武田博士が読んだ
 三好學編「中等教育植物學教科書(上巻)」の添え書き

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「中等教育植物學教科書三版」の扉部分
はじめに
 武田家文庫の整理の中で三好學による「中等教育植物學教科書」が出てまいりました。この教科書のある一部の項の所に何回もお読みになった証拠でしょうか、鉛筆で描いた丸印に何本かの斜線の入った「しるし」のようなものがありました。一回読めば一本と云う風に 、読むたびに「しるし」を付けたのでしょうか斜線の数に違いがありました。
 教科書は明治24年三版とあり、日本で最初の本格的中等教科書です。明治24年は武田博士が未だ8才の時なので、出版されてから直ぐに購入されたものではないことが考えられます。扉頁の右下には「谷村文吉」と押された蔵書印が押されていることから、古書店等を経由してご購入されたものではないかと考えられます。
 明治31年(1898)年11月、武田博士が15才の頃、どちらの本から書き写されたものか分かりませんが「食蟲植物ノ概略(横浜開港資料館久吉(文書類) No 617)」と云う書物を書き残しました。
 三好學編「中等教育植物學教科書」に記された「添え書き」の数は全体を通じ特に「葉ノ作用」の項で多く見受けられました。葉がどのような作用をしているか、斜線チェックの数から興味の深さの度合を感じとることが出来ます。
 その項の中の食虫植物に就いては三好博士も明治23年(1890)8月9日には下野國庚申山で「庚申草こうしんさう」を発見されていますので、食虫植物についてもかなりの関心が寄せられていたと感じました。
 武田博士は、「葉ノ作用」の項の最後に鉛筆で「葉ノ特別作用<食肉機関、支柱、滋養物質ノ貯蔵所」と要約し書添えました。
 教科書の何処の部分に「添え書き」が多いか、通り過ぎてしまいそうなことかも知れませんが、博士の学びし頃の貴重な断面であることは確かだと思っています。今後の研究の一助となればと思いご掲載をいたしました。
 同書、第一版例言欄に「〇編纂上ノ体裁 (一)〜(四)〜(九)、(十)」を挙げ、その第一番目では、「
(一)此書ハ表題ニ記セル如ク、中等教育即チ師範學校、中學校及ビ其他之ニ準スベキ學科程度ノ教科書又ハ獨修用ニ充テンガ爲メニ編纂シタルモノナリ、」と記しました。
 四番目の項では、
(四)従来ノ泰西普通教科書ハ主トシテ植物形態論ニ渉り、而シテ植物原器論即チ細胞組織及ビ一般造講ニ関スル事ハ僅ニ巻尾ニ略説スルニ過ギズ、蓋シ是レ前者ハ初学ニ解シ易ク、後者ハ解シ難ケレバナリ、此体裁タルヤ、極メテ初等ノ植物教科書ニハ適スベシト雖モ、已ニ中等教育以上ノ用書トシテハ其善良ナラザルヲ知ルナリ、何トナレバ専ラ彼ヲ主トシ此ヲ略スルヤ、其勢、徒ニ形態上ノ諸例、及ビ之ヲ記載スル困難ナル用語ヲ強テ暗記スルニ過ギズシテ、毫(すこし)モ植物学ガ理学即チ「サイエンス」ノ一タルノ価値ヲ味ヒ得ルニナケレバナリ、故ニ其結果タルヤ動モスレバ學ブ者ノ厭倦ヲ招キ、畢竟、植物学ヲ蔑視スルニ至ルナシトセズ、是レ豈此學ノ本旨ナランヤ、故ニ輓今泰西ニ行ハルヽ中等普通ノ植物書ニハ、漸ク舊時ノ体裁ヲ一變シ、徒ニ形態上ノ諸例及ビ之ヲ記載スル用語ヲ記臆スルヲ勉メズシテ、造構生理ノ大要ヲモ講ズルニ至レリ、且ツ又細胞、組織等ノ所謂ユル植物原器論トテモ其教フル方法宣キヲ得バ、初學ト雖モ左マデ解シ難キモノニアラズ、况(いわ)ンヤ中学及ビ師範学校生徒ノ如キ巳ニ考窮ノ力ヲ発達シ來シル者ニ於テオヤ、而シテ原器論ニシテ先ヅ了解スルヲ得バ、是ヨリ進デ諸機関ノ構ヲ説キ、生理ヲ論ズルモ、毫(すこし)モ其解シ難キニ苦ム所ナカルベシ、此ノ如クシテ植物学中最肝要ノ論説、即チ造構、生理ノ大要ヲ学ビ知ルヲ得バ、前ノ徒ニ形態論ノ誦記ヲ勉スルニ勝ルヤ萬々ナラン、依テ予ガ此篇ニテモ序論ノ後、先ツ植物原器論ヲ叙シテ植物体一般ノ造構ヲ知ラシメ然ル後、諸機関ニ就キテ一々其形態、造構及ビ生理即チ作用ニ論及セリ、然(さ)レドモ其原器論ニ於テモ突然「細胞トハ何ゾ」等ノ疑問ヨリ説キ起サズシテ、外物ノ関係ヨリシテ徐々ニ細胞ノ思想ニ及ボス様ニ意ヲ用ヒタリ、」と記しました。
泰西(たいせい): 《西の果ての意》西洋。または、西洋諸国。
厭倦(エンケン):飽きていやになること。
輓近(ばんきん)・:ちかごろ。最近。近来。
考窮(こうきゅう):きわめる
 九番目の項では「(九)植物學上ノ用語ハ一々之ニ洋語ヲ附セリ、是レ其譯稱ノ原語ヲ知ラント欲スルノ便ニ供スルナリ、然レドモ之ヲ本文中ニ挿入セバ誦讀ノ際、却テ妨トナルヲ以テ特ニ之ヲ語字ノ左側ニ附記サリ、」と、四番目の項で記された厭倦の原因とならぬよう、用語解説への工夫の施しを記しました。
 そして最後の第十番目の項では「(十)此書ノ体裁ハ概(ネ)之ヲエドモンゾ氏ノ「エレメンタリー、ポタニー」ニ準シ、且ツ之ヨリ引用セリ、其他にベントレー氏・・・と記し、参考とした著者とその著書を紹介しました。(下図参照)
著者 著書 著者 著書 著者 著書
エドモンゾ氏 エレメンタリー、ポタニー トーメ氏 テキスト、ブック、オフ、ボターニ
草木圖説・理科大學植物標品目録
ベントリー氏 マニュアル、オフ、ポタニー マクナブ氏 ポタニー アプガー氏
ブラント、アナリシス
ヘンフレー氏 エレメンタリー、コールス、オフ、ポタニー サックス氏 テキスト、ブック、オフ、ボターニ ヴァインス氏
ビバワー氏
プラクチカル、ポタニー
グレー氏 レッソンス、イン、ポタニー ルマウー氏
共撰ヅケーヌ氏
デスクリープチブ、エンド、アナリーチカル、ポタニー  ストラスブルゲル氏 ブラクチカル、ボタニー
ベッセイー氏 テキスト、ブック、オフ、ボタニー ゲーベル氏 アウトラインス、オフ、クラシフヒケーション、エンド、スペシアル、モーホロジー プラントル、ルアセン、
ベーレンス、ゾイベルト諸氏
 三好學はこうした植物に関する洋書類を基に日本で最初の「中等教育植物學教科書」を完成させました。日本植物学創成期に、果敢に立ち向かた若き日の三好學の熱情が伝わって来るようです。尚、奥付の頁には「著者 岐阜縣士族 三好学/東京本郷區西片町十番地」とありました。
  「中等教育植物學教科書上巻の目次」と主な内容
大項目(章) 中項目(節) 主な内容
序論
第一章
植物界
植物學ノ分派
植物界ノ區分
顕花植物ノ特性
植物原器論
第二章
細胞
細胞膜
細胞含有物
植物原器論

