近代における神武天皇関連年譜 jinmutennousai..html

2021・2・11 開始
2021・2・26 「第1次西都原古墳群の調査状況」を追加する
はじめに
 二十代の頃、宮崎の「八紘一宇」の塔を見に行ったことがあった。そして、その平和台公園には埴輪の作り物が沢山置かれていた。それからまた年月が過ぎて、今度は西都原の古墳群を歩いた。ここが日本の故郷。そう思いながら何度も何度も自分に云い聞かせながら歩いた。今思うと、とても懐かしく思う。そして、一昨年の暮れは東京理科大のキャンパスに出向いて、神武天皇やヤマトタケルにまつわる貴重なお話を聞くことが出来た。
 私は、戦争のことは知らないけれど、田圃の隅に落ちていた焼夷弾の錆びた六角形の筒だけは知っている。この焼夷弾で多くの人の命が奪われた。私には避けて通ることのできない出来事であり今も脳裏に焼きついている。大陸や南の海はどうであったか、どんなことが行われていたか、また、どんな思いをなされて来たか考えさせられる。
 この項は、まだまだの完成ではないが、残された歴史的資料だけになりそうな時間の中で、次の若い世代の人々に記しておこうと思っている。

   日本国際航空工業/pid/1112221 産業報国運動  写真集明治大正昭和橿原 : ふるさとの想い出65/近現代の橿原を理解するために

西暦 和年号 . 出来事
. . . .
1772 明和9
菅笠日記 下巻 
 明和九年(1772)3月5日〜3月14日
(3月11日/(略) )土佐へゆく大道とぞいふなる。日もはや夕暮に成ぬるを此里はよろしき家々どもたちつゞきて。ひろき所なれど。旅人やどす家は。をさをさなきよしきけば。なほ八木までやゆかまし。
岡へやかへらましといへど。さては日暮はてぬべし。足もうごかれずと。みな人わぶめれば。さはいかゞせん。なほ此里にとまりぬべきを。あやしく共。一夜あかすべき家あらば。猶たづねよといふに。ともなるをのこ。ひと里のうちとひありきて。からうじてやどりはとりぬ。
  思ふどち袖ふりはへて旅ごろも春日くれぬるけふ
の山ぶみ。道の程はなにばかりもあらざめれど。そこかしことゆきめぐりつゝ。ひゞとひたどりありきつれば。げにいといたくくるしくて。何事も覺えぬにも。猶このちかきあたりのことども。とひひかまほしくて。まづ此宿のあるじよび出たる。
年のほど五十あまりと見えて。ひげがちにかほにくさげなるが。おもゝちこわづかひむべむべしうもてなしつゝ。いでこのわたりのめいしよこうせきはと。いひ出るよりまづをかしきに。わかき人々はえたへずほゝゑみぬ。この東なる山に。
塚穴とてあるは。いかなる跡にかととへば。かれは聖徳太子の御時に。
弘法大師のつくらせ給ふとかたるには。たれもえたへねど。なほ何事かいふらんと。さすがにゆかしければ。いみしうねんじて。さはいみしき所にも侍るかな。深さはいくらばかりかととへば。
おくはかぎりも侍らず。奈良の寒さの池まで通りてこそ侍れといふ。そもその池は。いづこばかりにあるぞととへば。興福寺の門前に。さばかり名高くて侍る物を。しらぬ人もおはしけりといふにぞ。心得てみな人ほころびわらふ。さて畝火山の事かたるついでに。神功皇后の御事を申すとて。じんにくんといへるこそ。よろづよりもをかしかりしか。それより此あるじをば。じんにくんとつけて。物わらひのくさはひになんしたりける。こゝには神の御社やなにやと。たづねまほしき所々おほしかれど。かゝるには何事かとはれん。いとくちをしくこそ。

(3月)
十二日。三瀬をいでて。北へすこし行て。左の方へ三丁ばかりいれば。久米の里にて。久米寺あり。今もよろしき寺也。されど古の所はこの西にて。こゝはそのかみ塔のありし跡なりと。法師はいひつ。うねび山。北の方に。まぢかく見ゆ。ふる言思ひ出られて。  玉だすきうねびの山はみづ山と今もやまとに山さびいます。(万葉一長歌に うねびの此みづ山は日のよこの大御門にみづ山と山さびいます云々)此山のかたへつきたる道を。おしあてにゆきて。すこし西へまがれば。畝火村あり。すなはち山のたつみの麓なり。此むらにいらんとするところの。半町ばかり右の方に。ちひさき森有て。中に社もたてるは。懿徳天皇の御陵といふなれど。そは此山の南。まなごの谷の上とあるにあはず。また御陵のさまにもあらねば。かたがたいぶかしさに。村の翁にそのよしいひて。くはしくたづねければ。げにさる事なれど。まことのみさゝぎは。さだかにしれざる故に。今はかの森をさ申すなりとぞこたへける。橿原宮は。(畝火山の東南橿原宮は神武天皇の都)このわたりにぞ有つらんと思ひて。
  うねびやま見ればかしこしかしばらのひじりの御世の大宮どころ。今かしばらてふ名はのこらぬかととへば。
                   
出典:奈良女子大学学術情報センター 菅笠日記  翻刻:文学部日本アジア言語文化学講座
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1846 弘化3 . 1月16日、川路聖謨(としあきら)が奈良奉行となる。
3月4日、聖謨、奈良に向け出立、初日を神奈川宿に泊す。 「寧府紀記事 第一」より
ふるさとのかへさに花をすてゝ行鷹をうへとそ思ふけふかな
うちよせてとく引かへす竹芝のうらのなみにや末ちきらまし

     かへさ(帰さ):帰りがけ。帰り道。帰り。
1847 4 . 5月28日付 、聖謨、「寧府紀亊」に奈良の地名のことや吉野に伝わる神武天皇皇居のことなどを記す。
古言によっておもふに膳夫村カシハテこれかの周禮にいふ振動拝にて手をうちて膳を奉る類日本の古禮なり今江戸のなか直りの類其遺風なるへし大和のものなと神に向ひ必手をうつ也 雲梯村クモテ 百済村クタラかゝるいにしへの名のこること多し万葉に春日山に□(白+八)鳥といふものありいかなるとりなりやたしか成定説なし昔契沖かそのとり奈良へ来りて尋しにしる人なしジュンサイの池にあるをみてねぬなはをとりてととちのものにいひしにかゝるものはなしといひしかは、これよとてとりみせしにそれはドヒヤ〔く〕シやクシャヨウといふと答しを聞て大和ことの葉といひしに世とゝもにことはも又衰しと歎しか村名なとには尚のこり居る也吉野の奥人跡絶しところに神武天皇の皇居のあと今ものこり居るといふ也 山の名池の名滝の名等に詳に證とすることありて與力共の内奇を好めるもの行て穿(せんさく)して従来國學者未發ことをひらきてみな驚歎せしといふ也人の行てむかしより歸りしことなしなとゝ土地のものはいふ深山にて七月なほ残雪あり落葉數丈つもり居しといふ也 密に疑ふ  皇居の吉野のよしは無相違事なれとも都を開き給ふには日向國よりいこま山を越て大和へ御うち入ありしといへは暖なる地を好ませ給ふへきに今日本の人民の多くひらけぬところはなきとうふ時にいたり尚夏中積雪のあるかことき所におゐて 皇居をひらき給ふはいか成ことにや吉野に 皇居のあるは實なるとも前にいふことき深山なりやいかに此こと既に詳せし書物もあれは此地のたよりまてに記して新右衛門の談話料にまいらす へけれとも今よりは少も解すへからさること也
    せんさ(穿鑿):細かなところまで根ほり葉ほりたずねること。また、むやみに憶測してとやかく言うこと。
1848 5 . 3月16日付、聖謨、「寧府紀亊」に久米仙人や神武天皇御稜の嘆くを記す。
〇今井町近邊うねひ山近邊はみな古墳のみにていにしへの御稜とおもふも多けれともしる人なし  神武の御稜は木の玉垣あるのみ   懿徳帝の御稜のこときにいたりては四方にこみちありて牛馬牽通るへからすといふ高札あるのみなり恐入りたること也 うねひ山みゝなし山あまのかぐ山鼎峙して立てり
  うち向ひ いく万世をかたるらむ うねひ 耳なし 天のかく山
といひき所のものもこのわたりを三ツ山といふ也うねひ山にて雲の立つをみて
  うねひ山ときはかきはのかけふかみけふりと立るはるさめのくも
御陵をみ奉りて
  としをふる梢も泣かはるさめに一村さひし みさゝきの松
(略)/神武の御稜に玉垣ありしお土地の領主よりすることかとおもひしに大阪の町人の奉納せし也といふ也 その町人の名はしらねとこゝろあること也 町人にさへかくもこゝろあるものゝある也この 御神は千万世の御祖にましませは伊勢春日と同しかるへき御事なるに町人等奉納せし玉垣にて濟といふこといかなることにや
    鼎峙(ていじ):鼎(かなえ)の脚のように、三方に相対して立つこと。鼎立(ていりつ)。
1849 嘉永2 . 7月、聖謨、「神武御陵考 草案」を著す。  日付の記述がなかったので注意 2021・1・27 保坂
(附紙)夏かけ書状入/翁はかくいはれつれも玉かつまをみるにみたりに外の陵をも論して甚敷(はなはだしく)みたりなることにていせ(伊勢)人實によしとおもはゝ古事記傳へ追加すへきこと也これみな宣長が詐にて人を欺(あざむく)の甚敷也天子の陵なと土民の漫(そぞろ)定へき事にはあらぬ也
玉かつま(玉勝間):江戸時代の国学者、本居宣長の随筆。
□詐(かんさ);心がねじ曲がっている。ひねくれている。
1850 3 . .
1851 4 . 6月24日、川路聖謨が大坂東町奉行に異動.となる。注 日時未確認 2021・1・31 保坂
1852 嘉永5 . .
1853 6 .
1854 安政元 .
1855 2 .
1856 3 .
1857 4 .
1858 5 .
1859 6 .
1860 万延元 .
1861 文久元 .
1862 2 . 閏8月14日、宇都宮藩主戸田忠恕の建白によって、宇都宮藩に、諸陵修補に関するいっさいのことが委任される。宇都宮藩家老間瀬和三郎(戸田忠至)は、藩主に代わり修陵に任に当たる。
10月22日、大納言坊城俊克邸において、間瀬和三郎が山陵奉行に任じられる。
1863 3 . 1月21日、間瀬和三郎が従五位下・大和守となる。
1864 元治元 . 1月29日、戸田忠至、大名格となる。<神武天皇陵修補完成の功を賞して「永々山陵奉行仰附らる」となる。>
7月12日、戸田忠至、正式な大名に加えられた。同年末までに畿内における山稜全ての補修を終了する
1865 慶応元 . 〇この年、戸田忠恕が下野国宇都宮藩より5万石で棚倉藩に入ることが決まる。しかし、戸田家の山陵修繕の功労による朝廷のとりなしによって実施の延期(事実上の中止)となる。
1866 2 . 〇この年、阿部正静が陸奥白河藩より10万石で棚倉藩に入る。松平康英は武蔵国川越藩に移封。
3月、藩主戸田忠友は忠至の功により1万石を分与、忠至は高徳藩を興す。
12月25日、孝明天皇が崩御。
12月28日、幕府から禁裏付頭取との兼任を命じられる。
1867 3 . 1月27日、孝明天皇の御大葬儀が行われる。
3月24日、山陵奉行戸田忠至が平塚賢老人(瓢齋)に書翰を贈る。
   

  
二伸
後月輪(のちのつきのわ)  陵御築之 仰をうけしにはからすも御賞を賜りけるまゝに
峯高く/ 照月影の惠にて/光り移路ふ/松の下露

          出典:「S11・12刊行 文部省維新史料編纂事務局編「維新史料聚芳 乾」 巧芸社」 pid/1143516
7月5日、戸田忠至が、若年寄との兼任を命じられる。
〇この年、平塚瓢斎(ひょうさい)編「仁風集覧」が刊行される。 和本 所蔵機関 : 西尾市岩瀬文庫 ¥38,500 京都キクオ書店
 慶応2年8月より、諸国暴風雨による不作のため米価はじめ諸物価が高騰、9月半ばより京都所司代が窮民に粥を施行して2万人もの人々が救われる。これに触発されて多くの人々が金品を寄附した。また、太田垣蓮月も恬淡無欲の生活の中から金6両余を寄附した記述も含む。
1868 明治元
 
9・8
改元
. 2月4日、戸田忠至ニ御台所御用並口向取締ヲ命ス  出典 : 『太政類典』1編29巻
2月21日、山陵奉行が山陵修補奉行と改称される。
     < 戸田忠至ヲ山陵修補奉行ト為ス   発令年月日 : 明治元年(慶応4年)2月21日 出典 : 『太政類典』1編26巻>
3月15日、川路聖謨が割腹後、ピストルにて自殺する。
  敬齋を頑民齋と改て/天つ神に背(そむく)もよかり 蕨(わらび)つみ 飢し昔の人をおもへは
7月、神武天皇御稜の修繕が行われる。
7月28日あらたに山陵総管と副官が置かれ、総管に万里小路博房、忠至はその副官となる。
   ※<会計官知事万里小路博房ヲ以テ山陵総管ニ戸田忠至等ヲ以テ山陵副総管ニ任ス>  発令年月日 : 慶応4年7月28日 太政官 出典 : 『太政類典』1編27巻
1869 2 . 5月15日、忠至、家督を長男の忠綱に譲り隠居する。
12月12日、明治政府は山陵修復の債務に苦しむ忠至に対し、7000両を支給する。
1870 3 . 〇この年、忠綱は下野と河内の両国に所領を上知され下総に所領を与えられたため、下総国曽我野に移り、以後は曽我野藩となる。
〇この年、津久井清影(平塚飄斎)が「聖蹟圖志」を刊行する。 [出版者不明]  pid/1910951 閲覧可能
聖蹟圖志第一帖標目
神代三陵圖 取薩人田原篤實之圖考縮寫六張
大和國陵墓惣圖
仝南都奈保山佐保山諸陵 附楊梅陵平城坂上墓
仝佐貴郷盾列池南北陵菅原東西陵〔ショウ〕指圖
仝田原東西陵及川上陵圖
城上郡山邉道上二陵 附上総村古陵八嶋廟社圖
仝市郡檜前及身狹越智 並
畝傍山四邉諸陵圖
河内和泉國諸陵惣圖
仝磯長三陵 並 御墓山之圖
仝錦部郡長野及黒山村百舌八幡以北大山陵〔ショウ〕圖
仝高鷲原以東惠賀長野
譽田
   → 古市高屋丘坂門原埴生坂〔ショウ〕一圓陵墓圖
攝津丹波國陵圖
第二帖標目
京郊諸陵方位之圖 五張
山科天智天皇御廟野圖
小野醍醐延喜天暦御陵圖
木幡古浄妙寺趾藤原氏歴世功臣后妃陵墓圖
伏見山柏原陵豊公古城最寄圖
深草谷口今桓武天皇拜所圖
仁明帝御陵嘉祥寺貞觀寺極樂寺古跡法華堂境界圖

延暦時代陵製考附圖 高畠石作苧波多大江陵大岡墓
今竹田安樂壽院白河鳥羽近衛三帝陵圖
東山泉涌寺後山古陵圖 觀音寺北邉後堀河帝法住寺後白河帝陵
粟田十樂院上之山花園帝陵 太子堂跡古杉太子水
南禪寺亀山法皇御塔并永觀堂清和後三条両帝御灰〔ボウ〕 良親王御頸〔ボウ〕
神樂岡東櫻本菩提樹院淨土寺白川邉總圖
大原ク後鳥羽順コ二帝御陵圖 附隠岐葛田山佐渡真野山
舩岡雲林院邉北山岩影紙屋川上香隆寺趾最寄圖
仁和寺今古總圖 附円融寺円教寺円宗寺
田邑後田邑陵兆域長尾村上山圖 附廣沢八角堂後宇多陵
大覺寺殿後山嵯峨天皇御廟山並愛宕道小坂後亀山院御塔
   →附天竜寺中後嵯峨亀山二帝法〔ガ〕堂跡及御火葬所
水尾岡清和天皇御陵 附水尾山寺四所權現社
洛西大原山陵長岡以南金原寺〔ショウ〕總圖 附葛原親王墓
脱漏追加 歌中山清閑寺六條高倉二帝 並 中尾陵拜志及八坂墓圖

注:発行年について/末尾に「一 陵地私考山城國所在之部二之巻 明治四年辛未二月六百年御祭也」とあり。後嵯峨天皇が文永九年二且十七日に崩御されてから600年が経たことを記されていることから同書の編年についても検討が必要だろう。一般的には「江戸時代・嘉永7年成立、慶応元年補正」と伝えるが明治の年号がある。この項では発行年を国立国会図書館デジタルコレクションの記述に従った。  2021・2・20 保坂
仝市郡檜隈及身狹越智 並 畝傍山四邉諸陵圖 :「丸山、塚山」も描かれている
仝高鷲原以東惠賀長野譽田 並 古市高屋丘坂門原埴生坂〔ショウ〕一圓陵墓圖 :誉田八幡宮の隣に応神天皇稜が描かれている。
1871 4 . 3月、〔神武天皇祭典警衛兵ヲ出サシム〕 発令主体 : 〔太政官〕弁官
   神祇官祭典警衛兵ヲ出サシム  出典 : 『太政類典』1編89巻
4月、(郷長廻達、神武天皇祭日ノ件) 郷長岩佐伝之進著 (上田重兵衛家)  
7月、青山延光編「國史紀事本末 一 」を「和泉屋金右衛門」が刊行する。 pid/1918739 閲覧可能
  序文に「文久改元辛酉春日水藩側用人兼弘道館總教青山延光序弟延壽謹書」とあり和本
第一卷
神武東征
第二卷
列聖尊神
第三卷
崇神平四道
狹穗彦之叛
垂仁停殉
〇この年、「神武天皇祭遥拝式心得書 」〔出版者不明〕が刊行される。 所蔵:福島県立図書館
1872 明治5 . 3月、三月十一日神武天皇祭各隊営内於テ飾隊遥拝式ヲ執行セシム  発令主体: 陸軍省
   発令年月日 : 明治5年2月晦日  掲載誌名 出典 : 『法令全書』明治5年【陸軍省第6】
3月、神武天皇祭  発令主体 : 〔太政官〕 1872
    発令年月日 : 明治5年3月11日  掲載誌名 出典 : 『太政類典』2編262巻【19】(R68)
3月、来ル十一日神武天皇祭判任官参拝正服帽着用ノ者ハ諸御門通行印鑑持参ニ及ハス 発令主体: 陸軍省
   発令年月日 : 明治5年3月8日  出典 : 『法令全書』明治5年【陸軍省第17】
3月、(神武天皇祭典の件他太政官達ニ付敦賀県出張所達)  敦賀県庁: (岡文雄家)
    出版年月日等 1872年03月08日 著者 敦賀県庁  シリーズ名 岡文雄家
11月、来ル二十五日神武天皇祭ニ参拝等外ノ輩ヘ印鑑ヲ下渡スニ付人名ヲ申出シム  発令主体: 陸軍省
   発令年月日 : 明治5年11月20日  掲載誌名 出典 : 『法令全書』明治5年【陸軍省第248】
11月、来ル二十五日神武天皇祭奏判任官所労不参ノ者届書秘史局ヘ差出サシム  発令主体: 陸軍省
   発令年月日 : 明治5年11月20日
1873 6 .
1874 7 . 9月、青木輔清編「漢語書帖自在 巻之上」が「甘泉堂」から刊行される。pid/868719 閲覧可能  
巻之上
一月 賀新年文 / 1丁
同復 / 3丁
一月 新年暦法を問文 / 5丁
同復 / 7丁
一月 孝明天皇祭招友人文 / 10丁
同復 / 12丁

二月 紀元節催野遊文 / 13丁
同復 / 15丁
会社集議之廻文 / 17丁
同復 / 19丁
三月 蔵書を借文 / 21丁
同復 / 23丁
四月 
神武天皇祭催花見文 / 24丁
同復 / 27丁
四月 請訳書之校正文 / 30丁
同復 / 32丁

同 会夜学同盟文 / 35丁
同復 / 38丁
賀入学文 / 40丁
同復 / 42丁


1875 8 .
1876 9 . 〇この年、神武天皇祭勅奏判任官ニ関スル諸達  発令主体 : 〔太政官〕式部寮
   発令年月日 : 明治9年3月27日  出典:『元老院日誌』明治9年巻之3【258】(1巻385頁)
〇この年、戸田忠至(大和守)編「山陵記」が刊行される。  和本 所蔵:西尾市岩瀬文庫
歴代天皇の陵墓一覧。神武より孝明まで歴代天皇を列挙し、陵墓名、崩御年月日、埋葬年月日、崩御年より明治3年までの年数、陵墓地、を注記する。巻末に神功皇后・岡宮天皇・春日宮天皇・崇道尽敬皇帝・崇道天皇・小一条院・後高倉院・長慶院・後崇光院・陽光院を別録する。参考和本に「山陵説抄 写」がある。 古典籍総合データベース早稲田大学図書館) [書写年不明]/書名は題簽による  宮内省用箋 彩色あり はり込あり 和装 印記:去水五味均平蔵 五味均平旧蔵/畝傍東北陵. 神武帝陵考 / 中盛彬著. 神武御陵考 / (川路)聖謨著. 山陵精考 / 定政著. たまたすき / 山川正宣述. 桃花島田丘上陵. 畝傍山西南御陰井上陵. 畝傍山南纎沙渓上陵. 掖上博多山上陵. 玉手丘上陵. 葛下郡片丘馬坂陵. 剱池島上陵. 春日率川坂上陵. 身狭桃花島坂上陵 請求記号:ル03_03009 閲覧可能
 参考:古典籍総合データベース(早稲田大学図書館)から見た「去水五味均平蔵印のある「山陵説抄 写」和本の配列 ru03_03009.pdf 閲覧可能
畝傍東北陵 3〜
神武帝陵考 中盛彬ノ説 9〜
No10に畝傍山や神武田の描かれた絵図あり
神武帝陵考 11〜
神武御陵考  中盛彬著 14〜
山陵精考 20〜27 嘉永二年四月 左衛門尉 聖謨
たまたすき 定政  27 (表題のみ)
うね傍山 神武陵  山川正宣述  27
桃花島田丘上陵  33〜
畝傍山西南御陰井上陵  36〜
畝傍山南纎沙渓上陵 38〜
掖上博多山上陵 40〜
玉手丘上陵  42〜 (43・44ダブリ)
葛下郡片丘馬坂陵  45〜
剱池島上陵  47〜
春日率川坂上陵  49〜
身狭桃花島坂上陵  51〜53

1877 明治10 . 1月30日、明治天皇、孝明天皇御式祭に参拝する。
2月11日、明治天皇、神武天皇陵に参拝する。
〇この年、神武天皇祭ニ関スル諸達  発令主体 : 〔太政官〕式部寮 1877
   発令年月日 明治10年3月30日  出典『元老院日誌』明治10年巻之3【272】(1巻587頁)
〇この年、福原有因編「作文大全 : 雅俗要文 上」が「小谷卯兵衛等」から刊行される。 pid/868937 閲覧可能
新年を賀する文 / 初丁
右之返書 / 3丁
開校を賀する文 / 5丁ウ
右之答書 / 7丁ウ
祈年祭に友人に贈文 / 9丁ウ
右之復書 / 10丁ウ
梅花を観んと約する文 / 12丁
右之返書 / 13丁ウ
桜花を観を促す文 / 15丁
右之答書 / 17丁
神武天皇祭に友人を招く文 /
右之復書 / 21丁

暑中問尋之文 / 24丁
右之返書 / 26丁
暑中休業人の府県に返るに送る文 / 28丁ウ
右之答書 / 31丁
新嘗祭詩会を開き友人を招く文 / 33丁
右之復書 / 34丁ウ (
煙火を観を約する文 / 36丁ウ
右之返書 / 37丁ウ
天長節を賀する文 / 39丁
右之答書 / 40丁ウ
新嘗祭を賀る文 / 43丁
右之復書 / 44丁






〇この年、「神武天皇畝傍山東北御陵御祝詞/[出版者不明]」が刊行される。
この図には題簽がなく、上段に「神武天皇畝傍山東北御陵御祝詞」とあり、「祝詞」全文を載せ、最後に「明治十年二月十一日」と記す。下段には、版画に彩色を施した神武陵の全景図が描かれている。祝詞には、「今年の今日の此日に参入りおろがみ、親王等又諸の官人等を率て斎祭る事を聞食せと白す」とあり、明治10年2月に総勢150人の規模で明治天皇の大和行幸が行われ、11日の紀元節に神武陵に参拝したときの祝詞である事がわかる。神武陵は、文久3年(1863)「みさんざい」と称する現在の地に治定され、7ケ月の期間と1万5000両余を投じ、水濠・土塁・木柵などで陵墓の区域を確定した。この後、明治5年には、全国の神社及び市町村に神武天皇の遙拝所設け、同7年以後毎年4月3日の大祭には勅使参向が恒例となる。明治14年の「神武天皇御陵真影」では、周囲の石柵は設けられ、御陵入口前の「番所」付近の建物3棟だが、石柵はなく、建物は2棟となっている。明治13年周囲に石柵を新築。同15年3月15日から表門を開けて中門まで一般の参拝が許される。
奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
1878 11 . 4月10日付、「越前国金津駅の神武天皇祭の景況」の新聞記事が「石川新聞」に掲載される。
 デジタルアーカイブ福井
7月、楢崎隆存編「幼学便覧 : 明治詩語 初 岡島真七:出版者」に「神武天皇祭日賽某官幣社作 」が掲載される。 pid/892136
7月、城井寿章 (悔庵)が「歳時行事 下」を刊行する。pid/767895  閲覧可能
神武天皇祭四月三日
神嘗祭九月十七日
天長節十一月三日
新嘗祭付御告諭書十一月廿三日
11月、大館正材編「袖珍幼学便覧」を「森本太助」が刊行する。pid/891941 
季部
新年作
元始祭
苦寒
春日詣住吉
神社
月瀬看梅
月夜過梅村
美人折牡丹
桜宮観花
惜花
神武天皇祭
初夏野望
初聞杜宇
梅雨
水亭看蛍
午睡
苦熱
謝人贈西爪
中洲納涼
池亭看蓮
山家銷暑
白雨
立秋
初秋野望
秋夕買□
某園看胡枝花
月夕登江楼
木津川釣鯊魚
秋暁早□
聞砧
秋日訪山僧
〔タク〕駄園看菊
寿法寺看楓
天長節
初冬夜坐
新嘗祭
冬日出遊
冬日臥病
雪中作
雪中
訪友人
冬夜泊舟
山茶花

瓶梅
冬至
歳暮作
討帳鬼
除夕
雑部
詠史
送別
送入遊西洋
送人従軍
経新戦場
西洋雑詩
西洋詠史
人力車
馬車
汽船
郵便
瓦斯灯
電信機
写真
新聞紙
詠虎
詠竜
祝賀


12月、西田森三編「新撰掌中詩作自在」を「山中孝之助等」が刊行する。 pid/892000
標題 /目次
新年作
四方拝
元始祭
新年宴会
田畑探梅

茗渓望雪
雪夜煮茶
寒霄苦学
孝明天皇祭
紀元節
祈年祭
田園雑興
城外春望
雨夜小集
暁景
神武天皇祭
墨陀観桜
遊公園地
惜花
送友人
客窓聞子規
池亭聞蛙
水辺観蛍
梅雨待友
苦熱
喜雨
午睡
河橋納涼
不忍池観蓮花
江楼望月
聞雁
秋日江村
墨水浮舟
染井観菊
滝川観楓
山居即吟
天長節
新嘗祭
送某帰省
田舎即事
過古戦場)
宿山寺
懐良人遠征
歳暮感懐
除夜


1879 12 . 3月、 大島細吉編「幼学必携 : 詩韻精選 初」が「文求堂」から刊行される。 pid/892129
春之部
新年作
春日郊行
春日訪友人村荘
聞鶯
春日聞雨
春日暁起
春日舟遊
神武天皇祭日
賞花
暮春客中 附惜花

4月、東条保著「詩学必携」を「亀谷竹二」が刊行する。  pid/891864
雑部
四方拝並元始祭
新年宴会
観海陸軍始式
紀元節並神武天皇祭儀附孝明天皇祭日
祈年祭並神嘗祭並新嘗祭
天長節
詠西洋油絵並詠照像

駕汽舩並駕汽車
7月、蜷川式胤が「学芸志林 5(7月號) p1〜1東京大学」に「神武帝山陵土器説」を発表する。  pid/1558660
  また、同号に山由Cが「古代陶器考
/ p3〜8」を発表する。
11月、藤井惟勉編「新選掌中明治詩学便覧」を「村上平雄」が刊行する。 pid/995179  閲覧可能
春之部
新年 附元治四方拝
歳端小集
春日即事 附春偶成
春日閑居
春日訪友人出荘
春日送友人赴某国 附友人帰郷
春社 附春日水亭小集
春日遊帝京 附春日帰家
古寺観花
神武天皇祭 附旧上己
春日雨集
月夜対花 附花下小飲
春尽 附惜花

1880 13 . 1月、藤田謙三郎編「新題詩学入門 巻之上」が「山崎金生堂」から刊行される。 pid/891862
春部
元日附元始祭新年宴会
元日観梅
年来未覚新
河塘新柳
紀元節
春遊漫□
春日山居
春日友人来訪□上賦似
春日訪友人
晩春浴後渉園
春窓聴雨
晩春田家
惜春
夏部
神武天皇祭
聞子規
夏浅夏日早起
梅雨有作
(略)

〇この年、荘門煕編「新編詩学精選 1」が「文栄閣」から刊行される。  pid/892014
花時遊東京附送友人之東京
尋花到山寺附廃邸看花
三日水亭集附神武天皇祭日小飲
春日江村附釣磯
1881 14 . 〇この年、岡村金太が「神武天皇御陵真影」を刊行する。
 明治14年出版の神武天皇御陵図で、台紙の中央に「神武天皇御陵真影」、左右に「神武天皇御陵」の図を貼付したもの。中央の「真影」の図は明治14年5月5日の「宮内省免許」の印があり、左の図には同じ日付の「宮内省御伺済」及び同年6月24日「内務省御届済」の印がおされている。両図とも高市郡清水谷(現高取町)の士族岡村金太の編集・出版で、「真影」の図が「定価三銭」左の図が「定価弐銭」とある。右の図は同13年12月6日「内務省御届済」の印が捺されており、編集・出版は高市郡藤井村(現高取町)の安田直次郎と記す。神武陵は、文久3年(1863)「みさんざい」と称する現在の地に治定され、修理に着手して陵墓の区域を確定した。この後、毎年3月11日(明治5年から4月3日)に勅使参向が恒例となる。明治10年2月11日明治天皇の参拝があり、明治13年石柵を新築している。兆域は、東西97間、南北122間、周囲御石柵と記入。本図はこの頃の神武陵の様子を描いたもので、入口には門があり、周りには正方形に石垣と柵と植え込みがある。門前の家は「勅使館」である。同15年3月15日からは御陵の門を開き一般の参拝が認められた。奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
〇この年、安井乙熊編,巻菱譚/書「頭書類語書牘案文 霊湖堂」に「(九) 神武天皇祭ニ友を招く文」が掲載される。 pid/866092 閲覧可能
〇この年藤井翠圃が「明治詩語玉屑 巻上 」を「浜本明昇堂」から刊行する。 pid/892092
   春日山行  神武天皇祭日宴集  賞桜花作
1882 明治15 . 1月、橿原神宮社務所編「神武天皇御記謹解」が「 三秀舎」から刊行される。
   
所蔵:鹿児島県立図書館 資料番号:0114469505
    
※ 「橿原神宮社務所編」:橿原神宮創建の時期についての照合性が未確認 確認要 2021・1・6 保坂
〇この年、森川次郎編「新撰詩文幼学便覧 上 富田彦次郎」に「神武天皇祭附旧上己 」が掲載される。
pid/891998
〇この年、榊原育寿編「明治新編作詩便覧 巻之1 庸心斎」に「祭日書喜 附紀元節神武天皇祭」が掲載される。pid/891789 閲覧可能
〇この年、藤田謙三郎編「明治詩学精選 巻上1 18p 山崎金生堂」に「神武天皇祭」が掲載される。 pid/892086
1883 16 . 3月30日、戸田忠至が死去。(享年75歳)
3月、小笠原美治編,村上屈山/書,田島象二閲「明治文章大成 : 熟語類聚 巻之上」が「小笠原書房」から刊行される。   pid/865482  閲覧可能 
(十九) 神武天皇祭邀人 / 56丁
(二十) 同復
9月、亀山雲平が「日本国体一斑 巻上」を「五車堂」から刊行する。 pid/783598  閲覧可能
問テ曰ク吾国名起原及ヒ是非何如
問テ曰ク造化三神トハ何如
問テ曰ク神世七代トハ何如
問テ曰ク二神国土ヲ修理ストハ何如
問テ曰ク日月ノ神トハ何如
問テ曰ク天孫降臨トハ何如
問テ曰ク祭政一致ノ原トハ何如
問テ曰ク大己貴神幽事ヲ主ルトハ何如
問テ曰ク天孫ノ降臨前駆扈従及ヒ嚮導ノ神トハ何如
問テ曰ク
神武帝ハ何神ノ子孫ナリヤ
問テ曰ク
神武東征トハ何如
問テ曰ク足尼国造県主何時ニ始ルヤ
問テ曰ク伊勢大廟ノ始リ及ヒ三種神器安クニ在ルヤ
問テ曰ク四道将軍ヲ置クトハ何如
問テ曰ク天日槍帰化ストハ何如
問テ曰ク狭穂彦謀反トハ何如
問テ曰ク日本武尊東征トハ何如
問テ曰ク山河ヲ界シ国県ヲ分ツトハ何如
問テ曰ク神功皇后三韓征伐トハ何如
問テ曰ク漢土ノ書始テ吾邦ニ入ル何時ニ在ルヤ
問テ曰ク仏法始テ吾邦ニ入ル何時ニ在ルヤ

10月、文学社編「小学作文全書 14下」が「文学社」から刊行される。 pid/867393 閲覧可能
    神武天皇祭日に友を招く文        北海道移住を勧められし返事
12月、荘門煕編「明治新撰詩語玉屑  2 岡田書館」に「夏総類附神武天皇祭」のことが掲載される。
pid/891883 閲覧可能
〇この年、岡谷繁実編「戸田忠至略譜稿」が刊行される。 所蔵:栃木県立図書館
1884 17 . 3月、益永晃雲編, 湯川吉太郎/書「皇国文証大全」が「春篁堂」から刊行される。pid/864639 閲覧可能 
孝明天皇祭日上京を促す文 / 16丁
仝復簡 / 17丁
祈年祭班弊牛肉を贈る文 / 19丁
仝復簡 / 21丁
紀元節開宴の文 / 22丁
仝復簡 / 23丁
春雨同僚を招く文 / 24丁
仝復簡 / 26丁
神武天皇祭日畝火山誘ひの文 / 27丁
仝復書 / 28丁
嵐山桜見之文 / 30丁
仝復書 / 32丁
6月、福井淳編「今世詩作幼学便覧」が「華井積善館」から刊行(銅版)される。 pid/903947 閲覧可能
    (九) 墨水春遊 附神武天皇祭日小飲
〇この年、荘門煕 新編「詩学精選 巻之1」が「文栄閣」から刊行される。  pid/892025
    三日水亭集附神武天皇祭日小飲
1885 18 .
1886 19 .
1887 明治20 .
1888 21 . 12月、嵯峨正作編「日本史綱 上卷」が「小林新兵衛」から再版される。 21.6初版 
pid/1081832
 閲覧可能 
例言
本書ハ世變ニ從ヒテ上古、中子、近古、今代ノ四大期ニ分ラリ上古ハ紀元一年ニ始マリテ大約ソ千三百五年ニ訖
(おえ)ル此間封建時代ナリ中古ハ大約ソ千三百五年ニ始マリテ千八百四十年にル此間郡懸時代ナリ近古ハ大約ソ千八百四十年ニ始マリテ二千五百二十七年ニ訖ル此間部門政治時代ナリ(略)
第一篇
地理人種及政躰帝室ノ略説
第二篇 上古ノ部 從紀元一年至同大
約千三百五年
神武帝ノ東征
熊襲及三韓
文學
佛教
蘇我氏
(略)
1889 22 . 2月、「会通雑誌. (105)」が「会通雑誌社」から刊行される。 pid/3545277
祭祀政ヘ 孝明天皇祭其他 / 東京電報 ; 松井吉平 / p6〜10
6月、「」が「会通雑誌社」から刊行される。  pid/3545291
都鄙雜簒 安コ天皇御車蹟の因 / をさりたつを / p8〜9
寄書 神武天皇の東征とは其實遷都なり / 細川潤次カ / p14〜15
7月、「会通雑誌. (120)」が「会通雑誌社」から刊行される。 pid/3545292
寄書 神武天皇の東征とは其實遷都なり――(續き) / p15〜16
7月、「会通雑誌. (121)」が「会通雑誌社」から刊行される。pid/3545293
祭祀政ヘ 橿原宮舊趾 / p4〜4
祭祀政ヘ 御陵確定 / p4〜5
祭祀政ヘ 吉野宮剏立祝典 / p5〜5
祭祀政ヘ 小楠公祠宇建設の計畫 / p5〜5
祭祀政ヘ 愛生館 / p7〜7
祭祀政ヘ 安徳天皇御事蹟の因 / 小中村C矩 / p7〜8
寄書 神
武天皇の東征とは其實遷都なり――(續き) / p14〜15
<抜粋>
7月、「会通雑誌 (122)」が「会通雑誌社」から刊行される。pid/3545294
祭祀政ヘ 小楠公祠宇建設の計畫――(續き) / 建野ク三 / p8〜9
史籍考證 奥州白河地仙墳の來由――(續き) / p12〜13

寄書 神武天皇の東征とは其實遷都なり――(續き) / p13〜14
<抜粋>
8月、「会通雑誌 (123)」が「会通雑誌社」から刊行される。 pid/3545295
祭祀政ヘ 御陵兆域决定 / 官報 / p5〜5
祭祀政ヘ 小楠公字建設の計畫――(續き) / p6〜7
寄書 
神武天皇の東征とは其實遷都なり――(續き) / p13〜14
寄書 時勢に感あり佛と耶蘇との二ヘを論ず / 荻野壽太カ / p14〜15
<抜粋>

8月、「会通雑誌. (124)」が「会通雑誌社」から刊行される。 pid/3545296
祭祀政ヘ 彌彦神社保勝會 / p5〜6
祭祀政ヘ 小楠公祠宇建設の計畫――(續き) / p6〜7
祭祀政ヘ 小楠公社殿造立地 / p7〜7

史籍考證 大塔宮の御事 / 神習舍ョ文 / p13〜14
<抜粋>
8月、「会通雑誌(125)」が「会通雑誌社」から刊行される。 pid/3545297
祭祀政ヘ 小楠公祠宇建設――(續) / 松生〔エイ〕文齡 / p7〜7 史籍考證 大塔宮の御事――(續) / p11〜12
9月、「会通雑誌(128)」が「会通雑誌社」から刊行される。pid/3545300
祭祀政ヘ 順コ天皇御陵 / p8〜9
10月、「会通雑誌(130)」が「会通雑誌社」から刊行される。pid/3545302
祭祀政ヘ 造神宮副使 / p5〜5
祭祀政ヘ 神宮遷宮式 / p5〜6
祭祀政ヘ 神宮遙拜式 / p6〜6
祭祀政ヘ 内侍所と神嘉殿 / p6〜6
祭祀政ヘ 平田神社例祭 / p6〜6
祭祀政ヘ 小楠公墓地並社殿摸形 / p6〜7

<抜粋>

10月、「会通雑誌(131)」が「会通雑誌社」から刊行される。 pid/3545303
祭祀政ヘ 神宮神木倒れ白鳥飛行ハ嘘聞 / p6〜6
祭祀政ヘ 神宮遷宮式後報 / p6〜7
祭祀政ヘ 神道紀念會 / p8〜8
<抜粋>
〇この年、畝傍山東南の地に神宮を建て、橿原神宮とする。 ※月日について 検討要  特に竣工日  2021・1・29 保坂
1890 23 . 3月、谷口流鶯が「通俗教育全書 ; 第3編 家庭教育 : 高等小学校(全) 博文館」に「神武帝創業より国会開設の大詔に至る」を発表する。 pid/812469  閲覧可能
4月2日(3月20日)、橿原神宮が官幣大社に列せられる。
  ※月日について 検討要 2021・1・29 保坂
   注 大正2年、10月、相島亀三郎著「国民教育講堂訓話  p54」では3月20日  pid/938909  閲覧可能
〇告示
 内務省告示第十號
 橿原神宮 奈良縣下大和國高市郡白橿村鎮座
    祭神 神武天皇/媛蹈鞴五十鈴媛(ヒメタタライスズヒメ)皇后 
 右官幣大社ニ列セラルヽ旨仰出サル
  明治二十三年三月二十四日  内務大臣 伯爵山縣有朋
          出典:官報 1890年03月24日  大蔵省印刷局 [編] 日本マイクロ写真 1890-03-24pid/2945268
〇官廳事項/〇橿原神宮御霊代御著及奉納告祭 官幣大社橿原神宮御霊代ハ勅使掌典石山基正守護シ去月二十九日奈良縣御著同縣ニ於テハ知事、警部長、添上外四郡長、屬一名、警部四名、國境京都府下木津驛ニ奉迎シ御順路ハ警部四名騎馬ニテ前後ヲ衛リ郡長先導午後四時御旅館ヘ御著御霊代ハ豫テ設置シタル清所ニ安置シ御旅館前後ハ警察官護衛セリ此日書記官、屬、郡吏員及本縣尋常師範學校竝最寄各小學校生徒モ奉迎セリ翌三十一日午前七時御旅館御出發警部四名騎馬にて護衛高市外三郡長御先導神宮ニ至リ門外にて各。下乗午後一時奉納告祭式ヲ了ル當日ハ知事、書記官、各郡長及縣官郡吏員参拝シ終リテ奈良縣尋常師範學校竝郡山中學校生徒最寄各小學校生徒参拝捧銃ノ式ヲナシ其他有志者等數千人参拝セリ
          出典:官報 1890年04月15日  大蔵省印刷局 [編] 日本マイクロ写真  pid/2945286
1891 24 . 5月、岸田榮が「少年園 6(61)p 26 少年園」に「神武帝御陵參拜の記」を発表する。 pid/1784224
1892 明治25 . 2月、「東洋學藝雜誌 9(125) p107〜107 東京社 」に「雜録 丸山作樂氏作、神武天皇祭ノ歌」が掲載される。 pid/3559083
4月、「少國民 第4年(7)  鳴皐書院」が刊行される。 pid/1589219
神武天皇の御像――表紙畫 / / 表紙
神武天皇祭日――(圖入) / 研堂 ; 石井民司 / p1〜1
護良 王吉野に奮戰す / / p2〜3

4月、「少年園 7(83) p382 少年園」に「神武天皇祭」のことが掲載される。 pid/1784249
4月、「育報知 (310)
p14〜14東京教育社」に「新報 神武天皇祭」が掲載される。 pid/3546235
4月、寺崎廣業が「婦女雑誌 2(7)  博文館」に「口繪 神武帝皇后を定め給ふ圖」を発表する。  pid/1580037
6月、農商務省農務局編「大日本農功伝 全」が「博文館」から刊行される。 pid/993575 閲覧可能
卷之一
保食神 神代五穀牛馬等ヲ生ス / 1丁
素戔烏尊 五十猛命 太屋津姫命 神代木種ヲ播殖ス / 2丁
大國主神 少彦名神 神代國土ヲ經營シ人物ヲ愛惜ス / 3丁

天富命 神武天皇ノ時穀麻ヲ弘ム / 4丁
五十瓊敷入彦命 埀仁天皇ノ時池溝灌漑ノ便ヲ開ク / 4丁
道君首名 和銅、養老ノ頃力ヲ民食ニ盡ス / 5丁
行基 天平ノ頃道路ヲ修メ橋梁ヲ架ス / 6丁
和氣清麿 延暦ノ頃治水開墾ヲ謀ル / 8丁
藤原繩主 弘仁中水利ヲ開ク / 9丁
藤原高房 天長中堤防ヲ修築ス / 10丁
發地太郎 同與惣 正安天正年間武藏野ヲ開拓ス / 14丁
武田信玄 天文ノ頃水ヲ治ム / 15丁
甲斐徳本 元和、寛永ノ頃葡萄ノ効用栽培ヲ示ス / 42丁
卷之四 /
佐藤信淵 文政、弘化年間農政物産ノ學ヲ大成ス / 215丁
二宮金二郎 文政、嘉永年間興國安民ノ法ヲ施ス / 220丁
安藤伊右衞門 同伊兵衞 同仁平 文政、安政年間
   →水利ヲ開キ旱害ヲ除ク / 238丁
大藏永常 天保ノ頃農書ヲ著シ世益ヲ謀ル / 242丁
〇この年、山根十吉編「祝賀之歌」が「細謹舎」から刊行される。 pid/1087190
元始祭
紀元節
神甞祭
天長節
新甞祭
神武天皇祭
孝明天皇祭
春秋皇靈祭
一月一日歌
皇御國
君が御民
扶桑歌
慕へや慕へ
勅語捧讀歌


1893 26 . 2月、永江正直編「幼年全書 ; 第1編絵入日本歴史」が「博文館」から刊行される。  pid/1919307
繪入日本歴史上卷
紀元節と神武天皇祭 カットが素晴らしい
伊勢大廟と熱田の宮
日本武尊
三韓征伐
漢學のおこり
仁コ天皇
佛法のはしまり
藤原の鎌足
大化のまつりこと
天智天皇御製
和氣C麻呂
1894 27 . 1月、松本貢弘道が「神武天皇御陵真影〔図〕」を刊行する。
 明治27年に松本貢弘道の著作兼印刷発行になる神武陵図。神武陵は、文久3年(1863)「みさんざい」と称する現在の地に治定され、7ケ月の期間と1万5000両余を投じ、水濠・土塁・木柵などで陵墓の区域を確定した。この後、毎年3月11日(明治5年から4月3日)が祭日となり勅使参向が恒例となる。明治10年2月11日には明治天皇の参拝があり、明治13年周囲に石柵を新築。同15年3月15日から表門を開けて中門まで一般の参拝が許される。同31年に盛土が加えられ、径33m、高さ2,3mとなる。本図は明治27年頃の神武陵の景観を示しており、左上に「畝傍山」、左下に「天香久山」、右下に「耳無山」を配置し、右上に神武天皇陵の由緒を書き、陵墓の規模を「東西九十七間、南北百二十二間、周囲石柵四百三十八間、南面東表」と記す。入口には門があり、周りには正方形に石垣と柵と植え込みがある。門の前の家は勅使参向の時使われる「勅使館」である。左下には、「太祖教会」の朱印が捺されており、「太祖教会所」が神武陵の東北に描かれている。この太祖教会は、明治22年に認可された神武天皇の神霊を「奉崇」する畝傍橿原教会本院である(高木博志「近代における神話的古代の創造」『文化財と近代日本』所収)。    奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
参考:明治27年1月1日 同月 日発行 奈良県高市郡白橿村大字大久保四十八番地 
著作蕉印刷発行者 松本弘道
3月、篠田正作編歴史美談 : 幼年文庫」が「鍾美堂」から刊行される。 pid/1919415  閲覧可能
神武帝創業
○外人歸化
○池溝を穿ちて民業をェにす
○兵噐の祭幣
○殉死の禁
○皇子の征討
○皇后の親征
○聖帝の仁政
○長壽の大臣六朝に歴事す
○使臣の勇猛
○兵士の不屈
○勇婦の一計東陲を撫綏す
○皇子忠臣謀て國害を除く
○大化大寶の制度
○直臣君側の姦を挫く
○平安城
(略)



4月、「史学普及雑誌 (20)」が「史学普及雑誌社」から刊行される。 pid/1478373
伊弉諾尊及大國主命遺蹟一覧
歴史と万葉集との關係 / 木村正辭
村井修理少進の傳 / 松村巖
英雄の結婚
雄畧天皇の御代
阿彌陀佛五行
長良の山かぜ附録二の卷
秋田藤篁外二氏に答ふ
神武帝行在所埃の宮の遺跡
五十鈴媛御陵に就き / 晦堂居士
楠正儀の最後 / 駿江散士

〇この年、「畝傍山東北御陵並ニ橿原神宮真景(複製)」が「畝傍橿原教会本院」から刊行される。
 畝傍橿原教会本院が明治27年発行した畝傍山東北御陵と橿原神宮の鳥瞰図の複製。編集・印刷・発行代表者は、奥野陣七。畝傍橿原教会本院は旧宮津藩主本荘宗武を教長して同22年神武天皇の神霊を「奉崇」する宗教講社として発足。奥野陣七はその監査主務ヲ勤める現地の推進役(高木博志「近代における神話的古代の創造」『文化財と近代日本』)。畝傍山東北御陵は、文久3年(1863)「みさんざい」と称する現在地に治定され、修理して陵墓の区域を確定し、毎年3月11日(明治5年から4月11日)に勅使参向。同10年2月11日明治天皇が参拝。同13年石柵を新築。21年神武天皇陵と橿原宮跡の調査考証がなり、地元民間有志により神武天皇を祀る神社創建の請願が起こり、宮地の買収・献納が行われた。政府は、神社の神殿として、京都御所の内侍所を本殿に、神嘉殿を拝殿にその装いを改めて、同23年に神武天皇と媛踏鞴五十鈴媛命を祭神として創建した。上段には神武陵と橿原神宮の由緒を書き、中央に畝傍山を配し、その右下に神武陵、左下に橿原神宮を描く。神武陵の入口には門が、周りには正方形に石垣と柵と植え込みがあり、「勅使館」も見える。神宮の前には畝傍橿原教会本院の建物が見える。
        
奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
〇この年、「少國民 第6年(7)p1〜1 鳴皐書院」に「神武天皇祭―(五圖入)」が掲載される。pid/1589170
    
富士山の詩 / / p8〜8
1895 28 . 1月、「史学普及雑誌(26) p7〜8 史学普及雑誌社」に「神武帝都高島神跡考證」が掲載される。  pid/1478379
   神武帝都高島神跡考證 / p7〜8    政變 顯宗天皇御代 / p8〜10
4月、「教育報知 (468)
p14〜14 東京教育社」に「
新報 神武天皇祭」のことが掲載される。 pid/3546389
    
また、同号に「新報 三大教育會の會長は皆信州人なり p15〜15」のことも掲載される。
7月、富山房編「普通学問答全書 ; 第9編 教授法問答」が「富山房」から刊行される。pid/810075 閲覧可能
(二五) 歴史科教授ノ要旨如何
(二六) 歴史ヲ五段教授法ニヨリテ授クルニハ如何ナル順序ニヨルベキカ
(二七) 
神武東征ノ事ヲ五段教授法ニヨリ授クル一例ヲ問フ / 129

(二八) 歴史科教授上注意スベキ箇条如何
8月、奥野陣七編「神武天皇御記」が「畝傍橿原教会本院」から刊行される。 pid/772222  閲覧可能
   
 「緒言」には基本的考え方や協力者等の銘記があり特に重要  三島神社権田直介・・・ 2021・1・1 保坂
〇この年、「官幣大社橿原神宮之図(複製)」が「青潮社」から刊行される。
〇この年、「官幣大社橿原神宮之図(複製)」が「青潮社」から刊行される。
 明治28年に橿原神宮社務所の作成・発行で、森川桑三郎の印刷になる橿原神宮境内図。神宮橿原神宮は、同22年に奈良県会議員西内成郷が畝傍村の字タカハタケの地を橿原宮阯にあてるべきと建言したのを受けて、宮内省がこの地を橿原御料地として買収し、神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛命を祭神として明治23年3月に創建された(高木博志「近代における神話的古代の創造」『文化財と近代日本</a>』所収)。政府は神社の神殿として、京都御所の内侍所と神嘉殿の二棟を下賜、内侍所は本殿に、神嘉殿は拝殿にその装いを改めて造宮竣工し、官幣大社に列せられた。本図は、畝傍山を正面上に配置し、その左から「御本殿」「拝殿」「鳥居」と紙面下へ向かって境内を配置。鳥居の前には田圃が見え、境内の右手に「畝火村」「神武天皇御陵」「綏靖天皇御陵」「今井町」の町並み、紙面下左に「久米寺」中央に「天ノ香具山」、右に「耳成山」、その上に「八木町」の町並みを描く。橿原神宮は大正期の拡張整備と昭和13年から同15年にかけての皇紀2600年記念事業で雄大な規模を整えるに至ったが、この図は、拡張する前の神宮境内の景観を示している。奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
1896 29 . 3月、「頴才新誌 (969) p4 頴才新誌社」に「戸田忠至」のことが掲載される。 pid/1770725
〇この年、岡野英太郎が「教育全書 帝國小歴史 : 大日本」を「教育書房」から刊行する。 増補版 pid/1083838
第一編 總論
第一章 地理
第二章 國體
第二編 上古史
第一章 神代の記事
第二章 神武帝の創業
第三章 崇神帝の治蹟
第四章 垂仁帝の治蹟
第五章 景行帝の親征
第六章 日本武尊の雄武
第七章 神功皇后の征韓
第八章 應神帝の治蹟
第九章 仁徳帝の仁政
第十章 雄略帝の治蹟
第十一章 顯宗、仁賢、兩帝の推讓

(略)
〇この年、藤井乙男編「新編国文読本 巻の1 上」が「積善館」から刊行される。  pid/868504
   第一 神武天皇/北畠親房    第二 君臣の歌/作者三名    第三 臣民の務/北畠親房
〇この年、「維新史料 碑文 野史台」に「戸田忠至碑 重野安繹撰」が掲載される。 pid/773153
   
京都府 東山区今熊野泉山町 建立年 1892年 建立者 戸田忠綱
1897 明治30 . 3月、高橋光正編「教育叢書 ; 1 歴史修身談 : 新体教育」が「林甲子太郎(発行者)」から刊行される。 pid/758653 閲覧可能
建国
神武天皇
日本武尊
神功皇后
仁徳天皇
大織冠鎌足
和気清麻呂
右大臣菅原道真
紫式部
清少納言
博雅三位
八幡太郎義家
左衛門督藤原光頼
小松内大臣重盛
袈裟御前
左大臣弁藤原長方
源三位頼政
右大将頼朝
九郎判官義経
熊谷次郎直実
佐藤嗣信
伊藤祐清
最明寺入道時頼(佐野源左衛門常世)
青砥左衛門尉藤綱
弘安ノ役(北篠時宗元冠ヲ残ス)
弘安ノ役二
(河野通有〔慮艦→舘〕焼ク)
日野阿若丸
吉野ノ落城一(村上義光の忠死)
吉野ノ落城二(村上光義ノ忠死)
中納言藤原藤房
北畠親房
贈正一位楠正成(千劍破ノ籠城)
贈正一位楠正成二(湊川ノ戦死)
帯刀正行
備後三郎高徳
筑紫ノ孤忠一(菊池武時ノ戦死)
筑紫ノ孤忠二(筑後河ノ激戦)
甲越ノ二雄(武田信玄)(上杉謙信)
織田右府
豊臣太閤
徳川内府
加藤清正
黒田如水
蒲生氏卿
藤堂高虎
水戸中納言光圀
山田長政
義士ノ復讐
  →(浅野ノ遺臣四十七人)
荻生徂徠
新井白石
国学ノ四大人
  →(荷田春満)((加茂真淵)
  →(本居宣長)(平田篤胤)
愛国ノ三奇人(高山彦九郎)
  →(林子平)(蒲生君平)
俳諧ノ中興(芭蕉)
頼山陽
藤田東湖
吉田松陰
塚原卜伝
角倉了以
銭屋五兵衛
二宮尊徳
皇政復古
西郷隆盛(僧月照)
日清戦争
台湾鎮定
英照皇太后

4月21日付、故戸田忠至と戸田忠恕が官位を授かる。 
4月21日 官報 第四千百三十八號  1897年4月22日
明治三十年四月二十一日   叙任及辞令
贈從二位  故從三位 戸田忠至
贈従三位  贈従四位上 戸田忠恕
1898 31 . 11月、落合直文編「中等国文読本 巻3」が「明治書院」から刊行される。  pid/868553
忠孝 松平楽翁(定信)
祖先の祭杞 松平楽翁
神武天皇 その一
仝 その二
仝 その三

武夫 本居豊頴
長条 湯浅常山
殊勝なる武者振 室鳩巣
勇将琵琶に泣く 室鳩巣
琵琶法師 小中村清矩
盲目 松平楽翁
読書眼 滋野貞融
史論 久米幹文
北条氏の治世 物集高見
鎌倉 橘南谿
墳墓 松平楽翁
庭 松平楽翁
貧窮行 堀秀成
富貴 本居宣長
修業論 松本直秀
毀誉 三浦安貞
後光明天皇 中村秋香
信偽 藤井高尚
板倉重宗 新井白石
江戸時代風俗の変遷 太宰春台
風流 松平楽翁
酒戒 松平楽翁

1899 32 . 3月、「中央公論 14(3)(122) p47〜49中央公論新社」に「神武天皇御降誕大祭」のことが掲載される。 pid/10231799
   また、同本に高山林次カが「特別寄書  古事記神代卷の神話及び歴史 
p7〜17」を発表する。
4月、谷口流鶯が「神武天皇祭 : 付・日本武尊」を「金松堂」から刊行する。 pid/815674
4月、「少年世界 5(8) 博文館」に「神武天皇御銅像と宮崎神宮」が掲載される。  pid/1841677
  
表紙か口絵かについて未確認 2010・1・10 確認要 保坂
11月、大森金五郎と 重田定一が「国史読本 上」を「富山房」から刊行する。 pid/769386 閲覧可能
第一章 天孫降臨 / 1
第二章 
神武東征 / 12
第三章 四道将軍 / 22
第四章 熊襲東夷 / 27
第五章 造長建置 / 38
第六章 神功征韓 / 41
第七章 文教伝来 / 50
第八章 姓氏糺定 / 54
第九章 仏教伝来 / 57
第十章 憲法制定 / 65
第十一章 遣唐使 / 70
第十二章 蘇我氏滅亡 / 77
第十三章 大化改新 / 83
第十四章 三韓叛服 / 101
第十五章 忠君愛国 / 115
第十六章 光明皇后冊立 / 119
第十七章 大仏鋳造 / 119
第十八章 蝦夷征服 / 137
第十九章 平安奠都 / 151


1900 33 . 3月、日本歴史地理学会編「歴史地理 1(6)」が「吉川弘文館」から刊行される。 pid/3566255
大和三山及橿原神宮畝傍山陵の眞景
常陸國霞ケ浦地變圖
常陸の霞浦の地變 / 大槻文彦 / p1〜3
天正十年備中國高松城水攻――(完結) / P川秀雄
五泊考――(完結) / 關千
恭仁大宮遺趾に就ての喜田 〔ヨウ〕々子の説を駁す / 木村一カ
雜録 〔ヨウ〕々齋地理雜談 / 〔ヨウ〕々子
雜録 豆相の古跡踏査――(完結) / 鐵鞋 ; 鐵脚
質疑解答 伊豫の貝塚 / 八木弉三カ ; 若林勝邦
質疑解答 下野の室穴 / 八木弉三カ / p18〜18
質疑解答 大和笠縫邑 /  〔ヨウ〕々子 / p21〜21
質疑解答 啼けは聞くの歌 / 〔ヨウ〕々子
質疑解答 
神武東征の經路 / 多門 / p21〜21
質疑解答 出雲出雲郡出雲クに就く / 村岡吾老
彙報及評論 古跡保存の流行 / p25〜26
彙報及評論 京都保勝會 / p26〜27
彙報及評論 日本歴史地理研究會第六回談話會
彙報及評論 歴史地理界の昨今 / p30〜31
6月、警察要務 明治33年6月 下巻 警視庁」が「警視庁第一部」から刊行される。pid/1705130 閲覧可能
通第七十七號 神武天皇御降誕大祭事務所移轉ノ件 / 27p
神武天皇御降誕大祭事務所京橋区日吉町九州倶楽部→麹町区内山下町1丁目1番地華族会館構内に移転
8月、瀬川光行編「日本之名勝」が「史伝編纂所」から刊行される。 pid/762809 閲覧可能
東京 二重橋
東京 浜離宮
東京 禁苑
東京 外務省
東京 海軍省
東京 大審院及各裁判所
東京 上野東照宮
東京 桜田御門遠景
東京 泉岳寺赤穂義士の墓
東京 泉岳寺天野屋利平の墓
東京 凌雲閣より浅草観音及市中を望む
東京 東京モスリン紡織会社
信濃 善光寺
信濃 川中島遠景
信濃 諏訪湖
信濃 善光寺大勧進
信濃 諏訪湖より富士を望む
信濃 上田遊廓(十五葉)
信濃 長野遊廓
上野 磯部鉱泉
下野日光湯元吉見旅館
下野 足尾銅山の一部
羽後 阿仁鉱山鉱業事務所
下野日光 金谷ホテル
下野日光 レークサイド、ホテル
下野日光 日光神橋
下野日光 陽明門前
羽前米沢 上杉神社
羽前山寺 立石寺釈迦堂及胎内潜り
羽前山寺 立石寺藤蔵の滝
羽前 吉祥院義経の古墳
陸前 多賀城古碑
陸前玉造 遊佐旅館
北海道札幌 豊平館
北海道札幌 幌内炭山
北海道 千島硫黄釣上
加賀金沢 那谷寺
越中 大岩山日石寺の滝
越中 倶利加羅峠
越後新潟 万代橋
越後高田 本願寺高田別院
越後 越路女
伊豆 須崎港
相模 葉山御用邸遠景
相模 三浦船祭り
相模 茅ヶ崎 南湖院
越後 親不知の□
相模大磯 鴫立庵

相模大磯 横須賀造船所
相模大磯 大磯海水浴
相模大磯 金沢の瀬戸
相模大磯 箱根宮の下
相模大磯 箱根塔の沢
相模大磯 箱根芦の湖
相模大磯 箱根富士屋ホテル
武蔵 妻沼の歓喜院
相模 国府津夕陽
相模 箱根塔の沢
相模 箱根宮の下全景
相模 真鶴港
相模 稲村ヶ崎
相模 福浦遠望
相模鎌倉 由比ヶ浜
相模 箱根町
相模 小田原町
相模 箱根堂ヶ島
相模 足柄第五鉄橋
相模 乙女峠より富士を見る
相模 豆相人車鉄道
相模鎌倉 鶴ヶ岡八満宮
相模片瀬 竜口寺祖師堂
相模鎌倉 天照山光明寺
相模鎌倉 長谷の観音
相模鎌倉 大仏
相模鎌倉 建長寺山門
相模鎌倉 円覚寺山門
相模 島帽子岩
相模 江の島洞窟
相模 浦賀港
相模片瀬 竜口寺より片瀬江の
   →島を観望す花火
相模鎌倉 大塔宮土牢
相模鎌倉 二階堂霊窟
伊豆 伊豆山神社
相模 江の島
相模 七里ヶ浜
飛騨 高山市街
常陸 上菱醤油会社関口氏邸
下総 成田山不動堂
下総 宗吾霊堂
常陸 水戸公園
下総成田 三十六童子入口
下総成田 三十六童子
下総 小港海辺
下総 静浦の朝暾
下総 銚子の大岩

案房 鯛の浦
下総 香取神宮
安房 誕生寺
安房 清澄寺
下総銚子 円福寺
駿河 富士浅間神社児拝殿
駿河久能山 東照宮神廟
駿河 東照宮唐門
駿河 清見寺
伊豆修善寺 源頼家の墓
伊豆修善寺 源範頼の墓
伊豆 玉泉寺ベルリ一行の墓
甲斐 身延山久遠寺
伊豆芳名 浄蓮の滝
甲斐 恵林寺内武田信玄の墓並供養塔
甲斐 戻り橋上より富士を見る
飛騨 笹津橋
甲斐 猿橋
飛騨高山 中教院大神宮
伊勢一身田 専修寺
伊勢一身田 源義朝の慕
岩内 瑞巌寺 (三重県松阪市)
岩内 内宮正面
岩内 同神楽殿
岩内 外宮正面
岩内 外宮側面
志摩 鳥羽港
伊勢津 上宮寺阿漕塚
巡礼
伊勢 二見の浦
伊勢 伊勢音頭
伊勢津 四天王寺禅堂)
伊勢津 四天王寺禅堂(
伊勢 結城神社
伊勢 結城宗広の墓
京都 大宮御所(一)
京都 大宮御所(二)

京都 同御門
京都 二条城
京都 禁苑
京都 紫宸殿
京都 銀閣寺の庭
京都 金閣寺の松
京都 西本願寺通用門
京都 三十三間堂
京都 金閣寺
京都 銀閣寺
京都 四条鉄橋
京都 三条橋下の納涼
京都 石清水八幡神社
京都 泉湧寺 
京都 円山公園
京都 加茂川より蘭山を望む
京都 宇治川
丹波 保津川上流
京都 京都市街(一)
京都 京都市街(二)
京都 加茂の祭礼
京都 下加茂
京都 知恩院山門
京都 加茂の御手洗
京都 知恩院十六羅漢
京都 東福寺山門

京都 東福寺通天橋
京都 黒谷開山堂
京都 大谷目鏡橋
京都 都踊り
京都 都踊り七人囃子
京都 祗園社より市中を望む
京都 祗園の祭礼
京都 南禅寺山門
京都 松尾神社
京都 南禅寺桟橋
京都 伏見稲荷神社
京都 大極殿
京都 応天門内の雪景
京都 豊国神社
京都 平等院
京都 清水寺門前
京都 清水寺門前陶器店
京都 仁和寺境内
京都 円山公園の桜
京都 広沢の池
京都 伏見稲荷祭神輿
京都 黒谷光明寺
京都 宇治の茶摘
京都 美人洗手
京都 祗園五人女
京都 西大谷より市中を見る
大和奈良 東大寺
京都 六角堂

大和奈良 神武天皇御陵

大和奈良 南円堂
大和奈良 多武峰談山神社
大和奈良 長谷寺
大和奈良 室生寺五重塔
大和奈良 薬師寺三重塔
奈良 吉野山桜花爛漫の景
大和奈良 一ト目千本
大和奈良 法隆寺
大和奈良 猿沢の池
大和奈良 法隆寺金銅仏
大和奈良 如意輪堂
大和奈良 三笠山
大和奈良 二月堂
奈良 竜田村より当麻寺を望む

大和奈良 春日神社社前
大和奈良 春日山門
大和奈良 春日一の鳥店
大和奈良 春日鹿の角切
大和奈良 筮女
河内 高貴寺金堂
河内 高貴寺戒檀
和泉堺 土佐壌夷党の墓
和泉堺 妙国寺蘇鉄
京都 四条の夕涼
摂津大阪 天満橋
摂津大阪 住吉の反橋
摂津大阪 有馬温泉
摂津 大阪城
摂津兵庫 真光寺本堂

摂津兵庫 一遍上人廟
摂津大坂 中の島
摂津兵庫 湊川神社
摂津兵庫 湊川神社全景
摂津兵庫 神戸港
摂津麻耶山 天上寺本堂
摂津 住吉の筮女
摂津 生田の森
河内 小楠公社
摂津大阪 千日寺
近江粟津 芭蕉塚
近江粟津 三井寺
近江粟津 石山寺
近江栗津 堅田の浮御堂
近江粟津 唐崎の松
近江 竹生島
近江 竹生島弁天祠
近江 比叡山滋賀院門跡
播磨 高砂相生の松
紀伊 高野山
紀伊 和歌の浦
讃岐 金刀比羅宮本社
讃岐 金刀比羅宮社内桜陣
讃岐 善通寺
讃岐 丸亀市街(二)
讃岐 屋島神社
讃岐 高松港
讃岐 高松城
讃岐 高松市街
讃岐高松 栗林公園
讃岐高松 八本松
讃岐高松 小西旅店(網大亭)
讃岐 王墓 / (0275.jp2)
伊予 石手川上流
伊予松山 岱州館
伊予 石清尾神社
伊予 道後温泉
外国人の墓地
備后 尾の道市街
備前 閑谷学校
備前 閑谷学校内紅葉亭
備前 後楽園(二)
備前 京橋
周防 錦帯橋
安芸宮島 巌島本社
安芸 広島城
安芸 宇品港
長門 亀山八幡宮
土佐高知 八幡社
長門 安徳天皇御陵
長門 下の関より対岸を望む
丹後 天の橋立
丹後 文珠堂
但馬城崎 油筒屋別荘
但馬城崎 玄武洞
丹後 捕鯨の景
出雲 一畑寺
出雲 美保関港
出雲 玉造温泉
出雲 出雲大社
豊前 耶馬渓(四)
筑前 太宰府楼門
筑前 太宰府三橋
筑前 榎寺古趾
筑前 筥崎八幡宮
筑前 都府楼の古趾
筑前 博多市街
筑前 大城炭坑
筑前 新人炭坑
肥後 熊本城
薩摩 鹿児島より桜島を望む
薩摩 島津家の邸園
大隅 佐多岬
薩摩 西郷南洲の墓
琉球 那覇市街遠眺
琉球 那覇遊廓
肥前 長崎海岸
角兵衛獅子
日向 宮崎神社
台湾 澎湖島吐月亭
肥前佐賀 松原神社
肥前 芳谷炭坑
肥前長崎 清水寺
肥前長崎 丸山寄合町
肥前長崎 丸山芸妓踊り
台湾 打狗硝船頭全景
台湾 開山神社鄭成功の神体
長崎 諏訪神社境内より市中を望む
肥前長崎 高鉾島
肥前 長崎港

    ※ 抜粋・誤植多い 要注意
12月、吉田東伍が「海の歴史」を「宝永館」から刊行する。pid/768758  閲覧可能
総論
第一章 天日矛の南北横断 / 8
第二章 神武東征 / 13
第三章 韓国服属以前 / 19
第四章 韓国服属以後 / 24
第五章 平安京時代 / 29
1901 34 . 4月、「祖国 (20) 祖国雑誌社」が刊行される。 pid/11207725
官幣大社宮崎宮の事/木陳實 / 5〜
神武天皇祭外數件/ / 31〜
神宮奉齋會記事摘要/坂常三カ / 1〜
4月、日本歴史地理学会編「歴史地理 3(4)」が「吉川弘文館」から刊行される。 pid/3566268
陸中平泉高館址中尊寺眞景
武藏松山城址甲斐酒折宮址眞景
伊豆七島略 / 村岡良弼 / p1〜7
古代のクと戸と家に就いて / 吉田東伍 / p7〜14
三木國 / 多門 / p53〜53
神武東征の地理 / 多門 / p53〜54
北海道の古墳關係物 / 多門 / p54〜54
小栗判官の遺跡 / 多門 / p54〜55
宇佐神宮 / 多門 / p56〜57
地方雜爼 酒折宮 / 土屋節堂 / p60〜61
地方雜爼 熊野地方に於ける歴史上の遺蹟 / 大西源一 / p62〜65
彙報及評論
歴史地理通俗講演會

6月、「自治機関 2(17)p21〜22 自治館」に「神武天皇御降誕大祭會寄附行爲」のことが掲載される。   pid/3551134
1902 明治35 .
1903 36 . 2月、下田歌子が「女子日本歴史教科書 上の巻」を「文学社」から刊行する。 pid/771396 閲覧可能
緒論 / 1
第一篇 / 4
第一章 神代の伝説 / 4
第二章 神武天皇の東征より三韓討伐に至る迄 /18
第三章 儒教渡来時代 / 28
第四章 仏法伝来時代 / 39
第五章 大化の改新 唐制模倣時代 / 46
第六章 平安朝 藤原摂関の時代 / 74
〇皇位継承表 桓武天皇〜後鳥羽天皇まで
3月、下田歌子が「女子日本歴史教科書 下の巻」を「文学社」から刊行する。pid/771396 閲覧可能
第二篇 / 1
第一章 武門の政権と鎌倉時代 / 1
第二章 建武中興 室町時代 / 34
第三章 群雄割拠 戦国時代 / 59
第三篇 / 78
第一章 徳川幕府 江戸時代 / 78
第四篇 / 131
第一章 皇政維新 明治時代 / 131
〇この年、水木要太郎が「大和巡」を「第五回内国勧業博覧会奈良県協賛会」から刊行する。
pid/766009 
閲覧可能
総叙
大和巡遊概説
奈良
奈良公園春日神社

猿沢池
興福寺
向原寺 / 75p
天香久山 / 76p
耳成山 / 76p
八木
畝傍山 / 77p
神武天皇陵 / 77p
橿原神宮 / 78p
久米寺 / 78p
益田岩船、見瀬平田
高取 / 80p
壷坂寺 / 80p
高田御所附近

当麻寺
御所
4月、藤園主人述「大和名勝」を「金港堂」から刊行する。 pid/766007 閲覧可能
大和国
添上郡
奈良市
春日神社
三笠山
若草山
水室神社
奈良博物館
新薬師寺
鏡神社
白毫寺
高円山
元興寺
大安寺旧趾
帯解地蔵
檪本町
正暦寺
虚空蔵
清澄池
興福寺
猿沢の池
十三鐘
東大寺
正倉院
手向山八幡宮
佐保川
般若寺
聖武天皇御陵
仁正皇后御陵
元明及元正天皇御陵
開化天皇御陵
率川大神御子神社
不退寺

法華寺
海竜王寺
月ケ瀬
生駒郡
平城宮趾
磐之姫御陵
平城天皇御陵
孝謙天皇御陵
成務天皇御陵
神功皇后御陵
水上池
秋篠寺
西大寺
菅原神社菅原寺
安康天皇御陵
垂仁天皇御陵
唐招提寺
薬師寺
郡山町
小泉町
富の小川
生駒山
法隆寺
中宮寺
竜田神社
北葛城郡
広瀬神社
広瀬川
達磨寺
二上山
当麻寺
浮孔宮趾
腰折田
歌塚
高田町
飯豊天皇御陵
顕宗天皇御陵
武烈天皇御陵
孝霊天皇御陵
南葛城郡
角剌宮旧趾
御所町
葛城山
葛木坐一言主神社
金剛山寺
橿原宮趾
掖上
〔ホホ〕間丘 /86p
孝昭大皇御陵
孝安天皇御陵
日本武尊御陵
吉祥草村
巨勢山
葛温泉
宇智郡
五条町
栄山寺
阿陀墓
後阿陀墓
井上内親王陵他戸親王墓
地福寺
山辺郡

石上布留御魂神社
桃尾滝
天理教会本部
大和神社
磯城郡
柳本町
崇神天皇御陵
景行天皇御陵
珠城及び日代の宮趾
纏向山及纏向川
箸塚
三輪町
三輪山
大神大物主神社
瑞籬宮趾
泊瀬朝倉宮趾
金剌宮趾
幸玉宮趾
舒明天皇御陵
泊瀬山及泊瀬川
長谷寺
竹林寺
多武峰談山神社
如覚禅師墳
崇峻天皇御陵
池辺双槻宮趾
玉穂宮趾
桜井町
甕栗宮趾
稚桜宮趾
天香具山
耳成山
田原本町
高市郡
今井町

畝傍山
/ 123p
神武天皇御陵
/ 124p
綏靖天皇御陵
/ 125p
安寧天皇御陵
/ 126p
懿徳天皇御陵
/ 126p
孝元天皇御陵
/ 127p
橿原神宮
/ 127p
久米寺
/ 128p
益田池の碑
宣化天皇御陵
斉明天皇御陵
欽明天皇御陵
鬼厠鬼肉几
桧隈川
天武持統両天皇御陵

文武天皇御陵
高取山城趾
壷坂寺
橘寺
飛鳥川
飛鳥神社
廃飛鳥寺、廃川原寺
  →廃大官大寺

向原寺
雷丘
南淵先生墓
岡寺
八重事代主神社
宇陀郡
小野榛原
伊那佐山
日張山
大蔵寺
室生寺
松山町
秋山城趾
吉野郡
吉野山
吉野川
柳の渡
一の坂
長峰
歌塚
吉野宮
村上義光墓
嵐山
一目千本桜
御野立趾
大橋
総門
吉野町
銅鳥居
仁王門
蔵王堂
実城寺趾
吉水神社
山口神社
袖振山
村上義隆墓
如意輪堂
小楠公髻塚碑
後醍醐天皇霊殿
塔尾御陵
世泰親王墓
中の千本
竹林院
上の千本
雲井桜
吉野水分神社
金峰神社
蹴抜塔
青根が峰
西行庵
大峰山
丹生川上神社
賀名生行宮趾
黒木御所
華鯨楼
鎮国寺
源親房墓
附録 第五回内國勧業博覧会
   注 ※廃飛鳥寺、廃川原寺、廃大官大寺 139〜141に記載された 廃について、また「附録 第五回内國勧業博覧会」につて 再調査要 2021・1・2 保坂 
1904 37 . 3月、「少年世界 10(5)p1 博文館」に「神武天皇祭とは何?」が掲載される。 pid/1841762
10月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 10(10)(120) 国学院大学」が刊行される。 pid/3364763
戰爭の原因と神道 / 中垣孝雄 國定修身ヘ科書に對する英人の批評 神璽鏡剣の解 / p73〜74
11月、中垣孝雄が「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 10(11)(121) p1〜8国学院大学」に「戰勝の原因と神道」を発表する。pid/3364764
1905 38 . 4月、「長岡高等女学校彙報 (7) p1〜1 済美会」に「神武天皇祭」のことが掲載される。 pid/1574270
〇この年、「日露戦争写真帖 第4集」が「金港堂」から刊行される。 pid/774417
神武東征(高橋広湖
招魂祭東宮行啓(徳永柳洲)
閑院宮殿下と盲目兵士(東条鉦太郎)
関ヶ原役の黒田長政(小堀鞆音)
三台子の家屋戦(満谷桂夢)
予は包囲せられたり(五姓田芳柳)
戦死者遺族の浜離宮拝観(尾竹国観)
病院船甲板上の惨状
奉天会戦敵国将校
八幡丸遭難(東条鉦太郎)
艨艟波艦隊の航路を扼す
我軍艦の砲弾搭載
軍艦出雲の戦闘準備
漁夫敵艦長を救ふ(高橋広湖)

