加藤武雄著、 「少年倶楽部」の中の「はつうま」と今
![]() ![]() 都井沢のお稲荷様 覆屋の中のお稲荷様 何年か前、私は、先に笹の葉のついた青竹の先端に赤や青や黄色の色紙に「正一位稲荷大明神」と書かれた「初午の旗のあったことを思い出し、加藤武雄の生家がある都井沢地区に行きました。「あれ、今年はお祭りをやらないのかなあ。」と、確かこの辺だと思いながら、生け垣のなかを眺め、諦めかけたその時、鮮やかな御稲荷様の幟(のぼり)のある家が目に入りました。丁度その時、お婆さんが家の中から出て来ました。お声をかけて聞いてみると、イワシやあぶらげを猫やカラスに食べられないよう外に出たところだと教えてくれました。 となりの家の旗の建ててないのは、「代が変わったからだよ。」と云いました。
赤い幟は風にゆられ、見ているだけでも、とても心地のよい昼の時間となりました。 そして、帰り際、「これから、お赤飯を作るんだよ。」と云いました。 妻に初午(はつうま)の話をしていたからか、体操の帰り道、魚屋さんから稲荷寿司用の油アゲを買って来たので、夜はみんなで稲荷寿司を作って食べました。 ほんのりと、ふわっとした一日が過んで行きました。こうした行事がいつまでも続きますように。
また、田名地区には稲荷講もあり、御稲荷様を祭った掛軸の前に集まって、酒を飲んだり話などして楽しむのだそうです。 そう云えば、田名の瀧坂の途中に「秋葉大権現」が祭られてありました。下の台のところには、ふわーっとした尻尾(しっぽ)のあるキツネがいます。ふわーっとです。 資料@ 「幼年倶楽部17(2) 発行 昭和17年2月」の中の はつうま(全文) 加藤武雄著
稲荷様のお供へした後で、そのごはんをたべながら、私どもは、 『稲荷様は、どんな神様をお祭りしたのだらう』 『わかってゐるのではないか。稲荷様は、きつねだよ』 などと、話しあひました。 稲荷様は、きつねを祭った神様だと聞かされてゐましたが、きつねが神様になることは、どうもふしぎだ、と思ったので、わたしは、ある日、學校の先生に聞いてみた。すると、先生はおっしゃった。 『稲荷様は、きつねを祭ったのではありません。ありがたい神様をお祭りしたものです。』 『ありがたい神様とは、どんな神様ですか。』 『ひゃくしゃうの神様です。米、麥雄そのほか、たべ物のことをつかさどってゐる神様なのです。』 ああ、それで、ごはんをたいてあげたりするのだなと、わたしは思った。 先生は、次のやうに教へてくださった。 たべ物のことをつかさどる神様は、うがのみたまのかみといひ、うけもちのかみともいふ。日本のふるい れきしの本には、稲は、うけもちのかみの、腹の中に生えた物だとも書いてあるが、これは、たとへである。日本は神國で、神さまのあつくりになった國であるから、たべ物もまた、神様がお作りになったので、そのたべ物をお作りになったのが、うけもちのかみなのである。 ところが、この神様は、また、おほげつひめのかみともいふ。げつといふのが、きつねといふのとよくにてゐるところから、そのありがたい神様を、きつねだなどと、とんでもないまちがひをしたのである。 『それで、きつねは、赤いごはんがすきだの、あぶらげがすきだといって、さういふ物を稲荷様にお供へするのだが、それはまちがひだ。毎日のたべ物を作ってくださるありがたい神は、おほげつひめのかみに、お禮を申しあげるしるしとして、赤いごはんや、そのほかの物をあげるのですよ 先生は、さう教へてくださったのち、さらにかうおしゃった。 『日本は神國です。日本にはたくさんの神様がいらっしゃるが、たくさんの神様を一つのおからだに集めていらっしゃすのが、天子(てんし)様である。天皇陛下です。この 日本の國は、天皇陛下のものです。そして毎日のたべ物を私たちにくださるのも、天皇陛下です。ある人は、かういふ歌をよもました。 飯食(いひた)ぶと箸(はし)をとるにも大君の 大きめぐみに涙(なみだ)し流る といふのです。ごはんをたべるごとに、このごはんは、天皇陛下がくださったのだと思ふと、そのおめぐみのありがたさになみだが流れるといふのです。ほんたうにそのとほりです。みんな、天皇陛下のおめぐみなのだと思へば、一つぶの米でも そまつにできないではありませんか』 わたしは、その先生のおことばを、今でも忘れずにおぼえてゐる。 〇 今年のはつうまも、もうすぐに來る。 あのまっ赤なお宮の前には、正一位稲荷大明神(しやういちゐいなりだいみゃうじん)と書いたのぼりがひるがへり、たいこがうちならされるであらう。子どもたちが、赤いごはんをたいたりするやうなことは、もうどこでもおこなはれてはゐないだらうし、また、そんなことをして、お米をむだにしてはもったいない。 しかし、稲荷様が、ありがたい神様であることを知ったみなさんは、ま心をこめて、稲荷様を拝むことだ。 稲荷様を拝むのは、天皇陛下にお禮をささげることになるのである。稲荷様ばかりではない。どんなおやしろでも、同じことになるのである。 〇 はつうまがすむと、天神様のお祭りが來る。天神様は菅原道眞(すがはらみちざね)といふ人を祭ったもので、これは學もんの神様だが、道眞が神にまつられたのは、學もんができたばかりではない、※ちゅうぎ(忠義)な人だったからだ。 ちゅうぎをつくした天神様を拝むことは、天皇陛下に、ちゅうぎをちかふことになるのである。(をはり) ※ちゅうぎ(忠義):主君や国家に対し真心を尽くして仕えること。また、そのさま。
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