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梨の實は露したたらせ栗の實は黒く光れり君がこころざし 豊田勇へ |
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那珂の支流荒川師走なる鮎は身も裂けむばかり腹子もちたり 五味淵親子へ |
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悩みつつも農戀ふる君鉢植ゑの西川米の稲穂呉れたり 長谷川金重へ |
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紅梅の枝を別々の友くれつおのおの樹ぶり知ればおもほゆ |
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わが庭に牡丹三輪咲ける日に二尺の鯛を君は賜びたり 早見憲子へ |
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わがために春の菜採ると山澤(やまさわ)をかけめぐる君人かそも魔か |
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藁馬といへども木曽のたけり馬股間の具たくましくして 坂敬道へ |
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牝馬(めすうま)の素直さ好けれ腹掛のくれなゐにして牡馬(おすうま)に添ふ |
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わが五月飾(さつきかざり)は木曽の藁駒の牝牡と庭の菖蒲(あやめ)四五本 |
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春日野の馬酔木ささげて來し友を上げて歸しぬ會ふ力なく 伊熊覚也へ二首 |
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高円の山のさくらは散りぬれど葉をうるはしみ四五日賞でつ 同 |
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高額者所得番附を切抜きぬ何の故かはみづからも知らぬ |
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病氣ならず自殺にもあらず悶(もだ)え死にし小原保の母を忘れずえ |
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人間の仕出かす所業(しょげふ)果てもなし小原保かなし鈴木充かなし |
所業(しょげふ):行い。しわざ。多く、好ましくないことにいう。 |
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幼くて田舎に食ひし鹽鮭の鹹(から)きを戀ひて鹽鮭をさがす |
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昔嘗めし豆味噌の豆の焦がし方味噌の練り方をこまごまといふ |
嘗め味噌:野菜・果物・穀物・豆・魚・獣肉などを入れてつくった味噌。副食や酒の肴にする。たい味噌・ゆず味噌・金山寺(きんざんじ)味噌など |
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新假名にて萬葉集の講釋を書くをかしさを人知るらむか |
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歪(ひず)みある短き息の出で入りを二六時意識すらくは苦しき |
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生かされて居るありさまに息継ぐは拙(つたな)き歌をなほ詠めとにや |
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段蔓(だんかずら)の櫻盛りと聞くゆふべ妻に半時(はんとき)の花見を許す |
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八幡前を散歩するわれを見つといふ魂抜け出でて花見すらむか |
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わが庭の春さへ知らむゆとりなくけふ見れば紫羅傘(いちはつ)の花も終りぬ |
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まれにかくわれの葉書に脱字あるを昔の友はかなしみくれぬ |
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青葉木兎夜更けになくを冥々の彼土(ひと)の聲とし聞くはわれのみか |
木兎(ミミズク): |
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物も液も口よりぼろぼろこぼし食(は)むこのうつけさは妻の外知らず |
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今日幾日と妻に質(ただ)すは常なれど家の改正番地うかばぬ |
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生聞(なまぎ)きはつつしむものぞ病苦避けていつそ死にたしとはわれ言はず |
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醫師の努め妻の糞ひを目(め)のあたり知りていかでか堪へざらめやも |
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死や生やともかくとして瞬(またた)く間ふはふはと輕く浮くことぞある |
瞬(またた)く: |
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元旦にベッドより伸ばす手に觸れし文庫本論語讀みて三月に入る |
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少年の日習ひし論語詞章には理屈とは別になつかしみあり |
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一口に論語といへども丸々と讀むは稀かわれもその一人なりき |
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老いの血の弾むが如き章句あり少年學びし論語章句に |
章句(しょうく):1 文章の大きなまとまりと小さなまとまり。章と句。2 文章の段落。
参考 章句の学:儒教などで行われた経典解釈学の一形式。経書を句や章節で区切り、その後に句の意味や章の要旨を講説する形式をとる。前漢の今文経の博士たちのもとで行われた。 |
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文庫本を支ふる輕さありがたしきのふ論語讀み今日福音書謹見 |
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福音書の意味の疑ひいひしとき信徒なる妻は善き答へしつ |
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論語よみし勢ひ驅りて孫子讀む隣に並べる文庫本の故 |
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孫子にも中共に新研究あるが如し紅衛兵ら讀むや讀まずや |
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孫子讀みてアメリカのヴェトナム戦略を二三度思ひ道にはづれ居り |
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いづこにてわれの病を調ぶるぞ新興連が玄關に押し込む |
新興(しんこう):既存のものに対して、別の勢力が新しくおこること。また、新しくおこすこと。 |
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佛も耶蘇も病を癒やす力なしといふをわらひてわが妻勁し |
勁(つよ)し 参考 成り立ちの観点より言えば、
「強」は「弘(弓がゆみを表し、ムがその弦を表す)」と「虫(ここでは蚕の意か)」を合わせた会意の字で、天蚕糸(てぐすいと)の強靭なことをいう。
「勁」は「(はた織り機にたて糸が張ってある形)」に「力」を附し、のびやかで強靭なことをいう。 |
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わが庭に今咲く花を無造作に挿せといへば梅と椿がかがやく |
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硝子戸に飛雨(ひう)の痕(あと)ある春の午後寒冷線の通過おそるる |
飛雨(ひう):風まじりの激しい雨。 |
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わが宿の白梅の花さかりなり雨氣空の黒くるしくて |
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