕彰の〈場〉 報告 戦死者祭祀の場としての「神社」 / 菅浩二 著
軍都の「慰霊空間」と国民統合 / 本康宏史 著
戦争・災害の死者の〈慰霊〉〈供養〉 / 羽賀祥二 著
コメント 旧藩意識と「賊軍」慰霊の問題 / 高木博志 述
「場」を支える人々の想い / 大原康男 述
討議 / 菅浩二, 本康宏史, 羽賀祥二 報告 ; 高木博志, 大原康男 コメンテーター ; 藤田大誠 司会
付論 戦死者の霊魂をめぐる慰霊・追悼・顕彰と神仏両式 / 藤田大誠 著
9月、東京大学大学院人文社会学系研究科が「戦争と戦没者をめぐる死生学 : ワークショップ報告論集」を「東京大学大学院人文社会学系研究科グローバルCOE「死生学の展開と組織化」」から刊行される。 ハングル併記 231p
戦没者への眼差し / テレングト・アイトル
朝鮮戦争の記憶と戦死者儀礼 / 池映任
コメント「敵味方供養」をめぐる日韓文化比較の視点から / 真鍋祐子 重要
戦争と死の物語り
戦死と遺族 / 加藤陽子 著
コメント 東京大学・加藤陽子教授のご発表に対する討論の要旨 / 朴栄濬
戦争をめぐる論争とその超克
正義戦争論の視覚からみた韓国と日本の葛藤克服の方向 / 朴均烈
コメント 朴均烈報告に対するいくつかの疑問 / 六反田豊
戦争の倫理
マイケル・ウォルツアー(Michael Walzer)の正義戦争論に
  →関する批判的考察 / 朴政淳
コミュニタリアニズムと戦争倫理 / 小林正弥
コメント 戦争をめぐる事実と規範 / 一ノ瀬正樹
   会期・会場: 2009年6月6日 東京大学本郷キャンパス法文二号館一番大教室
2011 23 5月、津軽民話の会編「津軽民話の会昔話聞き書」が「青森県文芸協会出版部」から刊行される。 

和尚と小僧/ 325
屁ふり爺/ 325
狐に化かされた話/ 326
(17) 嶋中いとの昔がたり
  →(会誌12号)
鷲のさらい子/ 327
小栗判官/ 329
狸に化かされだ話/ 285
(9) 蛙の嫁コ(会誌5号)
蛙の嫁コ/ 286
(10) 奈良まめの昔がたり
  →(会誌6号)
妻の幽霊/ 287
博打打ち/ 287
金のなる木/ 288
魚、目つぶれ/ 289
宝手拭い/ 289
歌の謎/ 290
歌問答/ 292
ちょうのう狐/ 294
(11) 中里さなの昔がたり
  →(会誌7号)
姥皮コ/ 295
狐のはなし/ 297
十五夜の話/ 299
(12) 市浦の民話(会誌8号)
力比べ/ 300
蛸屋長兵衛/ 303
ばか婿/ 303
屁ふり爺コ/ 305
あん子とまん子/ 307
(13) 金木の民話(会誌9号)
桃太郎/ 308
猿蟹合戦/ 308
継子の栗拾い/ 309
継子と鳥/ 309
継子と鳥/ 309
兄弟の飯炊き競争/ 309
宝財布/ 310
半殺しと皆殺し/ 310
ばか婿(庭木褒め)/ 311
ばか婿(ばば汗)/ 311
豆こ話/ 312
豆こ話/ 312
鬼のふんどし/ 313
(14) 奈良まめの昔がたり
  →(会誌9号)
小鳥と鳴き声/ 313
てんぽ比べ/ 315
(15) 鍋田キヌの昔がたり
  →(会誌10号)
染物屋のなぞ/ 315
元日の祝詞言い間違い/316
秋田のほら吹きど
  →津軽のほら吹き/317
大蛇と僧の戦い/ 317
おぼさりてえの化け物/319
小僧コいいが/ 320
(16) 小泊・蟹田の民話
  →(会誌11号)
瓜姫コとあまのじゃく/ 321
絵姿女房/ 322
沼の中の宝物/ 323
子どもに助けられた継母/ 330
屁ふり爺コ/ 332
笠地蔵/ 333
親を買った話/ 334
姥捨て/ 335
和尚と小坊コ/ 337
鮭上る/ 338
水飴は毒/ 338
和尚と小坊コ(なんだべ)/ 339
嫁ど婆の仲直り/ 340
豆の葉に念仏/ 341
雪娘/ 342
坊主ぁ地獄の先立ち/ 343
所変われば/ 344
枯木見舞/ 346
餅は化け物/ 348
尻尾の釣り/ 349
猿と蟹の寄合い田/ 350
古屋の漏り/ 352
三枚の護符/ 353
猫と南瓜/ 355
猫の踊り/ 356
狐にだまされた話/ 357
絵猫と鼠/ 359
蟹の恩返し/ 360
狸の恩返し/ 361
虻の恩返し/ 364
浴衣/ 365
漂流者の崇り/ 365
新病小屋の怪/ 366
山で迷う/ 367
馬になった男と六部/ 368
娘の機転/ 369
先夫を弔う尼/ 371
馬になった婆/ 372
手前田コの唄/ 373
一休の引導/ 374
右衛門の後生徳/ 375
飢渇から救われた田/ 376
尼になった姉妹/ 377
栄治ぁ十三/ 378
V 資料集の昔話
(18) 「聴く語る創る」第2号
地獄極楽まんだら/ 380
10月、嶋村初吉が「響きあう日韓 : 近代百年交流史ノート」を「梓書院」から刊行する。  
近世日本人の朝鮮観-漂流民の立場から
近代への序章-イサンと福沢諭吉
金大中大統領と李姫縞夫人
韓国映画とテレビドラマの世界
伊藤博文の韓国観
柳宗悦と朝鮮の「美」
韓国の詩の世界-尹東柱を中心に
田内千鶴子と金任順-木浦と巨済島"孤児の母"
澤正彦と韓国キリスト教
近代の韓国歌謡史
韓国を野菜王国にした禹長春
対馬出身の新聞小説家・半井桃水
司馬遼太郎と韓国
韓国人の意識構造
済州島の光と影
○、この年、「信長・秀吉・家康の時代戦国京都めぐり地図」が「ユニプラン」から刊行される。
 地図 1枚 ; 93×62cm (折りたたみ16cm)
明智光秀首塚碑(明智光秀の首はこの地に埋められたと伝えられる)
明智光秀胴塚碑(明智光秀の遺体(胴体)が埋葬されたと伝えられる)
明智薮碑(明智光秀が土民に襲われという小栗栖の明智薮)

足利将軍室町第址碑(室町幕府三代将軍足利義満が造営した将軍家の邸宅跡)
足利尊氏邸・等持寺跡碑(尊氏の三条坊門第、没後の足利氏の菩提寺・等持寺跡)
愛宕神社(本能寺の変前に明智光秀が戦勝祈願・籤引き・連歌の会)
化野念仏寺(角倉素庵墓)
阿弥陀寺(信長・信忠・信孝、森蘭丸三兄弟らの墓、本堂に信長・信忠父子の木像。清玉上人が近江国坂本に創建し、信長の帰依を得て、
  →本能寺の変当時は、上京上立売大宮にあった)
安楽寿院(豊臣秀頼が大修復)
石川丈山翁旧跡碑
石川丈山墓(幕府医師・野間三竹の撰文で丈山が生前に建てたという)
板倉勝重・重宗屋敷跡碑(京都所司代に任ぜられた板倉氏官邸跡)
一乗寺下り松(慶長9年(1604)、武蔵は、吉岡又七郎とその門弟とこの地一乗寺下り松で決闘したと伝える)
一条戻り橋(一条の辻のある寺院で、日本二十六聖人の24人が耳たぶを切り落とされる。利休の首は磔にされた木像の下に晒されたという)
一本松碑(秀吉が植えたという、松の巨木があった)
医徳山(こぬか薬師・薬師院)(信長勧請「本尊薬師如来像」)
今里城跡(能勢氏(西岡地方の国人)の城館という)
今出川菊亭右大臣鳥羽殿跡碑
新日吉神宮(隠れ太閤信仰の樹下社、かつての豊国廟の狛犬)
今宮神社(徳川家光が社殿を再興)
石清水八幡宮(信長・秀吉・秀頼・家光の造営・再建等の社殿)
上杉景勝屋敷跡碑(上杉景勝の聚楽第の屋敷跡という)
魚市場遺跡碑(秀吉の伏見築城により生鮮魚貝類を商う問屋が軒を並べた)
裏千家今日庵(千利休居士・千宗旦居士遺蹟今日庵)
雲龍院(泉涌寺別院)(後水尾上皇再建援助)
永観堂(家康・秀吉の寄進)
栄春寺(伏見城遺構の総門)
恵心院(秀吉・家康からの庇護、春日局が竹千代(後の家光)のため祈願した寺)
圓光寺(家康の命で三要元佶(閑室元佶)が開山)
円通寺(後水尾天皇幡枝御殿跡)
圓徳院(高台寺塔頭)(北政所居住、小堀遠州作庭、木下利房(北政所甥)墓)
延暦寺(信長の比叡山焼討、豊臣秀頼再建の横川中堂(現在は昭和46年再建)、徳川家光再建・造営・整備の根本中堂、
  →比叡山焼き討ちで唯一残った瑠璃堂、秀吉が園城寺(三井寺)金堂を移築した釈迦堂)
応仁の乱勃発地碑(応仁元年(1467)正月17日の夜半、ここに布陣した東軍畠山政長と西軍畠山義就が交戦し、応仁・文明の乱がはじまる)
大堰川(角倉了以開削)
大谷祖廟(東大谷)(武家墓地)(賤ヶ岳の七本槍の1人・加藤嘉明墓)
大原口(大原口道標(1868))
大原野神社(後水尾天皇が本殿四棟春日造を再建)
大原神社(徳川家康上洛時の定宿)
大原野神社鳥居跡碑(後水尾院が寄進の鳥居跡)
大宅一里塚跡碑(徳川家康の命により築造された一里塚跡)
阿国歌舞伎発祥地碑(慶長8年(1603)に、この四条河原で、出雲の阿国が「かぶき踊り」を演じたのが現在の歌舞伎の発祥とされている)
史跡御土居碑
御土居碑
御土居碑(近隣2箇所)
史跡御土居
御土居
表千家不審庵(千利休居士遺蹟、不審庵碑)
女三宮御茶屋旧蹟地(後水尾天皇の女三宮(顕子内親王)は、岩倉に新殿を建て岩倉御所と称したという)
開田城跡(国衆の一人である中小路氏の居館(居城))