1906 39 . 6月、藤澤直枝, 小島政吉共編「日本歴史要義」が「吉川弘文館」から刊行(増補改訂15版)される。
pid/1083141 
 閲覧可能 初版:明治34年8月
第一編 太古ヨリ大化改新ニ至ル
第一章 神代
第二章 神武帝ノ創業
第三章 耶麻止ノ隆昌其一
第四章 耶麻止ノ隆昌其二
第五章 國威海外ニ及ブ
第六章 應神、仁徳ノ二朝
第七章 履仲ヨリ安康ニ至ル
第八章 雄略ヨリ武烈ニ至ル
第八章 繼體天皇
第十章 佛教ノ傳來及ビ弘布
第十一章 推古天皇開化ノ進運
第十二章 蘇我氏ノ專横及ビ其滅亡
(略)

注意/ 一、神武帝ハ東シテ新タニ土地ヲ侵略セシニアラズ、天祖ノ詔(みことのり)ニヨリテ、葦原中國ハ、已(すで)天日嗣ノ治サム國ナリ、神武帝是迄ノ治所餘リニ西偏セシヨリ、東シテ葦原中國ヲ一統シ、以テ天祖ノ詔ニ副ヒ奉ラントノ御孝心ニ出デタルモノナリ。
  天日嗣(あま‐つ‐ひつぎ):皇位を継承すること。また、皇位。あまのひつぎ。

参考;各章の構成は「解釋:事実:注意」に分類がなされていた。特に「第二章 神武帝ノ創業」注意の項では東征に関して12に「侵略」と云う言葉が見受けられた。気になったので引用しておく。2021・2・1 保坂
 
1907 明治40 .
1908 41 .
1909 42 . 4月、日本歴史地理学会編「歴史地理 13(4)」が「吉川弘文館」から刊行される。 pid/3566363 〔参考〕 
口繪 江川嶺ス筆天城山卷狩の圖
歴史地理 「平城京及大内裏考」評論――(八) / 喜田貞吉 / p1〜12
歴史地理 伊能忠敬の實測圖に就きて / 大谷亮吉 / p12〜24
歴史地理 恭仁京遷都考――(完結) / 喜田貞吉 / p24〜31
史傳 靜勝寺の太田道灌の木像に就て / 田中義成 / p32〜33
史傳 江川太カ左衞門の研究――(中) / 山健堂 / p34〜38
史傳 信玄の民政 / 土屋操 / p38〜41
説苑 觀福寺の佛像と弘安の役 / 八代國治 / p42〜47
地理歴史中等ヘ員檢定試驗問題解答(日本史の部) / 大森音吉 / p1〜5
12月、大川民純 (墨城)が「紀伊名所案内」を「紀伊名所案内発行所」から刊行する。  pid/765542
和歌山市
和歌山の名の由来
和歌山城
招魂祭式場
岡公園
岡の宮と松生院
岡東離宮の来歴
休賀町の由来
天王森と傾城◇淵
高野寺と嘉家作町
魚市と青物市
伝法橋の由来
和歌山港
小野町と卍字ヶ辻
長覚寺
吹上寺と光明院
吹上の浜
寺町の寺院
明王院と万性寺
兵営の設置
東番両廓
海草郡
和歌涌
鷹の巣の危巌
紀三井寺
名草山と名草浜
内海湾◇の名邑と古刹/ 56
城址の多◇海南 / 57
名士の屋敷址
藤白関屋の址と藤代の松
小南の梅と加茂の蜜柑
塩津と冷
官幣大社日前国懸神宮
岡崎御坊と満願寺
木種を布◇給ひし神
亀山神社と了法寺
誕生の井と閑居の址
栗林八幡宮と得勒津宮址
岩橋の千人塚と二寺院
高御前神社
夢妙幢寺縁起と聖天宮
梶取総持寺と栄谷行宮址
木本八幡宮
淡島神社と糸切八幡宮
報恩講寺と大屋都姫神社
大同寺と円明寺
那賀郡
法然寺と九品寺
大宮と阿井寺
根来寺と粉河寺
長田観音、富士崎、光恩寺
竜門由と飯盛山
伊都郡
妹背山と文覚堰、応其寺と小田堰
隅田八幡宮と落合不動
高野麓の名所
真田庵と竜王渓
高野山
有田郡
有田の蜜柑園
山室城趾と称名寺
中将姫の霊跡
宗祇法師誕生地と蹶割如来
次の滝と鳥屋城址
明恵上人誕生地と御霊神社
大乗寺と岩阪の観音
施無畏寺と顕国神社
日高郡
衣奈の蓬莱と白崎
与国寺と由良港
九品寺と誕生院
日ノ岬と御坊町
道成寺と竜神温泉
大塔宮社と岩代結の松
南部の梅林と鹿島
鰹島と塩屋王子
西牟婁郡
田辺町と錦水城址
闘鶏神社と高山寺
蟇巌と岩屋観音
湯崎温泉と名所旧跡
白良浜と千畳敷
奇絶峡と宝満寺
橋杭岩と潮岬
東牟婁郡
新宮城趾と徐福の墓
瀞の奇勝と新宮川
浦神、古座、高池
勝浦と湯川
那智山と妙法山
神武帝頓宮址と丹敷浜 / 147
熊野座神社と湯の峰
南牟婁郡
獅子岩と鬼ケ城と花の窟
附録実業の紀伊

  ◇印に注意
12月、中村徳五郎が「日本開闢史」を「大日本図書」から刊行する。 pid/772242  閲覧可能
第一章 建国祖神の渡来
第二章 諾冉二神の経営
第一節 大八洲の循服附熊襲国の解
第二節 皇子皇女の分掌配置
第三節 諾冉二神の絶縁及び其の後の経営
第三章 三神分知の世
第四章 天忍穂耳尊の世
第一節 大己貴命の経営
第二節 大己貴命の領土奉還
第五章 日向皇居の世
第一節 彦火瓊瓊杵尊の世
第二節 彦火火出見尊の世
第三節 □□草葺不合尊
〔うがやふきあえずのみこと〕の世
第六章 神武天皇の東遷
第一節 宮崎宮居の事跡
第二節 天業の恢弘橿原奠都
第七章 跋叙

       恢弘(かいこう):事業や制度などを押し広めること。
1910 43 . 4月、上田万年解説「日本歴史画譚」が「文王閣」から刊行される。  pid/771380  閲覧可能
諾冊二尊(伊奘諾神) / 5
日本開闢(天照大神) / 6
素盞鳴尊大蛇を斬る(素盞鳴尊) / 7
八雲立つの御詠(和歌) / 8
三種の神器(三種の神器) / 9
天孫の降臨(天孫□々杵尊) / 10
出雲大社(出雲大社) / 11

神武帝の東征(神武天皇) / 12
金鵄の霊光(長髄彦) / 13
饒速日の誠忠(金鵄の光) / 14
神武帝と橿原神宮(東征六年) / 15
崇神帝の敬神(崇神天皇) / 16
四道に将軍を派す(四道将軍) / 17
大神宮を伊勢に奉遷す(伊勢大廟) / 18
土隅を製す(殉死を禁じ) / 19
小碓尊熊襲を誅す(日本武尊) / 20
焼津の野火(東夷の反乱) / 21
草薙剣を祀る(熱田神宮) / 22
皇化三韓に及ぶ(神功皇后) / 23
武内讒せらる(武内宿弥) / 24
大海人兵を吉野に挙ぐ(壬申の乱) / 40
大和平城宮成る(奈良の都) / 41
大安万侶古事記を撰す(古事記) / 42
渤海国初めて来聘す(渤海国) / 43
弘法大師と高野山(弘法大師) / 52

4月、上田万年/解説 「日本歴史画譚」が「文王閣 」から刊行される。  pid/771380  閲覧可能
緒言
諾冊二尊(伊奘諾神)
日本開闢(天照大神)
素盞鳴尊大蛇を斬る(素盞鳴尊)
八雲立つの御詠(和歌)
三種の神器(三種の神器)
天孫の降臨(天孫瓊々杵尊)
出雲大社(出雲大社)
神武帝の東征(神武天皇)
金鵄の霊光(長髄彦)
饒速日の誠忠(金鵄の光)
神武帝と橿原神宮(東征六年)
崇神帝の敬神(崇神天皇)
四道に将軍を派す(四道将軍)
大神宮を伊勢に奉遷す(伊勢大廟)
土隅を製す(殉死を禁じ)
小碓尊熊襲を誅す(日本武尊)
焼津の野火(東夷の反乱)
草薙剣を祀る(熱田神宮)
皇化三韓に及ぶ(神功皇后)
武内讒せらる(武内宿弥)
兎道稚郎子(兎道稚郎子)
王仁千字文を献ず(千字文)
三年の課役を免ず(高津の宮)
帝猪を蹴殺す(雄略天皇)
皇后自ら蠶業を勧む(衣服の改正)
二皇子歌によせ志を述ぶ(億計と弘計)
百済仏像経文を献ず(欽明天皇)
仏教隆興し寺院を造る(仏教)
聖徳太子の像(聖徳太子)
遣唐使の出発(遣唐使)
入鹿誅に伏す(蘇我入鹿)
革新の政を布く(大化の改新)
比羅夫蝦夷を討つ(阿部比羅夫)
西海の辺防を厳にす(天智天皇)
鎌足と談山神社(藤原鎌足
大海人兵を吉野に挙ぐ(壬申の乱)
大和平城宮成る(奈良の都)
大安万侶古事記を撰す(古事記)
渤海国初めて来聘す(渤海国)
山辺赤人富士を詠ず(奈良朝の歌人)
僧行基と東大寺(奈良の大仏)
王朝の隆盛時(天平時代)
道鏡天位を窺ふ(弓削道鏡)
清麿と護王神社(和気清麿)
桓武帝と平安宮(平安城)
田村麿蝦夷を平定す(坂上田村麿)
薬子の変(藤原薬子)
弘法大師と高野山(弘法大師)
基経摂政関白となる(摂政関白)
武門武士の始(源平二氏)
金岡馬を描く(巨勢金岡)
恩 賜の御衣(菅原道真)
寒夜の脱衣(醍醐天皇)
将門誅に伏す(天慶の乱)
老吏の進言(村上天皇)
道長の嬌奢(藤原道長)
六歌仙(和歌の隆盛)
石山の秋月(紫式部)
刀伊の冦を退く(刀伊の賊)
頼義頼時を討つ(安倍頼時)
後三条帝の御精励(後三条天皇)
延暦園城二寺の僧兵(僧兵)
(略)
1911 44 . 3月、有吉忠一が宮崎県知事に任命される。
3月13日、「史蹟及天然記念物保存ニ関スル建議案」が国会に提出され可決する。
4月、「養徳 10(4) 養徳社」が刊行される。  pid/11211372
神武天皇祭   同御陵祭   神苑會解散式
5月、道の友 (232) p24〜28 天理教道友社」に「神武天皇祭雜感/一記者」の記事が掲載される。 pid/11030200
5月、高木敏雄が「日本神話物語」を「服部書店」から刊行する。 pid/1085715 閲覧可能
建國神話篇 三十六篇
大八島國
黄泉比良坂
橘之小門檍原
素戔鳴尊
五十猛命
八岐大蛇
臣津野命國引
大國主命
〔はに〕岡(はにおか)
船丘
天稚彦
建御雷命
高千穗□觸峯(くしふるのみね)
猿田彦命
木花咲夜姫命
山幸彦海幸彦
長髓彦
石上神劒
八咫烏
伊勢津彦
丹塗矢
三輪大物主神
御裳濯河
都怒我阿羅斯等
比賣碁曾
天日矛
清彦
日本武尊
熱田
水石火石
神功皇后
阿度目
赤土
美奴賣
一言主大神
將軍塚
國民傳説篇 三十六篇
天梯立八十橋
三山
加賀神崎
竹生島
火中皇子
駒手御井
栗木
武卵王
武内大臣
伊奈利
秦大津父
田道
淡路島御狩
衣通姫
雷岡
栲幡皇女
文石小麻呂
褶振峯
那古君
夜刀神
日羅
書愼隈
秦河勝
萬犬
千方
武天皇
洲股女
毘賣埼
役行者小角
久米仙
北野
頼頼政
酒顛童子

山蜘蛛
姑穫鳥
鎭西八郎爲朝
民間説話篇 三十六篇
筑波山
蘇民將來巨旦將來
童子松原
□時臥之山(くれふしのやま)
足柄明神
不來見濱弖古乃呼坂
箸墓
伊福部神
柘枝仙媛
白鳥天女
三保松原
比治山眞井
縣守淵
強頸斷間衫子斷間
刀我野眞牡鹿
譽田陵下赤駿
浦嶼子
元興寺
處女塚
俵藤太秀郷
富士淺間
赫夜姫
宇治橋姫
立烏帽子
嫗嶽明神
賀陽良藤
長柄川橋柱
築島
那須野原殺生石
猫島
中山

百合若大臣
牛若丸
屎鵄
萬能池龍
次郎坊



7月、「養徳 10(7) 養徳社」が刊行される。
南北朝の態度を論ず/堀江秀雄
樺太神社御靈代
小學校内に天照皇大神を祀る
神宮奉齋會記事其他數件
7月、萩野由之編 「日本歴史読本 第4編 橿原の宮」が「博文館」から刊行される。
pid/1169729 
閲覧可能 発行年確認済 1913 2021・1・13 保坂
上 神武天皇
一 遷都の議決
二 宇豆毘古
三 五P命の御陣歿
四 靈劒降る
五 八咫烏
六 宇陀の兇賊
七 八十建
八 饒速日命
九 金鵄の靈光
一〇 長髓彦の軍使
一一 橿原宮の即位式
一二 秋津洲
一三 皇后の[撰]定
一四 七少女
一五 畝傍山陵
下 崇神天皇
一 疫病の流行
二 大田田根子
三 麻絲の行方
四 四道將軍
五 武埴安彦の叛
六 任那

8月、「養徳 10(8) 養徳社」が刊行される。
稈田阿禮/ひさご
古事記新解を見て/ひさご
鎌倉時代に於ける神道信仰を論ず/櫻井秀
予が日蓮研究/田貝定太カ
朝鮮の國號
樺太神社成る
風日祈祭

10月、南梁居士編「偉人豪傑言行録 : 修養教訓 求光閣書店」が刊行される。 pid/777424 
三一七 戸田忠至川村伝左衛門の本店を宇都宮に移さしむ / p312
三一八 戸田忠至百金を贈りて正親町三条公の拝賀を資く / p314
11月、通俗教育研究会編「逸話文庫 : 通俗教育 志士の巻p 222p 大倉書店 」に「〔戸田忠至〕山陵修補と大和守の宣下」を発表する。pid/777448 閲覧可能
1912 明治45
7月30日
(改元)
. 2月、椚茂策が「 国定歴史教科書插画解説 : 附・研究法と教授法」を「開発社」から刊行する。 
pid/811335 
閲覧可能
第一章 歴史教科書挿画研究法
第二章 歴史教科書挿画の分類
第三章 歴史教科書挿画の教授法
第四章 尋常小学日本歴史 巻一
二頁の挿画(皇大神宮) / 20 (0023.jp2)
四頁の挿画(神武天皇けはしき山道を進み給ふ)
七頁の挿画(日本武尊熊襲のかしらを誅し給ふ)
九頁の挿画(日本武尊神剣を以て草を薙ぎ給ふ)
十一頁の挿画(神功皇后はるかに新羅の方をのぞみ給ふ)
十四頁の挿画(仁徳天皇民のかまどの煙をのぞみ給ふ)
十八頁の挿画(聖徳太子御肖像)
二十一頁の挿画(中臣鎌足靴をささぐ)
二十五頁の挿画
  →(阿倍比羅夫舟師をひきるて暇夷征伐に向ふ)
二十八頁の挿画(奈良の大仏)
三十一頁の挿画(和気清痳呂神教を奏す)
三十三頁の挿画(大極殿)
三十八頁の挿画(菅原道真恩賜の御衣を拝す)
四十一頁の挿画(朝臣の遊楽其一)
四十二頁の挿画(朝臣の遊楽其二)
四十六頁の挿画(後三年の役「義家飛雁を見る」)
五十頁の挿画(保元の乱「白川殿焼討」)
五十三頁の挿画(平治の乱「待賢門の戦」)
六十頁の挿画(一の谷の戦)
六十四頁の挿画(源実朝害せらる)
六十九頁の挿画(蒙古襲来)
七十三頁の挿画(名和長年後醍醐天皇を迎へ奉る)
七十六頁の挿画(後醍醐天皇御肖像)
八十一頁の挿画
  →(楠木正行如意輪堂の壁に歌を記す)・(削除)
第五章 尋常小学日本歴史 巻二
二頁の挿画(金閣及足利義満)
六頁の挿画(応仁の乱)
九頁の挿画(北条早雲)
十頁の挿画(武田信玄)
十一頁の挿画(上杉謙信)
十二頁の挿画(毛利元就)
十五頁の挿画(織田信長)
十八頁の挿画(織田信長皇居を修理す)
二十一頁の挿画(豊臣秀吉)
二十五頁の挿画
  →(豊臣秀吉朝鮮征伐軍の出発を望む)
二十八頁の挿画(徳川家康)
三十二頁の挿画(大阪夏の役)
三十六頁の挿画(南蛮人の渡来)
四十二、三頁の挿画(朝鮮の使者の行列)
四十五頁の挿画(徳川吉宗)
四十八頁の挿画(松平定信海岸を巡視す)
五十五頁の挿画(合衆国の船艦東京湾に入る)
五十八頁の挿画(桜田門外の変)
六十五頁の挿画(維新前後の兵士)

六十九頁の挿画(台湾征伐)
七十六頁の挿画(第一議会開院式)
八十一頁の挿画(平壌の戦)
八十九頁の挿画(満洲軍総司令官奉天に入城す)
九十一頁の挿画(日本海の海戦)
第六章 高等小学日本歴史 巻一
二頁の挿画(出雲大社)
四頁の挿画(畝傍山及び橿原神宮)
七頁の挿画(皇大神宮「神嘗祭勅使参向の図」)
八頁の挿画(熱田神宮)
九頁の挿画(埴輪)
十二頁の挿画(上代の工芸品)
十六頁の挿画(法隆寺金堂と鳥仏師作釈迦三尊)
十九頁の挿画(遣唐使の船難風に遭ふ)・(削除)
二十一頁の挿画(藤原鎌足)
二十三頁の挿画(太宰府遺址)
二十九頁の挿画
  →(安倍仲痳呂唐にありて郷土の空を望む)
三十一頁の挿画(正倉院)
三十三頁の挿画(空海及最澄)
三十八頁の挿画(陣中に於ける平安朝の武士)
四十二頁の挿画(平安朝の宮女)
四十四頁の挿画(平等院鳳凰堂)
四十八頁の挿画(僧兵神興を奉じて入京す)
五十五頁の挿画(源頼朝)
五十八頁の挿画(戦場に於ける鎌倉武士)
六十一頁の挿画(鎌倉時代の風俗)

六十八頁の挿画(亀山上皇石清水八幡宮に
  →敵国降伏を祈り給ふ)・(削除)

七十八頁の挿画(新田義貞の鎌倉討入)
七十一頁の挿画(後醍醐天皇還幸)
第七章 高等小学日本歴史 巻二
五頁の挿画(倭寇上陸)
十一頁の挿画(銀閣及足利義政)
十五頁の挿画(茶の湯)
二十一頁の挿画(戦国時代の
  →戦争「長条合戦」)
二十七頁の挿画(南蛮人の風俗)
二十九頁の挿画(信長勅を拝す)
三十六頁の挿画(秀吉石垣山上より
  →小田原城包囲の状を望む)
四十二頁の挿画(江戸城)
五十頁の挿画(大名行列)
五十四頁の挿画(朱印船と支倉常長)
五十五頁の挿画(山田長政)
五十七頁の挿画(安土南蛮寺)
六十三頁の挿画(徳川光圀大日本史を編す)
七十頁の挿画(昌平校)
六十七頁の挿画(新井白石)
六十八頁の挿画(松平定信)
七十二頁の挿画(竹内式部朝臣の為に書を講ず)
七十四頁の挿画(本居宣長)
七十五頁の挿画(塙保己一)
七十八頁の挿画(近藤重蔵択捉島に標柱を立つ)
八十三頁の挿画(ベルリ浦賀に上陸す)
九十頁の挿画(三条実美等長州に奔る)
九十四頁の挿画(東征軍出発「京都三条橋上」)
百頁の挿画(旧幕時代と
  →維新後とに於ける服装の変遷)
附録
第一 歴史教科書中の読み難き名称
第二 歴史教科書中の難語の解釈

3月、水島慎次郎編「日本歴史アルバム 上巻」が「春秋堂」から刊行される。 pid/771374 閲覧可能
一 皇大神宮
二 橿原神宮
三 神武天皇陵

四 熱田神宮
五 神功皇后竹内宿禍
六 四天王寺
七 法隆寺
八 談山神社
九 東大寺
一〇 法華寺
一一 宇佐神宮
一二 護王神社
一三 延暦寺
一四 金剛峰寺
一五 京都模造大極殿
一六 太宰府神社
一七 北野神社
一八 唐沢山神社
一九 六孫王神社
二〇 中尊寺光堂
二一 平重盛
二二 宇治川
二三 粟津
二四 屋島
二五 壇浦
二六 鶴岡八幡宮
二七 北条時頼木像

二八 北条時宗廟
二九 筥崎宮
三〇 水城の址
三一 笠置山
三二 千早城趾
三三 船上山
三四 村上義光の墓
三五 霊山神社
三六 湊川神社
三七 金ケ崎宮
三八 後醍醐天皇陵
三九 湊川碑銘
四〇 四条畷神社
四一 八代宮
四二 菊池武光の墓
四三 名和神社
四四 大覚寺
四五 菊池神社
四六 藤島神社
四七 結城神社
四八 小御門神社
4月、「愛国主義 (1)」が「愛国主義社」から刊行される。 pid/1890822
神武天皇祭 / p1〜1
國史、國體、國民 / p1〜1
國體と憲法 / p1〜1
愛國主義とは何ぞ / p2〜2
如何にして危險思想を消滅す可きか / p2〜2
危險思想の釀成 / 山口正剛 / p2〜2
山川博士の不謹愼 / 荒川五カ / p3〜3 (
祝辭 / p3〜3
愛國主義の發刊を祝して其の前途の發展を?望す / p3〜3
神武帝の東征 / 萩野由之 / p4〜4

桃の名所 / p4〜4
在米日本人會の暴 / p5〜5
東京廢兵院――府下巣鴨のパラダイス / p6〜6
愛國主義的人物評 / p7〜7
神武天皇大御歌 / p8〜8
赤穗義士傳(上) / 一龍齋貞山 / p9〜9
5月、「風俗画報 (432)p4〜4 東陽堂」に「洋上の神武天皇祭」が掲載される。 pid/1579948
洋上の神武天皇祭
近衛騎兵々營の移轉
輜重兵大隊の車輛祭
興津の大園遊會
本年の花見
釋尊降誕會 / p7〜8
濟生會評議員會并に救療實施法
全國製紙共進會褒賞授與式
岩倉大使同航記念會
早大健兒の快舉
賀茂の葵祭 / 藤田旭浦
長野縣諏訪神社千二百年祭
東京市三大寺の大遠忌
本門寺の開堂式
甲斐風俗所見 /佐藤一林

6月、物集高量, 村田天籟が「日本歴史歌譚 : 国民教育」を「東亜堂」から刊行する。 pid/758113 閲覧可能
畏き御歌(神武天皇)
小野の火(弟橘姫)
竈の煙(仁徳天皇)
領巾振る別れ(大葉子)
筒城の宮(国依姫)
木丸殿(天智天皇)
(略)
あしたの露(武田勝頼の室) / 185
     へだてなき法(のり)をぞ頼(たの)む身(み)は田野(たの)  あしたの露(つゆ)と消(き)えはつるとも  北条夫人
12月25日より翌1月6日迄、第一期西都原古墳群の発掘調査が行われる。
東京帝国大学文科大學助教授
同          副手
同      理科大學助手
京都帝国大学文科大學 教授
同          講師
黒板勝美
今西龍
柴田常恵
坂口昴
喜田貞吉

宮内省御用掛
帝室博物館嘱託
他に前延岡中学校長
 
浜田耕作
増田于信(ゆきのぶ)
関保之助
三浦敏

〇この年、西山全太郎が「神武天皇創業史」を「博文館」から刊行する。 pid/950558 閲覧可能
第一章 總論
第二章 神代史の概略
神代史の概略附録
天香山考
皇統御系譜
第三章 高千穗宮
第一節 御幼名、御降誕地
第二節 立太子論、五P命との關係
第四章 東征の師及び其經路(一)
第一節 東征は恢復なり、遷都なり
第二節 東征經路に關する説
第三節 速吸の門の通過、珍産の嚮導
第五章 東征の師及び其經路(二)
第一節 筑前地方の遺跡傳説(一)
第二節 筑前地方の遺跡傳説(二)
第三節 崗水門、岡田宮
第四節 皇軍岡田宮を發す
第六章 東征の師及び其經路(三)
第一節 高島宮
第二節 皇軍龍田に向ふ
第七章 東征の師及び其經路(四)
第一節 皇師熊野神邑に到る
第二節 熊野沖の厄難
第三節 高倉下の援軍
第四節 八咫烏の嚮導
第八章 大倭の賊を平ぐ
第一節 兄猾の抗抵、弟猾の歸服
第二節 天皇吉野の地を省したまふ
第三節 國見岳の賊を平ぐ
第四節 弟磯城の歸服
第九章 大倭平定
第一節 長髓彦を征す
第二節 饒速日命の事
第三節 新城戸畔、居勢祝を誅す
第四節 橿原宮の經營

第十章 即位及び即位後の經營
第一節 即位の儀禮
第二節 論功行賞
第三節 靈畤を鳥見山中に立て
 →皇祖の神靈を祭る
第四節 日向巡幸
第五節 神淳名川耳尊を皇太子と
 →爲すてふ日本書紀の文についての論
第六節 山陵修復の議の經過
附録
橿原神宮
天皇に關する後人の詩歌、論賛

〇この年、有馬祐政, 黒川真道共編,井上哲次郎校閲「国民道徳叢書 第1篇」が「博文館」から刊行される。pid/1024535
神勅
神武天皇即位詔
八幡神宣

大化改新之詔奉答
教育勅語
山鹿素行傳
中朝事實・山鹿素行著
跋文
附録
徳川綱條傳
徳川治紀
大日本史
序文・徳川綱條撰
上表・徳川治紀撰
三宅觀瀾傳
中興鑑言(打聞)・三宅觀瀾著

荷田春滿傳
創學校啓・荷田春滿撰
賀茂眞淵傳
野村公臺傳
源稻彦傳
三芳野城長傳
國意考・賀茂眞淵著
讀國意考・野村公臺著
辨讀國意考・源稻彦著
國意考辨妄・三芳野城長著
本居宣長傳
直毘靈・本居宣長著
玉くしげ・同
くずはな・同
臣道・同
本居春庭傳
道佐喜艸・本居春庭著
紀維貞傳
國基・紀維貞著

〇この年、有馬祐政, 黒川真道共編,井上哲次郎校閲「国民道徳叢書 第2篇」が「博文館」から刊行される。 pid/1024549
軍人に賜はりたる勅諭
戊申詔書
神教綱領 近衞忠房謹撰
淺見絅齋傳
靖獻遺言・淺見絅齋著
靖獻遺言講義・淺見絅齋著
中林成昌傳
學範・中林竹洞著
知命記・同
心柵・同
城戸千楯傳
萬那備の廣道・城戸千楯著

竹村茂雄傳
直毘靈附録・竹村茂雄著
頼山陽傳
楠公論賛 附詩二篇・頼山陽著
八田知紀傳
經義大意・八田知紀著
徳川齊昭傳
弘道館學則・徳川齊昭著
六人部是香傳
顯幽順考論抄(君臣大義)・六人部是香著
藤田東湖傳
正氣歌・藤田東湖著
鹽谷宕陰傳
大統歌・鹽谷宕陰著
長谷川昭道傳
國體總論 原名「九經談總論評説」
   →長谷川昭道著

矢野玄道傳
玉鉾物語・矢野玄道著
三條大意抄(愛國之部)・同
吉田松陰傳
正氣歌・吉田松陰著
留魂録・同
正學指要・高松芳孫著
國民道徳研究參考書目



〇この年、有馬祐政, 黒川真道共編,井上哲次郎校閲「国民道徳叢書 第3篇」が「博文館」から刊行される。pid/1024558
軍人に賜はりたる勅諭
戊申詔書
神教綱領 近衞忠房謹撰
淺見絅齋傳
靖獻遺言・淺見絅齋著
靖獻遺言講義・淺見絅齋著
中林成昌傳
學範・中林竹洞著
知命記・同
心柵・同
城戸千楯傳
萬那備の廣道・城戸千楯著
竹村茂雄傳
直毘靈附録・竹村茂雄著
頼山陽傳
楠公論賛 附詩二篇・頼山陽著
八田知紀傳
經義大意・八田知紀著
徳川齊昭傳
弘道館學則・徳川齊昭著
六人部是香傳
顯幽順考論抄(君臣大義)・六人部是香著
藤田東湖傳
正氣歌・藤田東湖著
鹽谷宕陰傳
大統歌・鹽谷宕陰著
長谷川昭道傳
國體總論 原名「九經談總論評説」
   →長谷川昭道著
矢野玄道傳
玉鉾物語・矢野玄道著
三條大意抄(愛國之部)・同
吉田松陰傳
正氣歌・吉田松陰著
留魂録・同
正學指要・高松芳孫著
國民道徳研究參考書目



1913 大正2 . 1月20日、西都原古墳群第一次の調査が終わり「復旧申告祭」を行う。
第1次西都原古墳群の調査状況
12 20 増田于信(ゆきのぶ)が宮崎市に到着する。
21 黒坂勝美一行が宮崎市に到着する。
22 .
23 .
24 AM8時、宮崎市を出発し、妻の町に馬車で向かう。他に県警察部長斎藤守圀ら8人が同行する。
AM10時30分:佐土原町に到着、下車して島津神社に参拝する。
AM11時30分:妻の町に到着、大阪屋に落ちつく。

当日ノ如キ、遠キハ現王島(ゲンノウジマ)ヨリ右松(ミギマツ)附近、近キハ妻町南端マデ、馬車腕車自転車若シクハ徒歩ニテ出迎フ者百余名、頗ル雑沓ヲ極ム
午後、一行は西都原古墳群を視察する。
夕方、宮崎県知事有吉忠一が到着する。
25 AM8時〜10時30分、女狭穂塚の正面に齋壇を設け申告祭が行なわれる。
作業員は地元三宅の青年団から選定され、当日四十三にんが集合する。有吉知事は式後、一同を齋場に集め次のような挨拶を行った。


西都原古墳群発掘前に行なわれた申告祭
(前列に有吉知事・黒坂博士の姿が見える。)
(ごあいさつの趣旨)「この度宮内省並に東京・京都両大学より専門の学者達がお出でになっていよいよ唯今より古墳の発掘に着手する事になった。此事たるや、決して道楽や慰み半分にするのではないので、一面には、此地方広く言へば、皇祖発祥の地たる我が宮崎県の隠れたる大切な史蹟を顕彰してあまねく天下に紹介し、同時に丁重な保存の方法を講じて、之を永遠不朽に伝え、以て後世の子孫に報本の大義を教へ、又学術研究上の資料として斯道の進歩に多少の貢献をなさんがための誠に大事な貴重な仕事である。思うに、この附近一帯は古代に於ける立派な繁華な大都会であった事は疑いのない事実で、ともかく古墳中の人々は当
時衆民の尊迎信服を受けた偉い人方であったに相違ない。また諸君の先祖もその中にあるかも知れない。右様の次第であるから、今日より発掘に従事するものは、深く敬虔の誠意を以て鄭寧に忠実に事に当らねばならぬ。殊に発掘物に対しては例へ一片の土や石屑でも一々調査員の差図(さしず)を受けて、之を処分し、いやしくも粗骨乱雑な振舞があってはならぬ、着手の前に当り。特に以上の注意を与えて置く次第である。云々。
11時30分、申告祭終了後直ちに発掘調査を開始する。
 第十一号塚(姫塚) 前方後円墳/黒坂・今西/12時半頃、後円部部から素焼高杯の破片数個、直刀1本と提瓶1個を得る。
 第十七号塚/円墳  坂口・浜田/地下1・55Mのところで刀剣3本。徹蔟数本を得る。刀は三尺(約91p)
 第百十号塚/円墳  増田・関
26

 第十七号塚発掘後の記念写真
第十七号塚の発掘は午前中何も出なかったので、午前中で調査を中止する。→PM、柴田常恵が同じ作業員を使って第百一塚の調査を行なう。/地下8尺(約2・4メートル)で土器の破片を得る。発掘された形跡があった。→午後3時打ち切り二百号塚(円墳)の調査に取りかかる。/(第十一号塚は前日に)堀ったところに霜柱がたったので、これを排除し、作業員二十人は多いので、五人を第百十号塚にまわし、三人で後円部の作業を継続し、他の作業員をもって前方部の発掘にとりかかった。後円部の壙(あな)はさらに拡張され、約六尺(約1・8b)表土下の区域に、勾玉・切子玉・管玉・鉄刀・鉄蔟・須恵器等がほぼ二つの区域にわたって存在
することが明らかにされた。小玉等は篩(ふるい)にかけて丁寧に採取した。第百十号は前日からひきつづき調査を継続したが、頂上部の平坦部や傾斜分などで埴輪の破片が発掘された。明らかにされた。小玉等は篩(ふるい)にかけて丁寧に採取した。第百十号は前日からひきつづき調査を継続したが、頂上部の平坦部や傾斜分などで埴輪の破片が発掘された。
27 第十一号塚(姫塚)後円部の中央部で、深さ約3・32bに達する穴をうがち、さらに鉄棒を貫入して地下を約1.3bまで探り、石の有無を徹底的に検した。しかし、「何等の手答なく」これを止めた。前日篩い残した土壌は、馬三匹で大阪屋に送る。小玉をさらに丁寧に採取するためである。また前方部も掘りひろげ、深さ約76pのところで、刀身や鉄蔟数本をや素焼土器・灰色土器(須恵器)を得る。さらにくびれ部を掘ったが、何物も発見されなかった。第百十号塚もようやく頂上近くで、刀や銅釧、鋤の頭状のもの、鉄鏃・頭蓋骨等を得たが、日没で小雨も降ったので撮影しなかった。しかも、遺物は損傷のおそれがあるという理由で、寸法等をとったうえ、これをひきあげた。PMから黒坂・今西は第二十一号塚(一本松塚)を調査。前方後円墳/主軸の長さ二十八間(約51b)
28 雨のため作業を中止する。
29 午後、黒板勝美が急用のため郷里の長崎県大村に戻る。
30 この日まで調査は行われたが、一応一行は引き揚げることになり、午後五時宮崎に向って出発し、同夜八時宮崎の宿舎に入る。
31 (休)
11 (休)
2 朝、宮崎を出発し妻の町に入り、午後から発掘を再開する。調査員のうち浜田耕作は帰途についたので、増田・柴田・今西によってもっぱら運営され、これに補助として従来通り三浦敏が加わった。/この日は、第百十一号塚・第百十二号塚/第二十一号塚を継続する。
3 新たに二十五号塚・第二十六号塚の発掘を行う。この日の午後、他に第二十一号塚も継続し礫床と別個に、これと東北方に並列して粘土槨らしいものを見出した。黒坂も郷里からもどり、第二十五号塚・第二十六塚の調査に関係した。
4 午後より発掘調査を開始、第百十一号塚・第二十一号塚・第二十六号塚を継続、新たに第二十九号塚の外に無号塚一基も発掘する。第二十一号塚は、はっきり粘土槨であることを確認する。
夜、黒坂勝美が宿舎に於いて保存に関する講演を行う。(参会者:警察分署長・村長・青年会長等十数名)

 第二十一号塚(一本松塚)から発見された粘土
5 第二十一号塚の粘土槨の周囲を精査する。
6 第二十一号塚のみに終始し調査を終え、調査員はそれぞれ他の古墳群をなどを視察、調査を終える。
7 . 
8 .
9 県の職員によって、発掘された古墳の普及工事を行う。これ等の古墳に、灰石の碑石(30×37×9p)を収める。
10 .
1月20日 有吉忠一知事や県の職員も参列して復旧申告祭を行う。
. .
3月3日 宮崎県知事有吉忠一が「古墳保存に関する訓令」を県下に発する。
大正25 第2次発掘調査
大正38 第3次発掘調査
大正45 宮崎県編「宮崎県児湯郡西都原古墳調査報告」が刊行される。
大正47 第4次発掘調査
大正48 有吉宮崎県知事が神奈川県知事に発令され宮崎県を去る。
大正51 第5次発掘調査
大正5年12月
〜大正6年1月
第6次発掘調査

3月3日付、宮崎県知事有吉忠一が「古墳保存に関する訓令」を県下に発する。
訓令第拾号     郡役所警察署警察分暑町村役場    出典:齋藤忠著「日本の発掘 p197〜198」 1963年3月発行 
 
我ガ日向國ハ皇祖発祥ノ地ニシテ、〔ショウ〕遺跡到ル処ニ存在スルヲ以テ、苟(いやしく)モ原史時代ニ遡り建國創業ノ不績ヲ討ネテ之ヲ顕彰セントセバ其考証ニ資スベキモノ本県ヲ措テ他ニ多ク需ムベカラズ。蓋シ本県下現存セル古墳其ノ他ノ遺物ハ何レモ悠久ナル国史ノ淵源ヲ説明スルモノナレバ、厳ニ之ガ保存ノ方ヲ設ケ以テ其ノ湮滅ヲ防グバ啻ニ報本反始ノ至誠ヲ不朽ニ伝承スル所以タルノミナラズ。実ニ我国体ノ尊厳ヲ維持シ国民的精神ヲ鞏固ニスル所以ニシテ本県ノ責務トシテ最モ力ヲ用フベキ所ナリトス。然ルニ時勢ノ変遷歳月ノ推移ナ、此等ヲシテ漸ク荒廃湮滅ニ帰セシムルノ虞(おそれ)ナキ能ハズ。若シ今ニ及ビテ其保存ノ道ヲ講ズルニ非ザレバ、終ニ復タ奈何(いかん)トモスル能ハザルニ至ラントス。然レドモ太古鴻荒ノ事タル茫乎トシテ燎カナラス。之ヲ闡明啓発セント欲セバ各種専門学者ノ研究ニ待ツニアラザレバ能ハザルナリ。(略)是レ誠ニ深ク寒心スベキナリ。サレバ本県ハ既ニ明治二十五年県令第六十二号ヲ以テ、墳陵ノ開掘埋立ヲ為シ、若ハ其ノ竹木ヲ伐採シ又ハ遺物ヲ発見シタルトキハ速ニ相当ノ手続ヲ為スベキヲ規定セリト雖モ、自今其ノ局ニ当ル物ハ、一層細心ノ注意ヲ払ヒ、深ク県令ノ趣旨ヲ貫徹シ、保存上必ズ遺策ナキヲ努ムベシ。
  大正二年三月三日    宮崎県知事  有吉忠一
霊〔ショウ〕(レイショウ):神聖な事跡のある場所。霊跡。霊地。
湮滅(インメツ):1 跡形もなく消えてしまうこと。また、消すこと。
鴻荒(コウコウ):大昔。太古。
茫乎(ボウコ):広々としているさま。ぼんやりとしてつかみどころのないさま。
燎(かがりび)
遺策(イサク):はかりごとに手ぬかりがあること。手落ち。
3月、畝傍山人奥野陣七編「皇祖神武天皇御記」が「橿原神宮講員取扱所」から刊行される。3版 pid/909936
  
緒言」 / 重要 三島神社権田直介、福羽美静・平山省齋・矢野玄道  ※1895年との比較研究が必要 2021・1・1 保坂
5月、「考古学雑誌 = Journal of the Archaeological Society of Nippon 3(9) 」が「日本考古学会」から刊行される。pid/3548179
説 宮崎縣古墳發掘の經過 / K板勝美
論説 西都原第百十、第百十一號古墳 / 關保之助
論説 西都原姫塚及一本松塚 / 今西龍
論説 女房禮服考――(二、完) / 櫻井秀
雜録 美濃國に於ける古瓦出所地――(二、完) / 小川榮一
雜纂 攝津國武庫郡灘の處女塚考 / 吉井良秀
彙報 西ケ原貝塚
彙報 關野博士の「神護石」調査
(略)
插繪 日向西都原一本松塚土槨(口繪、コロタイプ)
插繪 日向西都原第百十號塚斷面
插繪 日向西都原第百十號塚内部遺物配列
插繪 日向西都原第百十一號塚内部遺物配列
插繪 日向西都原姫塚内部遺物配列(以上木版)

插繪 美濃國山田寺堂塔配置圖
插繪 美濃國古瓦(以上網版)


5月、木村鷹太郎が「日本太古小史 : 日本の使命世界の統一」を刊行する。 pid/950615 閲覧可能
緒論 日本太古の新研究 / 1
一 何故にスベラ御國 / 1
二 研究の新方法と新材料の發見 / 7
第一編 日本の神話、言語、文字及び古典地理の世界的説明
一 日本神史は希臘、羅典、埃及系統 / 11
二 言語の比較研究 / 15
三 日本文字―片假名とアルハベツト / 30
四 日本太古史の地理研究 / 33
第二編 天孫降臨と天業恢弘 / 43
一 天孫降臨の凖備―大國主ノ神の出雲 / 43
二 天孫降臨―アーメニヤより希臘及び阿弗利加 / 44
三 神武天皇の世界統一、萬國平和運動の開始 / 49
四 神武天皇出發地は阿弗利加セネガル國 / 52
五 神武東征より崇神天皇に至る―『希臘日本』 / 57
六 羅馬建國者稻氷命。ピラミツト王三毛入野命 / 60

第三編 天教の世界宣傳(一) / 65
一 崇神天皇の大教世界宣傳―宣教使の起原 / 65
二 天文學者ヒバコ及びアリシタルコ『埃及日本』に來る
三 狹穂姫と本牟知別王―西王母とマホメツト / 74
四 皇化の亞細亞發展―日本武尊 / 78
五 天孫と、日本武尊と、釋迦と、
   →耶蘇と、マホメツトとは同一人物 / 81
第四編 天教の世界宣傳(二) / 85
一 神功皇后の西征は伊太利征伐 / 85
二 應神天皇―及び七曜の意義 / 92
三 仁徳天皇の難波―スエヅ運河開鑿の率先 / 98
第五編 世界統一の神天照大御神 / 105
一 耶蘇紀元は天照大御神のエチオピヤ
   →伊勢鎭坐の紀年なり / 105
二 世界統一、人類平和の理想は日本に起原す
三 餘論―『日本學』創始の必要 / 126
續編 日本諸國名の意義 / 133
一 畿内 / 134
二 山陽道 / 139
三 山陰道 / 143
四 北陸道 / 147
五 南海道 / 150
六 西海道 / 153
七 東海道 / 158
八 東山道 / 165
九 北海道 / 168
十 樺太、東察加及び千島 / 174
十一 朝鮮及び臺灣附滿洲、蒙古、西伯利
附録 東京京都 兩大學 及び
  →修史局の『倭女王卑彌呼考』を駁す
5月、西都原古墳群第二次発掘調査が行われる。
10月、相島亀三郎が「国民教育講堂訓話」を「同文館」から刊行する。 pid/938909
  閲覧可能
(ページ欠・不明)
七 菊桐の御紋章
八 皇室に關する敬語
第二 神武天皇祭(四月三日)
一 講話 / 二 講話資料

第三 馬關條約締結記念日(四月十七日)
一 講話 /二 講話資料 /三 講話例
第四 靖國神社祭典(四月三十日四月廿三日)
一 講話 / 二 講話例 / 三 講話資料
第五 日本赤十字社創立記念日(五月二十日)
一 講話 / 二 講話資料
第六 日本海海戰記念日(五月二十七日)
一 講話 / 二 講話資料 / 三 參考資料
第七 皇太后陛下御誕辰(五月二十八日)
一 講話 / 二 講話資料
第八 元兵太宰府を侵す(六月二十二日)
一 講話 /二 講話資料
「元冦」
第九 皇后陛下御誕辰(六月二十五日)
一 講話 /二 講話資料 / 三 講話例
第十 明治天皇祭(七月三十日)
一 講話資料 / 二 講話資料
第十一 日韓合邦記念日(八月二十九日)

伊藤博文
一 講話 /二 講話資料
第十二 天長節(八月三十日)
一 講話 / 二 講話資料
第十三 春秋二季皇靈祭(春分秋分の日)
一 講話 / 二 講話資料
第十四 戊申詔書煥發(十月十三日)
一 講話 / 二 講話資料
第十五 明治三十七八年戰役平和克復詔勅煥發記念日(十月十六日)
一 講話 /二 講話資料
第十六 神嘗祭(十月十七日)
一 講話 / 二 講話資料
第十七 ヘ育勅語煥發記念日(十月三十日)
一 講話 / 二 講話資料
第十八 コ川慶喜大政を奉還す(十一月十日)
一 講話 / 二 講話資料
第十九 新嘗祭(十一月二十三日)

大嘗祭の事
一 講話 /二 講話資料
第二十 一月一日附四方拜
一 講話 / 二 講話資料
第二十一 元始祭(一月三日)

政治始(一月四日)
一 講話 /二 講話資料
第二十二 紀元節(二月十一日)
一 講話 /二 講話資料
第二十三 明治三十七八年戰役奉天占領陸軍記念日(三月十日)
一 講話 /二 講話資料
附録
一 恩賜財團濟生會
二 愛國婦人會
三 乃木大將夫妻
四 訓話上の注意
追録
●御真影下賜並ニ奉掲方ニ関スル文部省通牒(大正二年六月十二日)
●天長節祝日ニ関スル勅令及告示(大正二年七月十八日)
10月、津田左右吉が「神代史の新しい研究」を「二松堂書店 1913 pid/950664 閲覧可能
侍_
一 神代史の性質と、それが作られた時代
二 研究に就いての二三の用意
第一章 神代史の分解
一 總説
二 遊離分子の除去
三 神代史の骨子となつてゐる物語
第二章 神代史の構成
一 三つの中心點
二 構成の順序と中心思想
第三章 神代史の變化と發達
一 物語の變化と潤飾
二 神の分化
三 記紀の關係
第四章 神代史に現はれてゐる上代思想
一 國體に關する思想
二 人生觀と世界觀
三 支那思想の影響
第五章 神代史の性質と、それが作られた時代
一 神代史の性質
二 神代史が作られた時代
附録/索引
〇この年、後藤秀穂が「皇陵史稿」を「木本事務所」から刊行する。 pid/950716
詞セ 予が山陵研究の趣意
第一章 陵制略論
第二章 皇陵の荒廢
第三章 其存在の理由
第四章 復興の曙光
第五章 元禄修陵
第六章 享保の制札
第七章 再荒廢と野の叫び
第八章 文化の陵圖と水戸烈公
第九章 帝陵發掘の賊と荒廢のさま
第十章 嘉永の取締と文久の修陵
第十一章 神武帝陵
第十二章 後醍醐帝陵
第十三章 七疋狐と七福神
附録
1914 3 . 4月、「経済時報 (4月號)(136)」が「経済時報社」から刊行される。 pid/1888400
『表紙繪』 花の都と大正博覧會 / 表紙
神武天皇東征之圖 /戸田春光 / 口繪
神武天皇祭の所感
 神武天皇の統治 / 有賀長雄
神武天皇の山陵 / 萩野由之

8月、西都原古墳群第三次発掘調査が行われる。
10月、吉田東伍が「地理的日本歴史」を「南北社」から刊行する。 pid/950800  閲覧可能
第一章 高天原と大八洲 / 1
第二章 神武東征 / 8

第三章 太古の産業状態 / 16
第四章 四道將軍 / 23
第五章 農村と市 / 29
第六章 氏姓と地名 / 37
第七章 日本武尊と東國 / 43
第八章 三韓と我國土 / 52
第九章 韓國服屬後の瀬戸内 / 59
第十章 上代都市の制と奈良の京 /66

第十一章 國分寺 / 72
第十二章 奈良朝に於ける地方經濟 / 79
第十三章 平安朝に於ける佛徒の道路改修事業
第十四章 三關と京都 / 93
第十五章 遣唐使 / 101
第十六章 都市佛教と山嶽佛教 / 109


〇この年、高見健一が「日本対外小史」を「丸善」から刊行する。  pid/3438185
第一 神代に於ける海上の活動 / p1
第二 神武東征の偉業 / p5

第三 三韓交通及び漢土接觸の端 / p8
第四 神功征韓の偉業 / p14
第五 海外文物の輸入 / p17
第六 韓半島の叛服 / p20
第七 佛ヘ傳來 / p25
第八 隋國へ遣使 / p27
第九 韓半島に於ける日唐の對峙 / p31
第十 北邊の征撫 / p35
第十一 遣唐使 其一 / p38
第十二 韓半島及び渤海との交通 / p44
第十三 遣唐使 其二 / p46
第十四 北邊南島 / p50
第十五 呉越の來聘と刀伊の來寇 / p52
第十六 宋國交通 / p56
第十七 元寇の役 / p60
第十八 元寇以後元及び朝鮮との關係 / p66

1915 4 . 4月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 21(4)(246)国学院大学」が刊行される。pid/3364891
伊勢神宮に於ける禰宜の起原に就いての疑義 / 石卷良夫 /p1〜14
伴信友の學説 / 河野省三 / p14〜26
あけぼの會詠草 / 金子元臣 / p92〜94
神武天皇祭 / p95〜95
橿原神宮祭典 / p95〜95

昭憲皇太后御一年祭 / p95〜96
齋田事頂打合 / p96〜96
大禮官制 / p96〜67
大禮記録編纂 / p97〜97
明治神宮奉献樹 / p97〜97
明治神宮神寳 / p97〜97
恩賜館の奉獻 / p97〜97
續紀卷二に任諸國國師とある説明 / p21〜22
僧疎石は夢想國師か夢窓國師か / p22〜22
4月、「幼年畫報 10(5) 博文館」に「神武天皇祭 三色凸版」のことが掲載される。 pid/1815777
5月31日、宮崎県編「宮崎県児湯郡西都原古墳調査報告」が刊行される。
所蔵:宮崎県立図書館 (1918年版も有)
7月、西都原古墳群第四次発掘調査が行われる。
8月、有吉忠一が神奈川県知事に任命され宮崎県を去る。
11月、「考古学雑誌
= Journal of the Archaeological Society of Nippon 6(3)」が「日本考古学会」から刊行される。 pid/3548209
論説 百濟の遺蹟 / 關野貞
論説 畸形的小葉を有せる□瓦當蓮華紋 / 中山平次カ
論説 西都原古墳調査附百塚原古墳出土品 / 原田淑人
河内國長谷山の古陶窯附中山の古窯に就いて岩井君の
   →示ヘを請ふ / 笠井新也
 鍋と釜 / 喜田貞吉
 ェ平六年の鰐口に就いて / 沼田ョ輔
 古銅鼓研究の新材料 / 中山平次カ
 豐國神社の燈籠 / 梅原末治
雜纂 讚岐國銅鉾銅劍銅鐸發見地名 / 長町彰
雜纂 朝鮮の梵鐘に就て / 稻田義助
雜纂 石器の磨製と裂製に就て / 木村宇太カ
彙報 御大禮關係品特別展覽會 / 小羊
彙報 大典記念京都博覽會 / 小羊
彙報 印度子パール西藏展覽會
彙報 高貴の御陵墓 / 新大和新聞
彙報 朝鮮共進會美術館一瞥
彙報 慶州に於ける古器物發見 / 稻田春水

(略)
插繪 朝鮮陵山里中上塚石槨
插繪 同發掘金銅冠殘缺(以上口繪コロタイプ)
插繪 公州山城地圖
插繪 扶餘半月城地圖
插繪 扶蘇山城古瓦(二點)(以上網版)
插繪 陵山里王陵古墳配置圖(木版)
插繪 陵山里中上塚實測圖
插繪 陵山里中上副葬金具
插繪 陵山里中下塚實測圖
插繪 陵山里中下塚南壁羨道入口
插繪 陵山里西下塚實測圖
插繪 陵山里西下塚玄室羨道入口
插繪 陵山里〔セン〕牀塚實測圖
插繪 陵山里割石塚實測圖
插繪 筑前安樂寺□瓦當
插繪 筑前國高祖山及同國分寺
   →出土□瓦當拓影(以上網版)
插繪 日向西都原第六十號塚
   →遺物配列圖(木版)
插繪 日向西都原第六十號塚出土鏡
插繪 日向西都原第五十五號塚出土劍柄
插繪 日向西都原百塚原出土雲珠

插繪 河内長谷山古陶窯圖
插繪 河内中山古窯圖
插繪 古銅鼓拓影(以上網版)
插繪 銅劍圖二點
11月、櫻井秀が「飛行少年 1(11) p23日本飛行研究会」に「神武天皇以來の御即位式」を発表する。
pid/1830321
紫宸殿御即位の順序 / 編輯局 神武天皇以來の御即位式
6月、西川玉壺が「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 21(6)(248) p11〜30」に「神武天皇東征軍の古戰蹟視察 」を発表する。
〇この年、「教育画報 1」が「同文館」から創刊される。 
0000-00 pid/1593362
  発行年を1915年にした根拠:運河の建設と管理などの権利を取得した米国の手によって1914年(大正3年)8月に開通しました。これを記念して、
    翌年2月から12月まで、サンフランシスコにて、パナマ太平洋万国博覧会が開催されました。
Wikipediaより
發刊の辭
鴨麹]の橋梁 / 小池駸一
露國の三大市 / 八杉貞利
種痘醫祖善那氏銅像 / 關以雄
甲州の葡萄酒と葡萄液 / 高橋偵造
鴨麹]の流氷 / 西村萬壽
海洋の森林 / 橋本恒之
瑞西國の氷河園 / 山又次カ
紡績の話 / 山岡敬二
樺太五十度線の日露境界 / 小林房太カ / p29〜31
桑港巴奈馬運河開通記念博覽會 / p32〜32
和氣C麿の忠烈と護王神社
秋の蟲は如何にして鳴くか
松茸はどこに生える
日本海海戰な懷ふ
東蒙古の大平原 / 筑紫昌門
至誠天下に臨んだ白河樂翁公 / 天野雉彦
何の爲めの保安林 / 白澤保美
燐寸は斯うして出來る / 大島義C
久留米絣の發明者井上傳子 / 源弘憲
日本の石油 / 勝田加一
毒ある菌 / 白井光太カ / p73〜75
佐渡の金山 / 三菱合資會社鍍山部
世界に珍しい金明竹 / 川村C一
世界第一の噴火口をもつ阿蘇山 / 山又次カ
大饗第一目に演奏せらるる久米舞 / 芝葛鎭
度量衡の原器に就いて / 安達禎
身の丈八呎を越ゆる巨人 / 橋本恒之
榮華を極めた藤原時代の朝臣 / 妻木忠太
南洋新占領島人の衣食住 / 草野俊助
雛の生立 / 石川千代松
浦賀のK船 / 大塚武松
水晶は如何して出來るか / 佐藤傳藏
南滿洲鐵道 / 市川代治
天氣とは何?天氣圖はどんなもの / 中村勝次
大正御即位式
畝傍山東北陵と橿原神宮 / 芝葛盛 / p127〜129
重要輸出品花莚 / 蜂谷コ三カ
スエズ大運河 / 山崎直方 / p134〜136
寶石として貴ばるる鑛物 / 小倉勉
巴里のノートル、ダム大聖堂 / ア、ハンリー
馬上三物の一なる犬追物 / 關保之カ
サハラの大沙漠 / 下山楠二
大政治家藤原鎌足 / 辻善之助
蜃氣樓と浮島 / 中村C二 / p156〜159
雪の結晶 / 築地宜雄
山原頭に於ける大禮大觀兵式
「永久不滅の都」羅馬 / 村川堅固
東京灣内に於ける大禮大觀艦式
半獸半魚の怪物――海龍と海馬 / 橋本恒之
砂糖は斯うして出來る / 島村足穗
蜥蝪より鳥へ / 丘淺次カ
廣島牡蠣 / 田島顯俊
東洋第一の銅山―足尾銅山 / 佐藤巍
捕鯨の壯觀 / 桑田透一
豐臣秀吉生立の眞相 / 渡邊世祐
血液の成分と其の作用 / 永井濳
世界一の馬の數々 / 三宅隆人
アイヌ / 柴田常惠 / p211〜214
ペスタロッチの奮跡廻り / 吉田熊次
蒙古襲來 / 下村三四吉
ナイルスの飛行
地震略説 / 大森房吉
コロンブスの新大陸發見 / 箕作元八
心臓の構造と其の作用 / 永井潜
南來航路 / 澤木三カ
口繪――三色版
ヘ訓實話
國定ヘ科書の誤謬
雜報
國定ヘ科書參考資料索引
1916 大正5 . 1月、西都原古墳群第五次発掘調査が行われる。
4月、東淵が「六大新報 (652)
p2〜2 六大新報社」に「本年の神武天皇祭」を発表する。 pid/7941583
4月、「英語青年 = The rising generation 35(2)(477) 研究社」に「
内報:神武天皇祭」のことが掲載される。 pid/4434385
4月、「道の友 (305)
p136〜136 天理教道友社」に「神武天皇祭役割」のことが掲載される。 pid/11030236
12月〜翌1月、西都原古墳群第六次発掘調査が行われる。
1917 6 . 2月、「経済時報 (2月號)(169)」が「経済時報社」から刊行される。 pid/1888433
神武東征と海上權 / 某將軍 / p6〜8
日支親善策如何 / p14〜22 (
我輩の日支親善論 / 大隈重信 / p14〜17
日支親善の根幹 / 寺尾亨 / p18〜20
兩國の親善策如何 / 桑原隲藏 / p20〜22

3月、石卷良夫が「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 23(3)(269) p177〜191 国学院大学」に「伊勢神宮祠官の佛ヘ信仰に就いて」を発表する。pid/3364914
3月、鷲尾慶輔述「国祖の研究」が「博文館印刷所」から印刷される。 pid/951572  閲覧可能
詞セ
第一編 前論
第一章 國史の起源
第二章 研究の資料
第三章 古事記と日本書紀
第四章 神代史實の有無
第五章 倭民族の來歴
第六章 日本の考古物件
第七章 書紀紀年の考證
第八章 例叙の事、其他諸注意
第二編 本論

第一章 神武帝の御東征
第二章 高千穗宮の御三代
第三章 海神家と山神家
第四章 天照大神の御雄圖
第五章 出雲朝廷の二英主
第六章 諾冉兩神の國土經營
第七章 天降族の發祥地
第八章 支那史の參考
第三編 後論
第一章 太安麿と稗田阿禮
第二章 古神道と論語
第三章 神道、國學の隆替
第四章 太安ヘの提唱
附録 儒道佛、三ヘの由來


4月、石卷良夫が「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 23(4)(270) p276〜284 国学院大学」に「伊勢神宮祠官の佛ヘ信仰に就て(二)」を発表する。 pid/3364915
  また、同号に「神武天皇祭 p326〜326」が掲載される。

9月、甲斐勝美が「日向高千穂旧跡勝地案内」を「奈須機先堂」から刊行する。 pid/945227 閲覧可能
(一) 各地里程表
(二) 神祖御系譜
(三) 三田井家系統
(四
) 神代畧史
(五) 高千穗の所在
(六) 三田井の起源
(七) 四皇子峰。高天原
(八) 
□觸峰(くしふれのみね)
(九) 荒立神社
(十) 天眞名井。藤岡山
(十一) 天香久山。高山。短山。
(十二) 吾平山御陵
(十三) 高千穗神社
(十四) 荒振神鬼八塚
(十五) 月形。日形
(十六) 不蒔田〔美酷c〕
(十七) 七ッ池。鬼の投石
(十八) 忍穗井
(十九) 鬼の窟〔蘭卿〕
(二〇) 御橋。酒の泉
(二一) 愛染川
(二二) 御守田。比波里田
(二三) 窓のP冷泉
(二四) 窓のP
(二五) 五ヶP流域
(二六) 二上峰
(二七) 神塚山

(二八) 乳が窟。産湯盥。鶺鴿石
(二九) 天の岩戸
(三〇) 氏太神宮
(三一) 天の安河原。神樂尾
(三二) 天の御汐。天の浮橋
(三三) 城山
(三四) 祖母嶽
(三五) 三田井家史跡

11月、岡泰雄が「日本神祇史」を「金港堂書籍」から刊行する。  pid/943644 閲覧可能
第一編 總説
第一章 神祗の意義
第二章 神祗と神道
第三章 國體と神祗
第四章 神祗史と古代史
第五章 祭祀の形式
第六章 神祗と禊祓
第二編 大古の神祗 神武天皇の御代まで
第一章 祭祀の起原
第二章 神代に於ける祭祀
第三編 上古の祭祀
第一章 總論
第二章 神八井耳命の輔弼と神祗
第三章 崇神天皇の御代の神祗
第四章 垂仁天皇の御代の神祗
第五章 景行天皇の御代の神祗
六章 成務仲哀兩天皇の御代の神祗
第七章 神代及び上古に於ける氏族の神祗
第八章 應神天皇の御代より宣化天皇の御代迄の神祗
第九章 欽明天皇の御代より皇極天皇の御代迄の神祗
第四編 奈良朝の神祗 實は大化以後
第一章 總論
第二章 國司派遣と地方の神祗
第三章 神祗官の設置
第四章 佛教の影響
第五章 漢學の影響
第六章 此の期の敬神事蹟
第七章 神階
第五編 平安朝の神祗
第一章 平安朝前期の概説
第二章 山王一實神道
第三章 兩部習合神道
第四章 佛教の影響
第五章 漢學の影響
第六章 神社の頽廢と戒飭
第七章 此の期中の神祗
第八章 平安朝後期の概説
第九章 神道佛教陰陽道の混合
第十章 此の期中の敬神事蹟
第六編 鎌倉時代の神祗
第一章 概説
第二章 皇室の神祗
第三章 幕府の神祗
第四章 上下を通じての神祗
第七編 吉野朝廷及び室町時代の神祗
第一章 概説
第二章 皇室と神祗
第三章 神宮の曲説
第四章 幕府の神祗
第五章 諸流の神道
第六章 佛教及耶蘇教の影響
第八編 安土桃山江戸時代の神祗
第一章 概説
第二章 安土時代の神祗
第三章 桃山時代の神祗
第四章 江戸時代の概説
第五章 江戸時代の皇室の神祗
第六章 江戸時代の幕府の神祗
第七章 耶蘇教禁止と其の影響
第八章 神道の諸流派
第九編 現代の神祗
第一章 概説
第二章 明治天皇の大御心と神祗崇敬の御事蹟
第三章 神祗制度の制定
第四章 祭祀及び神社

第五章 神道の教派
1918 7 . 4月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 24(4)(286) p67〜67 国学院大学」に「神武天皇祭」のことが掲載される。 pid/3364927
8月、東村日出夫男;内田背郷編/小川順之介校閲「皇陵参拝の栞」が「日本実業新聞社」から刊行する。
pid/958385  
閲覧可能
神武帝御肖像並山陵御写真
明治帝御肖像並山陵御写真
寺内首相題辞
林大阪府知事序文
東村日本実業新聞社長題辞
著者序文
凡例
皇陵に参拝し奉れ
第一代 神武帝陵
第二代 綏靖帝陵
第三代 安寧帝陵
第四代 懿徳帝陵
第五代 孝昭帝陵
第六代 孝安帝陵
第七代 孝霊帝陵
第八代 孝元帝陵
第九代 開化帝陵
第一〇代 崇神帝陵
第一一代 垂仁帝陵
(略)
〇この年、斎藤彦太郎編「桐原御神陵誌」を「星岩治」が刊行する。pid/957876
一 竹森大塚古墳ノ研究
二 桐原石部神社祭神二関スル考証
三 御神陵考
四 神陵ト皇室トノ関係 /
五 天日方奇日方命ノ隠レタル忠勤ハ自然ノ逕路ナリシ事
六 天日方奇日方命ノ越後ニ在存ノ遺徳余烈
 神武帝皇后高志ヘ御避難遊ハセシト伺ヒ奉ル事
七 御陵墓荒敗ノ原因
九 結論

〇この年、高橋健自等編「日本歴史図録 : 2巻 上巻」が [歴史参考図刊行会] から刊行される。 pid/8797945
皇大神宮式年遷宮圖〔原色版〕
上古
一 伊勢大神宮(上)
二 同上(下)
三 出雲大社
四 橿原神宮
五 神武天皇陵
六 應神天皇陵
七 仁コ天皇陵
八 石器時代遺蹟遺物
九 石器時代遺物

1919 8 . 4月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 25(4)(296)p72〜72 国学院大学」に「神武天皇祭」のことが掲載される。 pid/3364939
1920 9 3月、宮崎県編「宮崎県写真帖 」が刊行される。 pid/1172191 閲覧可能
一 官幣大社宮崎神宮
二 宮崎縣廳
三 宮崎町
四 縣立圖書館
五 宮崎縣物産陣列場
六 大淀川
七 橘橋
八 天神山園藝部
九 生日神社
一〇 一ツ葉濱
一一 住吉濱
一二 島
一三 島の蒲葵樹林
一四 内海港
一五 官幣大社鵜戸神宮
一六 梅ケ濱
一七 油津港
一八 飫肥町
一九 飫肥杉
二〇 都城町
二一 神柱神社
二二 歩兵第六十四聯隊
二三 關ノ尾瀧
二四 觀音P
二五 高木原開田
二六 二原開田
二七 霧島山
二八 狹野神社
二九 王子原 狹野杉
三〇 小林町
三一 景行天皇御腰掛石
三二 宮崎種馬所
三三 諸縣縣有林 恩賜 慈惠ヘ濟 基本林
三四 月知梅 座論梅
三五 國幣小社都農神社
三六 高鍋町
三七 西都原御陵墓參考地
三八 國分寺址
三九 長谷觀音
四〇 都萬神社
四一 茶臼原孤兒院
四二 
美々津港 神武天皇御腰掛岩
四三 行縢神社と布引の瀧
四四 細島港
四五 延岡町 五箇P川
四六 可愛岳 北川村御陵墓傳説地
四七 槇峯鑛山
四八 岩戸神社
四九 □觸〔くしふる〕神社
五〇 窓ノP
五一 神橋附近

11月、河端金三郎が「明治天皇偉徳鴻業の根源 : 明治神宮御鎮座奉祝記念」を刊行する。非売品 
pid/927168  閲覧可能
一 皇謨の根本義御確定
一 臣民へ下されたる勅諭
一 國民へ下されたる御宸翰
一 御即位の宣命文
一 神武天皇元年の聖諭 / 4
一 鎭魂其他に關する御行事
一 善
惡の標準御指示の項目
一 國見行幸の時の聖諭
一 修理固成の神勅
一 天壤無窮の神勅
一 寶鏡奉齋の神勅
一 神籬起樹の神勅
一 防衞奉護の神勅
一 神宮へ始て御親謁の御事
一 大會議開催の勅諭
一 宣ヘ使設置の詔勅
一 神祗鎭祭の詔勅
一 神殿奉祀の詔勅
一 福羽侍講の進講 / 14
一 二院開設の詔勅

一 畝火山陵へ始めて御親謁の御事 / 15

一 元田侍講の進講
一 米國前大統領「ぐらんど」氏の進言
一 日常御勵精の一班
一 立憲政體確定の詔勅
一 軍隊勅諭御發布の御事
一 元老院議官海江田信義氏等歐行の事
一 墺太利國「すたるん」博士の講義
一 憲法制定の御告文
一 憲法發布の勅語
一 皇室典範制定の上諭及典範
一 ヘ育に關する勅語
一 征C宣戰の詔勅
一 C國に對する媾和の詔勅
一 遼東半嶋還附の詔勅
一 改定條約實施の詔勅
一 征露宣戰の詔勅
一 露國に對する媾和の詔勅
一 戊申詔書
一 韓國併合の詔書
一 陛下御大患尋いて崩御國民の慟哭
一 世界各國民の哀悼及米國人の輓歌
一 陛下御
ヘ訓の總結
一 大正以降將來國民の覺悟

1921 大正10 4月、山本徳三郎〔兼発行者〕が「公旅余録」を刊行する。 pid/963520 閲覧可能 神武天皇の幼名:狭野尊
一 内海航路の感想
二 伊予女論
三 三島水軍
四 別府行航路
五 別府の夜景
六 洋行論
七 元寇懐古
八 青島の奇観
九 霧島山高千穂峯登山記 / 13
其一 東麓、神武天皇御降誕地 / 13 
其二 登峰 / 15
其三 高千穂頂上の感想 / 18
其四 西麓下山、密雲に踏み迷ふ / 21
十 大隅の旅 / 24
十一 薩州男子の意気 / 25
十二 西南の戦蹟 / 29
終局 / 34

7月、中村徳五郎が「皇大神宮史」を「弘道閣」から刊行する。  pid/943761 閲覧可能
第一章 總説
第一節 世界思潮の變遷
第二節 伊勢神宮と國體の根元
第三節 祖先崇拜と國民性の發揚
第四節 國民道徳の涵養と其發逹
第五節 汎大日本主義の發揮
第二章 日本神代史の概説
第一節 神代史に見えたる高天原
第二節 黄泉國、根國、常世國と高天原との關係
第三節 大八洲の起因と神の活動
第四節 海外發展の二大方針
第五節 九州に於ける神代の三世
第六節 神代に於ける生活、制度、風俗、
  →技術及び政體其他の一班
第七節 神代系譜の概畧
第三章 天照皇大神の宏謨と神業
第一節 天下の統治
第二節 豐受大神の功績
第三節 天齋殿の變
第四節 合議政體の起源と齋殿前の神樂
第五節 素戔鳴尊の根國下向
第六節 天叢雲劒の献上
第七節 韓國の統治、裏日本の發展及び常世國の經畧
第八節 葦原中國の統一
第九節 天孫の降臨と皇基の確立)
第四章 兩大神宮の鎭座及び供神の奉齋
  →(附)熱田神宮と草薙劍
第一節 天照皇大神の遷幸及び鎭座
第二節 豐受大神の遷幸及び鎭座
第三節 相殿及び別宮
第四節 攝社末社及び所管社
第五節 熱田神宮と草薙劔
第五章 兩大神宮の神領用度
第一節 延喜以前の神郡神戸
第二節 平安朝末期に於ける神領の擴大
第三節 武家時代に於ける神領の減少と神宮の式微
第四節 天正以後用度の恢復と明治維新以來の改革
第六章 神宮の奉齋及び祭政諸職の制度
第一節 齋宮及ひ齋王
第二節 祭主、宮司、禰宜、内人、物忌等の職掌
第三節 御師、刀禰、年寄及び山田奉行
第四節 神宮司廳、神部署及ひ其他の機關
第七章 兩大神宮の造替、遷宮及び宮域
第一節 式年造替の制
第二節 造營に關する職務及び諸費
第三節 遷宮及び其前後の式典
第四節 皇大神宮の宮域
第五節 豐受大神宮の宮域
第六節 神宮と神苑會
第八章 舞樂、祭典、神事及び親謁奉幣
第一節 神宮と神樂
第二節 潔齋と諸祭典
第三節 神態の神事
第四節 親謁及び奉幣
10月、熊田葦城が「日本史蹟 上巻」を「大鐙閣」から刊行する。 pid/932812  閲覧可能
神代史蹟
神武帝東征史蹟
歸化人史蹟
敬神史蹟
上毛野君史蹟
熊襲征討史蹟
東夷征討史蹟
三韓征伐史蹟
武内大臣史蹟
仁コ帝史蹟
億計弘計二王史蹟

聖コ太子史蹟
平城史蹟
(略)


1922 11 1月、「東亜の光 17(1) 」が「東亜協会」から刊行される。 pid/1591584
ヘ界春秋
日蓮の人格及び事業 / 井上哲次カ
神武天皇 / 建部遯吾

釋迦牟尼佛 / 村上專精
「原理の人」カント / 友枝高彦
朱文公――特に其の我國に及ぼせる影響に就いて
   →宇野哲人
チヤーレス、ダーウヰン / 石川千代松
手帖より / 尾上柴舟
ゲーテと東洋文學 / 山岸光宣
詩人芭蕉に / 齋藤勇
シルレルの藝術上の立脚點 / 葉山萬次カ
フィヒテの行の哲學 / 紀平正美
孔子の思想に現はれたる宗ヘ的要素 / 加藤玄智
余の想像せる耶蘇の一代 / 松村介石
菅公の神號に就いて / 志田義秀
ヘ育史上の第一人者ペスタロッチ / 入澤宗壽
孔子小傳 / 尺秀三カ
現代の哲人ロイス / 島本愛之助
排文化主義者としてのルツソー / 吉田熊次
山鹿素行と本居宣長 / 春山作樹
人及び思想家としての聖アウグスティヌス / 佐野勝也
報コ主義の四綱領 / 深作安文
歴史上の耶蘇と信仰上の基督 / 三並良
朝鮮の二賢哲――李退溪と崔濟愚 / 有馬祐政
學者としてのヴント / 速水滉
元の二大道士――邱處機と張留孫 / 高桑駒吉
ソクラテースから――疑問の意義と價値 / 大島正コ
ヘ育論者としてのスペンサー / 上村福幸
思想家としてのシレル / 金子馬治
シオニズムの始祖「第二エザヤ」 / 石橋智信
莊子 / 有馬祐政
王陽明先生 / 東正堂

ウアズウアースの自然觀 / 宮津榮太カ
貝原益軒 / 江上秀雄
シヤクンタラーとゲーテのフアウスト
   →長谷部武二カ
眞人としてのルーテル / 村田勤
愛の人近松 / 藤村
老子の吾等に遺したヘ訓 / 小林一カ
偉人平田篤胤 / 田中義能
プラトンと文章 / 鹿子木員信
ヘ學史上に於ける弘法大師 / 中野義照
先哲ソクラテース / 伊藤惠
彙報
4月、重山藤一が「大和魂」を「文武書院」から刊行する。  pid/969207 閲覧可能
緒言 / (一) /(二)
第一章 敬神
一、 天壤無窮の詔
二、 幽契の教誨
三、 道と教へ
四、 婦力
五、 天照大御神
六、 惟神の大道
七、 幸魂と奇魂
八、 荒魂と和魂
第二章 皇恩
一、 立罩めたる浮雲
二、 武力の消長
三、 天壤無窮の皇運
四、 眞の正義人道
五、 兵馬の大權
六、 國體の尊嚴
七、 國家の面目
八、 寧ろ他國人に學ぶ
第三章 忠節
一、 從順の價値
二、 忠節とは如何(其一)
三、 忠節とは如何(其二)
四、 忠節とは如何(其三)
五、 軍人の忠節
六、 全國民の負擔
七、 國威は即ち皇威
八、 生命の保存
九、 君臣父子の間柄
第四章 禮儀
一、 禮儀は寧ろ謹嚴
二、 謙讓の徳
三、 八百萬の恩
四、 服從の道(其一)
五、 服從の道(其二)
第五章 武勇
一、 協同一致
二、 攻撃精神(其一)
三、 攻撃精神(其二)
四、 斃れて尚已まず
五、 犠牲心の旺盛
六、 堅忍不拔の志
七、 靱軟性
八、 個人勇の價値
第六章 信義
一、 他人の信頼
二、 犠牲心の必要
第七章 質素
一、 其分を守る
二、 困苦缺乏に堪ゆ
三、 質朴の兵(其一)
四、 質朴の兵(其二)
五、 眞意義
六、 各其分に應ず
第八章 一誠
一、 至誠の影
二、 至誠の彈丸
三、 天地の公道
附録
宮中三殿竝祝祭日解説
一、 賢所
二、 皇靈殿
三、 神殿
新年
明治天皇祭
紀元節
春秋二季皇靈祭
神武天皇祭
神嘗祭
新嘗祭
祈年祭
大祓
4月、「(中央史壇 第4巻第4号)文化史観と日本文化生活史」が「国史講習会」から刊行される。 pid/1918448
文化史觀
歴史の文化的研究…文學博士 K板勝美
文化史の研究に就て…文學博士 桑木嚴翼
國史の文化問題とは何ぞ…文學博士 久米邦武
日本民族と文化…文學博士 三宅雄二カ
文化哲學の意義…文學博士 金子筑水
日本新文化の完成…陸軍中將 佐藤鋼次カ
日本古代の社會組織…早大ヘ授 西村眞次
我が國社會階級史に就て…法學士早大講師 佐野學
我が文化史と文化的創造力…西宮藤朝
日本文化生活史…西村文則

第一章…太古文化
第二章…神武東征時代の文化 / (52)
第三章…帝權伸長時代)
第四章…儒ヘ傳來時代
(略)
編輯雜記
日本文化生活史
第一章 太古文化
一 文化生活の意義
二 紀元前後の生活
三 生産第一義の神代
四 天照大神時代
五 出雲民族の活動
六 天孫降臨時代
第二章 神武東征時代の文化 / 52
一 武裝生活の完了
二 帝權伸張時代
第三章 帝權伸張時代
一 敬神政策敬神文化
二 日本武尊の東征
三 積極的對外交
第四章 儒ヘ傳來時代
一 家長制度及天皇權
二 外來思潮及外來文化
(略)



5月、田中巴之助(田中智學)が「日本国体の研究」を「天業民報社 」から刊行する。  初版11年4月
pid/969228 
 閲覧可能 
緒言
第一編 總論
第一章 日本國體とは何ぞや
第二章 道の國、日本!
第三章 道と食
第四章 眞の自由、平等、
   →博愛はいかなる所にか求めん
第五節 世界的解決の時
第二編 道義建國
第六章 國の使命
第七章 三綱立國
第八章 三綱と三秘との契應
第九章 開顯の鍵
第十章 本門本尊は自然に國體の養正を開顯す
第十一章 本門戒壇は自然に國體の積慶を開顯す
第十二章 本門題目は自然に國體の重暉を開顯す
第十三章 三秘開顯の總合
第十四章 八紘一宇
第十五章 
六合一都
第三編 建國の八大主義
第十六章 
神武色讀の國體示現
第十七章 八正道と八大主義
第十八章 八大主義
第四編 模範的國相
第十九章 萬邦無比の君民組織
第二十章 萬邦無比の君民の上に打建てたる
   →萬代照耀の君臣道
第二十一章 革命思想と國體
第五編 天業光發の國運
第二十二章 國體觀の發達
第二十三章 國體論の消長
第二十四章 明治中興の國體的意義
第二十五章 明治大帝論