第三章
細胞ノ蕃植及ビ生長
細胞ノ種類
導管
組織
組織系
植物發育器論

第四章
種子ノ芽發
根ノ種類
根ノ形状
根ノ生存期限
 「〇編纂上ノ体裁(九)」に記された用語の解説表記上の工夫
 例 P58  (ハ)掌根(第六十二図)トハ、     (ニ)叢塊根(第六十三図)トハ、
         Palmato root        Fasciculated root  
根ノ生長及ビ造構
根ノ作用



植物發育器論

第五章
莖ト根ノ區別

莖ノ形状
莖ノ一般ノ造構
雙子葉莖

単子葉莖
莖ノ作用

植物發育器論
 第六章
芽及ビ枝葉




植物發育器論

第七章
葉ノ發状
葉ノ着生及ビ排置

葉ノ形状
葉ノ造構
葉ノ作用














植物生殖器論

第八章
花序
植物生殖器論

第九章
花ノ総論
花冠
雄蕋
雌蕋
花托
植物生殖器論

第十章
花ノ理論
受精ノ方法
受精ノ作用
植物生殖器論

第十一章
果實ノ総論
果實ノ種類
植物生殖器論
第十二章
種子
植物生殖器論
第十三章
果實及ビ種子ノ散布

まとめのようなこと
 武田久吉博士年譜、明治38年4月の項に、日本博物学同好会第五回総集会が武田氏邸で行われたことを書いた。その集会に、牧野富太郎が植物に関する数十種の資料を展示しその目録内容を記した。その中に三好學編「中等教育植物学教科書」もあったことを書いておいたが、私は、そのことをすっかり忘れていた。あの牧野先生が三好學編の教科書を紹介したのである。そして、なお且つ、牧野先生は「植物学ニ関スル訳語ノ変遷ニ就キテ」と題して講演もされたのである。講演の趣旨は「 訳語ノ必要ヨリ説キ起ノ植物学上ノ訳語ノ起原及ビ変遷ニ就キ種々ノ参考書ヲ示シ説明セラレ更ニソノ可否、誤用等ニツキテ注意セラル丶所アリ次ニ趣味アル古書及ビ貴重ナル古標品ヲ示サレコレコレニツキテ説明セラル丶所アリキ詳細ハ追テ誌上ニ掲載セラルベシ。」と記された。
 武田博士年譜もそうだったが、私は資料を集め、検証し、書き込んではいるが、三好學からも牧野富太郎からも「ちゃんとやれよ」と、云われているような気迫を感じた。
 三好學は西洋の植物学者の名前を書き、牧野富太郎は伊藤圭介や宇田川榕庵等の資料を並べた。それは正しく植物学そのものの系譜ではないかと。私たちはこうした時間の中で暮らしているのだと改めて痛感した。


参考資料
三好學 中等教育植物学教科書三版 敬業社 発行 明治24年6月
史蹟名勝天然記念物 第二巻第七號 発行 史蹟名勝天然記念物保存協會 昭和2年7月
 三好學著 第四回太平洋學術會議に於ける天然保護問題及蘭領印度 天然記念物保存に就て
史蹟名勝天然記念物 第四巻第九號 発行 史蹟名勝天然記念物保存協會 昭和4年9月
 三好學著 汎太平洋教育其他に関する會議と天然記念物の保存問題
JAPANESE CHERRY 國際観光協會 代表者 宮部幸三 丸善書店 発行 昭和9年9月
 
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