大徳寺(聚楽第遺構の唐門、千利休像安置の金毛閣(三門上層)、勅使門は御所の門を後水尾天皇より下賜、大政所肖像画)
黄梅院(大徳寺塔頭)(小早川隆景改修、毛利元就他毛利一族の墓、小早川隆景墓、蒲生氏郷墓、
  →本堂・唐門は秀吉改築、
加藤清正が朝鮮より持ち帰りの梵鐘・朝鮮灯籠
玉林院(大徳寺塔頭)(山中鹿之助墓、片桐且元墓、曲直頼正琳墓、佐竹義宣墓、有馬豊氏墓、小出吉政墓)
孤篷庵(大徳寺塔頭)(小堀遠州建立(後に復興)、遠州作庭、小堀遠州・一族墓、小堀政方墓、佐久間真勝墓)
金龍院趾碑(廃寺となった大徳寺塔頭)(金森長近が信長追福のため伝叟を請じて創建)
三玄院(大徳寺塔頭)(石田三成が浅野幸長・森忠成と共に創建、三成墓、古田織部墓、森忠政墓)
聚光院(大徳寺塔頭)(三好義嗣が建立、三好長慶墓、表・裏・武者小路の三千家歴代の墓、千利休墓、利休作百積の庭)
正受院(大徳寺塔頭)(越前敦賀城主の蜂屋頼隆が檀越、里村紹巴・他一族墓)
真珠庵(大徳寺塔頭)(尾和宗臨が創建、書院通僊院は正親町天皇皇后化粧殿を移建)
総見院(大徳寺塔頭)(織田信長菩提寺として秀吉が建立、木像織田信長座像、織田信長・信忠・他一族墓、斉藤帰蝶(濃姫)墓、
  →秀吉遺愛の侘助椿、
加藤清正の朝鮮石で造られた掘り抜き井戸、信長家臣の堀久太郎秀政が寄進した銅鐘)
大光院(大徳寺塔頭)(藤堂高虎が大和郡山より大徳寺に移す、羽柴秀長墓)
大慈院(大徳寺塔頭)(大友宗麟の姉見性院らが建立、筒井順慶墓、立花宗茂墓)
芳春院(大徳寺塔頭)(前田利家室芳春院建立の前田家菩提寺、片桐石州墓、前田麻阿墓、京極高国・高知墓、小堀遠州作庭方丈裏山水庭)
龍光院(大徳寺塔頭)(黒田長政建立、黒田孝高(如水)・長政父子墓、吉川元春・広家父子墓、津田宗及墓)
大悲閣(千光寺)(角倉了以創建・隠棲、角倉了以像)
大仏殿石垣碑(道路に面して大仏殿の石垣が残る)
大老土井利勝屋敷跡(家康から三代に渡って徳川家に仕えた土井利勝の京邸跡)
高瀬川(角倉了以開削)
高瀬川一之船入碑(高瀬川の船入は、変遷あるも二条〜四条間に9ヶ所作られた)
二之舟入址碑
三之舟入址碑
五之舟入址碑
七之舟入址碑
八之舟入址碑
九之舟入址碑
高瀬舟模型(伏見の船大工が造った高瀬舟の模型)
瀧尾神社(秀吉の方広寺大仏殿建立の際に遷座)
建勲神社(織田信長を主祭神・信忠を配祀、「義元左文字」銘刀、太田牛一自筆本「信長公記」)
狸谷山不動院(剣豪宮本武蔵修業の滝)
丹波口(京の七口)
知恩院(正親町天皇綸旨で、知恩院が浄土宗の本寺になる、徳川家菩提寺として家康の拡充、秀忠寄贈の三門・経蔵、家光再建の御影堂、
  →千姫墓、良正院(督姫)墓、酒井忠次墓、本多康俊・忠相墓、徳川家康・秀忠・家光の位牌と肖像画のある権現堂)
知恩寺(竹中重定(半兵衛従兄弟)墓、蒲生氏郷正室冬姫(信長次女)墓、朝山日乗墓)
龍見院(知恩寺塔頭)(鳥居元忠墓)
智積院(家康が、秀吉が夭折した棄丸の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺の寺領を寄進)
茶人珠光・織田信雄
加藤清正・紀州藩邸古蹟碑(信雄・清正らの住まい地)
茶屋四郎次郎邸址碑(初代清延が徳川家康に仕えた際に、屋敷地として与えられた)
長圓寺(長円寺)(京都所司代板倉勝重が土地寄進)
長建寺(賤ヶ岳七本槍の一人脇坂安治下屋敷跡)
長香寺(家康側室・於古知也の本願により創建)
長曽我部盛親公埋首地碑
長楽寺(本堂は正伝寺の法堂(伏見城御成門中の建物を移した)を移築)
月輪陵(後水尾天皇、東福門院陵墓)
天授庵(南禅寺塔頭)(細川幽斎再興、絹本着色細川幽斎像・幽斎夫人像、京極高広(高知の次男)墓)
天道神社(信長が寄進した地に遷座)
天得院(東福寺塔頭)(方広寺の鐘名事件(住持清韓が方広寺の鐘銘へ「国家安康、君臣豊楽」を撰文))
天寧寺(金森宗和墓、宗和作の宇治の茶の木で作ったという利休像、後水尾天皇念持仏聖観音像、東福門院念持仏薬師如来像)
天龍寺(豊臣秀吉の寄進を受け復興(幕末期焼失))
陶工仁清窯址碑(野々村仁清窯跡)
東寺(豊臣秀頼寄進の金堂)
等持院(福島正則が海福院(妙心寺塔頭)から移設の方丈、足利歴代将軍を弔う遺髪搭)

報恩寺(鳴虎)(秀吉が寺宝の虎の図を聚楽第に持ち帰えるも夜毎吠えて眠れず寺に返す)
方広寺(方広寺鐘銘事件の梵鐘、秀吉建立・秀頼再建)
豊国廟(豊臣秀吉墓・明治30年(1897)秀吉の300年忌に際し廟宇が再建され墳上には巨大な五輪石塔が建てられた)
宝積寺(宝寺)(山崎の合戦で秀吉の本陣、秀吉が腰掛け天下統一を考えたという出世石、秀吉が一夜で建てたという三重塔)
宝泉院(伏見城血天井)
豊太閤三百年祭記念碑(明治31年(1898)、没後三百年祭が開催時、豊臣秀吉の「偉勲」をたたえるために建立された)
宝福寺(伏見城遺構の金毘羅堂、秀吉と淀殿の子授け成就祈願の陰陽石・羅漢像二体等も境内に移される)
墨染寺(桜寺)(秀吉寄進、日秀(瑞龍院)が再興)
濠川(伏見城外堀遺構)
本阿弥光悦京屋敷跡碑(徳川家康から拝領した鷹峯の地に一族・工匠らと移り住むまで、本阿弥家本家の邸宅が構えられていた地)
本経寺(明智薮碑、明智光秀の塚)
本教寺(慶長牡丹の寺)(秀吉遺愛・督姫(家康次女)手植えの牡丹)
本圀寺(加藤清正寄進の開運門(山門)、清正の祈願所・菩堤所で清正廟(眞生廟)、墓地に大政所(秀吉母)が合祀(妙雲院弥右衛門、
  →婿三好吉房、孫豊臣秀保と合祀)の供養塔)
本圀寺の題目石碑(本圀寺の跡地、近隣2箇所)
本寿寺墓地(歌舞伎「鳥辺山心中」お染・菊池半九郎の比翼塚(二条城普請奉行と祇園茶汲女の恋))
本禅寺(大久保彦左衛門墓、大久保忠隣墓、石川忠総墓)
本能寺(信長の廟・本能寺の変の戦死者の供養塔、宝物館に信長の遺品など、島津義久夫人墓)
本能寺跡碑(本能寺跡碑、近隣2箇所)
本法寺(本阿弥家と長谷川等伯ゆかりの寺、秀吉による聚楽第の工事で当地に、光悦の寄進の紫紙金字法華経、光悦作庭「三巴の庭」、日b墓)
本満寺(山中鹿之助墓、結城秀康(家康二男)の正室・蓮乗院の石廟)
槇島城跡碑(室町幕府終焉の地)
此の附近槇島城趾(室町幕府終焉の地)
松永昌三講習堂址碑(京都所司代板倉重宗の援助で講習堂を建てた)
松永貞徳柿園址碑(貞徳晩年の別荘・柿園跡)
松永貞徳花咲亭址碑
松本宗悟邸址碑(茶人・歌人の宗悟邸跡)
曼殊院(小堀遠州作庭の大書院前庭、遠州好み)
満足稲荷神社(秀吉が伏見城の守護神として伏見稲荷大社の祭神を勧請、後に遷座)
萬福寺(隠元隆g開創)
水無瀬神宮(石川五右衛門手形というのが残る神門)
耳塚(文禄・慶長の役の朝鮮・明兵の戦死者の耳や鼻を弔った塚、耳塚修営供養碑)
三室戸寺(信長が槇島での戦いで衆徒が将軍義昭に味方したため寺領を悉く没収)
宮本・吉岡決闘地碑
妙覚寺(信長上洛時の宿所の一つ(移転前の二条衣棚の地)、聚楽第元裏門の表門、狩野永徳墓)
妙喜庵(千利休作の茶室待庵)
妙教寺(淀古城跡碑、茶々は鶴丸を産む)
妙恵会墓地(旧本圀寺墓地)(松永久秀(弾正)・久通父子の合葬墓碑、元松永久秀の屋敷跡)
妙顕寺(秀吉により二条西洞院から移転)
久本院(妙顕寺塔頭)(茶屋四郎次郎清延墓、四郎次郎の木像)
泉妙院(妙顕寺塔頭)(尾形光琳・乾山の菩提所)
豊臣秀吉妙顕寺城跡(聚楽第造営前の秀吉の首都経営の拠点)
明光寺(浅井長政の従兄弟・井口五朗俊政(後の了善)が創建、明光寺の山号「雄谷山」は「小谷」から)
妙心寺浴室(明智風呂)(塔頭太嶺院(廃寺)の密宗和尚が明智光秀の菩提を弔うために建てる)
海福院(妙心寺塔頭)(福島正則の創建・菩提寺、正則が賤ヶ岳の戦いで使った槍)
玉鳳院(妙心寺塔頭)(信長・信忠父子の石塔、武田信玄・勝頼父子の石塔、秀吉と棄丸(鶴松)の御霊屋(祥雲院殿))
寿聖院(妙心寺塔頭)(石田三成創建、三成が建てた書院、三成父正継・母の瑞岳院・三成、
  →3代目住職の三成長男隼人正重家(宗享禅師)の肖像画のレプリカ、三成の髪墓、三成父の石田正継墓)
春光院(妙心寺塔頭)(堀尾吉晴が建立、吉晴作の鶴亀の庭「常盤の庭」、方丈裏の大書院は淀城の寝所を移築、南蛮寺の鐘)
大雄院(妙心寺塔頭)(石河光忠が父親の菩提寺として建立、光忠墓)
大通院(妙心寺塔頭)(山内家菩提寺・山内一豊と妻千代の卵塔の墓石と位牌・肖像画が祀られている御廟)
大法院(妙心寺塔頭)(真田信之(幸村の兄)の孫・長姫(千種大納言有能の正室)が菩提寺として妙心寺山内に創建、真田家一門の墓、
  →家康の長女・亀姫の像「盛徳院殿像」が安置され本堂に位牌)
○、この年、 日本仏教綜合研究学会編「日本仏教綜合研究 10号 2011年度」が「日本仏教綜合研究学会」から刊行される。
近世武家社会における葬制について : 藤堂高久の葬送と喪禮 松原 典明 p.1-21
宝地房証真の教判論 松本 知己 p.23-43
宝篋印塔源流考 : 図像の伝来と受容をめぐって 大塚 紀弘 p.45-67
日清・日露戦争と怨親平等 李 世淵 p.69-87
〈中世仏教〉再考 : 二項対立論を超えて (シンポジウム 日本仏教の綜合研究とは何か : 新たな視角を求めて) 上島 享 p.89-116
〈近代仏教〉再考 : 日本近代仏教史研究と「鎌倉新仏教」論 (シンポジウム 日本仏教の綜合研究とは何か : 新たな視角を求めて) 福島 栄寿 p.117-145
〈仏教学〉再考 : 教理研究と修行実践 (シンポジウム 日本仏教の綜合研究とは何か : 新たな視角を求めて) 蓑輪 顕量 p.147-166
コメント (シンポジウム 日本仏教の綜合研究とは何か : 新たな視角を求めて) 末木 文美士 p.167-171
質疑・討論要旨 (シンポジウム 日本仏教の綜合研究とは何か : 新たな視角を求めて) 上島 享, 福島 栄寿, 簑輪 顕量 p.172-179
書評 Women, Gender, and Nara Buddhism : Reflections on Lori Meeks,
  →Hokkeji and the Reemergence of Female Monastic Orders in Premodern Japan  デイビッド クインター, 菊地 大樹 p.181-198
書評 Bernard Faure, Michael Como and Iyanaga Nobumi, eds.,
  →"Rethinking Medieval Shinto", Cahiers d'Extreme-Asie 16 キゲンサン リチャ, 西村 玲 p.199-205
書評 Charles D. Orzech 主編, Henrik Hjort Sorensen,
  → Richard Karl Payne 編著, Esoteric Buddhism and the Tantras in East Asia 林山 まゆり p.207-216
海外研究動向 二〇一一年 AAS大会参加記 曽根原 理, 原田 正俊 p.217-221
2012 24 3月、長崎ウエスレヤン大学編「長崎ウエスレヤン大学現代社会学部紀要 10巻1号(鎮西学院130周年特別記念号)」が「長崎ウエスレヤン大学」から刊行される。
もろともに遠く望みて : 苦難と恩寵の道・鎮西学院130年の歩み 森 泰一郎 p.1-8
離島振興法に関わる個人力 : 山階芳正氏の活躍と貢献  鈴木 勇次 p.9-22
Passionate Convictions and Self Esteem in The Two Gentlemen of Verona Joseph Z. Romero p.23-29
日英語アスペクトに関する一考察 大里 泰弘 p.31-38
文化イベントに参加した学生の学び 「正統的周辺参加」理論の視点からの一考察 齊藤 仁志 p.39-46
地域づくりにおける地域ブランド形成のための資源活用 : 企業ブランドと地域ブランドづくりの視点から 藤崎 亮一 p.47-52
道の駅の地域振興に関する一考察 佐藤 快信, 西川 芳昭, 鶴渕 鉄平 p.53-62
共生試論 : 文化的差異とマイノリティの構造に関する考察 中野 伸彦 p.63-70
介護福祉実習における実習生への心理的変化に関する研究 占部 尊士, 村岡 則子, 森永 佳江 p.71-77
長崎ウエスレヤン大学における戦略マネジメント・システムの導入(1) 「 k俊, 南 慎郎, 菅原 良子 p.79-99
中国から見た長崎の歴史的意義 : 要人来訪・長崎市・福州市との交流状況 高山 乾忠 p.101-107
"[hak]"をどこまで、どう教えるか 〔ユ〕 稔生 p.109-111
インターアクションと教育にかかわる雑考2011 齊藤 仁志 p.113-116
景観とまちづくり(2)佐藤 快信 p.117-122
日本精神文化の根底にあるもの(11)「神道の生死観」について 渡辺 勝義 p.1-20
渡辺 勝義が「長崎ウエスレヤン大学現代社会学部紀要」に発表した日本精神文化の根底にあるもの(1〜11)迄の内訳一覧表
No 雑誌巻号頁 発行年月 論文名
1
2 1(1) p.1〜15 2003.03 実存的不安と託宣
3 2(1) p.1〜10 2004.3 「霊魂(たま)の行方」について
4 3(1) p.1〜12 2005.3 記紀古典に見る「穢(けが)れ」の意味について
5 4(1) p.1〜19 2006.3  日本精神文化の根底にあるもの(5)怨親平等の鎮魂について 
6 5(1) p.1〜14 2007.3 日本精神文化の根底にあるもの(6)「聖なるもの」の訪ひについて
7 6(1) p.1〜22 2008.3 始原への回帰--本田親徳翁が遺した霊学(鎮魂法・帰神術)について
8 7(1) p.1〜19 2009.3 「産土神」考
9 8(1) p.1〜15 2010.3 霊学の道
10 9(1) p.1〜28 2011.3 「葬送儀礼」考
11 10巻1号 p.1-20 2012.3 「神道の生死観」について 渡辺 勝義
                     ※No1の論文内容が不明なため再調査要 2024・5・7 保坂
4月、鬼頭勝之が「関ヶ原東首塚供養堂と徳川宗春」を「鬼頭勝之」から刊行する。
  所蔵:岐阜県図書館 請求記号:182.93-キ-A 図書登録番号:8141359163
  所蔵:熊本県立図書館 請求記号:185-キ  図書登録番号:0140356197

