正法眼蔵写本々の整理をなしとげた、
       龍宝寺、團野弘之翁の生涯


2020・2・20 作成 danno-nenpu
はじめに
 この項で、「團野弘之翁」迄に辿りついたことは、少し説明をしておかなければなりません。私が小学生の頃、校長の根津先生が中心となり、ガリ版印刷による「池田地誌」が刊行されました。未だ小学二年生の頃だったので、漢字が多くて読めませんでしたが、父や姉たちが読んでいたのをうろ覚えに覚えています。その話の中に永正17年の「飯田ヶ原の合戦」のことがありました。中学生になった頃、その合戦のことを、みんなに知ってもらおうと、家の前の通りに看板を立てました。看板は板がなかったので、配合飼料の入った袋紙を広げて、マジックで書きました。リヤカーを引いて家に帰る大人たちが珍しそうに読んでくれました。父の話によれば、信虎と戦った福島兵庫正成は戦いに敗れ死んだと教えてくれました。その場所の塚には正成のお墓があると云うことも聞きました。
 それから、月日が経ち、町田市に住むようになりました。その後、正成に子供がいたことが分かり、その子供の墓がある鎌倉の龍宝寺に行って、玉縄城主となった北条綱成の墓にも詣でました。
 町田に住んでいたことから、八木重吉、登美子さん、そして吉野秀雄さんを辿り、はつ子さんが手書きにされたと云う「傘松道詠(さんしょうどうえい)」歌。それから、道元さんへと進み、更に、「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」に進んで、やっとその研究者であった「龍宝寺御住職団野弘之翁」に辿りつきました。
 頭の中での、長い旅路の出会いでしたが、懐かしい人々です。