8月、官幣大社橿原神宮廳編「はじめの都」が「官幣大社橿原神宮廳」から刊行される。
   
付: 神武天皇御治蹟年表
11月、滝上巨志が「
皇室と紀州」を「和歌山大公論社」から刊行する。  閲覧可能
紀國の地理と皇室
木の國の濫觴と神代
大國主命の紀州落
神武東征と紀州
日前國懸兩神宮
日本武尊と白鳥山
神功皇后と紀州
忠誠の人武内宿禰
皇室と熊野三山(上下)
皇室と高野山(上中下)
皇室と和歌の浦(上下)
南朝皇室と紀州
南龍公の忠誠
村上帝の還幸
皇室と社寺名所(上中下)
近世忠誠の人々(上下)
皇室と明治大正
攝政宮殿下來縣
遺芳抄録

〇この年、「文化史観と日本文化生活史<中央史壇 第4巻第4号>」が「国史講習会」から刊行される。 pid/1918448
文化史觀
歴史の文化的研究…文學博士 K板勝美 / 2
文化史の研究に就て…文學博士 桑木嚴翼 / 4
國史の文化問題とは何ぞ…文學博士 久米邦武 /11
日本民族と文化…文學博士 三宅雄二カ /21
文化哲學の意義…文學博士 金子筑水 /27
日本新文化の完成…陸軍中將 佐藤鋼次カ / 35
日本古代の社會組織…早大ヘ授 西村眞次 /38

我が國社會階級史に就て…法學士早大講師 佐野學 / 48
我が文化史と文化的創造力…西宮藤朝 /55
日本文化生活史…西村文則
第一章…太古文化
第二章…神武東征時代の文化 / 52
第三章…帝權伸長時代 / 80

第四章…儒ヘ傳來時代 / 127
第五章…佛ヘ傳來時代 / 164
第六章…氏族制度の崩壞 / 185
第七章…奈良朝の七十年 / 211
第八章…平安文化の四百年 / 251

(略)
〇この年、河野正義等が「宮城拝観の栞 : 附録・明治神宮」を「大日本国民中学会」から刊行する。 pid/964405
前編 宮廷
第一章 宮城
第二章 賢所
第三章 皇霊殿
第四章 神殿
第五章 神嘉殿
第六章 神楽舎
第七章 振天府
第八章 建安府
第九章 壊遠府
第十章 有光亭
後編 宮中の御儀式
第一章 新年の御儀式
第二章 歌御会始
第三章 紀元節
第四章 春秋皇霊祭
第五章 神武天皇祭
第六章 観桜会
第七章 明治天皇祭
第八章 御物の虫干
第九章 天長節

第十章 神嘗祭
第十一章 観菊御会
第十二章 新嘗祭
第十三章 御文焚き
第十四章 御中の御煤払
第十五章 祇年祭
第十六章 大祓
第十七章 授爵式
第十八章 勲章授与式
第十九章 軍旗授与式
附録 明治神宮
〇この年、山内祀夫編「新撰祝詞集 下」が「西濃印刷會社出版部」から刊行される。 pid/1917621
祭式講習會修了學神祭祝詞…同
日本武尊御像建設竣功祭降神詞…同
同 祝詞…同
奉祈明治天皇陛下御不例御平癒祝詞…岡部讓
今上陛下御不例御平癒祈〔トウ〕祝詞…同
皇太后陛下御不例御平癒祈〔トウ〕祝詞…同
御踐祚奉告祭祝詞…同
今上天皇御即位奉祝祭祝詞…同
橿原神宮遙拜祝詞…著者
明治天皇祭詞…岡部讓
宣戰奉告祭官國幣社宮司祝詞
同 勅使御祭文
宣戰奉告祭府縣ク村社社司(社掌)祝詞
宣戰奉告祭幣帛供進使祝詞
戰〔ショウ〕祈念祭祝詞…全國神職會
島陷落奉告祭祝詞…著者
征獨戰死者招魂祭詞…同
臨時祓詞…同
附録
勅令第九號(神宮祭祀令)
勅令第十號(官國幣社以下神社祭祀令)
内務省令第二號
内務省令第三號
内務省令第四號(官國幣社神社祭式)
第一 官國幣社祭式
一 大祭式
二 中祭式
三 小祭式
四 修祓
五 祝詞
六 雜則
第二 府縣社以下神社祭式
内務省令第五號(官國幣社以下神社神職齋戒ニ關スル件)
内務省訓令第二號(神宮竝官國幣社以下神社ニ於テ恆例トシテ行フ式)
内務省訓令第三號(神宮ニ於テ行フ遙拜及大祓次第ニ關スル件)
内務省訓令第四號(官國幣社以下神社遙拜及大祓次第)
春秋皇靈祭遙拜詞
神武天皇祭遙拜詞
明治天皇祭遙拜詞
神嘗祭遙拜詞
大祓詞
内務省訓令第五號(神官神職服裝規則中改正ノ件)
『摯竅x
悠紀御齋田御田植祭祝詞…岡部讓
悠紀齋田拔穗式齋場地鎭祭祝詞
拔穗祝詞)
立太子禮當日祭祝詞
〇この年、高木喜寛が「高木兼寛伝 p 178」に「第八 神武天皇御降誕大祭会 」のことを発表する。 pid/965789
1923 12 4月、「関西方面修学旅行案内」が「神奈川県師範学校」から刊行される。 pid/916858 閲覧可能
岐阜縣
關ケ原
滋賀縣
琵琶湖
大津市
疏水
石山寺
三井寺
比叡山
日吉神社
延暦寺
京都府
京都市
京都御所
仙洞御所
二條離宮
三條大橋
鹿ケ谷及東山
銀閣寺
南禪寺
大極殿及平安神宮
知恩院
圓山公園
八阪神社
八阪塔
清水寺
建仁寺
六波羅殿址
方廣寺
阿彌陀ケ峯
豐國神社
京都帝國博物館
三十三間堂
東福寺
稻荷神社
伏見城址
桃山御陵
宇治
宇治川
平等院
萬福寺
賀茂神社
相國寺
西陣
北野神社
平野神社
金閣寺
仁和寺
嵯峨野
嵐山
天龍寺
東本願寺
西本願寺
東寺
長岡
古都址
大阪府
山崎
櫻井驛

男山八幡宮
大阪市
大阪城
大阪城頭の大觀
砲兵工廠
造幣局
天滿天神
四天王寺
兵庫縣
大阪より神戸
和歌の浦
紀三井寺
和歌山より吉野
高野山金剛峯寺
奈良縣
吉野山
神武天皇御陵
橿原神宮
法隆寺
藥師寺
唐招提寺
奈良市
春日神社
東大寺
興福寺
笠置山(京都府)
三重縣
宇治山田市
外宮
内宮
二見浦
愛知縣
名古屋市
名古屋城
熱田神宮

4月、石田傳吉が「雄弁 14(4);4月特大號 p116〜119大日本雄弁会講談社」に「全國優良年團(神武天皇御踐祥の地に活躍する飛鳥村年團)」を発表する。 pid/11006731
神の國の實現/白鳥健
或る年求道者との對話/伊藤證信
社會問題となすべき肺結核/大嶽紅梅
全國優良年團(神武天皇御踐祥の地に活躍する
   →飛鳥村年團)/石田傳吉 / 116〜119
年團發團式に於ける祝辭演説/加藤末吉
4月、岩本豊が「中学校高等女学校地理国史理科模範準備愛児の為に」を「受験研究社出版部」から刊行する。  pid/922617 閲覧可能
國史の部
第一 天照大神
第二 神武天皇
第三 日本武尊
第四 神功皇后
第五 仁徳天皇
第六 聖徳太子
第七 天智天皇と藤原鎌足
第八 天智天皇と藤原鎌足
第九 聖武天皇
第一〇 和氣清麿
第一一 桓武天皇と坂上田村麿
第一二 弘法大師
第一三 菅原道眞
第一四 菅原氏の專横
第一五 後三條天皇
第一六 源義家
第一七 平氏の勃興

第一八 平重盛
第一九 武家政治の起
第二〇 後鳥羽上皇
第二一 北條時宗
第二二 後醍醐天皇

第二三 楠木正成
第二四 新田義貞
第二五 北畠親房と楠木正成
第二六 菊池武光
第二七 足利氏の僣上
第二八 足利氏の衰微
第二九 北條氏康
第三〇 上杉謙信と武田信玄
第三一 毛利元就
第三二 後奈良天皇
第三三 織田信長
第三四 豐臣秀吉
第三五 豐臣秀吉
第三六 徳川家康
第三七 徳川家康
第三八 徳川家光
第三九 後光明天皇
第四〇 徳川光圀
第四一 大石良雄
第四二 新井白石
第四三 徳川吉宗
第四四 松平定信
第四五 本居宣長
第四六 高山彦九郎と蒲生君平

第四七 攘夷と開港
第四八 攘夷と開港
第四九 孝明天皇
第五〇 武家政治の終
第五一 明治天皇
第五二 今上天皇
地理の部
卷一 / 卷二
理科の部
(尋常科六年の部)
(附録)


6月、東京府立第五中学校研究会編「国民文学読本稿 上古編 」が「東京府立第五中学校紫友会」から刊行される。 pid/922896 閲覧可能
第一 古事記日本書記抄
一 豐葦原ノ中ツ國平定(古事記)
二 天孫降臨(日本書紀一書)
三 海幸山幸(古事記)
四 沙本毘賣皇后(同)
五 秋山之下冰壯夫、春山之霞壯夫(同)
第二 記紀歌謠抄
一 速須之男命御詠
二 大國主ノ神御詠
三 下照比賣ノ命詠
四 神武天皇御製 其の一 / 34
五 同 其の二 / 35
六 景行天皇の御伐の人詠
七 弟橘姫詠
八 倭建命、御火燒之老人連歌
九 熊ノ凝詠
一〇 黒姫詠
一一 三重ノ采女詠
一二 雄略天皇の皇后御詠
一三 廐戸ノ皇子御詠
一四 川原ノ史滿詠
〇この年、伊藤恒太郎編「特殊通信日附印帖」が「寸葉会 」から刊行される。 pid/979705
一、 明治卅五年 萬國郵便聯合加盟二十五年
二、 同三十六年 明治三十六年陸軍大演習
三、 同三十八年 三十七八年戰役凱旋觀艦式
四、 同 滿洲軍總司令部凱旋
五、 同三十九年 三十七八年戰役凱旋觀兵式
六、 同 靖國神社大勅祭
七、 同 鐵道五千哩祝賀會
八、 同 海軍紀念日
九、 同 軍艦薩摩進水式
一〇、 明治四十年 戰役陸軍紀念日
一一、 同 皇太子殿下山陰道行啓
一二、 同 釧路旭川間鐵道全通
一三、 同 神武天皇御降誕大祭
一四、 同 皇太子殿下佐世保行啓
一五、 同 明治四十年陸軍特別大演習
一六、 同四十一年 國際無線電信開始
一七、 同 米國艦隊歡迎
一八、 同 明治四十一年陸軍特別大演習
一九、 同四十一年 明治四十一年海軍觀艦式
二〇、 同四十二年 横濱開港五十年)
二一、 同 神宮式年御遷宮
二二、 同 明治四十二年陸軍特別大演習
二三、 同 鹿兒島線鐵道全通
二四、 同四十三年 福岡縣主催九州沖繩聯合共進會
二五、 同 愛知縣主催關西府縣聯合共進會
二六、 同 日英博覽會
二七、 同 群馬縣主催府縣聯合共進會
二八、 同 軍艦河内進水式
二九、 同 明治四十三年陸軍特別大演習
三〇、 同四十四年 軍艦攝津進水式
三一、 同 中央線鐵道全通
三二、 同 皇太子殿下北海道行啓
三三、 同 明治四十四年陸軍特別大演習
三四、 同四十五年 山陰線鐵道開通
三五、 大正元年 大正元年海軍觀艦式
三六、 同 大正元年陸軍特別大演習
三七、 大正元年 軍艦比叡進水式
三八、 大正二年 富山縣主催北陸聯合共進會
三九、 同 大正二年陸軍特別大演習
四〇、 同 軍艦霧島進水式
四一、 同 軍艦榛名進水式
四二、 大正三年 東京大正博覽會
四三、 同 軍艦扶桑進水式
四四、 同 大正三年陸軍特別大演習
四五、 同 東京停車塲開塲(青島軍凱旋)
四六、 大正四年 海軍船厰創設五十周年
四七、 同 大典紀念京都博覽會
四八、 同 大禮紀念大阪博覽會
四九、 同 大正四年陸軍特別大演習
五〇、 同 軍艦山城進水式
五一、 同 大禮
五二、 同 大禮觀兵式
五三、 同 大禮特別觀艦式
五四、 同 大禮東京市奉祝會
五五、 大正五年 神武天皇二千五百式年祭
五六、 同 北海道鐵道一千哩祝賀會
五七、 同 山形縣主催奧羽聯合共進會
五八、 大正五年 立太子禮
五九、 同 軍艦伊勢進水式
六〇、 同 大正五年陸軍特別大演習
六一、 大正六年 軍艦日向進水式
六二、 同 大正六年陸軍特別大演習
六三、 大正七年 開道五十年紀念北海道博覽會
六四、 同 大正七年陸軍特別大演習
六五、 大正八年 憲法發布三十周年
六六、 同 皇太子殿下成年式
六七、 同 奠都五十年
六八、 同 平和
六九、 同 飛行郵便試行
七〇、 同 海軍大演習觀艦式
七一、 同 軍艦長門進水式
七二、 同 大正八年陸軍特別大演習
七三、 大正九年 福岡工業博覽會
七四、 同  皇太子殿下九州行啓
七五、 同 軍艦陸奧進水式
七六、 同 第一回國勢調査
七七、 同 第八回世界日曜學校大會
七八、 同 明治神宮鎭座
七九、 大正九年 大正九年陸軍特別大演習
八〇、 大正十年 大分縣主催九州沖繩聯合共進會
八一、 同 神戸開港五十年
八二、 同 通信事業創始五十年
八三、 同 磐城無線電信局開局
八四、 同 根室線鐵道全通
八五、 同 皇太子殿下御歸朝
八六、 同 皇太子殿下京都市奉迎會/
八七、 同 鐵道五十年祝典
八八、 同 軍艦加賀進水式
八九、 同 大正十年陸軍特別大演習
九〇、 同 軍艦土佐進水式
九一、 同十一年 平和紀念東京博覽會
九二、 同 皇太子殿下北海道行啓
九三、 同 皇太子殿下山梨縣行啓
九四、 同 宗谷線鐵道全通
九五、 同 大正十一年陸軍特別大演習
九六、 同 皇太子殿下南海道行啓
九七、 大正十二年 裏日本鐵道全通舞鶴博覽會
九八、 同 第六回極東選手權競技大會
1924 13 5月、葉多黙太郎が「日本児童文庫 ; 第10 名所と史蹟 : 趣味の地理」を「日本出版社」から刊行する。
pid/977100 
 閲覧可能
【1】 天の窟戸 (天照大神) / 1
【2】 高千穗の峯 (瓊々杵尊) / 7
【3】 橿原神宮 (神武天皇) / 11
【4】 吉備津神社 (吉備津彦命) / 19
【5】 伊勢神宮 (皇宮、神宮の別) / 22
【6】 宇倍神社 (武内宿禰) / 27
【7】 高津神社 (仁徳天皇) / 32
【8】 大宰府 (菅原道眞) / 36
【9】 白峯の陵 (崇徳上皇) / 41
【10】 伊豆大島 (源爲朝) / 48
【11】 嚴島神社 (平清盛) / 56
【12】 宇治平等院 (源頼政) / 63
【13】 富士川 (平維盛) / 73
【14】 粟津ヶ原 (木曾義仲) / 81
【15】 一の谷(平敦盛) / 89
【16】 屋島 (那須與一) / 98
【17】 壇の浦 (平氏滅亡) / 106
【18】 鎌倉 (源頼朝) / 112
【19】 笠置山 (後醍醐天皇) / 119
【20】 般若寺 (護良親王) / 125
【21】 吉野山 (村上義光) / 130
【22】 金剛山 (楠正成) / 138
【23】 桶狹間 (織田信長) / 147
【24】 川中島 (上杉、武田の合戰) / 154
6月、安田伊兵衛編「畝傍名所之栞 畝傍史学会」が刊行される。 pid/920640  閲覧可能
一、 巡覽概程
二、 畝傍の地
三、 橿原神宮、神武御陵、久米寺地方
 橿原神宮
 畝傍山附畝傍山口神社八井
 神武天皇畝傍山東北陵
 久米寺
四、 橘寺、川原寺、岡寺、飛鳥坐神社、豊浦寺地方
 橘寺
 川原寺
 岡寺
 飛鳥寺
 飛鳥坐神社
 豊浦寺
 南法華寺
10月、津田左右吉が「神代史の研究」を「岩波書店」から刊行する。3刷 pid/978726  閲覧可能 
   初版 大正12年12月 1刷
第一章 侍_
第二章 天地のはじめに神々の生り出でたといふ物語
第三章 イサナギ、イサナミ二神の國土生成物語
第四章 神々の生まれた物語
第五章 日神月神及びスサノヲの命の生産の物語
第六章 ヨミの國の物語
第七章 神々の化生した物語
第八章 スサノヲの命のタカマノハラのぼり竝に日神の岩戸がくれの物語 上
第九章 スサノヲの命のタカマノハラのぼり竝に日神の岩戸がくれの物語 下
第十章 ヤマタヲロチの物語
第十一章 スサノヲの命の子孫の神々竝にオホナムチの神の物語 上
第十二章 スサノヲの命の子孫の神々竝にオホナムチの神の物語 下
第十三章 オホナムチの神の國ゆづりの物語
第十四章 ホノニニギの命の天くだりの物語 上
第十五章 ホノニニギの命の天くだりの物語 下
第十六章 ヒムカに於けるホノニニギの
  →命からウガヤフキアヘズの命までの物語
第十七章 神代史の結構 上
第十八章 神代史の結構 下
第十九章 神代史の潤色 上
第二十章 神代史の潤色 中
第二十一章 神代史の潤色 下
第二十二章 神代史の性質及び其の精神 上
第二十三章 神代史の性質及び其の精神 下
第二十四章 神代史の述作者及び作られた年代

〇この年、西村文則が「日本文化生活史」を「雄山閣」から刊行する。 pid/1079029
第一章 太古文化 / 1
一 文化生活の意義 / 1
二 紀元前後の生活 / 4
三 生産第一義の神代 / 10

四 天照大神時代 / 21
五 出雲民族の活動 / 27
六 天孫降臨時代 / 41
第二章 神武東征時代の文化 / 52
一 武裝生活の完了 / 52
二 帝權伸張時代 / 69
第三章 帝權伸張時代 / 80
一 敬神政策敬神文化 / 80
二 日本武尊の東征 / 95

三 積極的對外交 / 106
第四章 儒教傳來時代 / 127
一 家長制度及天皇權 / 127
二 外來思潮及外來文化 / 137
第五章 佛教傳來時代 / 164
一 崇佛黨及排佛黨の對立 / 164
二 佛教思想の反動及影響 / 178

1925 14 4月、志垣寛と新井順一郎が「さくら咲く国 : 少年少女歴史読本」を「同文館 」から刊行する。
pid/1716227
閲覧可能
みいくさの途
一 熊野路を(神武天皇) / 3
二 K髪のゆくへ(弟橘姫) / 19
三 とりでの夜あらし(上毛野形名の妻) / 31
法の山
四 み玉のかゞやき(聖武天皇と光明皇后) / 43
五 當麻の寺(中將姫) / 55
六 生きぼとけ樣(和氣廣蟲) / 69
5月、「上毛及上毛人 (97) 上毛郷土史研究会」が刊行される。 pid/3567287
上毛に於ける日本武尊の傳説(追補) / 中島吉太カ / p20〜22
大正乙丑神武天皇祭の一日(大間々考古會紀行) / 牧文中生 / p34〜39
5月、黒板勝美が「国体新論」を「博文堂」から刊行する。 pid/1021388 閲覧可能
第一章 緒論
第二章 民族的社會の成立
第三章 祭即政の國家
第四章 國土觀念
第五章 國民愛重
第六章 天皇の神聖
第七章 國民の平等
第八章 祖先崇拜
第九章 平和主義
第十章 神人同域
第十一章 大日本の建設
第十二章 佛教の日本化
第十三章 武士道の發達
第十四章 社會の解體
第十五章 近世日本
第十六章 神武創業への復古
第十七章 餘論



6月、長野久治編「日本国体要義」が「日本国体宣明会」から刊行される。 pid/1021394 閲覧可能
<抜粋>
第四章 眞の自由・平等・博愛は如何なる處にか求めん /228
第十八節 忠孝を離れて自由なし / 228
第十九節 忠孝を離れて平等なし / 233
第二十節 忠孝を離れて博愛なし / 237
第七章 三綱立國 / 277
第三十節 養成は國の骨なり / 277
第三十一節 重暉は國の肉なり / 282
第三十二節 積慶は國の皮なり / 286
第八章 八紘一宇 / 290
第三十三節 人類的世界統一觀 / 290
第三十四節 忠孝の延長 / 294

第九章 六合一都 / 299
第三十五節 政治的統一 / 299
第三十六節 忠孝の施設 / 303

〇この年、里見岸雄が「日本文化叢書 ; 第1編 代日本の理想主義と其発達」を「里見日本文化研究所出版部」から刊行する。 pid/964151
和訳への序文
原序文
一 諸 言
二 天照太神の理想主義
三 神武大帝の理想実現
四 聖徳太子の祖述
五 日蓮聖人の理想主義復興と其の哲学
六 明治天皇の国体復興と中外宣示
七 結論
附録
一 書簡
二 日本国体研究の発表宣言
三 メープス氏の本書に対する批評


〇この年、増沢淑が「尋常小学国史插画解説」を「明治図書」から刊行する。pid/939077 閲覧可能 
  
注 奥付か刊行年月が修正不備で判読困難、「はしがき」は「大正13年3月 増沢淑」と記されていた。 扉に「前京都府女子師範學校主事 増沢淑著」
      1924・5もあったが内容 未確認 2021・2・17 保坂 

第一篇 上卷挿畫の部
第一圖 皇大神宮 前景と側面
第二圖 神武天皇けはしき山道をわけ進みたまふ
第三圖 日本武尊御劍をぬきて草を薙ぎたまふ
第四圖 神功皇后はるかに新羅の方をのぞみたまふ
第五圖 仁コ天皇民のかまどの煙をのぞみたまふ
第六圖 聖コ太子
第七圖 中臣鎌足御靴を中大兄皇子にさし上ぐ
第八圖 聖武天皇大佛ををがみたまふ
第八圖 和氣C麻呂宇佐八幡のヘを申し上ぐ
第十圖 桓武天皇
第十一圖 大極殿
第十二圖 空海唐に渡る
第十三圖 菅原道眞恩賜の御衣を拜す
第十四圖 藤原氏の遊樂
第十五圖 後三條天皇學問にはげみたまふ
第十六圖 源義家弟義光と陳中にあふ
第十七圖 二條天皇平C盛の第にみゆきしたまふ
第十八圖 平重盛父C盛の不忠を諫む
第十九圖 熊谷直實平敦盛を呼びかへす
第二十圖 富士の裾野のまき狩
第二十一圖 後鳥羽上皇隱岐の御所に
   →憂き年月をおくりたまふ
第二十二圖 弘安の役
第二十三圖 後醍醐天皇
第二十四圖 後醍醐天皇京都にかへりたまふ
第二十五圖 楠木正成湊川に奮ひ戰ふ
第二十六圖 新田義貞木目峠の風雪を
   →おかして北國におもむく
第二十七圖 北畠親房等海上にて大風にあふ
第二十八圖 楠木正行如意輪堂に歌をしるす
第二十九圖 菊池武光少貳ョ尚を大保原に破る
第三十圖 金閣
第三十一圖 應仁の亂
第三十二圖 北條氏康
第三十三圖 川中島に對陣せる
   →上杉謙信と武田信玄
第三十四圖 毛利元就嚴島神社に參詣す
第二篇 下卷挿畫の部
第一圖 織田信長馬を走らせて桶狹間に向ふ
第二圖 信長正親町天皇の勅を拜す
第三圖 後陽成天皇聚樂第に行幸したまふ
第四圖 豐臣秀吉名古屋城にて軍船の出發を望む
第五圖 コ川家康駿河にありて學問を修む
第六圖 家康大阪城を攻む
第七圖 コ川家光諸大名を試む
第八圖 後光明天皇
第九圖 コ川光圀大日本史を著す
第十圖 大石良雄等その主の讐を復す
第十一圖 朝鮮の使者の行列
第十二圖 コ川吉宗オランダ人を招きて
   →部下に馬術を授けしむ
第十三圖 松平定信海岸を巡視す
第十四圖 本居宣長の書齋
第十五圖 高山彦九郎御所を拜す
第十六圖 蒲生君平順コ上皇の御陵に詣づ
第十七圖 コ川齊昭さかんに大砲を鑄る
第十八圖 アメリカ合衆國の使節ベリー來る
第十九圖 井伊直弼の登城
第二十圖 三條實美勅命を將軍家茂に傳ふ
第廿一圖 孝明天皇
第廿二圖 征討大將軍彰仁親王軍を進めたまふ
第廿三圖 明治天皇東京行幸の折農事を見たまふ
第廿四圖 天皇第一回帝國議會を開きたまふ
第廿五圖 天皇宮城を發して
   →大本營を廣島に進めたまふ
第廿六圖 能久親王臺灣にて
   →辛苦をしのぎたまふ
第廿七圖 大山大將以下奉天城に入る
第廿八圖 東郷大將旗艦三笠にありて指圖す
第廿九圖 明治天皇
第三十圖 明治神宮
第三十一圖 今上天皇即位の禮を擧げたまふ
第三十二圖 我が飛行機島の
   →無線電信所を襲ふ
第三篇 上卷歴史地圖の部
第一圖 神武天皇御東征圖
第二圖 日本武尊御東征圖
第三圖 朝鮮半島諸國圖
第四圖 平安京圖
第五圖 蝦夷征伐要地圖
第六圖 奥羽要地圖
第七圖 源平合戰要地圖
第八圖 元兵來寇の圖
第九圖 京都附近の要地圖
第十圖 戰國要地圖(東方面)
第十一圖 戰國要地圖(西方面)
第四篇 下卷歴史地圖の部
第一圖 近畿東海道地方圖
第二圖 朝鮮要地圖
第三圖 幕末外交關係要地圖
第四圖 西南役要地圖
第五圖 明治二十七八年戰役要地圖
第六圖 明治三十七八年戰役地圖
第七圖 歐洲大戰關係地圖
附緑 /文部省尋常小學國史編纂趣意書拔萃
1926 大正15 2月、榎本了一, 渡辺丈次が「着眼の指導を主としたる国史問題集成 : 平素の学習受験の準備」を「受験研究社」から刊行する。pid/908869 閲覧可能 (表紙のイラスト) 発行月は「はしがき」の日付から推定しました。
第一篇 尋常小學國史上卷
第一 天照大神
第二 神武天皇
第三 日本武尊
第四 神功皇后
第五 仁コ天皇
第六 聖コ太子
第七 天智天皇と藤原鎌足(其の一)
第八 天智天皇と藤原鎌足(其の二)
(略)


5月、根岸栄之が「日本教化史論」を「平凡社」から刊行する。  pid/981787 閲覧可能
第一章 日本教化の舞臺たる祖國
一、 どうして日本の國は出來たか
二、 初めて照りし教育の光
三、 教育の光の中心
第二章 神武帝東征及其の以後の祖國と教化
一、 神武天皇の東征と建國
二、 神武帝以後の時世と教育の光

第三章 儒教の傳來と祖國教育
第四章 佛教の傳來と祖國の教化
一、 傳來の有樣
二、 傳來せし佛教の眞相
(略)
5月、「明治天皇御寫眞帖」が「明治天皇御寫眞帖刊行會」から刊行される。

畝傍山と神武天皇陵の神域



京都東山孝明天皇の山稜
同頁に掲載された説明文/明治十年一月三十日明治天皇には御父孝明天皇の十年御式年祭を其の御陵前で行はせられ、二月十一日紀元節の日を以て神武天皇稜に御親祭を行はせられた。
〇この年、青山三丁目青年団編「団長帰朝歓迎 : 青山三丁目青年団情報」が刊行される。 pid/922765
祝辭
青山三丁目青年團 / 1
青山南町三丁目會 / 2
青山北町三丁目會 / 3
歡迎の辭
濱島信助 / 4
在營團員 三上忠造 / 4
論説
興國青年の修養 赤坂區團長 杉田安靜 / 5
青年團の研究 小林信一郎 / 7
青年團の社會的意義 杉田浩 / 9
「潤ひ」の有る人間 鈴木正安 / 10
人間の使命 本多留吉 / 13
愛國の意識 青山六丁目青年團 丹羽五郎 /14
雜欄
青山に於ける社寺沿革 濱島信助 / 16
兵營より 在營團員 山下政吉 / 17
我國に於ける鐵道の發達 森島雄之助 / 18
郵便問答 沖田兼四郎 / 20
平泉を訪ふ 杉田浩 / 22
雜感 小林信一郎 / 23
本國の状勢
我が青年團 / 24
團員名簿 / 26
事業報告/會計報告/編輯後記


〇この年、里見岸雄が「日本国体学概論」を「里見日本文化研究所出版部」から刊行する。 pid/1020605
第一篇 國體研究の基礎的諸方面
一、 世界文明の推移と其求心的運行
二、 西洋の沒落とアメリカの擡頭
三、 日本の興隆
四、 人生の本領と日本國體
五、 食と道とを論ず
六、 日本國體學とは何か
七、 國體學の文献に關する
   →一二の考察
八、 國家とは何か
第二篇 國體原論
國體概説
一、 國體の定義
二、 日本國家の組織
一、 神
二、 道
三、 國
四、 民
五、 君
天祖神勅と王道
三、 神勅の意義
一、 神勅七要
二、 王字の讀方意義及び構造
四、 王道十可論
一、 神聖の義
二、 君長の義

三、 中心の義
四、 始祖の義
五、 元興の義
六、 豪盛の義
七、 無外の義
八、 統貫の義
九、 大公の義
十、 歸往の義
五、 西洋語に於ける王字の意義
一、 Emperor
二、 King
三、 Lord
四、 Majesty
五、 Monarch
六、 Prince
七、 Rex
八、 Royalty
九、 Sovereign
十、 Potentate
六、 王道總括(特に「天皇」の
   →觀念に就て)
三種神器と國體の三綱
七、 三種神器の思想的意義
一、 總説
二、 人生創造の三大原動力としての
   →三種の神器
三、 三種神器相關の原理

八、 國體の三綱
一、 神武聖詔
二、 三綱の意義
九、 三器三綱の相關原理
神武天皇の八大主義
十、 八大主義の概觀
十一、 神人一如
一、 神の觀念
二、 神人一如の意義
十二、 祭政一致
一、 祭祀の意義
二、 神社に就て
三、 祭政一致の意義
十三、 中心統一
一、 統一の中心
二、 中心統一の意義
十四、 報本反始
十五、 克己内省
十六、 積聚膨脹
十七、 開發進取

十八、 絶對平和
第三篇 國相原論
一、 國相とは何か
二、 大日本帝國領土
一、 國土と天皇

二、 世界文化の會流點
三、 道中心の君民一致
一、 民本君末と君本民末
二、 君民の一致點
四、 君臣道と君本民末
一、 君民と君臣
二、 君臣道に於ける君本民末
五、 君道と臣道
一、 君道
二、 臣道
三、 武烈天皇に就て
四、 君臣關係の内相と外相
五、 臣民平等
六、 民業の神聖と其目的
一、 三十二神等と民業
二、 十種神寶の意義
三、 職業の神聖
七、 國相の同心圓的立體觀
八、 世界文化史上に現れたる三種の
   →國相と日本
一、 三種の國相と其興亡大觀
二、 歐洲大戰と第一の世界の滅亡
三、 來るべき第三の國相
第四篇 國性原論
一、 國性とは何か
一、 性の字義
二、 國性の定義
二、 國性の本質的方面
一、 忠孝一源
二、 醇要同化
三、 國民性の概觀
四、 國民性の各方面
一、 神話に現れたる國民性
二、 文學に現れたる國民性
三、 言語に現れたる國民性
四、 宗教に現れたる國民性
五、 外交及戰爭に
   →現れたる國民性
六、 藝術に現れたる國民性
七、 道徳に現れたる國民性
八、 學問に現れたる國民性
九、 政治に現れたる國民性
十、 風俗に現れたる國民性
五、 國體國相國性の相互關係
第五篇 國體觀念の歴史
一、 太古(國家創業時代)
二、 上古(天業繼承時代)
三、 中古(國民思想墮落時代)
四、 近古(國體觀念大變動期)
五、 近世(武力統一の時代)
六、 最近世(國體思想復興時代)
第六篇 現代諸家の國體論檢討
一、 井上哲次郎博士の國體論
二、 深作安文博士の國體論
三、 徳富蘇峯氏の國體論
四、 加藤玄智博士の國體論
五、 黒板勝美博士の國體論
六、 上杉愼吉博士の國體論
七、 松本重敏博士の國體論
八、 筧克彦博士の國體論
九、 遠藤隆吉博士の國體論
十、 其他の諸家
第七篇 國體と世界の
  →將來及び國民生活
一、 根本的綜合統一醇化
  →創造の文明
二、 將來の大戰
三、 國民的反省と改造
第八篇 索引

1927 昭和2 1月、堀岡文吉が「日本及汎太平洋民族の研究」を「富山房」から刊行する。 
pid/1453739 
 閲覧可能
上編(略) /中編
第一 動植物の分布と原始人の渡來
第二 此の漂へる國を造り固めよ
船―潮流―航海―峰
一 朝鮮半島と海洋民族
二 犬と褌と人種の移動
三 我が古傳の源流
第三 出雲民族と兎と鰐の傳
一 動物に取卷かれた大國主命
二 南方説話との比較研究
三 稻羽の兎と鰐の話
四 馬來説話の類似
五 鰐は南洋の動物である
六 附録及び參考資料
第四 海宮神話
一 御幸易の段
二 綿津見宮の段
第五 海洋民族の天地開闢傳
一 はしがき
二 天地開闢話に就いて
三 漂蕩
四 渾沌
五 天降説
六 天柱説

下編
第一 日神と月神
一 日月兩神の生出
二 内宮と日神
三 外宮と月讀命
四 月神の名稱
五 日月と目
六 日月と性
七 日神の名稱
八 日神の御子孫
九 祭神としての日神
十 日神と天之岩戸
十一 餘論

第二 神武帝の御東征
一 神話か歴史か
二 名稱の由來
三 眞の論據は?
四 建國の徑路
五 日本人と眞の統率者
六 直毘靈禮讃
6月、土屋敏雄が「插画を中心としたる小学国史指導書」を「甲子社書房」から刊行する。 pid/1270919 閲覧可能
上卷
第一 天照大神
第二 神武天皇
第三 日本武尊
第四 神功皇后
第五 仁コ天皇
第六 聖コ太子
第七、八 天智天皇と藤原鎌足
第九 聖武天皇
第十 和氣C麻呂
第十一 桓武天皇と坂上田村麻呂
(略)
〇この年、和田利喜蔵が「神社参拝之栞 天の巻」を「福神会」から刊行する。 pid/1102212
官幣大社
明治神宮
日枝神社
賀茂別雷神社
賀茂御祖神社
石清水八幡宮
松尾神社
平野神社
稻荷神社
平安神宮
八坂神社
牧岡神社
大鳥神社
住吉神社
生國魂
(いくくにたま)神社
廣田神社
伊弉諾神社
氷川神社
安房神社

香取神宮
鹿嶋神宮
大神神社
大和神社
石上神宮
春日神社
廣瀬神社
龍田神社
丹生川上神社
橿原神宮
吉野神宮
三嶋神社
淺間神社
月山神社
官幣中社
白峰宮
北野神社
貴船神社

吉田神社
梅宮神社
大原野神社
水無瀬宮
鎌倉宮
長田神社
生田神社
海神社
金佐奈神社
井伊谷宮
官幣小社
大國魂神社
國幣中社
出雲神社
籠神社
寒川神社
鶴岡八幡宮
出石神社
伊和神社
住吉神社
海神神社
諏訪神社
彌彦神社
貫前神社
玉前神社
大洗磯前神社
酒洌磯前神社
二荒山神社(日光山)
二荒山神社(宇都宮市)
淺間神社
鹽竈神社
志波彦神社
都々古別神社(棚倉)
都々古別神社(八槻)
伊佐須美神社
大物忌神社
國幣小社
度津神社
小國神社
神部神社
湊間神社
大歳御祖神社
駒形神社
岩木山神社
湯殿山神社
出羽神社
古四王神社
別格官幣社
靖國神社
護王神社
建勲神社
豊國神社
梨木神社
四條畷神社
阿部野神社
湊川神社
小御門神社
常盤神社
東照宮(日光山)
唐澤山神社
談山神社
東照宮(久能山
靈山神社
上杉神社




神社 起原と沿革 參拜と信仰 / 1
神代 別天神 天神七代 地神五代 / 6
高皇産靈神の御子神 御孫神 曾孫神玄孫神 / 8
神皇産靈神の御子神 御孫神 / 9
伊弉諾神伊弉冊神の御子神と御孫神 / 9
珍貴の御子 三柱 / 11
八柱の御子神 / 11
天忍穗耳尊御子二柱 / 11
素盞嗚尊御子神と御孫神 / 12
天孫御降臨に陪從の五部の族長神 / 12
高天原朝と出雲朝 / 13
出雲讓國と天孫御降臨 / 14
三種の神噐と十種の神寶 / 16
日向朝と神武天皇御東征 橿原尊都 / 19
神宮 宮 神社 / 20
延喜式内社と式外社 廿二社 / 21
官國幣社と別格官幣社 / 22
勅祭十社 / 23
御靈 御靈代 / 24
御神名の御事 / 25
祭神の御事 / 25
社格別 神社數 / 26
宮國幣社一覽表 / 2
7
1928 3 4月、「武蔵野 11(4) 武蔵野文化協会」が刊行される。  pid/7932469 
日本最古の最大の隧道 / 沼田ョ輔
常盤津巽八景略解 / 山中共古 / p6〜10
板碑の原始形に就て / 三輪善之助 / p11〜16
瀧の川・練馬兩城址研究 / 浦邊仙橘 / p17〜23
東京市内附近に存在せし遺蹟と遺物 / 大野雲外 / p24〜29
國學院大學附近の一住居跡について / 樋口C之 / p30〜36
八王子附近の板碑(二) / 逸見敏刀 / p37〜41
普濟寺ご狹山の池 / 力幸太郎 / p42〜45
傳説の野 / 永田よしの / p46〜48
本所の女夫石 / 西原柳雨 / p49〜49
西原柳雨先生へ / 浦邊生 / p50〜50

『江戸名所圓会案内』に就て / 濱島信助 / p51〜52
武蔵野俳句 / / p53〜55
雑報 明治の久宮ご昭和の久宮/向島牛島神社の移轉
  →東京灣内の鍾乳石/淺草稱往院の禁斷石 / / p56〜57
武藏野往來 / / p58〜59
會報 三月恒例談話會記事/會員移動 / / p60〜64

9月、松尾清明(皷城)が「聖徳太子古憲法明弁 : 一名五憲法雪寃」を「東天社」から刊行する。
pid/1465181 
閲覧可能
詞セ
大僧正本多日生猊下序文
海軍中將佐藤鐡太郎閣下序文
悠斎早川龍介先生讃評
自序 / 擬辭世
問題の大舊事紀大成經の大序拔萃
凡例一
編輯餘滿(雜成)
勅五憲法凡表
第一章 勅五憲法の由來及眞僞説並に解决
(一) 五箇の憲法
(二) 五憲法の眞僞
(三) 大成經絶版の經緯
(四) 潮音の功績
(五) 本居宣長の僞書の裏書
(六) 武田大の評
(七) 僧大我の評
(八) 華頂神阿の主張
(九) 早川龍介氏の五憲法閲讀準備の注意
(十) 薄弱なる反對論者の論據
(十一) 圖書館索引簿「僞書」の取消運動
(十二) 今日學者の斯經に對する態度
(十三) 大成經は法華經の理想

(十四) 大成經の一班
(十五) 大成經の大綱
(十六) 日本文明の基源
(十七) 大成經は勤王書の魁
(十八) 大成經を雪冤せんとする人あり
(十九) 大成經を見ざれば暗黒なり(上)
(二十) 大成經を見ざれば暗黒なり(下)
(二十) 我邦上古に文字の有無
(廿一) 十卷舊事紀に就て
(廿二) 薗田文學士の誤りを正す
(廿三) 時と人とを特ざりし大成經
(廿四) 結論
第二章 五憲法と日祚擁護の精神
(一) 古典と日詐擁護の精神
(二) 日祚とは何を指すか
(三) 忠君愛國の淵源
(四) 聖コ太子の一貫したる精神
(五) 太子の本誓
(六) 斎元に支障あるものは用ひな
(七) 日祚擁護は神道なり

第三章 日本建國の理想及び築造の順序
(一) 日の太神と建國の理想
(二) 神武天皇と建國の理想
(三) 聖コ太子と天約の承繼
(四) 明治天皇と天業の承繼

(五) 大成經と日本建國の理想
第四章 一憲法を更加の提議
第五章 五憲法の縁起
第六章 十七文字の説明
第一條 琴、和道
第二條 斗、順道
第三條 月、神道
第四條 台、政道
第五條 錢、智道
第六條 竹、官道
第七條 冠、位道
第八條 契、信道
第九條 龍、謙道
第十條 花、事道
第十一條 日、主道
第十二條 車、司道
第十三條 地、徳道
第十四條 天、公道
第十五條 水、時道
第十六條 龍、品道
第十七條 鼎、法道
第七章 通蒙憲法の相違
(一) 書紀通蒙憲法第二條は
  →相違の事
(二) 第二條相違起因の一説
(三) 三法と三眼
(四) 太子神祇崇敬の眞相
(五) 聖コ太子と神社
(六) 敬神思想の嘆起
(七) 結論
第八章 推古天皇御畧傳
第九章 聖コ太子御畧傳
第十章 憲法本紀
(一) 五憲法序本文
(二) 並に其譯
(三) 五憲法本文並に譯
附録
聖コ太子の憲法大意 本多日生
大成經著述の由來及大成經並に
  →五憲法擁護史及び
  →本書出版の經路
結要
評 政近眞琴 淺沼呵洪
跋 眞琴政近三平
1929 4 1月、竹由天柱が「建国の戦ひ」を「新聞純民報社出版部」から刊行する。pid/1456046 
一 のろし
二 建國精神
三 大義名分
四 
神武東征
五 明治維新
六 昭和建國
七 忘私奉公
八 建國運動

昭和建國黨の宣言
建國黨の綱領
建國黨八則
建國黨七掟
建國黨加盟誓約書
建國黨の型式
※ 法華經の団体か検討要:保坂  
2月、大松庄太郎が「国史教材の取扱 : 更新展開」を「目黒書店」から刊行する。pid/1280632 閲覧可能 
第一 いづこへ行くか日の本の國
第二 せめを負ふもの
第三 國史ヘ育目標の機微
第四 方法の相貌
第五 ヘ材とは何か
第六 生の見地から
第七 關聯の二つ
第八 發展の概念
第九 創造生活
第一〇 現在的關心
第一一 最後の問題
ヘ材解釋篇
第一 御歴代表
第二 年表
第三 天照大神
第四 神武天皇
第五 日本武尊
第六 神功皇后
第七 仁コ天皇
第八 聖コ太子
第九 天智天皇と藤原鎌足
(略)


4月、横井春野が「地理的日本歴史」を「モナス」から刊行する。 pid/1242228  閲覧可能
第一章 高天原と大八洲
第二章 
神武東征
第三章 太古の産業状態
第四章 四道將軍
第五章 農村と市
第六章 氏姓と地名
第七章 日本武尊と東國
第八章 三韓と我國土
第九章 韓國服屬後のP戸内
第十章 上代都市の制と奈良の京


〇この年、平林治徳 [ほか]共編「新国文学選」が「明治書院」から重訂される。  pid/1029010
第一編
一 宇陀の高城・神武天皇
二 一つ松・倭建命
三 大宮所・柿本人麿
四 玉藻・柿本人麿
五 狛劔・柿本人麿
六 阿白木・柿本人麿
七 富士の高嶺・山邊赤人
八 和歌浦・山邊赤人
九 多可良・山上憶良
一〇 麻衾・山上憶良
一一 名・山上憶良
一二 酒壺・大伴旅人
一三 山背道・讀人不知
一四 春野・大伴家持
一五 六月晦大祓・(祝詞式)
左大臣藤原永手甲賻の詔・(續日本紀)
一六 劔・(神樂歌)
一七 老鼠・(催馬樂)
一八 昨日今日・在原業平
一九 春日野・紀貫之
京上り・紀貫之
二〇 千鳥・凡河内躬恒
二一 蛬・曾禰好忠
二二 日ぐらし・和泉式部
二三 しののめ・西行法師
二四 かぢ枕・藤原俊成
二五 霰・源實朝
二六 雁がね・藤原定家
二七 夕時雨・藤原家隆
二八 御製・後鳥羽天皇
二九 御製・後醍醐天皇
三〇 御製・後村上天皇
三一 幻住庵記・松尾芭蕉
三二 古池・松尾芭蕉
三碩へ・松尾芭蕉
三三 出代り・服部嵐雪
三四 越後屋・榎本其角
三五 菅の荒野・賀茂眞淵
三六 とんぼつり・千代女
三七 春の海・谷口蕪村
三八 鼻の箴・横井也有
三九 おらが春・小林一茶
四〇 やせ蛙・小林一茶
四一 生醉・蜀山人
四二 居候・(柳樽)
四三 手毬・良寛和尚
山田杜皐へ・良寛和尚
解良叔問へ・良寛和尚
四四 朝ごほり・香川景樹
四五 蝸牛・大隈言道
四六 霜の色・橘曙覽
四七 栗の實・太田垣蓮月
四八 御製・明治天皇
四九 御歌・昭憲皇太后
五〇 めしひ・落合直文
五一 草の餅・正岡子規
五二 菜畑・内藤鳴雪
五三 春の潮・高濱虚子
五四 鬼灯・河東碧梧桐
五五 おえふ・島崎藤村
五六 櫻月夜・與謝野晶子
五七 燈かげ・石川啄木
五八 夕顏・西條八十
五九 お祭・北原白秋
六〇 日かげる山・島木赤彦
六一 旅・若山牧水
六二 うづ潮・齋藤茂吉
第二編 (略)/第三編(略)
第四編
一 春は曙・清少納言
二 うたかた・鴨長明
三 つれづれなるままに・吉田兼好
四 幼兒須教・貝原益軒
五 當世・平賀源内
六 平家雜感・高山樗牛
七 詩と神と・綱島梁川
一枚起請文・法然
念佛・親鸞
土籠御書・日蓮
八 神國・徳富猪一郎
九 進化論・三宅雪嶺
一〇 大日本國語辭典序・芳賀矢一
一一 國文學史講話自序・藤岡作太郎
一二 日本文學研究の新意義・藤村作
一三 H氏の話・五十嵐力
一四 知と愛・西田幾多郎
一五 空知川の岸邊・國木田獨歩
一六 ある怠けもの・武者小路實篤
一七 田園の趣味・市島春城


この年、清原貞雄 講述「我国固有思想と信仰」が「熊本県第一師範学校教育文化研究会」から刊行される。 pid/1099720
第一節 信仰生活
上代國民の信仰の對象
自然物崇拜としての神
神人相關の思想
來世思想
第二節 上代國民の道徳思想及道徳生活
上代國民の道徳生活に對する二様の見解
忠の思想
孝の思想
貞操道徳
第三節 健國の理想
大國主命の國譲の條に現はれたる主權の
  →不可侵性並に同じ神話に見ゆるしらすの政
天照大神の神勅
三種の神器
神武帝の詔勅
祈年祭

1930 昭和5 1月、喜田貞吉が「日向国史 古代史 」を「史誌出版社」から刊行する pid/1192147  閲覧可能
第一編 太古史
第一章 國土發生に關する古傳説
私按一 日向の名義
私按二 日向國と熊襲國
第二章 檍原の禊祓
第一節 伊弉諾尊の禊祓と三貴神の出現
私按一 禊祓の意義
私按二 黄泉國の辯
私按三 粟門と速吸門との所在
私按四 檍原出現の諸神に就て
私按五 三貴神分治の説
第二節 檍原の古傳説地
第三章 天孫降臨
第一節 大國主神の國土奉献
私按一 大國主神の國土經營
私按二 大國主神の隱退
私按三 地主神の崇敬
第二節 天孫の高千穗降臨
私按一 天孫降臨の意義
私按二 天孫降臨の年代
第三節 高千穗峯の傳説地
私按 高千穗地方に於ける數多の神蹟と稱するものに就いて
第四節 高天原の所在に關する諸説
私按 天孫渡來説は國體を傷つくといふことに就いて
第五節 天孫降臨の經路
第六節 天孫の日向降臨に關する疑問に就いて
第四章 天孫降臨以前に於ける日向地方の先住民族に關する傳説
第一節 土蜘蛛族
第二節 山神の族
第三節 海神の族
第五章 日向に於ける石器時代の遺蹟と先住民族
第一節 石器時代概説
第二節 日向に於ける石器時代遺蹟と其の分布
(附)日向國石器時代遺物發見地名表
第三節 石器時代遺蹟より見たる日向の先住民族
第六章 高千穗の宮居
第一節 高千穗宮と宮崎ノ宮
第二節 笠狹ノ宮の舊地に就いて
第三節 木花開耶姫
第四節 可愛山陵の所在
第七章 山幸彦と海幸彦

第一節 山幸海幸交換の傳説
第二節 隼人の族
第三節 隼人と阿曇族との關係
第四節 高屋山上陵の所在 / 227
第八章 □□草葺不合尊
第一節 □□草葺不合尊の降誕
第二節 □□草葺不合尊の諸皇子
第三節 吾平山上陵の所在 / 244
第四節 神代三世概説
第二編 上古史
一章 神武天皇の東征
第一節 日向に於ける神武天皇の皇居と宮崎宮
第二節 皇妃吾田吾平津媛
第三節 東征の顛末
第二章 久米部の兵士と九州人
第一節 久米部の偉勳
第二節 久米部と佐伯部
第三節 久米部と隼人族との關係
第四節 久米部と大伴部
第三章 景行天皇の熊襲親征に關する傳説
第一節 熊襲親征の説話
第二節 地方傳説の性質と天皇親征の説話
第三節 景行天皇西征の遺蹟に就いて
第四章 日本武尊の熊襲征討
第一節 熊襲征討の説話
第二節 九州の異族馴服の史實
第三節 日本武尊の武勳と皇威の發展
第五章 態襲と倭人
第一節 肥人と襲人
第二節 漢史に見ゆる倭人
第三節 熊襲の末路
第六章 國造縣主時代の日向
第一節 日向古代の縣邑
第二節 日向の屯倉
第三節 國造縣主時代日向雜事
第七章 日向の古墳墓
第一節 古墳墓概説
第二節 日向に於ける古墳墓の特徴と其の分布
第三節 古墳墓より見たる上代の日向
第三編 中古史
第一章 國郡の制定
第一節 古代に於ける日向國の概觀
第二節 和名抄に見ゆる日向の郡ク
第三節 日向郡クの沿革

2月、中村徳五郎が「神代の新研究」を「松雲堂」から刊行する。pid/1174415 閲覧可能
参考 昭和7年版 中村徳五郎著 「建国とその由来 : 神代の新研究」 出版社:天佑社    pid/1188283  閲覧可能
参考 昭和8年版 中村徳五郎著 「日本神代史」 出版社:忠文館書店 と内容が同じ  pid/1213255
8月、栗岩英治が「信濃郷土史研究叢書 第3編 信濃古文献考」を「信濃郷土史研究会」から刊行(3版)する。
pid/1123932  
閲覧可能 初版:大正6年5月
發端
古事記
國讓記の一節 / 1
神武記の一節 / 5
垂仁天皇記中
景行天皇記中
日本書記
景行天皇
雄略天皇
武烈天皇
(略)

12月、橋本犀之助が「近江と高天原」を「近江人協会」から刊行する。   pid/1186505  閲覧可能
第一章 我が國神代に於ける交通
第一節 高天原の所在地
第二節 高天原よりの遠征に用ひたる船舶
第三節 神代に於ける我が國土内の船舶
第四節 我が國神代に於ける陸上交通
第五節 國神の陸上交通に及したる影響
第六節 神代に於ける交通範圍
第二章 我が國古代史に對する疑問
第一節 飛躍的交通に對する疑問
第二節 古事記日本書紀の解釋に對する疑問
第三節 神代上古の國名に對する疑問
第四節 淤能碁呂嶋の所在地に對する疑問
第三章 淤能碁呂嶋の所在地と高天原
第一節 淤能碁呂嶋の意義
第二節 太古に於ける亞細亞大陸の人種遷徒
第三節 我が國に於ける先住民族
第四節 再び高天原の所在地に就て
第五節 對韓土の原始的交通路
第六節 敦賀灣西沿岸の奇習
第七節 淡道之穗狹別島
第八節 淤能碁呂嶋の所在地
第四章 三つの意義を持つ高天原
第一節 高天原の三意義
第二節 天照大神の君臨ましましたる高天原
第五章 高天原出雲及び葦原中國の三關係
第一節 出雲國と葺原中國との地理的關係
第二節 高天原と出雲國
第六章 神話に關する湖北の傳説
第一節 口碑傳説の價値
第二節 伊香郡に傳はる傳説
第三節 坂田郡に傳はる傳説
第七章 神話の物語と湘北地方
第一節 神代の國々と湖北地方
第二節 天津神と國津神
第三節 高天原と伊吹山
第四節 黄泉國と米原地方
第五節 簸川は姉川なり
第六節 出雲國と湖北平野
第七節 比婆之山と米原の神ノ山
第八節 伊邪那岐命迦具土を殺し給ふ
第九節 伊邪那岐命黄泉國に彷徨ひ給ふ
第十節 阿波岐原の禊祓
第十一節 須佐之男命の追放
第十二節 多賀宮と日少宮
第十三節 天岩戸と伊吹山
第十四節 須佐之男命の
   →八俣遠呂智退治と伊吹神社
第十五節 須賀宮と須賀谷
第十六節 熊成峯と熊岡山
第十七節 須佐之男命と大國主命
第十八節 出雲國引
第十九節 稻羽の白兎の物語と稻葉村
第二十節 黄泉比良坂と深坂
第廿一節 宇迦能山と宇賀野村
第廿二節 大國主命と宇賀魂命
第廿三節 高志國
第廿四節 倭國
第廿五節 天照大神の天下鎭撫
第廿六節 葦原中國と豐葦原之水穗國
第廿七節 天孫降臨
第廿八節 杵築之宮
第廿九節 高千穗峯と古保利村
第三十節 神代三陵
第卅一節 猿田比古大神と太平寺
第卅二節 邇々藝命の國土巡覽
第卅三節 笠狹之御碕と山本村
第卅四節 海佐知毘古と山佐知毘古
第八章 神武の東征に對する疑問と其の眞相
第一節 神武の東征に對する疑問
第二節 東征の理由と其の出發地
第三節 倭國と水口盆地
第四節 東征の順路
第五節 土蜘蛛と三雲村の石室
第六節 丹生川
第七節 忍坂の大室と伊勢落村
第八節 橿原宮と國中神社
第九節 畝傍山と朝國山

第九章 大和民族文化發祥地としての近江國
第一節 上古時代の國々と南江州
第二節 三關と近江
第三節 近江商人の發生
第四節 佛ヘの傳來と近江國
第十章 稗田阿禮と近江國

第十一章 神武帝陵論
この年、坂田静夫編「大和名所新案内」が「東洋図書」から刊行される。 pid/1192893
大和
遊覽概程
奈良篇(奈良市と其の附近)
奈良市と公園
興福寺舊境内
帝室博物館
奈良縣廰
奈良地方裁判所
奈良ホテル
天理ヘ奈良三重ヘ務支廰
蓬莱池及びその附近
物産陳列所
公會堂
春日野運動場
春日神社
嫩草山
手向山八幡宮
東大寺舊境内
正倉院
春日山廻り
新藥師寺
特別名所巡り
大和篇(奈良縣下)
興福院
不退寺
海龍王寺
法華寺
平城宮址
秋篠寺
西大寺
菅原寺
唐招提寺
藥師寺
生駒山
法隆寺
中宮寺
法輪寺と法起寺
龍田川
信貴山

當麻寺
神武天皇御陵 / 97
橿原神宮 / 97
畝傍公園 / 98
大和三山
久米寺
壺坂寺
橘寺
岡寺
飛鳥寺
天理ヘ本部
石ノ上神社
大神神社

1931 6 2月、松岡静雄が「紀記論究 神代篇 創世記」を「同文館」から刊行する。 pid/1223592 閲覧可能
序説
校合と訓詁
諸科學の資料
文獻學
紀記の不一致
古事記の性質
日本紀編纂の方針
日本紀の題號
古語拾遺及舊事紀
諸參考書
記事の分拆
傳説の本質
傳説の構成
事實と觀念
正傳
釋義
時代別
第一章 天地開闢
開闢の觀念
紀の序説
初成國土の形状
クラゲ
第二章 原始神
諸傳の異同
別系の三原説と種族の關係
語義から見た原始神の由
舊事紀の一異傳
第三章 神世七代
原傳説に於ける七代の神々
神名にあらはれた創世觀
地盤形成
國土發祥
草木發生
土壤形成
谿流出現
居住地發達
人體完成、意識具備
異傳
神代系紀
剖判傳説
第四章 造物主
創世と造物
生産の意義
諾册二尊と造化
出雲の造化神
要領
第五章 國土生成
オノゴロ島
淡洲
大八洲
六小島
擬人名
國牽傳説
第六章 自然物、自然力
海川
山野
草木

五行
出雲族の造化觀

第七章 品物
居住

天吉葛
匏川菜
食物
農産物
第八章 化生神 附 結論
胎生と化生
泣澤の女神
流血及劒から化生した諸神
カグツチの遺體から化生した諸神
結論
參照 日本紀及古事記原文
索引

6月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 外藩歸状」を「同文館」から刊行する。 pid/1223647 閲覧可能
凡例 / 序説
新羅史編年の誤差
加羅及百濟の紀年
征討當時の韓地の形勢
征韓前に於ける新羅對倭人交渉
彼我の稱呼
地名考證の難點
第一章 海外振武
新羅の質子
卓淳國
百濟入貢
南鮮經營
韓地用兵
高麗來聘

第二章 文物輸入
概説
鐵及鐵器
馬匹 漢學傳習
伎人召致
釀酒
第三章 歸化諸氏族
貢人と俘囚
秦氏
漢氏
扶餘氏
第四章 宮廷事項
即位
皇居及陵墓
品陀眞若王の三女
妃嬪
皇胤
若沼毛二俣の裔

髮長媛
第五章 統治巡幸
民族融合
吉野の國樔
近江行幸
内海巡航
造池造船
第六章 武内宿禰
兩内宿禰の確執
盟神探湯
子女
後裔諸氏
第七章 諸皇子の暗鬪
皇太子
倭屯田
大山守皇子
互讓
稚カ子の薨去
爾餘の皇子
第八章 餘録
巨船枯野
廢船と結晶鹽
伊豆志神話
參照
古事記中卷


8月、都市研究会編「都市公論 14(8)」が刊行される。 pid/1889793
恩賜の名古屋城 / 口繪
大阪城公園設計鳥瞰圖 / 口繪
濱港山下公園 / 口繪
神戸市民に惠まれたる六甲自然保存地 / 口繪
都市の公園感 / 安達謙藏 / p2〜3
都市の拷サ / 關一 / p4〜7
都市公園と樹木 / 本多靜六 / p8〜11
都市民の保健と公園 / 伊藤武彦 / p12〜14
都市の防空と空地 / 鳥田隆一 / p15〜20
都市公園に關する二三の考察 / 田村剛 / p21〜24
工場生活者と慰樂 / 富田愛次カ / p25〜29
機械時代の餘暇問題 / 藤田進一カ / p30〜37
都市と社寺境内地 / 本ク高コ / p38〜40
觀光事業と都市美 / 新井堯爾 / p41〜46
都市公園に對する一要求 / 高田休廣 / p47〜52
社會の動的勢力の本源たる都市の慰樂政策―
 →(特輯號公園篇序論) / 池田宏 / p64〜77
東京市公園建設の跡を顧みて / 井下C / p78〜92
明治神宮御造營造園史 / 田阪美コ / p93〜11
隅田公園と山下公園 / 山信二 / p112〜124
恩賜の名古屋城 / 大岩勇夫 / p125〜133
紀念事業としての大阪市の公園 / 椎原兵市 / p134〜140
遊覽地日本平 / 市山義次 / p158〜160
福岡縣山春村觀賞植物園計畫書 / 木村尚文 / p161〜165
土地區劃整理による公園計畫の實施 / 狩野力 / p166〜172
東京市最初の町立公園 / 市川政司 / p173〜176
ハイド、パーク / 小川市太カ / p177〜178
パリのオバサン逹に聞いた話 / 長崎惣之助 / p179〜186
どんたく話――散策編 / 石川榮耀 / p186〜195
都市の公園計畫 / 大屋靈城 / p196〜200

奈良公園の管理 / 坂田靜夫 / p201〜211
庭園の移轉補償額算定に關する私見 / 井本政信 / p212〜222
街路の拷サに就て / 水谷駿一 / p223〜234
日本造園參考圖書 / p363〜365
歐米公園參考書抄 / p366〜371

9月18日、柳条溝の満鉄線路爆発事件を口実に、関東軍が軍事行動を開始する。(満州事変)
9月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 神武天皇」を「同文館」から刊行する。pid/1223600 閲覧可能
序説
紀記の性質
編述樣式
傳説時代と歴史時代との分界
記事の序次
尊號
立后立太子
年月日次
干支
紀年の誤差
新紀元提唱
第一章 征旅記行
遠征計畫
速吸之門
足一騰宮
崗水門
埃宮
高島宮
第二章 草香之役
上陸地點
孔舍衙坂
母木邑
雄水門
五P命の薨去
第三章 熊野之厄
熊野神邑
皇軍の行動
高倉下の來援
神夢
史實
第四章 進軍徑路
概説
嚮導者ヤタカラス
督將元戎
阿陀の鵜養
吉野首
國樔
宇陀の穿
紀の所説
第五章 東部廓C
歌謠の史的價値
兄猾誅戮
敵情偵察
神ヘと祭具
嚴咒詛
丹生川上の祭祀
國見岳陷落
第六章 磯城平定
忍坂の大室
勸降
磯城軍撃破
イナサの山
餘黨掃蕩
磐余邑
鳥見の靈畤
第七章 天業恢弘
金色靈鵄
長髓彦
饒速日命投降
瑞寳と神劍
餘賊掃蕩
皇居造營
第八章 五十鈴媛
神胎
高佐士野
大久米命
皇子降誕
天日方奇
日方命
賀茂氏系譜
第九章 奠都治世
遷宮
諸附説
論功行賞
祭祀異傳
國號
陵墓寶壽
皇子
參照
古事記中卷
索引


11月、森冨太郎編纂「国史教授に必要なる日本女性史」が「横濱市磯子尋常高等小学校」から刊行される。  pid/1440228 閲覧可能
緒言/(全文・掲載予定)
昭和六年 盛夏 磯子小学校國史研究部
第一章 上代の女性
第一節 古代の女性
一 天照大神(尋上 第一 天照大神 高上 第一 神代)
二 天鈿女命(同)
三 須勢理姫命(同)
四 媛蹈鞴五十[鈴媛]命(尋上 第一 天照大神 高上
第二 神武天皇の創業)
五 倭姫命(豐鍬入姫命)(尋上 第三 日本武尊 高上 第三 皇大神宮の創立)
六 武埴安彦の妻吾田姫(高上 第四 皇威の振興)
七 弟橘媛(尋上 第三 日本武尊 高上 第四 皇威の振興)
八 神功皇后(尋上 第四 神功皇后 高上 第四 皇威の振興)
第二節 儒佛輸入時代の女性
一 允恭天皇、雄略の皇后(高上 第五 朝鮮半島の服屬と文物の傳來)
二 善信尼(高上 第六 佛ヘの傳來と美術工藝の發達)
三 推古天皇(尋上 第六 聖コ太子 高上
   →第六 佛ヘの傳來と美術工藝の發達)
四 聖コ太子の御女太カ姫(尋上 第七 天智天皇と藤原鎌足)
五 吉備田狹の叛と樟媛(高上 第九 東北地方の開拓と朝鮮半島の離反)
六 物部〔カ〕鹿火の妻(同)
七 調伊企[儺]の妻大葉子(同)
八 松浦佐用媛(同)
九 上毛野形名の妻(同)
第三節 奈良時代の女性
一 光明皇后(尋上 第九 聖武天皇 高上 第十二 奈良時代の佛ヘ)
二 中將姫(高上 第十二 奈良時代の佛ヘ)
三 橘三千代(同)
四 和氣廣蟲(尋上 第十 和氣C麻呂 高上 第十二 奈良時代の佛ヘ)
第二章 中古(平安時代)の女性
第一節 平安時代初期の女性
一 檀林皇后(高上 第十三 平安時代初期の發展)
二 淳和天皇皇后正子(同)
三 有智子内親王(同)
第二節 平安時代最盛期の女性
一 一條天皇皇后定子(尋上 第十四 藤原氏の專權 高上
   →第十四 藤原氏の專權)
二 中宮彰子(上東門院)(同)
三 紫式部(尋上 第十四 藤原氏の專權 高上 第十五 朝臣の榮華と文化)
四 C少納言(同)
五 小野小町(高上 第十五 朝臣の榮華と文化)
六 和泉式部(同)
七 小式部内侍(同)
八 赤染衞門(同)
九 伊勢大輔(同)

第三節 平安時代末期の女性
一 建禮門院コ子(尋上 第十九 武家政治の起 高上 第十八 平氏の驕奢)
二 常盤御前(尋上 第十九 武家政治の起 高上 第十九 鎌倉幕府の創設)
第三章 近古(鎌倉時代――安土桃山時代)の女性
第一節 鎌倉時代の女性
一 靜御前(尋上 第十九 武家政治の起 高上 第十九 鎌倉幕府の創設)
二 尼將軍政子と大姫君(尋上 第二十 後鳥羽上皇 高上 第二十 北條氏の民政)
三 巴御前(尋上 第十九 武家政法の起 高上 第十八 平家の驕奢)
四 松下禪尼(高上 第二十 北條氏の民政)
五 丹後局と卿の局(高上 第二十 北條氏の民政)
六 阿佛尼(高上 第二十二 鎌倉時代の文化)
第二節 吉野及室町時代の女性
一 藤原廉子(高上 第二十五 吉野の朝廷)
二 勾當の内侍(同)
三 辨の内侍(同)
四 日野富子(足利義政ノ夫人)(尋上 第二十八 足利氏の衰微 高上
   →第二十八 室町幕府の衰微)
五 楠木正行の母(高上 第二十五 吉野の朝廷)
六 瓜生保の母(尋上 第二十四 新田義貞 高上 第二十五 吉野の朝廷)
第三節 戰國時代の女性
一 武田勝ョの妻(高下 第三十三 國内の統一)
二 細川ガラシヤ夫人(同)
三 山内一豐の妻(尋下 第三十三 織田信長 高下 第三十三 國内の統一)
四 淀君(尋下 第三十七 コ川家康つゞき 高下 第三十三 國内の統一)
五 木村重成の妻(同)
第四章 近世(江戸時代)の女性
第一節 興隆時代
一 阿茶の局(尋下 第三十七 コ川家康つゞき 高下 第三十五 江戸幕府の創立)
二 大姥殿(高下 第三十五 江戸幕府の創立)
三 春日の局(尋下 第三十八 コ川家光 高下 第三十五 江戸幕府の創立)
四 東福門院(和子)(尋下 第三十九 後光明天皇 高下
   →第四十一 尊王論と國學の勃興)
五 桂昌院(於玉の方)(尋下 第四十一 大石良雄 高下 第三十九 江戸幕府の中興)
六 淺野内匠頭夫人(尋下 第四十一 大石良雄 高下
   →第三十八 産業、學問の發達 元祿時代の文藝)
七 大石良雄夫人(同)
八 原惣右衞門の母(同)
第二節 爛熟、衰頽時代
一 加茂の三才女(尋下 第四十五 本居宣長 高下 第四十一 尊王論と國學の勃興)
二 
連月尼(高下 第三十八 産業、學問の發達 元祿時代の文藝)
三 井上通女(同)
四 俳諧女。捨女、秋色女 伊勢園女(同)
五 加賀千代(同)
六 老女村岡(尋下 第四十八 攘夷と開港 高下 第四十四 大政奉還)
七 野村望東尼(同)
八 和宮親子内親王(尋下 第四十九 孝明天皇 高下 第四十四 大政奉還)
11月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 大和缺史時代」を「同文館」から刊行する。 
pid/1223606 閲覧可能
凡例 / 序説
裏面に潛む史實
大和朝廷の版圖
御歴代の寶壽
逸史
第一章 手研耳命
イスケ依姫との關係
政權掌握
沒落
神八井耳命
第二章 天津日嗣
皇統略譜
高丘宮
浮孔宮
曲峽宮
池心宮
秋津島宮
廬戸宮
境原宮
率川宮
第三章 后妃皇女
后妃
賀茂氏
師木氏
葛木氏
物部氏
河内氏
丹波氏
皇族、皇別
皇女
第四章 皇別諸氏
皇胤
神八井耳系
磯城津彦系
多藝志比古系
天足彦系
日子刺肩別系
日子寤間系
吉備津彦系
大彦系
彦太忍信系
彦湯彦隅系
彦坐系
建豐波豆羅和氣系
第五章 皇化普及
異俗の懷柔
近畿
南海
北陸
山陰
山陽
伊和大神

第六章 化外國土
概説
天日槍
九州土侯國
支那との交通
第七章 倭人習俗
生業
戸口
言語
信仰
衣食器用
建築
社會制度
參照。
古事記中卷
魏志東夷傳
索引



12月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 師木宮(しきのみや)」を「同文館」から刊行する。 
pid/1223614 閲覧可能
凡例 /序説
兩朝の雄圖
  →年代―祭祀習俗―政體
第一章 皇親譜
略系譜
兩天皇
皇居陵墓
入彦入姫
眼妙媛と其所生
御間城姫と其所生
大海媛と其所生
狹穗姫と其所生
丹波五王女と其所生
迦具夜比賣と其所生
苅幡戸畔と共所生

第二章 繼位問題
概説
豐城入彦命
五十瓊敷入彦命
皇位爭奪
第三章 武埴安彦の亂
幣羅坂と少女
吾田媛
來襲邀撃
地名所由戲説
第四章 狹穗彦の反逆
陰謀
發覺
狹穗姫の進退
皇子救出
附帶説話
史的考察
第五章 祭神と神社
笠縫邑
伊勢大神宮
大倭神社
大神神社
三輪傳説
箸墓傳説
石上神社
祭祀一般
第六章 四道將軍
紀記に現はれた事蹟
東夷征討
北陸開拓
但馬氏歸順
第七章 出雲併呑
神寳徴發
征討
大國主の祭祀復興
鎭撫使下向(本牟智和氣命)
肥長比賣
第八章 海外交通

任那入貢
都怒我阿羅斯等
比賣語曾神話
松樹君
常世國視察
第九章 内治財政
調役漕運
農業復興
地方巡撫
屯倉及民部設置
第十章 逸事
當麻蹶速
殉葬停止
土師部の設置
餘録
參照
古事記中卷
索引

〇この年、権藤成卿が「日本農制史談」を「純真社」から刊行する。 pid/1066430
第一講 神武東征と其以前
神代の民族生活
神武帝の東征 / 5
第二講 崇神朝より内亂時代まで / 13
財閥の盛衰と海外の状勢 / 13
崇神帝の内政整理 / 18
土佐家の叛亂と熊襲 / 22
第三講 外征時代
帶方文明と日本
兩度の三韓征伐
仁徳帝の英斷
第四講 雄略朝の前後
七賊蜂起
雄略帝の大革新
繼體帝の肅正
任那の滅亡
第五講 佛教傳來の眞相
佛教に對する賛否の論爭
佛教の興隆と蘇我氏の專横


〇この年、吉岡重実が「斎明天智両皇の御鴻業」を「政教社出版部」から刊行する。 pid/1176489
自序/はしがき
口繪寫眞説明
上古術於ける日韓折衞の概要
一 上古日韓の民族史的交渉
二 仲哀・神功の半島徑略と高勾麗・新羅の國情
三 應神・仁コ朝の貊族歸化と高勾麗好太王の南進
四 我が韓半島統治の混亂時代
五 任那日本府の覆滅
六 新羅太宗武烈王の覇業
七 
齊明・天智兩皇の御雄圖
八 百濟再興成らずして韓地遂に放擲
九 天智天皇の防禦施設とその御深慮
十 韓半島放棄の國民思想に及ぼせる影響
齊明天皇橘廣庭宮
一 橘廣庭宮の所在地
二 橘廣庭宮の形勝【一】
三 橘廣庭宮の形勝【二】
四 橘廣庭宮に於ける齊明天皇【一】
五 橘廣庭宮に於ける齊明天皇【二】
六 皇居としての橘廣庭宮
七 朝倉の地名及び諸傳説
八 史上空前の大難局【一】
九 史上空前の大難局【二】
齊明天皇御殯斂地
一 御殯斂地に關する諸説及び考證
二 御殯斂地に關聯したる諸史蹟
三 齋明天皇の御聖跡と國家の一大難局

天智天皇木の丸殿
一 木の丸殿に關する諸考證【一】
二 木の丸殿に關する諸考證【二】
三 天智天皇の御孝道
史上の一大難局 雜賀博愛
一 立國の本源と天美の二綱領
二 國土輕營としての韓地經營
三 
神武東征と皇兄の渡韓
四 韓地徑營は一大難關
五 消極的犧牲戰としての元寇
六 天業を繼承したる豐太閤の征韓・討明【一】
七 天業を繼承したる豐太閤の征韓・討明【二】
八 天業を繼承したる豐太閤の征韓・討明【三】
九 大陸徑略を志せる西ク南洲
十 明治天皇の祖宗天美の御完成
『唐平百濟塔碑」交と『唐劉仁願紀功碑』文
日韓折衝年表略誌

1932 7 2月、 大松庄太郎が「尋常小学国史課程の新展開 尋5・6」を「明治図書」から刊行する。 pid/1272043 閲覧可能
    
奈良女子高等師範學校訓導:大松庄太郎
一 現代國史ヘ育の更新
二 尋小國史學習の要點
三 尋小國史新課程の建設方針
四 新課程の實施案
五 新課程の建設展開
尋常第五學年國史學習課程
主題一 「日本神話」の學習
小題一 天照大神
主題二 「大和時代」の學習
小題一 神武天皇
小題二 日本武尊
小題三 神功皇后
小題四 仁コ天皇
小題五 聖コ太子
小題六 國號「日本」
小題七 天智天皇と藤原鎌足
主題三 「奈良時代」の學習
小題一 聖武天皇
小題二 和氣C麻呂
主題四 「平安時代」の學習
小題一 恒武天皇と坂上田村麻呂
小題二 弘法大師
小題三 菅原道眞
小題四 藤原氏の專
小題五 后三條天皇
小題六 源義家
小題七 平氏の勃興
小題八 平重盛
主題五 「鎌倉時代」の學習
小題一 武家政治の起
小題二 後島羽上皇
小題三 北條時宗
小題四 後醍醐天皇
主題六 「吉野時代」の學習
小題一 楠木正成
小題二 新田義貞
小題三 北畠親房と楠木正行
小題四 菊池武光
主題七 「室町時代」の學習
小題一 足利氏の僣上
小題二 足利氏の衰微
小題三 北條氏康
小題四 上杉謙信と武田信玄
小題五 毛利元就
小題六 後奈良天皇
尋常第六學年國史學習課程
主題八 「安土桃山時代」の學習
小題一 織田信長
小題二 豐臣秀吉
主題九 「江戸時代」の學習
小題一 コ川家康
小題二 コ川家光
小題三 後光明天皇
小題四 コ川光圀
小題五 大石良雄
小題六 新井白石
小題七 コ川吉宗
小題八 松平定信
小題九 本居宣長

小題一〇 高山彦九カと蒲生君平
小題一一 攘夷と開港
小題一二 國旗
小題一三 孝明天皇
小題一四 武家政治の終
主題一〇 「現代」の學習
小題一 明治維新
小題二 國歌「君が代」
小題三 西南の役
小題四 憲法發布
小題五 明治二十七八年戰役
小題六 條約改正
小題七 明治三十七八年戰役
小題八 韓國併合
小題九 明治天皇の崩御
小題一〇 大正天皇の即位
小題一一 歐洲大戰と我が國
小題一二 祝祭日と記念日
小題一三 今上天皇の踐祚
小題一四 年中行事

2月、「日本及日本人 (紀元節號 2月11日號)(243)」が「政教社」から刊行される。 pid/1597178
建國祭――題詞
口繪/皇族を奉戴する陸海軍――題言
神武東征の鴻謨を憶ふ――主張
斷乎干渉を一蹴せよ――主張
不侵略條約と赤露の立場 / 紫山道人

印度支那關税摎ヲと
  →メスネル氏の反對論(下) / 山正脩
神武創業と滿蒙建國 / 依田泰
紀元節――(漢詩)
評林
一人一話―元弘碑餘言 / 莫安柄
雲間寸觀
印度の史的觀察 / 高岡大輔

支那史觀(第十九) / 中島氣崢
滿洲に於ける經濟消化力 / 葱嶺學人
ョ山陽の謁楠河州墳作の異本 / 山霞村
支那談屑(十七) / 佐久間東山
壺中消息 / 無憂扇