○、この年、「超域文化科学紀要 -(17)」が「東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻」から刊行される。  
Der Rausch als Methode, der Mensch als Material, der Fuhrer als Kunstler :
  → Die "Asthetisierung der Politik" im Nationalsozialismus der Weimarer Republik Hermann Gottschewski p.5-39
死を語る理由の必然性と歴史性 梶谷 真司 p.41-63
根源、モナド、エンテレケイア : ライプニッツとベンヤミンにおける統一の原理 茅野 大樹 p.65-81
「カストム」をめぐる生成 : ソロモン諸島マライタ島北部の「海の民」ラウにおける社会文化的動態とアイデンティティ 里見 龍樹 p.83-103
ショパンの文体と音楽構造 : 新たな分析方法をもとめて 松尾 梨沙 p.105-120
コンテンポラリー・ダンスにおける「作品」の「署名」 藤堂 寛子 p.121-134
1910年代の挿絵本における文学とキュビスム : ブラック、ピカソ、ジャコブ、ルヴェルディの試みをめぐって 松井 裕美 p.135-154
パリ仏越派のアオザイ美人像 : 20世紀ベトナム絵画への一考察 二村 淳子 p.155-179
怨親平等再考 李 世淵 p.196-181
安部公房のハードボイルド受容と『燃えつきた地図』 : 「記録性」との関連を視座として 丁 熹貞 p.216-197
語られる崔承喜 : 川端康成の『舞姫』における崔承喜論 李 賢ラ p.234-217
永井荷風「雨瀟瀟」の構造 宮田 沙織 p.252-236
明治三〇年代のオペラ受容史再考 : 森鴎外『玉篋両浦嶼(たまくしげふたりうらしま)』、坪内逍遙『新曲浦島』を中心に 伊藤 由紀 p.270-253
○、この年、李世淵が博士論文「日本社会における「戦争死者供養」と怨親平等」を発表する。
2013 25
2014 26 6月、山田雄司 が「怨霊・怪異・伊勢神宮」を「思文閣出版」から刊行する。  
第一部 怨霊
第1章 怨霊の思想
一 早良親王の怨霊への対応
二 仏教からの怨霊への理解
三 怨霊思想と死刑停止
第2章 怨霊への対処
  →─早良親王の場合を中心として─
一 儒教的対応
二 神社での祈祷
三 名誉回復と墓の整備
四 仏教的対応
五 陵寺の建立
第3章 怨霊から神へ─菅原道真の神格化─
一 藤原広嗣と松浦廟
二 御霊神社と御霊会
三 道真怨霊の誕生
四 二つの託宣と北野宮の創建
五 承平・天慶の乱後の神祇
第4章 怨霊─『今昔物語集』の事例を中心に─
一 『今昔物語集』巻二十七の構想
二 「公」と霊
三 「武」と霊
四 生霊のあり方
五 国家的「怨霊」への対応
六 民衆レベルでの怨霊への対応
第5章 源頼朝の怨霊観
一 頼朝の死
二 崇徳院の鎮魂
三 源義朝・平氏の鎮魂
四 奥州藤原氏の鎮魂
第6章 讃岐国における崇徳院伝説の展開
一 半井本『保元物語』にみる崇徳院の配流先
二 崇徳院配流先の諸本による異動
三 直島に残る崇徳院伝説
四 崇徳院と三宅氏
五 坂出周辺の崇徳院伝説
第7章 
怨霊と怨親平等との間
一 怨霊思想の変遷
二 霊魂の顕彰
三 慰霊の系譜
第二部 怪異
第8章 鎌倉時代の怪異
一 朝廷周辺の怪異
二 幕府周辺の怪異
三 戦乱と怪異
四 怪異の否定
第9章 平家物語・保元物語・平治物語の「怪異」
一 将軍塚鳴動
二 鳩の怪異
三 自然災害
第10章 怪異と穢との間
  →─寛喜二年石清水八幡宮落骨事件─
一 事件の発生
二 仗議
三 軒廊御卜
四 五体不具の穢
五 むすびにかえて─事件のその後─
第11章 親鸞における神と鬼神
一 神祇不拝と諸神護念
二 親鸞の鬼神認識
第12章 穢と不浄をめぐる神と仏
一 清浄を尊ぶ神と仏
二 『今昔物語集』に見る「穢」
二 慈悲行を優先する神
三 浄土教における不浄認識
第三部 伊勢神宮
第13章 伊勢神宮の中世的意義
一 古代伊勢神宮における仏教の影響
二 伊勢神道における仏教理解
三 僧尼の伊勢参宮
第14章 中世伊勢国における
  →仏教の展開と都市
一 『時衆過去帳』の分析
二 遊行上人廻国記事からの分析
三 律衆の展開
第15章 院政期の伊勢神宮と斎宮
  →─怪異をめぐっての比較─
一 建久九年の仮殿遷宮と怪異
二 斎宮をめぐる事件
第16章 室町時代伊勢神宮の怪異
一 心御柱の違例
二 怪異の連鎖
三 怪異とその対処
第17章 足利義持の伊勢参宮
一 足利将軍の参宮
二 義持参宮の特徴
三 参宮の実際─京から伊勢国へ─
四 伊勢参宮─宮川を越えて─
第18章 国阿上人の見た伊勢
一 熊野
二 伊勢神宮
三 山田
四 伊勢から京都へ
第19章 室町時代の災害と伊勢神宮
一 怪異・災害と遷宮
二 十五世紀中葉の神宮と災害
三 明応地震における伊勢国の被害状況
四 明応地震の際の伊勢神宮の対応
初出一覧
あとがき
索引(人名・事項)