西暦 和年号 年令 出来事
1906 明治39
1907 40
1908 41
1909 42
1910 43
1911 44 5月9日、団野弘之生まれる。
1912 大正元年 1
1913 2 2
1914 3 3
1915 4 4
1916 5 5
1917 6 6
1918 7 7
1919 8 8
1920 9 9
1921 10 10
1922 11 11
1923 12 12
1924 13 13
1925 14 14 7月、 龍宝寺境内から門前に玉縄小学校を新設する。  再確認要 2020・2・20
1926 昭和元年 15
1927 2 16
1928 3 17
1929 4 18
1930 5 19
1931 6 20 3月、文部省図書館職員養成所を終了する。
1932 7 21
1933 8 22
1934 9 23
1935 10 24
1936 11 25
1937 12 26 8月、玉縄小学校が現在地に移転される。
1938 13 27 3月、駒沢大学仏教学部仏教学科を卒業する。
1939 14 28
1940 15 29
1941 16 30
1942 17 31
1943 18 32
1944 19 33
1945 20 34
1946 21 35
1947 22 36
1948 23 37 1月、神奈川県師範学校男子部図書室に勤務する。
4月8日、宗教法人龍寳寺玉縄幼稚園が創立する。 
5月、文部事務官となる。
1949 24 38 10月、横浜国立大学附属図書館事務長に任ぜられる。
1950 25 39
1951 26 40 8月、 団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 45(8)(329)」に「新制大学附属図書館の運営」を発表する。
〇この年、龍宝寺が火災により山門と鐘楼以外を全焼する。
1952 27 41 8月、 団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 46(8)(341)」に「横浜国大辞書体目録カード排列規定について」を発表する。pid/11230372
1953 28 42
1954 29 43
1955 30 44
1956 31 45 3月、団野弘之 が「神奈川県図書館学会誌 (1) p32〜42 」に「特殊研究 図書館維持費算定の研究」を発表する。pid/3431993
  また、同号に関靖が「特殊研究 称名寺金沢学校と金沢文庫」を発表する。
1957 32 46 12月、 団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 51(12)(406)」に(1957年の図書館界として)「国立大学」を発表する。pid/11230439
1958 33 47 3月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (5)」に「原子力関係資料の分類について」を発表する。pid/3431996
1959 34 48 〇この年、龍宝寺が大岡実の設計で再建される。
1960 35 49 4月、山下栄と団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 54(4)(435)」に「特集・図書館行政事務と能率化について」を発表する。 pid/11230468
1961 36 50
1962 37 51 2月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (12)」に「図書館における複写」を発表する。pid/3432003
1963 38 52 4月、 団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 57(4)(471)」に「図書館員の教育の望む(座談会) = What We Expect in the Education for Librarianship.<Symposium>」を語る。pid/11230505
11月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (16)」に「大学図書館における指定図書制度について」を発表する。pid/3432007 
1964 39 53
1965 40 54 2月、 団野弘之が日本学術振興会編「学術月報17(7)」に「逐次刊行物の整理と利用方法」を発表する。
6月、団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 59(6)(498)」に「国立国会図書館のローマ字問題について再考を求める」を発表する。pid/11230533
12月、 団野弘之らが「神奈川県図書館学会誌 (20)」に「日本目録規則1965年版パネル・ディスカッション / 関野貞吉 ; 石山洋 ; 安達将孝 ; 池田孝 ; 太田倹二郎 ; 団野弘之 ; 沓掛伊佐吉 ; 半沢正時」を語る。pid/3432011
1966 41 55 4月、団野弘之が「宗学研究 (8) p63〜69」に「正法寺蔵正法眼蔵写本について」を発表する。pid/4414067 
1967 42 56 3月、団野弘之が「宗学研究 (9) 」に「正法眼蔵古写本の奥書に見える相互関係 」を発表する。
pid/4414068 
1968 43 57 3月、団野弘之が「宗学研究 (10) p44〜51」に「妙昌寺蔵六十巻正法眼蔵写本について」を発表する。pid/4414069 
1969 44 58 3月、団野弘之が「宗学研究 (11) p23〜30」に「六十巻本正法眼蔵の諸写本について」を発表する。pid/4414070
6月20日、「旧石井家住宅」が国重要文化財に指定される。
元禄期に建てられた農家を移築したもので国の重要文化財に指定されている。石井家はもともと後北条氏に属した地侍で、後北条氏滅亡後帰農し、関谷村の名主を代々務めたと伝わる。/龍宝寺境内
1970 45 59 昭和45年1月1日、旧石井家住宅修理開始、工期9ヶ月を以て解体移転修理を完成
  注 解体移転修理の工期 再確認よう 2020・2・20 保坂
3月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (28)」に「教官より要求された図書の発注より貸出までの所要日数調」を発表する。pid/3432019
〇この年、団野弘之が「医学図書館 17(1-2) 1970 p.123-127」に「西独の大学図書館見学記」 を発表する。
1971 46 60 1月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (29)」に「西独の大学図書館見学記」を発表する。pid/3432020
1972 47 61 12月、 団野弘之が「大学図書館研究 1 p.75-81 」に「司書職制度研究ノート抄 (1)」を発表する。
1973 48 62 3月、横浜国立大学附属図書館を退職する。
3月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (33/34)」に「神奈川大学図書館協議会史料 Materiales for the history of the Kanagawa-ken Daigaku-toshokan Kyogikai」を発表する。/pid/3432024
3月、団野弘之が「宗学研究 (15) 」に「伝通幻禅師書写の正法眼蔵--七十八巻本について」を発表する。pid/4414074
4月、鶴見大学文学部一般教育(図書館学)講師に就任する。
8月、 団野弘之が「大学図書館研究 2 p.91-97 」に「司書職制度研究ノート抄 (2) 」を発表する。
1974 49 63 4月、鶴見大学文学部助教授に就任される。
〇この年、團野弘之, 加藤宗晴, 武田元次郎編「鶴見大学/目録法・分類法演習資料」が刊行される。  
1975 50 64 3月、団野 弘之が「図書館雑誌 69(3)p145〜146」に「武田虎之助先生 (故・武田虎之助氏追悼) 」を寄稿する。
3月、 団野弘之が「図書館雑誌 = The Library journal 69(3)(615)p145〜146」に「武田虎之助先生/故・武田虎之助氏略年譜(記載名未確認)」を寄稿する。
1976 51 65 3月、団野弘之が「宗学研究 (18) p47〜52」に「官内庁書陵部蔵正法眼蔵写本(九十五巻本)について」を発表する。 pid/4414077
1977 52 66 3月、団野弘之が「宗学研究 (19) 」に「面山禅師書写正法眼蔵写本について」を発表する。 pid/4414078
4月、鶴見大学文学部教授に昇任される。57年3月まで
12月、 団野弘之が在家仏教協会編「在家佛教 (285)」に「いのちの言葉 信仰を持ちなさい」を発表する。pid/6063967
1978 53 67 3月、団野弘之が「宗学研究 (20) p59〜64」に「明治以後における正法眼蔵本文の出版について」を発表する。pid/4414079
1979 54 68 3月、團野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (45/46)」に「中国における図書館」を発表する。pid/3432030 
3月、団野弘之が「宗学研究 (21) p37〜42」に「正法眼蔵古写本の呼称の統一について」を発表する。pid/4414080
1980 55 69 3月、団野弘之が「宗学研究 (22) p6〜12」に「懐奘禅師眼蔵書写の識語(稿)--看見せる眼蔵写本を通じて」を発表する。pid/4414081
1981 56 70
1982 57 71
1983 58 72 3月、団野弘之が「宗学研究 (25)」に「正法眼蔵写本の系統について」を発表する。pid/4414084 
12月、団野 弘之が「教化研修 通号 27」に「駅構内の伝道板布教」を発表する。
1984 59 73
1985 60 74 3月、團野弘之が「宗学研究 (27)」に「正法眼蔵謄写本における「書入れ」について」を発表する。pid/4414086 
1986 61 75 3月、 団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (57/58)」に「三十周年を振り返って」を発表する。pid/3432041
3月、佐藤俊晃が「宗学研究. (28)」に「曹洞宗教団における「白山信仰」受容史の問題-1-」を発表する。pid/4414087
1987 62 76 3月、團野弘之が「宗学研究 (29)p19〜25」に「輪王寺蔵正法眼蔵」を発表する。 pid/4414088
  また、同号(p7〜12 )に守屋茂が「道元禅師の立宗と比叡山山僧の動揺」、
  佐藤俊晃が「曹洞宗教団における「白山信仰」受容史の問題-2-」を発表する。