2月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 日代宮」を「同文館」から刊行する。 pid/1223622 閲覧可能
凡例 / 序説
紀記の不一致
熊襲と東夷
壽考と在位年數
裏面に潛む史實
内治
第一章 娉娶及皇胤
諸后妃
稻日大カ姫
弟姫と八坂入姫
美濃國造の二女
皇子女
第二章 熊襲親征
前記
先鋒部隊の行動
豐後平定
梟帥服誅
日向方面廓C
第三章 肥筑巡撫
經由地
肥後方面
筑豐方面
肥前風土記
倭人國との交渉
第四章 日本武尊
名號及性格
筑紫出征
熊曾建誅戮
路次C掃
諸附會説
第五章 日高見國
東夷の情勢
討伐軍派出
野火の厄
弟橘媛
夷族平定
常陸及陸奧風土記
第六章 能褒野
足柄峠
信越鎭定
美夜受比賣
膽吹山の遭難
薨去
諸妃及王子女
第七章 東國巡狩
資料の出所
高橋氏文
史的價値
常陸風土記の所傅
第八章 分封
既出の諸后妃の所生
五十河媛の所生
高田媛の所生
大田根の所生
襲武媛の所生
御刀媛の所生
母氏不明の皇子
日本武尊の後胤
第九章 逸事
佐伯部
東山道十五國都督
棟梁之臣
的形浦
大呉里
(尾張國)
參照
古事記中卷
索引

3月、中村徳五郎が「建国とその由来 : 神代の新研究」を「天佑社」から刊行する。pid/1188283  閲覧可能
第一篇 序説
〔第一之卷〕 天地開闢説と日本國土の生成概説
一 天地開闢説と其批判
二 日本國土の生成概説
〔第二之卷〕 日本建國祖神族の東進
一 文明の發源地
二 東進部隊の出發
〔第三之卷〕 日韓滿蒙の同祖
一 言語上人種上の研究その一
二 言語上人種上の研究その二
三 特に日韓古語の研究
〔第四之卷〕 南方人種説と其批判
一 南方人種説の一
二 南方人種説の二
三 その批判
第二篇 開闢當初の状況と國家成立の由來
〔第一之卷〕 別天神五柱の出現
一 天御中主尊の出現と高天原
二 高天原時代の日本は無人島に非ず
三 高皇産靈尊と神皇産靈尊の出現
四 宇麻志阿斯訶備比古遲尊と天之常立尊の出現
〔第二之卷〕 天神七代と國家組織の成立
一 國常立尊と豐雲野尊の出現
二 男女〔
グ〕生諸神の出現
  
@ならぶ。二人がならぶこと。また、向きあうこと。たぐい。つれあい。
三 伊邪那岐伊那邪美二神の大八洲循服
四 日子日女の職務分掌と其配置
第三篇 海外發展の二大方針
〔第一之卷〕 伊邪那美神の北方發展策
一 出雲伯耆方面を根據として
二 伊邪那美神の崩去
〔第二之卷〕 伊邪那岐神の南方發展策
一 日向方面を根據として
二 阿波岐原の禊秡
三 先天的國家統治の使命
四 伊邪那岐神の崩去
第四篇 天照大神の神業
〔第一之卷〕 豊受大神の功績
一 此國を瑞穗國として
二 伊勢の外宮として
〔第二之卷〕 高天原に於ける素戔鳴尊
一 天齋殿の變
二 天安河原の會議
三 天齋殿前の神樂
〔第三之卷〕 根國に於ける素戔鳴尊
一 素戔鳴尊の處罰
二 新羅の會戸茂梨
三 八岐の大蛇退治
四 天叢雲劔の献上
〔第四之卷〕 葦原中國の統一
一 大巳貴命の出現
二 大巳貴命の遭難
三 宇賀の宮作り
四 北越方面の經營
五 少彦名命との共同經營
六 少彦名命の常世國の經營
〔第五之卷〕 天忍穗耳尊の天位繼承
一 大巳貴命の幸魂奇魂
二 先天統治の瑞穗國
三 大巳貴命の領土奉還
第五篇 日向三代の治
〔第一之卷〕 天照大神の神勅と皇基確立
一 天孫瓊々杵尊の降誕
二 寳祚無窮の神勅
三 三種の神器
〔第二之卷〕 日向に於ける天孫時代
一 天孫の高千穗降臨
二 吾田長屋
三 笠狹之碕の宮殿と天孫の事蹟
〔第三之卷〕 彦火火出見尊の世
一 海幸山幸の分知と交換
二 豐玉彦と豐玉姫の心遣ひ
三 彦火火出見尊の天位繼承
四 高屋宮居と其事蹟
〔第四之卷〕 □□草葺不合尊
〔うがやふきあえずのみこと〕の世
一 龍宮乙姫の玉依姫
二 葺不合尊及び玉依姫の遺跡
第六篇 神武天皇の天業恢弘
〔第一之卷〕 日向に於ける事蹟
一 吾平津姫の入御
二 宮崎の皇居
三 高千穗宮の軍議
〔第二之卷〕 皇師の東上
一 筑紫の巡狩
二 P戸内海の東進
〔第三之卷〕 天下の統一
一 皇師の進撃
二 大和の背撃と其平定
三 橿原の奠都
4月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 國内統一」を「同文館」から刊行する。 pid/1223632 閲覧可能
凡例 /序説
肥筑再征の眞相
新羅國
神祕的叙述
年紀の延長
攝政時代
第一章 國堺制定(成務天皇)
志賀高穴穗宮
地方行政區劃
東海道
東山道
北陸及山陰
山陽道
南海及西海
第二章 國造配置
皇別
物部氏族
葛木(尾張)氏
出雲氏
賀茂及紀氏
海人系
第三章 巡狩(仲哀天皇)
踐祚當時の皇居と陵墓
后妃及皇子女
蒲見別王服誅
笥飯とコ勒津
發駕西征
豐浦宮
第四章 訶志比宮
筑前渡御
寄泊地
神ヘ
殯斂
國之大祓
第五章 肥筑鎭壓
繼位決定
韓地征討軍分遣
女王國滅亡
松浦方面鎭撫
皇子降誕
第六章 海外遠征
神明の加護
祈祷と嚴呪
出征
敵國降服
異説
筒男の荒魂
第七章 〔カゴ〕坂忍熊王
喪船
祈狩
諸神祭祀

阿豆那比之罪
菟道の戰
忍熊王の自滅
第八章 垂簾の政
攝政
笥飯大神
酒樂之歌
播磨巡幸
狹城盾列陵
參照
古事記中卷


7月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 38(7)(455) 国学院大学」が刊行される。 pid/3365097
年學徒愛国運動の取締 / 進藤生 / 卷頭
日本精神と眞理の問題 / 藤親雄
唱導文藝の發生と巫祝の生活(四) / 高崎正秀
神社とヘ派神道との差異 / 全國神職會調査
古代和歌理論の觀念的方法 / 峯義秋
堀秀成翁の自筆稿本に就て / 中里龍雄
メーソン氏の神道觀を聴きて / 佐太神社宮司 朝山皓 ; 文學博士 河野省三
  伊奈波神社社司 金光慥爾 ; 掌典 星野輝興 ; 神社局長 石田馨
  神宮奉齋會理事 藤岡好春 ; 明治神宮主典 宮崎左止三 ;
  神宮奉齋會長 今泉定助 ; 芝大神宮社掌 吉村重定 ; 葦津耕次カ
  明治神宮權宮司 秋岡保治 ; 靖國神社宮司 賀茂百樹
  諏訪神社宮司 高階研一 / 81〜92
9月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 古代歌謡(上)」を「同文館」から刊行する。pid/1223660 閲覧可能
六 日代宮(景行朝) / 111
思邦歌 / 111
大木傳説 / 117
さねさし曲 / 119
酒折宮の問答 / 122
美夜受比賣 / 124
一つ松の歌 / 133
大御葬の歌 / 136

11月、松岡静雄が「紀記論究 建国篇 古代歌謡(下)」を「同文館」から刊行する。pid/1223671閲覧可能
一 若櫻宮(履中朝)
二 遠飛鳥宮(允恭朝)
衣通カ姫
輕太子
三 朝倉宮(雄略朝)
圓大臣
草香逸話
赤猪子
吉野行幸
葛城山の御獵
長谷遊宴
春日の袁杼比賣
木匠助命の歌
田根命
吉備臣尾代
四 室壽の辭及歌
記の所傳
紀の所傳
播磨風土記の所傳
五 近飛鳥(八釣)宮(顯宗朝)
角刺宮
近江の置女
六 歌垣
記の所傳
紀の所傳
七 列城宮(武烈朝)
影媛の歌
八 玉穗宮(繼體朝)
太子と妃との唱酬
毛野臣と目頬子
九 磯城島宮(欽明朝)以降
大葉子の歌
小墾田宮の豐宴の歌
聖コ太子の御歌
境部の毛津
〔ヤツラノマイ〕
八□之□
皇極朝の童謠
常世の神
造媛哀悼の歌
孝コ天皇の御製
建皇子
齊明朝の童謠
齊明天皇の崩御
天智朝の童謠
索引



〇この年、本多精夫が「義勇会叢書 ; 第1篇 都城史抄」を「宮崎県立都城中学校義勇会」から刊行する。 
pid/1031520
第一編 太古史
第一章 末吉の檍原
第二章 天孫高千穗降臨 / 10
第三章 都島御舊趾 / 18
第四章 神武天皇皇居と狹野神社 / 22
第二編 上古史 / 25
第一章 神武天皇御東征と日向隼人 / 25
第二章 景行天皇熊襲御親征と諸縣君泉媛 / 33
第三章 髮長姫 / 39
第三編 中古史 / 44

第一章 國郡の制定と諸縣郡 / 44
第二章 日向國司と郡司 / 47
第三章 大化改新後の交通路と三俣島津驛 / 49

〇この年、安部清見が「郷土を中心としたる行事教育の実際」を「教育実際社」から刊行する。
pid/1075405
 閲覧可能
第一章 神武天皇祭
第二章 櫻花會
第三章 天長節奉祝會
第四章 端午會
第五章 乳幼兒愛護會
第六章 海軍記念會
第七章 時の記念日

第八章 伊勢神宮崇敬會
第九章 七夕會
第十章 日の丸會
第十一章 乃木會
第十二章 月祭りと觀月會
第十三章 氏神祭り
第十四章 教育勅語煥發記念日
第十五章 明治節と菊花會
第十六章 義士會
第十七章 新年會
第十八章 針供養會
第十九章 建國祭
第二十章 雛祭會
第二十一章 慰靈祭
第二十二章 行事教育施設の系統案


〇この年、笹子修三が「趣味の世界歴史」を「趣味の教育普及会」から刊行する。 pid/1211461
日本建國とその時代 / 286 英明無双の神武天皇御降誕 / 287 その頃の世界各國 / 306
〇この年、中島兵治郎が「聖的教育の理論と実際」を「皇典社」から刊行する。 pid/1272054
序 中島兵治カ/序 槇山榮次 /序 河野C丸
一 現代の社會相とこれを救ふ唯一の道
二 現代のヘ育相と解説への道
惟神の精神
大祓の要解
鎭魂の御儀に就いて
敬神は人情の自然である
三 國家が要求せる國民と聖的ヘ育の急務を論ず
本校が聖的ヘ育を執るに至つた根源
四 聖的ヘ育の本質
一國の批判を何に要むる乎
日本の解説期と其の使命
五 聖的ヘ育の實際
聖的ヘ育より重視したる各科取扱方針
1 修身科における聖的ヘ育細案
聖的修身科取扱の根本的態度
修身ヘ育の三方面
反省録の使命
個人指導
新ヘ育思想と聖的修身
附、修身科補助體系
補助體系(其の二)

2 國史科に於ける聖的ヘ育細案
第一章 日本思想概觀
第二章 古代に於ける純日本思想
第三章 神武帝より大化の改新迄
第四章 大化の改新當時より奈良朝まで
第五章 奈良時代
第六章 平安朝時代
(略)
〇この年、初等教育研究聯盟編「価値観へ止揚せる尋常小学国史教授の実際」が「初等教育研究聯盟出版部」から刊行される。pid/1452745
第一章 天照大神
第二章 神武天皇
第三章 日本武尊
第四章 神功皇后
第五章 仁コ天皇
第六章 聖コ太子
第七章 天智天皇と藤原鎌足(其の一)
第八章 天智天皇と藤原鎌足(其の二)
第九章 聖武天皇
第十章 和氣C麻呂
第十一章 桓武天皇と坂上田村麿
第十二章 弘法大師
第十三章 菅原道眞
第十四章 藤原氏の專
第十五章 後三條天皇
第十六章 源義家
第十七章 平氏の勃興
第十八章 平重盛
第十九章 武家政治の起
第二十章 後鳥羽上皇
第二十一章 北條時宗
第二十二章 後醍醐天皇
第二十三章 楠木正成
第二十四章 新田義貞
第二十五章 北畠親房と楠木正行
第二十六章 菊地武光
第二十七章 足利氏の僣上
第二十八章 足利氏の衰微
第二十九章 北條氏康
第三十章 上杉謙信と武田信玄
第三十一章 毛利元就
第三十二章 後奈良天皇
第三十三章 織田信長
第三十四章 豐臣秀吉
第三十五章 豐臣秀吉(つづき)
第三十六章 コ川家康
第三十七章 コ川家康(つづき)
第三十八章 コ川家光
第三十九章 後光明天皇
第四十章 コ川光圀/
第四十一章 大石良雄
第四十二章 新井白石
第四十三章 コ川吉宗
第四十四章 松平定信
第四十五章 本居宣長
第四十六章 高山彦九カと蒲生君平
第四十七章 攘夷と開港
第四十八章 攘夷と開港(つゞき)
第四十九章 孝明天皇
第五十章 武家政治の終
第五十一章 明治天皇(その一)明治維新
第五十一章 明治天皇(その二)西南の役
第五十一章 明治天皇(その三)憲法發布
第五十一章 明治天皇(その四)
  →明治二十七八年戰役

第五十一章 明治天皇(その五)條約改正
第五十一章 明治天皇(その六)
  →明治三十七八年戰役
第五十一章 明治天皇(その七)韓國併合
第五十一章 明治天皇(その八)天皇の崩御
第五十二章 大正天皇
第五十三章 今上天皇の即位
第五十三章 今上天皇の即位(つゞき)
第五十四章 一、天照大神より五三、
   →今上天皇?位まで總括
第五十五章 臺灣の歴史


〇この年、江馬務が「小学国史教科書插画の風俗史的解説と誤謬」を「文泉堂書房 」から刊行する。 pid/1130195
尋常小學國史上卷
第二 /神武天皇
第三 /日本武尊
第四 /神功皇后
第五 / 仁徳天皇
第六 /
聖徳太子
第七 /天智天皇と藤原鎌足
第九 / 聖武天皇
第十 /和氣清麻呂
第十一 / 桓武天皇と坂上田村麻呂
第十二 / 弘法大師
(略)
1933 8 9月、大川周明が「日本的言行」を「神武会出版部」から刊行する。 pid/1080545閲覧可能
第一 日本的言行
一 太宰春臺と本居宣長
二 道そのものと道の説明
三 聖人の教と祖先の遺風
四 日本的自覺の確立
第二 洋意の出離
一 『洋意を去れ』
二 明治日本の歐化主義
三 知識階級の歐米崇拜
四 現代改造論に潜む洋意
第三 大化革新の回顧
一 危險思想としての儒教
二 大化革新の思想的背景
三 復興せられたる日本精神
四 非日本的諸相
第四 何故に國史を學ぶか
一 歴史の意義
二 現代の國史無視
三 日本書紀
四 國史と國家
第五 國史による日本精神の把握
一 象徴としての正倉院
二 日本精神の兩極性
三 日本精神の偉大性
四 皇統一系の内面的意義
第六 興國運動の原理
一 世界戰の意義

二 レニン
三 ガンデイ
四 ケマル・パシヤ
五 日本に起るべき運動

第七 復興せらるべきものは何ぞ
一 『敏感なる國土』
二 震災後の『文化日本』
三 歐米模倣の最期

四 眞に復興せらるべきもの
第八 軍人と政治家よりの教訓
一 武門政治の國家的寄與
二 軍人と政治家との分化
三 現代政治の墮落
四 政治家としての鍛練



10月、宮崎県教育会西諸県郡支会編「西諸県郡誌」が刊行される。 pid/1213107 閲覧可能
第二編 西諸縣郡史 / 271
第一章 天孫降臨と高千穗ノ宮 / 271
第二章 神武天皇の御降誕 / 275
第三章 景行天皇の熊襲親征 / 275
第四章 諸縣ノ君と諸縣郡 / 281
第五章 古代の交通 / 283
〇この年、山口県教育研究会編「学級経営の実際」が「山口出版社」から刊行される。 
pid/1463444 
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第六篇 雜/(十一) 記念訓資話資料
吉田松陰先生
乃木大將/
毛利敬親卿
神甞祭 / 201
新甞祭 / 202
新年祭 / 202

神武天皇祭 / 203
大正天皇祭 / 203
春季皇靈祭 / 203
秋季皇靈祭 / 204
宮中三殿 / 204
〇この年、国民教育奨励会編「日本建国の史的研究」が「明治書院」から刊行される。  pid/1213247
◇―高千穗講演と紀行―
第一篇 神代より神武天皇創業に至る建國の歴史と
   →其の大精神 文部省圖書監修官 藤岡繼平
詞セ
第一章 家族道
第一節 子孫愛護
第二節 尊祖敬神
第三節 夫婦唱和
第四節 現時の囘顧
第二章 社會道
第一節 人口の揄チ
第二節 國土の發展
第三節 其實行
第四節 其ヘ化
第五節 其實現
第六節 大國民の度量
第七節 現時の囘顧
第三章 國家道
第一節 建國の神聖
第二節 其のコ化
第三節 國民の忠誠
第四節 國家の中心思想
第五節 現今の囘顧
第二篇 高千穗を中心とした日向の史蹟
一 天孫降臨と日向 宮崎中學校長
(一) 天孫降臨
(二) 日向の高千穗
(三) 覓國
(四) 神代の三陵
(五) 古き日向と新しき日向
二 日向の古墳に就て 宮崎縣博物館主事 P之口傳九カ
(一) 形式上より見たる古墳の分類
(二) 古墳の成立
(三) 段と湟と埴輪及び葺石
(四) 日向古墳の分布數量大小
(五) 棺槨
(六) 日向古墳の埴輪
(七) 副葬品
(八) 穴及地下式穴
第三篇 國史ヘ育の本義 文學博士 吉田熊次
一 總論
二 國史ヘ育の發達
三 國史ヘ授と國體觀念の養成
四 歴史ヘ授と國民思想のヘ養
第四篇 高千穗紀行 相澤熙
(一) 日向の高千穗
(二) 高千穗の昔と今
(三) 全日本の夏期大學
(四) 自然と神代の遺蹟
(五) 高千穗ク土藝術
(六) 茶話會と記念獻木
(七) 神橋下の小遊
(八) 夏期大學終る
(九) 阿蘇登山隊
(一〇) 宮崎鵜戸視察隊
(一一) 天孫三代の山陵
(一二) 宮崎公會堂
(一三) 宮崎から鵜戸
(一四) 島
(一五) 宮崎神宮
〇この年、中村徳五郎が「日本神代史」を「忠文館書店」から刊行する。  pid/1213255
参考 昭和7年版 中村徳五郎著 「建国とその由来 : 神代の新研究」 出版社:天佑社    pid/1188283  閲覧可能
参考 昭和8・(9)年版 中村徳五郎著 「日本神代史」 出版社:忠文館書店 と内容が同じ  pid/1213255
〇この年、横井春野が「地理的に観た大日本史の研究」を「日東書院」から刊行する。 pid/1212588
第一章 高天原と大八洲
第二章 神武東征
第三章 太古の産業状態
第四章 四道將軍
第五章 農村と市
第六章 氏姓と地名
第七章 日本武尊と東國
第八章 三韓と我國土
第九章 韓國服屬後のP戸内
第十章 上代都市の制と奈良の京
(略)
〇この年、西村文則が「詩歌日本史」を「雄山閣」から刊行する。 pid/1210852
出雲時代
一 肇國
二 素盞鳴ノ尊
三 大國主ノ命

高千穗時代
一 天孫降臨
二 神國伊勢
大和朝廷時代
一 神武東征
二 神武天皇即位
天皇親政時代
一 敬神崇祖
二 日本武尊の西征及東征
三 仲哀帝及び帝妃の大陸進展
四 漢籍渡來の影響
五 難波高津宮
六 佛ヘ東漸以前
七 佛ヘ東漸以後


〇この年、白須皓が「日本精神に還れ」を「農民社」から刊行する。 pid/1053812
第一 日本民族の信念
一 宇宙精神の發展
二 天皇と國民と國土
三 忠義は萬徳の本也
第二 神武天皇を虔仰し奉る
一 東征の意義
二 東征の準備

三 皇軍
日向を發す
四 速吸の門、珍彦の嚮導
五 菟狹津彦の奉迎、崗水門、埃宮、高島宮の駐蹕
六 中國、近畿の形勢
七 孔舍衙の激戰、五瀬命の薨去
八 名草戸畔の誅戮、熊野灘の厄難
九 丹敷戸畔の討伐、高倉下の殊勳
一〇 八咫烏の嚮導、道臣命の忠勇

一一 兄猾の抵抗、弟猾の服從、吉野土豪の歸順
一二 高倉山巓の膽望、椎根津彦の偵察、丹生川上の祭典

一三 國見丘の掃蕩、兄磯城の誅伐
一四 金鵄の瑞祥、饒速日命の恭順、長髓彦の滅亡
一五 建國の大業成る
第三 聖徳太子の偉業と大化の革新
一 時代は偉人の出現を俟つ
二 聖徳太子の外交
三 佛法興隆と神祇崇拜
四 十七條憲法の制定
五 太子の諸業績と薨去
六 大化の革新
第四 源頼朝と鎌倉幕府
一 貴族政治の消長
二 源氏の興隆と特性
三 英雄の風格
四 生死の關を去來す
五 伊豆の頼朝
六 頼朝鎌倉に據る
七 鎌倉幕府の意義
八 頼朝の面目
第五 元寇の役を偲ぶ
一 非常時を直視して
二 元寇役前の日元
三 文永の役
四 擧國敵愾の意氣
五 弘安の役
六 弘安勇士の面目
七 神佛の加護
八 日本精神の世界的光被
第六 明治維新と日本精神
一 武家政治の推移
二 尊王論の淵源と其發逹
三 幕府衰亡の社會的原因

四 外國勢力の壓迫と攘夷論
五 朝權の伸張と政權奉還
六 幕末と日本精神


〇この年、渡辺彦三郎, 星野定平編「神道千度鑑」が「皇国誠道会」から刊行される。 pid/1102360
御神
神武天皇 甲申詔書
八神 鎭祭
明治天皇 五箇條誓書
明治天皇 大教宣布詔
明治天皇 教育勅語
神祇ト倫理
夫婦ノ道
父子ノ道
君臣の道
忠孝兩全
兄弟ノ道
朋友の道


〇この年、伊藤千真三が「日本精神読本」を「東洋書院」から刊行する。  pid/1213228
前篇
第一 天神の誥命 古事記
第二 伊邪那岐尊の誥命 古事記
第三 天壞無窮の神勅 日本書紀
第四 神鏡奉齋の神勅 古事記 外二書
第五 神武天皇御東征の詔勅 日本書紀
第六 神武天皇御即位の詔勅 日本書紀

第七 神武天皇申大孝の詔勅 日本書紀
第八 雄略天皇の遺詔 日本書紀
第九 十七箇條憲法 聖コ太子
第十 天無二日・國無二王 上宮大娘姫王
第十一 一言定國 葛野王
第十二 忠孝の大道 主金蘭
第十三 文武天皇御即位の詔 續日本紀

第十四 古事記序 太安麿
第十五 懷風藻序 作者不詳
第十六 萬葉集の歌
第十七 八幡神宣 和氣C麻呂
第十八 君臣の本義 釋空海
第十九 忠孝一本の説 菅原道眞
〔附〕和魂漢才の説 菅原道眞
第二十 意見封事前文 三善C行
第二十一 立正安國論 釋日蓮
第二十二 我が國體の美 虎關師錬
弟二十三 神皇正統記 北畠親房
第二十四 神代口訣序 忌部正通
第二十五 武士の道 斯波義將
第二十六 文明一統論 一條兼良
〔附〕樵談治要 一條兼良
第二十七 神道大意 吉田兼倶
第二十八 中心爲忠の説 景徐周麟
第二十九 天下は天下の天下 織田信長
第三十 神道宣揚 豐臣秀吉
後篇
第一 天の本心 藤原惺窩
日本の神道 藤原惺窩
舟中規約 藤原惺窩
第二 本朝と王道 林羅山
第三 忠孝の大道 中江藤樹
道の論 中江藤樹
第四 集義和書の國體論 熊澤蕃山
第五 中朝事實 山鹿素行
配所殘筆 山鹿素行
聖ヘ要録 山鹿素行
第六 本邦七美説 貝原益軒
〔附〕國俗論 貝原益軒
第七 陽復記 度會延佳
第八 神道論 吉川惟足
第九 闢異と垂加草山崎闇齊
〔附〕敬内義外の説 佐藤直方
第十 靖献遺言 淺見〔ケイ〕齊
第十一 水戸學の精紳 コ川光圀
梅里先生碑陰の文 コ川光圀
楠公碑陰記 コ川光圀
義公のヘ訓五ケ條 コ川光圀
〔附〕大日本史叙 コ川綱條
第十二 烈祖成績と
   →澹泊史論 安積澹泊
第十三 保建大記 栗山潜鋒
第十四 中興鑑言 三宅觀瀾
第十五 日本水土考 西川如見
第十六 皇國の學 荷田東麿
第十七 國意考 賀茂眞淵
第十八 直毘靈 本居宣長
葛花 本居宣長
玉勝間 本居宣長
玉くしげ 本居宣長
玉鉾百首 本居宣長
〔附〕直毘靈附録 竹村茂雄
第十九 時交摘紕の
   →國體論 村田春海

第二十 古道大意 平田篤胤
人學問答 平田篤胤
伊吹於呂志 平田篤胤
第二十一 柳子新論 山縣大貮
第二十二 三語の國膿論 三浦梅園

第二十三 草茅危言の
    →國體論 中井竹山
第二十四 道は一のみ ョ山陽
第二十五 約言の國體論 廣P淡窓
第二十六 皇國本源の道 二宮尊コ
〔附〕報コ訓 二宮尊コ
第二十七 神州は萬國の
   →元首 會澤正志齊
下學邇言 會澤正志齊
新論 會澤正志齊
第二十八 弘道館記 コ川齊昭
第二十九 忠孝無二の論 藤田東湖
第三十 士道と國體の論 吉田松陰
武ヘ小學の序 吉田松陰
坐獄日録序 吉田松陰
1934 9 1月、中村徳五郎が「日本神代史」を「忠文館書店」から再刊する。
2月、「主婦の友 18(2)」が「主婦の友社」から刊行される。 pid/11030841
<抜粋>
映畫女優の樂屋探訪記(着色十四頁)/西條八十 ; 田中比左良
皇子御降誕奉祝歌/西條八十 / 80〜81
神武天皇の建國を憶ひ奉りて/コ富猪一カ / 82〜84
大評判の四大附録
(掛物附録)皇太子殿下御降誕記念 神武天皇御尊像
(別冊附録)(文集と書き方)婦人の手紙
(お子様附録)童話繪本やんばうさん
(特別附録)お惣菜榮養番附表

5月、 宇垣一成が「朝鮮 (228) p128〜128朝鮮総督府」に「神武天皇祭當日の總督謹話」を発表する。pid/3557623
5月、岸一太が「真の日本精神」を「明道会」から刊行する。  pid/1035585  閲覧可能
一、 國家觀念の研究
國體の眞意義
民族魂と國家觀念
上海事變に於ける爆彈三勇士
儒佛の教と惟神の大道
我は日本人なり
僧定心と人糞
日本人は死すとも不淨物を近けず
死の瞬間に發露する民族魂
公顯僧正と明遍僧都
公顯神呪を誦して神に祈願
大和魂と國家觀念
佛教と武門政治
覇道の旺盛と國體研究
國學四大人
平田先生一炊夫となる
板倉侯と平田先生
篤胤先生平田篤穩氏の養嗣子となる
平田先生と明治維新
思想國難來
眞の日本精神の誘發
國學による國家觀念
思想國難に對し國學を以ての對抗は不可
平田先生の神仙靈神
眞の日本精神を明にせんと欲せば
眞の惟神の道を明にせねばならぬ
思想國難に對する唯一方策
二、 眞の國體の意義
大日本帝國の國體と日本の國體
國學の權威の喪失
古事記と日本書記との
   →差別及其眞價の誤認
儒佛化したる神道と國體

大和民族の眞の惟神の大道
忠勇の基根
敬神崇祖の信仰と古事記
古事記は決して西洋の神話の
   →如きものにあらず
三、 國體意識
物質文明的國體
非物質文明的國體
歐米的國體模倣意識
尊皇報國の赤誠
左傾及右傾思想は誤りたる
   →國家觀念より生ず
四、 我國の神代史
我國神代史は天地創造史にあらず
天地初發の意義
山嶽及高地はエーテル中に突出す
神代に於ける空氣の成分と壓力
島は原始人なり
須佐之男命の同化開始
神代に於ける食物
火食の習慣
眞の神靈は火食し給はず
肉食を嗜む神は四魂不具足の神なり
神饌の種類によりて神の
   →種類を分別し得
五、 國體の種類
國體と民族の祖神
一系統の神魂の成りませる天皇
先住民族時代の國體
コロポツクルとアイヌ
大和民族の大日本帝國の國體
六、 萬世一系の天子
神武天皇の現はれ給ひし由來
大和民族の祖先
空氣層の増加と火食のはじめ
神代より人代への移行期と火食
崩御後の天皇の御魂
天業の恢宏と祖宗の御神威
天皇は天照大御神の御延長
天皇の幸魂と三種の神器
皇位を覬覦する不逞の者
國學の勃興と明治維新
明治維新と幸魂
神の定義と奇魂
靈的同化と男女兩性
七、 大和民族の男女の關係
大和民族の夫婦關係
男女同權の思想
毘賣と命
大和民族は夫婦同權にあらず
大和民族の夫婦關係
婦人と同化機能
家庭と國體
八、 我國の家庭
大和民族と大日本帝國
島族の同化
邇邇藝命による同化

建速須佐之男命と櫛名田比賣
大國主命と稻羽の八上毘賣
大國主命の國土奉還
大和民族の國家制度と萬機公論
立憲君主國民の家庭と共和國民の家庭
日本人と外國人との結婚
家長の血統を繼ぐべきもの
九、 敬神崇祖の信仰
大祖神と民族とは一系
二民族以上より成る國家

祖神にあらざる神の信仰
一民族一國家の大日本帝國
只單に靈的に生ずる尊皇の念
敬神崇祖即四魂具足の惟神の大道
國民の信仰の中心と國家の中心
民族超越の理想神
民族魂信仰と理想神の信仰
民族同化による祖神の信仰統一
一〇、 大和民族の政治
祭政一致の政治
明治維新と歐米文化
大和民族と議會政治
氏子の推薦による良國士
一一、 四魂と國家の軍備
四魂具足の軍備
天皇陛下萬歳
報國的軍備と忠君的軍備
氏神及祖靈と國家
一二、 四魂具足の産業
功利的産業と奇魂的産業
我國の産業歐米先進國を凌駕す
荒魂的幸魂
和魂的幸魂
奇魂的幸魂
一三、 結論 眞の日本精神
三魂民族の日本精神と
    →四魂民族の日本精神
第一先住民族の祖神
四魂不具足の惟神の大道と
   →四魂具足の惟神の大道
民族交代の過渡期
細胞の波動の如き國民間の擾亂
眞の大和魂の作興
各國家各民族の統一
跋・安房玉太郎

9月、神武天皇御東遷記念二千六百年祭全國協賛會著「神武天皇御東遷と日向國」が刊行される。
 
注記 黒板勝美謹記 大きさ、容量等 8p  所蔵:和歌山大学 附属図書館
9月、津田左右吉が「古事記及び日本書紀の新研究」を「洛陽堂」から刊行する。5版 
pid/1918863
 閲覧可能 
 大正8年8月初版
總論
一研究の目的及び其の方法
記紀の性質に關する疑問―批判の必要―其の二方法
本文研究の第一の用意―誤れる合理主義―新井白石、本居宣長、及び近代諸學者の神代史の解釋―其の批評―解釋の方法―民間説話として―上代人の思想及び風習の理解―神話として―記紀の構想
外國の史料―考古學的知識―人種及び民族上の問題
二 我々の民族と支那人及び韓人との交渉
漢史に見える倭―ツクシ人と樂浪帶方との交通―邪馬臺國―漢史の記載と記紀の上代史との沒交渉―韓半島の形勢―我が國と百濟との關係―ヤマトの朝廷のツクシ統一と東方亞細亞の大勢―新羅
三 文字の傳來と古事の傳承
文字の傳來―口碑―ツクシの文化と文字―語部の問題―俗説の謬妄―語部の性質に關する臆説
四 記紀の由來性質及び二書の差異
太安萬侶の古事記の序文と其の解説―帝紀と舊辭との性質―推古朝撰修の天皇記國記及び諸本記―帝紀と舊辭とが書籍であること―其の撰述者―其の最初の編纂の時期―修補の時期―帝紀と舊辭との混亂せる事情―官府の撰修に伴ふ缺陷―阿禮の誦習の意義―國史撰定の準備事業―安萬侶の撰録の意義―宣長の誤謬
國史撰定の企圖と其の經過―書紀の撰録―記紀の比較―書紀の功過
五 記紀の記事の時代的差異
舊辭に於ける仲哀天皇以前と應神天皇以後との差異―帝紀に於いて―時代の推定せらるべき時期―此の書の研究の範圍
第一章 新羅征討の物語
一 物語の批判
物語の諸要素―記紀の比較―征討の動機、クマソの問題―寶の國―海外に國の無いこと―親征、進軍路、都城進撃のこと―新羅の降伏、誓約、貢献のこと―百濟及び高句麗の問題―宗ヘ的思想―民間説話的分
物語に現はれたる歴史的事實―新羅壓服の時期如何―百濟服屬の時期―加羅の關係―親征の問題―魏志の倭女王卑彌呼に關する大和人の解釋―物語形成の時期―書紀の物語の潤色せられた時期―高句麗との交渉
二 加羅の問題
新羅威壓の眞理由如何―加羅―崇神紀、垂仁紀に於ける加羅人來朝の物語と其の批判
三 新羅に關する其の他の物語
アメノヒボコの物語と其の批判―ヒボコの物語に於ける扶餘の傳説―スサノヲの命及びイタケルの命の新羅物語と其の批判―姓氏録の記事と其の批判
第二章 クマソ征討の物語
一 ヤマトタケルの命に關する物語
物語の要素―記紀の比較―其の批判―イヅモタケルに關する物語
二 記紀に現はれてゐるクマソ
古事記大八島生成の物語に於けるクマソ―ツクシ、ヒ、トヨ三國―ヒムカとクマソ―物語と事實―國の意義―クマソの名義―書紀に見えるソ―クマ―クマソの名の由來
三 景行天皇に關する物語
巡幸の御道筋―豐前豐後地方の土蜘蛛征服―クマソの平定―肥後筑後地方の土蜘蛛征服―物語の批判―地理上の錯誤―地名説話―人名―支那思想―歌謠
物語の中心思想―物語に於けるクマソの勢力範圍―クマソの名の由來―歴史上のクマソ―其の中心地域―クマソ平定の時期
クマソ物語に於ける記紀の比較―物語形成の時期
附録一 風土記の記載について
文章について風土記と書紀との對照―撰録時期―説話の内容に於いて書紀もしくは其の史料たる舊辭との關係―舊辭に基づきたる物語―出雲風土記の國引説話―風土記に存する歴史的事實
附録二 土蜘蛛について
記紀に見える土蜘蛛―風土記の土蜘蛛―土蜘蛛の名の意義―土蜘蛛と女性
第三章 東國及びエミシに關する物語
一 古事記の物語
ヤマトタケルの命の東方十二道綏撫―其の意義―物語の批判―宗ヘ的思想―東國の政治的地位
二 書紀の物語
古事記との差異―エミシの問題―物語の批判―支那思想―物語形成の時期―國郡制置、越の三分
物語に於けるエミシ、ヒタカミの國と陸奧國―歴史上のエミシ經略―大化以後の陸奧國―大化以前の道の奧―ヒタカミの國―風土記及び祝詞のヒタカミ―タカの水門―天武朝前後の時勢の反映としての物語
書紀のエミシに關する記載―其の批判―エミシに對する態度の變遷―景行天皇巡幸の物語
第四章 皇子分封の物語
一 氏姓及び系譜
景行朝の皇子分封―氏姓の混亂―氏姓に關する記紀の記載の矛盾と其の批判―古語拾遺及び姓氏?の記載―記紀の系譜の不一致―國造縣主について―系譜制定の事情―舊事紀の國造本紀に對する批判
二 上代の家族生活 2)
家族制度に關する疑問―結婚の風習―近親結婚に關する附近諸民族の状態―母系時代の痕跡、母子の關係―女性の地位―父系相續―近親結婚の馴致せられた事情―totemismに關する問題
家族制度の不整頓―氏と家族關係―カバネの問題―平民社會に於ける風習
第五章 崇神天皇垂仁天皇二朝の物語
一 神の祭祀
記紀の記載―其の比較―神婚譚―蛇と神
神としての惡靈―死者に對す
る恐怖―モノイミ、taboo―ミソギ、祓、惡靈に對するmagic―延喜式の神社―神としての精靈―物品と神―精靈と惡靈、神の祟りと祟る神―種々のmagic―人身の犧牲―穀物について―神に對する供物―支那人の風習―神の居所、ヒモロギ―神の祭祀と部族生活―死者に對する思想の變遷
政治と宗ヘ、君主と巫祝及び神―多神ヘ的傾向―天界及び空界の神―人文神―神と人格―神と邪神―神の祭祀と個人―死者は神で無い―祖先は神で無い―靈魂上天の思想の無いこと―人身の犧牲に對する反對思想―上代の宗ヘ思想に含まれてゐる發達の諸階級―神に統制の無いこと―totemismの問題
皇室の宗ヘ的地位―神として、邪神斥攘の任務―巫祝として、皇室と祭祀
皇室と世襲的政治組織に於ける諸氏族との結合―祖先と神代―神代の意義―祖先神の觀念―神代史上の神と民間信仰の神―神代史に於ける神の血統的關係と宗ヘ的意義―神代史の政治的意義―民間信仰に吸收せられた神代史上の神―祖先神に於いて―祖先神と宗ヘ的信仰―ミワの祭祀の物語の意義
ワニに就いて―ワニの四條件―海蛇説
二 傳説的物語
ミワの神の神婚物語―ホムチワケの皇子の物語―タヂマモリの物語―常世國と神仙ク―船舶、調貢の起源の物語―土偶の物語―所謂四道將軍の物語
第六章 神武天皇東征の物語
一 東征の物語
進軍路に關する記紀の比較―其の批判―物語の原形―事實と見なし難い點―ヤマト平定以後の物語―御稱號のイハレに關する疑問―御名について
ヒムカに關する問題―タカチホ、カサヽの崎―ヒムカの地理的、歴史的地位―物語の宗ヘ的意義、君主と神
二 神代と人代
神代と上代―神代と人代
結論
記紀の記載の差異と物語の變化―記紀共通の記載についての變化潤色―記紀の物語と國家經營の順序―記紀の物語の資料―後世の事實、民間説話、風俗―應神天皇以後の物語―外來の知識と實際生活
記紀の物語は民族の歴史では無い―民族問題に對する俗説の謬妄―記紀の物語の精神と其の價値
附録
三國史記の新羅本紀について
新羅紀に見える倭―三世紀以前の新羅―建國説話―領土擴張の記事―支那的政治道コの思想―新羅紀の資料―國王の世系年紀―倭に關する記事―王室の祖先に關する東方諸國の説話―新羅紀と日本書紀
補訂 / 索引
10月、鈴木重次編「祖国日向聖蹟名勝顯彰写真帳 : 神武天皇御東遷弐千六百年記念」が「宮崎県教育会」から刊行される。 47枚 ; 23×30cm  所蔵:宮崎県立図書館
11月、「アカツキ 9(11)」が「日本青年協会」から刊行される。  pid/1890891
頭言
神武天皇御東遷と日向國 / K板勝美

日米關係を語る(二) / 齋藤博
歐米の日本研究熱 / 佐藤稠松
民族蹶起の歌――興安軍官學校軍歌
苦力の生活 / 木村莊十
今年の凶作 / 山口武
(略)

〇この年、渡辺俊が「神武天皇御伝」を「神国会」から刊行する。 pid/1234186
第一章 神代史概説
第一節 神代史觀
第二節 神代史並に上古史の史料に就て
第三節 記・紀の成立と其の中心思想
第四節 神代史略
第五節 神代御系譜略
第二章 日向に於ける狹野尊
第一節 御尊號・御名義・御諡號
第二節 御降誕傳説地
第三節 狹野尊の立太子とその是非の論
第四節 吾平津媛(阿比良比賣)の入宮と皇子の御誕生
第五節 宮崎皇居
第三章 天業恢弘
第一節 天孫降臨よう神武天皇東遷に至る間の推移
第二節 天業恢弘の大詔
第三節 東征は東遷なりとするの諸説
第四節 御進發と筑紫巡狩
第五節 P戸内海の東進
第六節 紀伊・大和地方の状況
第七節 孔舍衙の3役
第八節 五P命の薨御と紀伊經略
第九節 大和經略
第四章 橿原肇國
第一節 建國の大詔と橿原奠都
第二節 橿原宮の造營と橿原神宮
第三節 媛蹈鞴五十鈴姫命の立妃
第四節 即位・立后の大典擧行
第五節 紀元節
第六節 文武官職の大綱
第七節 論功行賞
第八節 鳥見靈畤と八神殿の由來
第九節 日向行幸説
第十節 國内御巡行と國號の由來
第十一節 神渟名川耳尊の立太子
第十二節 崩御・寶壽・御陵・神武天皇祭
第五章 神武天皇御年譜
附録 綏靖天皇御傳
第一節 御系統・御名義・御諡號
第二節 立太子
第三節 御風釆・御性格
第四節 手研耳命の變
第五節 手研耳命變後の結果
第六節 綏靖天皇の即位・奠都と空位三年に就て
第七節 媛蹈鞴五十鈴媛命の立皇太后
第八節 皇后五十鈴依媛命と諸皇妃
第九節 神八井耳命の薨御とその裔孫
第十節 磯城津彦玉手看見尊の立太子
第十一節 綏靖天皇の崩御・寳壽・御陵
第十二節 〔缶+欠〕史時代


〇この年、沢秀禅ほか編「天野山金剛寺小史ほか」が刊行され「建国奉仕隊指導要項」が掲載される。 
〇この年、「神国日本の精華」が「全国氏子会」から刊行される。 pid/1908846 
口繪
一 神勅
二 伊勢神宮
三 橿原神宮
四 明治神宮
五 神武天皇即位位四年の詔
六 神武天皇皇祖天神を祭り給ふ
七 崇神天皇四道將軍を發遣し給ふ
八 日本武尊
九 神功皇后
十 天智天皇蘇我入鹿を誅し玉ふ
第一章 總説
第二章 神代の傳
第一節 別天神
第二節 神代七世
第三節 修理固成
第四節 天照皇大神の御降誕
第五節 伊邪那美命神避たまふ
第六節 伊邪那岐大神の禊祓
第七節 建速須佐之男命妣國を慕ひ給ふ
第八節 天の安河原に於ける神議
第九節 速須佐之男命天降したまふ
第十節 大國主命國修理したまふ
第十一節 天孫降臨
第三章 肇國の大精神
第四章 天孫降臨
第一節 寳祚無窮
第二節 三種神器
第五章 神武天皇天業恢弘
第一節 東遷の大議は天祖の詔勅による

第二節 神武天皇の御即位と天業恢弘
第六章 明治維新の宏謨
第七章 憲法發布の詔勅
第八章 國體に關する諸家の意見
第一節 大和心の文化的光り
第二節 日本武士道の一考察
第三節 尊嚴なる我皇室と國民
第四節 天皇の地位及び大權
第五節 皇室中心の道コ
附繪


〇この年、野村益三が伊勢参宮三都めぐり」を「帝都教育会」から刊行する。 pid/1232278
外宮……うらゝかな空
うつくしい朝日影
表參道
兩宮の結構
さま[ザマ]のご神事
内宮……五十鈴川
神路山
雄大な杉の並木
式年遷宮式
皇室と神宮
國民と神宮
徴古館……石器時代
神代
天孫ご降臨
日向の帝居
宮崎神宮
神武天皇のご偉業
歴朝のご治績
日本武尊
神功皇后樣
大化の改新
平城遷都
農業館……品種改良
おさとう
鹽の問題
お米にしても
嗜好料品
油脂染料
纎維工業
燃料問題
化學工業
牛馬羊豚
榮養問題
水産業の現状
二見か浦
見え渡る島々
養殖眞珠
紀州路
海上旅行
日本の海運
我國貿易の大勢
人口食料問題
海の彼方へ

〇この年、国府犀東等が「神国日向」を「九州風景協会」から刊行する。  pid/1234063
皇祚登祥の靈地
神の國から神秘の國へ
霧島か高千穗か
霧島山の天然美
霧島靈峰の尊嚴
宮崎神宮
皇宮家
狹野神社
皇子原
都嶋と都城臺地
祖母山と四皇子ケ峯
皇子原か四皇子ケ峯か
四皇子ケ峯と高千穗神社
高千穗峽
比叡山と矢筈嶽
行縢山
可愛山陵と可愛嶽の戰蹟
延岡市
乙嶋
富高と伊勢ケ濱
美々津
米良と椎葉
津農町と高鍋町
廣P
佐土原町と座論梅
國府と國分寺
無戸室阯と丹裳小町
妻町の都滿神社
西都原の古墳群
本庄町の古墳と藥師
宮崎市
小戸神社と檍ケ原

鵜戸神宮
梅ケ濱
油津港と運河

都井岬と有朋灣
福島町
飫肥
都城市
關の尾の甌穴群
狗留孫峽(日向耶馬溪)
小林町と陰陽石
京町温泉ク
日向の今昔
神武天皇の御東征(大古)
耳川の役(中古)
可愛岳(明治)
一本の白い道(現代)




12月、大塚武松, 藤井甚太郎共編川路聖謨文書 : 東洋金鴻 川路聖謨遺書 文久3年上書留記 第8巻」が「日本史籍協会」から刊行される。  pid/1075417
川路聖謨文書 1〜8巻までの一覧表  閲覧可能
川路聖謨文書 発行月 内容 pid
第一巻 S7・7 一 濃役紀行 自天保九年四月廿二日 至同年七月十一日 / 1
一 岐岨路の日記 自天保九年四月九日 至同年七月十二日 / 145
一 島根のすさみ 自天保十一年六月八日 至同十二年五月廿六日 / 197
pid/1920510
第二巻 S8・4 一 玉川日記 全 自弘化二年二月十八日至同年同月廿四日 / 1
一 寧府紀事 第一 自弘化三年三月四日至同年十二月廿九日 / 13
pid/1920520
第三巻 S8・7 一寧府紀事 第二 自弘化四年正月元日 至同年十二月晦日 pid/1920528
第四巻 S8・10 一寧府紀事 第三 自嘉永元年正月元日至同年十二月廿九日 pid/1920537
第五巻 S9.1 一 寧府紀事 第四 自嘉永二年正月元日至同年十二月三十日 pid/1920546
第六巻 S9・3 一 浪花日記 自嘉永四年五月十二日至同年十月朔日 / 1
一 房總海岸巡見日記 自嘉永六年六月廿二日至同年六月廿八日 / 143
一 長崎日記 自嘉永六年十月廿九日至同七年二月廿五日 / 147
一 下田日記 自安政元年十月十七日至同二年四月廿九日 / 249
一 京都日記 自安政二年九月七日至同年十一月廿一日 / 343
一 京日記 自安政五年正月廿一日至同年四月二十日 / 387
pid/1920554
第七巻 S9・5 一 座右日記 自万延元年四月朔日 至文久三年十二月三十日 / 1
一 千里飛鴻 自文久三年四月八日 至同年七月二日 / 195
一 慈恩集録 自文久三年十二月廿七日 至元治元年五月二十日 / 309
一 つくしのひなみ 自慶應元年七月廿五日 至同年八月十六日 / 401
一 東洋金鴻 自慶應二年十月廿一日 至同四年三月七日 / 411

pid/1920561
第八巻 S9・12 東洋金鴻 自慶應二年十月廿一日至同四年三月七日 / 1p
川路聖謨遺書 / 125p
文久三年上書留記 / 215p
神武御陵考 / 225p
よしの行記 / 239p
川路家藏書翰集
附録 / ね覺のすさひ/松操 p495〜512 
明治16年1月の末しるす
pid/1075417
〇この年、谷村為海編「山陵 一」が刊行される。 pid/1688326
天津彦彦火瓊瓊杵尊、可愛山陵
彦火火出見尊、高屋山上陵
彦波瀲武□□草葺不合尊
  →(ひこなぎさたけうかやふきあえずのみこと)

  →吾平山上陵
神武天皇、畝傍山東北陵
綏靖天皇、桃花鳥田丘上陵 )
安寧天皇、畝傍山西南御陰井上陵 
懿コ天皇、畝傍山南纎沙溪上陵 
孝昭天皇、掖上博多山上陵 
孝安天皇、玉手丘上陵
孝靈天皇、片丘馬坂陵 
孝元天皇、劍池嶋上陵 
開化天皇、春日率川坂上陵 
崇神天皇、山邊道勾岡上陵 
垂仁天皇、菅原伏見東陵 
垂仁天皇皇后日葉酸媛命、狹木之寺間陵
景行天皇、山邊道上陵 
景行天皇皇后播磨稻日太カ姫命、日岡陵
成務天皇、狹城盾列池後陵
仲哀天皇、惠我長野西陵 
神功皇后、狹城盾列池上陵
應神天皇、惠我藻伏崗陵 
應神天皇皇后仲姫命、仲津山陵
仁コ天皇、百舌鳥耳原中陵
仁コ天皇皇后磐之媛命、平城坂上陵
履中天皇、百舌鳥耳原南陵 
反正天皇、百舌鳥耳原北陵 


〇この年、谷村為海編「山陵 二」が刊行される。 pid/1688325
(略)
仁賢天皇、埴生坂本陵 
武烈天皇、傍丘磐坏丘北陵 
繼體天皇、三島藍野陵 
繼體天皇皇后手白香皇女、衾田陵
安閑天皇、古市高屋丘陵 
安閑天皇皇后春日山田皇女、古市高屋陵

宣化天皇、身狹桃花鳥坂上陵
 →宣化天皇皇后橘仲姫皇女、身狹桃花鳥坂上陵 合葬
欽明天皇、檜隈坂合陵 
敏達天皇、河内磯長中尾陵 欽明天皇皇后石姫皇女
 →磯長原陵 合葬
敏達天皇皇后息長廣姫、息長陵
用明天皇、河内磯長原陵 
厩戸豊聰耳皇子(聖コ太子)磯長墓
崇峻天皇、倉梯岡上陵 
推古天皇、磯長山田陵 
舒明天皇、押坂内陵 
孝コ天皇、大阪磯長陵
齊明天皇、越智岡上陵  皇極天皇重祚 
 →孝コ天皇皇后、間人皇女越智岡上陵 合葬
天智天皇、山科陵 
春日宮天皇、田原西陵 贈
贈皇太后春日宮天皇妃紀橡姫、吉隱陵
弘文天皇、長等山前陵 
(略)

〇この年、上野賞輔編「日本精神之真髄」が「皇道之日本社」から刊行する。 pid/1053585
吾が國體・吉田松陰
遺訓(その一)・西郷南洲
櫻田烈士義擧懷中書
遺書・蓮田市五郎
阪下義擧斬奸趣意書
阪下義擧感懷・兒島強介
遺書・川邊佐治衞門
省〔ケン〕録・佐久間象山
英將秘訣・阪本龍馬
永訣書・吉田松陰
獄中ヨリ妹ニ與フル書・同上
遺訓(その二)・西郷南洲
自叙傳・清川八郎
神州恢復秘策(その一)・楢崎節庵
永訣書・宇津木靖道
遺訓(その三)・西郷南洲
武士道・吉田松陰
正氣歌・藤田東湖
大義名分・戸原繼明
獄中ヨリ妻ニ與フ・本城清
獄中ヨリ遺兒ニ與フ・同上
啓發録・橋本佐内
武士の心得・佐久間象山
時勢論(その一)・中岡愼太郎
浩然之氣・吉田松陰
神武必勝論・平野國臣
解腕痴言・久坂玄瑞
神州恢復秘策(その二)・楢崎節庵
遺書・松山深藏
經緯愚説・眞木知泉
回顧録・吉田松陰
時勢論(その二)・中岡愼太郎

血盟之約・久坂玄瑞
獄中書・山田十郎
歴代天皇御製 二七首
明治天皇御製 二七首
和歌
有村治左衞門
大國隆正
金子教幸
佐野竹之助略)
略歴


1935 昭和10 4月、佐藤仁之助が「校註 :神皇正統記選 」を「三成社書店」から刊行する。 pid/1028425  閲覧可能
一、 神國
二、 國號
三、 神皇の正統
四、 大日本天地開闢
五、 伊弉諾尊 伊弉冉尊
六、 大八洲國
七、 君主
八、 天益人
九、 御禊
一〇、 天照大神
一一、 素戔烏尊
一二、 天石窟
一三、 八岐大蛇
一四、 大國主神
一五、 天忍穗耳尊 十種神寶
一六、 皇孫
一七、 三種神器論

一八、 高千穗□觸峰
(くしふりのみね)降臨
一九、 彦火火出見尊
二〇、 彦波瀲武□□草葺不合尊

   →(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)

二一、 寶祚無窮
二二、 神武天皇
二三、 孝靈天皇
二四、 崇神天皇
二五、 垂仁天皇
二六、 景行天皇
二七、 仲哀天皇
二八、 神功皇后
二九、 應神天皇 經史傳來
三〇、 八幡麿
三一、 三教神道
三二、 仁徳天皇
三三、 雄略天皇 豐受大神宮
三四、 顯宗天皇
三五、 繼體天皇
六、 欽明天皇
(略)

八三、 後醍醐天皇
八四、 九十六代天皇

4月、朝比奈宗源が「警察協會雜誌 (417)p56〜62 警察協會」に「國家非常時に處した北條時宗の修養」を発表する。〔参考〕 pid/1474440
5月、増沢淑が「新尋常小学国史插画解説」を「明治図書」から刊行する。 pid/1279775 閲覧可能
    
※ 大正14年版 尋常小学国史插画解説  pid/939077 閲覧可能
5月、天恩奉謝団本部纂「明治天皇御聖行」が「天恩奉謝団本部
(大阪府縄手村)から刊行される。 pid/1094774 閲覧可能
五箇條の御誓文
天壤無窮の神勅・(日本書記)
神武天皇御即位の大詔・(日本書記)
教育勅語
御製と御聖行 / 5〜33
6月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 41(6)(490)  国学院大学」が刊行される。 pid/3365132
大祓精神の普及徹底は祭祀の嚴修にあり / 今泉定助
大祓精神について / 貴族院議員 男爵 千秋季隆
大祓と生命更新の原理 / 東京帝大神道研究室 溝口駒造
惟神
(かんながら)の意義と帝國憲法第三條 / 新井無二カ
形容詞本質論 / 土淵英
神道の理念につきての一考察 / 西田長男
總社本古事記について / 木下祝夫

〇この年、鈴本武一が「氏神と氏子」を「五色屋書房」から刊行する。 pid/1036647
第一編 氏子の奉ずべき眞の神道
第一章 氏神と氏子との關係
第二章 國家の隆昌と祭祀の道
第三章 神國日本
第四章 事あれば必ず神威現はる日本
孝明天皇御眞影
第五章 祭政一致といふ事
第六章 忠孝一本
第七章 祭祀の種類
第八章 氏神と人類生死の眞相
第九章 神助と國防の完成
靖國神社御寫眞
第十章 祈りに對する神應
第十一章 伊勢神宮大麻(お札)拜受に就いて
第十二章 出雲大神と産土神との御關係並に御心
第十三章 清潔なる氏子としての心得
(一) 神棚の祀り方に就いて
(二) 神拜の心得
(三) 神拜次第
(四) 神前を御遠慮すべき日
(五) お守佩帶の仕方に就いて

第十四章 大切なる先祖祀り
第十五章 補説したき事ども
(一) 參宮と物見遊山
(二) 祭りの亂用に就いて
(三) 高貴なる御方々のお寫眞取扱ひに就いて
(四) 神前結婚に就いて
(五) 天神地祇の訓義
(六) 氏神と産土神との混同に就いて
村山惣作先生謹詠國體の歌
第二編 拜承すべき公式御祭典の由來
緒言
第一 御例祭
第二 四方拜
第三 元始祭
第四 祈年祭
第五 紀元節
第六 春秋二季の皇靈祭並に神殿祭
第七 
神武天皇祭 / 193
第八 孟夏季秋の神衣祭
第九 天長節
第十 大祓の神事
第十一 神嘗祭
第十二 明治節祭
明治神宮御寫眞
第十三 新嘗祭
第十四 大正天皇祭
第十五 初午祭神御來歴
第三編 御神名並に靈魂の解説
附録
第一 神宮並に官國弊社一覽表 / 1〜17
第二 
村山惣作著 世界大平和ノ指導大理
   →「日ノ本スメラギ」神ノ道圖表(別刷)
第三 神拜祝詞(別刷)
7月、亘理章三郎と大杉謹一 が「日本精神史纂要」を「中文館書店」から刊行する。 pid/1138146
修理固成ノ神勅
天壤無窮ノ神勅
齊鏡ノ神勅
神武天皇紀東征ノ大御言
神武天皇紀橿原尊都ノ詔
神武天皇紀天神祭祀ノ詔
崇神天皇紀四年ノ詔
御肇國天皇

聖徳太子十七條憲法
推古天皇神祇祭祀ノ詔
大槻樹誓下ノ誓
孝徳天皇大化改新ノ詔
大化二年二月詔
大化二年三月東國ノ
   →國司ニ下シ給ヘル詔
皇太子中大兄皇子ノ奏請
大化三年ノ詔
文武天皇即位宣命
聖武天皇即位宣命
聖武天皇天平勝賓元年宣命
五箇條ノ御誓文
明治維新ノ御宸翰
刑律改撰ノ詔
皇靈選座ノ詔
元老院議長熾仁親王ニ
   →國憲起草ヲ命スルノ勅書
國會開設ノ勅諭
軍人への勅諭
幼學綱要頒賜ノ勅諭
皇室典範及帝國憲法欽定ノ御告文
皇室典範上諭
大日本帝國憲法發布勅語
大日本帝國憲法上諭
教育ニ關スル勅語
清國ニ對スル宣戰ノ詔勅
日清平和克復ノ詔
露國ニ對スル宣戰ノ詔勅
東京帝國大學ニ於ケル軍國多事ノ
   →際教育ニ關スル御沙汰
日露講和成立ノ際下シ給ヘル詔勅
戊申詔書
東京高等師範學校ニ於ケル普通教育ニ關スル御沙汰
大正天皇踐祚後朝見ノ御儀ニ於テ賜ハリタル勅語
大正天皇即位禮當日紫宸殿ノ
   →御儀ニ於テ賜ハリタル勅語
大正天皇御大禮完了後ニ於ケル教育ニ關スル御沙汰
平和條約公布ニ關スル詔書
學制頒布五十年記念式典ニ於ケル
   →教學振興ニ關スル勅語
國民精神作興ニ關スル詔書
今上陛下踐祚後朝見ノ御儀ニ於テ賜ハリタル勅語
今上陛下即位禮當日紫宸殿ノ
   →御儀ニ於テ賜ハリタル勅語
今上陛下御大禮完了後ニ於ケル教育ニ關スル御沙汰
東京高等師範學校記念式典ニ於ケル教育ノ
   →任ニ在ル者ニ對シ下シ給ヘル勅語
國際聯盟離脱ニ關スル詔書
全國小學校教員精神作興大會ニ於ケル
   →教育ノ任ニ在ル者ニ對シ下シ給ヘル勅語
祝詞
新年祭
大殿祭
六月晦大祓
萬葉集
海犬養宿彌岡麿應詔歌一首
賀陸奥國出金詔歌一首并短歌
慕振勇士之名歌一首并短歌
天地之、初時從(大伴家持)
於吉美能、美許等可之古美(防人歌)
邪布與利波、可故里見奈久弓(防人歌)
喩族歌一首并短歌
藤原廣嗣上表交ノ一節
   →(松浦廟宮本縁起)

八幡神宣(續日本紀)

藤原繼縄等上續日本紀表
君臣之位自然各定(日本逸史)
三善清行、封事(本朝文粹)
帝王之業、非可以智競(將門記)
重盛父を諫む(源平盛衰記)
明惠が泰時への戒喩(澁柿)
宏覺禪師祈願文
後伏見天皇賀茂社御願書
   →(扶桑拾葉集)
三神器(元亨釋書)
北畠親房、神皇正統記摘録
君雖不君、不可臣以不臣(太平記)
吉田兼倶、名法要集摘録
慶長勅版活字本神代卷跋文
中江勝樹、翁問答摘録
伯夷の志(藤樹全書初編)
恩地左近太郎聞書摘録
出口延佳、陽復記摘録
同、太神宮神道或問摘録
吉川惟足の言(神學承傅記)
山崎闇齋と孔孟來襲(先哲叢談前編)
山鹿素行、中朝事實序、皇統章摘録
同、配所殘筆摘録
土津靈神碑(保科正之垂加文集)
楠正成像賛(朱舜水先生文集)
徳川光圀、西山公随筆摘録
徳川光圀の説(玄桐筆記)
大日本史叙
進大日本史表
大日本史、神武天皇紀賛

同、諸臣傳賛
同、孝子傅序及賛
同、義烈傳序及賛
淺見絅齋、中國辭(靖獻遺言講義)
若林強齊、神道大意摘録
松岡仲良、神道學則日本魂
西川如見、町人嚢底拂摘録
度會常彰、日本國風摘録
放伐問答摘録
本居宣長、直毘靈
同、くず花摘録
同、玉かつま摘録
市川匡麿、まがのひれ摘録
夏目甕麿、古野の若菜摘録
頼山陽、日本外史
楠公論
第二論
藤田幽谷の言(聲文私言)
會澤安、新論摘録
同、迪彝篇國體第二摘録
同、及門遺範、藤田幽谷の言
徳川齊昭、弘道館記
藤田彪、和文天祥正氣歌
國史略、岩垣松苗の言
吉田松陰、士規七則
回顧録附載將及私言
   →吉田松陰の言
幽室文稿、評齋藤生文
明治元年漢學所學則
明治二年大學校規模に關する達
福澤諭吉、學問のすすめ初編摘録
同、帝窒論摘録
伊藤博文、憲法義解摘録
須多因氏講義節略
井上毅、梧陰存稿摘録
西村茂樹,徳學講義摘録
12月、岡彩雲 が「長慶天皇と楠正勝」を「長慶天皇御陵顕彰会」から刊行する。 pid/1221582  閲覧可能 参考
第一編
第一 概論
其一 勤王思想勃興
其二 楠氏之光榮
其三 咲き殘る南朝の名花
第二 長慶天皇御即位
第三 芳山に漲る惡氣流
第四 改元の歳(吉野御還幸の事共)
第五 賊軍大和を追はれて紀伊に敗る
第六 官軍の配置
第七 文中と改元
第八 吉野御還幸
第九 文中三年の戰績
第十 天授元年(水島の戰况)
第十一 天授元年(御法會の事共)
第十二 楠正勝悲憤の涙
第十三 寡を以て衆を破る(記磨原の激戰)
第十四 孤城落日紀の川筋
第十五 妹背山の兩岸に起る鯨波の聲
第十六 天皇の御仁慈(弘和年間の御事蹟)
第十七 長慶天皇と湯の原温泉
第十八 後龜山天皇御即位
第十九 南山に降りそゝぐ落花の雪
第二十 南北朝合一と十津川の光榮
第二十一 楠正勝の深謀と其企劃
其一 十津川蟄居の理由
其二 長慶天皇御英靈
第二十二 堺浦の兵火
第二十三 英雄の心事と十津川ク
第二編 南朝遺臣録
第一 南朝の遺臣十津川に集結
第二 高取籠城
第三 多武峰擧兵
第四 高取落城
第五 越智、楠、C凉殿に火を縱つ
六 南朝中興天皇樹立(十津川皇居)
第七 河P河城頭の露
第八 十津川の雪悲しき末路
第三編 南山拾遺
第一 竹原八カが後裔の舊家に遺る古文書
第二 河津宮の傳説(十津川辨丸出しの老翁物語)
第三 天皇を禰宜奉る萬歳樂の行列
第四 長慶天皇御幼時の御逸話
第五 天皇の御孝心、十津川の經濟的貢献(笠置寺造營と
   →十津川材木献上記)
第六 國王神社造營の奉行職源康村の半面
附録
大和十津川長慶天皇御陵墓顯彰史料に對する批判(其一)
大和十津川長慶天皇御陵墓顯彰史料に對する批判(其二)


〇この年、芳賀矢一編,上田万年, 長谷川福平 訂補「帝国読本紀要 巻9」が「富山房」から刊行(新制第2版)される。 pid/1103291
一 春興(朗詠)
二 菅笠日記・本居宣長
三・四 新島守・増鏡
五 神武天皇と後醍醐天皇・幸田露伴
新葉集の歌(自修文)・大町桂月
六 大原御幸・平家物語
七 東洋の詩興・夏目漱石
八 一系の天子(俳句新調)
九 國民思想の獨立・阿部次郎
一〇・一一 國學と日本精神・河野省三
一二 新たなろ説を出すこと・本居宣長
一三 みくにまなび・平田篤胤
逆境の恩寵(自修文)・
加藤玄智
一四 御堂關白・大鏡
一五 自覺の徹底・吉田靜致
一六 世界の四聖・高山林次郎
一七 東下り・伊勢物語
一八 石彫獅子の賦(詩)・
薄田泣菫
一九 月草の花・増鏡
二〇 千里が竹・近松門左衞門
教化上より見た近松(自修文)・藤村作
二一 落花の雪・太平記
二二 芳宜園大人の靈を祭る・村田春海
二三 日本文學研究の新意義・藤村作
挿畫解説
〔鈴屋の翁〕・坂内青嵐
〔手向の花〕・山田正己
〔池田の宿〕・松岡映丘
〔大原御幸〕・下村觀山
〔山路〕・狩野光雅
〔釋迦〕・鈴木大年
〔八橋〕・尾形光琳
〔大楠公〕・小村大雲
〔大塔宮〕・服部有恒
〔近松門左衞門〕・坂内青嵐

〇この年、 熊田葦城が「日本史蹟大系 第1巻」を「平凡社」から刊行する。 pid/1161928  閲覧可能
高千穗・(大日本帝國發祥の地)
天下・(高天原時代樞要の地)
□馭盧(おのごろ)島・(諾册二尊降臨の地)
熊野・(伊奘册尊御隱栖の地)
比婆山陵・(伊奘册尊奉葬の地)
小門檍ケ原・(伊奘尊拔除の地)
宇治郷・(天照大神遷都の地)
天窟戸・(天照大神籠居の處)
簸之川上・(素盞鳴尊斬蛇の地)
神社港・(神都宇治の要津)
天日隅宮・(大國主命隱退の地)
宇頭川・(天日槍命着船の地)
〔くし〕觸(くしふる)峰・(天孫降臨の地)
笠狹御埼・(瓊々杵尊皇居の地)
可愛山陵・(瓊々杵尊奉葬の地)
海神國・(火々出見尊渡御の地)
高屋宮址・(彦火々出見尊皇居の地)
西洲宮・(葺不合尊皇居の地)
宮崎神宮・(神武天皇皇居の地)
高島宮址・(神武天皇駐蹕の地)
孔舍衙坂・(五瀬命御負傷の地)
神倉山・(神武天皇祭天の處)
菟田下ツ縣・(神武天皇大本營の地)

倉山・(神武天皇登臨の地)
忍坂・(神武天皇討賊の地)
迹見・(神武天皇神助の地)
橿原・(神武天皇尊都の地)
畝傍山・(神武天皇奉葬の地)
高丘宮址・(綏靖天皇皇居の地)
大和七陵・(安寧以下七帝の御陵)
新宮・(秦人徐福墳墓の地)
神淺茅原・(崇神天皇祭神の地)
狹山池・(崇神天皇開鑿の地)
角鹿・(加羅國王子來着の地)
輪韓川・(武埴安彦戰死の地)
御諸山・(垂仁天皇靈夢の地)
二子山・(豐城入彦命の御墓)
狹穗・(狹穗彦王敗滅の地)
五十鈴川・(天照大神奉齋の靈地)
形屋敷・(野見宿禰角觝の地)
身狹桃花鳥坂・(殉死者號泣の地)
菅原伏見東陵・(田道間守哭高死の地)
泳宮址・(景行天皇行幸の地)
長峡行宮址・(景行天皇駐蹕の地)
來田見行宮址・(景行天皇駐蹕の地)
高屋宮址・(景行天皇駐蹕の地)
肥筑乃野・(景行天皇巡狩の地)
隼人城址・(川上梟師誅滅の處)
燒津・(日本武尊御遭難の地)
走水・(弟橘媛入水の處)

碓井峠・(日本武尊御嘆息の地)
膽吹山・(日本武尊發病の地)
能褒野・(日本武尊薨去の地)
浮島宮址・(景行天皇行在の地)
高穴穗宮址・(景行天皇崩御の地)
柏原・(武内宿禰誕生の地)
笥飯宮・(仲哀天皇皇居の址)
豐浦宮址・(神功皇后の御遺蹟)
橿日宮址・(仲哀天皇崩御の地)
蚊田・(神功皇后凱旋の地)
都賀野・(〔かご〕坂王變死の地)
瀬田渡・(忍熊王敗死の地)
磐余宮址・(神功皇后皇居の地)
磯城川上・(武内宿禰探湯の地)
武庫水門・(諸國貢船燒失の地)
豐明宮址・(稚郎子表文址裂の地)
呉服野・(漢織呉織起業の地)
菟道離宮址・(稚郎子太子終焉の地)
高津宮址・(仁徳天皇皇居の地)
難波堀江・(仁徳天皇開鑿の水路)
菟餓野・(仁徳天皇の御惻隱地)
石津原・(仁徳天皇放鷹の地)
室墓・(武内宿禰埋葬の地)
伊寺水門・(田道墳墓發掘の地)
都介野・(鬪?氷室の遺跡)
百舌鳥野耳原中陵・(仁徳天皇奉葬の地)
石上神宮・(履中天皇御避難の地)
市磯池・(履中天皇舟遊の地)
瑞井宮址・(反正天皇降誕の地)
耳原北陵・(反正天皇の御陵)
遠飛鳥宮址・(允恭天皇皇居の地)
忍坂・(忍坂大中姫生誕の地)
茅渟宮址・(衣通姫宮殿の地)
甘橿丘・(群臣百僚詛盟の地)
事引坂・(新羅使者眺望の地)
輕墓・(木梨輕太子兄妹の墓)
草香・(大草香皇子寃死の地)
穴穗宮址・(安康天皇皇居の地)
來田綿・(市邊押磐皇子模死の地)
蜻蛉小野・(雄略天皇遊獵の地)
水江・(浦島子故郷の地)
葛城山・(雄略天皇山獵の地)
泊瀬朝倉宮址・(雄略天皇皇居の地)
田身輪・(紀小弓宿禰の墳墓)
日根野・(根使主亡滅の地)
大藏址・(星川皇子敗亡の地)
磐余甕栗宮址・(清寧天皇皇居の地)
神出莊・(億計弘計二王の御遺蹟)
八釣宮址・(顯宗天皇皇居の地)
蚊屋野森・(市邊押磐皇子埋骨の地)
石上神宮址・(仁賢天皇皇居の地)

〇この年、谷村為海編「御陵謹拝記念 上 (神代から奈良朝まで)」を「武揚社」から刊行する。pid/1103050 閲覧可能
〇この年、谷村為海編「御陵謹拝記念 下 (平安朝から現代まで)」を「武揚社」から刊行する。pid/1105353
〇この年、谷村為海が「御陵墓諸表誌」を「武揚社書店」から刊行する。 pid/1056566
一、 御略系と陵墓所在地
二、 陵墓の變遷
三、 御陵年代表
四、 皇室陵墓令
五、 陵墓の祭祀
六、 御陵統計表
七、 歴代順御陵表
八、 地方別陵墓表
謹拜日記
〇この年、大伴茂「我が子の育て方全書 第7巻 (我が子の人物教育)」を「平凡社」から刊行する。 pid/1148732
第一章 本當の人物は
一 人物はにはかには出來ない
昔の人物と今の人物
生活ぶりによつて人物かどうか
從つて人物には誰でもなれる
然し人物は社會的の産物
人物は出來て來るものである
子供の頃には人物は見分けにくい
青年期になつて人物は擡頭して來る
二 私のいふ人物
私のいふ人物は國民意識が明確である
私のいふ人物は個性を存分に
   →生かした生活をする
私のいふ人物はその實力を正當に發揮する
私のいふ人物は勞働をして開拓をしてゆく
私のいふ人物は科學的態度を有つている
第二章 躍進日本は本當の人物を翹望している
一 今日の日本に見る躍進日本
開拓日本三千年
神勅の大精神
神武大帝の御東遷
長い間の精神文化の開拓
國學の勃興
明治維新
物質文化の急激な開拓
躍進日本の今日の姿
二 本當の人物を翹望している
躍進日本は國體の絶對的悠久的
   →保持のために本當の人物を
躍進日本は正義の世界的進出のために
   →本當の人物を
躍進日本は永久の基礎的工作のために
   →本當の人物を
第三章 人物と日本精神の顯揚實踐
一 人物教育の第一基礎
堅固にして強烈なる國民意識
日本精神の顯揚實踐
日本國體の絶對尊嚴の體認

日本國體の悠久保持のために
   →献身の力をいたすやうの訓練
昔の塾教育について一言
二 かうした人物に日本精神顯揚實踐を見る
日本に於ける歴史的人物
和氣清麿 /菅原道眞 / 正成父子 / 中江藤樹
淺見烱齋 /本居宣長 / 慈雲 / 頼山陽 /梁川星巖
藤田東湖 /吉田松陰 /大橋槇子夫人 /谷三山 /
第四章 人物と個性を生かした生活
一 人物教育の第二基礎
本當の人物は個性を存分に生かした生活を
人物教育の第二基礎はここにある
如何にして個性を見出してゆくか
生活を觀察することから
個性がかくて發掘される
個性の生かされた生活を見出せ
教育は子供の個性を生かした生活を訓練せよ
個性を生かした生活を訓練するにはどうすればよいか
學校生活は日本精神顯揚實踐そのものであるべきこと

個性の見出されたる子供の個性を
   →生かすに適切なる諸種の機會の整備
二 歐米に於ける新教育の展望
かうした新教育のねらひどころ
バーク個別教育法の發達
パーカースト・ドルトン案の創唱
ウワシユバーン・ウイネチカ組織の完成
ゲマインシヤフトシユーレの運動
デクロリーの生活學校
ユーレカ・プランの試み
第五章 人物と實力發揮の生活
一 人物教育の第三基礎
教育は卒業や年限で量られるものではない

二 實力を以て仕事の出來ることが大切である
三 實力で生活した人々
三山の學も識も徳も實力によつてかち得たものである
實力は出來た人によつて本當に發揮される
第六章 人物と開拓生活
一 人物教育の第四基礎
三千年の日本歴史は日本民族の開拓史である
今日の學校生活に開拓生活があるか
個性を働かせての開拓生活
生み出してゆく開拓生活
社會的刺衝と開拓の生活
二 開拓生活をした人々
本當の人物はいつも開拓生活をやつた
三浦梅園
要は個性を働かせて開拓の生活をなす
單に學問に於てのみではありませぬ
第七章 人物と科學的態度
一 人物教育の第五基礎
科學的精神と科學的知識
科學的文化に對する反省
かくして生み出されるところの科學的知識
歐米科學文化に見出さるる特徴
歐洲民族の海外發展による生活打開と
   →これがために必要なる科學的努力
歐洲民族の各本國
東洋精神文化の發展に見出さるる特徴
輓近に於ける科學文化の攝受
日本民族の科學的素質
關孝和 / 華岡隨賢
上古に於て
足利中世
蘭書の講究
諸種の發明・工夫
學校に於ける科學的訓練の必要
二 人物・現實日本の打開・翹望日本の建設
現實日本の打開は同時に翹望日本の建設
國民生活の窮迫と不安

〔参考〕
11月、竹由天柱が「日本精神に立脚したる新しき宗教」を「三秘寮本部」から刊行する。 pid/1086458
一、 新宗教樹立の宣言
二、 日本精神の根本義
三、 日本精神と神道
四、 日本精神と佛教
五、 法華經と日本佛法
六、 王佛冥合の表現
七、 本門の三大秘法
八、 妙法蓮華經の玄義
九、 事の五重玄
十、 本化第三陣の魁
十一、 身命を惜まざる信仰
十二、 國恩に報いんが爲めに
〇この年、竹由天柱が「天皇中心の宗教」を「三秘寮本部 」から刊行する。 pid/1138031
一、 國體明徴の問題
二、 思想國防の旗印
三、 教化團體の再檢討
四、 日蓮主義の新生面
附、 日本精神に立脚したる新しき宗教の目次

    同書は安寧の部(受領年月日:昭和12.7.17)付で 発禁本となる。竹由天柱の著書多し  2021・2・2 保坂
1936 11 1月、神道丶心道文献局編「神道丶心道教献 5 神学篇」が「神道丶心道教会本庁」から刊行される。
pid/1104983  
閲覧可能
緒言 /序論
第一章 神道
第一節 神道の發現
第二節 神道の本質
第三節 神道の目的
第四節 神道の發達
第五節 神の觀念
第二章 神社
第一節 神社の本質
第二節 神社の起源
第三節 神社神道
第三章 丶心道神學の樹立
本論
第四章 宇宙の創成
第一節 天地の初め
第二節 造化三神
第三節 氣化の神靈
第四節 體化の神
第五節 地球の獨立
第六節 生成化育
第七節 人身の初め
第五章 日本建國の由來
第一節 高天原の御治世
第二節 三種の神器
第三節 天孫降臨
第四節 
神武東征 / 43
第五節 祭政一致 / 45
第六節 菊花御紋章
第七節 國體明徴