6月、内海愛子, 大沼保昭, 田中宏, 加藤陽子が「戦後責任 : アジアのまなざしに応えて」を「岩波書店」から刊行される。
序章 なぜ、いま、戦後責任を語るのか
第1章 戦争裁判と戦争責任
第2章 一九五二年体制―閉ざされた日本
第3章 人権の内実化とアジアからのまなざし
第4章 サハリン残留朝鮮人の帰還
第5章 責任主体としての市民の創造
○、この年の夏、 「世界平和研究 40巻3号(通号202) 夏季」が「世界平和教授アカデミー」から刊行される。  
平和構築・開発と宗教の役割 (21世紀は宗教ダイナミズムの時代) 阿曽村 邦昭 p.2-8
文明史的大変動期における宗教の意義 : インド仏教の衰亡を例としつつ (21世紀は宗教ダイナミズムの時代) 保坂 俊司 p.9-16
地域研究 アジア太平洋経済圏の形成と日本 蛯名 保彦 p.17-24
地域研究 最近のトルコ情勢と日本の外交 山口 洋一 p.25-32
地域研究 : 海外特派員報告 対中プロパガンダ外交の勧め p.33-35
現代における鎮魂と怨親平等思想の再発見 山田 雄司 p.36-42
「ものの見方」について(1)脳の情報処理からみた次期社会の総合システム 川口 勝之 p.43-60
統一思想から見た日本・朝鮮の「万国公法」(近代国際法)の受容・認識とその適用(下) 柳 在坤 p.61-74
2015 27 7月、大沼保昭著, 江川紹子聞き手「「歴史認識」とは何か : 対立の構図を超えて (中公新書 ; 2332) 」が「中央公論新社」から刊行される。
要約等:韓国併合、満洲事変から東京裁判、慰安婦問題まで、歴史的事実が歴史認識問題に転化する経緯、背景を具体的に検証。あわせて、欧米諸国が果たしていない植民地支配責任を提起し、日本の取り組みが先駆となることを指摘する。
○、この年、立命館大学国際平和ミュージアム編「立命館平和研究 : 立命館大学国際平和ミュージアム紀要 16号」が「立命館大学国際平和ミュージアム」から刊行される。
人貴キカ、物貴キカ : 防空法制から診る戦前の国家と社会 水島 朝穂 p.1-11
「大東亜共栄圏」と鉄鋼業 長島 修 p.13-35
沖縄-中国-日本との関係を考える 劉 成, 池尾 靖志 p.37-43
書評 内海愛子・大沼保昭・田中宏・加藤陽子『戦後責任 : アジアのまなざしに応えて』 土野 瑞穂 p.45-48
立命館高等学校Super Global High School(SGH)の目指すもの 立命館高等学校SGH推進機構 p.49-59
ベ平連運動の時代から現在へ 大野 光明, 関谷 滋 p.61-68
第8回国際平和博物館会議報告 : 2010年代の立命館大学国際平和ミュージアムの活動 : 大学立の平和博物館としての役割 兼清 順子 p.69-76
立命館大学国際平和ミュージアム貸出教材キット・パネル運用報告(2012~2014年度) 岸本 菜穂美 p.77-84
2016 28 11月、石田茂作が「日本仏塔の研究 図版編 」を「吉川弘文館」から刊行する。
原色図版
1 〔重文〕石塔寺石造三重塔 (白) 滋賀県蒲生郡蒲生町字石塔
2 〔国宝〕法隆寺五重塔 (白) 奈良県生駒郡斑鳩町
3 〔国宝〕薬師寺三重塔(東塔) (白) 奈良市西ノ京町
4 〔国宝〕室生寺五重塔 (奈) 奈良県宇陀郡室生村大字室生
5 三ヶ日出土瓦製五重塔 (平) 奈良市登大路町 奈良国立博物館
6 〔国宝〕安楽寺八角三重塔 (室) 長野県小県郡塩田町大字別所
7 〔重文〕多武峰十三重塔 (室) 享禄五(一五三二) 奈良県桜井市多武峰 談山神社
8 〔国宝〕鞍馬寺銅製納経宝塔 (平) 京都市左京区鞍馬本町
9 金銅宝塔 (鎌) 愛知県中島郡祖父江町 服部勝蔵
10 〔重文〕長木墓地国東塔 (鎌) 元亨元(一三二一) 大分県東国東郡国東町堅来
11 〔国宝〕金剛三昧院多宝塔 (鎌) 貞応二(一二二三) 和歌山県伊都郡高野山
12 〔国宝〕根来寺大塔(多宝塔) (室) 明応-天文 (一四九二-一五五五) 和歌山県那賀郡岩出町大字西坂本
13 少菩提寺石造多宝塔 (鎌) 仁治二(一二四一) 滋賀県甲賀郡甲西町
14 〔重文〕円福寺宝籏印塔 (鎌) 永仁元(一二九三) 奈良県生駒郡生駒町有里
15 〔国宝〕餓鬼草紙仏碗傘塔婆 (鎌) 京都市東山七条 京都国立博物館
16 〔国宝〕長福寺金銅能作生塔 (鎌) 奈良県生駒郡生駒町字俵口
17 〔国宝〕西大寺金銅透彫舎利塔 (鎌) 奈良市西大寺町
18 〔国宝〕金棺出現図錫杖五輪塔 (藤) 神奈川県小田原市 松永安左衛門
19 〔重文〕橋寺金銅五輪塔 (鎌) 京都府宇治市 橋寺放生院
20 西南院噛合せ五輪塔 (鎌) 建長八(一二五六) 他和歌山県伊都郡高野山
21 伝香寺五輪板絵塔婆 (江) 慶長十三(一六〇八) 他奈良市小川町
22 金剛山寺厨子入密観宝珠舎利塔 (鎌) 奈良県大和郡山市矢田町
23 荘厳院開山(南山和尚)無縫塔 (室) 京都市東山区本町 東福寺荘厳院
24 東光寺梵字阿弥陀三尊板碑 (鎌) 貞永二(一二三三) 埼玉県北足立郡石戸村
25
遊行寺敵味方供養角柱塔 (室) 応永二十三(一四一六) 神奈川県藤沢市西宿町 清浄光寺
2017 29 ○、この年、中央評論編集部編「中央評論 68巻4号(通号298) 2017年 Win.」が「中央評論編集部」から刊行される。 
黒焦げの水筒と慰霊祭 : かつての敵兵をなぜ弔うのか? : My Memorable Trip 渡邉 七海 p.3-10
支援とボランティアを考える (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 古賀 正義 p.12-14
震災支援とボランティア活動 : 当事者研究と支援の社会学を考える (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 古賀 正義 p.15-27
震災ボランティアに大学生と取り組む : 南三陸SAPの五年間を通して (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 鈴木 悟 p.28-39
大川小学校事故、今までとこれから (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 佐藤 敏郎 p.40-50
支援ボランティアのいま : 中央大学の事例 (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 中澤 秀雄, 松本 真理子 p.51-78
支援ボランティア体験の意味 : 聞き取り・観察調査の事例から (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 古賀 正義, 鈴木 康士朗 p.79-87
支援実践とNPO (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 金森 俊一 p.88-94
東日本大震災後のリワイアリングと公共性 (特集 支援とボランティア : 東日本大震災から七年目へ) 中澤 秀雄 p.95-109
ノルウェーの古都ベルゲンに学ぶ 斯波 照雄 p.110-116
判例を読もう!(4)「著作権侵害を手助けするソフトの提供は無罪」事件[最高裁平成23.12.19決定] 曲田 統 p.117-121
さかさまポートレート・ギャラリー(22)顕彰と醜聞の肖像画 中尾 秀博 p.122-135
映画を観る愉しみ、映画を語る愉しみ(16) 野崎 守英 p.136-152
ドイツ・エルツ山地地方 木のマイスターたち(11)煙出し人形の作家たち、ペーター・ヴォルフ、フランク・フィンダイセン、
  →ヴォルフガング・ブラウン 中村 一行 p.153-168
イチロー/キムタク : 平成タレントロジー・序説(36) 福原 進 p.169-175
今日も劇場へ?(34)「クラシック音楽」をどう更新していくか : 武生国際音楽祭とルツェルン、アウフタクト・フェスティバル 森岡 実穂 p.176-185
○、この年、中央評論編集部編「中央評論 69巻1号(通号299) 2017年 Spr」が「中央評論編集部」から刊行される。 
敵兵を弔うまでの秘話 田崎 陸 p.3-10
B29慰霊碑に隠された物語を探る (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 松野 良一 p.14-18
「忘れ不(わすれず)の山」の謎 : 東京大空襲そして三機の墜落 : 宮城県不忘山 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 渡邉 七海 p.19-30
米兵は「鬼」ではなくただの「人」だった : 慰霊碑を建てる本当の意義 : 群馬県邑楽町清岩寺 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 星 礼華 p.31-42
二度目の着地 : 落下傘で脱出したB29機長を迎えた奇跡の慰霊祭 : 千葉県東庄町 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 田崎 陸 p.43-50
B29搭乗員之墓 : 誰にも言えなかった存在 : 千葉県木更津市 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 飯塚 日奈子 p.51-57
戦争で散った「汚れた妖精」 : 日米の和解、そして永遠の平和を祈願して : 東京都青梅市 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 菊池 航平 p.58-65
戦後生まれの奮闘 : 二度と戦争が起こらないように : 三重県名張市 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 君川 海有 p.66-75
B29搭乗員たちを祀る位牌 : 村人を救った秘話とは : 京都府城陽市深廣寺 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 真野 隼伸  p.76-86
怨親(おんしん)平等 : 体当たりの日本兵と斬首された米兵を弔う : 神戸市大龍寺 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 鈴木 勇輝  p.87-97
轟音 : 龍神村七十年の祈り : 和歌山県龍神村 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 菊池 航平 p.98-108
ボロボロの十字架と供えられた聖書 : 心霊スポットと呼ばれて : 岡山県貝殻山 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 堀場 貴登 p.109-115
殉空之碑 : 九州大学生体解剖事件の犠牲者を慰霊する : 大分県竹田市 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 米山 菜子 p.116-121
みんなの力でこの平和公園はできた : 山の中で半世紀続く慰霊祭 : 大分県中津市八面山 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 星 礼華 p.122-130
受け継がれる慰霊の心 : 「坂本少佐慰霊碑」と「B29鎮魂碑」 : 長崎県諫早市 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 飯塚 日奈子 p.131-143
「戦後」に墜落したB29 : 一つの碑に刻まれた日米兵士の名前 : 宮崎県西臼杵郡高千穂町 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 會田 野乃花 p.144-153
平和な未来を次の世代に : 往を告げて来を知る : 鹿児島県鹿屋市輝北町 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 中川 理佐 p.154-161
「石垣島事件」と異色の慰霊碑 : B29ではないある雷撃機の物語 : 沖縄県石垣市 (特集 日本全国B29慰霊碑物語) 田崎 陸 p.162-171
中央大学インターナショナル・ウィーク第八回「メキシコ」を振り返って (小特集 メキシコを知る :
  →中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 高松 英樹 p.174-181
日本とメキシコ : 友好の絆と多様性の再発見 (小特集 メキシコを知る :
  → 中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 目賀田 周一郎 p.182-188
日系企業が求める「人財」(メキシコ進出編) (小特集 メキシコを知る :
  →中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 舟木 律子 p.189-192
動員目標五〇〇人 : ルチャ・リブレ動員記 (小特集 メキシコを知る :
  → 中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 坂本 宏 p.193-201
メキシコ先住民の過去と現在 (小特集 メキシコを知る : 中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 丹波 美佐子 p.202-210
スペイン語弁論大会を終えて (小特集 メキシコを知る : 中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 高松 英樹 p.211-214
メキシコへ通じる扉 : 図書館資料展示レポート (小特集 メキシコを知る :
  → 中央大学インターナショナル・ウィーク第八回 テーマ「メキシコ」) 南 映子 p.215-219
花の都パリに学ぶ 斯波 照雄 p.220-226
中世ラテン語散文物語『カンブリア王メリアドクスの物語』 ジャン=シャルル ベルテ, 渡邉 浩司, 渡邉 裕美子 p.227-236
判例を読もう!(5)ある「マタハラ事件」 :
  う味妊娠中の軽易業務への配置換えを理由とする降格は許されるか?[最高裁第一小法廷・平成26.10.23判決] 川田 知子 p.239-244
今日も劇場へ?(35)天才たちとの出会い : バルカトフ演出《兵士たち》、
  →ヘアマン演出《ラインの黄金》、《コジ・ファン・トゥッテ》 森岡 実穂 p.245-253
さかさまポートレート・ギャラリー(23)カンガルーの感傷旅行 中尾 秀博 p.254-271
ドイツ・エルツ山地地方 木のマイスターたち(12)煙出し人形の作家たち、ヨッヘン・エメリッヒ、ディーター・クレハー 中村 一行 p.272-279
映画を観る愉しみ、映画を語る愉しみ(17) 野崎 守英 p.280-294
イチロー/キムタク : 平成タレントロジー・序説(37) 福原 進 p.295-300
本の紹介 故旧忘れ得べき : 橋治男『交友余情 : 忘れえぬ師友の肖像』を読む 平山 令二 p.301-304
本の紹介 フィリップ・ヴァルテール『私の鵞鳥おばさん : 妖精民話における神話とフォークロア』 渡邉 浩司 p.305-308
2018 30 3月、服部光真, 元興寺文化財研究所が「日本中世における戦死者供養の実証的研究」を [服部光真]から発表する。
    文部科学省科学研究費補助金研究成果報告書
3月、佐賀県立名護屋城博物館編「研究紀要 24巻」が「佐賀県立名護屋城博物館」から刊行される。
平成29年度企画展「語り継がれる名護屋城」記念講演会の記録 朝鮮の役の城と近代 : 倭城と名護屋城 太田 秀春 p.1-22
名護屋城博物館と大浦中学校との連携授業 : 「VR名護屋城」による城跡学習と国際交流員との交流授業 松尾 法博, 李 敬賢, 中野 恵子 p.23-42
「韓国語スピーチコンテストinなごや」について : 第13回スピーチコンテストを中心に 李 敬賢 p.43-46
天正二〇年九月二一日付 加藤清正覚書について 久野 哲矢 p.60-47
5月、加賀康之が「山陰の戦国史跡を歩く 鳥取編」を「ハーベスト出版」から刊行する。 
46 譲伝寺/ 63
47 幸盛寺/ 64
48 鹿野城(王舎城)/ 65
49 城山神社/ 67
50 山名源七郎の墓/ 68
51 加知弥神社/ 69
52 鷲峯神社/ 70
53 大崎城/ 72
54 小山正岡の墓/ 73
55 日光池/ 74
56 杉谷神社/ 75
57 志加奴神社/ 76
58 宮吉城(母木神社)/ 77

59 亀井茲矩の墓/ 78
60 田中覚兵衛の墓/ 79
61 勝山城/ 80
62 丸山(鎧畑)/ 81
63 三上兵庫
 →(東陽蔵主)の墓/ 81
64 山名神社/ 82
65 神前神社/ 83
66 小畑高尾城/ 84
67 願正寺/ 85
68 垣屋八幡宮/ 86
69 荒砂神社/ 86
70 桐山城
  →(木山城・木井ノ山城など)/87
71 蒲生峠/ 88
72 三上兵庫の墓〈岩美町〉/ 89
73 道竹城/ 91
74 因幡銀山/ 92
75 二上山城(岩常城)/ 93
76 長安寺/ 94
77 西法寺/ 95
78 諏訪神社〈智頭町〉/ 96
79 河村神社/ 97
80 関屋番所跡/ 98
81 岩神城(比丘尼城)/ 99
82 淀山城(富貴谷城)/ 100
83 唐櫃城/ 101
84 光沢寺/ 102
85 婆ヶ城(小畑婆ヶ城 
 →・老婆ヶ城)/103
86 清徳寺/ 104
87 佐崎神社/ 105
88 小松神社/ 105
89
怨親平等碑/106
90 半柵城/ 107
91 伊田一族の墓/ 108
92 五十首/ 108
93 覚王寺/ 109
94 市場城/ 110
95 毛利豊元の墓/ 111



2019 31 3月、三大学院共同出版編集委員会, 桑原真人, 衣川恵, 前泊博盛編「北海道・鹿児島・沖縄の歴史と経済」が「日本経済評論社」から刊行される。
北海道の歴史について / 桑原真人
大正期の函館五稜郭における片上楽天の活動について/濱口裕介
島津義弘の朝鮮出兵と異文化認識 / 太田秀春
近代の沖縄経済 / 来間泰男
戦時期における広域地方行政 / 横島公司
北海道のインバウンド観光と誘致効率性 / 平井貴幸, 山田玲良
南九州経済の実態と目指すべき施策 / 衣川恵
地方小売業〈飲食業・サービス業含む〉の現状と課題 / 大久保幸夫
鹿児島県経済の課題 / 中西孝平
「循環型・地域資源重視型・付加価値創造型」の鹿児島経済をめざして/菊地裕幸
基地経済論 / 前泊博盛
地域に必要とされる学生の活動 / 小山茂
コミュニティによる社会課題の解決方法に関する日英比較 / 村上了太

4月、堀江宗正編「宗教と社会の戦後史」が「東京大学出版会」から刊行される。  
5章 靖国神社についての語り―
  →明治維新百五十年で変わりうるか(小島 毅)
2 靖国問題は文化の相違によるものか
3 靖国神社の起源
4 靖国神社の英霊たち
5 
怨親平等から怨親差別
6 朱子学の歴史認識と靖国神社へ
7 おわりに―靖国史観解消への一里塚
6章 忠魂碑の戦後―宗教学者の違憲訴訟への関与から考える(西村 明)
2 箕面忠魂碑違憲訴訟とは
3 柳川啓一の忠魂碑理解―東京地裁における証人調書から
4 柳川説と忠魂碑訴訟のコンテクスト
5 むすびにかえて―忠魂碑の現在