10月24日、団野弘之編「正法眼蔵写本の所在目録」(龍宝寺)が発表される。
   参考:海野雅央が撮影されたネガに番号を付与する No1〜161
12月、 団野弘之が「現代の図書館 = Libraries today 25(4)(102) p206〜208」に「思い出 」を発表する。pid/3433530
1988 63 77 3月、団野弘之が「宗学研究 (30)p25〜30」に「永平寺開版後における正法眼蔵の謄写について」を発表する。pid/4414089
1989 64 78 3月、団野弘之が「宗学研究 (31)p98〜10 」に「正法眼蔵昌慶寺旧蔵本について = The Manuscript Copy of The Shobogenzo Formerly at Shokyoji. 」を発表する。pid/4414090 
1990 平成2年 79 3月、石井富之助と団野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (64)」に「シリーズ対談 先輩に聞く(第1回)戦前・戦後の神奈川県図書館事情 その1(戦前編) 」で語る。pid/3432046
10月、石井富之助 ; 團野弘之 が「神奈川県図書館学会誌 (65)」に「シリーズ対談・先輩に聞く(第1回)戦前・戦後の神奈川県図書館事情 その2(戦後編) 」を発表する。 pid/3432047
1991 3 80 11月、小野善良 ; 團野弘之が「神奈川県図書館学会誌 (66) p17〜24 」に「シリーズ対談 先輩に聞く(第2回)戦後のカマボコ図書館」を語る。pid/3432048
10月1日、団野弘之編「正法眼蔵写本の所在目録 続」(龍宝寺)が発表される。
   参考:海野雅央が撮影されたネガに番号を附与する No162〜198
1992 4 81 3月、 団野弘之が「宗学研究 (34) p88〜94」が「私のみた正法眼蔵写本における懐弉師書写識語の記載について」発表する。pid/4414093  
1993 5 82 3月、団野弘之が「宗学研究 (35) p87〜92」に「正法眼蔵写本を調査して生じた疑問の数々」を発表する。pid/4414094
1994 6 83
1995 7 84
1996 8 85
1997 9 86
1998 10 87
1999 11 88 1月15日、團野弘之が「正法眼蔵写本の書誌学的研究」を刊行する。
2000 12 89 7月9日、團野弘之が亡くなる。
2001 13 〇この年、「神奈川県図書館学会誌 (76)」に「團野弘之先生年譜・著作目録 (團野弘之先生追悼号)」が掲載される。
〇この年度、ご遺族様より鶴見大学図書館にネガフィルム5750本の「正法眼蔵諸写本」(略称「團野写本」)が寄贈される。
2002 14
2003 15
2004 16
2005 17
2006 18
2007 19
2008 20
2009 21
2010 22
2011 23

参考/玉縄ふるさと館/旧石井家住宅に隣接して建つ。旧石井家や周辺の旧家に残されていた家具や農具を集め展示している。また玉縄城に関する遺物や資料、縄文時代の遺物、地元の歴史資料も展示されている。旧・玉縄民俗資料館を隣接する重要文化財の古民家(旧石井家住宅)とともに整備し、2011年3月より「玉縄ふるさと館」としてリニューアルオープンした[1]。
参道/御影石を敷いた参道で山門より本堂までを結ぶ。なお御影石は廃止された都電の軌道にあったものを転用している。
2012 24 3月、海野雅央が 「鶴見大学仏教文化研究所紀要 / 鶴見大学 [編] -(17) (通号 -) 」に「故團野弘之先生寄贈「正法眼蔵諸写本」の調査結果について」を発表する。
2013 25
2014 26
2015 27
2016 28
2017 29
2018 30
2019 令和元年
2020 2
2021 3
2022 4
2023 5
2024 6
2025 7

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はつ子書写、道元著「傘松道詠(さんしょうどうえい)」の世界

吉野秀雄関連年譜


海野雅央著「故團野弘之先生寄贈「正法眼蔵諸写本」の調査結果について」
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