第六章 丶心道教學
第一節 祭神
第二節 丶心道の哲理
第三節 人生觀と世界觀
第四節 宗教としての丶心道
第五節 丶心道の目的
第六節 道徳としての丶心道
第七節 儀禮・祭式及祝詞
第七章 世界の宗教と丶心道
結論

2月、「主婦の友 20(2) p2〜3 主婦の友社」に「神武天皇御陵・橿原神宮」が掲載される。  pid/11030860
神武天皇御陵/ / 2〜2
(聖コ記念繪畫館壁畫)東京慈惠醫院行啓(着色)/滿谷國四カ
橿原神宮/ / 4〜4
皇太子殿下・三内親王殿下御近影/宮内省御貸下 / 5〜7
アイヌ人の生活探訪畫報(八頁)/主婦之友寫眞部特寫

3月、日本弘道会有志青年部編「国体明徴国民読本」が「文英社」から刊行される。 pid/908869 閲覧可能
天孫降臨(古事記)
天壤無窮の神勅(日本書紀)
天津神籬の神勅(日本書紀)
寳鏡に對する神勅(日本書紀)
大甞の神勅(日本書紀)
神武天皇奠都の詔(日本書紀)
天神郊祀の詔(日本書紀)
仁徳天皇の仁政(日本書紀)
雄略天皇の遺詔(日本書紀)
聖徳太子の憲法十七條(日本書紀)
文武天皇即位の宣命(續日本紀)
大日本は神國なり(神皇正統記)・北畠親房
楠正成の誠忠(太平記)・小島法師
天照大神(中朝事實)・山鹿素行
往古の神勅(中朝事實)・山鹿素行
皇大御國(直毘靈)・本居宣長
國體(新論)・會澤正志齋
國體の尊嚴(弘道館記述義)・藤田東湖
眞の神道(二宮翁夜話)・二宮尊徳
士規七則(士規七則)・吉田松陰

4月、宮地直一が「偕行社記事 (739) p1〜9 偕行社編纂部」に「日本精神 神武天皇祭に就て」を発表する。 pid/3544538
九月滿洲事變勃發五周年記念號記事資料募集 / 偕行社編纂部
日本精神 神武天皇祭に就て / 宮地直一
日本精神 日本倫理の普遍性 / 西晋一カ
日本精神 日本政治學の基礎理論 / 藤澤親雄
日本精神 日本精神に就て / 岡田銘太カ
九二式歩兵砲駄載之研究 / 渡邊仁作
奈翁戰史研究餘話――(其五) / 梅崎延太カ
日露戰役雜話――(其一) / 岡千賀松
さむらひ風景――(完) / 櫻井忠温
軍陣祕笑録 / 空谷跫音
日本主義と現代相――老兵漫談 / 綿貫六助

7月、朝賀翁喜寿祝賀会編「赤城舎雑纂」が「帝国神祇学会」から刊行される。 pid/1104491 閲覧可能
奉遙拜孝明天皇祝詞 / 21
奉遙拜神武天皇祝詞 / 22
筒粥祭祝詞 / 22
鳴弦始祭祝詞 / 23
奉奏大御神樂祝詞 / 24
毎朝神拜祝詞 / 27
9月、子供ツーリスト社文,河盛久夫絵が「二五九六年版 こどもの参宮案内 : 汽車の窓から沿線見学の出来る」刊行する。pid/1719744 閲覧可能
祈誓
獻辭
紀念寫眞の頁
旅程大觀
日程表
行つてまゐります
熱田のお宮へ
熱田神宮
聖地に向ふ
伊勢路へ
伊勢の大宮へ
伊勢大神宮
朝熊山と二見ケ浦・鳥羽の港
忠君愛國の歌
建國歌(北原白秋)
山田から奈良へ至るコースについて
〔Aコース〕龜山から奈良へ
〔Bコース〕神武御陵から奈良へ
神武天皇御陵
橿原神宮
奈良の古都を探る
桃山御陵へ
桃山御陵
桃山東御陵・乃木神社
桓武天皇柏原御陵=(東京・京都方言くらべ番附)
山紫水明の京都へ
あづま路さして
〔附録〕
旅行心得帳
思ひ出ノート
集印帖


〇この年、飯田季治が「日本書紀新講 上」を「明文社」から刊行する。 pid/2968074
總論
一 我が古傳説と文字の無かりし時代
二 日本書記撰修の經路
三 日本書記の題號と日本の國號
四 日本書記の讀法と其の正訓
五 本書の正訓と記傳の訓法
六 日本書記新講と蓬室校本
七 日本書記の註釋書
日本書紀 卷第一
神代 上
神世七代章 本傳
本傳
八洲起原章 本傳
四神出生章 本傳
瑞珠盟約章 本傳
寶鏡開始章 本傳
寶劒出現章 本傳
日本書紀 卷第二
神代 下
天孫降臨章 本傳
海宮遊行章 本傳
神皇承運章 本傳
日本書記 卷第三
神日本磐余彦
(かむやまといわれびこ)天皇(神武天皇)
神武天皇即位前紀 本傳
附説(年・春夏秋冬及び十二箇月の和名に就きて)
神武天皇記(自紀元元年―至七十六年) 本傳
〇この年、「大和宇陀神武天皇御聖蹟」が「皇祖聖蹟宇陀顕彰会」から刊行される。 1枚 ; 53.0×77.0p
注記 表は、地形図に神武東征の大和進行の進路を描く。瀬戸内海を経て、河内に上陸したが、長髄彦(ながすねひこ)が草香江で防いだために、紀伊に迂回し熊野から北上して大和に入る。菟田(うだ)では弟猾(おとうかし)が帰順し、吉野では井光(いひか)・石押分ノ別(いわおしわけ)・苞苴担(にえもつ)らが服従、国見山では八十梟師(やそたける)、磯城では弟磯城が帰順したが、その経緯が「皇軍御進路」「皇軍」「賊軍」として地形図に落とし込まれている。また即位した橿原宮、埋葬された畝傍山も描かれる。裏は、「神武天皇宇陀御聖蹟」として大和における進行の天業を讃えるとともに、昭和15年の紀元二千六百年祭に先立ち御聖蹟を広く伝えるという本図刊行の目的が記されるほか、神武聖蹟について地図と刊行された昭和11年当時と思われる写真とともに紹介されている。
               出典:奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
〇この年、鷹林宇一編「軍隊精神教育資料」が「川流堂」から刊行される。 pid/1218760
【前篇】
第一章 總説
第二章 一月一日並ニ四方拜
第三章 元始祭
第四章 陸運始
第五章 
神武東征を偲び奉る
第六章 我が國體の解義
第七章 昭和日本の使命
第八章 國民及軍隊に禪的修養の必要
第九章 武コと世界平和
第十章 軍人訓誡
第十一章 社會ヘ育に就て
第十二章 徴兵
第十三章 元寇六百五十年を追憶
第十四章 明治十年西南の役
第十五章 紀元節
第十六章 皇后陛下御誕生日
第十七章 陸軍記念日
第十八章 海軍記念日
第十九章 春(秋)季皇靈祭
第二十章 神武天皇祭 / 308
第二十一章 天長節 / 315
第二十二章 靖國神社祭
第二十三章 明治天皇祭
第二十四章 滿洲事變
第二十五章 大正天皇祭
第二十六章 神嘗祭
第二十七章 新嘗祭
【後篇】
一 入營當日の訓戒
二 初年兵の覺悟に就ての訓話
三 我皇軍の世界無比の特徴
四 御勅諭に關する講話(前文)
五 忠勇美談
六 軍人の名譽に就ての訓話
七 御勅諭に關する講話(前文)
八 兵器授與式前の訓話
九 軍旗に就ての訓話
一〇 御勅諭に關する講話(忠節)
一一 御勅諭に關する講話(禮儀)
一二 元氣に關する講話
一三 御勅諭に關する講話(武勇)
一四 軍紀風紀に就ての訓話
一五 御勅諭に關する講話(信義)
一六 戊申詔書の説明
一七 「華を去り實に就き」に關しての訓話
一八 御勅諭に關する講話(質素)
一九 C國に對する宣戰の詔勅
二〇 露國に對する宣戰の詔勅
二一 日C戰役平和克復の詔勅
二二 遼東還附の詔勅
二三 日C戰役平和克復後陸海軍人に
   →賜はりたる勅語
二四 日露戰役平和克復の詔勅
二五 日露戰役平和克復後陸海運人に
   →賜はりたる勅語
二六 御勅諭に關する講話(後文)
二七 謹んで御勅諭の意義を按じ奉る
二八 國民精神振作に關する大詔謹解
二九 赤十字社の起因に就て講話
〇この年、山野丸市が日本精神の根本闡明」を「山野丸市」から刊行する。  pid/1054647
第一編 古代
第一章 神代の倫理思想
第一節 我國體の淵源
第二節 天照大神の國體上に於ける御地位
第三節 天壤無窮の神勅の
  →國民道徳上に於ける意義
第四節 我が建國の意義及び其本義
第五節 三種神器の國體論的考察
第六節 天石窟の變の國體論的考察
第七節 大國主尊の國讓の國體論的考察
第八節 天孫降臨の國體論的考察
第二章 大和時代の倫理思想
第一節 神武天皇の天業恢弘
第二節 上代の氏族制度と道徳思想
第三節 神道とは何ぞや
第四節 古代の倫理思想
第五節 神ながらの道と王道
第六節 儒教の傳來と道徳的影響
第七節 佛教の傳來と道徳的影響
第八節 聖徳太子と日本精神
第九節 聖徳太子の
  →十七條憲法の道徳的意義

第十節 大化改新の道徳的意義
第三章 奈良朝時代の倫理思想
第一節 時勢の概觀
第二節 佛教の隆盛と其道徳的思想的影響
第三節 支那思想の道徳的信仰的影響
第四節 上代に於ける國民的自覺
第五節 和氣清麿の日本精神
第六節 神典古事記と日本書紀
第四章 平安朝時代の倫理思想
第一節 時勢の概觀
第二節 佛教墮落の深化
第三節 日本佛教の
  →開祖傳教大師と弘法大師
第四節 本地垂迹説
第五節 日本文化の建設と
  →神國思想の強調

第六節 菅原道眞の倫理説
第七節 道徳的頽應と壓世思想
第八節 支那思想に由る俗信仰の流行
第二編 中世
第一章 鎌倉時代の倫理思想
第一節 時勢の概觀
第二節 武士道の起源及び其根本精神
第三節 貞永式目と武士道との關係
第四節 宋學の輸入と大義名分論
第五節 神道哲學の發達
第六節 國民的宗教の勃興
第七節 日蓮宗と日本精神
第八節 國民的自覺の躍進
第二章 吉野朝時代の倫理思想

第一節 時勢の概觀
第二節 建武中興の理想
第三節 勤王思想の勃興
第四節 南北正閏論と神器觀
第五節 楠木正茂の倫理思想
第六節 北畠親房と神皇正統記
第三章 室町時代の倫理思想
第一節 時勢の概觀
第二節 道徳の頽廢と國民の元氣
第三節 神道説の發達
第四節 一條兼良の倫理思想
第五節 勤王思想の勃興
第三編 近世
第一章 江戸時代の倫理思想
第一節 文化の興隆
第二節 朱子學派
第一項 朱子學の系統
第二項 藤原惺窩
第三項 林羅山
第四項 室鳩巣
第五項 雨森芳洲
第六項 中村タ齋
第七項 貝原益軒
第八項 山崎闇齋
第九項 闇齋學派
第十項 佐藤直方
第十一項 三宅尚齋
第十二項 淺見〔ケイ〕齋
第十三項 竹内式部と山縣大貳
第十四項 水戸學派と國民道徳
第十五項 徳川光圀
第十六項 三宅觀瀾
第十七項 栗山潛鋒
第十八項 安積澹泊

第十九項 藤田幽谷
第二十項 徳川齊昭
第二十一項 會澤正志齋
第二十二項 藤田東湖
第三節 陽明學派
第一項 陽明學派の發達
第二項 中江藤樹
第三項 熊澤蕃山
第四項 佐藤一齋
第五項 大鹽中齋
第六項 吉田松陰
第四節 古學派
第一項 古學派の特色
第二項 山鹿素行
第三項 伊藤仁齋
第四項 伊藤東涯
第五項 物徂徠
第六項 太宰春臺
第五節 折衷學派
第一項 折衷學派の勃興
第二項 太田錦城
第六節 獨立學派
第一項 獨立學派の勃興
第二項 三浦梅園
第三項 二宮尊徳
第七節 心學派
第一項 心學派の勃興
第二項 石田梅巖
第八節 國學派 )
第一項 古神道派の勃興
第二項 荷田春滿
第三項 賀茂眞淵
第四項 本居宣長
第五項 平田篤胤
第九節 勤王思想の發達
第二章 東京時代の倫理思想
第一節 新政府確立時代
第二節 西洋心醉時代
第三節 國粹保存時代
第四節 國民的自覺時代(第一期)
第五節 國民的自覺時代(第二期)
第六節 國民的自覺時代(第三期

〇この年、小林法運が「日本国民の信仰 : 宇宙の真理と個人の健康」を「報恩閣出版部」から刊行する。 pid/1052919
國體篇
(一) 日本建國の大理想
1、 皇祖御奠國と神勅
2、 神武天皇建國の詔勅
3、 法國冥合の理想國
4、 世界に冠絶した我國家組織
5、 諸外國の國家組織
6、 日本人は世界一の幸福國民
7、 日本國家成立の要因
8、 皇道と王道の相違點
9、 本居宣長の國體觀
10、 太古の祝詞に現はれた日本
11、 民族的にも誇り得る國
(二) 日本精神の精華
12、 皇室中心の思想
13、 山鹿素行の日本精神論
14、 三種の神器と神勅
15、 氏族制度と祖先崇拜思想
16、 忠孝一本の精神
17、 皇室の深き御仁慈
18、 祖先崇拜と愛國心
19、 實行的祖先崇拜
20、 家族制度と日本精神
21、 家族制度と家族の親和
22、 日本精神に於ける神
23、 祭政一致と日本精神
24、 御即位の祭事と政事との關係
25、 神道の變遷と佛教の隆昌
26、 敬神は日本精神の發動
27、 日本武士道精神
28、 軍人精神の發揮
29、 包容性に富む日本精神
30、 法華經と人類の平和幸福
31、 聖徳太子と法華經
32、 和を求むる日本固有の精神
(三) 詔勅と日本精神
33、 五箇條の御誓文
34、 維新の詔勅
35、 萬世不磨の寶典教育勅語
36、 戌申詔書發布前後の國情
37、 戌申詔書の御精神
38、 國民精神作興詔書發布の動機
39、 國民精神作興詔書の謹解
(四) 日本の女性觀
40、 日本古代の女性と其美徳美點
41、 武士道精神と日本女性
42、 近世女性の寶典『女大學』の思想
43、 誤れる現代女性の思想
44、 日本精神の大理想大目的
信仰篇
(一) 吾等は神の末裔
1、 妙法蓮華經は宇宙の眞理
2、 日蓮聖人は日本精神の權化
3、 日蓮とは國土なり
4、 眞理の把握が眞の信仰
5、 幕府と宗教家の結托
6、 日蓮聖人を怖れた幕府
7、 吾は神の末裔なり
8、 幕府の傀儡になつた宗教家
9、 日蓮聖人の眼に映じた鎌倉時代
10、 日蓮聖人の各宗嚴正批判
11、 ただ法華經に一國同歸
12、 逆化折伏の強制教化
13、 立正安國論と二大豫言
14、 日蓮聖人の御法難
15、 昭和國難を救ふは何人か
16、 眞の佛法とは如何なるものか
17、 十界平等皆成佛道
18、 法華經の本迹二門
19、 法華經弘通の歴史
20、 天台宗と日蓮宗の特色
21、 何故法華經は貴いか
22、 南無妙法蓮華經の唱へ方
23、 私の唱へた南無妙法蓮華經
(二) 諸法實相
24、 石地藏が經を誦む
25、 身體から光明を發す
26、 お題目で荒波を鎭む

27、 お題目で火事を消す
28、 池上本門寺の火事を豫言す
29、 井戸水を止め井戸水を出す
30、 法華經の指圖で蜂須賀家に入る
31、 代議士候補を辭退して救世の旅に
32、 信仰の眼目は何か
33、 法華圓融の思想
34、 法華經を惡しく敬へば
35、 謗法の罪は胃癌に現はる
36、 我慾信仰の酬い
體驗篇
(一) 諸病の起因
1、 矛盾せる世相の救濟
2、 人類の種族繁殖は何の爲めか
3、 職業宗教家の禍根
4、 法華經の因縁因果の實例
5、 強情と夫の兄弟を疎じた應報
6、 子供の殖えるのを怖れた報い
7、 貪瞋痴の迷ひ
8、 我慾貪慾の老人三幅對
9、 人間の運命及健康に對する疑問
10、 手足の利かない人の病因
11、 生きた法華經の修業
12、 調和奮鬪無我
13、 我慾から來る病氣
14、 迷信から來る病氣
15、 偏頗の愛情から起る病氣
16、 徴兵忌避から來る病氣
17、 親を邪慳にする爲に起る病氣
18、 後妻を輕蔑せる爲めの病氣
19、 親が子供に我を通す場合の病氣
20、 一代成功者の子孫に及ぼす病氣
21、 極端な愛憎から來る病氣
22、 子供の死を悲觀する場合の病氣
23、 不運不幸を嘆く人の病氣
24、 虚榮心の強い人の病氣
25、 氣兼苦勞の絶えない人の病氣

26、 嫁を邪慳にする場合の病氣
27、 自分の親を大切にし義理の親を
   →邪慳にする場合の病氣
28、 嫁を憎み子供に財産分配の
   →不平均の場合の病氣
29、 短氣で怒りつぽい人の病氣
30、 嫉妬深い人の病氣
31、 我慾信仰の場合の病氣
32、 肺病其他の傳染病を
   →怖れる結果の病氣
33、 親の嫉み憎みが反映する病氣
34、 放蕩や病氣を神佛に祈
   →願する場合に起る病氣
35、 邪推心から來る病氣
36、 病氣の時は醫藥に頼れ
結論
(一) 氏神尊崇思想の涵養
1、 八幡神の思召で法華經を説く
2、 氏神と法華經との因縁
3、 神社は祭神奉齋の場所
4、 敬神思想は建國精神の主要なる一部
5、 教育勅語の體得で成佛出來る
6、 ナラダ大僧正との問答
7、 一問一答の内容
8、 法華經を捨るは地獄の業
9、 法華經は出世の本懷
10、 法華經二十八品の内容
11、 日蓮門下にも誤つた信仰あり
12、 教育勅語は天地の公道を
   →具現化し給へるもの
『日本國民の信仰』跋・勝呂智靜


1937 12 2月、「現代農業 3(2)」が「大日本農機具協会」から刊行される。 pid/1503824
口繪 / 越後の雪 /冬の樺太
那須開墾地の話―(自作農創設の機運に向ふ) / 内藤陸良
春駒―民謠十二ケ月―(信濃國南安曇地方) / 橋浦泰雄
國史の話―大衆知識―(天孫の降臨―神武東征) / 三浦實生
3月、山口鋭之助が「祭政一致 皇道の教学 : 近藤真琴先生の和魂漢洋才主義と教学の方針」を「本学会出版部」から刊行する。 pid/1437698
近藤眞琴先生傳記の序
在學中の思出と塾風
封建的階級制度
京都學習院の學則
和魂漢才の事
學校制度取調掛
皇學所規則
丸山作樂の登用と山陵祭祀派沒落の發端
學校掛の建てたるヘ學精神の壞滅
岩倉輔相の政體意見の崩壞
山陵御穢の迷信の頑強性
神祇官宣ヘ使の解消
ヘ法の分裂と土地所有權の設定
近藤先生の責任ヘ育と東京大學の權利ヘ育
三道三欲社會圖

4月、久留米初等教員会編「郷土資料 第1 歴史之部」が刊行される。 pid/1228351 閲覧可能
第一 筑紫の國
第二 神代のク土
(一) 住吉三柱神
(二) 宗像三神
第三 景行天皇御巡幸
第四 神功皇后

第五 久留米の名
第六 上古の遺蹟
第七 水間の君の贖罪
第八 磐井の叛
第九 橘廣庭宮
第十 大伴カ博麻
第十一 筑後國府
第十二 國分寺と名僧の巡錫
第十三 天滿神社
第十四 若宮八幡宮
第十五 水天宮
第十六 神代良忠と草野次カ
(
一) 國難
([二]) 神代良忠
(三) 草野次カ
第十七 善導寺
第十八 征西將軍懷良親王
(一) 尊氏の叛と九州
(二) 御降誕と御下向
(三) 九州の平定
(四) 筑後川の戰

(五) 太宰府御入城
(六) 親王御東上の計畫
(七) 明使御引見
(八) 良山御在城
(九) 親王の御薨去
第十九 良成親王と宮陣神社
(一) 良成親王の御下向
(二) 良成親王の四國御經營
(三) 千布・蜷打の戰
(四) 良成親王御奮戰
(五) 御側の御所
(六) 宮ノ陣神社
第二十 筒川合戰
第二十一 吉見嶽
第二十二 毛利秀包
第二十三 八院の合戰
第二十四 有馬豐氏
第二十五 島原亂
第二十六 筑後の産業
(一) 九州製紙開祖日源
(二) 丹羽ョ母の水利
(三) 瑞石と茶
(
四) 筑後木蝋
(五) 久町米絣と井上傳子
(六) 發明家田中久重
第二十七 高山彦九カ
第二十八 文ヘの振興
(一) 文ヘの振興
(二) 國學 /(三) 儒學/(四) 數學/(五) 洋學
第二十九 眞木保臣
第三十 征長の派兵
第三十一 明治戊
申の役
第三十二 久留米藩の版籍奉還
第三十三 征討總督宮久留米本營
第三十四 大久留米市
索引

6月5日付、「官報3125号」に文部省編纂「國體の本義」が「内閣印刷局」から刊行されたことを掲載する。 pid/2959608
本書は我が國體を明徴にし國民精神を涵養振作すべき刻下の急務に鑑み文部省に於て編纂せられたる國民必讀の書にして今回當局に於て刊行し汎く普及頒布せんとす江湖に薦む一本を必ず座右に座右に備へられよ
緒言
第一 大日本國體
  一、肇國  二、聖徳  三、臣節  四、和と「まこと」
第二 國史に於ける國體の顕現
  一、國史うぃ一貫する精神 二、國土と國民生活 三、國民性 四、祭祀と道徳 五、國民文化 六、政治・經濟・軍事

結語
7月7日、盧溝橋事件が起る。(日中戦争が始まる)
11月、中西徳五郎が「皇位主権論 上巻」を刊行する。  pid/1274826 閲覧可能 
     
謄写版  和装本  序言の日付:昭和12年11月
第一章 國家の三要の(たる)定の人即ち團体
一 大日本帝國は血族集合の國家即ち血族團体なる事従って祖先崇拜の國民なるが爲め永久の君主國なる事外國の民主主義に多く存在を見る英雄崇拜を基礎とせざる事 / 1p
二 伊装諾尊伊装冉尊が火日水帝國の國土に矢降りあらせられて殖民政策を施されたる事歴。 / 6p以下
三 神代系圖。 / 13p以下
四 伊装諾尊伊装冉尊の御子神の系圖。 / 15p以下
五 天照大神建國の御活働対大國主命。 / 18p以下
六 大國主命の系圖。 / 23p以下
七 天照大神より神武天皇に至る系圖。 / 33p以下
八 神代の御年代。 / 36p以下
九 大日本帝國國民祖先の神々の系圖。 / 41p以下
十 神代に於ける事歴を國憲學上より見る時は現在大日本帝國憲法の骨子の多くは神代事歴を基礎とせる事歴 / 48p以下
十一 大日本帝國神代の君主はコ化を基礎として國民に恵撫慈養を為したる事歴。 / 48p以下
十二 従って神代には刑罰なかりし事、並に矢磐?の由來、及び素戔鳴尊の事歴。 / 51p以下
第二章 國家の三要素の一たる領土。
一 大日本帝國領土の確定並びに三種の神器 / 57p以下
二 大日本帝國國名の起因。 / 68p以下
三 天照大神より賜はりたる劔は神武天皇に至って領土の擴張に御用ひあらせられたる事歴。 / 80p以下
四 神武天皇は領土擴張の爲めに六ケ年の年月を費し遊ばされたる事歴。 / 83p以下
五 其目的を御遂け遊ばされたる時に開都の御勅語を御下し遊ばされたる當時並に其前後の事歴。 / 85p
12月、日本歴史地理学会編「歴史地理 70(6)(455)」が「吉川弘文館」から刊行される。 pid/3566706
論説 奧州の蝦夷と伊勢參宮 附鳩目錢の事 / 齊藤野人 / p58〜62
論説 隨想 信玄籏立松 / 天沼三吉 / p70〜70
論説 大森音吉君の追憶 / 喜田貞吉 / p71〜72
推古美術の諸問題夢殿論誌第十七卷(鵤故ク舍編) / 岡田 / p73〜74
彙報 舊幹事大森音吉君の訃 / 花見朔巳 / p81〜81

12月、大西源一編「神武天皇熊野巡幸叢説」が「荒坂津史蹟顕彰会」から刊行される。
pid/1905847
 閲覧可能
一 古事記傳(抄)
一 日本書紀通釋(抄)
一 丹敷浦考
一 神倭伊波禮毘古命御經歴補
一 神武帝熊野巡幸實地考
一 神武天皇從熊野入坐中洲路次考證
一 神武天皇ノ大和ニ入ラセラレシ御路筋ニ付テ
一 熊野荒坂津史蹟考證書
一 錦浦ノ古墳
一 神武天皇巡幸路次につきて
一 紀の路の記(抄)
一 神武天皇御東征に就て(抄)
一 神武東征(抄)
一 室古阿古師兩神社考證ニ就テ(抄)
一 熊野吉野宇陀の形勢
一 神武天皇熊野より大和國に入坐しゝ御順路の事
一 神武天皇大和御討入地理考
一 神武天皇熊野巡幸地理につきて關保之助氏のヘを乞ふ
一 熊野に於ける神武天皇の御遺蹟及熊野より大和への御道筋につきて
一 十津川説と北山川上説と
一 神武天皇熊野より大和に入坐る道は本宮より十津川を經給へるか
一 神武天皇大和御討入の道筋に關する本富安四カ氏の説に就て
一 皇祖東征軍大和國打入の軍路の史疑・東吉野説・十津川説の大誤謬
一 皇祖東征地理の一節に關する僻見
一 神武天皇の高見越
一 御建國と熊野(抄)
一 御建國と熊野(搨)(抄)
一 熊野之厄・進軍徑路
12月、文部省編著「思想国防資料 八紘一宇の精神 : 日本精神の発揚」が「思想国防協会」から改訂発行される。  pid/1080580 閲覧可能
〇この年、「昭和十二年度内務省所管豫定經費追加要求書各目明細書 : 第2號所屬 : 第七十一囘議會 [内務省]」が発表される。 pid/1910329 閲覧可能
第五十款 橿原神宮境域竝畝傍山東北陵參道擴張整備工事施行費…二七、〇〇〇圓 / 3p
〇この年、坂田静夫編「大和史蹟名勝案内」が「東洋図書」から刊行される。 pid/1173192
大和
遊覽概程
奈良篇(奈良市と其の附近)
奈良市と公園
興福寺舊境内
帝室博物館
蓬来池及びその附近
公會堂
春日野運動場
春日神社
若草山
手向山八幡宮
東大寺舊境内
正倉院
春日山廻り
新藥師寺
特別名所巡り
大和篇(奈良縣下)
興福院
不退寺
海龍王寺
法華寺
平城宮址
秋篠寺
西大寺
喜光寺
唐招提寺
藥師寺
慈光院庭園
生駒山
法隆寺
中宮寺
法輪寺と法起寺
龍田川
信貴山
當麻寺
橿原神宮
神武天皇御陵
畝傍公園

大和三山
久米寺
壼坂寺
橘寺
岡寺
飛鳥寺
天理ヘ本部
石ノ上神社
大神神社
長谷寺
多武峯
安倍の文珠
室生寺
榮山寺
吉野山
賀名生梅林
月ケP
神野山
大和の山岳
附録
奈良縣史蹟名勝天然記念物一覽表
商工館
奈良ホテル
公會堂

〇この年、国府犀東が「神武天皇鳳蹟志」を「春秋社」から刊行する。
〇この年、岡彩雲が「神武天皇と大和十津川」を「十津川村史蹟顕彰会」から刊行する。  pid/1255711
玉置山の由獅ニ其沿革
一 其位置
二 玉置越えとは
三 石室の起源?火之神の靈地?
四 神代杉
五 犬吠檜
六 弓神樂の起源と弓箭之濫觴
神武天皇と玉置山との關係
一 玉置に於ける神日本磐余彦尊
二 天皇の御順路に關する學者の諸説に就て
三 二皇兄入水と丹敷戸畔考
四 天皇大和への御順路
五 八咫烏の行方
六 熊野とは?奧方とは?
神武天皇御東遷賦
神武天皇御鳳蹟調書

奧の院の沿革を叙して庄司を難ず
玉置山に於ける忠魂碑
一 花折塚と琵琶の碑
二 上平主税翁の碑
三 歌塚
〇この年、伊藤千真三が「日本道徳要論」を「進教社」から刊行する。  pid/1222436
前篇
第一 社會的存在としての人
第二 歴史的存在としての人
第三 國家の道コ的使命
第四 國民性の問題
第五 國民精神の特質
第六 支那倫理思想と其の影響
第七 印度倫理思想と其の影響
第八 歐米倫理思想と其の影響
第九 皇國の大道と我が國民の使命
後篇
第一 天壤無窮の神勅
第二 神武天皇の御偉業
第三 雄略天皇の御遺詔
第四 聖コ太子の十七條憲法
第五 文武天皇御即位の詔勅

第六 主金蘭の忠孝論
第七 古事記の序
第八 懷風藻の序
第九 萬葉集の歌
第十 菅原道眞の思想
第十一 北畠親房の大義名分論
第十二 斯波義將の竹馬抄
第十三 一條兼良の思想
第十四 山鹿素行の中朝事實
第十五 本居宣長の直日靈
第十六 會澤正志の新論と時務策

1938 13 1月、「紀元二千六百年. 1(1) 」が「紀元二千六百年奉祝会」から創刊される。 pid/1387582
一意報效の誠を竭す / コ川家達
協和戮翼の秋 / 近衞文麿
國史の根本を認識すべし / 鹽野季彦
大道を履踐すべし / 木戸孝一
世界人類の誇り / 阪谷芳郎
海ゆかばの古歌謠に就いて / 佐々木信綱
紀元節の話 / 尾佐竹猛
肇國の理想と紀元二千六百年 / 河野省三
御東征(第一回) / 菊池寛 ; 木下大雍
落語 紀元節 / 泉朗々
北滿出征勇士の献金
紀元二千六百年奉祝會ニュース
紀元二千六百年奉祝會設立經過
紀元二千六百年奉祝會役員名簿
1月、「ツーリスト案内叢書 ; 第3輯 大和めぐり」が「日本旅行協会」から刊行される。訂補再版 初版1936・3 
pid/1094105 
閲覧可能
大和史蹟の辯(新井和臣)
畝傍・飛鳥地方
橿原神宮
神武天皇御陵

大和三山
久米寺
飛鳥京の宮阯
飛鳥大佛
岡寺
橘寺
川原寺
壺坂寺
吉野地方
吉野山
吉野神宮
藏王堂
如意輪寺
吉野川
賀名生と梅林
山上ケ岳(一五)
大臺ケ原山(一五)
丹生川上神社
日程案二種
奈良及その附近
奈良市
興福寺
春日神社
若草山
東大寺
戒壇院
北山十八間戸
般若寺
奈良帝室博物館
新藥師寺
寺頭
春日奧山めぐり
附近御陵めぐり
西の京方面
法華寺
平城宮阯
秋篠寺
西大寺
菅原天神と喜光寺
唐招大寺
藥師寺
あやめ池遊園
郡山町
法隆寺・龍田・信貴・生駒方面
廣瀬神社
法隆寺
中宮寺
法起寺
龍田川
龍田神社
信貴山
生駒聖天
二上山
當麻寺
櫻井附近
談山神社
安倍文珠
長谷寺
室生寺
大野寺
赤目四十八瀧
香落溪
大神神社
石上神宮
大和神社
長岳寺
天理教會本部
帶解地藏
月ケ瀬・笠置附近
月ケ瀬の採梅
笠置山
笠置温泉
木津川下り
恭仁京阯
皇陵參拜
遊覽日程案
寫眞、遊覽畧圖 / 卷中




1月、「旅順図書館報 2(1)」を「旅順図書館」が刊行する。 pid/1496353
八紘一宇の大理想 / 今井順吉 / p1〜2
2月、「時事の栞 第2輯」が「京都府女子師範学校/京都府立桃山高等女学校」から刊行される。 pid/1097005 閲覧可能
一、 帝國政府聲明
二、 “相手にせず”の眞義(風見内閣書記官長談)
三、 和平交渉斡旋成らず(外務當局談)
四、 地方長官會議に於ける 近衞首相訓示
五、 南京陷落に際し 近衞首相聲明
六、 第七十三回帝國議會に於ける 國務大臣演説
〔一〕 近衞首相の施政方針演説
〔二〕 廣田外相の演説
〔三〕 杉山陸相の戰况説明
〔四〕 米内海相の戰况説明
七、 日本精神の發揚 八紘一宇の精神(文部省) / 25
〔一〕 國家・民族の興廢 / 25
〔二〕 八紘一宇の精神 / 26
〔三〕 支那事變の意義 / 30
〔四〕 皇國の使命と我等の覺悟 / 36
〔五〕 社會風潮の一新 /
〔六〕 むすび / 44

八、 資源の愛護と非常時財政經濟への
    →國民の協力(内閣情報部編)
〔一〕 はしがき
〔二〕 資源の愛護
〔三〕 國際収支の適合
〔四〕 消費の節約、代用品の使用と廢品の蒐集利用
〔五〕 金の使用節約
〔六〕 勤勞報國と勞資協力
〔七〕 貯蓄と國債の應募
〔八〕 結び
九、 事變半歳の回顧
    →(陸軍省新聞班海軍省海軍軍事普及部)
〔一〕 事變の發端より二十九路軍の膺懲戰迄
〔二〕 察哈爾方面
〔三〕 綏遠山西方面
〔四〕 京漢線方面
〔五〕 津浦線方面
〔六〕 上海方面
〔七〕 支那沿岸の交通遮斷と海軍航空隊の活躍
〔八〕 大上海陥落
〔九〕 湖東會戰と湖南戰線の進展
〔一〇〕 南京攻略戰
一〇、 昭和十二年の國際政局回顧(外務省情報部)

〔一〕 はしがき
〔二〕 支那事變の發展
〔三〕 聯盟及び九國會議と列國の動向
〔四〕 日獨伊三國協定の成立
〔五〕 乾岔子事件と漁業條約問題
〔六〕 スペイン問題の波瀾
〔七〕 スペイン動亂の終局
〔八〕 英獨會談と英佛會商
〔九〕 獨伊の進出と佛蘇の後退
〔一〇〕 滿洲國の發展
〔一一〕 結言
一一、 時局日誌
   →(十二月三日より一月二十日まで)
附、支那東部要圖
山東省要圖
廣東省東部
南京城内要圖
2月、 内閣府・内務省・文部省編「八紘一宇の精神 : 日本精神の発揚」が「国民精神総動員中央聯盟」から再版される。pid/1100398  閲覧可能  初版:昭和12年12月 (国民精神総動員資料 ; 第4輯)
一、 國家・民族の興廢 / 1
二、 八紘一宇の精神 / 2
三、 支那事變の意義 / 7
四、 皇國の使命と我等の覺悟 / 14
五、 社會風潮の一新 / 18
六、 むすび / 23
2月、井上清純述「万古を貫く大精神」が「地湧日本社」から刊行される。 pid/1031257  閲覧可能
(一) 心的一元
精神史觀
濁水に清水珠を投ず
一大飛躍の秋
明治維新の意義
(二) 源遠流長
皇國大發展の原由 )
孝明天皇と明治天皇
民に兩主靡し
一の精神
(三) 寳士出現
神授の國
最高最貴の大文字
不滅の國體と不易の政體
寳祚之隆、天壤無窮
(四) 朝日の直射し、夕日の直照る國
皇孫降臨と一貫の國是
宿命的大陸政策
養正、積慶、重暉
平國の劍
(五) 知恩報恩
六合一都、八紘一宇
皇恩最も重し
天下大に平なり
皇土莊嚴
(六) 開顯統一
千古之偉聖
開國進取の國是
神、儒、佛三教と日本文明
皇國外交の規範
(七) 最も古くして日々新なり
大化改新の發源
新日本の創造
以和爲貴
まことの歴史
(八) 常住不滅
國と人と教
光明縁起の文明と無明縁起の文明
鎭護國家の妙典
いろは歌と人生觀
高御座之業
(九) 自界叛逆難、他國侵逼難
軍の私兵化
未曾有の顛倒時代
蒙古來
伊勢の神風

(十) 破邪顯正
前代未聞の下剋上
國史の精華
鵄光流電の如し
轉輪聖王の輪寳
(十一) 五十鈴の河は萬古に流れて居る
建武中興の政治
國體を萬古に維持す
國民的懺悔
神苑の朝
3月、内閣情報局編 「週報 (76)」が「内閣情報局」から刊行される。 pid/1594733
八紘一宇の精神 / ヘ學局 / p1〜17
「武器なき戰士」・宣撫班 / 陸軍省新聞班 / p8〜14
戰況 / p15〜25

津浦戰線の進展 / 陸軍省新聞班 / p15〜20
長江沿岸の掃蕩 / 海軍省海軍軍事普及部 / p21〜25
新政權と在留華僑 / 内務省 / p26〜29
ソ聯裁判の内情 / 外務省情報部 / p30〜36
第七十三囘帝國議會の概觀 / 内閣官房總務課 / p37〜43
最近公布の法令 / 内閣官房總務課 / p44〜46

3月、「写真週報 (7) 」が「情報局」から刊行される。 pid/1896250
体位向上銃後の備へ
八紘一宇――橿原神宮
黄河へ!黄河へ!
ファシスト訪日親善使節團を迎へて 盟邦イタリー素描
肇國の地に起てり――祖國振興隊
天孫降臨の聖地に祖國振興隊の蹶起
圖書館記念日 / 文部省
愛林日――四月四日 / 農林省
海の彼方
3月29日付、福井新聞に「国民精神総動員四月三日の神武天皇祭に県下市町村へ通牒」の記事が掲載される。      デジタルアーカイブ福井より
3月、吉岡彌生が「日本女医会雑誌 (83) p1〜2 日本女医会雑誌発行所」の巻頭言に「八紘一宇の大信念に生きよ」を寄せる。 pid/1490925
3月、里見岸雄が「国体学雑誌 (3月號)(186) p4〜10 里見日本文化学研究所」に「主論 建國より維新へ維新より八紘一宇へ」を発表する。 pid/1539428
4月、里見岸雄が「国体学雑誌 (4月號)(187)  p4〜8 里見日本文化学研究所」に「主論 建國より維新へ維新より八紘一宇へ (中) 」を発表する。
   また、同号に田中智學が「特別講座の欄 /日本の建國 p48〜55」を発表する。  pid/1539429
4月、「逓信協会雑誌 4月(356)」が「逓信協会」から刊行される。 pid/2776655
「八紘一宇」の精神 / 榮谷平八郎 / p30〜30
遞信サイエンス――(世界に誇る海底電線布設船東洋丸の竣工近づく) / 中村彌太郎 / p71〜83
4月大日本少年団聯盟編少年団研究 15(4)」が刊行される。 pid/1595295
社會ヘ育の維新期來る / p1〜1 (0002.jp2)
事變後に初めて迎ふる神武天皇祭 / 二荒芳コ / p2〜3
國民の體位向上に就て / 竹下勇
日獨少年團交驩の意義 / 二荒芳コ
日獨少年團交驩に就て林博太カ伯の質問
健兒作業としての簡易測量法 / 致雨生
わが少年團訓練と滿蒙開拓少年義勇軍 / 上原コ之 / p16〜18
少年團訓練の實際案 / 松田哲
都會地の戸外訓練 / 上原壽造

獨逸國情とヒツトラー・ユーゲント / 宮本金七
情報 / 公報

4月、「真理 4(4)」が「真理舎」から刊行される。 pid/2315634
八紘一宇の世界經綸 / 廣田弘毅 / 18〜19
新日本の大理想 / 松本學 / 20〜23
軍擴時代(年政治讀本) / / 48〜49
古事記の精神 / 溝口駒造 / 38〜41
支那民族性の本質 / 後藤朝太カ / 24〜28
愛國行進曲の選定 / 佐々木信綱 / 72〜73
岡倉天心と東洋の理想 / 淺野晃 / 50〜52
スターリンと新憲法 / 久野豐彦 / 54〜58
父・鑑三を語る / 内村祐之 / 44〜47
さくら / / 29〜29
四月いろいろ / 安民窟主人 / 37〜37

滿洲移民 / / 53〜53
老人 / 戸川秋骨 / 30〜32
番の話 / 佐々木邦 / 32〜34
花まつりのことなど / 水町京子 / 35〜36
人間にくるしむ / 倉田百三 / 42〜43
繪と文 / 鈴木亞夫 / 74〜75
純粹なる精神 / 田部重治 / 80〜83
この頃の感想 / / 67〜67
一死刑囚の悲願 / 友松圓諦 / 64〜66
死の覺悟・遺言したきこと / / 28〜28
宗ヘ界展望 / 無門庵主人 / 103〜103
佛ヘ研究の心得 / 友松圓諦 / 86〜89
夢殿 / 岡本貫瑩 / 90〜93
大乘原典の研究(維摩經) / 土田勝彌 / 94〜97
禪宗とは / 神保如天 / 98〜102
吉川英治氏に訊く / 本誌記者 / 114〜115
内原滿蒙道場見學記 / 新田洋一 / 60〜63
小説 素顏 / 松岡讓 ; 坪内節太郎 / 104〜113
全日本眞理運動とは / / 146〜147
勝鬘經講義 / 高神覺昇 / 68〜71
君見ずや(證道歌講讃) / 江部鴨村 / 76〜79
法華經講義 / 友松圓諦 / 116〜123
法句經講義覺え書 / 友松圓諦 / 84〜85


5月、「国体学雑誌 (5月號)(188)」が「里見日本文化学研究所」から刊行される。 pid/1539430
國體主義の主張及批判の欄
大陸鐵道經營の基本觀念 / 江藤夏雄
大衆講座の欄
 現代國體論大觀(完) / 小倉鏗爾
 國體憲法學講座(第十二講) / 岡本永治
 生命辨證法通俗講話(十二) / 岩永芳男
特別講座の欄
 
日本の建國(二) / 田中智學
主論・建國より維新へ維新より八紘一宇へ (下) / 里見岸雄
5月、新井無二郎が「 國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 44(5)(525) p16〜20 国学院大学」に「文語の開始は神祇崇敬に淵源す」を発表する。 pid/3365167
5月、大森音吉が「修正尋常小学国史插画詳解」を「青柳書房」から刊行する。 pid/1149660 閲覧可能
第一 天照大神
皇大神宮
第二 神武天皇
神武天皇の御東征
第三 日本武尊
日本武尊の御東征
第四 神功皇后
神功皇后の征韓
第五 仁徳天皇
仁徳天皇の御仁徳
第六 聖徳太子
聖徳太子
第七 天智天皇と藤原鎌足
中大兄皇子と鎌足
(略)

6月、神田孝一が「厚生啓発工場管理研究 : 産業能力動員方策」を「工場管理研究会」から刊行する。 pid/1029948閲覧可能
(略)
第二 皇道國是と厚生管理
第一節 皇道國是の厚生理念
一、 神武天皇の御詔勅
二、 山鹿素行の日本國體理念
三、 本居宣長の「まこと」の道
四、 近衞忠房千家尊福の敬神明倫道
五、 平山省齋の惟神道
第二節 皇道國是の厚生本義
一、 山鹿素行の國本經濟説
二、 蒲生君平の厚生經國説
第三節 五ヶ條御誓文の厚生國是
一、 御誓文と御宸翰
二、 厚生國是の管理原則
第四節 厚生國是の管理經濟
一、 厚生國是の本義
二、 山鹿素行の職分經濟説
三、 二宮尊徳の報徳經濟説
四、 福澤諭吉の分限經濟説
五、 福田徳三の厚生經濟説
第五節 國民能力の厚生啓發
一、 山鹿素行の治教民政道
二、 二宮尊徳の實踐學問道
三、 福澤諭吉の自然原則と獨立學問道
(附録・略)


6月、「紀元二千六百年 1(5)  紀元二千六百年奉祝会」が刊行される。 pid/1387586
扉 橿原神宮境域並畝傍山東北陵參道擴張整備起工祭
論説 八紘一宇の大理想實現へ / 東ク實
論説 永久に無限に / 高野辰之
隨筆 我國上代の水上運搬具 / 西村眞次
考古隨筆 鏡と劒と玉(三) / 後藤守一
橿原神宮境域並畝傍山東北陵參道擴張整備起工祭
「紀元二千六百年奉祝會の夕」特輯グラフ
紀元二千六百年祝典評議委員會第四回總會開く
紀元二千六百年奉祝紀念事業に財界有力者の協力を求む
地方長官會議に於ける内閣所管事務指示事項
小説 水戸義公 / 白井喬二 ; 木下大雍
落語 ときはかね / 泉朗々
新映畫紹介
編輯後記
6月、大道重次が「<神日本 ; 第3篇 人之巻 総論>八紘一宇 : 真文化開発の指導精神 新世界建設の具体方法」を「立山塾(富山県)」から刊行する。 非売品 pid/1270349  閲覧可能 
第一卷 要義八綱
第一章 正覺 <自然に歸へれ>
第二章 眞道 <道は農にあり>
第三章 聖業 <農は神事なり> 
第四章 神國 <神事これ神國>
第五章 靈光 <神國に光あり>
第六章 皇化 <光は萬邦浄化>
第七章 國策 <光の世建設法>
第八章 實現 <實行こそ實光>
第二卷 大自然道
第一章 人
第二章 世
第三章 道
第一節 日本之國体
第二節 皇國之原理
第三節 神國之經綸
第四節 天業之恢弘
第三卷 理想之國
第一章 人之改造
第二章 家之再興
第三章 村之建設
第四章 縣之革正
第五章 國之復興
第六章 世之統一
第四卷 經倫之本
第一章 原則
第二章 本則
第三章 補則
第四章 實踐
第五章 道場
第六章 開展

8月4日付、「国策線に働く女(2)第一線に立つ人々(下)註mもと子女史他/建国奉仕隊の歌、山田耕筰氏作曲」の記事が掲載される。
8月、野口援太郎が「先づ教育を革新せよ : 日本国民に告ぐ」を「平凡社」から刊行する。 pid/1441964  閲覧可能
第一章 日本民族の理想 / 1
第一節 國民諸君よ / 1
第二節 日本は何故に起つたか / 3
第三節 國力發展と人口問題 / 6
第四節 先づ自己を確立せよ / 10
第五節 支那を救へ / 15
第六節 世界の共産化運動 / 19
第七節 英佛の利權 / 32
第八節 米國の支那に對する態度 / 44
第九節 支那に對する日本の義務 / 52
第十節 危機をはらむ / 60
第十一節 約説
第二章 國民的生活から見た我が國民性 / 80
第一節 我が民族はその理想を實現するに足る力を有するか / 80
第二節 我が國民性概論 / 86
第三節 和 / 93
第四節 實行的民族 / 118
第五節 生々發展 / 135
第六節 八紘一宇 / 148
第三章 一般方策 / 154
第一節 思想の轉換・第二の御誓文 / 154
第二節 現下の急務 / 159
第三節 農村の培養 / 166
第四節 國防の充實 / 176
第五節 我が國の財政經濟 / 183
第六節 産業の擴張 / 191
第七節 資本主義の修正 / 201

八節 新生活 / 216
第四章 ヘ育の革新 / 233

第一節 盡忠報國の精神 / 233
第二節 愛とヘ權 / 243
第三節 ヘ育と興味 / 248
第四節 實行を主としたヘ育 / 252
第五節 入學試驗制度はヘ育改革の癌 / 258
第六節 自ら爲すヘ育 / 264
第七節 個性に即したヘ育 / 268
第八節 自由と統制 / 275
第九節 學年の短縮と試補制度 / 279
第十節 一般少年の修養 / 290
第十一節 ヘ育者の待遇とその養成 / 298
第十二節 國民訓練 / 304
第十三節 一般民衆の研究施設・成人ヘ育 / 313
第五章 結論 / 319


9月4日付、「轟く合唱一万人・「建国奉仕隊の歌」入選作発表・橿原神宮外苑」の記事が掲載される。六六三
9月6日付、「「生きてゐる兵隊」に情の判決/「建国奉仕隊の歌」発表会中継」の記事が掲載される。
六七四
    新聞集成昭和編年史 昭和13年度版 3  明治大正昭和新聞研究会 編集製作 新聞資料出版 1991年発行」より
9月、「旅 15(9) 日本交通公社」 が刊行される。 pid/7887426
僕の草鞋時代 草鞋は日本の精神なり / 鳥居龍藏
僕の草鞋時代 終始一貫草鞋履き / 木暮理太郎
僕の草鞋時代 草鞋を着て寢る / 本多靜六
僕の草鞋時代 ゆすぎ水の心地よさ / 田村剛
新秋自然科學の旅 珍魚イトヨの棲息地 / 蘆村葉人
秩父の雨乞ひ / 吉田浩堂
飯田市 街の斷面圖 / 翁片里
特輯旅のグラフ 第一特輯
 大和聖蹟めぐりコースより
  1・橿原神宮神域擴張工事に汗の奉仕
  2・別格官幣社談山神社に藤原鎌足公の盡忠を偲ぶ
  3・神武天皇の畝傍山東北陵にて
  4岡寺に皇軍の武運長久を祈る
  5官幣大社橿原神宮にて
10月、國民精神總動員中央聯盟編「時局と初等教育者の使命」が刊行される。 pid/1083477 閲覧可能
序説 時局と初等教育者の使命
第一章 支那事變の因由と國際情勢
一、
 躍進日本と八紘一宇の理想
二、
 國民政府の排日抗日政策
三、 事變を圍繞する國際情勢
第二章 國民精神總動員と初等教育者の地位
一、 國民精神總動員の趣旨
二、 國民精神總動員の教育的意義
三、 國民精神總動員と初等教育者の地位
第三章 時局と初等教育上の重點
一、 教育目的の確立堅持
二、 教育内容及び教育制度の改善に關する趣旨の體得と實踐
三、 教育方法上の努力點
(一) 時局を機縁とする教育の徹底強化とその恒常化
(二) 訓育方面の努力點
(三) 體育方面の努力點
(四) 教授方面の努力點
結語 初等教育者の修養
11月、「公園緑地 = Parks and open space 2(11) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296475
橿原神宮神苑に於ける建國奉仕隊の精進
建國奉仕團の作業状況 / 奈良縣公園課長 建國奉仕隊總務課長 坂田静夫 / p13〜17
11月、「警察新報 23(11)」が「警察新報社」から刊行される。 pid/10985638
現下の社會状勢と思想犯保護の動向/中村義カ
空襲下に於ける防毒救護に就て(四・完)/湯川新太カ
軍機保護法と警察上の取締に就て/伊藤信男
時局犯の取締と其の防止/貴具正勝
東京港の發展と我が水上警察の使命/染谷庸
人間が神に加護申し上げる/佐々木俊雄
尊王の大義に徹せよ/日下巖
八紘一宇の眞義/池田龍市
八百年前からの民族問題
民族と國家と植民地
12月、渡辺幾治郎 [述]による「時局と国民自覚大講演集 第15輯 東亜新秩序建設の基調」が「日本文化中央聯盟」から刊行される。 pid/1270355  閲覧可能
一 この犠性
二 肇國の大精神
  天壌無窮の神勅
(てんじょうむきゅうのしんちょく)
  神武天皇の詔勅
  國家の大精神・大方針
  道徳立国
  開國進取
三 歴史は鏡なり
四 支那・日本を侮りはじむ
五 常に道コ的なる我が對支政策
六 對支外交失敗の原因
七 日支提携の根柢を爲すもの
 八紘一宇の眞諦
財団法人 日本文化中央聯盟設立趣意書
12月、C水千代が「短歌研究 7(12);12月號 p95〜95 改造社」に「橿原神宮建國奉仕隊」を発表する。pid/10987052
12月、小倉鏗爾 が「日本の全體主義」を「錦正社」から刊行する。  pid/1257167  閲覧可能
一 日本の全體主義
二 日本の全體主義の二大特質
三 日本の全體主義と日本の個人主義
四 君民一體の全體主義と勞資一體
五 全體主義の典型
六 皇室中心と皇室中心主義
七 萬世一系皇統連綿の意義
八 天皇即國家論
九 國體と國體の精華
一〇 皇道
一一 八紘一宇とは何か
一二 日本の大理想
一三 御稜威について
一四 神道必勝の皇軍
一五 萬國無雙の武國
一六 『何くそ』と奮起する元氣
一七 日本本位
一八 自主的精神と積極進取
一九 自主的精神と和魂漢才
二〇 必勝思想戰
二一 聖旨奉體
二二 皇運扶翼
二三 忠とは何か
二四 擧國一體億兆一心
二五 上下心を一にする
二六 産業報國
二七 日本における勞働の神聖
附録
加藤弘之先生の國體説について
〇この年、津村重舎が大和宇陀郡神武天皇聖蹟圖繪」を刊行する。   
 昭和13年に津村重舎が発行した吉田初三郎著作の宇陀郡内の神武天皇聖蹟案内図。前貴族院議員津村重舎が、郷土宇陀郡の「聖蹟」をアピールするために製作を依頼。昭和初期に社会運動が激しくなると、国体の擁護が叫ばれ「霊地」大和が強調され、神話に出てくる地名を探索する聖蹟顕彰運動が盛んになる。神武東征の神話では、熊野から北上して宇陀にいたる山中で道に迷うが、八咫烏があらわれて一行を導く。そこが「菟田の穿村」、兄猾の策略を見抜いて討伐する所が「菟田の血原」。続いて八十梟師と長髄彦を討つときに金の鵄があらわれて勝利する所が鵄邑。各地の土蜘蛛を破り大軍を結集する所が磐余となった。こうして、神武天皇は畝傍橿原宮に即位し、皇祖天神を祭るため、鳥見山中に霊畤をたてた。これらの地名の本家争いが熾烈となったため、政府は、昭和13年12月に神武天皇聖蹟調査委員会をつくり、翌年10月から「聖蹟」を決定(鈴木良編「奈良県の百年」)。この中に宇陀郡内では菟田高倉山と菟田穿邑がは入っているが、本図にみえる鳥見山中霊畤は、磯城郡城島村・桜井町に決定され、図中の磐余邑も磯城郡桜井町・安倍村・香久山村に決まり、国見丘は決定なしがたきものとされている。
       出典:奈良県立図書情報館 まほろばデジタルライブラリー
〇この年、山口鋭之助が「世界驀進の皇道経済」を「本学会出版部」から刊行する。 pid/1441272
九 孝明天皇の御期待に背いた京都學習院は鎖國攘夷過激派の集會所であつた
 甲 京都學習院御創立の困難
 乙 學習院に日勤する者は過激派の堂上と長州藩士を中心とする浪士等であつた
一〇 王政復古は山陵御修補の會計の無統制の爲め不可能となつた
 甲 修補建白の御嘉納と御修補工事の會計
 乙 寺院側の御修補無關心は益々陵型を區々ならしめた

一一 神武天皇祭の例による山陵祭は全般的に古神道が復興するに非ざれば不可能であつた
 甲 畝傍山東北陵の山陵祭
 乙 山陵の御例祭は神武天皇にのみ行はれる慣例となつた
 丙 佛式陵墓守護の沿革
 丁 山陵巡檢使は陵靈祭祀の作法の無統制を肯定した

一二 明治御一新に依る古神道の統一は勤王政治家の裏切に依つて頓挫した
 甲 孝明天皇の御大葬では葬權は公家の手に囘收された
 乙 明治天皇の御誓祭と太政官の高札掲示
 丙 神祇事務局の政治原理の眞髓たる宗門統一政策の破綻
〇この年、宇都宮謙, 藤波則之編「八紘一宇之精神」が「弥栄会本部」から刊行される。 pid/1112589
今上陛下の御事
學習院御入學
院長閣下
河鹿の行方 / (0020.jp2)
乃木將軍最後の御進言
機關室を御巡視
日月に私照なし
雨中の御會釋
近頃身體の具合はどうか
杉浦が居ないのは残念だ
村童をいたはり給ふ
御外遊の御壯途
あれではよく見えぬであらう
兩陛下を案じさせ給ふ
殉難者の靈を慰めよ
余も玄米を食す
國民精神作興に關する詔書
政務の御澁滯を御懸念
國際問題の御注意
入江怪我は如何か
君臣の義親子の情
御寛大なる御仁慈
雨中の御親閲
明日は天氣だよ
若き侍從に御力添
炎天下に永く跪座させるは
   →氣の毒である
關西行幸
尊き範を垂れ給ふ
剛毅の御有樣
將兵と勞苦を共に遊ばさる
小學教員に勅語を賜ふ

聖恩洪大無邊
御健脚を拜して感激
地方長官に一々民情御下問
農家の實情を臠はす
功臣の筆蹟を徴さる
永らく御召替も遊ばさず
修身「責任」の娘に光榮
御休養のお暇もあらせられず
將兵の上に大御心を
行幸に御節約の大御心
金製品をお下渡し
機翼の彈痕に勳功を嘉し給ふ
尊き御身が永年七分搗米を召される
皇后陛下の御事
御徒歩で御通學
御幼少の御日記
皇太子妃殿下として御冊立
杉浦翁の病床を慰め給ふ
まだよいではないか
さぞ寒からう
尊き母性愛の規範をたれ給ふ
雨に難む失業者へ
勤王志士の血統者を遇させ給ふ
尊き御歌を賜はる
大正天皇の御事
制服の範を示し給ふ
軍人に寒暑はない

御徒歩で御參内
余も幕僚中の一人
兵士の食料でよい
寒暑の季節は如何か
是れは汝の子供に遣はす
茶店に憩はせ給ふ
御文徳と御風懷
それは不愍なことをした )
愛鷹山麓の一軒家
三島は老人であるから
寒風の中に立たせ給ふ
乃木將軍をかばひ給ふ
交通機關を御重視あらせらる
御洪量御寛大
御年譜
皇太后陛下の御事
農家に御成長の御時代
御名殘を惜ませ給ふ
養蠶の御奬勵
戰地にある兵士の爲めである
女子教育の御奬勵
御親子の情
御母性としての御心盡し
蒼生の上に御憐愍
遺族の者を慰めよ
御愛民の御心
明治天皇の御事
大御光

五箇條の御誓文
一位局を扇がせ給ふ
君臣水魚の情
硬直飾りなきを愛す
其刀は今宵汝が誠忠の記念である
御小袖を賜ふ
眼病の民を憐み結ふ
兩陛下御同列の御臨幸
親子の情に變りはない
廣島大本營の御駐輦
中井は煙草を好めるらしい
朕は永久に辭職なし
今日は其時にあらず
日比谷の燒打事件
日露媾和の詔勅
秋は悲しきものよ
國産御奬勵
苦勞であつた疾ふ退れ
御年譜

照憲皇太后の御事
御褥を重ね給はず
住居は狹くとも
小袖の縫込を斷たせ給はず
暫時の御名殘を惜しませ給ふ
南朝の古跡を弔はせ給ふ
斯くせねば濟まぬ
夜の衾を減じさせ給ふ
陛下と楓内侍
恩賜の金子
日夜の御看護
皇統綿綿萬世一系


〇この年、谷口雅春が「日輪めぐる」を「光明思想普及会」から刊行する。  pid/1109139
はしがき
一月 新たに生まる
二月 衣を更へて
三月 彌彌生ふるいのち
四月 若葉寄り繁る
五月 陽めぐりいづ
六月 紅白むすぶ
七月 眞諦成就
八月 八紘一宇是神國
九月 苦難既に無し
十月 圓滿具足
十一月 更に新芽を含む
十二月 陳きもの自ら謝る


〇この年、早川方明が「日本的態度」を「成美堂」から刊行する。pid/1257143
第一章 侍_
第二章 國民精神と犧牲的精神
第三章 犧牲的精神と親切心
第四章 犧牲心と利己心
第五章 ヘ育は信念の固めが肝要
第六章 小學校に入る頃から
第七章 中等學校に入つて
第八章 高等ヘ育を受けて
第九章 信仰は傳へるべきもの
第十章 八紘一宇の大理想 / 67
第十一章 文化の花と實 / 71

第十二章 文化の刺戟
第十三章 人生は努力なり
第十四章 堂奧を究めて信念を立てよ
第十五章 感情的決心
第十六章 信念の種々相
第十七章 透明なる信念
第十八章 信念力
第十九章 信念力の活動は無限なり
第二十章 時局に對處する信念
第二十一章 信念力を元として解釋一例
〇この年、清泉芳巌が「日本精神と禅」を「竜文舎」から刊行する。 pid/1089838
「日本精神と禪」
一 
八紘一宇の雄心
二 日本魂に培ふ
三 國難來
四 七生報國
五 死生を超えて
六 主人公に見參
七 義肝勇膽
八 本分の大事
「禪とは何ぞ」
一 禪とは何ぞ 柳緑花紅
二 禪の系統 以心傳心
三 禪の教理 言語道斷
四 禪の實修 電光石火
五 禪の宗教 超入佛位
六 禪の道徳 廻向發願
七 禪の活用 活殺縱横
八 禪と安心立命 大解脱
九 禪と人格 智徳圓滿
十 禪と處世 日々是好日



〇この年、三田村武夫が「戦時国民読本」を「国民戦線社」から刊行する。 pid/1030413
第一章 東亞の盟主日本の任務
第一節 支那事變はなぜ起つたか
一、 支那事變は日本が生きるための戰ひである
二、 日支事變は英・蘇の支持煽動に依つて起つた
三、 支那事變は亞細亞再建の黎明である

第二節 東亞混亂の根本原因
一、 支那の無統制無秩序
二、 列國の支那侵略
三、 露西亞の極東侵略
第三節 蘇聯邦の赤化政策と日本
一、 蘇聯邦の極東政策
二、 滿洲事變以來の蘇聯邦
三、 蘇聯邦の世界革命運動
四、 蘇聯邦の人民戰線戰術と支那事變
第四節 英吉利の極東政策と日本
一、 英吉利は日本の敵か味方か
二、 英吉利はなぜ日本の敵に廻つたか
三、 英吉利最近の反日政策
四、 英吉利の新極東政策と支那事變
五、 英吉利の立場と日本の立場

第七節 亞細亞再建への途
一、 新支那の建設
二、 新東洋の建設
三、 大亞細亞民族國家の建設
第八節 皇道の世界宣布
一、 八紘一宇の大精神 / 133
二、 皇道の世界宣布 / 135
第三章 戰爭と國家總動員 / 137
〇この年、皇民信仰読本  佐藤定吉 著 実業之日本社 1938pid/1239206
第一篇 皇國心
皇國心
世界の直面せる二大問題
世界歴史の動向と皇國
新なる光來る
世界思想戰と皇國の重責
新世界歴史の發足
八紘一宇の聖願

第二篇 皇國の本質
皇國の大目的
皇國日本の唯一絶對道
國體と宗ヘ
日本精神の眞髓
日本魂
皇國の完成
皇國精神の世界化
第三篇 人生
人生の目的
死と苦難への勝利
最大難關の突破

靈乎肉乎
死よ、汝の闇は何處にありや
靈魂は果して永生するか
信仰とは何か
〇この年、久松潜一が「国民自覚叢書 ; 第1編 日本文化の本質を語る」を「日本文化中央聯盟 」から刊行する。 pid/1245409
序言 / 1 (0006.jp2)
一 日本文化の本質
氣候・風土の影響
歴史の力
國の成り立ちの獨自性
敬神・忠君・愛國は一つ
八紘一宇の御詔勅
文化の根源
二 皇室と文化
皇室の御力ぞへ
文學への御庇護
古事記・日本書紀
萬葉集
古今集以後の勅撰集
和歌の御獎勵・曲譜づけ
かず[カズ]の御著述
あらゆる文化の進展に
根源は肇國の大精神
三 日本文化の基調
精神的基調
情と理との融合した境地
明き淨き直き誠の心
C明心
『まこと』
四 情理の融合
主情的
萬葉集に見える『こゝろ』の用字
理に結んだ情
理に囚はれぬ天地の心
道理

義理
近松の作品に現はれた義理と人情
大なる愛への感動
五 象徴と直觀
奔放な空想なし
單なる分析もない
日本獨自の思想性
象徴的なる表現
茶道・能樂・庭園
岡倉天心の茶道書
能樂の境地
簡單な形に深いものを盛る
勘による把握
幽玄味
説明の外なる境地
童心にして老境のこゝろ
言擧せず
『まこと』的文化
六 不動の中心
外來のものゝ融合
各時代を通じて一貫
奈良朝時代に於ける支那思

想の融和
山上憶良の恩想
動かざる中心思想
平安朝時代の和魂漢才思想
中心はいつも和魂
七 總てを包攝・融和
中世に於ける佛ヘ思想の影響
日本化されたる「幽玄」

「美しく柔和なるが幽玄」
すべては傳統に融けこむ
日本化された佛ヘ
日本化された儒ヘ
反するものは入り來らず
國學精神の力
心醉やがて醒む
明治に於ける日本的自覺
逍遙・鴎外・紅葉・露伴・子規
ヘ育勅語御發布
九 新文化の創造
輝かしき進展への途
日本的なる新文化
永遠に若き日本文化
樞軸は必ず日本的のもの
肇國以來の大精神
十 日本學の使命
祖國に捧げる純粹の愛
新しい日本文化の形成
日本文化の世界史的位置
日本に對する愛から出發



〇この年、山崎富伝市が「皇紀二千六百年」を「帝国書院」から刊行する。 pid/1056188
緒論 /本論
一 我が國體
二 世界最舊國
一 日本は世界の最舊國である
1 日本
2 英國
3 露國
4 獨國
5 佛國
6 米國
7 伊國
8 支那
9 エ國
二 又最新の皇國
三 皇室
一 萬世一系
僧「然
二 主權尊嚴
1 蘇我馬子
2 藤原廣嗣
3 道鏡
4 藤原基經
5 藤原道長
6 平將門
7 北條義時
8 足利尊氏
9 戰國の世に於ける皇室の式微と群雄
10 後光明天皇
三 崇祖
1 崇祖は野蠻の遺風か
2 皇室御崇祖の例
3 崇祖につきて詠まれた御製
4 崇祖は我が國民道徳の基礎
四 仁慈
1 皇室の御仁慈は絶對愛である
2 御仁慈は外人に及ぶ
3 歴代皇室の御仁慈
4 皇室の御徳を穢し奉る如き傳説の誤謬
5 諸外國君主の暴虐
五 皇室中心
四 臣民
一 偉大なる同化力を有する大和民族
1 異文化の同化
2 異民族の同化
3 異民族のよく同化された例證
二 「克ク孝」
三 「克ク忠」
1 支那の忠は如何
2 西洋の忠は如何
四 武士道を指導精神とする
   →樂天勇往の國民
五 君臣關係
一 義は君臣情は父子
二 團結鞏固
三 武勇 曾て外侮を受けず
六 國土
一 祖宗肇造
二 國土優秀
1 位置の優秀
2 地形の優秀
3 氣候の優秀
三 種々の國號
1 大日本
2 大八洲
3 豐秋津洲
4 葦原の中つ國
5 豐
葦原の瑞穗の國
6 
浦安の國
7 細戈手足の國
8 玉檣の内つ國
9 磯輪上の眞秀の國
10 言玉のさきはふ國
11 君子國・禮儀國
12 倭
13 日出國
14 Japan
七 君民同祖 一大家族‐本家 支家
一 我が國體が萬國に冠絶した根本理由
二 君民同祖なれば何故美しい國體となるか
三 君民同祖の證
八 君臣の分定まる
一 我が國の君位の基本は血統である
二 支那の君位の基本は徳である
三 西洋の君位の基本は約束である
四 尊嚴なる我が君位
 八紘一宇
一 肇國の大理想
二 八紘一宇
三 世界を光被すべき我が皇道
一〇 無窮發展
四 無窮發展の理想
五 永遠の皇國
六 皇國の理想に向つての大行進
結論



〇この年、山県丈夫が「尋常小学国史插絵文献資料に拠る解説」を「三友社」から刊行する。
pid/1268140 
 閲覧可能 重要
第一 天照大神「皇大神宮」
第二 神武天皇「神武天皇御東征圖」
第二 神武天皇「神武天皇がけはしい山道をお進みになつた」
第三 日本武尊「日本武尊御東征圖」
第三 日本武尊「日本武尊が御劍をぬいて草を薙ぎはらひなさつた」
第四 神功皇后「朝鮮半島諸國圖」
第四 神功皇后「神功皇后がはるかに新羅の方を御らんになつた」
第五 仁コ天皇「仁コ天皇が盛に立ちのぼるかまどの煙を御らんになつた」
第六 聖コ太子「聖コ太子」
第七 天智天皇と藤原鎌足「中臣鎌足が御靴を中大兄皇子にさし上げた」
第九 聖武天皇「大佛供養」
第十 和氣C麻呂「和氣C麻呂が神のヘを申しあげた」
第十一 桓武天皇「桓武天皇」
第十一 桓武天皇「平安京圖」
第十一 桓武天皇「大極殿
第十一 桓武天皇「蝦夷征伐要地圖」
第十二 最澄と空海「最澄が經文を朝廷にさしあげた」
第十二 最澄と空海「空海が唐に渡つた」
第十三 菅原道眞「菅原道眞が御衣をさゝげて詩を作つた」
第十四 藤原氏の專「藤原氏の遊樂」
第十五 後三條天皇「後三條天皇が學問におはげみになつた」
第十六 源義家「奥羽要地圖」
第十六 源義家「源義家が弟義光と陣中で會つた」
第十七 平氏の勃興「二條天皇が平C盛の邸に行幸をなさつた」
第十八 平重盛「平重盛が父C盛の不忠を諫めた」
第十九 武家政治の起「源平合戰要地圖」
第十九 武家政治の起「一谷の戰」
第十九 武家政治の起「ョ朝が富士の裾野で狩をもよほした」
第二十 後鳥羽上皇「隱岐の御所」
第二十一 北條時宗「元兵來寇の圖」
第二十一 北條時宗「弘安の役」
第二十二 後醍醐天皇「笠置おち」
第二十二 後醍醐天皇「楠木正成が後醐醍天皇に拜謁した」
第二十三 楠木正成「京都附近の要地圖」
第二十三 楠木正成「櫻井の驛での正成父子の別」
第二十四 新田義貞「新田義貞が北國に向つた」

第二十五 北畠親房と楠木正行「北畠親房等海上で大風にあつた」
第二十五 北畠親房と楠木正行「楠木正行が賊兵をいたはつた」
第二十五 北畠親房と楠木正行「楠木正行が歌を如意輪堂に書きとめた」

第二十六 菊池武光「筑後川の戰」
第二十七 足利氏の僣上「金閣」
第二十八 足利氏の衰微「應仁の亂」
第二十九 北條氏康「北條氏康」
第二十九 北條氏康「戰國要地圖東方面」
第三十 上杉謙信と武田信玄「川中島で對陣してゐる
   →上杉謙信」及「川中島で對陣してゐる武田信玄」
第三十一 毛利元就「毛利元就が嚴島神社に參詣した」
第三十一 毛利元就「戰國要地圖西方面」
第三十二 後奈良天皇「後奈良天皇の御宸筆」
第三十三 織田信長「織田信長が桶狹間に向つた」
第三十三 織田信長「信長が皇居をおつくろひ申しあげた」
第三十三 織田信長「近畿東海道地方圖」
第三十四 豐臣秀吉「聚樂第の行幸」
第三十四 豐臣秀吉「豐臣秀吉が軍船の出發を見送つた」
第三十五 豐臣秀吉「朝鮮要地圖」
第三十五 豐臣秀吉「加藤C正が蔚山に向つた」
第三十六 コ川家康「コ川家康が學問を修めた」
第三十七 コ川家康「家康が大阪城を攻めた」
第三十八 コ川家光「コ川家光諸大名を試めした」
第三十九 後光明天皇「後光明天皇」
第四十 コ川光圀「コ川光圀が大日本史を作つた」
第四十一 大石良雄「大石良雄らがその主の讐を討つた」
第四十二 新井白石「朝鮮の使者の行列」
第四十三 コ川吉宗「コ川吉宗が鷹狩をもよほした」
第四十四 松平定信「松平定信が海岸を見て廻つた」
第四十五 本居宣長「本居宣長の書齋」
第四十六 高山彦九カと蒲生君平「高山彦九カが御所ををがんだ」
第四十六 高山彦九カと蒲生君平「蒲生君平が
   →順コ天皇の御陵に參拜した」
第四十七 攘夷と開港「コ川齊昭が盛に大砲を鑄た」
第四十八 攘夷と開港「アメリカ合衆國の使ペリーが來た」
第四十八 攘夷と開港「幕末外國關係要地圖」
第四十八 攘夷と開港「井伊直弼の登城」
第四十九 孝明天皇「三條實美が勅を將軍家茂に傳へた」
第四十九 孝明天皇「孝明天皇」
第五十 武家政治の終「征討大將軍彰仁親王が軍を進められた」
第五十一 明治天皇
第五十二 大正天皇「わが飛行機が島の無線電信所を襲つた」
第五十二 大正天皇「歐洲大戰關係地圖」

第五十三 今上天皇の即位「御即位の禮をお擧げになつた」


〇この年、「実践国史教育体系 第7巻 国史ヘ材の類型と其指導」が「晃文社」から刊行される。 pid/1143194
第一章 序説 實踐國史教育の目標
第二章 國史教材の類型
一 尋常小學國史教材の類型
二 高等小學國史教材の類型
第三章 指導の形態
一 指導の形態
二 尋常小學國史の指導
  →各課の主眼・體系=板書及び實踐
(一) 肇國教材の指導
第一 天照大神
(二) 聖徳教材の指導
第二 神武天皇
第三 日本武尊
第四 神功皇后

第五 仁徳天皇
第六 聖徳太子
第七 天智天皇と藤原鎌足
(略)
第五十四 國民の覺悟
三 高等小學國史の指導
  →各類型教材の指導目標
(一) 建國史教材の指導
(二) 政治史教材の指導
(三) 思想史教材の指導
(四) 外交史教材の指導
(五) 文化史教材の指導
(六) 開拓史教材の指導
(七) 法制史教材の指導
(八) 經濟史教材の指導
(九) 社會史教材の指導
(十) 總括史教材の指導

〇この年、「実践国史教育体系 第8巻 国史教科書挿絵の艶_と指導」が「晃文社」から刊行される。 pid/1143205
第一章 國史挿畫に對する態度
第二章 尋常小學國史上卷
一 皇大神宮
二 神武天皇御東征圖
三 神武天皇がけはしい山道をお進みになつた
四 日本武尊御東征圖
五 日本武尊が御劒をぬいて草を薙ぎはらひなさつた
六 朝鮮半島諸國圖
七 神功皇后がはるかに新羅の方を御らんになつた

八 仁徳天皇が盛に立ちのぼるか
   →まどの煙を御らんになつた
九 聖徳太子
十 中臣鎌足が御靴を中大兄皇子にさし上げた
十一 大佛供養
十二 和氣清麿が神の教を申し上げた
十三 桓武天皇
十四 平安京圖
十五 大極殿
十六 蝦夷征伐要地圖
十七 最澄が經文を朝廷にさし上げた
十八 空海が唐に渡つた
十九 菅原道眞が御衣をささげて詩を作つた
二十 藤原氏の遊樂
二十一 後三條天皇が學問におはげみになつた
二十二 奧羽要地圖
二十三 源義家が弟義光と陣中で會つた
二十四 二條天皇が平清盛の邸に行幸をなさつた
二十五 平重盛が父清盛の不忠を諫めた

二十六 源平合戰要地圖
二十七 一谷の戰
二十八 頼朝が富士の裾野で狩をもようした
二十九 隱岐の御所
三十 元平來寇の圖
三十一 弘安の役
三十二 笠置おち

三十三 楠木正成が後醍醐天皇に拜謁した
三十四 京都附近の要地圖
三十五 櫻井の驛での正成父子の別
三十六 新田義貞が北國に向つた
三十七 北畠親房ら海上で大風にあつた
三十八 楠木正行が賊兵をいたはつた
三十九 楠木正行が歌を如意輪堂に書きとめた
四十 筑後川の戰
四十一 金閣
四十二 應仁の亂
四十三 北條氏康
四十四 戰國要地圖(東方圖・西方圖)
四十五 川中島で對陣している
   →上杉謙信・武田信玄
四十六 毛利元就が嚴島神社に參詣した
四十七 後奈良天皇の御筆
第三章 尋常小學國史下卷
一 織田信長が桶狹間に向つた
二 信長が皇居をおつくろひ申しあげた
三 近畿東海道地方圖
四 聚樂弟の行幸
五 豊臣秀吉が軍船の出發を見送つた
六 朝鮮要地圖
七 加藤清正が蔚山に向つた
八 徳川家康が學問を修めた
九 家康が大阪城を攻めた
十 徳川家光が諸大名をためした
十一 後光明天皇
十二 徳川光圀が大日本史を作つた
十三 大石良雄らがその主の讐を討つた
十四 朝鮮の使者の行列
十五 徳川吉宗が鷹狩をもよほした
十六 松平定信が海岸を見て廻つた
十七 本居宣長の書齋
十八 高山彦九郎が御所ををがんだ
十九 蒲生君平が順徳上皇の御陵に參拜した
二十 徳川齊昭が盛に大砲を鑄た
二十一 アメリカ合衆國の使ペリーが來た
二十二 幕末外交關係要地圖
二十三 井伊直弼の登城
二十四 三條實美が勅を將軍家茂に傳へた
二十五 孝明天皇
二十六 征討大將軍彰仁親王が軍を進められた
二十七 東京行幸の折に農事を御らんになつた
二十八 西南役要地圖
二十九 博愛社
三十 憲法を御發布になつた
三十一 大本營で軍務を御らんになつた
三十二 明治二十七八年戰役要地圖
三十三 能久親王が臺灣をお討ちになつた
三十四 靖國神社に行幸をなさつた
三十五 明治三十七八年戰役要地圖
三十六 大山大將が奉天に入つた
三十七 東郷大將が旗艦三笠で指圖した
三十八 韓國併合
三十九 明治天皇
四十 明治神宮
四十一 わが飛行機が青島の
   →無線電信所を襲つた
四十二 歐州大戰關係地圖
四十三 御即位の禮をお擧げになつた