6月、田口孝雄が「天草島原一揆後を治めた代官鈴木重成」を「弦書房」から刊行する。  
はじめに
第一章  三河今昔
鈴木重成のふるさと/足助のことをもう少し/徳川家康、三河武士を「剛渋の気象あり」と評する/三河の国衆から譜代の臣へ/則定陣屋は語る
第二章  鈴木家の系譜をたどる
鈴木氏の淵源/忠毅なる人びと/末裔のことなど/「徳川の平和」の根源
第三章  文明の衝突、日本の自画像
リンゴを二つに割るように/南蛮人がやって来た/キリスト教の受容と排除/伴天連追放令≠読む/国家理性の発動ということ/徳川日本の国是
第四章  徳川の家臣・幕臣として
駿河台/駿河台の鈴木町から大坂の鈴木町へ/五畿内代官・鈴木重成
第五章  天草島原きりしたん一揆
鈴木重成、島原へ/詳細な原城リポート/原城炎上/あのいくさ、何であったか
第六章  特命代官、海を渡る
特命代官≠ニはなにか/島原における初期の事績/九死に一生の天然痘/それは決して論功行賞などではなかった
第七章  天草代官(一)
オランダワイン/代官所と天領の村々/移民を呼び込む/四公六民、五公五民の時代にこの年貢率/矛盾/重成、島原代官を兼務/熊本藩主・細川光尚とのよしみ
第八章  天草代官(二)
三州足助から阿弥陀仏と二十五菩薩像を携えて/相次ぐ社寺の再建・創建/松榮山東向寺/よみがえる神社、活気づく村祭り/江戸時代、天草の産土神社
第九章  天草代官(三)
あれから一年、あれから十年…の思い/楕円形≠フ敵味方供養/中華珪法碑文の読み方/危ういかな武士道/やっぱり、ほうっておけない
第十章  絵踏み考
〈天草崩れ〉は何が問題なのか/転び伴天連<tェレイラ
絵踏みという逆説/天草での絵踏み/禁教下、キリシタンの諸相と命脈
第十一章 鈴木正三
(重成の兄))
世を捨てなかった世捨て人/正三という僧名の奇跡/職業即仏行・仏法即世法という考え方、そして仏教治国論/恩真寺―在家仏教への転回/『破吉利支丹』の時代性
終章   復興する天草
重成、死す/重成から重辰へ/「天草御条目」に見る復興のすがた(復興証明1)/石高を半減し、年貢率を引き上げる(復興証明2)/富岡城は無用なり(復興証明3)/〈鈴木さま〉のひろがり/鈴木神社/
鈴木重成公三百五十年祭/キリスト教伝来四百五十年祭
鈴木重成年譜
おわりに/参考文献
7月、嶋村初吉が「九州のなかの朝鮮文化 : 日韓交流史の光と影」を「明石書店」から刊行する。  重要
韓日文化交流の懸け橋に 孫鍾植(駐福岡大韓民国総領事)/ 3
はじめに/ 5
福岡のなかの朝鮮文化/ 15
福岡紀行 ◆明成皇后(閔妃)暗殺にかかわる史跡、福岡に二つ/ 17
福岡編【概論】/ 23
(1) 鉄の文化、元岡遺跡と「たたら」/ 25
(2) 新羅と日本、意外と深いつながりあり/ 26
(3) 邪馬台国論争、初めに筑後・山門説あり/ 27
(4) 元冠がむすぶ、博多と馬山/ 29
(5) 福岡に来た、高麗の鄭夢周/ 32
(6) 李退渓で結ばれた、南漢山と正行寺/ 34
(7) 臨海君の子が、福岡で住職に/ 35
(8) 博多の豪商、町づくりにも貢献/ 36
(9) 朝鮮地蔵と貝原益軒、亀井南冥の墓/ 38
(10) 港のにぎわい、津屋崎千軒/ 39
(11) 博多祇園山笠の「清道旗」と朝鮮通信使/ 40
(12) 朝鮮通信使と福岡藩/ 41
(13) 相島へ、福岡藩の儒学者ら続々と/ 43
(14) もてなしに心砕く/ 44
(15) 明成皇后(閔妃)暗殺事件の「謎」/ 45
(16) 福岡刑務所で亡くなった尹東柱/ 49
(17) 韓国農業に尽くした、八女出身の高橋昇/ 53
【福岡と朝鮮メモ】/ 54
佐賀のなかの朝鮮文化/ 61
佐賀紀行
◆少女の日記『にあんちゃん』の地を訪ねて/ 63
◆有田に李参平の足跡をたどる/ 67
佐賀編【概論】/ 69
(1) 邪馬台国への道、末盧国/ 71
(2) 稲作伝来の道と支石墓/ 73
(3) 王仁を通し、交流深める神埼市と霊岩郡/ 74
(4) 元冠、松浦党奮戦も行賞に不満……倭冠へ/ 76
(5) 呼子の「影」-朝鮮を泣かせた倭冠の拠点/ 79

(6) 「唐人町」の由来/ 82
(7) 対馬藩領、薬のまち田代/ 83
(8) 唐人町と鏡圓寺/ 83
(9) 佐賀で生涯終えた書家、洪浩然/ 84
(10) 有田に、百婆仙の像が/ 86
(11) 蓮池藩主に連行された朝鮮人医師、鄭竹塢/ 87
(12) 多久と草場珮川/ 88
(13) 光明寺に「韓国人傷病没者之霊位」/ 90
【佐賀と朝鮮メモ】/ 92
長崎のなかの朝鮮文化/ 97
長崎紀行 ◆平戸と朝鮮。小麦様、三川内焼……/ 99
長崎編【概論】/ 105
(1) 対馬の古代から近世まで/ 106
(2) 中世の日朝関係/ 108
(3) 波佐見焼の陶祖に"会う"/ 110
(4) 対馬藩の外交官、雨森芳洲/ 111
(5) 大村に、朝鮮人殉教者/ 113
(6) 日本の大きな画期、日本海海戦/ 115
(7) 崔益鉉は、対馬で断食死した?/ 117
(8) 新聞小説家、半井桃水/ 119
(9) 朝鮮王朝最後の王女、徳恵翁主/ 120
(10) 「殉教顕彰碑」と高麗橋/ 123
(11) 軍艦島、強制労働はなかった?/ 124
(12) 壱岐・芦辺湾で起きた朝鮮帰国船遭難事故/ 126
【長崎と朝鮮メモ】/ 130
熊本のなかの朝鮮文化/ 133
熊本紀行 ◆輝け!熊本と韓国の「懸け橋」、大塚退野/ 135
熊本編【概論】/ 139
(1) 鞠智城、百済滅亡後の防備に/ 140
(2) 人吉「唐人町」の由来/ 141
(3) 熊本に連行された朝鮮人/ 142
(4) 熊本銘菓「朝鮮飴」、醤油「蔚山」/ 144
(5) 「清正公」の威光まぶしく/ 146
(6) 肥後国学の祖、高本紫溟/ 146
(7) 靖国神社内に、かつて「北関大捷碑」が/ 147
(8) 小西行長と「おたあ・ジュリア」/ 148
(9) 渡瀬常吉、植民地時代の朝鮮で布教活動/ 150
(10) ぶれる徳富蘇峰、一貫した蘆花。対照的な兄弟/ 151
【熊本と朝鮮メモ】/ 152
大分のなかの朝鮮文化/ 155
大分紀行
◆「豊の国」と朝鮮。宇佐八幡宮と朝鮮鐘/ 157
◆廣瀬久兵衛、最後の朝鮮通信使で接待/ 160
大分編【概論】/ 163
(1) 秦王国の一角占める/ 164
(2) 豊国と香春。その名の由来は?/ 166
(3) 比売語曾神社のある姫島/ 167
(4) 長者伝説が結ぶ、豊後大野市と韓国・益山/ 168
(5) 毛谷村六助と論介/ 169
(6) 気になる豊後街道と城下町・竹田/ 170
(7) 秀吉の朝鮮侵略に従軍した僧侶/ 171
(8) 「用の美」小鹿田焼/ 173
(9) 福沢諭吉と朝鮮/ 174
(10) 日本人街が残る木浦に、佐賀関の影/ 177
(11) 巨済島で思わぬ出会い/ 178
(12) 朝鮮に尽くした若松兎三郎/ 179
(13) 韓国女性と結婚した牧師、澤正彦/ 180
【大分と朝鮮メモ】/ 182
宮崎のなかの朝鮮文化/ 185
宮崎紀行 ◆南郷村はいま。郷土の誇り「西の正倉院」/ 187
宮崎編【概論】/ 194
(1) 天孫降臨の地は、高千穂ばかりではない/ 195
(2) 古代日向と朝鮮。その結びつきは……/ 197
(3) 城下町・飫肥、歴史の「光と影」まざまざ/ 199
(4) ホジュンと若山牧水、そして珍島/ 202
(5) 好太王碑と酒匂景信/ 203
(6) 「孤児の父」石井十次の故郷、高鍋へ/ 207
(7) 土産文化…都城の高麗餅(これがし)/ 209
【宮崎と朝鮮メモ】/ 210
鹿児島のなかの朝鮮文化/ 213
鹿児島紀行
◆沈壽官、東郷茂徳…薩摩焼の里、美山を歩く/ 215
◆苗代川。望郷の丘…朝鮮陶工へ思い馳せ/ 218
◆新羅の花郎が、大隅地方にあった/ 220
鹿児島編【概論】/ 223
(1) 百済に帰化し、高官となった日羅/ 224
(2) 隼人の反乱/ 226
(3)
明国人医師、秀吉の侵攻阻止に動く/ 228
(4) 島津義弘、朝鮮陶工を連行/ 229
(5) ハングルで書かれた墓/ 230
(6)
薩摩に朝鮮の風俗あり。玉山宮祭祀、朝鮮通詞…/ 231
(7) 樟脳、薩摩藩の特産品に/ 233
(8) 西郷隆盛は征韓論でなく、親韓論/ 234
(9) 知覧特攻基地と映画『ホタル』/ 236
【鹿児島と朝鮮メモ】/ 238
沖縄のなかの朝鮮文化/ 243
沖縄紀行 ◆沖縄に「朝鮮」の文字は……/ 245
沖縄編【概論】/ 250
(1) 三山が覇権を競った時代/ 252
(2) 琉球に来た外交官・李芸と朝鮮の漂着民/ 253
(3) 琉球と朝鮮、似た食文化も/ 255
(4) 「海の王国」琉球は、政教一致の国/ 256
(5) 琉球陶法の根幹に朝鮮あり/ 258
(6) 那覇港の迎恩亭と天使館/ 260
(7) 琉球の海上貿易に陰り/ 261
(8) 秀吉の野望、琉球にも影響/ 262
(9) 洪吉童が八重山の英雄になった?!/ 263
(10) 琉球使節は、朝鮮通信使に劣らぬ待遇/ 264
(11) 柳宗悦と沖縄方言論争/ 265
(12) 沖縄戦、朝鮮半島出身者も犠牲に/ 266
(13) 読谷村に「恨之碑」、朝鮮人軍夫の歴史刻む/ 267
【沖縄と朝鮮メモ】/ 268
金達寿の畢生の書、古代史学会を揺るがす/ 273
「令和」で脚光!万葉集、太宰府。渡来人・憶良にも光を/ 280
あとがき 「近くて近い」日韓関係を願い/ 286
8月、「大塩研究 81号」が「大塩事件研究会」から刊行される。 
松浦木遊氏復刻の檄文版木 p.1-4
記念講演 講談と大塩事件 旭堂 南海 p.5-13
大塩平八郎の太虚と譚詞同の以太(エーテル)について : 人為的秩序への公正無私の自然 森田 康夫 p.15-31
小特集 松浦木遊氏追悼 p.32-36
酒井一文庫史料目録 : 令和元年7月 p.39-59
酒井一先生の日記 久保 在久 p.60-68
「難波美家解」翻刻 : 大塩の乱関係資料を読む部会テキスト(7)
大塩の乱関係資料を読む部会 p.69-83
三月例会 一八三回忌大塩父子及び関係殉難者怨親平等慰霊法要及び記念講演会 (洗心洞通信(69)) p.86-89
会員からの情報 (洗心洞通信(69)) p.91-93
2020 令和2 3月、佐賀県立名護屋城博物館編「研究紀要 26巻」が「佐賀県立名護屋城博物館」から刊行される。
文禄・慶長の役と諸大名の動向(1)『鹿児島県史料 旧記雑録』からみた当該期の島津家 中野 等 p.1-34
書評・随想 大沼保昭著『「歴史認識」とは何か』の紹介と日韓の歴史認識への私見 浦川 和也 p.35-44
戦後の唐津・東松浦沿岸の捕鯨業 : 新聞報道等にみる玄海捕鯨の盛衰 安永 浩 p.66-45
名護屋城博物館所蔵 方格規矩四神鏡について 村松 洋介 p.70-67
旧名古屋村庄屋松尾家資料 堤 英明, 松浦 由佳 p.84-71
9月、佐賀県立名護屋城博物館編集「「鬼島津」が遺したもの : 文禄・慶長の役と島津義弘 : 令和二年度佐賀県立名護屋城博物館企画展」が「佐賀県立名護屋城博物館」から刊行される。  
  会期・会場: 令和2年9月18日-11月8日 佐賀県立名護屋城博物館・企画展示室
2021 3 2月、一条真也が「鬼滅の刃」に学ぶ : なぜ、コロナ禍の中で大ヒットしたのか」を「現代書林」から刊行する。
まえがき 経済効果だけでは語れない大ヒットの本質
第1章 「鬼滅の刃」という事件
コミックはこう読んだ
●日本人の心に棲みついた「鬼」
●ルーツは手塚の三作品だった
アニメはこう観た
●描かれる「呼吸」と「痛み」
●アニメのルーツも手塚ワールド
映画はこう観た
●観終わって浮かんだ疑問
●「夢」が果たす役割
●マネジメントやリーダーシップが学べる
最終巻の衝撃
●結婚をイメージしたハッピーエンド
●「死者」の気配
●高齢者へのメッセージ
第2章 「鬼滅の刃」の練習問題
●二〇二〇年の社会現象

●「鬼滅の刃」の展開
●「鬼滅の刃」の特徴
●アニメ配信がさらにブームを推進
第3章 「鬼滅の刃」が描く魂のルール
「鬼滅の刃」にみる日本人の精神世界
神道 〜「鬼滅の刃」が描く神の姿と神楽、そして命のつながり〜
【「神」について】
【ヒノカミ神楽】
【魂と転生】
【世代をこえて】
儒教 〜物語に息づく八徳〜
【仁】 【義】 【礼】 【智】 【忠】 【信】 【孝】 【悌】
仏教 〜知足、因果応報思想と怨親平等〜
●死後観・人生観
【地獄】
【三途の川】
●知足
●因果応報
怨親平等
先祖 〜混ざり合った日本人の「こころ」
祭り 〜祈りができなかった日本人

3月、佐賀県立名護屋城博物館編「研究紀要 27巻 」が「佐賀県立名護屋城博物館」から刊行される。
文禄・慶長の役と諸大名の動向(2)文禄の役および講和交渉期における毛利一門の動向 中野 等 p.1-38
松浦古跡 付捕鯨記事 : 草場佩川が見聞きした松浦地方の史話、名護屋城跡、小川島捕鯨 安永 浩 p.39-70
講演録 島津家と朝鮮出兵 : 令和二年度企画展「『鬼島津』が遺したもの : 島津義弘と文禄・慶長の役」記念講演会講演録 中野 等 p.71-90
「朝鮮日本図説」からみた倭寇・倭寨 村松 洋介 p.100-91
5月、佐藤弘夫が「人は死んだらどこへ行けばいいのか : 現代の彼岸を歩く」 を「興山舎」から刊行する。
第1部 中世─近世の他界観のゆらぎ
遊仙寺/医王寺/一の谷遺跡/上行寺東遺跡/高野山/
  →春日大社/元興寺/立石寺/化粧坂
第2部 古代からカミと仏の習合へ
大湯環状列石/箸墓/法隆寺/四天王寺/金剛證寺
第3部 近世に向けて失われる浄土世界
瑞巌寺/岩船山/熊野神社/全生庵
第4部 近代─現代の仏をなくした他界観
モリの山/西来院/川倉地蔵尊/津波跡地/一心寺/樹木葬の森
◯巻末年表 日本における他界観の今日に至るまでの歴史的推移
7月、「月刊石材 41巻10号(通号490)  p.50-59 石文社」に「著者インタビュー 人は死んだらどこへ行けばいいのか 東北大学大学院文学研究科 教授 佐藤 弘夫」が掲載される。
10月、君島彩子が「観音像とは何か : 平和モニュメントの近・現代」を「青弓社」から刊行する。  
はじめに―なぜ門平禰観音」なのか/ 17
第1章 近代彫刻史のなかの観音像/ 28
1 「近代彫刻」と「彫刻史」の成立/ 28
2 近代彫刻としての観音像の造形/ 34
3 薪しい時代に求められた白衣観音/ 41
4 美術作品としての観音像の広がり/ 46
5 美術的価値観を反映した観音像/ 52
第2章 戦時下の観音像と怨親平等/ 56
1 戦争の時代に求められた観音像/ 56
2 近代常滑とモニュメント/ 62
3 興亜観音の誕生/ 66
4 怨親平等と観音信仰/ 70
5 アジア太平洋戦争末期から敗戦へ/ 76
6
興亜観音の終焉/ 77
第3章 平和観音の流行/ 83
1 興亜の時代から平和の時代へ/ 83
2 「平和観音讃仰歌」と平和観音会/ 89
3 世田谷と知覧の特攻平和観音/ 96
4 戦死者慰霊の観音像の特徴/ 100
5 平和観音の定着/ 105
第4章 平和のモニュメントとしての観音像/ 109
1 戦災犠牲者の慰霊と敗戦からの復興を願う/ 109
2 原爆犠牲者の慰霊と観音像/ 116
3 巨大化する平和観音/ 123
4 「観音」のイメージを反映したモニュメント/ 129
5 観音が具有する「平和」のイメージ/ 135
第5章 巨大化する観音像と「平和」のイメージ/ 139
1 研究対象としての大観音像/ 139
2 大観音像のプロトタイプ、高崎白衣大観音/ 143
3 戦争死者慰霊と大観音像/ 149
4 大観音像の存続に不可欠なもの/ 156
5 「平和」のイメージから戦争死者慰霊へ/ 164
第6章 平和観音から生まれた平和活動/ 169
1 観音像はどのように平和活動に関わるのか/ 169
2 共生(ともいき)思想を具体化した平和観音/ 172
3 平和観音寄贈活動と協力者/ 176
4 大阪万博と平和祈念施設の建設/ 184
5 理想世界の中心に立つ観音像/ 189
6 超越的な平和の象徴へ/ 194
第7章 仏教を超えた平和の象徴としての観音像/ 199
1 怨親平等の戦後/ 199
2 平和観音と戦後の怨親平等/ 204
3 キリスト教を意識した造形の観音像/ 209
4 マリア観音による怨親平等の慰霊/ 216
5 仏教を超越した「平和の象徴」へ/ 222
おわりに―現代の観音像へ/ 226
あとがき/ 233

2022 4 1月、室井康成が「日本の戦死塚 増補版 (角川ソフィア文庫 ; I163-1)」を「KADOKAWA」から刊行する。
序 章 「首塚」は、いかに語られてきたか
第一章 「大化の改新」と蘇我入鹿の首塚
第二章 「壬申の乱」をめぐる塚
第三章 平将門の首塚・胴塚
第四章 「一ノ谷の戦い」の敗者と勝者
第五章 楠木正成・新田義貞の結末
第六章 「関ヶ原の戦い」の敗者たち
第七章 「近代」への産みの苦しみ
終 章 「客死」という悲劇
補 章 彼我の分明─戦死者埋葬譚の「近代」
(巻末)戦死塚一覧 1686例
3月、「京都・宗教論叢 15号」が「京都・宗教系大学院連合」から刊行される。 
怨親平等の思想について : 無学祖元と円覚寺開創をめぐって (2019年度 京都・宗教系大学院連合 公開講演会) 横田 南嶺 p.6-19
他宗教を通して自らを深く学ぶ
  → (京都・宗教系大学院連合 2019年度 研究会報告 第18回 京都・宗教系大学院連合 宗教研究会) マリア デ・ジョルジ p.22-29
『唯識二十論』『二十論註』の研究 : 著作目的を中心に (2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 三輪 悟士 p.32-34
星野輝興の神代史解釈 : とくに高皇産霊神国譲論について (2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 内堀 詔太 p.35-37
『藤氏家伝』「武智麻呂伝」の再検討 : 藤原武智麻呂の仏教信仰を考える前提として
  → (2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 稲谷 和紀 p.38-41
悪魔論の諸相 (2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 久保田 昌弘 p.42-44
法眼文益の禅思想について (2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 空慧 p.45-47
近世知恩院における御忌 (2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 横田 友教 p.48-50
『浄土真要鈔』と『守護国家論』 : 存覚の善知識論にうかがう日蓮教学への応答
  →(2021年度 京都・宗教系大学院連合主催 院生発表会概要) 武宮 真如 p.51-53
3月、八木晃介著(花園大学名誉教授)が「洛中*洛外いま*むかし : 八木先生の京都覚え書き」を「阿吽社」から刊行する。 2,200円
まえがき
第1章 京都で琉球沖縄を学ぶ
1 沖縄との距離――非戦思い、絆高める「塔」
2 経ケ岬の米軍レーダー基地――住民の心身・文化踏みにじる
3 
念仏踊りとエイサー踊り――京都と沖縄の懸け橋、檀王法林寺
4 「すべての米軍基地はいらない」――沖縄とつながり強め
5 学知≠ノよる植民地支配――琉球人遺骨返還問題
6 琉球沖縄化する京都――経ケ岬の米軍基地と住民
7 経ケ岬も琉球沖縄化――在日米軍とコロナ感染
第2章 戦争と京都との距離
1 「明治150年」の違和感――戦前の歴史美化につながらぬか
2 今も生きる?「松陰」思想――京都御苑・蛤御門で考える
3 山本宣治と治安維持法――「共謀罪」法を認めない
4 強制疎開――被害と加害の思想が交錯
5 軍≠フ本質は暴走=\―原爆投下、予定地の京
6 戦争体験の思想化―舞鶴引揚記念館と浮島丸殉難の碑
7 戦争の遺跡と博物館――被害と加害の声を聴く
8 京都における朝鮮戦争―「京大生小野君の占領期獄中日記」
9 京都と東アジア情勢――経ケ岬米軍基地に注目を
10 周恩来詩碑と日中友好―尖閣棚上げの模糊≠ノ一点の光
11 731部隊と遺骨問題――医学・科学の戦争責任は
12 優生思想の差別性問う――京都ALS女性の死亡
第3章 京都における差別の歴史と現実
1 「鴨の河原」のエネルギー――境界の「異風」が生み出す文化
2 基層文化を担った声聞師――陰陽師と差別問題
3 龍安寺石庭の謎――中世賤民の芸術を想像
4 「鬼」から差別を考える――大江山の酒呑童子
5 コロナ禍と差別問題――伝染は「触穢」なのか
6 「われら山水河原者の末裔なり」―柳原銀行記念資料館開設20年
7 同対審答申から55年―京都発、行政闘争の光陰
8 米騒動と京都―水平社創立の歴史的必然性