参考:実践国史教育体系   第1巻〜第10巻までの内訳表
巻No 著者 刊行年 内訳(表題) Pid
1 栗田元次 1937.6 國史教育の本質 pid/1143135
2 高橋俊乘 1937.10 教育思潮と國史教育 pid/1143149
3 石山脩平 1938 國史教育と解釈学 pid/1143161
4 丸山良二 1938.6 国史学習の心理 pid/1143172
5 大松庄太郎 1937.10 國史教育の學年的發展 pid/1143184
6 大久保馨 1938.1 國史教育と指導過程 所蔵:群馬大学中央図書館図書館/長崎大学附属図書館
7 櫻井勝三 1938.8 國史教材の類型と其指導 pid/1143194
8 小島貞三 1937.9 国史教科書挿画の精神と指導 pid/1143205
9 宮腰他一雄 〔938〕 国史ヘ育実踐諸問題 第1 pid/1143215
10 大島信一 1937.12 國史教育實踐諸問題 〔不明〕 pid/1143226
   ※第6巻については国会図書館で欠本 〔〕は原本との再調査賀必要 2021・2・16 保坂 
1939 14 3月7日付、福井新聞に「男女青年団の建国奉仕隊十日夜福井駅発で」の記事が掲載される。デジタルアーカイブ福井
3月、日名子實二が「八紘之基柱/八紘一宇の塔」の模型を完成させ、相川勝六知事の了解を得る。

日名子實二が作成した「八紘之基柱」の模型
資料:十一 八紘之基柱官幣大社宮崎神宮社地及び神武の元宮と稱する皇居屋一帯の聖域は、神武天皇御東遷前の宮址でありました、「天業恢弘、天下光宅」の御理想は、實にこの地に御宣誥遊ばされたのであります。聖戦六年、遂に中國を御平定遊ばされ、橿原宮御造営の詔中に「八紘を掩(おお)ひて宇(いえ)と爲す」と仰せられましたのも、同じ御叡慮と拝察致されます。宮崎縣に於ては、皇紀二千六百年の嘉辰を迎ふるに當り、五十萬の巨費を投じ、宮崎皇居の聖域に八紘之基柱を建設して、宏遠なる肇國の御理想を中外に宣揚し、之を永遠に記念し奉らんとするのであります。
 神都宮崎を訪ふ人は、堂々百廿尺の大基柱が聖地の空に聳え立つところ、神聖なる祖宗の御遺徳を仰ぎ奉り、御東遷の大詔喚發の盛時を偲び參らすると共に、隆々伸展して止まざる帝國の前進を祝福するの情、一入(ひとしお)深いものがあるであいませう。基柱正面の「八紘一宇」の四字は、畏くも秩父宮様の御染筆で、基柱は當時の縣知事相川勝六氏の發案に係り、日名子實二氏の設計に成り、全形は御幣に形どり、礎石には内外各地よりの献石を使用したものであります。    昭和15年10月再版「傳説の日向と宮崎名所 p43〜44」より(全文)
       
嘉辰(かしん):めでたい日。よい日柄
3月、大森音吉が「尋常小学国史插画の精神と解説」を「啓文社」から刊行する。 pid/1151678 閲覧可能
第一 天照大神
皇大神宮
第二 神武天皇
神武天皇の御東征
第三 日本武尊
日本武尊の御東征
第四 神功皇后
神功皇后の征韓
第五 仁徳天皇
仁徳天皇の御仁徳
第六 聖徳太子
聖徳太子
第七 天智天皇と藤原鎌足
中大兄皇子と鎌足

(略)

4月、高城生が「天界 = The heavens 19(217) p203〜203  東亜天文学会」に「南十字星を「神武帝の劒」に」を発表する。 pid/3219938
             南十字星を神武帝の劍(つるぎ)」に
  一海南1島攻略に因みて一一
 聖載は續けられて,わが戦線は既に支那全土に及び遠く「海南島」の敵前上陸となった.……海南島の夜空……そこには麗はしい「南十字星」が輝いてゐる.この5月頃には宵の空に南中して荘厳な姿を突立てゝゐる。今我邦では豪洲より南方へ往かねば見られぬこの南十字星。・・・想へば今から3000年の昔、神武帝が御東征の當時には、この大阪からでも南の地平線から10除度の高さにとこの十字星は見られた。神武天皇も恐らくこの「四つの星」を南天に御覧になりながら尊き建國への戰陣を進めさせられたことゝ察せられる。この「四つの星」は實はその昔の神武帝の御剣のやうに見られる。
 西洋では十字星を又「アマル王の劍」とも呼んでゐるそうだが、我々にしてみれば、今日この十字星は「神武帝の劍」として仰ぎたい。而かも昭和の大業聖職は遂行され、今や測らすも建國の昔、神武帝を護りし十字星が,見ゆる處遠く海南島まで進軍して行った事は實に意義深く,又偶然でもないと推寒される。實に神業であらう。
 茲に十字星を「神武の劍」として仰ぐ時,今日の陛下の御凌威の輝く海南、島に日章旗を掲げ,夜室に神武帝が星々の間から皇軍を護り賜へると解することが出來やう。
 今後1萬年も經てば、地球の幾差運動によって「神武帝の劍」は,南天から北へ移動して見え、再び日本内地の空に昇ることになり、御代は彌々榮える。
 南十字星「神武帝の劍(つるぎ)」と呼び仰ぐ時、昭和の偉業は天上の星座の中にも意義づけつれ、記念せられることにならう。
      (プラネタリウムにて海南島の星空を仰ぎつゝー高城生)
4月、「法曹公論 43(4)(460);4月號」が「日本弁護士協会」から刊行される。 pid/11029961
國民精神總動員組織再編成/高島晴雄 / 2〜10 京都辯護士會建國奉仕隊の活動/ / 93〜94
4月、萱島功が「潮音 25(4)p34〜35 潮音社」に「潮音短歌 建國奉仕隊」を発表する。 pid/7892363
4月、勤労教育研究会編「集団勤労教本」が「六盟館」から刊行される。  pid/1462514 閲覧可能
第一篇 總説
第一章 勤勞奉仕の精神
第二章 宿泊訓練と勤勞奉仕
第三章 集團勤勞の心構
第四章 計畫と準備
第五章 作業隊の編成
第六章 勤勞作業の實施
第二篇 基礎訓練
第一章 箒及び雜巾の使用
第二章 鍬及びシヤベルの使用
第三章 鎌及び鋸の使用
第四章 畚の使用及び結繩法
第五章 コンクリート作業
第六章 簡易測量
第七章 天幕張と飯盒炊事
第八章 救急法
第三篇 集團勤勞奉仕
第一章 神社奉仕
第二章 公園奉仕
第三章 道路奉仕
第四章 河川奉仕
第五章 農業奉仕
第六章 造林奉仕
第七章 防空訓練
附録(參考)
紀元二千六百年橿原神宮建國奉仕隊要項 / 1〜13
4月、「文化日本 3(4) 」が「日本文化中央聯盟」から刊行される。 pid/1553924
    
産業報國座談會 / p4〜6  天長節と神武天皇祭に就て / p6〜6
5月、「支部年報 第1号(昭和13年版) 」が「京都府私立青年学校聯盟京都市支部」から刊行される。 pid/1033877
時局と青年學校・伊吹研二 那須經治 / 97
大東亞建設と日本青年の覺悟・西村貿易研二 西城哲夫
工場生活 日本レイヨン本五 寺脇政市 / 98
希望・日本電計本二 丹羽修次 / 99
一年を回顧して・日本電計本三 山本貞子 / 100
朝の教練・外興研一 宮本義幸 / 101
興亞新春を迎へて我等の覺悟・大橋四 高山外茂 / 102
建国奉仕隊參加・叶星本三 高塚清 / 103
橿原神宮神地擴張事業に奉仕して 宇治火藥一 横山A生

銃後の戰士・野崎研四 世羅周三 / 105
職業報謝・荒川研二 野口博 / 106
戰地の友に(自由詩)・小泉研二 内藤孝 / 107
6月、「柔道 10(6)p22〜22 講道館」に「岐阜縣有段者會の橿原神宮建國奉仕隊」の記事が掲載される。 pid/6073112
岐阜縣有段者會の橿原神宮建國奉仕隊 / p22〜22 新京に神武殿建設 / p54〜54
6月、森清人が「皇道に則した勤勞奉仕精神」を「國民安全協會」から刊行する。所蔵:花園大学 情報センター(図書館)
    
注記 橿原神宮建國奉仕隊壹週年記念日 
6月、濱島信助が「軍事史研究 4(3) p1〜38 軍事史学会」に「神武天皇御東遷の研究」を発表する。 
pid/1473149
ランビキ及び地雷發火傳とその傳授書 / 口繪
論説
神武天皇御東遷の研究 / 濱島信助
寧遠城の西洋砲に就て / 有馬成甫
人物誌/大宮司水野丹波と和蘭陀兵法 / 水野純
説苑 /軍馬物語 / 山内保次
7月23日、林安繁がNHK大阪放送局に於いて、修養講話「神武天皇御東征の御苦心」を放送する。
8月、濱島信助が「軍事史研究 4(4) p15〜34軍事史学会」に「神武天皇御東遷の研究(續)」を発表する。 
pid/1473150
彰考館所藏古寫本獨逸兵書――(二枚) / 口繪
論説
彰考館所藏古寫本獨逸兵書と海國兵談 / 有馬成甫
神武天皇御東遷の研究(續) / 濱島信助
人物誌 /大宮司水野丹波と和蘭陀兵法(續) / 水野純
説苑/ョ朝と秀吉との運不運 / 佐藤文二
資料 /北海道屯田兵の沿革 / 松下芳男

10月、至文堂編「国文学 : 解釈と鑑賞 4(10)(41)」が「ぎょうせい」から刊行される。 pid/3550000
八代集における個性的展開 / 窪田空穗
「和歌」の名稱と實質 / 森本治吉
古代和歌史 / 池田勉
中世和歌史――特に鎌倉時代の / 風卷景次カ
近世和歌史 / 藤田コ太カ
神武天皇 / 次田潤
倭建の命 / 中河與一

木梨輕皇太子 / 五味保義
額田王 / 藤森朋夫
人麿 / 久米常民
高市連K人 / 石井庄司
旅人の歌風について / 都築省吾
山上憶良 / 土岐善麿
坂上カ女 / 森本健吉
高蟲連蟲麻呂 / 犬養孝
山部赤人 / 尾山篤二カ
大伴家持の歌風 / 次田眞幸
東歌 / 遠藤嘉基
防人歌 / 篠原一二
業平 / 吉井勇
小町 / 木内直子
紀貫之の歌風 / 松村英一
躬恒 / 松田常憲
伊勢の歌風 / 關みさを
好忠 / 早川幾忠
和泉式部 / 鹽田良平
俊ョ / 岩津資雄
藤成俊成の歌 / 吉原敏雄
西行の歌 / 窪田章一カ
後鳥羽院 / 保田與重カ
式子内親王 / 水町京子
藤原定家の歌風 / 太田水穗
俊成女の歌瞥見 / 中河幹子
實朝 / 實方C
爲家 / 石田吉貞
爲兼の歌風 / 西角井正慶
宗良親王の御歌風 / 岩佐正
頓阿の歌風 / 谷鼎
正徹の作風 / 兒山敬一
細川幽齋 / 佐佐木治綱
長嘯子 / 宇佐美喜三
賀茂眞淵の歌 / 佐藤佐太カ
田安宗武の歌風 / 岡麓
本居宣長 / 喜田比露思
蘆庵の歌風 / 須藤克三
香川景樹の歌風 / 中井コツフ
熊谷直好 / 半田良平
良ェ / 大坪草二カ
平賀元義の歌風 / 柴生田稔

曙覽の歌風 / 高田浪吉
言道 / 櫻井祐三
和歌史年表
執筆者御紹介
新刊紹介 / K
編輯後記 / 編輯部

10月、濱島信助が「軍事史研究 4(5) p29〜54軍事史学会」に「神武天皇御東遷の研究(續) 」を発表する。
pid/1473151
小幡景憲の畫像と筆跡 / 口繪
論説
『信玄全集末書』に關する一考察 / 佐藤堅司
太平記に顯れたる楠公の武略 / 有馬成甫
神武天皇御東遷の研究(續) / 濱島信助

10月、黒板勝美が「虚心文集 第」を「吉川弘文館」から刊行する。pid/1266331  閲覧可能

第一章 侍_
第二章 民族的社會の成立
第三章 祭即政の國家
第四章 國士觀念
第五章 國民愛重
第六章 天皇の神聖
第七章 國民の平等
第八章 祖先崇拜
第九章 平和主義
第十章 神人同域
第十一章 大日本の建設
第十二章 佛ヘの日本化
第十三章 武士道の發達
第十四章 社會の解體
第十五章 近世日本
第十六章 神武創業への復古
第十七章 餘論
我が國體と國民思想
祭政一致の國體
日本政治思想の特質
一 祭政不二
二 共存共榮
三 司牧人神
四 天皇神聖
五 國民平等
六 養正ヘ化
七 攝取同化
八 八紘一宇
日本帝國の史的觀察
國史の大觀
第一章 肇國
第二章 氏姓時代
大和開都時代
皇化發展時代
韓土服屬時代
臣連擅權時代
(略)


11月、黒板勝美が「虚心文集 第2」を「吉川弘文館」から刊行する。 pid/1266363  閲覧可能
皇祖神
皇室と神祇
神武天皇御東遷と日向國
崇神天皇の御聖コについて
一 叙説
二 司牧人神の大詔
三 神鏡神劍の宮外奉安
四 四道將軍の派遣
五 貢調制の創定
六 結語
聖コ太子御傳
第一章 叙説
第二章 國體の權化
第三章 大陸文化の移植
(略)

11月、「公園緑地 = Parks and open space 3(11)」が「日本公園緑地協会」から刊行される。pid/3296486
口絵--第十回明治神宮國民體育大會實況蹄獸類三種
第十回明治神宮國民體育大會を顧みて / 厚生省體力局長 佐々木芳遠 / p2〜3
第十回明治神宮國民體育大會の施設に就て / 厚生技師林學博士 田村剛 / p4〜8
縁化運動 / 東京府技師 水谷駿一 / p9〜17
札幌の風致地區 / 都市計畫北海道地方委員會技師 宮地常助 / p18〜24
歐洲に於ける市民農園運動 / 満洲國交通部都邑計畫司技佐 木村三郎 / p25〜32
動物飼育講座(六) / 東京市恩賜上野動物園々長 古賀忠道 / p33〜42
彙報 /國内の部 /海外の部 /協會記事・編輯後記
12月、濱島信助が「軍事史研究 4(6) 軍事史学会」に「」を発表する。 欠本(国立国会図書館サーチ/検索不能)
参考: 濱島信助著「神武天皇御東遷の研究1〜4」、検討の必要事項 2021・1・12 保坂
軍事史研究 4(3) 1939-6 pid/1473149
軍事史研究 4(4) 1939-8 pid/1473150
軍事史研究 4(5) 1939-10 pid/1473151
軍事史研究 4(6) 1939-12 欠本(国立国会図書館サーチ)

神武天皇御東遷の研究  所蔵:鹿児島県立図書館
浜島 信助/著 軍事史学会 1934
→1939年か、また 「軍事史研究」第6号が欠本になっているので抜刷の部分が特に重要 検討要 2021・11 保坂
大きさ、容量等 1冊 ; 23cm  注記 「軍事史研究」第4巻第3・4・5・6号抜刷
部分タイトル 神武天皇御年譜,高千穂宮中の御前会議,神武天皇の立太子説に就て,五瀬命との御関係,御即位の御事に就て
神武天皇の聖蹟に関する研究 浜島信助/著 鹿児島県  所蔵: 鹿児島県立図書館奄美図書館 出版年不明
神武天皇の御降誕地,阿比良比売の御誕生地,御東征御準備に就て,宮崎皇居説に就て,皇宮屋は御寄港地ならん
タイトルコード:9410038852

史蹟名勝天然紀念物 第11集第1〜6号 史蹟名勝天然紀念物保存協会/[編] 史蹟名勝天然紀念物保存協会 1936
出版社 史蹟名勝天然紀念物保存協会 大きさ、容量等 1冊(合本) ; 22cm
巻次 第11集第1〜6号 部分タイトル 鹿児島県関係征西将軍懷良親王の御遺蹟 濱島信助著(第3号p30〜34〈278〜282p〉)
 所蔵:鹿児島県立図書館
 ※ 後日、整理しておく必要性あり 2021・1・12 保坂
〇この年、精神文化学会編「精神文化論集」が「明善社」から刊行される。  pid/1105731
【前篇】 頼山陽史論
一 神武天皇・(日本政記)
二 桓武天皇・(同)
三 兵農兩全論・(同)
四 外寇對策論・(同)
五 源平序論・(日本外史)
六 北條氏論・(同)
(一) 親房北條氏論
(二) 北條氏功罪論
(三) 後北條氏論
(四) 人心既去矣
七 楠氏論・(日本外史)
(上) 時代
(下) 功績
八 足利氏論・(日本外史)
九 武田上杉論・(同)
一〇 天下統一論・(同)
一一 織田信長論・(同)
一二 豊臣秀吉論・(同)
一三 徳川家康論・(同)
一四 本邦財用論・(新策)
一五 蒙古來
【後篇】 鴻教義訓
一 十七條憲法・聖徳太子
二 我が國號・(神皇正統記)・北畠親房
三 天孫降臨・(同)・同
四 三種神器・(元亨釋書)・僧師錬
五 皇國の道・(國意考)・賀茂眞淵
六 神ながらの道・(直昆靈)・本居宣長
七 敬神崇祖・(同)・同
八 古學の由來・(古道大意)・平田篤胤
九 聖教要録抄・(聖教要録)・山鹿素行
一〇 爲士之法・(武教小學)・同
一一 小野妹子・(中朝事實)・同
一二 山鹿語類抄・(山鹿語類)・同
一三 文天祥正氣歌
   →(靖獻遺言)・淺見絅齋
一四 和文天祥正氣歌・藤田東湖
一五 回天詩史抄・同
一六 和文天祥正氣歌・吉田松陰
一七 正氣歌・廣瀬武夫
一八 弘道館記・徳川齊昭
一九 士説・室鳩巣
二〇 士規七則・吉田松陰
二一 言語・(大和俗訓)・貝原益軒

二二 尊徳夜話・(二宮翁夜話)・二宮尊徳
二三 混同大論・(混同祕策)・佐藤信淵
二四 復古法二策・(復古法概言)・同
二五 四大急務・(經世祕策)・本田利明
【參考】現代篇五章
一 太古の文化・村岡典嗣
二 偶數と神々・和辻哲郎
三 現代日本の世界史的意義・和辻哲郎

四 我が洗耳記・吉江喬松
五 辯論文章・安倍能成
(附)ブラウン大學生必讀書表
〇この年、荏原二郎が「少国民日本二千六百年史」を「三友社」から刊行する。 pid/1057730
第一篇
(一) 祖國日本 / 1
(二) 皇國始まる / 7
天照大神 / 7
素戔鳴尊 / 12
天祖の理想 / 17
祖國尊し / 19
天孫降臨 / 20
無窮の神勅 / 21
(三) 皇國の礎固る / 26
神武天皇 / 26
大和に都を移す / 29
八紘一宇の聖勅 / 31
皇太神宮 / 36

(四) 神靈の子日本武 / 41
皇子親征 / 41
皇子の勇武 / 43
蠻族蝦夷 / 47
征夷征伐 / 50
日本人の龜鑑 / 52
(五) 日本と大陸 / 54
日本人は大陸民族 / 54
神代の大陸經營 / 55
神功皇后の使命 / 55
大陸經營の機熟す / 56
崇神天皇の大陸經營 / 56
(六) 大陸經營 / 58
仲哀天皇の大志 / 58
敦賀の行宮 / 59
三韓征伐 / 61
三韓を經營す / 64
大陸人の移住 / 65
儒教傳來 / 69
美術工藝の進歩 / 70
佛教傳來 / 73
日本の表象聖徳太子 / 78
噫大和大民族 / 81
第二篇
(七) 文化の華匂ふ / 85
王朝時代 / 85
十七條憲法と大寶律令 / 87
美術工藝 / 92
世界的大文學 / 94
詩歌 / 95
著名作次々に現る / 100
1 古事記三卷
2 日本書記三十卷

3 源氏物語五十四帖
4 竹取物語
5 其の他
(八) 文永弘安の役 / 107
文化榮えて / 107
武道の華 / 110
1 八幡太郎義家
2 近衞大將重盛
武家政治 / 126
蒙古族起る / 128
蒙古來 / 131
神國日本 / 156
ああ日本民族 / 161
)
第三篇
(九) 戰國時代 / 165
元寇をさまりて / 165
吉野朝時代 / 167
噫大楠公 / 169
戰國時代 / 176
(十) 東洋の危機 / 177
白人の侵略 / 177
白人の奸策 / 184
神國日本よ起て / 189
(十一) 日本更生 / 191
封建時代の崩潰 / 191
王政復古 / 195
第四篇
(十二) 東洋の黎明 / 202
新政の大方針 / 202
國力充實 / 206
日清戰爭 / 209
三國干渉 / 218
義和團の亂 / 226
日本起つて白人を懲す / 229
中華民國建つ / 236
白人の奸計 / 242
支那の排日政策 / 248
白人の日本壓迫 / 252
(十三) 興亞の第一聲 / 258
滿洲事變 / 258
興亞日本の使命 / 266
〇この年、国旗顕彰会編纂「皇国之輝」が「国旗顕彰会」から刊行される。 pid/1094455
紀元節(二月十一日)・題字 橿原神宮宮司 菟田茂丸
アジア再建の義戰・遞信大臣 永井柳太郎
憲法發布(二月十一日)・題字 樞密顧問官伯爵 金子堅太郎
憲法會議・同
地久節(三月六日)・御歌所寄人 千葉胤明
陸軍記念日(三月十日)・陸軍中將 篠田次助
春季皇靈祭(三月廿日=春分)・東洋大學長 大倉邦彦
國際聯盟離脱(三月二十七日)
須らく堅忍持久せよ・内閣參與松岡洋右

神武天皇祭(四月三日)・橿原神宮宮司 菟田茂丸 / 41
天長節(四月二十九日)
海軍記念日(五月二十七日)・海軍中將 中野直枝
支那事變(七月七日)・陸軍大將文部大臣 荒木貞夫
日韓併合條約締結(八月二十二日)・貴族院議員 岡喜七郎
滿洲事變(九月十八日)・陸軍中將 中村馨
秋季皇靈祭(九月廿日=秋分)・石清水八幡宮宮司 副島知一
神嘗祭(十月十七日)
教育勅語下賜(十月三十日)・題字 前文部大臣 安井英二
東京明化小學校長 宮川菊芳
明治節(十一月三日)
明治天皇の御聖徳・陸軍中將 和田龜治
明治大帝を偲び奉りて・元侍從宮中顧問官 子爵 日野西資博
新嘗祭(十一月二十三日)
大正天皇祭(十二月二十五日)
皇陸の參拜・有田邦敬
歴代天皇表
〇この年、郷土史料写真社編「上代写真集」が刊行される。 pid/1685697
皇大神宮
豐受大神宮
官幣大社出雲大社
天岩戸・岩戸神社
高天ケ原宮阯
霧島山全景・高千穗峰天逆鉾
可愛山陵
國幣中社新田神社
官幣大社鵜戸神宮
高屋山上陵
官幣大社鹿兒島神宮
吾平山上陵
官幣大社宮崎神宮
皇宮屋・皇宮神社
狹野神社
皇子原・佐野原聖地
國幣小社都農神社
美々津港
立磐神社御腰懸磐
椎根津彦神社
早吹日女神社
ともづな磐
一柱騰宮阯
岡田宮舊阯・岡田宮
神武神社
多家神社
高島ヨリ神島附近展望・高島宮遺阯
日下附近ヨリ生駒連峰展望・日下貝塚
男神社 攝社 濱ノ宮
小野神社
竈山御墓・宮幣大社竈山神社
濱ノ宮
神倉山天磐盾
熊野荒坂津阿古平・笹野幸島
熊野二木島浦
錦浦
八咫烏神社
莵田大殿・血原橋
血原傳稱地 上田口村血原 内牧村血原
莵田高城丘
莵田高倉山
男坂
埴安池
丹生川上夢淵・中箱魚見石
國見丘
忍坂大室屋阯
伊那佐山
金鵄發祥地
橿原神宮聖地
官幣大社橿原神宮
榛原鳥山靈畤・櫻井鳥見山靈畤阯
畝傍山東北陵


〇この年、岡彩雲神武天皇大和入御聖蹟考」が「十津川村史蹟顕彰会」から刊行される。 pid/1255791
第一篇 神武天皇熊野より大和への
   
御經路は何れをば撰ばせ給ひし?に就きて
諸言
天皇熊野より大和への御順路説に關する諸論大別
一 御順路説に關する各論(伊勢大杉谷御經由説の根據)
高見越説の根據は
北山川上説を唱道する根據
番外説
十津川御經由説の論據
二 比較對照論
三 丹敷浦の地点に對しての各主張を見る
四 三道説の生ずる以所
五 二皇兄入水説につきて
六 二皇兄入水は空中樓閣説
七 伊勢の海の御謠につきて
結論(御聖蹟を立證する十津川の古文書)
神武屋敷の古文書
第二篇 熊野の傳説考
一 神武天皇と濱木綿
二 烏の出現と其の地方觀念
第三篇 神武天皇熊野より大和への
  
御經路に關する諸大家論究採録
一 藤井純氏之説

二 三浦千畝氏之説
三 小野芳彦氏之説

四 大西源一氏之説
五 熊田葦城氏之説
六 濱田男麿氏之説
七 岩崎長世氏之説
八 西山金太カ氏之説
九 沖野岩三カ氏之説
一〇 飯田武ク氏之説
一一 久米博士之説
一二 日本古代史より
一三 星野博士之説
一四 本居宣長氏の古事記傳より
第四篇 皇恩無窮録
十津川村沿革一覽

〇この年、浜本鶴賓が「聖蹟吉備高島の再検討」を「吉備高島顕彰会」から刊行する。 pid/1263060
第一章 吉備穴海文化高島宮の關係
一 穴海は吉備沿岸文化の魁
二 日本武尊と穴海の歴史
三 深津灣展開と穴海の彎入
四 穴海文化の發生と高島駐蹕
五 穴海は備前に非ず備後なり
六 穴ノ國の創立と國造の出自
七 穴海の遺跡形状と微證資料
八 考古學上より見たる宮海址
第二章 中國鐵山文化と高島宮との關係
一 鐵器使用の歴史と中國鐵山
二 素尊の大蛇退治と採鐵民族
三 神武東征と兵器の大量需用
四 出雲族調伏と採鐵權押收
五 備後の鐵山と天津眞良建雄神
六 備後採鐵状况とコ川時代
第三章 雲備交通路と高島宮との關係
一 東征海上五次の移動と目的
二 高島駐蹕要件と出雲路の必要
三 素尊の備後經營と祇園三社
四 備後の荒神社は總べて素尊也
五 品遅別尊の出雲大社參拝路
六 大和出雲の往返路と品治部
七 備後の品治部と皇子の遺跡
八 素尊の備後維斷の神代道路
九 出雲風土記に見ゆる備後交通
第四章 結論、聖蹟は備後沿岸に在り
一 備後に聖蹟を指摘した文献
二 廣義に見た聖蹟は沼隈全島
三 独義に見た聖蹟は東岸田尻
四 行宮址は良港に臨む宮原の地
 神武天皇祭祀の宮其他の史跡
六 備後説非議者の暴論を排す
第五章 補遺
一 出雲の強「劍・矛」と尚武の天皇
二 出雲の中樞地と備後越境通路
三 航路關係で備後以東に駐蹕地無し
附録
一 考古學上より見たる吉備高島宮址 村上正名
一 はしがき
二 高島駐蹕前後の吉備文化
三 文化地帶と宮蹟傳説地
四 出雲交通路と加茂氏族祭祀遺跡
二 神武天皇祭祀神社の分布上より見たる
   →聖蹟埃宮及高島 金原利道
一 聖蹟の决定は歴史的常識に據る
二 神武奉祀神社所在が聖蹟决定要件
三 藝備兩國に見る神社分布二集團

四 埃宮と多祁理宮とは各々別ものか
五 三備の中沼隈聖蹟説が最も有力
六 神社分布以外から見るも同樣
三 神武天皇東征と吉備高島宮の所在 猪原梭
一 はしがき
二 高島宮址の决定は困難なり
三 高島宮址に關する論考と史料
四 高島宮址論考は須らく古事記に據るべし
五 我が國の古代文化とP戸内海
六 神武天皇の東征と速吸ノ門

七 高島宮は吉備穴海に起されしもの
八 むすび
四 原住人種「蝦夷語」より高島宮址の研究 熊田葦城
一 本論
二 追補、地名宮崎と祭祠武ノ宮に就て
〇この年、阪部武三郎編「残灯明滅」が刊行される。 pid/1089885
一、 百姓の伜
二、 あの事件
三、 日本人だ
四、 それから
五、 暗黒世界
六、 直ぐ歸れ
七、 虎を喰ふ
八、 藤原サン
九、 女の龜鑑
一〇、 人柱の話
一一、 菅原道眞
一二、 耶馬溪論
一三、 博多文林
一四、 元寇の論
一五、 稀有の人
一六、 岩城サン
一七、 大淀水電

一八、 祖國日向
一九、 神武東征

二〇、 伊藤滿所
二一、 谷村計介
二二、 大牟田市
二三、 會長訓示
二四、 在牟十年
二五、 僕の訓示
二六、 防空思想
二七、 獨艦事件
二八、 爆發赤痢
二九、 有田外相
三〇、 近藤專務
三一、 高野詣で
三二、 血壓養生
三三、 先輩各位


〇この年、紀元二千六百年鹿児島県奉祝会編「神武天皇聖蹟御降誕地御発航地に関する研究」が刊行される。pid/1686071
一、神武天皇御降誕地に關する研究
大隅の東岸地方
笠沙地方
國分地方
二、神武天皇御發航地に關する研究
志布志の部
東串良の部
阿多の部
附録
大川内神社に關する聽取書
囎唹郡地名區劃變遷調

〇この年、竹由天柱が「態顕より迸る国民精神総動員」を「三秘寮本部」から刊行する。  pid/1025758
一、 既成宗教に對する國民の聲
二、 國家總動員法と宗教關係
三、 國民精神總動員の強化
四、 宗教家の行く可き道
五、 國民精神總動員の根本義
六、 國民精神總動員の實際行動
七、 東亞新秩序建設と實際行動
八、 然らば汝は何を爲さむとするか
九、 最高の東洋道徳の創造
十、 敢て日本の宗教家に檄す
附 靖國神社に殉國將士の納骨塔建設の再提議!!
一、 請願書提出とその經過
二、 請願の全文
三、 貴族院に於ける請願議事の顛末
四、 如何なる對策を以て善處するか
1940 昭和15 1月、「主婦の友 24(1)皇紀二千六百年奉祝號;昭和15年新年特大號」が「主婦の友社」から刊行される。pid/11233470
橿原神宮/ / 2〜
皇紀二千六百年奉祝舞踊(着色)(藤間勘素凰・阪東榮子 西崎香E花柳櫻)/大木惇夫 / 5〜
母宮殿下と若宮・姫宮さま/ / 9〜
(寫眞小説)春の氣配(李香蘭・高田稔主演)/丹羽文雄 / 13〜
明けゆく蒙古/堀野正雄 / 30〜
勤王志士の母と妻詩物語/西條八十 ; 志村立美 ; 鴨下晁湖 ; 羽石弘志 / 61〜
呼物記事と國策實用記事/ /
病院船白衣の天使の感激座談會/ / 118〜
神武天皇の御聖業を偲び奉りて/コ富猪一カ / 70〜
(大衆論壇)皇紀二千六百年の世界/下村海南 / 292〜
お正月花の簡單な生け方/勅使河原蒼風 ; 山中保之輔 / 334〜
山本有三先生を石坂洋次郎先生が訪問の記/ / 284〜
和田英作先生と川合玉堂先生の夫婦圓滿對談會/和田英作 ; 川合玉堂 / 94〜
日満話題の花形人氣競爭(ミスコロムビア李香蘭・高峰秀子)/近藤日出造 / 372〜
二千六百年花嫁姿うつりかはり/東三策 / 412〜
代用食の模範健康村訪問記(山梨縣鳴澤村)/本誌特派記者 / 420〜
〔豪華大双六}皇紀二千六百年奉祝建國繪巻双六/
額面用特別謹附 神武天皇御尊像/畑俊六 ; 北蓮藏
皇紀二千六百年奉祝大懸賞發表/ / p460〜
1月、奈良縣郷土顯彰會編「旅の讀本 畝傍と飛鳥」が「駸々堂書店」から刊行される。 pid/3463941

巡歴コース
一、 畝傍
一、 橿原神宮へ
大和三山
二、 神武天皇の御聖業
畏き御系譜
大和に向ひ給ふ
「御東遷地圖」
孔舍衙坂戰
(五P命)
大和御平定
金鵄の光
(兄猾と弟猾)
奠都の御詔勅
橿原の宮の御即位
鳥見山のお祭り
神武天皇祭
「橿原神宮及神武天皇御陵地圖」
(橿原名産)
三、 神宮參拜
「橿原神宮平面圖
(橿原道場)
四、 神武天皇畝傍山東北陵
五、 畝傍附近の御陵巡り
綏靖天皇御陵
(金の鷄)
安寧天皇御陵
(八の井)
懿コ天皇御陵
宣化天皇御陵
六、 久米寺
(久米の仙人)
七、 壺阪寺
「壺阪寺案内圖」
(お里と澤市)
二、 飛鳥

一、 久米・見Pから岡寺へ
欽明天皇御陵
鬼の厠・鬼の爼
天武・持統天皇御陵
川原寺址
(飛鳥川)
岡寺
石舞台
二、 橿原神宮前から飛鳥へ
孝元天皇御陵
豐浦寺址
(天香久山の歌)
雷丘

飛鳥大佛
(蹴鞠の會
甘檮の岡
大原の里
逝回の丘
酒船石
「蘇我氏誅滅の圖」
飛鳥から耳梨驛へ
藤原京阯
三、 飛鳥から櫻井へ
飛鳥坐神社
山田寺址
(蘇我倉山田石川麿)
安倍文珠院
四、 櫻井から多武峯へ
聖林寺
崇峻天皇御陵
談山神社
五、 櫻井附近
鳥見山
舒明天皇御陵
長谷寺
大神神社
(附)
奈良と吉野
一、 奈良名勝
二、 吉野山



1月、内務省神社局考証課編「神武天皇御記(日本書紀巻第三)謹解」が「橿原神宮社務所/印刷所:三秀舎」から刊行される。pid/1113241  閲覧可能
標題 /目次 /凡例
圖版
一 官幣大社橿原神宮
二 官幣大社宮崎神宮
一 天業恢弘の御義
二 舟師の東向
三 孔舍衞坂の戰
四 五瀬命の薨去
五 海上の御厄難
六 高倉下の〔フツ〕靈劒奉獻
七 頭八咫烏の嚮導と道臣命
八 兄猾の御討伐
九 吉野地方御巡幸と諸族歸順
十 天神地祇の御親祭
十一 八十梟帥の御討伐
十二 兄磯城の御討伐
十三 長髓彦御討伐と饒速日命の歸順

十四 土蜘蛛の誅戮
十五 皇都の御經營
十六 天皇の御即位
十七 天皇の御治績
附録 神武天皇を奉祀せる神社
一 官幣大社橿原神宮
二 官幣大社宮崎神宮
三 神武天皇奉祀神社一覽
索引

2月10日、津田左右吉著『古事記及び日本書紀の研究』『神代史の研究』『日本上代史研究』『上代日本の社会及思想』の4冊が発禁本となる。
2月、「印刷雑誌 = Japan printer 23(2)」が「印刷学会出版部」から刊行される。 pid/3341188
   橿原神宮 / 三秀舎 / 口繪   雑報/神武天皇御紀謹解謹製
2月、井上C純が警視庁警務部教養課編自警 22(2)p10〜13 自警会」に「神武天皇の御親征」を発表する。pid/3414151
神武天皇の御親征 / 井上C純
紀元二千六百年の小感想 / 國府犀東
紀元二千六百年賦――(詩) / 伊波南哲
紀元節の始 / 市川柳影
大陸の春――(歌謠) / 福井水明
伊勢神宮竝橿原神宮參拜の記 / 武本太カ
參拜感想録 / 高P武 ; 板山交藏 ; 原敏カ
立正安国祈願の歌 / 磯部美知
漫畫 皇紀二千六百年 / 前川千帆 / p36〜37
紀元二千六百年記念「懸賞文」入選發表 / 警務課長 ; 監察官
2月、「少女倶楽部 18(2) 大日本雄弁会講談社」が刊行される。 pid/1780107
肇國奉仕隊
平和になつた南支那 / 村上松次カ
英靈に額づく
橿原神宮
ほまれの遺書
グラーフ・シュペー號の自爆
銃後のたより
ノモンハンに咲いた花々 / C閑寺健
神武天皇の御創業 / 中澤抹v / 64
2月、菟田茂丸が「橿原の遠祖」を「平凡社」から刊行する。pid/1684682 閲覧可能
はしがき
一 高天原と日向三代
二 遷都の理由
三 御巡幸の順路
一 高島宮まで御東遷
二 高島宮より御東征
四 皇軍の迂囘
五 荒坂津上陸
六 兄猾討伐
七 吉野の御巡幸
八 平國祈願
九 八十梟帥討伐
一〇 磯城彦討伐
一一 長髓彦討伐
一二 殘賊の討伐
一三 戰後の地名
一四 奠都の詔
一五 論功行賞
一六 立后
一七 橿原宮御即位
一八 宮中祭祀
一九 鳥見山行幸
二〇 開拓と殖産
二一 國の名
二二 立太子
二三 崩御
二四 橿原神宮創建
一 宮阯湮滅の理由
二 宮阯顯彰の機運
三 祭日暦面に記載せざる理由
四 第一回宮域規模擴張
五 第二回宮域整備境内擴張事業

圖版目次
卷頭圖版
明治天皇御製
橿原神宮御社殿全景
橿原神宮御本殿と幣殿・南御門
神武天皇御東遷 御東征の御道筋要圖
久米舞之圖
神武天皇平國祈願後の大戰圖
萬歳旛之圖、靈鵄大錦旛之圖
金鵄勳章之圖、國勢調査章之圖
橿原神宮境内配置圖
寫眞網版
高千穗峰
霧島神宮、新田神社
鵜戸神宮、鹿兒島神宮
宮崎神宮、王子原、玉依姫命産場石
皇宮神社、立磐神社御腰掛石、七ッ八重並一ッ八重、美美津港
御鉾神社、綱取石、神井、細島港
高倉神社、神木綾杉、高倉神社古圖、岡湊神社
多家神社、埃宮神社、高島の遠望、神木榊、孔子手植檜
生國魂神社、生國魂神社古圖
枚岡神社、神木いぶき
竈山神社、竈山御墓、男神社
濱の宮、神倉神社、神倉山天磐盾
大洗磯前神社、酒列磯前神社、石上神宮
熊野荒坂津、室古神社、阿古師神社、菟田大殿、菟田高城
菟田血原、井光神社、吉野川阿太の流域、高倉山
望軍碑、高角神社、國見嶽、女坂、男坂、墨坂
天香山、菟田川のC流、菟田朝原と村社丹生神社、手抉・嚴瓮・平瓮
頭椎の太刀、忍坂道、伊那佐山
物部神社、弓塚、波〔タ〕丘岬
賀茂御祖神社、臍見長柄丘岬、和珥坂
國の墺區
畝傍山天正古圖、畝傍山嶺の橿
鳥坂神社、築坂の宅阯、久米御縣神社、八咫烏神社
狹井坐大神荒魂神社、玉造神社、鳥見山の中腹靈畤阯、曲玉
大神神社、忌部神社
安房神社、安房神社縁起、天太玉命神社
忌部の故地、千塚山、忌部山
神武天皇畝傍山東北陵
神武天皇御記
、神武天皇御記の一部
神宮本暦
2月、「上方 (110) 神武天皇御聖蹟號」が「上方郷土研究会」から刊行される。 pid/11185305
表紙繪 橿原神宮(木版)/長谷川貞信
口繪(寫眞版)
橿原神宮
聖蹟高倉山(高見山の遠望)
官幣大社丹生川上神社中の社全景
泉南郡男神社
丹生川上神社中社境内みよしのの瀧
上小野榛原靈畤聖蹟顯彰碑
下小野榛原聖蹟顯彰碑
金鵄發祥地(鳥見山中)
鳥見山中靈畤阯
鳥見山中の御親祭
目次カツト 皇軍難波之碕御着船之圖(凸版)
神武天皇創業御記/中村直勝
竈山大神の御偉コを拜して/足立茂
畝傍山東北御陵と橿原神宮/武藤誠
孔舎衙坂のこと/鈴木祥造
神武天皇の御東征と和泉國/岸本準二
神武天皇御聖蹟と熊野/伊藤只人
鳥見山/赤松快龍
神武天皇親祭の聖蹟丹生川上/森口奈良吉
天香山/勝谷透
溝咋神社に就て/天野高信
神武天皇御東行經路に就いて/田中眞雄
官幣大社竈山神社
府社男神社
上方國史回顧會第二回行事豫告
編輯者より
本誌の特色挿圖とカツト
金鵄
竈山神社本殿並拜殿
竈山神社社殿と大鳥居
畝傍東北御陵
明治十九年の神武天皇御陵
日下貝塚
八咫烏の圖/松本楓湖
男神社と濱之宮
鳥見山靈庭
皇祖親祭の靈蹟/
皇祖親祭象の小川馬のP
天香山
橿原即位式
溝咋神社正殿
溝咋神社神寳
八咫烏神社
2月、 広島大学附属小学校学校教育研究会編「学校教育 27(3)(330) 」が刊行される。 pid/6024873
口繪 宮崎神宮・皇宮屋・呉鎭守府司令長官・嶋田閣下書・廣島幼年學校長・山田閣下書
卷頭 神武天皇の御聖模を偲び奉る / 守内生 / p1〜2
論説 皇國民の使命とヘ育の刷新 / 新見吉治
國體とヘ道 / 西川平吉
研究 日向に於ける 神武天皇の聖蹟を偲び奉る / 堀之内恒夫 / p48〜57
究 數理的行動人の錬成--理數科案に關聯して / 佐伯政見
研究 體錬科衞生指導への提案 / 中尾勇
研究 裁縫ヘ育 / 岡本公子
紀行文 隠岐の島巡遊記 / 田上新吉 / p113〜117
雜纂 ヘ育彙報 體位向上の諸施設・國民學校ヘ科書悉く新編纂・大陸向ヘ員養成・半島でもヘ員募集・
靖國神社 / 天山生
雜纂 編輯後記 / 中野生
2月、「國學院雜誌 = The Journal of Kokugakuin University 46(2)([546])」が「国学院大学」から刊行される。 pid/3365188
口繪 七枝刀・鐵盾《石上神宮神寳》
卷頭言《河野省三》
日本書紀と國民精神 / 河野省三 / p5〜9
日本書紀に見ゆる詔敕 / 佐伯有義 / p10〜21
日本書紀と支那思想 / 橋本増吉 / p22〜30
日本書紀の編修法に就て / 山本信哉 / p31〜39

神代紀の展開と神武天皇紀 / 宮地直一 / p40〜48
神武天皇御紀の組成 / 武田祐吉 / p49〜55
神武天皇紀の記載と紀南御巡幸に就て /
   → 植木直一カ / p56〜69
神武天皇紀の一考察 / 大場磐雄 / p70〜84
神武紀の歌謠をめぐる / 西角井正慶 / p85〜98

漢詩 / 小柳司氣太 ; 新田興
釋紀雜感 / 新村出
日本紀と古語拾遺--神代卷と忌部氏の立場 / 安津素彦 / p106〜119
C原宣賢が日本書紀抄に就て--日本書紀研究文献解説の一節 /
     → 西田長男 / p120〜128
日本紀における外來語研究 / 小倉進平 / p129〜137
日本書紀に見えたる蝦夷と日高見國 / 金田一京助 / p138〜149
日本紀に現れたる「之」の字の研究 / 伊藤眞琴 / p150〜163
神功皇后紀輪講 / 折口信夫 ; 西角井正慶 ; 藤井貞文 ;
  →
鈴木棠三 ; 波多郁太カ ; 藤井春洋 ; 高崎正秀 / p164〜192
口繪寫眞解説《大場磐雄》 / p193〜193
書架《武田祐吉・岸本芳誰・高崎正秀・米良規矩之左右》 / p194〜197
3月、黒板勝美が「虚心文集 第4」を「吉川弘文館」から刊行する。 pid/1266398 閲覧可能
上代史概説――特に奈良朝時代に就いて
中世武家時代の概觀
室町時代の文化的概觀
江戸時代概觀
我が國海軍の發達
日宋の交通
小田原北條氏
秀吉と醍醐三寳院
近世に於ける大阪の地位
はしがき
近世の意義と大阪の地位
經濟的都市としての使命
信長の理想――近世的都市の出發點
秀吉の世界政策―新大阪出現の所以
新大阪の基礎と其の實力
封建制度打破の原動力
文化的方面に於ける地位
結語
二百年前の元祿義擧
一 國民に對する同樣の刺戟
二 室鳩巣の「義人録」
三 義擧に對する諸儒の批判
四 義士と其の血族關係
五 民族中心の基礎
六 義士と其の年齡
七 年齡配合の要訣
八 事業の遂行と年齡の關係
九 所謂元祿義擧のヘ訓
十 風ヘの頽廢と晴天の霹靂
荻生徂徠の史觀
八代將軍吉宗公に就いて
伊豫道後温湯碑文について
上野三碑
第一章 序説
第二章 多胡碑
第三章 山ノ上碑
第四章 金井澤碑
第五章 結語
奈良の一里塚と高野の町石
郡山城
高野山朝鮮陣の供養碑
福岡縣下史蹟調査
肥前國K崎村の吉利支丹
宮崎縣古墳發掘の經過 / 325

三國時代朝鮮に於ける唯一の金銅佛
大同江附近の史蹟
史蹟遺物保存に關する意見書
まへ書
第一章 叙言
第二章 史蹟とは何ぞや
第三章 史蹟の分類
第四章 史蹟と遺物
第五章 史蹟遺物保存の
  →過去及び現在
第六章 史蹟遺物保存の根本義
第七章 史蹟遺物の保存方法
第八章 史蹟遺物保存思想の養成
第九章 保存法と監督局及び博物館
史蹟遺物保存に關する研究の概説
第一 前置き
第二 史蹟と遺物
第三 史蹟遺物保存の過去現在
第四 史蹟遺物保存の根本義
第五 史蹟遺物の保存方法
第六 史蹟遺物保存思想の養成
第七 餘説
史蹟遺物保存の實行機關と
  →保存思想の養成
史蹟保存と考古學
ク土保存について
博物館に就て
國立博物館について
はしがき
一 博物館とは何ぞや
二 理想的保存陳列場
三 古社寺保存會と寳物館
四 國立博物館の必要
五 民間の古美術蒐集と博物館
六 國立博物館と史蹟保存
古文書館設立の必要





4月、藤田宗光編「橿原神宮と建国奉仕隊」が「阪神急行電鉄百貨店部」から刊行される。 pid/1684709
(一) 橿原神宮
一、 祖國日向
二、 皇紀二千五百九十七年の橿原
三、 橿原神宮並畝傍山東北陵參道及び聖域擴張圖
四、 輝く起工祭
五、 遷座祭と奉幣祭
六、 皇紀二千六百年の神宮

七、 名士の參拜
八、 橿原道場
九、 紀元節
(二) 建國奉仕隊
一、 結成式
二、 名士の奉仕
三、 橿原神宮金鵄盃
四、 特殊の奉仕
五、 各種團體の奉仕
六、 出土品
七、 解散式

(三) 橿原神宮神域擴張事業に就いて
一、 建國二千六百年
二、 紀元二千六百年の行事
三、 國民的祝典事業
四、 紀元二千六百年に關係ある事業
五、 建國奉仕隊
六、 橿原道場の奉獻式

(一) 橿原神宮
一、 祖國日向
二、 皇紀二千五百九十七年の橿原
三、 橿原神宮並畝傍山東北陵參道及び聖域擴張圖
四、 輝く起工祭
五、 遷座祭と奉幣祭
六、 皇紀二千六百年の神宮

七、 名士の參拜
八、 橿原道場
九、 紀元節

(二) 建國奉仕隊
一、 結成式
二、 名士の奉仕
三、 橿原神宮金鵄盃
四、 特殊の奉仕
五、 各種團體の奉仕
六、 出土品
七、 解散式

(三) 橿原神宮神域擴張事業に就いて
一、 建國二千六百年
二、 紀元二千六百年の行事
三、 國民的祝典事業
四、 紀元二千六百年に關係ある事業
五、 建國奉仕隊
六、 橿原道場の奉獻式
七、 國民の覺悟
(四) 建國奉仕隊指導要項
一、 大意
二、 肇國精神の發揚
三、 建國奉仕隊の作業
四、 建國奉仕隊行事の意義
五、 奉仕精神の反省
六、 建國奉仕隊の精神を日常に活かす
七、 建國奉仕隊參加要項細目
(五) 皇道に則した勤勞奉仕精神
一、 奉仕精神を日常に活かせ
二、 橿原宮の造營と上代人の勤勞奉仕
三、 わがつくる日の朝庭
四、 神鍬と齊斧の意義
五、 日本人のもつ神性の尊さ
六、 明るく淨く直く進め
七、 仕事は天皇陛下への仕へ事
(六) 紀元二千六百年と帝國議會
一、 紀元二千六百年祝賀上奏書
二、 詔書と告諭
二、 奉祝記念事業に關し質問
4月、原田敏明編纂兼発行「惟神叢書 ; 第5編 日本精神 」が「神宮皇学館惟神道場」から刊行される。 
pid/1036959
 閲覧可能
一 天神の詔命(古事記) / 1
二 伊邪那岐命の詔命(古事記) / 2
三 三種の神器と天孫降臨の神勅(日本書紀) / 3
四 神武天皇帝都の御經營(日本書紀) / 4
五 調伊企儺の勇武(日本書紀) / 5
六 文武天皇即位の宣命(續日本紀) / 7
(略)
三六 皇國が萬國に優れる理由(大道或問) / 58
三七 國體の尊嚴(弘道館述義) / 60
七 大伴家持の長歌並に短歌(萬葉集) / 9
八 火長今奉部與曾布の歌(萬葉集) / 12
(略)
三六 皇國が萬國に優れる理由(大道或問) / 58
三七 國體の尊嚴(弘道館述義) / 60

5月、「詩林 230」が「詩林社」から刊行される。  pid/1509714
送阿部大使之南京 / 川村亞州
神宮詣後歸ク / 井上梧堂
偶得 / 尾崎咢堂 / p11〜12
長江産業貿易開發 / 河田文所
賀雨川翁喜壽 / 河田文所
新國民政府 / 後藤鐘堂
橿原神宮 / 今井蘆村
仰神武東征 / 今井蘆村

北海竹枝 / 村井景山
神武聖蹟 / 藤井秋洲


5月、藤田宗光が「土木工学 9(5) p325〜329 工業雑誌社」に「橿原神宮參道及參拜道路」を発表する。
pid/1516848
橿原神宮と神武天皇御陵・橿原神宮參拜道路 / 口繪
論説・報告
橿原神宮參道及參拜道路 / 藤田宗光 / p325〜329

5月、「茶道月報 (353) 茶道月報社」が刊行される。pid/11208249
口繪寫眞 利休居士遺愛品大政所書状
續風興集(四三)―炭斗―/千宗室
利休居士三百五十年遠忌追悼 茶之湯記録(下)
   →玄々齋宗室 ; 井口海仙
利休居士と不昧公/高橋梅園
千利休とその時代背景(一)/下店靜市
今日庵時報
戰歿者慰靈献茶
春宵閑談/吉川英治 ; 室生犀星 ; 光利一 ; 森田たま
狹山茶場に就て(三)/中島幸太カ
宗旦傳授聞書釋義/田中仙樵
南宗寺の利休忌/濱本宗俊
阿彌陀堂釜披露/善田昌運
大コ寺歴代墨蹟印譜抄―唐叔・仙溪―/川那邊觀風編
憶ひ届かぬ山―利休と秀吉の事など―/吉川英治
神武天皇祭に/ / 76〜
6月、国史教育学会編 「最新史観国史教育 第10巻 第3号 ~武天皇御紀 六月號」が「文化書房」から刊行される。pid/1140111
官幣大社橿原神宮(口繪)
神武天皇御紀
神武天皇聖蹟の調査・文部省
日本民族性研究序説・長尾正憲
(一) 民族性研究の必要性
(二) 民族と國民
(三) 民族性と國民性
(四) 民族性の要素
(五) 民族性の先天的要素 體質と氣質
(六) 民族性の後天的要素 風土と社會
皇道主義の研究・鈴木次郎
(一) 序言
(二) 皇道主義の本質
(三) 皇道主義の素質
(四) 皇道主義の環境
(五) 結論
國史教育と陶冶内容觀(下)・上村文二郎
小學國史教材研究・遠藤早泉
尋常科第五學年六月國史教材
尋常科第六學年六月國史教材
官幣大社橿原神宮(口繪説明)・記者
新入學試驗制度雜感・宇多田亮
北海道開拓裏面史 伊達邦直公の事蹟・吉江勵
國民學校と國史・須山光一
動亂世界の眞相・大木秋夫
慷慨の言・後藤幸司
門前町の發達と茶屋の盛衰・遠藤早泉
阿蘭陀屋敷のクリスマス・川原勘次郎
世界情勢記録 北歐電撃作戰の一考察・内閣情報部
世界情勢記録 北歐三國と英獨ソ・外務省情報部
世界情勢記録 抗日兩黨の摩擦・外務省情報部
編輯後記・記者
7月、林安繁が「柿の蔕 : 随筆」を「モダン日本社」から刊行する。  pid/1144638  閲覧可能
橿原神宮 / 40
神武天皇御東征の御苦心 / 323
※参考:末尾に「(昭和十四年七月二十三日JOBK放送)」とある。JOBKはNHK大阪放送局のコールサイン
7月、国史教育学会編「最新史観国史教育 第10巻 第4号 ~武天皇御紀(續)」が「文化書房」から刊行される。 pid/1140117
官幣大社宮崎神宮
神武天皇御紀(續)
神武天皇聖蹟の調査・文部省
皇紀二千六百年・吉田孝雄
8月、都市研究会編「都市公論 23(8)   都市研究会」が刊行される。 pid/1889901
口繪――京城府穀n計畫圖 東京都市計畫大穀n 四景
時局と穀n問題 / 藤岡長敏 / p2〜3
論説 / p4〜46
都市防空と穀n / 木村英夫 / p4〜7
關東州州計畫令と穀n問題 / 菊竹倉二
空地利用協會と其事業 / 早川直P
運動場助成所感 / 石神甲子カ
地方中小都市の或る立場――穀n問題に關聯して / KP太一 / p43〜46
資料 / p47〜131
帝都の穀n計畫 / 高橋登一 / p47〜52 (0030.jp2)
大東京と公園穀nの將來 / 天利新次カ / p52〜60 (0033.jp2)
神奈川縣に於ける縣立公園候補地の指定と風景地開發助成事業 / 小坂立夫 / p61〜76
大阪都市計畫事業公園に就て / 福留並喜 / p76〜85
群馬に於ける大公園計畫に就て / 岡田次三カ / p85〜89
靜岡市復興計畫と穀n / 阿部喜之丞 / p90〜95
京城府穀n計畫に就て / 山下鐵カ / p96〜110
大東港都市建設事業と穀n / 山光雄 / p111〜116
皇紀二千六百年記念運動場建設に就て / 下村猛 / p117〜120
橿原神宮外苑に於ける造苑の實際に就て / 坂田靜夫 / p120〜124
大阪府營公園の管理 / 小牧孝雄 / p125〜131
隨筆 / p132〜14
滿洲都市拷サの跡を尋ねて / 木村三カ / p132〜133
第四十囘全國市長會議 / p134〜141
スクラツプ / p142〜144
9月、斎藤市平が「軍隊精神教育の参考」を「尚兵館」から刊行する。 pid/1460793  閲覧可能
第一篇 精神神ヘ育の方法
第一章 軍隊ヘ育と精神ヘ育
第二章 精神ヘ育の手段
第三章 精神ヘ育計畫
第四章 精神ヘ育の實施
第二篇 勅諭
第一章 忠節
第二章 禮儀
第三章 武勇
第四章 信義
第五章 質素
第三篇 修養
第一章 軍人精神
第二章 軍旗
第三章 攻撃精神
第四章 協同一致
第五章 軍紀
第六章 服從
第七章 獨斷
第八章 歩兵の本領
第九章 必勝の信念
第十章 努力
第十一章 困苦缺乏
第十二章 皇紀二千六百年
第十三章 國體
第十四章 孝行
第十五章 人格
第十六章 中隊
第十七章 戰友
第十八章 健康
第四篇 祝祭日
第十五章 支那事變
第一章 四方拜
第二章 元始祭
第三章 紀元節
第四章 春秋二季皇靈祭
第五章 神武天皇祭
第六章 靖國神社
第七章 天長節
第八章 神嘗祭
第九章 新嘗祭
第十章 明治節
第十一章 大正天皇祭
第十二章 陸軍記念日
第十三章 海軍記念日
第十四章 滿洲事變


10月、内務省神社局指導課編纂「明治天皇の御敬神(非売品)」が「明治神宮祭奉祝会/明治神宮社務所/印刷 三秀舎」から刊行される。 pid/1074910 閲覧可能
前編
一 緒論
二 皇室御歴代の神祇御崇敬
三 御幼時の御環境
四 神宮・賢所御崇奉
(一) 庭上御拜
(二) 神宮御火災に付廢朝
(三) 神宮御參拜
イ 明治天皇初度の御參拜
ロ 明治五年再度の御參拜
ハ 第三囘の御參拜
ニ 
第四囘の御參拜と平和克復の御奉告
五 軍神御崇祭
六 御日常と御敬神
七 祭儀の御嚴修
八 
古儀の御尊重と祝祭日御制定
(一) 古儀の御尊重
(二) 祝祭日の御制定
イ 天長節
ロ 元始祭
ハ 紀元節
ニ 春秋二季の皇靈祭と神殿祭
ホ 
神武天皇祭 / 74
ヘ 賢所神嘗祭
九 御敬神と皇室の御制度
(一) 皇室令の御規定
(二) 
帝國憲法・皇室典範の御制定と御敬神
一〇 祭事御尊重と皇室費
一一 各地行幸と神社御參拜
(一) 大阪御親征と座摩・住吉兩社
(二) 
初度の御東幸と沿道式社への奉幣
(三) 西國御巡幸と諸社
(四) 東北御巡幸と御敬神
(五) 明治十年の近畿行幸
(六) 東海北陸の諸社御參拜
一二 神祇と御製
後編
一 五事の御誓約
二 神祇官の復興
(一) 皇政の復古と神祇官
(二) 復興の理由
三 大教の宣布
(一) 皇道興隆の國是御一定
(二) 鎭祭詔と宣布大教詔
(三) 教則三條
四 宮中三殿の御崇奉
(一) 賢所と皇靈殿
(二) 神殿の御新營
(三) 宮中三殿と國家の重儀
五 明治の大御代と神社制度
(一) 神社々格の改制
(二) 勅祭社の御制定
六 神宮の御造替
(一) 神宮
(二) 熱田神宮
七 神社の御造營御創建
(一) 天皇奉祀の神社
(二) 皇族奉祀の神社
(三) その他の神社
(四) 別格官弊社の御創建
イ 吉野時代諸忠臣の神社
ロ 諸功臣祭祀の神社
(五) 靖國神社御崇敬
10月、日高重高が「傳説の日向と宮崎名所」を「宮崎市観光課」が再刊する。 初版:昭和15年2月
11月、河野桐谷が「問題と神武天皇聖蹟」を「南画鑑賞会」から刊行する。 pid/1027746 閲覧可能
自序 /凡例 / 4
小室翠雲先生題畫 靈峯高千穗
第一章
(一) 天孫降臨の地域 / 1
(二) 臼杵高千穗と霧島高千穗の問題 / 10
(三) 臼杵高千穗への再考察 / 16
第二章
日向三代の皇居と御陵墓 / 21
第三章
神武天皇御降誕地並びにその傳説 / 36
(1) 高原村狹野原説 / 37
狹野神社の神牛由來と御田踊 / 38
(2) 佐土原町佐野之原説 / 41
第四章
東征以前の宮址と巡狩遺跡 / 43
(1) 高千穗の宮 / 43
(2) 御東征前の巡狩地 / 54
第五章
東征軍議並に發船の地點 / 55
(1) 東征軍議の地點 / 56
(2) 發船の地點 / 60

(3) 美々津町に遺る諸傳説 / 63
(4) 美々津附近の御遺蹟 / 65
第六章
速吸水門に到る迄の寄港遺蹟 / 67
速吸水門の椎根津彦遺蹟 / 67
(1) 細島 / 67
(2) 畑野浦 / 68
(3) 大入島日向泊 / 71
(4) 保土島 / 72
(5) 速吸之門と椎根津彦の事蹟 / 73
(6) 椎根津彦と速吸日女神社 / 77
(7) 椎根津彦の出生 / 81
(8) 天皇御駐〔ひつ〕の遺蹟 / 83

第七章
莵狹地方に於ける遺蹟と傳説 / 85
(1) 大分市外碇島の御寄港地 / 85
(2) 莵狹迄の御寄港地と御上陸地點 / 86

(3) 宇佐神宮の祭神と神武天皇追慕の古代舞踊

第八章
莵狹崗水門の御遺蹟傳説 / 96
(1) 巡幸御遺蹟とその傳説 / 98
(2) 嚴島神社第一第二縁起 / 99
(3) 牧野神社忌除祭 / 106
(4) 馬見山と馬見物部駒主命 / 107
(5) 飯塚方地の諸傳説 / 113
第九章
崗水門、岡田宮址 / 121
第十章
安藝國埃宮址 / 124
第十一章
備前國高島宮址 / 128
(1) 高島宮址の三説 / 128
(2) 岡山附近の古代文化遺蹟 / 13
12月、神祇院編纂「明治天皇の御敬神」が「内閣印刷局」から刊行される。 pid/1074908  閲覧可能
   
※ 10月発行本「明治天皇の御敬神」と内容が同じ 2021・1・5 確認済 保坂
12月、 日本の理想  若宮卯之助 著 聖文閣 1940 pid/1441821  閲覧可能
皇室篇
神武天皇祭所感 / 2
奉祝天長節
日本主義篇
鎖國主義に堕する勿れ
神話的日本精神
大亞細亞主義と日本精神
出立點及び到着點としての日本主義
日本主義の新説明
日本主義の根據
世界的日本主義
日本制覇篇
日本制覇の辯
皇紀二千五百九十五年
尚武の國日本
無名の英雄の國
(略)
農村篇
問題の一端
農村の財産は小い
坐はる日本人
米と日本人
人口・食料・移民及び戰爭
豊田式の大愛農法
轉禍爲福
東北振興の三大策
鷄の羽根の利用
文化篇
日本國民性
英語の先生
雜音
日本文化の植物的基礎
大東文化の活力性
K部保勝の世界的意義
お灸
經驗の價値
素足養生論
新聞記者と資格
新聞紙と人生
人の一生の基礎


〇この年、五島茂が「海図 : 歌集 p151 甲鳥書林」を刊行、「建國奉仕隊視察報告」を発表する。 pid/1127806
〇この年、鉄道省編「聖地大和」が「博文館」から刊行される。  pid/1047541
  閲覧可能
總記
大和朝廷の確立から發展へ
佛教の傳來から大化改新へ
奈良朝
奈良朝以後の大和
現代の大和と交通
車窓に映る舊蹟名所
一 紀元二千六百年
神武天皇の御聖業
高見山
菟田の高城
吉野溪谷
高倉山
丹生の川上(夢淵)
伊那佐山
鳥見山
橿原宮
鳥見山中靈畤
腋上〔ホホ〕間丘

 →(わきがみのほほまのおか)
畝傍山東北御陵
二 御歴代の聖蹟
皇宮址
飛鳥京の宮址
藤原宮址
平城宮址
行宮址、行在所
東大寺東南院後醍醐天皇行在所
永久寺址
吉野朝行宮址
賀名生行宮址
榮山寺行宮址
明治天皇奈良行在所
明治天皇今井行在所
明治天皇奈良大本營
御歴代の御陵墓
三 大和の神社
橿原神宮
大神神社
石上神宮
龍田神社
廣瀬神社
大和神社
丹生川上神社
春日神社
吉野神宮
談山神社
畝火山口神社
鳥阪神社
久米御縣神社
天香山神社
八咫烏神社
墨坂神社
宇太水分神社
等彌神社

登彌神社
矢田坐久志玉比古神社
四 吉野朝時代の史蹟
金峯山寺
村上義光墓
吉水神社
如意輪寺

村上義隆墓
吉水院宗信墓
北畠親房墓
津川流域の史蹟
五 大和の人物
國初から奈良朝
平安朝から吉野朝時代
室町時代から江戸時代
六 大和文化の源流
學藝
古事記
日本書紀
萬葉集
風土記
美術
飛鳥時代
奈良時代前期
奈良時代後期
法隆寺
中宮寺
藥師寺
新藥師寺
東大寺
唐招提寺
七 大和文化の傳統
傳説
大和三山
猿澤池
役の行者
中將姫
行事
國栖奏
春日若宮御祭
二月堂御水取
民俗
奈良墨
赤膚燒
法蓮の民家
十津川の民家
八 萬葉集に詠まれた大和の名所
奈良
春日山
御蓋山
佐保川
生駒山
飛鳥川
三輪山
初瀬
二上山
吉野
萬葉植物園




〇この年、石川銀次郎が「肇国の史蹟」を「立命館出版部」から刊行する。  pid/1686662
神武天皇降誕
宮址
立太子
皇妃と皇子
御東遷御決定
饒速日命降臨地
長髓彦の根據地
御進發
速吸之門と珍彦
宇佐へ行幸
北九州御巡撫
岡田宮
埃宮
高島宮
浪速
草香
生駒の嶮
孔舍衙の戰ひ
母木邑
雄水門
名草戸畔誅に伏す
皇軍熊野に入る
天磐盾
兩皇兄薨去
丹敷戸畔誅に伏す
高倉下の救援
頭八咫烏の嚮導
大和の建國地理
難路を征く
宇陀の高城
兄猾誅さる
來目歌
吉野巡狩
井光の故地
國樔
阿太
國中御展望
高倉山
國見岳
賊軍の防禦線
兄磯城磐余に據る
弟猾の献策
變裝して偵察
丹生川上の御親察
八十梟師誅伐
大室の賊軍鏖殺
皇軍部署につく
兄磯城の頑迷
兄磯城誅伐
靈鵄發祥の地
天皇の御決意
優秀な武器
饒速日命歸順
土蜘蛛掃蕩
戰勝の地
橿原奠都
古へを語る出土品
現在する太古の民
正妃入内
即位の大典
道臣命の功績
論功行賞
鳥見山の御親察
産業開發
祭政一致
〔ほほ〕間丘の御展望
伊勢平定
皇太子
崩御
むすび
寫眞目次
狹野神社本殿
四皇子峰
鵜戸神宮
宮崎神宮
高千穗神社
磯城鳥見山
鵄峰と鵄森
日向泊りの神の井
竈門神社上宮
西王寺山上廣場
男神社のお旅所濱の宮
神倉山
宇陀の高城
井光神社
天香久山
畝傍山
橿原神宮外苑出土品
磯城鳥見山靈畤拜所
畝傍山東北陵


〇この年、大日本国本会編「輝く肇国」が「大日本国本会」から刊行される。 pid/1144563
一 皇大神宮
二 豊受大神宮
三 石屋神社・繪島
四 〔おの〕馭盧島
(おのころじま)神社・幽宮阯
五 官幤大社伊弉諾神社・岩楠神社
六 神都高千穗峽眞名井の淵
七 高千穂高天原ヶ原宮阯・天の眞名井
八 御神窟・天の岩戸神社
九 天の安河原
一○ 官幤大社出雲大社
一一 霧島山全景・高千穂峰天の逆鉾
一二 野間嶽・野聞神社
一三 笠狹宮阯
一四 竹屋ヶ尾・竹屋神社
一五 無戸室
一六 可愛山陵
一七 官幤大社霧島神宮・國幤中社新田神社
一八 青島・青島神社
一九 官幤大社鹿兒島神宮・鷹屋神社
二○ 高屋山上陵
二一 官幤大社鵜戸神宮
二二 吾平山上陵
二三 隼人塚
二四 吾平津神社
二五 四皇子峰
二六 宮の宇都・都島御舊阯
二七 皇子原・佐野原聖地
二八 狹野神社・狹野神社參道杉並木
二九 官幤大社宮崎神宮・同拜殿
三○ 皇宮屋・皇宮神社
三一 經壟記古碑
三二 國幤小社都農神社・立磐神社御腰懸岩
三三 御腰懸磐・美々津港
三四 御鉾神社・早吹日女神社
三五 椎根津彦神社
三六 ともつな磐・同
三七 一柱騰宮阯
三八 宇佐神宮内宮阯・同

三九 王子神社・岡田宮
四○ 神武神社・同本殿
四一 多家神社・松崎八幡宮舊地腰懸岩
四二 高島ヨリ神島附近展望・高島行宮遺阯
四三 吉備高島宮阯・王ヶ峰武宮八幡神社
四四 日下ヨリ生駒連峰展望・日下貝塚碑・楯津濱碑
四五 孔舍衙坂古道カシコ坂・龍ノロ
四六 男神社攝社濱の宮・水門古碑
四七 水門吹上神社・彦五瀬命御遺蹟雄詰之松
四八 竃山御墓・官幤大社竈山神社
四九 三輪崎海岸・濱の宮頓宮阯
五○ 神倉山全景・神倉山天磐盾
五一 熊野阿古平念碑・笹野幸島展望
五二 熊野荒坂津室古神社・熊野荒坂津阿古神社
五三 神武天皇頓宮遺阯・熊野二木島浦
五四 錦浦・同
五五 高倉山(高見山)遠望・八咫烏神社
五六 内牧村との屋敷・莵田大殿
五七 宇迦神社・莵田血原橋
五八 田口村血原・内牧村血原
五九 莵田高城丘全景・莵田高城
六○ 内牧村高城嵩・内牧材高倉山
六一 苑田高倉山・同山頂高角神社
六二 女坂・男坂
六三 西峠墨坂舊道古道・莵田川
六四 西峠墨坂神社舊阯・墨坂神社
六五 埴安池
六六 莵田川の朝原・龍王池
六七 丹生川上夢淵・中箱魚見石
六八 官幤大社生川上中社
六九 國見丘・伊那佐山連峰
七○ 忍坂大室屋阯
七一 河上哮峰(饒速日命天降地)
七二 鵄峰全景・金鵄靈畤鳥見山中聖蹟
七三 金鵄發祥地
七四 大和聖地展望・畝傍山
七五 耳成山・天の香久山
七六 三輪山・官幤大社大神神社
七七 出雲屋敷全景・出雲屋敷阯
七八 狹井神社・狹井川
七九 官幤大社橿原神宮聖地・官幤大社橿原神宮
八○ 鳥見靈畤阯(下小野榛原)・同
八一 鳥見山靈畤阯(榛原町萩原)・同(城鳥村)
八二 島見山靈畤阯(南生駒村)・同磐座蹟
八三 腋上〔ほほ〕間丘
八四 畝傍山東北陵
八五 率川坐大神御子神社
八六 官幤大社石上神宮・同拜殿
<附録>
一 出土遺物 埴輸・人物
二 同 舟・家
三 石人
四 土器
五 土器
六 武具
七 刀劔
八 刀劔
九 鋼鉾・鋼劍
一○ 銅鏃・鐵鏃
一一 裝具・玉類
一二 裝具・鏡類

〇この年、高橋城司が「大和に於ける神武天皇聖蹟」を「学生日記社」から刊行する。 pid/1105990
はしがき
龍田と膽駒山
菟田の穿邑
菟田高城
大殿阯
菟田血原と宇賀神社
宇賀志の地勢
御門の勞饗所阯
井光
國樔
阿太
高倉山
國見岳
女坂
男坂
墨坂
磐余邑
天香山
磯城邑
高尾張邑
咲嶽
丹生川上と菟田川の朝原
國見丘
忍坂の大室跡
八咫烏神社
忍坂の道
伊那佐山
金鵄發祥並長髓彦御討伐激戰地
茶臼山古墳
波〔タ〕丘岬
和珥坂下
臍見長柄丘岬
畝傍山
狹井河
橿原神宮
鳥見靈畤
(イ) 櫻井、城島の鳥見山
(ロ) 榛原の鳥見山
(ハ) 丹生川上の鳥見山
(ニ) 丹波市の桃尾山
(ホ) 南生駒村の傳承地
(ヘ) 富雄村の傳承地
其他の傳承地
腋上〔ホホ〕間丘
畝傍山東北陵
石上神宮
附圖 聖蹟概觀圖
〇この年、松尾宇一 撰「神武天皇宮崎皇居考証文献資料 宮崎市」が刊行される。 pid/1103824
序説
第一類 高千穗宮及び日向御發幸に關するもの
第二類 神武天皇の宮崎皇居(高千穗宮)を立證するもの
第三類 皇居と皇宮屋宮崎市下北方に關するもの
第四類 皇居と宮崎の地名に關するもの
第五類 神武天皇の靈社創建に關するもの
第六類 神武天皇奉齋に關するもの
第七類 地名の起因に就て
第八類 皇宮屋の地形に就て
第九類 宮崎神宮の創建と其の沿革
結論

〇この年、「紀元二千六百年祝典記録 第1冊」が「出版者不明]」から刊行される。 pid/1881553
詔書 / 總敍
第一輯 紀元二千六百年奉祝ノ意義
第二輯 祝典ノ諸機關
第一編 祝典諸機關ノ設置及構成
第一章 紀元二千六百年祝典準備委員會
第一節 設置及組織
第二節 人事
第二章 紀元二千六百年祝典評議委員會
第一節 設置及組織
第二節 人事
第三章 内閣紀元二千六百年祝典事務局
第一節 設置
第二節 人事
第四章 紀元二千六百年奉祝會
第一節 設立及組織
第二節 總裁奉戴
第三節 役員及職員
第五章 内閣祝典委員
第一節 設置
第二節 人事
第二編 祝典諸機關ノ業務概要
第一章 祝典準備委員會ノ調査審議
第一節 祝典一般ニ關スル準備的審議
第二節 紀元二千六百年祭典祝典其ノ他
   →奉祝記念事業等準備要綱ノ審議
第三節 奉祝記念事業ニ關スル審議
第二章 祝典評議委員會ノ調査審議
第一節 奉祝記念事業ニ關スル審議
第二節 紀元二千六百年奉祝會ノ設立
   →及監督援助ニ關スル事項
第三節 橿原神宮境域竝ニ
   →畝傍山東北陵參道擴張整備事業ニ關スル審議
第四節 宮崎神宮境域擴張整備事業ニ關スル審議
第五節 祝典實施要綱ニ關スル審議
第六節 式典及奉祝會實施要綱ニ關スル審議

第三章 祝典事務局ノ處理事項
第一節 序説
第二節 奉祝記念事業決定ニ關スル事項
第三節 紀元二千六百年奉祝會ニ關スル事項
第四節 橿原神宮境域
   →竝ニ畝傍山東北陵參道擴張整備事業ニ關スル事項
第五節 宮崎神宮境域ノ擴張整備ニ關スル事項
第六節 神武天皇聖蹟ノ調査保存顯彰、御陵參拜道路ノ改良、
   →國史館ノ建設及日本文化大觀ノ編纂出版ニ關スル事項
第七節 祝典實施要綱ニ關スル事項
第八節 式典及奉祝會實施要綱ニ關スル事項
第九節 奉祝記念事業ノ調整ニ關スル事項
第十節 啓發宣傳ニ關スル事項
第十一節 各種事業行事等後援
第十二節 各種請願質問陳情等ノ處理
第十三節 行賞
第四章 紀元二千六百年奉祝會ノ會務
第一節 序説
第二節 御下賜金拜受
第三節 總裁奉戴式
第四節 奉祝記念事業
第五節 「紀元二千六百年奉祝會」ノ開催
第六節 奉祝行事
第七節 財務
第八節 寄附募集
第九節 會員及贊助員
第十節 地方支部
第十一節 會議
第十二節 會誌
第十三節 雜件
第五章 内閣祝典委員ノ事務
〇この年、「紀元二千六百年祝典記録 第7冊」が「出版者不明]」から刊行される。pid/1901598
第十一輯 奉祝記念事業
第一編 總説
第二編 紀元二千六百年奉祝會施行ノ事業
第一章 事業概況
第二章 橿原神宮境域竝畝傍山東北陵參道ノ擴張整備
第一節 事業ノ計畫概要
第二節 内務省委囑事業
第一項 概要
第二項 神宮附屬諸建設物整備工事
第三項 神宮參道及造苑工事
第四項 事業關與者
附説 國費ニ依リ施行ノ社殿修築竝ニ境内整備事業
第三節 宮内省委囑事業
第四節 奈良縣委囑事業
第一項 概説
第二項 神域竝ニ陵域ノ擴張
第三項 參拜道路ノ新設
第四項 軌道及鐵道竝ニ驛舍移設用地ノ買收
第五項 府縣道ノ付替
第六項 橿原土地區劃整理
第五節 軌道及鐵道竝ニ驛舍ノ移設事業
第一項 概説
第二項 關係事業會社トノ協議
第三項 會社ニ對スル補償
第四項 工事ノ大要
第六節 勤勞奉仕
第一項 建國奉仕隊ノ結成及奉仕ノ成果
第二項 奉仕作業ノ日程
第三項 奉仕作業ノ態樣
第四項 奉仕參加者概要
第七節 諸祭儀
第一項 起工祭
第二項 竣功奉獻式竝奉獻奉告祭
第三章 宮崎神宮境域ノ擴張整備
第一節 事業施行ノ經過
第二節 境域ノ擴張整備
第一項 用地買收及物件補償
第二項 神苑整備
第三項 土壘及玉垣新設
第四項 排水工事
第五項 勤勞奉仕
第三節 參拜道路擴張整備
第四節 徴古館改築
第五節 諸祭儀
第一項 起工祭
第二項 竣功奉獻式及奉獻奉告祭
第六節 事業關係者

〇この年、明治図書編輯部編「皇紀二千六百年記念講話資料」が刊行される。 pid/1685239
                          講話者は未確認  再調査要  2021・1・1 保坂
卷頭に題す
一 紀元二千六百年を迎ふ・公爵近衞文麿
二 紀元二千六百年の新春を讃ふ
   →國民精神總動員中央聯盟會長 有馬良橘
講話資料
一 橿原神宮
二 御神勅の大精神
三 日本國體の尊嚴性
四 神武天皇の御聖業(その一)
五 神武天皇の御聖業(その二)
六 神武天皇の御聖業(その三)
七 神武天皇の御聖業(その四)
八 神武天皇の御聖コ(その一)
九 神武天皇の御聖コ(その二
十 神武天皇の御聖コ(その三)
十一 紀元節について
十二 陸軍記念日と奉天戰講話
十三 
神武天皇祭について
十四 兵農一致
十五 國民皆兵と大村益次カ
十六 萬葉歌にあらはれた古武士の眞日本精神
十七 天長節と今上陛下の御聖コ
十八 海軍記念日を迎へて東ク元帥の偉大さを偲ぶ
十九 日本の國民性
二十 皇室とコ川幕府
二十一 尊王論と愛國の志士
二十二 王政復古
二十三 輝く日本の明治史
二十四 ヘ育勅語御發布五十周年
二十五 明治節と明治天皇の御聖コ
二十六 輝く日本の大正史
二十七 輝く日本の昭和史
二十八 建國の大精神に基く我が國の文化
二十九 皇紀二千六百年と皇室の御繁榮
三十 二千六百年の國力充實
三十一 支那事變と興亞の大業
三十二 帝國の大使命と國民の覺悟
三十三 紀元二千六百年祝典に就いて
〇この年、「銃後の大阪 : 軍事援護通信 第2報 天王寺区版」が「大阪市社会部軍事援護課」から刊行される。pid/1105505
銃後の護り愈々固し・大阪市長 坂間棟治
將兵の皆樣へ・大阪市會議長 川畑清藏
大阪市の銃後奉公會について・大阪市助役 森下政一
光榮の大阪市軍事援護事業・大阪市社會部長 田坂茂忠
皇紀二千六百年に際つて
紀元二千六百年と橿原神宮・菟田茂丸
天惠汎きわが瑞穗國・魚澄惣五郎
軍事援護通信筒
1 銃後奉公會の誕生
2 名譽の遺家族に心の糧を
3 臨機應急の洩れなき援護
4 銃後後援強化週間
5 授産場に働く人々
6 母子寮と勳の家
7 慰問團と慰問袋
8 感謝の心は如實に
滿支皇軍慰問行
東海旭日・入江來布
出征將士に捧ぐ・今中楓溪
紀元節・日野草城
川柳銃後・岸本水府
銃後の話題

銃後市民と市政・下田將美
外交問題に無關心たる勿れ・武藤貞一
事變下の日本經濟・武内文彬
銃後の文學界・白石凡
支那の古美術・望月信成
銃後の體育運動界・玉置徳三
事變と民衆娯樂の變遷・奧屋熊郎
前線の勇士に(葉書回答)
長島毅 ・大木繁・江崎政忠・小松茂・伊藤忠兵衞
杉田禾堂 ・白井松次郎・横山エンタツ・花菱アチヤコ
神戸正雄・西脇りか・河井やえ・吉田奈良丸・實川延若
中村魁車 ・花月亭九里丸
グラビヤセクシヨン
一路興亞へ
皇紀二千六百年
眼の通信
大阪市に於ける軍事援護事業・松島歳巳
陣中醫學・深山杲
神武天皇の御製・平林治徳
戰場の人生哲學・宮澤英心
明暗不二・岩橋武夫
皇紀二千六百年・村上鋭夫
特輯 漫畫ページ 
   →銃後は朗らか・小寺鳩甫・平井房人・木村きよし
小説 父娘漫才・(池久雄畫)・藤澤桓夫
講談 木村重成・(荻原万象畫)・旭堂南陵
落語 大陸嘘旅行・笑福亭松鶴
漫才 銃後の便り・秋田實
郷土通信
附・へいたいさんへ 銃後のこどもたち
〇この年、「関西行幸之御蹟」が「鉄道省」から刊行される。 pid/1043692
一 宮城 川合玉堂
二 箱根 兒玉希望
三 小田原城址 北村明道
四 相模灣 奧田元宋
五 三島神社 藤原茂富
六 田子の浦の富士 太田樺江
七 富士川の富士 村松乙彦
八 清見寺 中村雅彦
九 三保の松原 兒玉希望
十 淺間神社 多田瓊林
十一 安倍川 森正元
十二 島田驛附近の舊東海道 海野旭世
十三 大井川 久保田林泉
十四 牧の原茶園 吉田暢生
十五 天龍川 井川末吉
十六 濱名湖 陳永森
十七 濱名湖の養魚場 竹澤吟泉
十八 蒲郡海岸 都司倉群青
十九 熱田神宮 伊圭多洛中
二十 名古屋城 伊圭多洛中
二十一 七寶燒 藤田孝正
二十二 清洲城址 竹内未明
二十三 小牧山 竹内未明
二十四 木曾川の水車舟 古川雅司
二十五 犬山城 古川雅司
二十六 金華山 阪本音彦
二十七 長良川の鵜飼 戸島光雄
二十八 大垣城址 下村正一
二十九 南宮神社 都司倉群青
三十 關ヶ原古戰場 井關雅夫
三十一 伊吹山 井關雅夫
三十二 彦根城 長田紅霞
三十三 琵琶湖と比良連峯 長田紅霞
三十四 多賀神社 河原悦人
三十五 安土城址 河原悦人
三十六 長命寺と八幡城址 西田惠泉
三十七 舊中山道の松並木 丸尾重隆
三十八 三上山と御上神社 西田惠泉
三十九 建部神社 阪本音彦
四十 瀬田唐橋と石山寺 戸島光雄
四十一 瀬田川と比叡山 妹背平三
四十二 琵琶湖畔のレーヨン工場 妹背平三
四十三 琵琶湖の〔えり〕 渡邊柏舟
四十四 大津市街と三井寺 高井誠
四十五 逢阪山 高井誠
四十六 醍醐山 山口芳史
四十七 天智天皇御陵と花山天文臺 山口芳史
四十八 東山と鴨川 堂本印象
四十九 京都御所 堂本印象
五十 野洲川と舊東海道 平塚榮三
五十一 信樂燒 池田長三郎
五十二 與野と油日嶽 河原長一朗
五十三 加太川溪谷と錫杖嶽 山田登代彦
五十四 關附近の舊東海道 下村正一
五十五 龜山城址 今野可啓
五十六 傷痍軍人三重療養所 今野可啓
五十七 專修寺 松尾冬青
五十八 結城神社 松尾冬青
五十九 香良洲海岸 奈良東明
六十 松阪城址 奈良東明
六十一 離宮院址の杜 澤野文臣
六十二 宮川堤 澤野文臣
六十三 高倉山 堂本印象
六十四 神路山 堂本印象
六十五 朝熊岳 三木朝子
六十六 二見浦 辻量子
六十七 東寺の塔 奧田操
六十八 東福寺と泉涌寺 苗加靜子
六十九 稻荷山 田代正子
七十 桃山御陵 岩田登司雄
七十一 宇治川と巨椋池 大日三世子
七十二 黄檗の森と三室戸寺 大日三世子
七十三 宇治川 竹内無憂樹
七十四 平等院 竹内無憂樹
七十五 新田附近の茶園 河田賢三
七十六 木津川 粕山朝陽
七十七 笠置山 竹内無憂樹
七十八 奈良公園 粟津魏三郎
七十九 大和平野と西瓜畑 岩田登司雄
八十 石上神宮 不二木阿古
八十一 大和神社と崇神天皇
  → 景行天皇御陵 不二木阿古
八十二 大和造の民家 安藤寛
八十三 三輪山 三輪晁勢
八十四 談山神社 安藤寛
八十五 大和三山 堤利彦
八十六 八紘寮 堤利彦
八十七 神武天皇御陵 三輪晁勢
八十八 橿原神宮 三輪晁勢

〇この年、軍事史学会編「神武日本」が「高陽書院」から刊行される。pid/1685983
神武日本・文學博士 井上哲次カ / 卷頭
世界史的に觀たる日本・文學博士 村川堅固
神國日本の眞姿・文學博士 河野省三
神武天皇の御創業・文學博士 中村孝也
大化の改新・文學博士 渡邊世祐
建武中興・文學博士 平泉澄
明治維新・文學博士 井野邊茂雄
「八紘一宇」の顯現―日本民族の海外發展・國學院大學ヘ授 秋山謙藏
伊都の道・海軍大佐 有馬成甫
日本兵學の特異性・日本兵學史研究所員 佐藤堅司
日本築城の特異性・内務省考證官 鳥羽正雄
豐太閤の戰略・陸軍少將 伊藤政之助
吉田松陰の武士道觀・海軍大佐 廣P豐
高山健貞とその兵學思想・日本兵學史研究所員 石岡久夫
楠公の忠戰に現れた兵法とその影響・日本兵學史研究所員 島田貞一
〇この年、三島吉太郎が「神武天皇御製と建国の大精神」を「藤井書店」刊行する。 pid/1685982
第一 序説
一 皇紀二千六百年を慶祝す
二 肇國以來確固不動の大精神 天照大神の神勅
三 天業恢弘の鴻業 八紘一宇の大理想
四 神武天皇御製並に詔勅を拜讀 聖コを欽仰す
第二 神武天皇建國の大業
一 神武天皇御東征の原因
二 高千穗の宮に天業恢弘の御評議
三 東征の順路 海路より宇佐へ 岡田宮 多祁理宮高島宮へ御滯在
四 皇軍堂々海路を東に向ふ 浪速國草香津に上陸
五 長髄彦を討つ 皇軍利非ず
六 海路より紀伊へ向ふ 五P命薨去 竈山神社
七 名草戸畔を誅す 二皇兄入水

八 丹敷戸畔を誅す 皇軍熊野の荒神に惱まさる高倉下靈劍を献ず 高倉下の夢物語 石上神宮
九 熊野越の嶮 八咫烏 日臣命 皇軍大和に入る
一〇 贄持魚を獻ず 兄猾を誅す 弟猾奉献の酒饌を皇軍將士へ頒賜 大御歌「宇陀の高城」
一一 諸梟割據 國見岳及び忍坂の八十梟帥を誅す
一二 兄磯城を誅す
一三 皇軍大擧して長髓彦を討つ 金鵄の靈光 饒速日命長髓彦を殺して皇軍に降る
一四 中つ國全く平定 橿原の宮 御即位 初國治す天皇
一五 論功行賞 立后 鳥見山の靈畤 天皇崩御
一六 橿原神宮 神武天皇陵
第三 御製篇
一 紀記兩書所載の御製數 御作歌由來の大要
二 御製を拜誦して聖コを欽仰
一 「宇陀の高城に鴫わな張る」の御製
一 紀記兩書所載の御製原文と訓讀
二 御作歌の由來
三 御製大意に對する三學者の説(宣長・守部靜雄翁)
四 御製中の語句解釋上の相違點に就て
五 語句の解釋上に關し大槻博士の説に就て
六 語句の解釋上に關し新村博士の説に就て
七 語句の解釋上に關し中島氏の説に就て
八 御製第一段の大意及び歌詞構成上見解の相違に就て
九 御製第二段の大意及び歌詞構成上見解の相違に就て
一〇 御製を拜誦して聖コを欽仰す
二 「神風の伊勢の海の大石に」の御製
一 紀記兩書所載の大御歌に就て
二 御東征途上に於ける大和各地の梟賊割據の大勢御作歌の由來
三 大御歌の語釋と大意 主眼點 叙述の體裁に就て
四 「神風の」枕詞に關し大御歌否定? 是に對する卑見
五 御製を拜誦して
三 「忍坂の大室屋に」の御製
一 御作歌の由來 紀記兩書所載の原文及び訓讀
二 語句の解釋と大意
三 御製を拜誦して
四 「たゝなめて伊那佐の山に」の御製
一 御作歌の由來
二 紀記兩書所載の原文及び訓讀
三 語句の解釋と大意
四 御製を拜誦して
五 「みつ[ミツ]し久米の子等が粟生には」の御製
一 御作歌の由來
二 紀記兩書所載の原文 語釋と大意
三 契冲・宣長兩翁の説
四 契冲・宣長兩説に對する卑見
五 御製を拜誦して
六 「みつみつし久米の子等が垣もとに」の御製
一 紀記兩書所載の原文及び訓讀
二 語句の解釋と大意
三 御製に就き宜長の説 之に對する卑見
七 「葦原のしけしき小屋に」の御製
一 御作歌の由來 古事記所載の原文及び訓讀
二 語句の解釋と大意

三 御製に關し松岡翁の説 之に對する卑見
四 御製に關する某博士の説に就て
第四 詔勅篇
一 「天業恢弘」の詔の題名に就て
二 「八紘一宇」の詔の題名に就て
三 「鳥見山靈畤」の詔の題名に就て
一 「天業恢弘」の詔
一 日本書紀所載の原文及び訓讀
二 構成上の段落 第一段の語句解釋と大意
三 第二段第三段の語句解釋と大意
四 「天業恢弘」の詔勅を拜讀して
二 「八紘一宇」の詔
一 日本書紀所載の原文及び訓讀
二 第一段の語句解釋と大意
三 第二段の語句解釋と大意
四 「八紘一宇」の詔を拜讀して
三 「鳥見山靈畤」の詔
一 日本書紀所載の原文及び訓讀
二 語句の解釋と大意
三 「鳥見山靈畤」の詔を拜讀して
第五 結語
一 建國の大精神
二 「八紘一宇」の大理想實現
〇この年、小笠原長生と村上貞一が「水軍の先覚村上義弘」を「今日の問題社」から刊行する。 pid/1686157
第二章 P戸内海の國史上における地位
一 概説
二 神武東征
三 景行仲哀二帝の西征
四 海外交通の中心
五 純友の亂
六 源平爭覇戰

〇この年、大阪電気軌道株式会社, 参宮急行電鉄株式会社共編「群芳」が刊行される。 pid/1023092
三聖地
橿原神宮
伊勢神宮
熱田神宮
生駒山上遊園地
生駒山寶山寺
信貴山
菖蒲池遊園地
お伽の國
奈良
奈良公園と神鹿
春日神社
藥師寺
唐招提寺
さくら(六景)
石上神宮
大和神社
枚岡神社
法隆寺
大神神社
談山神社
さくら(二景)
吉野朝史蹟
長谷寺
室生寺
赤目四十八瀧
香落溪
月ヶ瀬
河漕の浦
鈴廼屋遺跡
鳥羽
二見
志摩の海
働く志摩
いでゆ
養老の瀧
千本松血涙史
水郷
吉野熊野國立公園
修驗道大峯山
大臺ヶ原山
大杉谷
北山峽
瀞峽
木ノ本附近

神武天皇御聖蹟地
後記
附録
近畿交通要圖
〇この年、白戸恒蔵が「敬神読本」を「雄生閣 」から刊行する。  pid/1025272
第一章 頌徳
第一節 神代の御事
第二節 神武天皇
第三節 皇威の彌榮
第二章 神國
第三章 神話
「八雲起つ」の御歌
第四章 神前美談
第五章 祭祀
第六章 禮
第七章 玉串奉奠
一 玉串の持方
二 奉奠の作法
三 立禮の場合
附記 揖の意義
跪居の意義
膝行の意義
後取の意義
逆行の意義
第八章 拜
一 立拜
二 居拜)
三 兩段再拜
第九章 團體參拜の作法
第十章 拍手
一 拍手の意義
二 拍手の作法
三 拍手の種類
第十一章 笏
第十二章 扇
一 神拜の作法
二 末廣
三 檜扇
第十三章 祭場の座位
第十四章 座法・立法
第十五章 受祓の心得
第十六章 手水の作法
第十七章 神饌獻撤

一 神饌物の順序
二 注意事項
第十八章 三方
三方の持方 注意事項
第十九章 警蹕
第二十章 神の觀念
第一節 神の概念
第二節 神の語源
第三節 日本の神樣
第二十一章 三種の神器
第二十二章 皇大神宮 )
第二十三章 神國の歌
第二十四章 御歴代の神祗崇敬
第二十五章 神道
第二十六章 敬神と政治
第二十七章 敬神と文學
第二十八章 儒家の觀たる神道
第二十九章 大祓に就いて
第三十章 八紘一宇を解く
第三十一章 惟神の道
第三十二章 彌榮に就いて
第三十三章 「天睛れ」の解説
第三十四章 「延喜式」に就いて
第三十五章 和魂・荒魂に就いて
第三十六章 日本精神
一 公道を實踐する事
二 建國の體制を覺知する事
三 忠孝一本
四 義勇奉公
五 敬神崇祖
第三十七章 神典に就いて
第三十八章 「國體の本義」に就いて
第三十九章 「皇室敬語便覽」に就いて
第四十章 敬神思想と我等の生活
第四十一章 祝詞
一 祝詞の意義
二 祝詞の起源
三 祝詞の構成
四 祝詞の容
五 祝詞奏上時の心得
六 祝詞文の例
第四十二章 遙拜式
第四十三章 調度
一 垂手
二 大麻
三 幣束
四 神籬
五 眞榊
六 御簾
七 注連繩
八 獅子と狛犬
九 神馬と繪馬
十 鳥居
十一 燈籠
十二 圓座・軾・菰
第四十四章 神社建築の樣式
一 大社造
二 神明造
三 大鳥造 千木 鰹木
第四十五章 神社の社格
一 官國幣社の例
二 幣帛の意義
三 祭神
第四十六章 氏子
一 産土神
二 氏子總代

第四十七章 種々の事柄
一 正式參拜
二 不敬行爲
三 參拜者に對する希望
四 神饌料
五 宣命・祭文の意義 祭文 靈祭
  → 青年團代表の弔辭 正忌祭
第四十八章 敬神の家庭化
神宮大麻
神符
御札
御宮
神棚の御事
御神體
奉齋神
裝置の位置
調度品

瓶子
水玉

御日供
第四十九章 國旗と國歌
一 國旗
二 正しい日の丸
三 國歌
第五十章 迷信
附録
宗教
一 我が國の宗教
二 信教の自由
宗教に關する現行法令
宗教團體法
教派神道の祭神及び教祖
神社・宗教に關する官廳
神祗院・神祗院分課規程
神社統計事項
神官・神職の服裝規則



〇この年、木村武一郎が「国体の本義 : 正解詳釈」を「三省堂」から刊行する。 pid/1090083
凡例 /緒言
現代日本と思想問題
國體の自覺
第一 大日本國體
一、 肇國
天地開闢
修理固成
天照大神
神勅と皇孫の降臨
天壤無窮
萬世一系の皇位
三種の神器
二、 聖徳
天皇
敬神
祭政教一致
國土經營の御精神
愛民
三、 臣節
臣民
忠君愛國

忠孝一本
四、 和と「まこと」

武の精神
むすびと和
神と人との和
人と自然との和
國民相互の和
君臣一體
まこと
第二 國史に於ける國體の顯現
一、 國史を一貫する精神
國史の眞義
大國主神の國土奉獻
武天皇の天業恢弘
崇神天皇の神祇崇敬
大化の改新
和氣清麻呂の誠忠
鎌倉幕府の創設
建武の中興
江戸時代の尊皇精神
明治維新
二、 國土と國民生活
國土
國民生活
職業
三、 國民性
國土と國民性
清明心
沒我同化
國語
風俗習慣
四、 祭祀と道徳
祭祀
道徳
武士道
佛教五、 國民文化
文化
學問
教育
藝道
六、 政治・經濟・軍事
祭政一致
欽定憲法
天皇御親政
我が國の法
經濟
軍事
結語
西洋思想の特質
東洋思想の特質
新日本文化の創造
諸般の刷新
我等の使命
〇この年、田中智学が「世界統一の天業」を「天業民報社」から刊行する。 pid/1683313
 注 初版は1904年か また、1903年11月11日、神武天皇稜の前に於いて「皇宗の建国と本化の大教」を演説した記述あるか 確認要 2021・2・7 保坂
神武天皇御尊像(卷頭寫眞)
圖表・序言
一 危險の世をいかにせむ
二 須らく根底ある平和を要めよ
三 世界はたゞ一國なるべし(世界統一)
四 世界統一の實行者と指導者
五 天意より出でたる統一主義
六 道義的統一の要旨
七 世界統一の實行者とは誰ぞや
八 轉輪聖王の垂統(日本國に在り)
九 國慾主義的統一論の誤謬
一〇 統一の各種目的

一一 日蓮主義の世界統一的指導
一二 先天的統一者
一三 偉大光明なる世界統一的宣言
一四 日本皇統の萬世不朽なるは道義の實力より來る
一五 統一國民の勇武・黄人禍・金人福
一六 萬事を〔ナゲウ〕て唯だ日本國を研究せよ
奉祝記念版の後に

〇この年、里見岸雄が「田中智学の国体開顕」を「錦正社」から刊行する。 pid/1686532
序文
第一篇 國體開顯の歴史
第一章 序分時代の國體開顯史
一 出自と修學と發心及び獨立
(文久元年―明治十二年一歳―十九歳)
二 西南戰爭に録したる疑問と其解決
(明治十年十七歳)
三 立正安國會の創業と在家佛ヘの唱導
   →
(明治十七年―二十一年二十四歳―二十八歳)
四 日本最初の憲法講義
(明治二十一年二十九歳)
五 大津事件に對する大修法
(明治二十四年三十一歳)
六 佛ヘ夫婦論の献上
(明治二十七年三十四歳)
七 日C戰爭と國祷
(明治二十七年三十四歳)
八 皇室敬禮法の制定
(明治二十七年三十四歳)
九 英照皇太后の崩御と奉弔
(明治三十年三十七歳)
十 要山の開創と宗學の大成
   →
(明治二十九年―三十五年三十六歳―四十二歳)
十一 日本書紀神武天皇卷の開顯

   →(明治三十六年―三十七年四十三歳―四十四歳)

十二 「勅ヘ玄義」と「國諫同志義會」
(明治三十八年四十五歳)
十三 國體擁護の處『最勝閣』の建設
(明治四十二年四十九歳)
十四 大逆事件と「國民的反省」(明治四十四年五十一歳)
十五 各地に於ける國體擁護大演説會
(明治四十四年五十一歳)
第二章 正宗分時代の國體開顯史
一 日本國體學の唱導
(明治四十四年五十一歳)
二 國體信仰の統一純化の提唱
(明治四十五年五十二歳)
三 「神武天皇の建國」執筆公開
   →
(明治四十五年―大正二年五十二歳―五十三歳)
四 明治天皇奉弔大法會と叫雲歳
(大正元年―二年五十二歳―五十三歳)
五 國柱會の創始
(大正三年五十四歳)
六 「天壤無窮」の撰述と大典奉祝
(大正四年五十五歳)
七 國柱會館の建設と「日本國體の眞意義」發表

   →(大正五年―六年五十六歳―五十七歳)

八 何をか君意民心といふ
(大正七年五十八歳)
九 澎湃たる民主主義への折伏戰
(大正八年五十九歳)
十 「天業民報」の創刊と國體學説の全貌顯示
(大正九年六十歳)
十一 「日本國體の研究」公表
(大正十年六十一歳)
十二 國性文藝會の創立
(大正十一年六十二歳)
十三 天業年團の統裁
(大正十二年六十三歳)
十四 「尊王正議」の講述
(大正十二年六十三歳)
十五 關東大震災の救護運動と興國大詔の普及運動
   →
(大正十二年―十三年六十三歳―六十四歳)
十六 立憲養正會の創立と立候補
(大正十三年六十四歳)
十七 勿來史蹟の顯彰
(大正十四年六十五歳)
十八 明治會の創立と明治節制定の請願
    →(大正十四年―昭和二年六十五歳六十七歳)

第三章 流通分時代の國體開顯史
一 帝劇に「代々木の神風」を上演
(昭和三年六十八歳)
二 明治會運動の進出と國柱會大靈廟の落成

   →(昭和三年六十八歳)

三 今上天皇即位大典を中心として
(昭和三年六十八歳)
四 ヘ化惣動員を中心として
(昭和四年六十九歳)
五 國柱會本部講堂の落慶を中心として
   →
(昭和五年―九年七十歳―七十四歳)
六 「日本國體新講座」刊行並びに滿洲皇帝へ
   →「日本國體の本義十則」進講
(昭和十年七十五歳)
七 「師子王全集」三十六卷の大成
   →
(昭和十一年―十二年七十六歳―七十七歳)
八 最後の公開國體學講演
(昭和十二年七十七歳)
九 皇軍慰問の意志と發病
   →
(昭和十三年―十四年七十八歳―七十九歳)
十 太寂の記
第二篇 國體學説の概要
第一章 國體學説の根據
一 方法論と哲學的根據
二 日蓮的法華經の哲學
三 日蓮ヘ學史上の位地
第二章 日本國體學の創建に關する概説
一 日本國體學の目的と必要と可能
二 日本國體學の組織大綱
三 日本國體學の表現方法
第三章 日本國體學の梗概
一 國體の定義
二 五大要素論(國家構成論)
三 王道三綱論(根本軌範論)
四 八大主義論(實踐原理論)
五 八紘一宇論(天業目的論)
附録その一 面影の記
一 家庭
二 叱言
三 事業と門下
四 談話と講演
五 文章
附録その二 年譜
特別附録『國體學創唱の大綱』・田中智學
〇この年、朝比奈宗源編「皇民道徳宝典」が「巌松堂書店」から刊行される。  pid/1096094
教育ニ關スル勅語
一 天孫降臨 / 1
二 神日本磐余彦天皇 神武天皇 / 3
三 崇神天皇 / 18
四 五箇條ノ御誓文ノ勅語 / 19
五 五箇條ノ御誓文 / 19
六 陸海軍人に賜はりたる勅諭 / 20

〇この年、朝比奈宗源輯「皇民道徳宝典 続」が「巌松堂書店」から刊行される。 pid/1089942 
教育ニ關スル勅語
一 天孫降臨(日本書紀)
二 神武天皇(日本書紀)
三 崇神天皇(日本書紀)
四 五箇條ノ御誓文ノ勅語
五 五箇條ノ御誓文
六 陸海軍人ニ賜ハリタル勅諭
七 皇室典範及憲法制定ノ御告文
八 憲法發布勅語
九 清國ニ對スル宣戰ノ詔勅
一〇 露國ニ對スル宣戰ノ詔勅
一一 戊申詔書
一二 國民精神作興ニ關スル詔書
一三 踐祚後朝見ノ儀ニ於テ賜ハリタル勅語
一四 即位禮當日紫宸殿ノ
   →儀ニ於テ賜ハリタル勅語
一五 國際聯盟脱退ニ關スル詔書
一六 支那事變勃發一周年ニ當リテ
   →賜ハリタル勅語
一七 青少年學徒ニ賜ハリタル勅語
一八 紀元二千六百年ノ紀元ノ
   →佳節ニ當リ賜ハリタル詔書
一九 明治天皇御製百首
二〇 聖徳太子憲法十七條
二一 大化改新之詔奉答(中大兄皇子)
二二 神器論抄(虎關師錬)
二三 神皇正統記抄(北畠親房)
二三 神皇正統記抄(北畠親房)

二四 祈願開白文(東巖慧安)
二五 直毘靈(本居宣長)
二六 大祓詞
二七 弘道館記(徳川齊昭)
二八 弘道館記述義抄(藤田彪)
二九 和文天祥正氣歌(藤田彪)
三〇 楠氏論(頼山陽)
三一 七生説(吉田松陰)
三二 士規七則(吉田松陰)
三三 大學抄
三四 中庸抄
三五 論語抄
三六 孟子抄
三七 老子澤庵講話抄(澤庵宗彭)
三八 莊子抄
三九 傳習録抄(王陽明)
四〇 菜根譚二十則(洪自誠)
四一 妙法蓮華經如來壽量品偈
四二 信心銘(三祖僧〔サン〕)
四三 普勸坐禪儀(希玄道元)
四四 不動智神妙録抄(澤庵宗彭)
四五 坐禪和讃(白隱慧鶴)
四六 歎異抄(親鸞)
後記 編者
〇この年、古田三好が「三重県二千六百年史」を「大阪毎日新聞社津支局」から刊行する。  
太古に仰ぐ靈光
伊勢天都の地域
鈴鹿にも高天原
伊勢から日向へ
神代を偲ぶ磐座

進んでいた神代文化
太古拓けた郷土
嚴たる伊勢神族
太古拓けた郷土
嚴たる伊勢神族
神武天皇の聖蹟
荒坂津は何處か

丹敷戸畔を御征伐
大神宮の御鎭座

神宮に奉仕の齊王
四道將軍の重鎭
日本武尊の東夷御征伐
御陵から白鳥飛ぶ
太古から傳はる機殿
神族の流れ汲む伊勢豪族
伊勢は岐れて三ヶ國
天武天皇の御巡幸
持統天皇の行幸
聖武天皇頓宮御駐輦
鈴の音もとめた神領
伊勢にゆかりの大神宮寺
郷土三國の國分寺
日本三關鈴鹿の關

鈴麻峠は山賊の巣窟
古くから開けた驛路
驛馬や傳馬の備へ

日本三津の安濃津港
畏し皇室の御仁慈
日本で最古の水銀
熊野浦は海賊の本據
(略)




〇この年、中野八十八が「修正国史の真精神 : 皇民錬成教法刷新」を「明治図書」から刊行する。  pid/1277754
第一章 是れ此の時皇國日本が正に世界の日本たらんとする神武天皇御即位二千六百年奉祝の
   →年である。宜いかな、文部當局は此の意義深き年を劃して皇國民的錬成の第一線に
   →立つ國史ヘ科書の部分修正を斷行した。古くして新しき此のヘ科書は果して如何なる
   →理想と、如何なる期待とを樞軸として是正せられたものであるか
一 温故知新の要と皇民錬成の國史ヘ育
(一) 修正前の編纂精神
(二) 一部修正ヘ科書の精神
二 修正ヘ科書に所載せられたる新ヘ材と皇民錬成の國史ヘ育
一 官幣大社近江神宮の御神靈と皇民錬成の國史ヘ育
二 吉野神宮(故文學博士K板勝美氏述)と皇民錬成の國史ヘ育
三 官幣大社水無P神宮の御神靈と皇民錬成の國史ヘ育
四 戰國の諸雄を貫く皇國精神及び戰國織豐時代の大觀と皇民錬成の國史ヘ育
第二章 興亞の大業は肇國の理想の深淵より自ら滿ち溢れ出づる歴史的事象であり、
   →精神的持續實踐であり、神國民族の抱く志操、信念、思惟の具現であり、
   →而して開發的一大聖業でもある
一 歴史は肇國の顯現であり連續である
二 興亞大業を勇氣づけ人心をして發奮興起せしめる唯一の根源
三 歴史に對する感激の力と、神勅精神への回顧
四 皇國を貫く不動精神の顯現と興亞の大業
第三章 古典の示現する修理固成の大業は永遠に續き、神國日本はむた窮み無く
   →發展してやまない
一 修理固成の永續性と日本の本質
二 修理固成者としての日本人の不斷の活動
三 無窮發展の絶對條件五つ
第四章 肇國以來現在に至る我が國の歴史は、宛然苦難、健鬪の繪卷に接するが如き觀がある。
  →しかも一苦一難毎に、勇氣は百出し、神智靈覺は泉の如く湧起つて、
  →遂に今日の如き光暉燦然として輝く皇國日本を築きあげた
一 生まんとする陣痛の苦難と皇民錬成の國史ヘ育
二 神話に顯現する苦難と健鬪の連鎖と皇民錬成の國史ヘ育
三 一苦一難毎に湧く神智靈覺と勇氣
四 長し神武天皇の大詔に具現する聖旨と御健鬪
五 日本健鬪史の特色と、皇民錬成の國史ヘ育
六 明治天皇の億兆安撫國威宣揚の宸翰に顯現せる聖旨
第五章 日本民族の性格の錬成と日本精神を強調鍛錬する國史ヘ育を
  →必要とする新時代は到來した
一 日本民族の性格上の特色と皇民錬成の國史ヘ育
二 日本精神の強調と皇民錬錬の國史ヘ育
(一) 日本精神の根源と皇民の錬成
(二) 國體的日本精神の強調と皇民の錬成
(三) 國民性に顯現せる日本精神の強調と皇民の錬成
(四) 文化的日本精神の強調と皇民の錬成

第六章 今日の日本を知らずして、明日の日本を察知することは出來ない。之れと等しく過去の
 →日本を知ること無くして現實の日本を知ることは出來ない。况んや將來の日本をやである。
 →茲に國史を學び過去を回顧し、史的殿堂に額づき平伏す必要があるのである
一 歴史は鑑であり、我等の行手を照らすサーチライトである
二 歴史は史實其のまゝの再現ではない
三 歴史の眞に入るべき心の準備
第七章 歴史の意義ならびに歴史の價値觀と、國史ヘ育の目的觀との三者は、
 →如何に變遷しつゝあるか
一 變化しつゝ進歩しゆく歴史の意義と皇民錬成の國史ヘ育
二 歴史に對する價値觀の推移と皇民錬成の國史ヘ育
三 國史ヘ育に於ける目的觀念の推移と興亞新時代に於ける皇民錬成の國史ヘ育の建設
第八章 國史ヘ育に於ける學習指導法の研究は、現在如何なる程度に進展してゐるか。
 →また、日本民族の心情を陶冶錬成するに足る日本獨自の『説話』『板書』『ヘ具』
 →『年代表』或はその他の『ヘ便物』等、表現に關する研究は現在如何なる
 →程度にまで進展してゐるか
一 國史學習法の回顧と現代國史ヘ育の展望
二 國史學習指導法の研究及其の諸相と皇民の錬成
三 國史ヘ育に於ける表現方法の研究及其の條件と皇民の錬成
四 板書に關する研究と皇民の錬成
五 年代表に關する研究と皇民錬成の國史ヘ育
六 拓本その他皇民錬成の國史ヘ育に要する方便物の研究
第九章 皇國日本の國史ヘ育は、常に如何なる點に留意し、且如何なる精神を
  →中心として遂行すべきであるか。また皇國民的活動の背後に躍動する
  →日本精神とは、果して如何なる精神であるのか
一 皇國民的活動の理念と皇民錬成の國史ヘ育
二 皇國史上に輝く皇國民的理念の發露せる心情と皇民錬成の國史ヘ育
三 皇國史上に於ける君民關係の特色と皇民錬成の國史ヘ育
第十章 人物・事件・文化現象の消長に對する批判、ならびに興亞新時代に於ける
  →國史ヘ育の目的を達成せんとするには、如何なる原理を必要とするか
一 人物・事件・文化現象の消長に對する批判と皇民錬成の國史ヘ育
二 國體感銘の原理と皇民錬成の國史ヘ育
第十一章 皇民の錬成・國民科としての國史ヘ育に於て、
  →特に留意して取扱はなければならない
  →史實には、如何なるものが存するか
一 神勅の精神及び興亞精神と皇民錬成の國史ヘ育
二 三種の神器の精神及び興亞精神と皇民錬成の國史ヘ育
三 三種の神器の尊嚴と皇民錬成の國史ヘ育
四 神武天皇の大詔と皇民錬成の國史ヘ育
五 崇神天皇の詔と皇民錬成の國史ヘ育
六 垂仁天皇の御事蹟ならびに歸化人の功績と皇民錬成の國史ヘ育
七 景行天皇の詔と皇民錬成の國史ヘ育
八 應神天皇の御代と皇民錬成の國史ヘ育
九 仁コ天皇の詔と皇民錬成の國史ヘ育
一〇 雄略天皇の御遺詔と皇民錬成の國史ヘ育
一一 推古天皇の勅と皇民錬成の國史ヘ育
一二 唐の高宗津守の吉祥連との問答に於ける皇國尊信、
  →國體信仰の精神と皇民錬成の國史ヘ育
一三 白村江の戰と皇民錬成の國史ヘ育
一四 天武天皇の位階御制定の精神と皇民錬成の國史ヘ育
一五 平城天皇の皇子高岳親王の御意氣と皇民錬成の國史ヘ育
一六 三井寺の僧成尋と其の母の心事と皇民錬成の國史ヘ育
一七 日本文化を流布せる寛建法師と皇民錬成の國史ヘ育
一八 C原ョ業等の自主的・對等的高邁なる識見と皇民錬成の國史ヘ育
一九 文永・弘安の當時に顯現せる皇國民的意氣の旺盛と皇民?成の國史ヘ育
二〇 懷良親王の明國に對する強硬なる御態度と皇民錬成の國史ヘ育
(略)
二八 豐臣秀吉の皇室尊崇の至情と、對外的氣宇の偉大性と皇民?成の國史ヘ育 )
二九 水戸齊昭の「海防愚存」に顯現する精神と皇民錬成の國史ヘ育
三〇 藤田東湖の「常陸帶」に顯現する精神と皇民錬成の國史ヘ育
三一 對外的重要ヘ材の展望と皇民錬成の國史ヘ育
三二 井伊大老の矛盾苦と皇民錬成の國史ヘ育
三三 條約改正と皇民錬成の國史ヘ育
三四 コ川慶喜の對外的忠誠心と皇民錬成の國史ヘ育

1941 16 1月、「朝鮮公論 29(1)(334);1月號」が「朝鮮公論社」から刊行される。 pid/11187200
口繪
南朝鮮總督閣下元旦試筆
漁村の曙
卷頭言 新年の辭
總力昴揚/南次郎
皇紀二千六百一年 年頭の辭/中村孝太カ
一途邁進あるのみ/大野壕カ
新春初頭の警告舊體裁人の反省を求む
大東亞共榮圏の建設と朝鮮/松原純一
政治の要諦/花岡淳二
難局突破/林繁藏
新年行事の由來/松原和光
昭和十六年の新春を迎へて/野田新吾
新經濟理論としての公益優先/波多野鼎
支那事變と日本の使命/井上哲次郎
戰時國民生活と人口問題/永井亨
公論春秋
日本精神の躍動/柴田一能

神武紀元元年後 爰に二千六百年を經た
   → 今年こそ劃期的第一歩

神道と國民性 神道は我國獨自の國民信仰の表現/深坂一玄
職域奉公に徹せん/里吉基樹
二千六百一年を飾る 鴨麹]水電發電開始/中川龜三
共存同榮/飛鳥生
保健と運動/蜻州
遼東及山東還付を惟ふ朝鮮の一角に在りて/一記者
最近の轉失業問題と其の對策/坂口肇
經濟戰下の覺悟/荒川一夫
蛇のいろ[イロ]物語/水上養生
支那智識階級と日本文化/實藤惠秀
國難超克の大道/町坂一舟
爐邊漫語/馬骨
陸の瞳/百山來鳥
民衆心理の感情的傾向/保坂祐玄
馬の話 顔面相馬/權藤五七郎
大自然の法則・進化律/帆坂一カ

史科 韃〔タン:ダッタン〕漂流の顛末・日本海北岸の
   →慘劇(ツヅキ)/園田一龜 / 102〜

國家興隆の根源・人口國策の重大性/犀川訓玄
近時談片三則/宮崎義男
米國頽廢風俗輸入に吸々 反日洋奴養成所は何處か/狐峰
應召の蔭に/伊藤春夫
新體制と術/訓弘居士
時事漫想/祐峰
個人主義普選法改善の要/漢江坊
詩 我等の歡喜/山田としを
戰時下銃後國民の覺悟/大村文男
新聞 營業・販賣・發送・廣告・會計/王舟
常會の進展と其の對策/鈴木嘉一
家庭 結核の簡易治療/荒川一豐
雜題/
積極的警語
物資の尊重
十ヶ年計畫/新刊紹介
1月、「紀元二千六百年 3(12)」を「紀元二千六百年奉祝会」が刊行する。 pid/1387617
紀元二千六百年紀元節に當り賜りたる詔書
紀元二千六百年式典に當り賜りたる勅語
紀元二千六百年奉祝會に當り賜りたる勅語
紀元二千六百年紀元節祭に奉仕して / 星野輝興
天皇陛下神宮及山陵御親拜
紀元二千六百年特別觀艦式
紀元二千六百年記念觀兵式
紀元二千六百年式典
紀元二千六百年奉祝會
橿原神宮境域竝畝傍山東北陵參道擴張整備工事竣工奉獻式
宮崎神宮境域擴張整備工事竣工奉獻式
紀元二千六百年奉祝交響樂團の成立 / 三宅善三
紀元二千六百年奉祝樂曲とその作曲家 / 牧定忠
1月、伊藤太郎が「天壌無窮の御神勅・神武東征の御戦略」を「ムケイ社」から刊行する。
pid/1023085 
閲覧可能
天壤無窮の神勅八紘一宇の詔勅
歴史的謹考
一、 天壤無窮八紘一宇の皇道は神代史の始から輝いています
二、 代々の神樣の御徳の表現であります
三、 いざなぎ、いざなみ二神の御徳の表現であります
四、 天照大神樣の御徳の表現としての大御言であります
五、 木花咲耶姫の坤徳
六、 天孫降臨の現代的意義
七、 天孫降臨と其の御準備
八、 御降臨供奉の神々
語源的研究
一、 皇國日本
二、 親子の日本
三、 氏の日本
四、 まことの日本

、 まつりの日本
附 新年季題に見えたるまつりの日本
天壤無窮の神勅の意義
一、 神の御言葉のひびき
    →(天皇即國家、天皇即大父母、天皇即天地)
二、 やたの鏡の日本(智慧世界一)
三、 まが玉の日本(なさけ世界一)
四、 むら雲の劍の日本(勇氣世界一)
五、 葦原の日本(海國日本)
六、 瑞穗の日本(産業日本)
神武天皇御東征の御戰略
一、 長期戰の御準備
二、 連絡綏撫しつつの御進軍
三、 佯攻と本攻とは神武天皇樣に始まる
四、 敵前上陸は神武天皇樣に始まる
五、 拂曉戰は神武天皇樣に始まる
六、 地物の利用は神武天皇樣に始まる
七、 「楯祭」の神事と「奉り」の語源

八、 七生報國の信念は皇兄五瀬命に始まる
九、 護國の鰐
十、 熊野迂回の大戰略
十一、 必勝の信念は神武天皇樣に始まる
十二、 神武天皇樣の敵情偵察
十三、 「汝の敵を愛せよ」の御實行
十四、 大敵を怖れず小敵を侮らざる御諭し
十五、 陛下の軍人=陛下の赤子
十六、 散開と密集(寡を以て衆を包圍撃滅)
十七、 敵の戰略の裏をかく
十八、 金色の鵄の戰略的意義
十九、 細戈千足國の名稱
二十、 戰後の御經營
二十一、 むすび
附 谷川士清先生小傳 八紘一宇
一、 家風と感化
二、 遊學
三、 歸郷
四、 開業と恩師追慕
五、 日本書紀通證と倭訓栞
六、 其の他の著書
七、 疑問の屋敷
八、 頼氏と唐崎氏
九、 反古塚
十、 日本魂
十一、 疑問の死

2月、「公園緑地 = Parks and open space 5(2) 日本公園緑地協会」が刊行される。pid/3296501
口繪--官幣大社橿原神宮並畝傍山東北陸附近圖
官弊大社橿原神宮並畝傍山東北陵を中心とせる 紀元二千六百年紀念事業概要觀 / 神祗院技師 田阪美コ / p24〜30    
2月、川田順が「心の花 45(2)(514)p2〜3 竹柏会」に「神武天皇聖蹟歌續篇(短歌)」を発表する。 pid/6061551
3月、佐藤堅司が「軍事史研究. 6(1)
p11〜40 軍事史学会」に「神武觀に關する史的考察 」を発表する。
pid/1473152
3月、「公園緑地 = Parks and open space 5(3) 日本公園緑地協会」が刊行される。pid/3296502
口繪--畝傍山東北陵官幣大社橿原神宮並外苑--整備竣成圖
本縣に於ける大穀nの造成に就いて / 神奈川縣知事 松村光磨
宮弊大社橿原神宮並畝傍山東北陵を中心とせる紀元二千六百年紀紀念事業工事概要 / 神祇院技師 田阪美コ / p5〜16
  
3月、日名子實三が「少女倶楽部 19(3) p108 大日本雄弁会講談社」に「八紘之基柱」を発表する。 pid/1780121
八紘之基柱 / 日名子實三 / 108
乙女よ雄々しくあれ / 渡邊郁子 ; 金子光晴 / 113
我が校の誇『こゝろの開墾』 / 山路武夫 / 140
あらしの曙 / 林唯一 ; 加藤武雄 / 94
4月、中村徳五郎が「日本神代史」を「酒井書店」から再刊する。 pid/1899414  閲覧可能
第一篇 序説
〔第一之卷〕
天地開闢説と日本國土の生成概説
〔第二之卷〕
日本建國祖神族の東進
〔第三之卷〕
日韓滿蒙の同祖
〔第四之卷〕
南方人種説と其批判
第二篇 開闢當初の状況と國家成立の由來
〔第一之卷〕
別天神五柱の出現
〔第二之卷〕
天神七代と國家組織の成立
第三篇 海外發展の二大方針
〔第一之卷〕
伊邪那美神の北方發展策
〔第二之卷〕
伊邪那岐神の南方發展策
第四篇 天照大神の神業
〔第一之卷〕
豊受大神の功績
〔第二之卷〕
高天原に於ける素戔嗚尊
〔第三之卷〕
根國に於ける素戔嗚尊
〔第四之卷〕
葦原中國の統一
〔第五之卷〕
天忍穗耳尊の天位繼承

第五篇 日向三代の治
〔第一之卷〕
天照大神の神勅と皇基確立
〔第二之卷〕
日向に於ける天孫時代
〔第三之卷〕
彦火火出見尊の世
〔第四之卷〕
□□草葺不合尊
(うがやふきあえずのみこと)の世
第六篇 神武天皇の天業恢弘
〔第一之卷〕
日向に於ける事蹟
〔第二之卷〕
皇師の東上
〔第三之卷〕
天下の統一

        ※ 中村徳五郎著「日本神代史」 忠文館書店から昭和9年1月10日に発行とタイトルが同じ  2021・1・24 保坂
4月、新井無二郎が「神都高天原考」を「平凡社」から刊行する。pid/1039965 古書かんたんむ:1830円
第一篇 神都高天原概要
第二篇 高天原集説
第三篇 高天原學説對立概要
蒼天説と地上説
第四篇 諾冉二神の宮處
第一 大和説
第二 豐前説
第五篇 天上高御座と天下諸國
天上天下の別と名分確立論
第六篇 豐葦原中つ國の意義及び範圍
高天原朝廷と出雲私廳との關係
第七篇 
高千穗□觸峯(くしふりのみね)諸説
前國主張説
第八篇 天孫筑紫降臨の理由
筑紫皇居と高天原との關係
第九篇 黄泉國所在考
根ノ國、根ノ堅洲國
第十篇 神代の山陵について
御陵地諸説

第十一篇 神武天皇の御東遷
舊都御復興論 開國建國肇國
    →八紘一宇の詞の誤解論

第十二篇 高天原豐前説概要
第十三篇 豐前高天原
第一章 高天原廣野
第二章 天安河
第三章 天石窟
第四章 山陵
第五章 天之八井
第六章 大嘗會の遺蹟
第七章 増補訂正 神代帝都考の内容
第十四篇 結論
机上論と事實論
第十五篇 神代事物起原略
第一章 御頸珠
第二章 三種の神寶
第三章 祭祀の起原
第四章 禊祓の起原
第五章 解除の濫觴
第六章 新嘗祭の權輿 並ニ養蠶の始め
第七章 祭主の權輿 並ニ幣帛の起原
第八章 神社建營の起原
第九章 軍神祭の權輿

第十章 神主職掌の
濫觴
第十一章 神祇官「八神殿」の起原
第十二章 大嘗祭の淵源
第十三章 獸肉食用の起原
第十四章 太占禁厭の法
第十五章 武器起原雜鈔


4月、里見岸雄が「国体科学研究 第2刊」を「錦正社」から刊行する。 pid/1258939  参考
第一部 日本國體學
第一章 日本の民族と國體
一 詞セ
二 民族の概念
三 大日本民族の素因と結成過程
四 民族基本社會の構造
五 國體としての基本社會
第二章 王道と皇道
一 皇道の語と實體
二 王道は果して皇道に非ざるか
第二部 古典研究
第一章 神代文字
一 はしがき
二 神代文字の否定説
三 神代文字の肯定説
四 兩説の要點
五 我等の見解
第二章 記紀以前
一 口傳相承
二 記紀以前の書物
第三章 古事記
一 體裁
二 撰者・資料並びに撰?の方針
三 内容の古さ
第四章 日本書紀
一 體裁
二 撰者及び資料
三 目的
四 方針
五 書紀の盛行
第五
章 記紀優劣論
一 本居宣長の古事記尊重
二 吾等の觀方
第六章 其他の三書
一 古語拾遺
二 風土記
三 新撰姓氏録
第三部 國體憲法學
第一章 國體憲法學と
   →主體説及機關説
一 國體憲法學の學的性質
二 國體憲法學に於ける國體問題
三 機關説にあらず、主體説にあらず
第二章 皇位繼承の意義
   →(皇室典範第十條に就ての所見)
一 はしがき
二 諸家の見解
三 皇位とその繼承
四 皇位と繼體
五 皇位と繼心
六 皇位と繼道
七 皇位と繼業
八 結語
第三章 「天皇」及び「皇位」の概念
   →松本重敏博士の來翰に緑し再び
   →皇位の意義を論ず)
一 法學博士松本重敏氏よりの來翰に緑して
二 法條の解釋に於ける二個の立場
三 松本博士の天皇概念
四 天皇概念に於ける三身即一
五 皇位は皇位にして統治者に非ず
第四部 國體政治學
第一章 一國一黨の國體學的批判精義
一 はしがき
二 一國一黨論の環境
三 多元的政黨の腐敗とその反動
四 邪正一如・多即一の妙政
第二章 新體制と日本國體
一 近衞首相に敬意を表す
二 新體制は眞體制たるを要す
三 新體制の根本理念
四 新體制準備の新體制
五 新體制と帝國憲法
六 新體制脚と政黨問題
七 新體制と外交
八 新體制と皇軍神武
九 新體制と財政經濟
一〇 新體制と政治及統帥
一一 新體制と國民組織
一二 新體制とヘ育
一三 新體制と宗ヘ
一四 新體制と日常生活の
諸問題
一五 新體制と國體明微運動

5月26日〜29日、東京産業報国会が伊勢神宮橿原神宮畝傍御陵參拜旅行(表彰者:600名)を行う。
5月26日(月) 東京芝浦港(発:14時)→東京灣汽船橘丸/夕食船中→(船中:泊)
5月27日(火) (鳥羽港桟橋(着:4時30分→鳥羽駅→山田駅下車各旅館→外宮参拝→神都交通電車20分→内宮参拝→大神楽奉納→神都交通電車20分→二見驛(着:13時50分)→夫婦岩見物→二見駅(発:16時47分)→山田駅(着:16時55分)→(山田各旅館に分宿泊)
5月28日(水) 山田駅(発:9時55分)→(大軌電車特別仕立約1時間50分)→橿原駅(着:11時46分)→橿原神宮・畝傍御稜参拝→橿原駅(発:13時42分)→山田駅(着:15時33分)→鳥羽駅(着:16時58分・18時2分)→(下車鳥羽各旅館に入る)→鳥羽旅館(発:18時30分)→鳥羽港桟橋(発:19時30分)→(船中泊)
5月29日(木) 東京芝浦着:9時→解散式
5月、「公園緑地 = Parks and open space 5(4) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296503
口繪--橿原神宮南神門附近よりの鳥瞰--橿原神宮内拜殿外拜殿間外院廻廊内庭
官幣大社橿原神宮境域畝傍山東北陵域 擴張整備事業に於ける神宮參道及造苑施設に就さて(其一) / 田阪美コ / p4〜17 
7月、「公園緑地 = Parks and open space 5(6) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296505
口繪--橿原神宮南神門附近--表參道(南神門前廣場より一の鳥居及二の島居を望む)
官幣大社橿原神宮境域 畝傍山東北陵陵域 擴張整備事業に於ける神宮參道及造苑施設に就きて(其二) / 田阪美コ / p5〜20   
8月、「公園緑地 = Parks and open space 5(7) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296506
口繪--官幣大社 橿原神宮 幣殿附近ノ植栽--官幣大社 橿原神宮 表參道手水舍附近--海上錬成(其の一・其の二)
兒童、生徒の夏季鍛錬計畫 / 東京市ヘ育局長 皆川治廣 / p2〜5
官幣大社橿原神宮境域 畝傍山東北陵陵域 擴張整備事業に於ける神宮參道及造苑施設に就きて(其三) / 田阪美コ / p6〜20  
8月、 佐藤春夫選「新日本少年少女文庫 ; 第12篇 日本文學選」が「新潮社」から刊行される。 pid/1873788
一、神武天皇の御東遷(古事記)
二、枯野と速鳥(日本書記・續日本記・風土記)
三、國々のむかしばなし(風土記抄)
四、大祓詞(中臣の壽詞)
五、『萬葉集』
六、竹取の翁とかぐや姫(竹取物語)
七、昔こんな男がゐた(伊勢物語)
八、人さまざまの日記(土佐日記・更級日記)
九、翁丸といふ犬の話など(枕の草紙)
十、須磨(源氏物語)
十一、不思議な老人たち(大鏡)
十二、『小倉百人一首』の事
   →(古今集以後代々の勅撰歌集)
十三、蝉丸の話・猫の島の話(今昔物語)
十四、爲朝の末路(保元物語)
十五、惡源太義平の勇戰(平治物語)
十六、薩摩守忠度(平家物語)
十七、『新古今和歌集』
十八、日野山の庵(方丈記)
十九、「榎の僧正」外十篇(つれづれ草)
二十、『新古今和歌集』以後
   →(山家集・金槐集・新葉集など)
二十一、佛畫師良秀(十訓抄)
二十二、臣下たる者の道(神皇正統記)
二十三、繼信等兄弟を供養(義經記)
二十四、蝸牛(狂言、謠曲のこと)
二十五、九兩の小判十兩の詮議(井原西鶴の
   →『諸國ばなし』より)
二十六、夏草や(松尾芭蕉の『奧の細道』より)
二十七、わが幼い頃(新井白石の『折たく柴の記』より)
二十八、わが學びの有樣(本居宣長の『玉かつま』より)
二十九、馬乘提灯、その他(與謝蕪村の『蕪村全集』より)
三十、八町礫紀平治太夫(瀧澤馬琴の『弓張月』より)
9月、「公園緑地 = Parks and open space 5(8) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296507
官幤大社橿原神宮境域畝傍山東北陵域 擴張整備事業に於ける神宮參道及造苑施設に就きて(其四) / 田阪美徳 / p4〜18
10月、 公園緑地 = Parks and open space 5(9) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296508
官幤大社橿原神宮境域畝傍山東北陵域 擴張整備事業に於ける神宮參道及造苑施設に就きて(其五) / 田阪美徳 / p7〜20    
11月、「産業報国運動概要」が「東京産業報国会」から刊行(非売品)される。 pid/1058369 閲覧可能
                               
※ 発行年、奥付と確認済 2021・1・4 保坂
一、 東京産業報國會ノ發展
(一) 組織状況
(二) 産報青年隊ノ結成
(三) 東京産業報國會ノ現勢
二、 東京産業報國會ノ事業計劃
三、 東京産業報國會ノ豫算及決算
四、 東京地方産業報國聯合會結成一周年記念總會状況
五、 東京地方産業報國聯合會ノ改組
(一) 東京産業報國會會則
(二) 東京産業報國會支部規程
(三) 東京産業報國會會費規程
六、 産業報國精神ノ普及徹底
(一) 講演會ノ開催
(二) 講習會ノ開催
(三) 指導資料ノ發行
(四) 機關紙ノ發行
(五) 紀元二千六百年奉祝銃後奉公祈誓大會
     →詔書御奉讀拜聽並同大會ニ代表者派遣
(六) 紀元二千六百年紀元節ニ賜リタル
     →詔書寫ノ第二回頒布
(七) 紀元二千六百年奉祝式典並奉祝行事ノ實施
(八) 紀元節ニ於ケル奉祝實施並建國祭參加
(九) 紀元二千六百年記念宮城外苑整備勤勞奉仕ノ實施
(十) 
伊勢神宮橿原神宮畝傍御陵參拜旅行ノ實施
(十一) 日獨伊三國同盟締結ニ際シ賜リタル詔書
    →奉戴式擧行並大政翼賛三國結盟國民大會參加
(十二) 時艱克服産業報國大祈願式典並
    →記念動員大會擧行
(十三) 一千字産報解説懸賞募集
(十四) 漢詩和歌レコード製作配布
(十五) 産業殉職者慰靈祭執行
七、 産報道場ノ建設
八、 生産力擴充並國策遂行ヘノ協力
(一) 防諜週間ノ實施
(二) 戰時食糧報國運動ノ實施
(三) 生産力擴充ポスター圖案懸賞募集
(四) 交通道徳強調週間實施
(五) 貯蓄ノ奬勵
九、 福利厚生施設
(一) 勞務者用必需品ノ配給
(二) 海ノ健康村開設
(三) 産業體育大會ノ擧行
(四) 工場體育巡回指導
(五) 産業體育指導者講習
(六) 工場食改善巡回指導
(七) 修養慰安娯樂

十、 東京産業報國會各支部活動状況
附録 東京産業報國會役員名簿
11月、「公園緑地 = Parks and open space 5(10) 日本公園緑地協会」が刊行される。 pid/3296509
官幣大社橿原神宮境域畝傍山東北陵陵域 擴張整備事業に於ける神宮參道及及造苑施設に就きて(其六) / 田阪美コ p10〜19
 
注 ※田阪美コは神祗院技師 
11月、新井無二カが「大日 (259) p19〜24大日社」に「言文の神格ヘ育」を発表する。 pid/1595958
12月、新井無二カが「大日 (261)
p16〜18大日社」に「大日本ヘ建設論」を発表する。 pid/1595960
數の哲理の示す日本現勢 / 井上右近 / p24〜24
和氣C麻呂の生誕地は何處か / 旭東山人 / p25〜30
〇この年、沢島正治が「皇紀二千六百年記念見神哲学」を「見神会」から刊行する。 pid/1038425
第一章 天及天神(世界文化史的考察)
第二章 本體論的神觀
第一節 東西神觀の融合
第二節 哲學觀點に於ける神の概念
第三章 認識論的實在觀
第一節 宗教哲學に於ける神と認識
第二節 見神の境地と神的直觀
第三節 見神哲學即日本哲學
第四章 日本哲學に於ける天地創造説
第一節 天神と別天神
第二節 高天原と別天神との關係
第三節 古事記の三神日本書記の三尊は一體具現
第四節 神魂と神靈
第五章 日本哲學に於ける成生發展
第一節 陰陽二靈の現顯としての伊邪那岐伊邪那美命
第二節 天照大神
第三節 禊祓と三貴子の分治
第四節 宇氣比と天石戸の神秘
第五節 三種神器と天孫降臨
第六章 神勅の哲學的究明
第一節 天壤無窮の神勅
第二節 神勅の法則性
第三節 神勅と理念
第四節 神勅と絶對理念
第五節 神勅の規範性(思惟としてはカテゴリー)
第六節 神勅と理性(自我魂日本精神及び惟神の道)
第七節 神の合目的實現及び神法
第一節 神勅御實現と天孫降臨

第二節 神武天皇と建國
第三節 神即皇
第四節 皇道と聖化
第五節 法と日本憲法精神
第六節 憲法の淵源
第七節 統治權の總攪者
第八章 神法と倫理觀
第一節 天業の輔弼と國民
第二節 國體憲法と機關説
第三節 神祀と皇道政治(祭政一致)
第四節 神道と國民道徳
第五節 武士道
第六節 日本倫理と忠孝
第七節 東洋倫理と本務論
第八節 天ツ御神の靈産發展と西洋倫理
(略)

   ※ 沢島正治 著 「日本哲学」  見神会 1941 タイトルが上本と同じだったので掲載を略しました。但し、内容は未確認なので注意要  pid/1909299
〇この年、山陵会編 「近畿ハイキング・コース」が「大文館」から刊行される。pid/1043785
第二編 大鐵沿線案内
(一) 高鷲・玉手山コース(家族向)
(二) はびき山コース(家族向)
(三) 二上・岩屋コース(一般向)
(四) 河和國境水越峠コース(健脚向)
(五) 河内飛鳥・玉手山コース(一般・家族向)
(六) 武神めぐりコース(一般向)
(七) 石川堤・汐の宮コース(家族・一般向)
(八) 嶽山・汐の宮コース(家族向)
(九) 
橿原神宮及附近聖地巡り(一般・家族向) / 113
(一〇) 屯鶴峰・寺山コース(一般向) / 116
(一一) 
御所・橿原附近皇陵巡拜コース(一般向) / 118
(一二) 寺ヶ池・天野山コース(一般向) / 121
(一三) 羽曳野・乃木寺コース(一般向)
(一四) 平石峠・葉室山コース(一般向

第三編 關急沿線案内
(一) 信貴・生駒縱走コース(一般向)
(二) 攝河泉展望コース(家族向)
(三) 石切・生駒山コース(家族向)
(四) 矢田山脈縱走コース(一般向)
(五) 信貴山・龍田・法隆寺コース(一般向)
(六) 春日奥山から柳生・笠置コース(健脚・一般向)
(七) 岩船寺・九體寺コース(一般向)
(八) 平城京史蹟めぐり(一般向)
(九) 多武峰より石舞臺・岡寺コース(一般向)
(一〇) 鳥見山・多武峰・岡寺コース(健脚向)
(一一) 飛鳥遺蹟めぐりコース(一般向)
(一二) 高取山から壺坂寺・六田コース(健脚向)
(一三) 天理から長谷寺コース(一般向)
(一四) 
建國聖蹟めぐりコース(一般・家族向) / 162
(一五) 赤目四十八瀧・香落溪コース(一般向)
〇この年、刀禰館正雄が「日本精神と新聞」を「ぐろりあ・そさえて」から刊行する。 pid/1038437
自序
日本精神の根源
日本精神の顯現
本居先生と日本精神
靖國神社に關する 明治天皇の御製
新聞に關する 明治天皇の御製
義務教育と新聞知識
家庭教育と新聞選擇
赤穗義士と山鹿素行先生
關東大震災の體驗
滅私奉公の實踐者原田二郎翁傳を讀む
日本武道の精神
紀元二千六百年元旦所感
神國日本
非常時の信念
新聞部數の話
ドイツ軍電撃戰の勝利
國史の尊さと神武天皇の御聖蹟 / 184
明治天皇の御製に畏し・將兵への大御心
「二等卒の妻」は健在
伊勢神道の先覺者を思ふ
建國奉仕隊と大和國史館 / 223
本居先生の偉勲
古事記の尊さと編纂者の偉功
古事記編纂者顯彰の急務

〇この年、薄田みちが「椎の実 : 歌集」を刊行する。 出版者:薄田清  pid/1128064
法隆寺みち
建國奉仕隊のうた / 31
父を想ふ / 33
ははそばの歌
弟のうた
靜日抄
女人高野の秋
星座

〇この年、大久保竜が「神武天皇御聖徳」を「興亜書院」から刊行する。  pid/1043198
第一章 御誕生より御東征門出まで
一 神武天皇御誕生
二 御諡號
三 天皇の御兄弟
四 二皇兄御入海の異説
五 五瀬命
(一) 凛然たる御決意
(二) 興國門出の試練
(三) 大勇猛心の源流
(四) 背日進軍策
(五) 長子繼承説
(六) 悠久の精進
六 宮崎宮の御前會議
七 神武天皇御東征の御詔と皇子の對へ
(一) 天照大神の授國の御徳を宣べ給ふ
(二) 皇孫の國土經營の大徳を宣べ給ふ
(三) 大和地方の形勢を宣べ給ふ
八 鹽土老翁の偉勳
九 住吉神社の由來
一〇 鹽土翁と高千穂朝廷
一一 二大偉業と具現力
(一) 至福至幸の顯現力
(二) 三大御垂訓
(三) 天孫御降臨の御準備
(四) 瓊々杵尊御治政
(五) 百世幸福の淵源
一二 饒速日命俊敏
第二章 日向御出發より波速白肩津まで
一 御東征門出の神武天皇
二 御東征出發地
三 椎根津彦の速吸の水門御歡迎
四 菟狹津彦、菟狹津媛の歸順奉迎
五 筑紫岡田宮御駐蹕
六 安藝の國多祁理宮御駐蹕
七 吉備國高島宮の御駐蹕

八 白肩津に御上陸
(一) 波速の意義について
(二) 白肩津の位置
(三) 蓼津
(四) 青雲の白肩津
九 孔舍衞の戰
一〇 撫劔雄誥び
第三章 紀伊御經略
一 名草戸畔の誅戮
二 熊野神邑進出
三 丹敷戸畔は紀伊安樂川附近となす説
古代の女性支配

四 南紀大迂囘の新作戰
五 高倉下の來援
六 日本民族の信念としての敬神
七 神嚴悲壯なる二皇兄御入水の御信念
第四章 大和御經略
一 吉野御巡幸と其文化
(一) 井光 /
(二) 石押分
(三) 國栖

(四) 贄持
(五) 土蜘蛛
二 八咫烏の大功
三 八咫烏に對する諸説
四 大和御經略御進略
(一) 十津川説
(二) 北山川説
(三) 櫛田川説
(四) 紀の川説
五 兄猾誅戮
(一) 神武天皇御勸降使をつかはさる

(二) 弟猾の歸順
(三) 兄猾斬らる
(四) 弟猾大饗を献ず
(五) 久目歌
(六) 高倉山の眺望
六 高見山の神武天皇
七 椎根津彦と弟猾の大任
(一) 敵情偵察使
(二) 天佑
(三) 神武天皇の御悦び
八 吉兆と士氣の鼓舞
九 丹生川上の淨地
一〇 嚴肅なる出陣祭
一一 國見丘の八十梟帥討伐
一二 八十梟帥の餘衆の鏖殺
一三 勇猛果敢の皇軍
一四 大本營の御移轉
一五 兄磯城の誅戮
(一) 御仁慈の勸降使八咫烏
(二) 弟磯城歸順

(三) 第三囘の勸降使弟磯城派遣
(四) 兄磯城軍撃破
(五) 伊那佐山の御謠
(六) 磯城の殘賊掃蕩と磐余の由來

一六 長髓彦軍攻略戰
(一) 長髓彦一黨殱滅精神
(二) 韮と薑にことよせての御謠
(三) 長髓彦との再激戰
(四) 金鵄の偉勳とその眞精神
(五) 鳥見村の地
(六) 長髓彦の懷疑
(七) 苦悶の長髓彦
(八) 饒速日命の果斷
(九) 神武天皇の御褒寵
(一〇) 饒速日命の先祖
(一一) 宇摩志麻治命の歸順説
(一二) 殘賊掃蕩
第五章 橿原宮殿御造營と御即位の大典
一 宮殿の地を相せらる
二 神武天皇御即位の御大詔
三 宮殿の御造營の大精神
四 積極進取精神と立制隨時
五 神々しき御大孝精神
六 世界恒久平和精神
七 紀元節と神武天皇祭
八 媛蹈?五十鈴姫命
九 高佐士野御遊行
一〇 高佐士野御遊行物語について
一一 狹井河上邸の行幸
一二 皇子御降誕
一三 神武天皇御即位大典の擧行
一四 御即位大典の次第
第六章 御政治と御崩御
一 論功行賞
二 天皇鳥見の靈畤に大孝を申べ給ふ
三 國内御巡幸と日向行幸説
四 祭政一致
五 中臣齋部二氏の關係
六 大伴久米兩氏の關係
七 いろいろの國號の由來
八 大和の國號の由來
九 日本國號の由來
一〇 手研耳命の變
第七章 神武天皇の八大御聖徳
一 無私御愛民
二 敬神御崇祖
三 尚武御神略
四 御大孝一如
五 自彊御不撓
六 八紘一宇の四海和親
七 立制隨時の積極進取
八 連綿不斷の統一完成


〇この年、石川恒太郎編「富島町史」が「富島町(宮崎県)」から刊行される。 pid/1042236
序文 /編者序 /
第一章 上代の富島
第一節 考古學上の富島
第一項 有史以前の遺蹟と遺物
(一) 巨石遺蹟
(二) 遺物散布地
(三) 有史以前の文化状態
第二項 富島の古墳と出土品
(一) 細島古墳
(二) 伊勢ヶ濱の古墳
(三) 草場古墳
(四) 丙ノ鼻の横穴古墳
(五) 財光寺岡上の古墳
(六) 定善寺の經塚
(七) 伊勢ヶ濱發見の經筒
(八) 遺物散布地
第二節 富島の聖蹟と傳説
(一) 天孫御通過の聖蹟〔クシ〕の山
(二) 神武天皇御寄航の聖地鉾島
(三) 傳説櫛の山のタンタンコブ
第三節 上代富島の文化
第二章 宇佐神領時代
第一節 宇佐八幡領と富島
第二節 宇佐神領と土持氏
第三節 市の發生


〇この年、神武養正講社編「神代の日向」が「日向社」から刊行される。 pid/1095477
古日向 / 1
日向と吾田 / 5
日向と隼人 / 8
日向と熊襲 / 11
大隅國の分離 / 16
遺物から見た南九州 / 18
諾尊の禊祓 / 31
天孫降臨(一) / 33
天孫降臨(二) / 47
笠狹宮 / 54
山幸、海幸 / 59
神代三山陵 / 63
神武天皇の聖蹟 / 73
日向人遠祖の翼賛 / 89
御東遷後の日向 / 93
結び / 95
阿波岐原 / 表紙
宮崎神宮 / 卷頭
皇宮屋 / 卷頭
石器及繩文式土器(宮崎神宮徴古舘藏) /19
彌生式土器(宮崎神宮徴古舘藏) / 19
土師器(宮崎神宮徴古舘藏) / 19
須惠器(宮崎神宮徴古舘藏) / 19
武具(宮崎神宮徴古舘藏) / 19
鏡及裝身具(宮崎神宮徴古舘具) / 19
農工具及馬具(宮崎神宮徴古舘藏) / 19

古墳 / 27
埴輪 / 27
霧島山 / 38

昔の天逆鉾の折刄
西御在所頭圖 / 43
霧島中央權現宮 / 43
高千穗 / 49
國見丘の雲海 / 49
鵜戸神宮 / 61
青島 / 61
御陵墓參考地可愛嶽 / 69
御陵墓參考地男狹穗塚女狹穗塚 / 69
御陵墓參考地吾平山陵 / 69
本花開耶姫命ノ傳説地 / 69
神武天皇御腰掛岩 / 87
御船出の港美美津 / 87
八紘之基柱 / 93
御光之塔 / 93
〇この年、「国体宣揚史綱」が「国史回顧会」から刊行される。 所蔵:北海道立図書館
神武天皇の御聖業を仰ぎ奉りて(中村孝也)
大化の改新(坂本太郎) 
日本書記,古事記の撰修と国家意識の振興(芝留盛)
和気清麻呂と平安奠都(宮地直一) 
元寇の撃攘と長期の防衛(竜粛) 
建武中興(平泉澄) 
近世初期に於ける勤王の精神と国家組織の発展(高柳光寿) 
江戸時代に於ける勤王思想の発達(辻善之助) 
国民思想より見たる明治維新(井野辺茂雄)

〇この年、田中智学が「神武天皇の建国」を「天業民報社」から刊行する。 pid/1683269
     
注 初版 1912〜1913年か確認要 2021・2・7 保坂
日本建國の根基
第一節 天照皇大神
第一項 國家以前の日本
第二項 先天的國命
第三項 統治の神
第四項 道の代表者
第五項 道統の供給者
第二節 三才一貫日本建國の神勅
第六項 道の上の國家
第七項 治道と覺道
第八項 君道と師道
第九項 神勅の文義
其一 文旨
其二 要義
(い) 天といふこと
(ろ) 一大事因縁
其三 深意
(い) 『可王』といふこと
(ろ) 文底の八要項
(は) 神人の融接
(に) 王道の『十可』
(一) には『神聖』といふこと
(二) には『君長』といふこと
(三) には『忠』といふこと
(四) には『始祖』といふこと
(五) には『元興』といふこと
(六) には『豪盛』といふこと
(七) には『無外』といふこと
(八) には『統貫』といふこと
(九) には『大公』といふこと
(十) には『歸往』といふこと
第三節 神勅と器ヘ
第十項 ヘの表現式
第十一項 治道と實行
第十二項 形規の原則

〇この年、「人類学・先史学講座 第十七卷 」が「雄山閣」から刊行される。  pid/1873023
日本先史土器私観 三森定男
九州の縄文土器 小林久男
東海地方先史時代土器の研究
   →吉田富夫 杉原荘介
日本北方地域及び附近外地出土の
   →「内耳土鍋」に就て 馬場脩
北海道の土器 名取武光
樺太の考古学的概観 馬場脩
朝鮮の史前土器研究 横山將三郎
九州の繩文土器 目次
詞セ
阿高式土器
南福寺式土器
綾村A式土器(指宿下層式土器)

轟式土器
御手洗A式土器
塞神式土器(相田式土器)
綾村B式土器
曾畑式土器(細形刻文土器) / 21
市來式土器
御手洗B式土器
西平式土器
御領式土器
捺型文土器
結言
東海地方先史時代土器の研究 目次
一 序言

二 繩紋式土器
三 彌生式土器

四 結言
日本北方地域及び附近外地出土の
   →「内耳土鍋」に就て 目次
一、詞セ
二、内耳土鍋に關する文献及び
   →アイヌ人の説話
三、内耳土鍋の分布
四、各地出土の内耳土鍋
五、各地内耳土鍋出土の遺跡及び年代
六、内耳土鍋の起源

北海道の土器 目次
侍_
第一章 概論
第二章 鳥居線の想定
第三章 各論
結語
樺太の考古學的概觀 目次
一、詞セ
二、樺太の考古學研究小史
三、樺太の考古學的編年觀
四、早期(第一期)
五、中期(第二期)オホーツク式土器時代
六、後期(第三期)金屬器時代
七、大陸及び北海道との文化關係
朝鮮の史前土器研究 目次
I 序説
II 二類型と三地方差
III 北鮮土器・文化
IV 西鮮土器・文化


〇この年、 精神文化学会編「日本精神論叢」が「明善社」から刊行される。 pid/1038424
十七箇條憲法・聖徳太子
頼山陽史論
神武天皇・(日本政記)
桓武天皇・(同)
宇多天皇・(同)
日本樂府・(日本樂府)
兵食論・(日本政記)
外交論・(同)
治國論・(同)
國勢之推移・(日本外史)
楠氏論・(同)
足利氏論・(同)
武田上杉氏・(同)
天下統一論・(同)
織田信長論・(同)
豐臣秀吉論・(同)
徳川家康論・(同)
封建制度論・(新策)
本邦財用論・(同)
鴻教義訓
我が國號・(神皇正統記)・北畠親房
天孫降臨・(同)・同
三種神器・(元亨釋書)・僧師練
古學の由來・(古道大意)・平田篤胤
皇國の道・(國意考)・賀茂眞淵

神ながらの道・(直毘靈)・本居宣長
敬神崇祖・(同)・同
小野妹子・(中朝事實)・山鹿素行

中國の辯・(同)・同
混同大論・(混同祕策)・佐藤信淵
復古法二策・(復古法概言)・同
四大急務・(經世祕策)・本田利明
海國兵談・(海國兵談自序)・林子平

文天祥正氣歌・(靖獻遺言)・淺見絅齋
和文天祥正氣歌・藤田東湖
回天詩史抄・同
和文天祥正氣歌・吉田松陰
正氣歌・廣瀬武夫
弘道館記・徳川齊昭
士之法・(武教小學)・山鹿素行
士説・室鳩巣
士規七則・吉田松陰
言志録・佐藤一齋
尊徳夜話・(二宮翁夜話)・二宮尊徳
現代篇四章
現代日本の世界史的意義・和辻哲郎
太古の文化・村岡典嗣
日本的教養・福島政雄
辯論文章・安倍能成
ブラウン大學生須讀書
學生必讀書目

1942 17 1月、「大日 (263) 大日社」が刊行される。 pid/1595962
神國日本の生成發展――社説 / p7〜8
一億總進軍と銃後の協力體制 / 岩竹茂雄 / p9〜21
武魂神授論 / 新井無二カ / p23〜26

2月、都市研究会編「都市公論 25(2)p35〜40 都市研究会」に「雜録 紀元二千六百年記念 橿原神宮石燈籠奉献奉告祭の記」が掲載される。pid/1889919
3月、新井無二カが「大日 (266) p15〜20大日社」に「英語廢棄と東洋學再建(中) 」を発表する。pid/1595965
3月、 新井無二カが「大日 (267) p18〜24大日社」に「英語廢棄と東洋學再建(下) 」を発表する。  pid/1595966
大東亞戰完遂と議會政治體制 / 日笠芳太カ
英語廢棄と東洋學再建(下) / 新井無二カ / p18〜24
新嘉坡(シンガポール)陷落と米本土電撃 / 下村關路
世紀の猛將山下奉文 / 秋澤次カ
3月、「神武天皇聖蹟調査報告」を「文部省宗教局保存課」が刊行する。 pid/1039984  閲覧可能
總説
一 神武天皇聖蹟調査の趣旨
二 調査事務の委囑
三 調査施行の準備
四 調査施行の組織
五 調査施行の基準
一 調査方針
二 調査方法
三 神武天皇聖蹟調査委員會の
   →調査審議事項
四 聖蹟及其の名稱の決定方針
五 調査の結果の處理
六 調査施行の經過
一 文獻調査
二 實地調査
三 神武天皇聖蹟調査委員會の
   →調査審議
七 調査施行の結果
八 保存顯彰施設の實施
各説
一 橿原宮
二 竈山
三 菟狹
四 崗水門
五 埃宮 多祁理宮
六 高嶋宮
七 難波之碕
八 盾津
九 孔舍衛坂
一〇 雄水門 男水門
一一 名草邑
一二 狹野
一三 熊野神邑
一四 菟田穿邑
一五 菟田高倉山
一六 丹生川上
一七 磐余邑
一八 鵄邑
一九 狹井河之上
二〇 鳥見山中靈畤
二一 高千穗宮
二二 速吸之門(速吸門)
二三 一柱騰宮
二四 岡田宮
二五 血沼海
二六 天磐盾
二七 熊野荒坂津
二八 吉野
二九 國見丘
三〇 忍坂大室
三一 高佐士野
三二 腋上〔ホホ〕間丘