9 「水平社宣言」95年―人の世に熱あれ、人間に光あれ
10 部落差別の本質を考える場――朝田善之助記念館が完成
11 空洞化する被差別部落――楽只小閉校に思う
12 「竹田の子守唄」その盛衰――被差別部落、闘いの歌
13 文字の奪還から感性回復――識字運動と人間解放
14 野宿の人々との連帯求めて――きょうと夜まわりの会
第4章 東アジアの中の京都、そして在日コリアン
1 東九条マダン――多文化の共生、交流求め
2 コリアンと部落民衆の「再会」――東九条マダンの挑戦
3 大変動の中のウトロ――在日の生きざま正しい歴史認識≠
4 朝鮮学校のヘイト襲撃10年――市民の対抗活動に期待
5 ヘイトスピーチと京都――法的規制と市民運動が重要
6 在日コリアンの「恨」――「聴く」は重荷の分かち合い
7 コリアン文化の粋、伝え――高麗美術館、創設30周年
8 伝統産業支えた在日朝鮮人――友禅染と西陣織
9 「耳塚」のおぞましさ――秀吉を利用した明治政府
10 朝鮮通信使――友好と親善 互いに真実をもって交わる
11 「京都らしさ」の虚像と実像――祇園祭も平安京も渡来系
第5章 京都で反原発を考える
1 「3・11」から6年――続く自主避難者の三重苦
2 原発賠償京都訴訟判決を前に――尊重すべき「逃げる」権利
3 京都で「家族型保養」軌道に――福島原発事故から9年
4 幼稚園への保養留学――脱原発、視野に入れながら
5 京都も「被害地元」に――福島・原発事故8年
6 新たな安全神話≠ゥ――京都府の放射性物質拡散予測
7 小水力発電――脱原発・脱化石燃料の文化へ
8 資源の自然循環を実践――南丹のバイオガス発電
9 キンカン行動≠S00回超す――脱原発社会の実現求め
第6章 学びの街・京都の過去と現在
1 京都学連事件――治安維持法類似の共謀罪
2 尹東柱生誕100年の現在――治安維持法と共謀罪法
3 「貧乏物語」100年――波瀾万丈・河上肇の求道
4 京大・滝川事件から85年――強権弾圧から規律管理に
5 京大「タテカン問題」――都市景観と表現の自由考える
6 京の「在野学」と町衆――伊藤仁斎と石田梅岩の場合
7 新村出博士の旧邸――壮観、『広辞苑』づくりの現場
8 「高校三原則」崩壊40年――15の春≠ヘ泣かないか
9 戦争体験の継承――「伝記作成プロジェクト」に期待
10 増える「子ども食堂」――地域共同体の交流拠点
第7章 京都の宗教文化の現実性
1 
「怨親平等」の宗教文化――平和の視点、死者と対話
2 「造反有理」過去と現在――平将門と京都
3 明智光秀と京都――謀反は歴史の進歩か反動か
4 妙派の峰尾節堂師 百回忌――大逆事件から共謀罪法を思う
5 「大本」教団の受難と栄光――祭政一致体制のおぞましさ
6 いま、「大嘗祭」を考える――憲法や差別問題と関係
7 大嘗祭への京都府の関与――政教分離求め監査請求
8 小笠原博士とハンセン病――「隔離反対」支えた親鸞の教え
9 洛北・岩倉の宗教・医療風土――精神保健福祉法改定案に疑問
10 無所有・奉仕の共同体――「一燈園」思想は連綿と
11 「縁」変革による反差別――親鸞『唯信鈔文意』770年
12 現代丑の時参り≠フ情念――安井金比羅宮に見る呪術と宗教
13 祇園祭、コロナで中止――神事と観光の狭間で
14 金閣寺炎上から70年――三島と水上を読み返す
15 罪悪抱えた人間の闇問う――死刑制度と京の宗門
16 社会的共通資本の宗教――諸宗派が矛盾なく共生
第8章 京都の文化と伝統産業
1 伝統踏まえた革新の行方――「丹後ちりめん」創業300年
2 「木の文化」を守れ――北山丸太の危機
3 錦ブランドの作り直し――「京の台所」再生のために
4 「喫茶店」文化論――人間関係を映す時代の鏡
5 なぜかパン好き京都人――京最古の「パン屋」100年
6 市民による市民のための放送局――京都三条ラジオカフェ
7 京響が還暦=\―市民の文化性向上に寄与
8 京の古本屋事情――大学・寺院・伝統工芸と連動
9 「京ことば」考――余所者≠ヨの警戒心?
10どもりながら生きる――「吃音者宣言」の精神、今も
11 京都人はケチなのか?――蓄財と散財の絶妙な「胸算用」
第9章 京都は「花の田舎」か
1 『京都ぎらい』を読む――「差別論」としての京都論
2 市美の命名権売却に違和感――立ち止まって、市民の意見を
3 宿泊税を考える――京都は「花の田舎」なのか
4 自衛隊への宛名シール提供――京都市は市民と対話を
5 苦境・京のホテル事情――コロナ禍以前、政策の難点
6 京都とコロナ・パンデミック――不条理とのつきあい方
7 社会問題としての京都――「あとがき」にかえて

3月、佐賀県立名護屋城博物館編「研究紀要 28巻」が「佐賀県立名護屋城博物館」から刊行される。 
文禄・慶長の役と諸大名の動向(3)慶長の役における毛利一門の動向 中野 等 p.1-40
史料翻刻 「九州道中記」(佐賀県立図書館蔵) 都留 慎司 p.41-50
亀井家資料について 飯田 周恵 p.64-51
令和3年度企画展「綺羅、星野如く : 戦国の雄、肥前名護屋参陣」記念講演会講演録 綺羅、星野如く:名護屋城の陣から見た武将たち 千田 嘉博 p.84-65
7月、「月刊住職 24巻7号(通号284)」が「興山舎」から刊行される。  
自分で歩いてお参りできる喜びを p.1,4-6
オークションで競り落とされる間際の仏意か p.6-8
お寺で遺骨の一時預かりが増えているが法的問題がある真相 p.12-19
都心の寺有地を違法に住職独断で売却した上にその巨額が消えた訳 p.20-27
国税局が墓地契約書の印紙貼付状況を寺院に質問している訳 p.28-34
創刊48周年記念特集 各宗僧侶約30人300字獅子吼(1)現代の老若男女に瞬時で説き切る「1分間説法」 p.36-45
「1分間説法」特集 Z世代にとっての仏教を考えるために タイパにはまり込んだ若者に仏教は伝えられるか 碧海 寿広 p.46-51
習合のかたち (寺院・住職に直言・提言する)    恩田 陸 p.52-55
本誌のインタビューにこたえて 住職に期待されていること (寺院・住職に直言・提言する)  五木 寛之 p.56-60
日日是薩婆訶(にちにちこれそわか)(73)私の思いはあっさり「不殺生戒」の一線を越えてしまいました… 玄侑 宗久 p.61-65
廃寺に陥ってもお寺こそ地域になくてはならぬ拠点になり得る p.66-75
檀信徒も地域も快活にするお寺の奥さん大活躍に注目 : 次世代にも伝わる仏教のために p.76-85
子供へのサッカー指導に仏教を活かし人々を豊かにする住職 p.86-93
看仏連携のすすめ(1)国も病院から在宅へと転換したケア方針に不可欠な僧侶の力 河野 秀一 p.94-100
第17回本誌「住職関心事アンケート」結果(3)住職として自慢できることは ー 自らの「辞世の言葉」は何かー p.101-105
葬儀社が抱く僧侶批判を僧侶はどう受け止めるべきか p.106-109
住職寺族必須の在宅療養基礎知識 他人事でない訪問看護の在り方と受け入れ方 高砂 裕子 p.110-112
やればできる! 寺院活性化のためのケーススタディ(63)檀家減少時代のお寺の方策を考える
  →コロナ二年以上で追い詰められている若者や女性への関心を 堀内 克彦 p.113-117
単身者が増えれば孤独死も増える現実に国も地域も宗教者も何ができるか : 人生百年時代の宗教指導者の長い老後問題(29) 川又俊則 p.118-125
四苦八苦に応える臨床仏教ケアスタディ(第22回)商店経営者が従業員の逆パワハラで悩んでいるとの相談を受けて 谷山 洋三 p.126-129
人は死んだらどこへ行けばいいのか(21)いつの世も人々を導いた怨親平等の精神を今こそ心に刻むために 佐藤 弘夫  p.130-135
僧侶が見る近代における仏教者の実相(15)長州藩と徳川政権との戦いにおいて寺院や僧侶はどんな存在だったのか 橋 秀慧 p.136-141
最新版仏教文化基礎講座 : 初めての人に仏教を説くために(第135講)亡き人への執著に苦しむ人に釈尊はどう自利利他を説いたか 鈴木隆泰p.142-146
現代日本の宗教最前線の状況と問題(109)持続する幸福感を若い人に持って欲しい 櫻井 義秀 p.148-151
障害者を快く迎えるお寺に(74)障害者も読経や法話の内容が解るよう配慮求める法律の成立 野沢 和弘 p.152-155
お寺のためならばなんだってやりたい記(5)枕経では遺族に寄り添うのが第一と当然の作法を行う 長谷雄 蓮華 p.156-159
法律相談 管理料長期未納者に墓地や納骨堂の使用を禁じ遺骨返却もできるか 本間 久雄 p.160-163
法律相談 病気と認知症気味の住職の老人施設からの退院をめぐる家族の争い 小菅 哲成 p.163-167
税金相談 檀家の寄付した土地と資金で納骨堂を始めたいが税はどうすべきか 河村 照円 p.168-170
税金相談 住職の高額な会員制健康サポート費用は寺院から支出してもよいか p.170-172
対論 地域にも世界にも貢献できる住職を志す (今からこれから未来の仏教ラボ(43)) 遠藤 卓也, 小野 常寛 p.174-176
8月、横田南嶺が「財界 70巻17号(通号1751) p.38-41」に「危機の中をしなやかに生き抜いてきた「禅」の心で(第2回)敵も味方も弔う『怨親平等』など、日本が持つ精神性を今こそ思い起こす時 (創刊70周年記念 道を拓く) 」を発表する。
8月、川浪惇史が「書のある散歩道かながわ : 神奈川書碑探訪」を「天来書院」から刊行する。  
   平成29年4月より令和3年4月まで産経新聞神奈川版に連載(49回)された「書のある散歩道かながわ」加筆訂正
◆碑の形状と碑文の形式
横浜・川崎/ 12
1 野毛・成田山横浜別院
道了大薩?御巡錫記念碑、春塘居士之碑、
  →怨親を超えた人々の碑(平塚)/16
2 伊勢山皇大神宮(上)
社号標、横港伊勢山碑、万葉歌碑/ 18
3 伊勢山皇大神宮(下)
注連柱、明治十年西征陣亡軍人之碑、顕善彰義碑、彰忠碑、表忠碑/20
4 横浜・久保山墓地の書碑
三井錦江翁碑、招魂碑、贈従五位吉田官兵衛翁記恩碑、他/ 23
5 お三の宮日枝神社1
狛犬、伏島君記念碑、社額/ 30
6 お三の宮日枝神社2
稲荷神社敷地寄付記念碑、明治三十七八之役碑、天神阪碑、他/ 32
7 保土ヶ谷
渋谷氏碑銘、仙刻C行地跡 東輝菴碑、石田音次郎君墓誌/ 34
8 麒麟麦酒開源記念碑
麒麟麦酒開源記念碑、寺号額、他/ 36
9 根岸(相澤)共同墓地
内田君碑銘、伝染病死者供養塔、大濱家碑、伏島近蔵墓碑、他/ 38
10 神奈川宿
大震火災横死者供養塔、狛犬、戦没者慰霊碑、
  →神奈川一番組之碑、他/51
11 青木山本覚寺
寺号碑、岩瀬忠震顕彰碑、不許葷酒入山門、藤野善輔翁寿像銘文/53
12 高島山公園
望欣臺碑、辨玉顕彰碑、金刀比羅講社之碑、神奈川台関門跡碑/65
13 旧東海道
生麦事件碑、ヘボン博士施療所跡碑/ 59
14 曹洞宗大本山總持寺
毎日新聞物故販売店主慰霊碑、自由黨追遠碑、殉難船員之碑、他/61
15 川崎大師平間寺1
遊山慕仙詩碑、故石渡陸軍歩兵少尉碑銘、松風亭の碑、他/ 70
16 川崎大師平間寺2
種梨遺功碑、青木正太郎翁之碑、消防記念碑、小林寒林翠の碑、他/74
17 二ヶ領用水
徒然草第百十五段碑、泉田二君功徳碑、田中氏墓碣銘/ 78

18 いずみ中央(上)
石井廣助君之碑、忠魂碑/ 80
19 いずみ中央(下)
持田初治郎頒徳碑、山田専成頒徳碑
横浜(金沢)・横須賀/ 82
20 金沢八景・洲崎、野島
憲法草創之処碑、伊藤博文書屏風、伊東巳代治書扁額/ 84
21 永島家跡地に建つ一六書碑
永島亀巣功徳之碑、永島亀巣贈位記念碑、布川玉尊之碑/ 86
22 武州能見堂跡
金澤八景根源地、武蔵国金澤碑、江耆楼美山句碑、一方句碑、他/ 88
23 瀬戸神社界隈
田鶴歌碑、総宜楼の碑、昇天山九覧亭之記碑、金澤文庫古址碑、他/90
24 横須賀・平和中央公園
自由の女神像、戦没者慰霊塔、岩野泡鳴文学碑/ 93
25 日蓮聖人の古跡・龍本寺
扁額「聖人垂跡」/ 95