圖版
第一 神武天皇聖蹟一覽圖
第二 神武天皇聖蹟顯彰碑(標準型)設計圖
第三 奈良縣高市郡畝傍町附近圖
第四 官幣大社橿原神宮境内
第五 和歌山市附近圖
第六 (一)竈山墓附近
    (二)竈山墓
第七 大分縣宇佐郡北馬城村及宇佐町附近圖
第八 (一)官幣大社宇佐神宮附近 
   (二)宇佐町大字南宇佐遠望
第九 (一)北馬城村大字和氣及橋津附近 
   (二)寄藻川河口附近遠望
第一〇 豐前國繪圖 正保(宇佐郡)
第一一 神武天皇聖蹟菟狹顯彰碑 
   (一)正面 (二)背面
第一二 福岡縣遠賀郡附近圖
第一三 遠賀郡蘆屋町附近圖
第一四 萬葉集註釋
第一五 筑前國繪圖 慶長(遠賀郡)
第一六 筑前國繪圖 正保(遠賀郡)
第一七 筑前国繪圖 元祿(遠賀郡)
第一八 神武天皇聖蹟崗水門顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第一九 廣島縣安藝郡府中町附近圖
第二〇 府中町總社阯、
   →縣社多家神社境内及八幡社阯實測圖
第二一 府中神主口上覺
第二二 (一)總社阯附近 
   (二)縣社多家神社境内
第二三 (一)八幡社阯附近 (二)たれその森
第二四 神武天皇聖蹟 埃宮 多祁理宮顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第二五 岡山縣兒島郡附近圖
第二六 兒島郡甲浦村大字宮ノ浦字高島實測圖
第二七 高島 (一)東北より遠望 
   (二)西北より遠望
第二八 (一)備前國繪圖 寛永(高嶋附近)
    (二)高嶋山林禁伐定書

第二九 遊高嶋記
第三〇 神武天皇聖蹟高嶋宮顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第三一 (一)大阪市附近圖
    (二)大阪市東區及北區附近圖
第三二 大阪府下洪水澱川沿岸被害細圖(一部)
第三三 (一)天滿附近(府社天滿宮境内)
    (二)天滿川畔より上町臺地遠望
第三四 神武天皇聖蹟難波之碕顯彰碑 
   (一)正面 (二)背面
第三五 大阪府中河内郡孔舍衙村附近圖
第三六 河内國御檢地帳高頭村々書立
第三七 孔舍衙村山麓地帶
   (一)大字日下より生駒山遠望 
   (二)大字日下附近 
   (三)大字日下より北方遠望
第三八 神武天皇聖蹟盾津顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第三九 日本書紀 熱田神宮所藏本
第四〇 河内國繪圖(一部) (一) (二)
第四一 (一)燒山より草香山を望む 
   (二)日下越の舊道
第四二 神武天皇聖蹟孔舍衛坂顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第四三 大阪府泉南郡樽井町及雄信逹村附近圖
第四四 (一)樽井町山井遺阯
    (二)天神森及樽井町遠望

第四五 (一)天神森 
   (二)府社男神社攝社濱宮及「雄水門」碑
第四六 (一)小野里村庄屋等口上書 (二)覺
第四七 樽井町及雄信逹村大字男里海岸
第四八 神武天皇聖蹟雄水門顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第四九 (一)和歌山市村社 水門神社 吹上神社境内
    (二)李梅溪建立碑
第五〇 神武天皇聖蹟男水門顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第五一 名草山
第五二 神武天皇聖蹟名草邑顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第五三 新宮市佐野附近圖
第五四 佐野海岸
第五五 (一)佐野松原 (二)傳佐野王子阯附近
第五六 神武天皇聖蹟狹野顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第五七 新宮市新宮附近圖
第五八 新宮繪圖
第五九 (一)村社阿須賀神社境内 (二)新宮市新宮
第六〇 神武天皇聖蹟熊野神邑顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第六一 奈良縣宇陀郡宇賀志村附近圖
第六二 大般若波羅蜜多經(一)
第六三 大般若波羅蜜多經(二)
第六四 (一)金剛寺阯 (二)宇陀郡田地帳
第六五 上下水分宮社領圖 (一) (二)
第六六 宇賀志村大字宇賀志 (一)西北部 (二)北部
第六七 神武天皇聖蹟菟田穿邑顯彰碑 
   (一)正面 (二)背面
第六八 奈良縣宇陀郡政始村及神戸村附近圖
第六九 (一)村社高角神社境内 
   (二)「神武天皇望軍之舊蹟」碑
第七〇 檢地帳
第七一 高倉山 (一)遠望 (二)山頂附近
第七二 (一)高倉山より西方遠望
    (二)高倉山より東方遠望
第七三 神武天皇聖蹟菟田高倉山顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第七四 奈良縣吉野郡小川村附近圖
第七五 (一)官幣大社丹生川上神社中社
    (二)官幣大社丹生川上神社中社丹生神社(本宮)附近
第七六 (一)弘長二年石燈籠 (二)慶安三年棟札
第七七 木津、三尾及日裏三川合流點附近
    (一)左岸 (二)右岸
第七八 神武天皇聖蹟丹生川上顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第七九 奈良縣磯城郡櫻井町、安倍村及香久山村附近圖
第八〇 安倍村及香久山村附近遠望
第八一 (一)香久山村村社春日神社より磐余山附近遠望
    (二)安倍村附近より西北方遠望
第八二 神武天皇聖蹟磐余邑顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第八三 奈良縣生駒郡北倭村及富雄村附近圖
第八四 三箇院家抄
第八五 (一)北倭村及富雄村の村界附近 
   (二)北倭村より生駒山遠望
第八六 神武天皇聖蹟鵄邑顯彰碑 (一)正面 (二)背面
第八七 奈良縣磯城郡三輪町及織田村附近圖
第八八 狹井川附近 (一)右岸 (二)左岸
第八九 (一)狹井川畔より三輪山遠望
    (二)狹井川畔より大和三山遠望
第九〇 神武天皇聖蹟狹井河之上顯彰碑
    (一)正面 (二)背面
第九一 奈良縣磯城郡城島村及櫻井町附近圖
第九二 鳥見山附近
第九三 櫻井町縣社等彌神社附近
第九四 神武天皇聖蹟鳥見山中靈畤顯彰碑
    (一)正面 (二)背面


4月、新井無二カが「大日 (268)p22〜26 大日社」に「ヘ學の一大轉機(上)」を発表する。  pid/1595967
4月、新井無二カが「大日 (269)
p17〜20 大日社」に「ヘ學の一大轉機(下)」を発表する。 pid/1595968
6月、「祭政 4(6)(32) 祭政社」が刊行される。 pid/1540154
詔書
第八十臨時議會開院式に賜はりたる勅語
官幣大社橿原神宮御寫眞 / / p3〜3
C新なる自治體を築け――社説
建武中興と明治維新――題言 / 武藤貞一
時局論策
驀進政治態勢成る――昭和維新史を彩つて翼政會誕生す
祭政日誌 / / p19〜23
皇道讀本 ョ山陽の日本外史論文 (下の上)
八紘一字の大旛を進めて―愈よ戰爭第三段階に突入す
  → 臼居万太カ
心肝吐虹 / /同人評壇 / / 同志の聲 / /
世界維新の新戰形 / 木俣秋水
演義大楠公(十五) / 沛亭外史
江戸時代の間諜―防諜物語―コ川家康と出家等々 /石井琴水
コドモ祭政 / /詩壇
8月、金子薫園編「皇国百人一首」が「文明社」から刊行される。  pid/1069663 閲覧可能
神武天皇御製
舒明天皇
天智天皇
持統天皇
聖武天皇
後鳥羽院
龜山上皇
後醍醐天皇
後村上天皇
孝明天皇
明治天皇
道祖王
志貴皇子

惟喬親王
式子内親王
宗良親王
柿本人麻呂
山上憶良
山部赤人
小野老
高橋蟲麻呂
海犬養岡麻呂
橘諸兄
大伴家持
丈部造人麻呂
今奉部與曾布
僧行基
安倍仲麻呂
在原業平
僧素性

菅原道眞
紀友則
藤原敏行
紀貫之
清原深養父
壬生忠岑

源義家
源信明
僧能因
僧良暹
源經信
源俊頼
源師頼
藤原基俊
藤原顯輔
源頼政
僧西行
藤原實定
藤原俊成
僧寂蓮

藤原良經
藤原忠良
源實朝
藤原家隆
藤原秀能
藤原定家
僧宏覺
藤原師賢
池武時
楠木正行
太田道灌
上杉謙信

僧契沖
賀茂眞淵
田安宗武
本居宣長
橘千蔭
楫取魚彦
上田秋成
小澤蘆庵
香川景樹
木下幸文
八田知紀
加納諸平
千種有功
清水濱臣
吉田松陰
藤田東湖
佐久間象山
僧月照 /
平野國臣
高山正之
佐久良東雄
僧良寛
野村望東尼
平賀元義
井出曙覽
大隈言道
安藤野雁

太田垣蓮月尼
高崎正風
税所敦子
海上胤平
山縣有朋
乃木希典
僧愚庵
落合直文
井上通泰
正岡子規
伊藤左千夫
與謝野寛

8月、「大和聖地史蹟要項」が「奈良県内政部聖地顕揚課」から刊行される。
pid/1042203 閲覧可能 19年3版

大和に於ける帝都一覽表
大和に於ける御陵一覽表
大和における神武天皇聖蹟
神武御紀略年表
橿原神宮
附 神武天皇畝傍山東北陵

飛鳥地方概説
一 總叙
二 大野丘北塔阯
三 豐浦寺阯
四 甘檮丘
五 雷丘
六 飛鳥川
七 法興寺
八 橘寺
九 川原寺阯
一〇 鬼の俎・鬼の雪隱
石舞台古墳
法隆寺
一 推古天皇の御治蹟と法隆寺
二 法隆寺の草創と沿革の概要
三 飛鳥式伽藍配置
四 法隆寺の伽藍配置
五 飛鳥時代建築の特徴
六 主要伽藍と佛像其他
七 東院
中宮寺
一 草創沿革
二 國寶寶物
法輪寺
一 法輪寺の造立
二 伽藍配置
三 三重塔の主なる特徴
四 佛像
法起寺
一 法起寺の造立
二 伽藍配置
三 三重塔の主なる特徴
四 佛像
藥師寺
一 藥師寺の造立
二 伽藍配置
三 主要伽藍と其の佛像
四 佛足石と歌碑
唐招提寺
一 草創沿革
二 伽藍配置
三 建築と佛像
興福寺
一 沿革
二 境内
三 伽藍配置
四 現存諸堂
春日神社
一 祭神とその創始
二 社殿
三 境内
四 攝社若宮神社
五 神鹿と燈籠
東大寺
一 造寺の理由
二 沿革の大要
三 堂塔諸宇
吉野山
一 吉野山概説
二 吉野神宮
三 村上義光墓
四 金峯山寺
五 吉野皇居金輪王寺阯
六 吉水神社
七 吉野山口神社
八 後醍醐天皇塔尾陵
九 如意輪寺
大神神社
平城宮阯
法華寺

8月、奈良県編纂「大和史蹟臨地講座要項」が「奈良県観光課」から刊行される。pid/1107701 閲覧可能

大和に於ける帝都一覧表
大和に於ける宮阯一覧表
橿原神宮
附神武天皇畝傍山東北陵

飛鳥地方概説
一 總叙
二 大野丘北塔阯
三 豊浦寺阯
四 甘檮丘
五 雷丘
六 飛鳥川
七 法興寺
八 橘寺
九 川原寺阯
一〇 鬼の爼・鬼の雪隱
石舞台について
大和三山
藤原宮阯傳稱地
法隆寺
一 推古天皇の御治蹟ご法隆寺
二 法隆寺の草創と沿革の概要
三 飛鳥式伽藍配置
四 法隆寺の伽藍配置
五 飛鳥時代建築の特長
六 主用伽藍と佛像其他
七 東院
中宮寺
一 草創沿革
二 國寶寶物

藥師寺
一 藥師寺の造立
二 伽藍配置
三 主要伽藍と其の佛像
四 佛足石と歌碑
唐招提寺
一 草創沿革
二 伽監配置
三 建築と佛像
興福寺
一 沿革
二 境内
三 伽藍配置
四 現存諸堂
春日神社
一 祭神とその創始
二 社殿
三 境内
四 攝社若宮神社
五 神鹿と燈籠
東大寺
一 造寺の理由
二 沿革の大要
三 堂塔諸宇
9月、具志川英介が「日本及日本人 (9月號)(412)p17〜21政教社」に「大東亞新秩序と世界新秩序」を発表する。 pid/1597347
10月、内務省編(神祇院教務局祭務課閲)「神社祭式行事作法 」が「明文社」から刊行される。
pid/1040190 閲覧可能
神社祭式行事作法 / 1
〔附〕
官國幣社以下神社祭祀令 / 23
官國幣社以下神社祭式 / 24
  官幣大社氷川神社、官幣大社熱田神宮、官幣大社出雲大社、官幣大社橿原神宮、官幣大社明治神宮
  官幣大社香取神宮及官幣大社鹿島神宮例祭祭式及祝詞 / 32
護國神社例祭、鎭座祭及合祀祭祭式及祝詞 / 34
10月、官幣大社鵜神神宮社務所/永友宗清編「鵜戸の宮居」が刊行される。 pid/1032273 閲覧可能
一、 はしがき / 1
二、 鎭座地 / 2
三、 祭神 / 3
四、 祭神御事蹟 / 5

五、 神武天皇降誕地 / 10
六、 吾平山陵 / 12
七、 小戸と鵜戸 / 17
八、 創祀及沿革 / 18
九、 鵜戸山別當 / 22
一〇、 吾平山仁王護國寺 / 32
一一、 祭事 / 38
一二、 御神寳 / 41
一三、 古跡名勝 / 43
一四、 鵜戸山の民俗 / 56
一五、 奇瑞靈驗 / 65
一六、 鵜戸の地質生物 / 72
(附) 宮崎から鵜戸へ / 7
7
11月、山村素一編輯「奈良の史蹟」が「奈良縣聖地顯揚課 : 奈良縣觀光聯合會,」から刊行される。
      
 所蔵:奈良県立図書情報館ふるさと/奈良県立図書情報館戦争文庫/奈良大学 図書館図
12月、日本国際航空工業株式会社編「日本国際航空工業」が刊行される。pid/1112221 閲覧可能
働くものの喜び
われら産業人はかく戰はん・社長 津田信吾
國家總力戰に挺身せよ・副社長 寺田甚吉
日本國際航空工業株式會社とは
進展の跡
「京都工場」
第一期工事成る
工員養成所開所式を迎ふ
水入らずの懇談會
工場經營の方針と工員への希望・常務取締役 澤井隆信
新裝成れる工員養成施設の概貌
社歌
教育圖譜
歡喜に滿ちて勵しむわれら(青年學校の卷)
黒鐵めぐる職場に立てば(工場實習の卷)
巣立ちの日を夢みつつ
橿原神宮參拜行軍記 (全文を次に記す)
實習工場の一日
寄宿舍
施設を語る
寄宿生活展望
寮歌
今日は樂しい公休日
日本國際航空工業青年學校を觀る
   →京都市郁文國民學校長 辻本延二先生
御來訪の方々

殉國奉公の誓ひ
産業報國會誕生す
在郷軍人分會結成さる
京都府私立青年學校聯盟總會
從軍實戰談を聽く
西部國民勤勞訓練所を訪ふ
をどる血潮
堂々市中の大行進(シンガポール陷落祝賀行進)
勇壯!晴れの進軍譜(産業戰士激勵大會)
「日記帳から」
入社一週間思ひ出の記
暑さつらさが何のその、僕のこの頃
僕は毎日元氣です(九州派遣生現地便り)
御父兄方よりの御來状
少年工員を指導する人々
第三回養成工員入社式概況
養成工員の面影
京都工場
九州派遣
作品誌上展覽會
橿原神宮參拜行軍記(全文)
 勇ましい起床ラッパの音にパッと床を離れる。「オ早ヨウ」と言ひ交はす朝の挨拶、言葉こそ不断と変わりはないが馬鹿に威勢がいゝ。それもその筈、今日こそ全校生徒打揃うての橿原神宮参拝の日なのだ。午前七時京都工場隊は寄宿舎の點呼場に集合して人員報告を終る。制服に巻脚絆、雑嚢と水筒を左右の肩に掛け分け、キリ丶とバンドをしめた軽々しい軍装姿、その半数は入社後一ケ月も経たぬ新入生なのだから、親御さん方が御覧のなったら、きっと涙を流して喜んで下さるに違ひない。この時藤井養成課長は『今日は大阪派遣生も東京派遣生もみなそれ立派に任務を果たして歸り、久し振りに全員揃ったので、これから橿原神宮に参拝行軍を行ふ』と行軍目的を説明、直ちに出發、大久保驛に至り乗車する。電車は春の野をまっしぐらに南へ、程なく八木驛に着く。本日の集合場として充てられた同驛頭には既に先發隊が待機、早朝六時に宿舎を出發したといふ上京工場隊もやがて到着、こゝに全員の終結を終る。行軍開始に先だち總指揮澤井學校長は『過日敵機の本土初空襲があったが、これは銃後國民に尊い警告を與へたものであって、この際我々は決して戦捷の感激に酔ふことなく愈々團結を固くし、一丸となって至誠以て職域に御奉公を致さねばならぬ。只今より橿原神宮の大前に至り、その決意を固くお誓ひ申したいと思ふのである』/と熱誠のこもる御訓示、程遠からぬ行手に當り畝傍山の神々しき山容を拝して、一段と身の引緊るのを覚える。やがて示された行軍順序にしたがひ靴音高く堂々長蛇の進軍が開始された。この日天に一片の雲なく晴れ渡った大空に太陽が頭上から強い光を投げかけてゐた。一歩参道に入れば若葉に香る樹々の間に先づ外苑グランドが美しく展開する。このあたり目に入るものすべてが、皇紀二千六百年の記念事業として全国より集ひ來った銃後国民の至誠と勤労奉仕隊の汗の結晶であることを思へば感慨寔に無量。途中右折して畝傍山に参拝、更に行軍を續けること約二十分、天空をつく大鳥居の下をくゞり玉砂利の音も清々しく愈々(いよいよ)拝殿前に到着する。拝禮隊形を整へて一斉に神前にぬかづく〇千の健児、熱血至誠以て職域に邁進し聖旨に添ひ奉らんとの固き誓ひが捧げられる。拝禮を終った我等の部隊は神前を去って境内で小憩する。荘厳極まりない聖地に身を置いて静かに樹々の梢を仰ぎ見れば、その昔、神武天皇高千穂の峯を出でまして此の地に御即位の典禮を挙げさせ給うた當時の面影が髣髴(ほうふつ)として眼前に浮び上って來る。これより再び前進、橿原神宮驛に至り乗車西大寺驛で下車して「あやめ池」に向ふ。沿道の春の青田、タンポヽの花咲く小川の畔、若葉に色づく四圍の山々、国民学校時代のあの懐かしい春の遠足の日が想ひ出される。正午過ぎ公園に到着、解散して晝食をとる。或は樹蔭に或は池畔に三々五々友と打連れて楽しい憩ひ、竹皮包の日の丸弁当が擴げられる。食事を終った若者たち、疲れを忘れて早くも近くの廻旋吊環、雲梯、ブランコ、滑り台などに飛びつく。春の園生に思ふ存分遊び疲れた頃---午後三時集合ラッパの高らかな響きに四散してゐた生徒たちは一斉に集合、歸路道をかへて再び西大寺驛へ。プラットホームに入り上京工場隊先づ乗車すれば京都工場隊は手を振って之を見送る。同じ鍋の飯を食はぬ人達には到底味はへない嬉しい風景だ。かくして上京工場隊は五時半頃、京都工場隊はそれより約一時間早く、一名の落伍者もなくそれ懐かしいわが家へ歸る。本日の行軍は成績良好との講評を受けて解散、風呂の準備が出来てゐるからと我子の如く迎へて下さる山岡舎監の温い言葉に懐かれて楽しい寄宿舎の人となる。 
       
雑嚢(ざつのう):雑多なものを入れる袋。肩から掛ける布製のかばん。
〇この年、金谷真が「山の道場より」を「みそぎ会星座聯盟」から刊行する。 pid/1040104
祈年祭
日本民族の大使命
神武天皇さま(小國民へ)
橿原神宮に參拜して
祭政一致に就いて
雛祭と祓禊
力なき平和は成立せず
軍神橘中佐の靈魂
戰爭と日本國民性
支那民族の信仰思想
列強から食はれた隣邦支那
支那事變と思想戰
靖國神社
靖國の御分靈
暗躍する猶太人
國家と個人は不二一體
日本魂の搖籃
支那の義人を祀つた祠
やさしい妹の贈物
隊長はまだ生きてるぞ
皇道と儒教
回回教徒の信仰
皇道と回教
二通の手紙
皇道と佛教
イタリー興隆の基礎
戰歿者の葬祭式
獨立したる祖國と祖神
祭政一致の日本と英伊兩國
世界の宗教と靈魂觀
總べてのものに魂がある
簡易生活の悦び
天津日嗣の大皇業
神社と宗教


〇この年、次田潤編「古事記新抄」が「明治書院」から再刊(7版)される。 pid/3439716 
古事記
序/1
一 天地の初發/8
二 大八嶋國/10
三 萬神生成/16
四 黄泉國/18
五 禊祓/23
六 誓約/27
七 天の岩屋戸/31
八 須佐之男命/35
九 大國主神/41
一〇 天若日子/51
一一 建御雷神/56
一二 天孫降臨/62
一三 木花之佐久夜毘賣/68
一四 綿津見神の宮/70
一五 鵜葺草葺不合命/77
古事記 中卷
一六 神武天皇/81
一七 崇神天皇/93
一八 倭建命/97
一九 息長帶日賣命/110
二〇 應神天皇/116
二一 天之日矛/122
二二 神宇禮豆玖/124
古事記 下卷
二三 仁コ天皇/127
二四 雄略天皇/131
圖版目次
眞福寺本古事記 / 卷頭
古訓古事記 / 卷頭
美豆良/20
穴式石槨/20
えびづる/21
曲玉/28
埴輪の武裝せる男子/28
鞆/28
鹿の肩骨/33
波波迦/33

鏡背/33
出雲略圖/37
鮫/42
蒲/42
鐵鏃と鳴鏑/46
羅摩/49
三輪山/50
雁、鷺、翠鳥/55
穴玉(管玉)/56
鹿島神宮/57
稻佐の濱/58
出雲大社神殿/60
出雲大社の火鑚式/61
鈴釧/65
紐小刀/67
わたつみのいろこの宮/73
あじか/74
神武天皇聖蹟圖/86
上古の武裝/89
橿原神宮/91
柊/101
日本武尊/104
伊吹山/105
ところ/109
住吉神社 (大阪)/112
いるか/115
ずわいがに/117
國栖舞/119
埴輪舟/130
鶺鴒/135



   次田 潤(つぎた うるう、1884年(明治17年)4月26日 - 1966年(昭和41年)4月9日)は、日本文学者。岡山県出身。田村剛の兄。
     田村 剛(たむら つよし、1890年9月7日 - 1979年9月4日)は、日本の造園家。
〇この年、高橋新吉が「神社参拝」を「明治美術研究所」から刊行する。pid/1040146
伊勢神宮
熱田神宮
橿原神宮
鳥見山の靈畤
明治神宮
靖國神社
多摩陵
鹽釜神社
住吉神社
木花之佐久夜毘賣
大神神社
氷川神社
大國魂神社
香取神宮
鹿島神宮
鹿兒島神宮
霧島神宮
鵜戸神宮
高千穗神社
宗像神社
高良神社
大塚神社
宇佐神宮
石上神宮
安房神社
伊弉諾神社
籠神社
諏訪神社
多度神社
熊野速玉神社
熊野坐神社
那智神社
日前、國懸神宮
大山祗神社
嚴島神社
熊野神社
出雲大社
射水神社
美保神社
佐田神社
物部神社
氣多神社
氣比神宮
倭文神社
水無神社
稻荷神社
北野神社
貴船神社
龍田神社
南宮神社
建部神社
淺間神社
都々古別神社
大洗磯前神社
玉前神社
雀宮
彌彦神社
伊佐須美神社
貫前神社
寒川神社
金鑽神社
秩父神社
鶴岡八幡宮
日吉神社
近江神宮
賀茂別雷神社
石清水八幡宮
八坂神社
枚岡神社
土佐神社
生國魂神社
長田神社
大和神社
大鳥神社
廣田神社
生田神社
吉備津神社
西寒多神社
元伊勢
日雲宮
坂田宮
眞清田神社
名方濱宮
廣瀬神社
日本武尊

序のことば・島崎藤村
序・高村光太郎
伊勢皇太神宮・鹿島神宮・横山大觀
北野神社(原色版)・小野竹喬
石清水八幡宮(原色版)・池田遙村
〇この年、檀野清子が「月読」を「雄山閣」から刊行する。 pid/1127801
和十七年
戰捷の新年 / 185
紀元節 / 190
亡夫三回忌近づく / 193
橿原神宮 / 198
後記 / 203
〇この年、長谷外余男講述「改正神社祭式行事作法講話」を「河田晴夫」が刊行する。 pid/1027199
(三) 氷川神社・出雲大社・橿原神宮・明治神宮・香取神宮・鹿島神宮例祭祭式
(四) 護國神社例祭鎭座祭及合祀祭祭式
〇この年、瀬谷和一が「聖戦従軍我が家の誉」を「菊香会出版部」から刊行する。 pid/1036003
一、 御製
明治天皇御製 明治神宮々司 陸軍大將 有馬良橘閣下(謹書)
皇后宮御歌(其一) 陸軍大將 林仙之閣下(謹書)
同 (其二、三) 軍事保護院御下賜(謹寫)
二、 題字
靖國神社宮司 陸軍大將 鈴木孝雄閣下
陸軍大將 男爵 奈良武次閣下
陸軍大將 男爵 本庄繁閣下
陸軍大將 男爵 大井成元閣下
陸軍大將 林仙之閣下
海軍中將 子爵 小笠原長生閣下
頭山滿先生
三、 卷頭寫眞
天皇陛下靖國神社御親拜
伊勢神宮 /宮城二重橋/橿原神宮 /明治神宮/ 靖國神社
四、 序文
陸軍少將 伊藤政之助閣下
陸軍少將 一色留次郎閣下
はしがき 從七位勳六等 瀬谷和一(編者識
五、 我が國體と忠孝一本の大義
六、 支那事變
日支提携の急務
歐洲諸國の餌食となつた支那
排日運動の起源と本質
支那事變の發端
七、 皇軍の輝かしき戰果
(地圖)皇軍進撃の跡 )
(寫眞)南京陷落晴れの入城式 保定陷落歩武堂々皇軍入城
世界驚異の陸軍戰果
無敵海軍の赫々たる戰果
八、 聖戰日誌
北支戰果
保定太原戰
上海戰と南京陷落
徐州決戰
廣東戰と武漢攻略
海南嶋攻略と佛印進駐
九、 日本軍歌
  國民進軍歌/ 紀元二千六百年國民奉祝歌
  皇軍將士感謝の歌/愛國行進曲愛馬進軍歌
  露營の夢 /航空日本の歌/太平洋行進曲
  出征兵士を送る歌 /日の丸行進曲
一〇、 支那事變重要記録
昭和十二年/昭和十三年/昭和十四年
昭和十五年/昭和十六年
一一、 從軍戰記
八達嶺の嶮・尾崎士郎
燃える戎克・佐藤光貞
黄塵・上田廣
東江渡河・中谷孝雄
病院船・大嶽康子
一二、 軍人援護事業
軍事保護院
恩賜財團軍人援護會
大日本傷痍軍人會
日本赤十字社
愛婦と國婦
大日本婦人會
銃後奉公會其他
一三、 事變下の所感
事變完遂が國策の中心・陸軍大將・東條英機閣下
常に待つあるを恃む・海軍大將・及川古志郎閣下
強く明るい心・陸軍大將男爵・奈良武次閣下
希望の生活・陸軍大將男爵・本庄繁閣下
眞の難局は將來に・陸軍大將・林仙之閣下
所感・陸軍少將・一色留次郎閣下
一四、 事變下の内治外交
  日支新條約 /大政翼賛會發足 /日獨伊三國同盟
  日佛共同防衛策
一五、 大東亞戰爭
米英に宣戰布告
畏し、宣戰布告の大詔渙發さる
陸海軍將兵に對する勅語・奉答文
帝國政府聲明
皇軍猛攻に米英大敗戰
大東亞の黎明期
日獨伊、對米英戰完遂盟約
大東亞戰重要記録
(地圖)大東亞共榮圈圖
(寫眞
決死的布哇大奇襲
  (眞珠灣 吾が必殺の猛爆下に慘憺たる敵主力艦群
香港陷落陸海軍部隊入城式
  (以上海軍省許可濟第一三〇二號)
マニラ占領後更に進撃掃蕩戰に前進する兵隊
大東亞戰爭半歳の綜合戰果
赫々たる帝國陸軍の大戰果
戰史に輝く帝國海軍の大戰果
大東亞戰爭海戰日誌
大東亞圈の豊富な資源
一六、 編者一家言
軍備の負擔は國民當然の義務
同胞への協力懇請
美しい昔の禮儀に還れ
國旗に對する敬虔の念
農村の若き同胞へ
青年子女に望む
嗚呼!日本 何たるよき國名なるぞ
一七、 北白川宮御戰死 謹んで敬弔の意を表し奉る
一八、 讃へよ家門の譽
一九、 譽の家門記録(附録目次)
一、 系譜
二、 家憲
三、 我が家の由來
四、 戸籍
五、 我が家の從軍者
六、 從軍者の閲歴
七、 從軍者の勳功事蹟
八、 國家社會奉仕事項
九、 譽の家門家族照影
一〇、 家門と屋號
一一、 信仰
一二、 過去帳
一三、 遺言讓状の事
一四、 親戚知己及戰友名簿
一五、 我が家の年中行事
一六、 我が家の重要事項

〇この年、中沢〔ミチ〕夫編「惟神の礎」が「紀元二千六百年奉祝会」から刊行される。 pid/1040084
皇陵
皇陵尊崇の意義・男爵 荒木貞夫
御陵墓について・渡部信
陵制の沿革・和田軍一
神代の三陵・宮地直一
大和地方の御陵・荻野仲三郎
攝河泉地方及淡路讃岐長門の御陵・江崎政忠
山科東山方面の御陵・谷村爲海
大原野嶺上陵と水尾山陵・中澤〔ミチ〕夫
桃山御陵を中心として近傍に在る歴代御陵・勝田圭通
多摩陵・芝葛盛
神社
敬神と國民精神の作興・小原直
皇大神宮に就いて・阪本廣太郎
氏神と産土神・河野省三
現行神社制度の概要・中野與吉郎
神社の祭祀に就いて・飯田秀眞
現行祝詞解説・御巫清勇
神社の建築・福山敏男

主なる祭神の事歴・宮地直一監修
  →紀元二千六百年奉祝會編
神武天皇聖蹟誌・辻善之助
宮中の御祭典と御儀式
宮中の御祭典竝に御儀式について・子爵 松平慶民
宮中三殿・八束清貫
祭政一致の意義・星野輝興
宮中に於ける新年の御儀式・佐伯有義
御講書始と歌御會始の御儀・芝葛盛
紀元節・八束清貫
春秋の皇靈祭・宮地直一
神武天皇祭と先帝祭・植木直一郎
觀櫻會と觀菊會・櫻井秀
天長節と皇后宮御誕辰・子爵 河鰭實英
神嘗祭と新嘗祭・阪本廣太郎
〇この年、松山敏が「神代の史蹟と日向の伝説 : 神の国伝説の国物語」を「文華堂」から刊行する。
pid/1055755
阿波岐原と禊祓
高天原と天の岩屋戸
天孫降臨と高千穗
霧島(天の逆鉾の由來)
高千穗
天の眞名井
天孫と不蒔田
二上山と洞窟
天孫と高城山
西都原(逢初川と妻園)
都萬神社と片目の鮒
磐長姫と米良銀鏡神社
神代時代の米良
木花咲耶姫命と木花の遺蹟
可愛山陵の傳説
洞岳權現とその附近
大己貴命と三輪神社
かうもり岩屋の由來
青島(海の幸、山の幸)
高屋山上陵の傳説
鵜戸神宮(岩屋の傳説)
鵜戸飴の由來
玉依姫命と宮浦神社
速日の峰
饒速日命と天磐船
御毛沼命と鬼八塚
神武天皇御誕生地(皇子原と狹野神社)
四皇子ケ峯
佐野原と鵜戸の吹毛井
皇居屋(神武天皇御皇居の址)
宮崎神宮(宮崎の宮と御東遷の御議)
吾平津姫命と御巡幸の聖地
神武天皇御東遷の御聖蹟

神武天皇と搗き入れ餠
 (美々津の御船出と腰掛石の由來)
〇この年、宮崎県教育会編「神代の日向」が刊行される。 pid/1057119
第一 祖國 / 1
一、 神話と傳説 / 1
二、 天地のはじめ / 4
三、 祖國日向 / 7
第二 檍が原 / 9
第三 天孫御降臨 / 16
一、 大國主命の國讓 / 16
二、 天孫の御降臨 / 20
第四 天孫御降臨の聖地 / 24
一、 高千穗の峯 / 24
二、 臼杵高千穗 / 26

三、 諸縣高千穗 / 31
第五 瓊々杵尊と木花開耶姫 / 35
第六 山幸・海幸 / 44
第七 鵜戸の産殿 / 53

第八 狹野尊 / 63
一、 御誕生と御宮居の傳説地 / 63
二、 御幼時のことども / 69
第九 神武天皇の御偉業 / 71
一、 狹野尊の御雄志 / 71
二、 美々津の御船出 / 77
三、 天業を恢弘し給ふ / 82
第十 宮崎神宮 / 92
第十一 我等の使命 / 97
一、 八紘一宇 / 97
二、 天業翼賛 / 101

〇この年、竹由天柱が「御東遷の御趾を辿りて」を「三秘寮本部」から刊行する。  pid/1028468
一、 三種の神器を奉じ給ひて
高天原
修理固成
天の岩戸
出雲歸順
天孫降臨
三種神器
十種の瑞寶
萬世一系
二、 神武御東遷の眞意義
御降誕の地
高千穗の宮
皇宮屋
御東遷會議
御東遷の眞意義

三、 御發輦と御道すがら
御發輦
祖先崇拜
湯の宮と座論梅
皇妃崩御
天津家神社
尾鈴山麓の武運長久祈願
美々津の艤舟
御光の塔
搗き入れ團子
立縫の里
御出船
四、 菟狹と崗の水門
速吸の門
珍彦
曲浦
宇佐御著
一柱騰宮
宇佐の聖趾
崗の水門
岡田宮
神武神社
御立寄の理由
五、 埃宮と出雲路の交歡
穴門の傳説
夕の岬
八代鶴
音鳴の瀬戸
埃宮の幕營
出雲路の交歡
たれもの森
水分の靈泉
六、 高島行宮の御駐輦
埃宮の御發輦
音戸の浦假泊
鞆の湊
高島の御避難
行宮の造營
三年の御駐輦
七、 孔舍衙坂の激戰
難波日肩の津
長髓彦
饒速日尊
龍田と生駒山
孔舍衙坂の激戰
五瀬命の御負傷
八、 哀悲重なる紀州路
血沼の海
山城の水門
雄の水門
五瀬命の薨去
名草戸畔
熊野灘
二皇兄の犧牲
九、 八咫烏の嚮導
熊野の高倉下
荒坂村
丹敷戸畔
靈夢
十握の寶劍
布都の御魂
八咫烏の示現
熊野の嶮
大和新入
菟田〔ウダ〕の穿邑
十、 來目歌の由來
兄猾弟猾
菟田の血原
御製と久米歌
吉野の行幸
縱穴
横穴
鵜養
十一、 戰捷祈願の御儀
高倉山の御膽望
虜状の御偵察
瑞夢の訓へ
天香久山
朝原の齊壇
嚴瓮の占
戰捷祈願の御儀
十二、 八十梟師の征討
皇軍の意氣
國見丘の兇賊
戰捷の歌
忍坂の奇計
我が決死隊
兄磯城の反逆
墨坂の奇襲
萬歳の叫び
十三、 長髓彦の再討伐
葬ひ合戰
一本の韮
皇師の北上
金色の鵄
金鵄勲章
可美眞手命
長髓彦を殺す
草賊の掃蕩
十四、 建國奠都の御完成
宮居造り
橿原の聖地
勤勞奉仕
正妃
御即位
建國奠都の御完成

歴代天皇陛下御命日秘帖

〇この年、紀元二千六百年奉祝会編「皇国精神叢書 ; 第3輯 日本精神の顕現」が「皇国青年教育協会」から刊行される。pid/1038390
聖徳太子の三經義疏・花山信勝
古事記の日本的性格・肥後和男
日本書紀に示す民族指導精神・武田祐吉
萬葉集の文化的意義・久松潛一
武士道精神特に上代武人の精神・清原貞雄
戰記物語と勤皇精神・高木武
禪學と武士道・龍肅
日本佛教の特色・長井眞琴
北畠親房と神皇正統記・保科孝一
日本精神と儒教・諸橋轍次
水戸學を中心として見た江戸時代の思想・高須芳次郎
國學の展望・河野省三
加茂眞淵と本居宣長・安川實
日本民族の包容攝取性・藤村作


1943 18 1月、「大日 (286) p6〜6 大日社」の社説に「神武東征の先蹤を追へ」が掲載される。 pid/1595985
                    
先蹤(せんしょう):先人の事業の跡。先例。
3月、高須芳次郎が「少国民の国体読本」を「フタバ書院成光館」から刊行する。玉村吉典:絵 pid/1720067

第一 世界一の皇國日本
一 すぐれた國體の姿
二 日本の危機を救つた
   →愛國者コ川齋昭
三 日本を護る尊皇攘夷の叫び
四 誇るべき日本の美點
五 優秀な日本民族
六 科學知識を活かす力
七 擧國一致の強みと優れた文化
八 最後の勝利は皇國日本の手に
第二 日本の神神
一 神の國日本
二 國産み
三 天の岩戸
四 大蛇退治
五 國ゆずり
六 天孫降臨
七 三種の神器
第三 神武天皇の御建國
一 御東幸
二 孔舍衙坂の激戰
三 御味方にまゐつた八咫烏
四 兄猾弟猾
五 金鵄勳章の由來
六 八紘爲宇の國是定まる

第四 聖コ太子の御事業
一 四道將軍
二 皇威四方にかがやく
三 憲法十七條
四 日出づる國の天子
第五 中大兄皇子と藤原鎌足
一 鎌足の忠誠
二 わがままな蘇我氏
三 惡臣ほろぶ
四 大化の新政
五 和氣C麿の忠義
第六 國難に打勝つ
一 蒙古軍の來襲
二 文永の役・弘安の役に於ける大勝
三 日本の名を世界に馳せた日C戰爭
四 北方の熊を打倒した日露戰爭
第七 建武中興と大楠公
一 御英明な後醍醐天皇の
   →皇政復古御計畫
三 正成の奮鬪
四 建武中興の時代
五 忠臣の最[期]
第八 北畠親房と水戸義公
一 吉野朝の忠臣親房と顯家
二 陣中で書いた神皇正統記
三 水戸義公の勤皇精神から
   →生れた大日本史
四 本居宣長の古事記傳
第九 水戸烈公と尊皇攘夷
一 名君水戸烈公と尊皇攘夷運動
二 弘道館記に現はれた日本精神
三 烈公が力を入れた高度國防
四 藤田東湖の眞心と大きい手柄
五 天下を動かした會澤正志齋の新論
第十 幕末の國難と
   →生命がけの勤皇志士
一 天皇を仰ぎ尊んだ人人
二 國學の四大人
三 東亞をうかがつた米英
四 勤皇志士の生命かけの活躍
五 伏見、鳥羽の戰爭
第十一 明治天皇の御聖世と明治維新
一 明治維新の頃
二 明治天皇の御聖コ
三 明治天皇とヘ育
四 明治天皇と軍事
五 明治の目ざましい進歩
第十二 海外に發展した日本の英傑
一 海と日本
二 神功皇后の朝鮮御遠征
三 八幡船の目ざましい活躍
四 豊臣秀吉の朝鮮遠征
五 コ川家康の
   →海外貿易についての熱心
六 御朱印船の南方發展
七 山田長政の飛躍と日本町の繁昌
八 明治以後の海外發展
第十三 現代日本の發達と忠孝の道
一 産業の著しい發達
二 現代の軍人精神
三 外國文化と日本
四 忠臣の模範乃木大將
五 海軍の大恩人東ク元帥
第十四 むすび
一 日本精神の力を本にせよ
二 着な米英を懲せ
三 少年少女の大切なつとめ



4月、「御尊影を拜する國民の自覺 : 精神作興 第19號」が「御尊影保存會」から刊行される。 pid/1910554
一、非常時と人生
一、世界に〔ひろ〕まる煌燿
一、眞の信仰の極意
一、信仰の根元
一、人類の中心
一、全世界の大日本
一、大中心と信仰
一、大神と天皇
一、君民の關係

我國體擴張八紘一宇 / 17
一、伊勢大神の御座所について / 19
一、日本國旗の由來 / 26
一、
御尊影御寫眞の燒却法に就て / 32
一、大御心あまねし / 35

    参考:御尊影を拝する国民の自覚 : 精神作興 第11年号   御尊影切抜保存会 1935/pid/1093572
4月、農村更生協会八ケ岳中央修錬農場編「國本 皇道編」が「農村更生協会八ケ岳中央修錬農場」から刊行される。pid/1104511 閲覧可能
皇道編
一、 神ながらのこころ
二、 教育勅語
三、 紀元二千六百年詔書
四、 宣戰の大詔
五、 御神勅
六、 神武天皇
七、 神典に就て・筧 克彦
八、 祝詞
九、 萬葉集抄
一〇、 和氣清磨
一一、 聖徳太子
一二、 大化改新・據日本書紀
一三、 吉野朝の悲歌
一四、 楠氏
一五、 北畠親房
一六、 荷田春滿
一七、 加茂眞淵
一八、 本居宣長
一九、 平田篤胤
二〇、 水戸學・栗田勤
二一、 山鹿素行
二二、 吉田松陰
二三、 明治維新・―志士の悲願―
二四、 西郷隆盛
二五、 乃木希典
二六、 東郷平八郎
二七、 杉本五郎・據大義
二八、 九軍神
二九、 昭和防人の歌・齋藤瀏選
三〇、 神、君、民・筧克彦


5月、大友笠洲が「昭和詩文 33(5)p27〜27 雅文会」に「神武天皇祭」を発表する。  pid/1543236
7月、「興亜教育 2(7) 育英出版株式会社」が刊行される。 pid/1593724
故山本元帥を偲びてヘ育者に望む / 纐纈彌三
山本魂をヘ育に生かす道 / 渡邊幾治カ
新制師範學校の使命 / 勝部謙造
印度民族性の共通點と特殊點 / 木村日紀
蒙古民族ヘ育文化論(一) / 内藤潮邦
ビルマのヘ育 / 鈴木ェ一
神武天皇御記――(日本書紀卷第三) / 内務省 ; 神祇院
稻垣滿次カのヘ育論 / 田中彌十カ
南に戰ふ(六)――繪と文 / 田邊穰
時局と學校 / 森田孝
年と遍歴 / 吉田昇
皆兵ヘ育の徹底 / 楢崎淺太カ
派遣ヘ員の血涙 / 栗山芳仁
ヘ育決戰體制確立の必要 / 安藤堯雄
戰場よりヘ場へ――(塲痍軍人による座談會)
師範學校變遷小史
編輯後記

8月、「興亜教育. 2(8) 育英出版株式会社」が刊行される。 pid/1593725
皇國の道と國民ヘ育 / 野々村運市
師道と國民的世界觀 / 坂井喚三
塾的ヘ育の精神 / 玖村敏雄
明治の大御代 / 山本勝市
思ふ事ども / 中村光
神武天皇御紀――(日本書紀卷第三) / 神祇院 / p19〜26
日本神話の現代性 / 森本治吉
南方隨想 / 笹原助
佛印旅行追想 / 藤岡由夫
尊攘の道――(座談會)
編輯後記

8月、奈良県編纂「大和史蹟臨地講座要項」が「奈良県聖地顕揚課」から刊行(2版)される。 
昭和17年8月初版 pid/1033999
 閲覧可能 

大和に於ける帝都一覽表
大和に於ける御陵一覽表
橿原神宮
附 神武天皇畝傍山東北陵

飛鳥地方概説
一 總叙
二 大野丘北塔阯
三 豊浦寺阯
四 甘檮丘
五 雷丘
六 飛鳥川
七 法興寺
八 橘寺
九 川原寺阯
一〇 鬼の爼・鬼の雪隱
石舞台古墳
法隆寺
一 推古天皇の御治蹟と法隆寺
二 法隆寺の草創と沿革の概要
三 飛鳥式伽藍配置
四 法隆寺の伽藍配置
五 飛鳥時代建築の特長
六 主要伽藍と佛像其他
七 東院
中宮寺
一 草創沿革
二 國寶寳物
法輪寺
一 法輪寺の造立
二 伽藍配置
三 三重塔の主なる特徴
四 佛像
法起寺
一 法起寺の造立
二 伽藍配置
三 三重塔の主なる特徴
四 佛像
藥師寺
一 藥師寺の造立
二 伽藍配置
三 主要伽藍と其の佛像
四 佛足石と歌碑
唐招提寺
一 草創沿革
二 伽藍配置
三 建築と佛像

興福寺
一 沿革
二 境内
三 伽藍配置
四 現存諸堂
春日神社
一 祭神とその創始
二 社殿
三 境内
四 攝社若宮神社
五 神鹿と燈籠
東大寺
一 造寺の理由
二 沿革の大要
三 堂塔諸宇
大和に於ける神武天皇聖蹟 / 103 重要
神武御紀略年表 / 109
 重要

9月、三木露風が「興亜教育. 2(9) 育英出版株式会社」に「大戰の現段階―(詩)」を発表する。pid/1593726
決戰下の國民學校ヘ育の指標 / 伊東延吉
師範ヘ育の課題 / 志水義ワ
自主的一體感の興亞ヘ育 / 小沼洋夫
塾ヘ育と世界觀陶冶 / 吉田昇
大戰の現段階――(詩) / 三木露風 / p28〜29
學校紙芝居の方向 / 松永健哉
神武天皇御紀――(日本書紀卷第三) / 神祇院 / p30〜36
水戸學と國防 / 深作安文
傳統と年 / 吉田三カ
戰爭とヘ育 / 高戸顯隆
海洋と國防 / 守安新二カ
岡鹿門の上京 / 森銑三
編輯後記

9月、新井無二カが「 文芸春秋 21(9) p54〜61 文芸春秋」に「文語の起原と敬神の關係」を発表する。pid/3197792
民間傳承に就て座談會 / 柳田國男 ; 淺野晃 ; 橋浦泰雄 / p28〜42
文語の起原と敬神の關係 / 新井無二カ / p54〜61
錬成について / 荒木精之 / p70〜74

10月、「興亜教育. 2(10) 育英出版株式会社」が刊行される。  pid/1593727
大東亞戰爭と年ヘ育 / 近藤壽治
時局と國民ヘ育 / 小林澄兄
戰爭と科學者 / 八木秀次
日本精神を貫くもの / 新垣淑明
鬪魂 / 堀田中佐
山崎部隊長の遺書 / 後藤少佐
神武天皇御紀――(日本書紀卷第三) / 神祇院 / p34〜39
ビルマの獨立 / 櫻井兵五カ
描かれざる南の國々 / 室賀信夫
正法眼藏雜感 / 杉靖三カ
蒙古民族ヘ育文化論 / 内藤潮邦
ヘ員養成機關の問題――(鼎談)
後記

11月、中野八十八が「憂国の志士」を「清水書房」から刊行する。 pid/1039497 閲覧可能
一、 卷頭の言葉
二、 題字及裝幀の由來
一、 烈々國家を深憂し、熱愛する日本的性格は、
   →わが大和民族の最高至純なる高貴性に基く。
(一) 緒言
(二) 日本の愛國
(三) 日本の愛國ならびに忠と外國との比較
二、 聖恩の有りがたさに感泣するわが國民の至情は、
   →盡忠憂國の赤誠をいや増し、一死もつて君國に
   →殉ずる烈情を深める。
(一) 緒言
(二) 大國主命の國土奉還に伴ふ君臣の
   →情誼(古事記)(日本書紀)
(三) 神武天皇の御東幸に伴ふ君臣の
   →情誼と臣下の忠勇(日本書紀)

(四) 調伊企儺の妻大葉子の忠烈(日本書紀)
(五) 大伴家持の長歌の(萬葉集)不顧の精神
(六) 今奉部與會布の不顧の精神(萬葉集)
(七) 大田部荒耳の忠情(萬葉集)
(八) 丈部造人麿の忠(萬葉集)
(九) 宏覺禪師の憂國的熱願
(一〇) 神國日本の力(菅原長成)(蒙古襲來)
(一一) 井芹秀重の註進状と眞阿尼の
   →憂國的忠烈(文永の役)
(一二) 北條時宗の祈願と佛光語録
(一三) 憂國的志士の烈情
三、 憂國の焔は、時には文筆の上に顯現し、時には、
   →また實際的行動の上にも具現し、
   →一波は遂に萬波を起す機縁ともなる。
(一) 緒言
(二) 聖徳太子の憲法第一條
(三) 聖徳太子の憲法第二條
(四) 聖徳太子の憲法第三條
(五) 聖徳太子の憲法(第四條以下)
(六) 明淨正直勤務追進(天武天皇)(日本書紀)
(七) 古事記の序(太朝臣安萬侶謹上)
(八) 文武天皇即位の詔(續日本紀卷一)
九) 宇佐八幡の神教=託宣(續日本紀)
(一〇) 弘法大師の精神(綜藝種智院式)
(一一) 菅家遺誡(菅原道眞)
(一二) 憂國的志士の烈情
四、 文人の筆をとるは、武士の鉾を執るに均しく、
   →死して後なほやまざる氣力は、大和民族にのみ
   →傅統するいみじくも尊き精神の一つである。
(一) 伴林光平(文久三年やまとの義擧)
(二) 伴林光平への感状と光平の詠歎歌
(三) 西郷南洲(板垣參議に送りし書翰)
(四) 士規七則(吉田松陰)
   →(安政元年正月野山獄中作)
(五) 烈々たる詠歎(吉田松陰)
(六) 常陸帶の思想(藤田東湖)
(イ) 日本主體論(常陸帶下卷)
(ロ) 齊昭(烈公)の外交意見(常陸帶下卷)
(七) 海防愚存(齊昭)の對外意見
(八) 大日本史の序(上表文)
(九) 安島帶刀(述懐歌)(贈正四位)(水戸藩士)
(一〇) 有村治左衞門(薩摩藩士)(水戸に寓して
  →烈公の知遇を受く)
(一一) 佐久良東雄(篤胤の門に入る)
   →(憂國の志士)(贈從四位)
五、 憂國的志士人傑の熱句は、寸鐵よく人の肺腑を
  →衝き、十を一に壓縮し、全を分に吐露せる
  →忠良賢哲の片言隻句には、人を魅し時人後世を
  →動かす力の神祕が貯藏せられている。
(一) 講孟箚記(吉田松陰)(卷の一)
(二) 中朝事實自序(山鹿素行
(三) 山崎闇齋(先哲叢談)
(四) 三樂とは何ぞや(會津侯の
   →問に答へる闇齋)(先哲叢談)
(五) 非理法權天(大楠公の旗文)
(六) 頼山陽の楠氏論(日本外史)
(七) 笠置山上の楠公(太平記)と東郷精神
(八) 『赤心報國』の鍔の銘(淺見〔ケイ〕齋の力)
(九) 玉くしげ(本居宣長)
(一〇) 神武必勝論(平野國臣)
(一一) 平野國臣の詠歎歌
六、 志士に歿後の生活があり、尊皇攘夷を強張せる
   →憂國者の枯骨に不朽の榮譽がある。
   →況んや時人後世を生かし、且つ無窮の後人を
   →感奮興起せしめる感化の實あるをや。
   →げに人生は永遠である。
(一) 眞木和泉守保臣
(二) 横井小楠(熊本藩士)
1. 小楠の人物
2. 横井小楠の言説
3. 小楠の對外意見
(三) 會澤正志齋(新論)
1. 新論(上篇)の歐米觀
2. 新論(上篇)の西夷觀
3. 新論(上篇)の國内充實觀
4. 新論(國體上)の國體觀
5. 新論(國體上)の君臣觀
6. 新論(下)(守禦)の對敵防禦觀
7. 新論(下)(長計)の必勝必成觀
(四) 長谷川昭道(皇道述義)
1. 皇道述義の序(皇道觀)(至誠觀)

2. 皇道述義の本文(國體觀)(日止論)(攘夷論)
3. 昭道の詠歎歌
4. かぞへうた
(五) 佐藤信淵(宇内混同秘策)
   →(世界光被論)(北進南進論)
(六) 大國隆正(天津祝詞太詔詞考)
(七) 現代攘夷思想一括
(八) 吉田松陰の攘夷論(幽囚録)
1. 幽囚録の自序
2. 幽囚録の一節
(九) 平田篤胤(古道大意)
(一〇) 加茂規清の信念
(一一) 憂國的烈歌
七、 若しありしがままを再現直叙することが
   →歴史家の任務であるならば、史家は生命の
   →殘滓を永久にしやぶる反芻的牛である。
(一) 緒言
(二) 國士による國史教育
1. 國史教育に對する信念
(イ) 一世を指導するに足る意氣と熱情
(ロ) 滿眼に涙をたたへる感激の國史
(ハ) 國民の類型化に必要なる内面の力は歴史
(ニ) 國史は日本の姿をうつす明鑑
(ホ) 國史から新しき意義の發見
(ヘ) 國史によつて、余は余の分身を作る信念
(ト) 國運を左右にする危險
(チ) 日本民族の偉大性
2. 國史教育に對する理論
(イ) 明示の原理
(ロ) 漸明の原理
八、 國史教育家は、まづ赤誠以て國を憂ひ、
   →且つ皇事に盡せし、志士人傑の歿後の生活に
   →敬虔なる心情を捧げ、其の靈に對して額き
   →平伏し、更に慰め弔ふべきである。
(一) 吉野時代の忠臣の墓
(二) 明治維新の勤皇家の墓
11月、「興亜教育. 2(11) 育英出版株式会社」が刊行される。 pid/1593728
决戰下に於けるヘ育の非常措置 / 岡部長景
興亞と日本ヘ育 / 乙竹岩造
蒙古民族ヘ育文化論 / 内藤潮邦
樂翁と尊皇思想 / 佐藤太平
平田篤胤家學の定則としての童蒙入學門 / 木下一雄
神武天皇御紀―(日本書紀卷第三) / 神祇院 / p18〜24
正法眼藏雜感 / 杉靖三カ / p45〜50
崩れゆく「勞働者の天國」―アングロ・オーストラリヤの一斷面/河野貫一
北京隨想 / 加藤恂二カ
滿洲遍歴片々 / 矢野酉雄
歴史ヘ育の現實的基礎――(座談會) / 杉勇 ; 山崎宏 ; 鍋島直康
比島獨立
編輯後記
12月、三木露風が「興亜教育. 2(12) 育英出版株式会社」に「東亞の諸國―(詩)」を発表する。 pid/1593729
國家倫理の立場 / 山本幹夫
會澤正志のヘ育論 / 塚本勝義
滿洲ヘ育の瞥見 / 丸山學
在滿日本人ヘ育機構 / 中村忠一
北支邦人ヘ育の現況 / 大柴衞
中國ヘ育の黎明 / 原田正恭
バイカルの門 / 三上正利
インドネシヤと年 / 守安新二カ
東亞の諸國――(詩) / 三木露風 / p20〜21

旅中吟――(歌) / 天野耿彦
在外邦人子弟のヘ育――(座談會)
大東亞共同宣言
編輯後記

〇この年、升味蓼子が「万葉思慕p208」を「第百書房」から刊行、「橿原神宮・傍畝山東北陵」を発表する。 pid/1127426
〇この年、上田寛学が「建武中興と法華精神」を「吉野精神普及会」から刊行する。 pid/1095488
歴史は生命の流れなり / 1
後醍醐天皇を敬仰し奉る(一) / 4
後醍醐天皇を敬仰し奉る(二) / 11
法華經精神の流れ / 18
題字「立正安國」・奈良縣知事 堀田健男閣下
表題「建武中興と法華精神」・奈良縣聖地顯揚課 坂田靜夫氏
表紙「吉野山」・赤松雲嶺畫伯

口繪「松の下露」・山下摩耶畫伯
口繪「鳳輦を迎へ奉る楠公」・赤松雲嶺畫伯

〇この年、西条八十が「銃後 : 詩集」を「交蘭社」から刊行する。  pid/1129152
宣戰の朝
宣戰の朝
大東亞戰爭に臨みて
海の勇士應召
密林の凱歌
われら戰ひ拔かん
敵鷲來る日
野戰病院の一日
マレーの十字架
稻穗眺めて
七月の磯にて
銃後の人々
若き父の歌
支那の墓
昭南島創造
日本の母・日本の妻
感激の黒髪
懷かしの母
日本の母
母を讃ふ
慈母聖想
大陸の若き母
開拓村の春
夏衣
勇士の妻
留守宅
拓士の妻の歌
日本の妻
銃後より
聖戰の秋
銃後の花束
銃後の花束
白百合(看護婦)
松(軍國の母)
梅(慰問袋)
朝顏夕顏(國防婦人)
松葉牡丹(千人針)
陸軍省の交換孃
軍需品工場の女性
軍國の乙女ただ夢む
飛行機のかげに乙女あり
出征
慰問袋
女子軍事教練
銃後の少女
贈物
日の丸仰いで
隣組雛
鯉のぼり
野菜づくり
富士山より
夕日の空
海の鳴る日
まはり燈籠
よろこびの秋
陸軍病院の秋
故郷の灯
雪のふる夜
戰線をしのぶ
入營の兄
靖國の妻・靖國の子
靖國の妻靖國の子
序詩
思ひ出の驛
深夜の電報
自活の途へ
入學の朝
雄雄しや我子
母の心を誰か知る
聖母聖祷
櫻さくころ
忠魂女神
英靈を迎ふる日
英靈を拜す

輝く對面
九段に父を拜む
肇國の聖地(詩と文)
「八紘基柱」を見る

詩檍ケ原に立ちて
皇子原を訪ねて
詩或る日の狹野尊
霧島登山
詩皇孫降臨を想ふ
馬の背越
詩山龍膽と語る
美々津を訪ふ
御東征囘顧
詩神武帝御東征
『北の高千穗』指して
山上の一夜
聖郷の日の出を仰ぐ
高千穗神樂
峡谷の神祕を探る
詩群神水浴
天岩戸
詩五箇瀬川の紅葉に寄す
畝傍御陵參拜
橿原神宮
詩皇紀元年の春
神苑朝
〇この年、「大台ケ原山と大杉谷」が「吉野熊野国立公園協会奈良県支部」から刊行される。  pid/1032994
〔序〕/〔本文〕
大台ヶ原山と大杉谷・冠松次郎
地形地質
一、 地形
二、 地質
植物景觀・小清水卓二
一、 入之波から引水
二、 引水から大台辻
三、 大台辻から頂上
四、 秀ヶ岳から堂倉山の家
五、 堂倉山の家から桃木山の家
六、 桃木山の家から千尋峠
七、 千尋峠から船津
登山の歴史・笹谷良造
一、 大台ヶ原山
二、 大杉谷
郷土史
一、 
神武天皇吉野地方巡幸
井光神社
川上鹿鹽神社
二、 丹生川上の御親祭
官幣大社丹生川上神社
三、 吉野離宮
秋津小野
岡室御所
柏木御所
四、 所謂「後南朝」
前説
嘉吉の變
南山の再擧
長祿凶變の發端
長祿の凶變
鹽谷の要撃
終末
御朝拜
北山宮御墓(龍泉寺、北山神社)
河野宮御墓(金剛寺、自天王神社)
三之公
住吉神社
大台ヶ原山の四季
一、 春
二、 夏
三、 秋
四、 冬
參考「晴雨の豫想」
登山路
一、 大台ヶ原山大杉谷一般經路
三泊四日行程
二泊三日行程

一泊二日行程
備考 柏木附近
入之波温泉
五色湯
大台山上巡回
備考 大台傳説
大台教會
御靈岡
片腹鯛池
牛石ヶ原
開拓
經ヶ峯
經塔石
二、 其の他の登山路
大台ヶ原山下山路
(1) 河合道
(2) 尾鷲道
(3) 堂倉道
大杉谷本流の下流
參考 大台ヶ原山、山上ヶ岳經路
大台ヶ原山、北山峽、瀞八丁經路
三、 特殊登山(一部歩道のなきもの)
大台ヶ原山登山
(1) 本澤川支流
(2) 東の川
大杉谷支流
(1) 堂倉谷
(2) 粟谷
(3) 西谷
(4) 不動谷
(5) 父ヶ谷
登山の注意
携帶物及裝備
其の他谷歩きの注意
〔附録〕
宿舍
大台教會
大台ヶ原青年寮
大杉谷堂倉帝室林野局山の家
大杉谷桃木山の家
關係旅館一覽表
地元關係案内人強力一覽表
乘合自動車時刻表及運賃
      参考:大台ヶ原山と大杉谷・冠松次郎  松浦武四郎についての記述あるか調査要 2021・2・5 保坂
1944 19 1月、「興亜教育. 3(1) 育英出版株式会社」が刊行される。   pid/1593730
鮮ヘ育の概况 / 朝鮮總督府學務局學務課 / p2〜11
朝鮮に於けるヘ員養成の問題 / 高橋濱吉 / p12〜20
半島兒童の道コ意識 / 山下久男 / p21〜23
半島の女子ヘ育 / 長谷山利市 / p24〜29
半島の科學ヘ育 / 岡本ェ / p30〜34
支那料理 / 米倉二カ / p35〜42
南に戰ふ / 田邊穰 / p55〜60
少年運動と學徒報國 / 高橋眞照 / p43〜54
鐵道年職員のヘ育 / 西田國雄 / p65〜71
我が校の興亞ヘ育 / 岡崎吉次カ / p61〜64
編輯後記 / p72〜72

3月、和田忠士が「祖国 16(3)p22〜24 学苑社」に「神武東征と大東亞戰爭」を発表する。 pid/1568502
3月、窪田秀夫が「産業戦士道」を「統正社」から刊行する。 pid/1439595
第一章 序説
産業戰士の決死行
第二章 皇國産業戰士道
皇國産業戰士の勤勞觀
肇國精神と生産戰爭
職場の殉國精神
『常在戰場』山本魂に續け
靖國精神と産業戰士
第三章 かくあるべき職場
職場は人間錬成の道場
機械工具は生きてゐる
安全なきところに生産なし
工場防空は國防の第一線
第四章 搦Y必勝の大道
科學する魂と發明發見
生産技術の創意工夫
轉用工場と轉業戰士
資材の節約又は活用

第五章 戰力搦Yと應徴士
交戰各國の動員態勢
徴用工とその國家性

徴用令の改正と應徴士
國民徴用援護會
鬪ふ應徴士の氣魄
第六章 陣頭指揮
我に勝つ陣頭指揮者
陣頭指揮の實際
陣頭指揮と親心

第七章 産業戰士と福利厚生
福利厚生の理念
搦Yのための厚生施設
特に少年戰士の爲に
第八章 産業戰士と家庭
日本の家の特質

健全な家風の樹立
一家の和樂と生産活動
人的資源の温床として
第九章 生産陣營と其の顯功
會社工場の表彰
輝く勤勞顯功章
第十章 産業戰士と防諜
戰爭と謀略戰
産業戰士と防諜對策
第十一章 産業戰士と社會
環境整理と協力體制
國民の範たれ
第十二章 結語
八紘一宇の顯現
4月、「御尊影を拜する國民の自覺 : 精神作興 第20號」が「御尊影保存會本部」から刊行される。 非売品 pid/1910561
一、大日本天皇の御稜威は宇宙大精神と御一體
一、太陽系の測定
一、宇宙大精神は太陽、國、人間、
   →よりも尊い至上至尊の御本體
一、思想と宗ヘ
一、日本皇道文明の徹底化
一、非常時と人生
一、全世界の權威者
一、世界に紘まる煌燿
一、眞の信仰の極意
一、君民の關係
一、
我國體擴張八紘一宇
一、大日本帝國軍艦
一、
御尊影御寫眞の燒却法に就いて
一、一億同胞に垂れ給ふ大御心あまねし
一、感謝


5月、内田繁隆が「日本政治学大綱」を「実業之日本社」から刊行する。  pid/1438918 閲覧可能
前篇
第一章 序論
第一節 日本政治學の課題
一 皇國學の興隆
二 日本政治學と皇國學
第二節 日本政治學の成立及び發展
一 日本政治學の成立
二 その發展過程
三 近世國學の復興
第二章 近世國學の政治思想
第一節 政治學としての國學
一 近世國學の諸系統
二 國學者の學的役割
三 政治學における課題
第二節 國學と神道的世界觀
一 主神論的世界觀
二 道義的世界觀の性格
三 政治的世界觀の強調
第三節 國學者等の國家觀
一 君民一體の國家
二 正統主義の國體論
三 權威國家の思想
四 祭政一致と道義政治
五 文武の政
第三章 近世日本の民族思想
第一節 民族意識の發展
一 古代・中世の日本民族意識
二 近世日本における民族的自覺
第二節 日本的民族意識の諸形態
一 祖國意識の強調
二 神國思想
三 中國日本の意識
第三節 民族文化の問題
一 近世日本における文化概念の把握
二 日本民族文化の高唱
第四章 近世日本の世界政策論
第一節 民族意識のミ揚と
    →世界政策理論の展開
一 民族意識と世界理念の把握
二 西洋列國侵略主義の指彈
第二節 世界政策理論の諸型態
一 國學者の世界國家理念
二 
水戸學派の宇内一家論
三 經濟政策的世界經綸の思想
四 實踐過程としての大東亞建設論
近世國學の意義
後篇
第一章 日本國家の本質
第一節 家族制國家
一 家族的國家概念
二 日本的家族觀と西洋の
   →家族觀及び國家觀
三 家族協同體的國家の特質
第二節 日本國家の基本特質
一 公的權威國家
二 皇道政治の宣布
第三節 日本國家の體制
一 わが國における國體と
    →政體の區別
二 國家體制の特質
第二章 日本政治の原理
第一節 日本政治の基本理念
一 天業恢弘の政治理念
二 日本政治における統治と翼賛
第二節 道義政治の理念
一 日本的道義觀と道義政治
二 日本的道義の諸型態
三 善政主義の思想
四 日本的法治思想
第三節 日本政治の特質
一 皇道政治と祭政理念
二 文武兩治の思想
三 内政と外政
第三章 大東亞政治の理念
第一節 皇道における世界理念
一 世界觀の基本課題
二 
八紘一宇の世界理念
三 道義世界の理念
第二節 日本政治と共榮理念
一 日本的世界觀における
    →「榮え」の理念
二 共榮理念の意義
第三節 大東亞共榮圈の基礎理念
一 日本的世界理念の顯現過程
二 大東亞圈の構成と
   →廣域政治の課題
三 大東亞政治の必然性
結語
一 日本政治學と西洋政治學
二 日本政治學の學的特質
三 日本政治學の特殊性と普遍性


5月、「亜教育 3(5)  育英出版株式会社」が刊行される。pid/1593734
興亞道コの確立 / 吉田熊次 / p1〜5
科學ヘ育の據點 / 松田榮 / p6〜14
國民學校と科學ヘ育 / 岡義雄 / p15〜20
大和民族の裔 / 三木露風 / p21〜21
ニユーギニア覺書 / 松井武敏 / p22〜30
熱帶作戰と白人の體位 / 和田俊二 / p31〜35
ビルマの現實 / 守安新二カ / p36〜46
學徒勤勞動員實施要領 / p47〜47
      裔(えい):血筋の末。子孫。
5月、千賀博が「錬成教育提要」を「熊本県立甲佐高等女学校報国団 」から刊行する。 増訂3版 初版:18年2月
pid/1266975 閲覧可能  
第一 ヘ訓ノ部
天壤無窮ノ神勅(本文謹省)
八紘一宇ノ聖詔(同右)
ヘ育ニ關スル勅語(同右)
少年學徒ニ賜ハリタル勅語(同右)
對米英宣戰布告ノ大詔(同右)
一 要旨
二 中等學校令第一條並ニ高等女學校規程第一條
三 綱領並ニ校訓五箇條
四 幼學綱要二十訓
五 三倫並ニ實踐三綱
六 實踐信條(實踐三則ト生活信條)
七 錬成實踐信條
八 熊本縣ヘ育是並ニ「勝ち拔く誓」
九 完戰生活信條・錬成勤勞信條並ニ
   →練武道場訓(附、弓射心得)
十 三倫綱領・錬成ヘ育要訓同大綱並ニ解説
第二 ヘ科ノ部
一 要旨
二 二極一體觀哲學大綱
三 三倫中心ノヘ育倫理觀ト至誠觀
四 國体ノ本義並ニ大東亞是ヲ含ム新秩序新体制ノ
   →理念(附、大東亞共同宣言)
五 三綱三則中心ノ皇道(臣道)觀ト死生觀
六 人物錬成三要素ノ系統
七 文ノ三義トヘ科ノ本質
八 ヘ科三標ト其体系
九 母性愛ト皇國女性錬成ノヘ育(附、家政ト貯蓄)
十 内外文化二題・
中庸ト尊皇絶對・表記法例解
   →・勝義ト俗義・肥後文ヘノ三大文献
第三 訓歌ノ部
明治天皇御製・今上陛下御製並ニ皇后宮御歌

一 要旨
二 尊重愛國ノ和歌並ニ漢詩
三 國歌「君が代」並ニ國民歌「海行かば」(本文省略)
四 四大節唱歌(同右)
五 大詔奉戴日ノ歌(同右)
六 校歌
七 金剛石ノ歌(本文省略)
八 愛國行進曲並ニ國民進軍歌(同右)
九 体錬並ニ勤勞奉仕ノ歌(同右)
十 菊池盡忠ノ歌並ニ軍神西住大尉ヲ讃フ歌
第四 禮式ノ部
一 要旨
二 朝禮形式
三 大詔奉讀式
四 四大節奉拜式
五 始(終)業式
六 入學式
七 卒業式
八 体錬大會開(閉)會式
九 全校作業前後ノ式
十 新(退)任式
附録
一 初版ノ校正ヲ終ルニ當ツテ
二 具體的實踐要項二類
其一 「一日の生活」實踐要項
其二 通年隨時の實踐要項
三 食事禮法
四 ヘ訓禮系ノ發展ト日本ヘ學要説
9月、「興亜教育. 3(8)」が「育英出版株式会社」から刊行される。 pid/1593736
决戰皇國農村の建設 / p2〜21
農村に於る國民ヘ育の構成 / 海後宗臣 / p2〜5
農村ヘ育の「場」について / 古木弘造 / p6〜10
皇國農村の建設と年ヘ育 / 飯島篤信 / p10〜17
農業ヘ育刷新の機會 / 島田喜知治 / p17〜21
農村の文化指導に就いて / 美作小一カ / p25〜27
皇國少年農兵隊 / 西垣喜代次 / p21〜24
學童の集團疎開 / 渡邊茂 / p31〜33
決戰下保育事業の動向 / 猪鼻寅雄 / p34〜37
空襲と女子戰時訓練 / 倉澤剛 / p38〜40

國土防衞の日本的意義 / 寺門照彦 / p28〜30

11月、東亜聯盟同志会編「昭和維新の指導原理」が「彰考書院」から刊行される。 pid/1459114 閲覧可能
昭和維新論
第一 世界觀
一 八紘一宇
二 最終戰爭
第二 昭和維新の本質
一 昭和維新の目標
二 昭和維新の性格
第三 昭和維新の方針大綱
(その一)東亞大同
一 東亞聯盟の結成
二 東亞聯盟の各國家
(その二)建設
一 國體政治の確立
二 國民組織の結成
三 ヘ育の革新
四 農村の改新
五 經濟建設
(その三)指導原理の確立
東亞聯盟建設要綱
第一篇 東亞聯盟の理念
第一章 東亞聯盟の名稱
第二章 東亞聯盟の範圍
第三章 東亞聯盟の指導原理
第四章 東亞聯盟結成の基礎條件
一 國防の共同
二 經濟の一體化

三 政治の獨立
四 文化の溝通
第五章 東亞聯盟の統制

第六章 東亞聯盟の盟主
第二篇 東亞聯盟の各國家
第一章 日本皇國
一 國防の擔任
二 經濟建設の指導
三 國内に於ける民族問題
第二章 滿洲帝國
一 滿洲國獨立の理由
二 滿洲國の責務
三 獨立の完成
第三章 中華民國

一 支那事變の處理及び中國の聯盟加入
二 中國當面の國内問題
三 獨立の完成
第四章 南方諸國

一 南方開發の根本方針
二 南方統治に就いて
國民組織要綱案
第一章 國家體制に於ける國民組織の地位
第一節 自由主義より統制主義へ
第二節 國民組織結成の主體
第三節 國防國家體制と人體との比較
第二章 國民組織の構造
第一節 國民組織結成の一般原則
第二節 黨部
一 黨なる呼稱に就いて
二 黨の性格及び機能
三 黨の組織
第三節 帝國議會の機能及び選擧方式の根本的革新
第四節 生活組織
一 地域組織
二 職能組織
第三章 國民組織結成の要領
第一節 下から盛り上る原則
第二節 大政翼賛會の批判

第三節 大政翼賛會と民間團體
農村改新要綱

一章 基調
第二章 方策
第一節 適正農家の構成
第二節 林野經營の再建
第三節 治水、利水
第四節 食糧問題の解決
第五節 小作問題の解決
第六節 租税制度の改革
第七節 農村保險制度の整備
第八節
一 家畜
二 肥料
三 農具
四 養蠶
第三章 組織および機關
第一節 農政機構と地方自治組織
第二節 理想農村社會綜合的實驗場
第三節 農業専門學校
第四節 公役軍
第四章 結論
東亞聯盟同志會運動要領
一 同志會創立の趣旨
二 運動方針
三 指導原理の立案
四 組織
五 會員の訓練

12月、大日本神祇會(代表秋岡保治)編「神社讀本」が「日本電報通信社出版部」から刊行される。
7版 初版15年11月 pid/1085713 閲覧可能
卷頭謹掲
天壤無窮の神勅(日本書紀)
同床共殿の神勅(同)
神鏡奉齋の神勅(古事記)
侍殿防護の神勅(日本書紀)
齋庭之穗の神勅(同)
神籬磐境の神勅(同)
神武天皇橿原奠都の詔勅(同)
武藏國一宮氷川神社を祭りたまふ詔勅 
   →明治元年十月十七日(法令全書)

神祇鎭祭の詔勅 明治三年正月三日
   →(太政官日誌)
大教宣布の詔勅 (同日)(同)

續刊の辭
第一章 敬神の大義
皇國の大典・政教の基本
神典と肇國の精神
神ながらの道(皇道)
敬神愛民の御統治
祭政一致
敬神崇祖の信念
神道の本義と敬神觀念
日本國民の傳統的信念と民族性
第二章 肇國の由來
神武天皇の天業恢弘
大八洲國の修理固成
天孫降臨
天壤無窮の神勅
神鏡奉齋の神勅(同床共殿の神勅)
齋庭之穗の神勅
侍殿防護の神勅
神籬磐境の神勅
神勅と天業の恢弘
日向三代の聖治と神武天皇の聖業
八紘一宇の皇謨

第三章 國體の本義
萬世一系の皇統
天津日嗣の意義
神國日本
我が國體と民族性との關係
三種の神器
第四章 國體と祭祀
祭祀の意義
まつり(祭祀)の語義
まつりごと(政治)の語義
祭祀と敬神
祭祀と清淨
我が國に於ける敬神觀念
祭祀の淵源
神宮の奉齋
上代の神祇制度
山陵の祭祀
皇室の御敬神
上代の神社
報本反始の觀念
天神地祇八百萬神
第五章 國家と神社
祭祀は禮の最も大なるもの
祭政一致の精神
政教一致
神社は國家の宗祀
神宮の祭祀
神宮大麻
神社の神符神札
宮中の祭祀
國家の祝日祭日
神社存立の意義
明治以來の神社制度
官國幣社
府縣郷村社
神官神職の制度
神社崇敬の基礎

第六章 神社の祭祀
神祭り
神社の性質
神社の祭神
官國幣社以下神社の祭祀
祝詞(のりと)幣帛(みてぐら)と玉串
神社參拜
神社の設備
鳥居と神社建築
第七章 神社と郷土
神社崇敬の地方性
氏神氏子
神社の特質
地方公共團體と神社
我が國の郷土意識
第八章 神社と氏子
産土の神と氏神の社
氏神の尊崇
氏神氏子の意義
氏子と崇敬者
氏子總代
神社と宗教
神社祭祀と家庭祭祀
神社崇敬は國家興隆の基礎
(附録)
一、 神宮及官國幣社一覽
二、 神社參拜唱歌(全國神職會撰定)
三、 家庭祭祀の行事作法
   →(皇典講究所制定)


〇この年、山下陸奥が「一路叢書 ; 第12編 平雪」を「人文書院」から刊行する。 pid/1229929  s19
昭和十二年
鵜戸神宮(十四首)
日向路(七首)
球摩川(七首)
身邊抄(七首)
母逝く(十四首)
信濃路(十一首)
山中湖畔(十一首)
出征の友(七首)