26 三笠公園と猿島
日本海海戦後言志、皇國興廃在此一戦碑/ 97
27 貝山緑地・夏島貝塚
予科練誕生之地碑、明治憲法起草遺跡記念碑、
  →海軍航空発祥之地記念碑、他/ 99
28 横須賀拾遺
ペリー上陸記念碑、大衆帰本塚碑、弟橘媛命記念碑、他
鎌倉・藤沢/ 101
29 建長寺 天来先生碑銘
天来先生碑銘、比田井家之墓/ 104
30 鎌倉(上)
日蓮上人辻説法跡碑、頼朝公御石塔及元祖島津豊後守忠久
  →石塔道、他/106
31 鎌倉(下)
大江広元公碑、毛利季光公碑、重修島津忠久公墓祠碑/ 108
32 鎌倉宮
鎌倉宮碑/ 110
33 瑞泉寺
松蔭吉田先生留跡碑、大宅壮一文学碑、吉野秀雄歌碑、他/ 112
34 鎌倉・雪ノ下抱雲荘
手島小華書碑、手島右卿書碑、他/ 115
35 藤沢・鎌倉拾遺
藤沢敵御方供養塔、ロベルト・コッホ碑、佛頂尊勝陀羅尼亀趺碑、他/130
◆コラム かながわの亀趺碑/ 130
36 江島神社(奥津宮)
景勝銘碑、重修江嶋辨才天祠石鳥居銘、山田検校顕彰碑/ 131
37 江の島 稚児ヶ淵・龍野ヶ岡
高木蒼悟句碑、服部南郭詩碑、芭蕉句碑、西湖曽禰君碑、他/ 134
38 江島神社中津宮から児玉神社へ
江島弁財天女上宮之碑、児玉神社誌碑、山県有朋歌碑、後藤新平詩碑、他
茅ヶ崎・寒川・平塚・大磯/137
39 茅ヶ崎
大岡忠相公頒徳碑、仮名垣魯文書碑、山宮藤吉翁之碑、他/140
40 寒川神社
石標、重修寒川神社太鼓橋記/ 143
41 四之宮・前鳥神社
近藤雪竹先生書碑、筆墨塚、田中真州翁書道塾跡/145
42 平塚拾遺
平塚碑、荻原井泉水句碑、眞壁氏記念碑、湘南平記念碑、他/ 147
43 大磯(上)
海内第一避暑地碑、鴫立沢碑、湘南発祥の地碑、他/ 150
44 大磯(中)
大磯移街碑、大磯照ヶ崎海水浴場碑、新島襄先生終焉之地碑、他/152
45 大磯(下)
西行五百年忌記念碑、芭蕉句碑、西行上人歌碑、鴫立沢標石、他
小田原・真鶴・湯河原/ 155
46 小田原(上)
北原白秋詩碑、北条秀司記念碑、北村透谷記念碑/ 158
47 小田原(中)
滄浪閣旧址碑/ 160
48 小田原(下)
中垣先生之碑、靖献之碑、忠魂碑/ 162
49 佐奈田霊社
石橋山古戦場碑、佐奈田霊社碑/ 165
50 小田原拾遺
松本駅長殉難碑、徳川家康陣地跡碑、杉浦君碑、小田原城再興碑、他/167
51 真鶴(上)
源頼朝開帆碑、品川台場礎石乃碑、土肥郷椙山鵐ノ窟之碑(湯河原)、他/170
52 真鶴(中)
鵐窟縁起碑(原碑)、三津木徳兵衛頒徳碑、半田庄右衛門頒徳碑、他/173
53 真鶴(下)
与謝野晶子歌碑、佐佐木信綱歌碑、片山哲歌碑、前田鉄之助歌碑、他/176
54 湯河原町 萬葉歌碑
万葉歌碑、国木田独歩文学碑
箱根・南足柄・山北/ 179
55 箱根町
元箱根摩崖仏、箱根新道之碑、恩人碑、婁盆将軍再游碑、須永君碑、他/181
56 南足柄
下田隼人翁碑、内田直三君碑、筆子塚(雲臺翁墓碑銘)、藤原範茂之碑/189
57 酒匂川上流
文命東堤碑、文命西堤碑、河村城址碑
海老名・厚木・秦野/ 192
58 海老名
憲政碑/ 194
59 厚木・秦野
あゝ九月一日碑、西征戦役二卒碑、水月庵来之句碑、首塚碑、他/ 196
◆地図/ 208
◆掲載碑一覧/ 224
◆人名索引/ 229


9月、「オキナワグラフ 727号」が「新星出版」から刊行される。(727):2022.9
CURRENT OKINAWA(18)往年のジャズメン、コザに集合 石田 奈月 p.2-5
関西のウチナーンチュ : 大正区/戸ノ内 石田 奈月 p.10-29
元祈(げんき)セッション : 沖宮 天燈山 奥武山
怨親平等・自立(使命)・和魂平安 上地一郎(宮司)×下地幹郎(政治家) 上地 一郎, 下地 幹郎 p.33-35..
10月、「オキナワグラフ 728号」が「新星出版」から刊行される。
聖母(マドンナ)の衣 : 山内光子作品集 p.8-22
元祈(げんき)セッション : 沖宮 天燈山 奥武山
怨親平等・自立(使命)・和魂平安 上地一郎(宮司)×山内光子(デザイナー) 上地 一郎, 山内 光子 p.25-27
Interview この人に聞く 株式会社 翔慶 代表取締役社長 山城慶太 規制は強まるばかりの業界ですが、
  →入り込んだらすごく面白い。やりようがまだまだあるんです。p.30-32
ハイサイ! 十一管区です(vol.10)  p.35-37
私のさんぽ道(第176回)「祈り」の鹿児島  p.38-45
2023 5
2024 6 3月、佐賀県立名護屋城博物館編「研究紀要 30巻」が「佐賀県立名護屋城博物館」から刊行される。
文禄・慶長の役と諸大名の動向(5)慶長の役における淡路・四国大名 中野 等 p.1-24
洪浩然伝記の成立 : 古賀精里『洪浩然伝』とその展開 久野 哲矢 p.25-42
〔慶長七年〕十二月三十日付 宗義智宛徳川家康書状について 都留 慎司 p.43-58
「鶴田家旧蔵伝書類」所収の饗応儀礼書について 萩原 夏樹 p.59-79
中野等が「佐賀県立名護屋城博物館紀要研究」に発表した「文禄・慶長の役と諸大名の動向(1〜5)」の内容内訳表
No 雑誌巻号頁 発行年月 論文名
1 研究紀要 26巻 p.1-34 2020年3月 『鹿児島県史料 旧記雑録』からみた当該期の島津家 中野 等
2 研究紀要 27巻 p.1-38 2021年3月 文禄の役および講和交渉期における毛利一門の動向 中野 等
3 研究紀要 28巻 p.1-40 2022年3月  慶長の役における毛利一門の動向 中野 等 
4 (不明)
5 研究紀要 30巻 p.1-24 2024年3月  慶長の役における淡路・四国大名 中野 等 
      ※ No4については論文内容が不明なため検討要 2024・7・7 保坂
3月、佐藤弘夫が「「月刊住職 26巻3号(通号304) p.116-12 興山舎」に「人は死んだらどこへ行けばいいのか(40)カミを追い出した近代に定められた天皇陵は現代に何を問いかけるのか」を発表する。
佐藤弘夫が「月刊住職 ○巻○号(通号○)から月刊住職 26巻3号(通号304) 」に発表した
           「人は死んだらどこへ行けばいいのか(1〜 40)」迄の論文内容の内訳表 
  
No 雑誌巻号頁 発行年月 論文内容
1 - - -
2 - - -
3 - - -
4 - - -
5 - - -
6 - - -
7 - - -
8 - - -
9 - - -
10 - - -
11 - - -
12 - - -
13 - - -
14 - - -
15 月刊住職 24巻1号(通号278) p.128-133 2022年1月 日本の神々が人々を浄仏国土へと引導した時代から何が見えるか
16 月刊住職 24巻2号(通号279) p.118-123 2022年2月 亡き人の衣類をお寺に奉納する習俗がいまも絶えないのはなぜか
17 月刊住職 24巻3号(通号280) p.118-123 2022年3月 古代の神の棲む聖地が中世にこの世の浄土になりえたのはなぜか
18 月刊住職 24巻4号(通号281) p.124-129 2022年4月 青森の地にキリストの墓も釈迦の墓もあることの意味をたずねて
19 月刊住職 24巻5号(通号282) p.118-123 2022年5月 死後の安寧を託すのが仏から現世の人に変わっていった先の生死
20 月刊住職 24巻6号(通号283) p.114-119 2022年6月 誰もが死して神になれるとする考えが日本近代化に必要だった訳
21 月刊住職 24巻7号(通号284) p.130-135 2022年7月 いつの世も人々を導いた怨親平等の精神を今こそ心に刻むために 
22 月刊住職 24巻8号(通号285) p.112-117 2022年8月 差別意識と生存競争が果てしなく拡散する世界を問う寺院の今昔
23 月刊住職 24巻9号(通号286) p.108-113 2022年9月 江戸の町人文化として怪談劇がもてはやされ今にもなぜ続くのか
24 月刊住職 24巻10号(通号287)p122-127 2022年10月 寺院の奥の院が隆盛した時代と荒廃した時代で何が変わったのか
25 月刊住職 24巻11号(通号288) p.124-129 2022年11月 かつて人のため命を賭した義民が近代に本尊とされたのはなぜか
26 月刊住職 24巻12号(通号289)p.122-127 2022年12月 中世の史料や絵図に天皇さえ悪道に堕ちると説かれたのはなぜか 
27 月刊住職 25巻1号(通号290) p.126-131 2023年1月 中世鎌倉都市の境界にあたる地に龍の伝説が語られたのはなぜか 
28 月刊住職 25巻2号(通号291)p.130-135 2023年2月 苦行を強いられるべき霊場と現世を否定する信仰とがなぜ両立したのか
29 月刊住職 25巻3号(通号292) p.134-139.. 2023年3月 山形盆地に重文数十を擁す大刹が創建された謎を解く鍵は熊野にありや
30 月刊住職 25巻4号(通号293) p.124-129 2023年4月 中世の女性芸能者たちが生きた没落と再生になぜ人々は魅せられたのか
31 月刊住職 25巻5号(通号294) p.122-127 2023年5月 多くの問題をはらむ「地獄」の教えになぜ今日でも人は関心を寄せるのか
32 月刊住職 25巻6号(通号295) p.122-127 2023年6月 『源氏物語』の作者紫式部の墓所を訪ねて分かるかつての日本人の死生観
33 月刊住職 25巻7号(通号296) p.126-131 2023年7月 室町時代にはなぜ怨念も復讐心も救済願望も見せない幽霊が語られたか 
34 月刊住職 25巻8号(通号297) p.122-127 2023年8月 幽霊の話でも怖いだけでなく母と子の情愛に涙する伝承が絶えないわけ
35 月刊住職 25巻9号(通号298) p.122-127 2023年9月 江戸時代以降に日本の各地になぜ「無縁塚」が作られるようになったのか
36 月刊住職 25巻10号(通号299)p.118-123 2023年10月 日本各地に十三世紀を境に集団納骨の霊場がつくられ始めたのはなぜか
37 月刊住職 25巻11号(通号300)p.108-113 2023年11月 誰もがヒトガミになりうるという信仰から今の世が生まれたという仮説
38 月刊住職 25巻12号(通号301) p.114-119 2023年12月 人が往生を願うのは極楽浄土のためでないとしたら何を求めてのことか 
39 月刊住職 26巻1号(通号302) p.116-121 2024年1月 火葬骨を胸に抱き長い道を高野山へと目指した人々の姿に思いを馳せて
40 月刊住職 26巻3号(通号304) p.116-121 2024年3月 40・最終回)カミを追い出した近代に定められた天皇陵は現代に何を問いかけるのか
                         ※ No1からNo14迄は内容が不明なため再調査が必要 2024・7・3 保坂
5月、佐藤弘夫が「激変する日本人の死生観 (人は死んだらどこへ行けばいいのか ; 第2巻)」を「興山舎」から刊行する。
第1部 死者はこの世に帰ってこられるか
遠野のデンデラ野/黄泉の洞窟/六道珍皇寺/江ノ島・龍ノ口/慈恩寺
第2部 浄土への信仰はなぜ必要だったか
八葉寺/ 當麻寺/熊野/骨寺/岩屋寺/文永寺
第3部 紫式部はなぜ地獄に堕ちたか
川原毛地獄/愛宕山/紫式部の墓/別府の地獄めぐり
第4部 失われた極楽浄土
弥谷寺/ムカサリ絵馬/回向院/黒石寺/立山と芦峅寺
2025 7
2026 8
2027 9
2028 10
2029 11 .
参考資料
会報「鵲(かささぎの会) No2」 発行 鵲の会 2024・5・1
國史資料集 第三巻 上(戦国・安土桃山時代) 著作/教学錬成所 発行/龍吟社  昭和19年8月 3版発行(5000部)
極楽寺 三山進著 中央公論美術出版  発行 昭和41年5月
神奈川新聞2013・4・5〜2013・7・12付 佐藤浩幸著「救済の僧 忍性伝1〜8」  
加藤武雄の年譜
中世法灯派年譜ー抜隊得勝と峻翁令山を中心にー
無縁仏になった石井留吉の消息 
満州の大地に月のひかりを(満州開拓の歴史)


戻る